カカの天下138「七夕ばたばた」
毎度ありがとうございます、トメです。
「七夕だよ!」
そう言いながら張り切っているのはおなじみ、我が妹のカカです。
「たなばただねー」
「たなぼたですねっ!」
いや、張り切ってるのはカカだけじゃなかった。しかも何か言い間違えてるし。
「たなばたでばたばたですねー」
「たなもぼたぼたですねっ!」
「いや、七夕でテンション高いのはわかったけど……なにするの、君ら」
「トメ兄はバカ? バカ兄? ばかにー? 略してバーニィ?」
僕のどこがウサギさんか。
「ば、バーニィなトメさん……ぽ」
想像すんなサユカちゃん!
「七夕だよ? 彦星と織姫様を犠牲にして願い事を叶えてもらえる日だよ」
犠牲とか言うなかわいそうに。
「短冊に願い事を書いて、『言うことを聞けー』って送りまくるんだよ」
それどこのストーカーのイヤガラセだよ。
「まぁまぁ、トメお兄さん。とにかくこれにお願い事を書いてくださいな」
そう言ってどこかで買ったらしい短冊を差し出してくるサエちゃん。どうやら三人でまとめて買ったらしい。
「願い事、ねぇ。サエちゃんはなんて書くの?」
「私はまだ迷ってますけど……そうですねぇ。織姫様のような恋がしたいなぁ、とか思いますよね」
彦星と織姫様のお話は悲恋の展開だけど、そのはかなさと一途な恋物語が日本人には大人気だ。普通の女の子ならそう思うのも当然だろう。
「サエちゃん織姫様? なら……なら私が彦星になるっ!」
そして、こう思わないのが当然だろう、普通の女の子は。
「えーっと、『彦星、変われ』っと」
しかもほんとに書いてるし。
「まぁ……僕も彦星みたいに織姫様のような好きな人できたらいいなぁ、とか思うけど」
「と、トメさんは織姫様が……じゃあ私が織姫様になる!!」
へ、なぜに?
「えっと……『織姫、降りろ』と」
降りるってなんすか!?
「あはは、みんな大それた願い事ばかりだねー」
そして暴走する二人を呑気に見守っているサエちゃん……いい位置だ。
「トメお兄さんもどうですか? 『神様、そこどけ』とか書いてみたら」
「い、いや。僕にはそんな度胸ないよ……」
姉あたりなら平気で書きそうだが。
「そうだなぁ……これ、どうしても書かなきゃダメか?」
この歳になるとこういうのは正直、恥ずかしい。
「ダメだよ。ちゃんと書かないと」
「そそそうですよ! 一緒に彦星と織姫様をやりましょう!」
「サユカちゃん、一応それ微妙にバッドエンドだから、やらないほうが」
うーん……そうは言ってもなぁ。
「ところでさっきから気になってたんだけど。どうして織姫様は様づけなのに彦星は呼び捨てなんだ?」
「「「男だから」」」
女って……
そして、姉がどこからか持ってきた小さな笹にみんなの願い事が吊るされた。
次の日、姉が責任をもって彦星と織姫様に届けるそうだ。
……いろいろと疑問が浮かぶが、細かいことは気にしないでおこう。
しかし……これを吊るすのは恥ずかしいなぁ。
そう思いながら数々の欲望が吊るされた笹を眺めていると……自分と同じ願いごとが書かれた短冊を見つけた。
……なんだ、先約がいるじゃん。
誰が書いたかわからないけど、恥ずかしいこと書くなぁ。人のことは言えないが。
ま、ともかく。それならこれは吊るさなくても願いは叶うよな。
「トメ兄! はやく月見だんご食べようよ」
「おう、今いく。ところで月見だんごって七夕に食べるもんだっけ?」
僕は短冊をポケットにしまって、夜なのに賑やかなやつらの元へ戻った。
月明かりの影に揺れる、一枚の短冊。
『ずっと一緒』という文字が、願いよ届けと言うかのように星の河を眺めていた。