カカの天下11「じめじめいじめ」
「トメ兄、皆がサエちゃんのこと悪く言うの」
「へぇ」
なにやらかしこまった様子で僕の部屋にきたかと思えば、カカはそんなことを相談してきました。
「サエちゃんってあれだろ? 誕生日にかつおぶしと漬物の高級セットもらった愉快な女の子」
「うん。それであまりに哀れだから友達になってあげてる子」
むう。我が妹ながらドライな切り返しだ。
「でね、ほんっとその子、静かでね。あんまり皆にとけこんでないの」
ああ、なるほど。小学生というのは基本的に元気の塊だ。運動ができるだけでモテる年頃と言われるほど活発な子が多い。その中で静かな性格の子は友達ができにくかったりするのだ。もちろんそんなことを気にせず無邪気に付き合えるのが子供の利点だが……逆も言える。
「それでね、私と喋ってたらね、他の男子がサエちゃんに『おまえ喋るな』とか『うざいからあっちいけ』とか言ってきて」
「ははぁ。それ言ったの、元々おまえと仲良かった男子だろ」
「仲がいいとは言わないけど、それなりに遊んではいたかな」
ほんっとドライだなコイツ。
「で、その後おまえ『あんなやつ放っておいて遊ぼうぜ』とか言われたろ」
「……エスパー伊東?」
「伊東をつけるな」
なんにせよ、よくある話ではある。
「もともと他の子にもいじめられてたみたいでね。声が小さくて聞こえないからって皆で無視したり。ほんとに声は小さくて、たまに何言ってるかわかんないけどさ、聞き返せば聞こえるまで何度でも言ってくれるのに」
「……ほぉ」
カカは気づいていないみたいだけど、何度も聞き返してくれるっていうのはその子にとってはすごく嬉しいことだろう。
話を聞いてくれる人がいる。それは当たり前のようでとても大切なことだ。
大人にとっても。子供にとっても。
「なのに。みんな口も聞けないやつと喋っても意味ないとか言って」
子供は純粋で、残酷だ。
無邪気。この言葉は果たしていい意味なのだろうか?
邪気がない。悪気がない。だからこそ、自分が悪いことをしているのか、わからないし気づけない。
いじめなんてずっと昔からあった習慣だ。問題だ問題だと騒がれたところで、一向になくならない。
それは教師の責任だ親の責任だと言われていても、どうしようもないのだ。
相手は子供。無邪気の塊でもある。理解できないものはできない。大人が何を言おうと、理由の無い無邪気な悪意に“なんとなく”従っている子供にはわからないのだ。自分で痛い目にあわない限り、相手の痛みを考えることなどできない。
そんなものを、大人にいったいどうしろと――
「それで、そんなこと言われてるサエちゃんを前にカカはどうしたんだ?」
「うん。“なんとなく”男子たち殴って、おっ払っといた」
「……そっ、か」
「うん。でもこれでよかったのかな」
「や、おまえは正しい。いろいろ大変だろうけど、頑張ってみな」
「うん!」
それを確認しにきただけなのか、カカは元気よく頷いて部屋を出て行った。
なるほど。
無邪気な悪意に勝てるのは、無邪気な善意だけか。
“なんとなく”いじめる子供がいれば、“なんとなく”それを助けることができる子供もいるのだ。大人のようにうだうだ考えないからこそ、臆面もなくそれができる。
なら大人のすることは、無邪気な善意を持つ子供を育てること……
「いったいどうすりゃいいんだ、そんなの」
僕は自問しながらベッドに寝転がる。
だいたい、うちは大層な教育なんぞしていない。ただ適当に、いろいろ考えすぎずに“なんとなく”楽しく過ごしてきただけだ。
……ん。
「なんとなく……か。無邪気な子供には、無邪気な愛情を、ってか?」
ちょっとだけ、自分のセリフに赤面しながら。
もしかしたらいるかもしれない、未来の我が子を想ってみた。