カカの天下114「ほんと、がんばれタケダ」
「おはよう、カカ君!」
「でさ、やっぱりきゅうりが怪しいと思うの」
「私はトマトかなー。赤いし。サユカちゃんは?」
「わたしはメルトダウンかなぁ」
ああ……なにやら楽しげに話しながらキッパリ無視していく我が愛しい人……!
おっす、おらタケダ。いっちょやってみっか!
「カカ君! あの、だね」
「どけ」
「……はい」
いっちょやられちまった!
ああああどうしよう!
数日前、カカ君に近づき始めたサユカとかいう女に正義の鉄槌をくらわせ、身の程をわきまえてもらおうとしたのだが……それがカカ君の逆鱗に触れてしまったというわけだ……
ところで逆鱗の鱗ってうろこだよな。なぜ逆のうろこに触る、というのが怒るという意味に繋がるのだろう……意味はわかるんだが。
「最近はそんなのパソコンいじればすぐ出てくるんだから自分で調べろ」
おや、またしてもテレパシートメさんか……ああ、そうだ!
トメさん! その力で俺にカカ君との仲直りの道を示してくれたまえ!
「そんな偉そうなやつには教えてやらん」
どうか情けなくもか弱い憐れなあなたの下僕にお慈悲を!
「えらい卑屈になったな……そもそも僕のテレパシーはトメの発しているツッコミ電波であって、トメ自身の意思じゃない。つまり僕はトメであってトメじゃない。ツッコミという名の電波なのだよ」
えっと……それはつまり?
「僕はツッコミしかできない。だから相談など乗れん。自力でがんばれ」
そ、そんなぁ!
無情にもツッコミ電波のトメさんの声は遠ざかっていった……くそう、自力でなんとかするしかないのか!
し、しかし……
「あ、あのサエ君? ちょっと相談に」
「どちら様でしたっけ」
「あの、俺、タケダだけど」
「どちら様でしたっけ」
「お、怒ってるよな。うん。反省してるからさ」
「どちら様でしたっけ」
「でも、ちょっとでいいから話を」
「どちら様でしたっけ」
「あ、あの」
「どちら様でしたっけ」
「……いえ、もういいです」
唯一、協力してくれる可能性のあるサエ君はこんな風に壊れたラジオみたいだし……
結局、今日も俺は一度もカカ君たちと会話することなく帰り道についた……
そしてお気に入りのセイジ食堂で「あやしい定食」を食べつつ、最近居ついた猫に話しかけていた……なんて憐れなんだ俺。
ちなみにこの定食は日替わり定食のようなもので、店主の趣味と気まぐれによってメニューが決まる。大抵は今日のように妙な形をした肉料理だ。
なんの肉かはわからない。あやしい。
「なぁ、総理大臣、聞いてくれよ」
総理大臣が人生相談に乗ってくれるなんて随分とフランクな日本になったものだなぁ。いや、猫の名前なんだけどさ。
「俺さ、好きな子の悪い友達を倒そうとしただけなんだよ。その子のことを思ってしたんだよ……なのにさ……」
猫にわかるわけないよな……と思いつつ、馬鹿にしたような猫の視線にムカついた。
「なんだよその顔……俺が悪いってのか!? 悪いのはあの友達のほうで――」
「はっ。何をわけのわからんことを言うとる」
「へ、ゲンゾウさん?」
いつの間にか俺の隣にいたのはこの食堂の主人、ゲンゾウさんだった。
「誰が悪いか、どう悪いかなんてアホらしい。他のヤツから見れば人間のやることなんざ大抵が悪いことに当てはまる。いや、当てはめることができる。言い方なんぞいくらでもあるからな」
「それ、は……そう、かも」
「誰かの何かが悪いのは当然だ。ならそんな無駄なことは考えるな。何が悪いかじゃなく、何が自分にとって正しいのかを考えろ。前提を間違えるな」
そう言って、ゲンゾウさんは「頑張れ」と、それだけを言って去っていった。
その必要以上に格好いい背中を見つめつつ……俺は自分がどうするべきか、ようやく光明が見えた気がしていた。
そして、思う。
頑張ろう、と。
あとゲンゾウさん、お店放ってどこいったのかな、と。
代金どうしよう。
ちなみに逆鱗に触れる、という言葉の由来は……『竜に一枚だけあるとされる逆さの鱗に触れるとおとなしい竜が怒り狂い、必ず殺された』という伝説から、激しい怒りを買うこという意味で用いられるようになったそうな。
「そう言うならカカの逆鱗は二つだな。サエちゃんとサユカちゃんだ」
テレパシートメさんの言葉もためになるなぁ。覚えておこう。