カカの天下103「赤ずきんの狼ってよく生きてたよね」
「いただきます」
「「いただきまーす」」
いただきトメです。
今日は妹のカカとその親友のサエちゃんでお茶会です。
といっても居間で紅茶とケーキを食べるだけ。たまたまサエちゃんの家にそれらのお茶会セットが届いたらしく、せっかくだからとうちまで持ってきてくれたのだ。
「はむ……おいし」
「サユカちゃん残念だったな。家の用事だっけ?」
「はい、親戚の引越しの手伝いだとか。トメお兄さんを食べるためなら死んでもくるって意気込んでたんですけどねー」
「え……? 食べられるんですか僕」
「あ、間違いです。トメお兄さんと食べるためなら、ですね」
「はむはむ……あながち間違いでもむぐむぐ……んぐん。ないけどね」
「なんか言ったかカカ」
「むーぐー」
幸せそうにケーキを頬張りながら首を横にふるカカ。声が小さいのと食べながら喋ってるのでなに言ってるのかわからん。
「ま、残念だな」
「そこはポジティブに考えるのよ! おかげであたしが余った分を食べれるじゃん」
はて、「あたし」なんて粋な一人称のお方はこの中にいましたかしら?
「姉……どこから生えてきた」
「そこの玄関」
「わかった。生えないようにするには何をまけばいいんだろ。除草剤かな」
「とりあえず湿気がたまらないようにしてみてはどうでしょう」
「あたしは草とかキノコの類かっ!?」
「食虫植物とか」
「冬虫夏草かもしれませんね」
ああ、あの虫にとりついて育つキノコか。
……というかサエちゃん、発言がますますカカじみてきたなぁ。将来が心配……あれ、そういえばカカは?
視線をやると、カカは瞳を潤ませながら姉を見つめていた。
いや、正確には姉の腹を。
「総理大臣っ!!」
あー、そういや猫食べられた(かも)だっけ。
カカは半分泣きながら姉の腹にすがりついた。姉は当然わけもわからず目を白黒させている。
「大臣……そこにいるの? 痛かった? 苦しかった?」
「ねぇ、弟。なに、これ?」
「カカちゃん。頭のネジがとんだの?」
サエちゃんてばほんと……いや、今はそれどころじゃない。
「大臣、いま助けてあげるからね。この腹を包丁でかっさばいて……」
「うえあいあ!?」
ほんとにそれどころじゃない!!!
「やめろカカ!!」
「はなしてー! 総理大臣を助けるの!!」
「総理大臣がお姉さんに誘拐でもされたの?」
「お姉のお腹の中に誘拐されたの!!」
「じゃあもう溶けてるよカカちゃん」
生々しい……恐ろしく生々しい会話だ!!
「溶けてないもん! そのお腹を割れば猫が出てくるんだもん!」
それなんてホラー映画?
「割ってからまた縫えば元通りだもん! 赤ずきんちゃんはそうやって助けられたんだから!」
「あれは童話の狼だから元通りになったんだ!」
「狼でさえ元通りになったのに姉がそれで死ぬとでも言うわけ!?」
「そう言われると自信はないけどもっ!!」
カカは必死で僕が抑えつけているので、妹に包丁を突きつけられた姉は状況を把握しようと必死で首を捻っている。
……や、多分この状況でカカの怒る理由を把握できる人などいないだろう。
「つまり、カカちゃんはお姉さんが総理大臣を食べたって言いたいんだね」
……あれ、サエちゃんは意外とすんなり把握してる。
「あのさ、私だっていくらなんでも人間は食べないよ? まずいもん」
「さも食べたことあるような言い方するな。総理大臣っていう猫のことだよ」
「ああ、セイジ食堂に住み着いたあの猫ね。それがどうかしたの?」
ぴたり、とカカの動きが止まる。
「猫……食べてないの?」
「あたしは犬は食べるけど猫は食べないよ」
や、その発言もどうかと。
「証拠がほしけりゃ夕飯にでも食堂行ってみなよ。多分いるから」
夕飯時。セイジ食堂に言ってみると……
「総理大臣!!」
かつて我が家の玄関に捨てられていた猫が偉そうに鎮座していた。
「よかった……食べられてなかったんだね」
感極まって抱きつくカカ。ああ、いいシーンだ。
いいシーン……はっ。
ゆらり、と立ち昇る淀んだ空気。
「ほぉ……なんで、食べられるかもしれなかったと思うんだい、嬢ちゃん」
人はその見えざる感情の波を、怒りのオーラと呼ぶ。
「まさかこいつを捨てたのが嬢ちゃんだった、なんてこたぁ、ねぇよなぁ?」
そのオーラを纏って般若と化したセイジ食堂の主人、ゲンゾウ!!
カカは冷や汗をたらーりとしながら、
「や、昨日ね、姉が総理大臣はおいしそうって言ってたから、もしかしたらもう食べられてるんじゃないかな、と心配してて」
ありそうな言い訳を口にした。
「ほう……うちの大臣を」
般若の視線がついてきていた姉を捕らえた。
姉、逃げる。
それを追って、般若、いっきまーす!
二人を見送りながら、僕とカカ、そして付き合いでついてきていたサエちゃんは食堂の席についた。
さ、夕飯だ。