カカの天下17「友達」
私の名前はカカ。小学校で三年生をしています。どうぞよろしく。
さて、今は昼休み。給食を食べ終えた生徒が遊びまくるのはどこの学校も一緒だと思います。
「カカちゃん、この間の続き、しよー」
少し間延びした声をかけてきたのはサエちゃんといって、私が誕生日に高級ヘンテコセットをプレゼントしてから一緒に遊ぶようになった女の子――じゃなくて、遊んであげるようになった女の子、が正しいかな?
サエちゃんは、ぼやーっとしてのんびりやで間抜けで静かな子。とにかくトロいので友達があまりいない。
「ん……いいよ」
この間の続きというのはビーズ遊びのことだ。サエちゃんが持ってきたビーズを組み合わせてアクセサリーや動物の形を作って遊ぶ、なんともサエちゃんらしいおとなしい遊び。
でも正直、私はあまりこの遊びが好きじゃない。
なぜなら私は不器用だからだ。もともと身体を動かして遊ぶのが得意で、今までの昼休みも男子に混ざってボールで遊んでいることが多かった。
でも、私はなぜかこの子に付き合っている。
はて、なぜだろう。自分でもわかんない。
「ねえねえ、カカちゃん。たまには私たちとも遊ぼうよ」
サエちゃんの机の向かいに座ろうとしたとき、別の方から声がかかった。私が仲良くしているグループの女の子たちだった。
「いまね、男子も混ぜてバスケするの。カカちゃんもやろ」
「んー、でも私」
「いってきなよー。カカちゃん」
この子の面倒見なきゃ、と言おうとしたとき、ほやほや笑いながらサエちゃんが言った。
「ん、でも初めに遊ぶって言ったのサエちゃんだし」
「カカちゃん、身体動かすの好きでしょ?」
「うん、そうだけど……じゃサエちゃんも一緒にやろ」
サエちゃんはちらりと私の後ろを見て、首を横に振った。
「私、運動苦手だから……混ざったりしたら皆、楽しめないよ」
「そんなこと」
「いいから」
なぜか強引に。
いつも通りの笑顔で。
柔らかく笑いながらサエちゃんは言った。
「ほら、私も、怪我したりしたくないしー」
「……そっか」
私は納得した。
正直、身体を動かして遊ぶほうが楽しそうだったから。
だから私はあっさりと、仲のいいグループの中へと入っていった。
ふと振り返ってサエちゃんの方を見ると、一人でビーズを出して遊んでいた。
別に寂しそうじゃない。
私と遊ぶようになる前は、いつもそんな感じだったし、気にすることないかな。
私はそう思って体育館へと向かった。
そしていっぱい遊んだ。
誰よりも動いて、誰よりも点を入れて。
楽しかった。
もともと身体を動かすのが得意で好きな私だもの。当然のこと。
でも、なんだか変だった。
楽しいのに、何か変。
サエちゃんと遊ぶよりも断然、こっちのほうが楽しいのに……何か変。
よくわからない。
よく、わからないけど。
明日はちゃんと、サエちゃんとビーズ遊びの続きをしようと思った。
翌日。サエちゃんは学校を休んだ。
先生から聞いたところによると、風邪をひいたらしい。
今から思い返してみれば、サエちゃんはクラスの中で一番休みやすい子だったのだ。
トロくて、間抜けで、おとなしくて身体まで弱いなんて。
その日の昼休み。
私は友達の誘いを断った。なんとなく。理由はわからない。
サエちゃんの机の中を見ると、昨日遊んでいたビーズ入れの箱があった。
私はそれを取り出して、机の上に並べてみる。そしてなんとなく、サエちゃんと遊んでいたようにいろいろな組み合わせでいじってみた。
つまらない。
すごく、つまらない。
すごく、寂しい。
こんなことをサエちゃんはやっていたのかな。ずっと、一人でやっていたのかな。私と遊ぶようになるまで、そして昨日も、ずっと……
なんだろう。
なんだか、嫌な気持ち。
明日は土曜日。
また、会えない。
その日、私は家に帰ってからトメ兄に相談してみた。
「友達と一緒にいる理由? また小難しいこと聞くねおまえ」
「なんかね、最近気になっちゃって」
トメ兄は呆れたような顔でため息をついた。
「おまえな……前々から思ってたけどさ、いろいろ考えすぎじゃないのか? ガキのくせに」
「む」
