カカの天下186「意外とまともに自由研究」
「トメ兄、ここどこ?」
「僕の職場だ!」
「うそん」
ほんとん。
トメです! 今日はカカ達の自由研究のために、そして労働というものを教えるためにとカカサエサユカの三人を工場見学に連れてきたのです!
すでに舞台は印刷工場の中。本当は作業服じゃないと入れないんだけど、小奇麗な格好なら特別に、ということでチビスケ三人も入れてもらったのだ。
「でもトメさん、今日って平日ですけどお仕事しなくていいんですかー?」
「も、もしかしてトメさんって、そんな自由できるくらい偉いんですかっ?」
「もしくは……会社を裏でいろいろ操って、自由にできるとか?」
「そんなサエちゃんみたいなことできないよ」
「……トメさんまでそゆこと言うんですねー」
あ、サエちゃんのニコニコ顔の眉がちょっと八の字になった。
悲しそう、でも可愛いなぁチクショウ。
「この日のために日曜日働いたんだよ。一日多く働く代わりに一日だけ自由にさせてもらったの。上司に言って」
おおぉー! と三人は感動する。ふっふっふ、もっと崇め奉れ。
「トメ兄……そんなにヒマなの?」
んだとこらぁ。
「おまえな、ここまでしてくれたお兄ちゃんになんか言うことないのか」
「や、感謝はしてる。ただ、私たちをかまう他にやることないのかなーと」
……うるさいよ無いんだよ悪いかコンチキショウ。
「さっ! 雑談はここら辺にして案内するぞ! ついてこい!」
僕は強引に切り上げて案内を開始した。
工場の隅まで移動して、足を止める。
小学生の自由研究だし、適当に流れを教えるだけでいいよな。
ノートとシャーペンを構える三人に向かって、僕は若干偉そうに胸をはって説明した。
「このシャッターの向こうは外に繋がっててな。トラックで運ばれてきた紙を工場内に運んでくるんだ。印刷する前の紙をな」
「ほぇー、紙って……あれのこと?」
平日だからもちろん工場は機能している。カカが指差したのは、シャッターをくぐった作業員が台車で紙を運んでいるところだった。
「なんだか丸いですねー」
「円柱でしたっけっ、ああいう形って」
「ロール状の紙なんだよ。ここは薬品のラベルとかを印刷する工場だから、そのほうがやりやすいんだ。印刷機もそれ用だし」
「トメ兄、意外と普通のとこで働いてるんだね」
「どんなだと思ってんだ」
「てっきりネタになりそうなとこかと」
「ネタとか言うな」
説明しながら印刷機械のほうへと移動する。
「これが印刷機。ロール状の紙を機械で回転させて、流しながら印刷してくんだ」
僕らの目の前では大きい、というよりは長い機械が、小気味よい音を鳴らしながら動いている。
「なんかいろいろ回転してますねっ」
「ああ。インキをいれるところも印刷する場所も、いろんなローラーがあって回転してるからな。ヘタに指を挟まれると、そのまま血管が引っ張られて腕が一本ダメになる」
これは紛れもない事実だ。
「う、腕が!? トメ兄ってそんな危険な仕事してたの?」
「や、僕に限らず仕事してる人には何かしら危険があったりするもんだよ」
「へぇ……」
実際に高速回転する機械を見せたおかげか、カカは神妙な顔をしていた。他の二人も同様だ……よしよし、労働する人の大変さがこれで少しはわかったかな? 怖がらせただけ、ってのがちょっと反則っぽいけど。
「トメ兄の腕がなくなったら……私が右腕になって働くね」
「右腕って、おまえはマフィアか」
「じゃあ私は左腕になりますー」
「わ、わたしは脚でっ!」
「おまえらどんな合体ロボになる気だ」
無敵そー。
さぁ気を取り直して、次は印刷したものを検品する機械の紹介だ。
「ここで印刷した製品に不良品がないかを検査するんだ」
「へぇ、不良品ってそんなに出るもんなの?」
「結構あるぞ、人のやることだからな。インキが乾ききらずに他の場所に散っちゃったりすることもある。白いところに赤色の点がついたりするともうダメだね。血に見えるから即アウト」
「だって、カカちゃん」
「いいかげんにしなさいよカカすけ」
「なぜ私に言う」
血の話だからだろ。
最後の機械は、検品した製品を切り分ける機械だ。
「ここで正しい製品の大きさに切り分けるんだ。そしてそれをダンボールに詰めて納品する」
興味深そうに機械を見つめる三人。その機械を動かしている同僚が恥ずかしそうに俯く。別におまえを見てるわけじゃないぞ。
「この工場でする仕事の過程はこんなもんだな。この工程の一連の流れと、あとは……工場を見てまわった感想なんかをまとめればいい自由研究になるんじゃないか」
うんうん、と頷く三人。なんだかんだ言いながらも楽しんでもらえたようでよかった。
「ねぇトメ兄。私、もっと研究したいものがあるんだけど」
「なんだ?」
「トメ兄がいつもグチってるうざいジジィを」
「敵地でそんなことを喋るな!」
聞こえたら面倒なことになるだろうが! ただでさえさっきからヤツが嫌味っぽく機械の影からこっちを覗いてるのに……仕事しろよ。
「えー、でもジジィ研究のほうがおもしろそう」
「あのさ、カカ。例えばだ。枯れた朝顔の観察日記つけて楽しいか?」
「楽しくない」
「そういうことだ」
「えー、でも枯れた人間って結構おもしろ」
「だまれ。サエちゃん、サユカちゃん。他に気になるところある?」
適当にカカをあしらって、僕は工場案内を続ける。
三人ともノートにいろいろ書き込んでいたようだし、いい自由研究ができそうでよかったよかった。
「休みを犠牲にしたかいがあったってもんだ」
「どうせ休みでも私達といるんでしょ」
「やかまし」
工場内、機械の描写はできる限り省略しているのでわかりにくいとは思いますが^^;
カカ天の中心はあくまでコメディ、カカ達の様子なので、周囲の様子は適当に想像してください(メンドウダッタワケジャナイデスヨ?
ちなみにインクじゃなくてインキと呼んでいるのは間違いではありませんよー。
あと、腕が一本の話はマジです。回転するものには気をつけましょう。