「そりゃ友達だろうがなんだろうが、人と一緒にいる理由はたくさんあるさ。でもな、子供のころからそんなこと気にしてたら絶対ろくなことにならないぞ。子供は子供らしく、思ったとおり素直に行動してればいいんだよ。大人になったらそういうことは中々できないし、できなくなってから後悔したり、するしね」
そう言うとトメ兄はなぜか少し哀しそうに笑った。もしかすると自分の子供の頃でも思い出しているのかもしれない。
「……私、サエちゃんに会いたい」
唐突に私は言った。
サエちゃんの名前なんか一度も出してないのにいきなりこんなことを言って、トメ兄はさぞかし変な顔をしているだろうと思う。
でも、予想と違って。
トメ兄は笑っていた。
「じゃ、会いにいきな」
「え……いま?」
「おう。家は知ってるよな。こないだプレゼント持ってったし」
「で、でもいきなり」
「子供は遠慮しない! 恥ずかしがらない! そんなの邪魔なだけだから!」
そう言って、トメ兄は私を家から追い出した。
これはもう、サエちゃんに会って帰って来るまで入れてくれないだろう。
だから、仕方なく私は、サエちゃんの家に向かう。
仕方なく。そう、仕方なく。
突然の訪問に、サエちゃんはすごくびっくりしていた。
顔にはあまり出ていなかったけど、しばらく一緒にいた中で……誕生日にいきなり訪問したときと並ぶくらいに驚いていたはず。
赤い顔をしたサエちゃんは「風邪がうつるといけない」と言って玄関先で相手をしようとしたけど、私はなんとなく強引に上がりこみ、なんとなくサエちゃんの部屋まで突撃した。家の人はどうやらお仕事で留守のようだ。
なんとなく……そう、なんとなく。それだけを理由に、私は動いている。
サエちゃんはベッドに戻り、私はその横にあった椅子に腰掛けた。
「具合……どう?」
「うん、だいぶいいよ。明日には治ってると思う」
「そっか」
しばらく、会話が止まる。
……私は何をしにここに来たんだろう。そういえば考えていなかった。
沈黙が気まずくて窓に視線を向けていた私は、サエちゃんのほうをちらりと見た。
サエちゃんは……なぜかいつも以上にほやほやした笑みでこちらを見ていた。
「な、なに?」
「カカちゃん。プリント持ってきたとか、そういうんじゃないんだね」
「あ」
そういえば今日、学校から帰る前に「誰か届けてくれませんかー」と先生が言っていたのを思い出した。そのときはここに来るつもりなんてなかったし、誰も立候補する人がいなかったのだ。
「ごめんね……用もないのに来ちゃって」
私が謝ると、サエちゃんはきょとんとした顔で言った。
「なんで謝るの?」
「え、だって」
「用がないのに来てくれたから、私は嬉しいんだよー」
「え……うれ、しい?」
「うん」
サエちゃんが笑ってる。
なんだか、私は。
いろんなことが、どうでもよくなって。
なんとなく、笑い返していました。
「カカちゃん。ビーズ遊びの続き、やろっか」
「え、ここにもあるの?」
「いっぱいあるんだよー」
サエちゃんはベッドから上半身を起こして、近くの棚から箱を取り出した。
「……うん、やろう」
私は気がついた。
このキモチは嬉しいキモチとよく似てる。
ああ、そうか。
私は、サエちゃんといると、嬉しいんだ。
トロくて、間抜けで、身体が弱くて静かな子と、楽しくない遊びをする。
でも、なんだか嬉しい。
それはきっと、楽しいよりも上のこと。
「ねえ、サエちゃん」
「ん?」
「今度さ、バスケやろうよ」
「え、でも私、身体動かすの苦手」
「だから得意な私が教えるの。で、ビーズ遊びはサエちゃんが教えてくれるの」
「わ」
「ね、一緒にやろう?」
「うん、一緒に、やろう」
サエちゃんはベッドの上で。私はその隣の椅子の上で、時々話しながらビーズをいじる。
夕焼けに部屋が染まっていく。ビーズがきらきら光ってる。それが楽しくて、時間いっぱいまで私たちは笑っていた。
そんな茜色の思い出を、私は忘れない。
一緒にいると、嬉しい。
理由はきっと、それで充分。
そのことを忘れずに、この時間を忘れずに。
ずっとずっと、友達でいられるように。