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破邪

 赤い光が怪物――巨大幻妖めがけて飛んでいく。原田だ。

「“破邪顕正”とは言ってくれるね。まさに笑止千万。ハルダイン教にはもともと破邪だの正義だのという概念は存在しないというのに」

 遠ざかっていきつつも、しっかりと声が聞こえてくる。肉声というわけではないのだろう。

「見たまえ、この怪物。破壊と悪意の権化ではないか。これこそ、ハルダイン教の本質なのだよ。そして、そのハルダインに選ばれし戦士が君なのだ」

「…………」

「どのみち、いまさら理解してもらえたところでもうどうにもならん。一度生み出された怪物は、魔法陣の内側に破壊の限りを尽くさない限り消滅しないのだからな」

 赤い光は巨大幻妖の頭部へと吸い込まれていった。

 次の瞬間、巨大幻妖の目と思しき部分が光り、上体を反らして巨体を振るわせる。どうやら笑っているようだ。

「止められるものなら止めて見せろよ、ははははは」

 振り上げた巨大な枝を一本、校庭へと振り下ろす。

 爆音が轟き、土塊が飛散する。俺たちの立つ屋上へも少量の土砂が降り注ぎ、その場の全員が両腕で顔をかばう。

「なんだかんだ言ってもてめえ、単なる嫉妬の固まりじゃねえか。おとなしく自分の居場所に戻りやがれ」

 俺は両腕を差し上げ、聖槍コーラスレイブを構えた。校舎の短辺、端から端まで届くサイズの光の槍だ。

「うお……!」

 校舎が揺れる。

 上空から複数の枝が降り注ぎ、そのうちいくつかが校舎を直撃したのだ。

「あはははは。いくら強烈な武器でも、扱うのが人間サイズの卑小な存在では相手にならんよ」

 一度巨大幻妖を呼び出したからには、もうウィルスナジアに用はないということなのだろうか。奴は容赦なく校舎に攻撃を加えてくる。このままでは校舎ごと、全員がやられてしまう。

「いくらガタイがでかくても、その槍をまともに食らえばただでは済むまい。わしが奴の注意をそらす。隙を見てそいつを投げつけるんじゃ、ユーリ」

「俺たちが手伝うぜ、爺さん」

 言うが早いか走り出す結城老人に、リューフィンとガラがついていく。

「何するつもりか知らねえが、あまり無理すんなよ。トシなんだか――」

 校舎が揺れ、その先は言葉にならない。

 結城老人が走り込む先に、巨大幻妖の枝が振り下ろされた。

「お――」

 叫び声を呑み込むリカの目の前に、結城老人が降り立つ。

 身体の一部を結城老人に巻き付けたリューフィンが、彼の身体を振り回したのだ。

「ぐえ。さすがにきっついぜ」

「うむ。わしも目が回る。長くは保たんぞ、ユーリ」

 唐突に空気を叩く破裂音が響いた。

 バスケットボール大のものからゴルフボール大のものまで、大小さまざまな光弾が巨大幻妖めがけて飛んでいく。

「ガラの奥の手だ」

 言い捨てて結城老人から離れたリューフィンは、夜空を飛び去っていく。

 振り下ろされた枝が、校舎の一角を崩す。直前までガラが立っていた場所だ。

 次の瞬間、ガラの身体が俺の目の前に飛んできた。

「ぐ。まさかリューの世話になるとはな。この私が」

 巨大幻妖の身体に命中した光弾は、しかしいずれも何の効果も生むことなく煙となって消えた。ガラが舌打ちをする。

「ち。さすがに頑丈だな、化け物め」

「手加減してんじゃねえよ、ガラ」

「黙れリュー。お前も硬くなるだけじゃなく、光弾のひとつでも出してみろ」

 会話を聞き流し、俺は槍を撃ち出した。

「破邪顕正」

 巨大幻妖へとまっすぐに飛んでいく白銀の槍。

 雷鳴さながらの爆音が轟く。

 俺は目を疑った。

 コーラスレイブが軌道を変え、斜め下に落ちていく。そのまま校庭に突き刺さって止まった。

 赤い光を纏った巨大幻妖の枝から、白い煙が立ち上っている。

「弾いたと言うのかっ」

「君の槍がハルダインの武器なら、この怪物もまたハルダインの武器なのだ。互角――いや、今となっては僕の方が有利だな。ふははははあ」

 原田の声と共に、巨大な枝が上空から振り下ろされる。

 奴の目的は明白だ。

 槍を撃ち出し、丸腰となった俺を狙っているのだ。

「う……」

 再び俺が差し上げた両手からは細い光が弾けるのみ。さすがにあれほど巨大な槍は、そうそう連続で出せるものではない。

 風が唸り、複数の枝が屋上に迫る。それらが生む風圧は、俺たちの身体を屋上に押しつけ行動の自由を奪うほどだ。

 ――間に合え!

 上空を睨み付ける俺の視界いっぱいに、巨大な枝の大群が襲いかかる。

 全ての枝が赤い光を纏い、俺の世界を赤一色に塗り潰さんと迫ってくる。

 あと四メートル。

 俺の拳と拳を白銀の光が繋ぐ。

 三メートル。

 人間の身長ほどのコーラスレイブの形が顕現する。

 二メートル。

 これじゃ小さい。もっと大きく。

 一メートル。

 暗転。

 きつく目を閉じる。


 ……間に合わなかった。

 黒一色に塗りつぶされる視界の中、耳を聾する轟音が……。

「…………?」

 轟音も衝撃もない。閉じていた両目を、俺は再び開く。

 暗黒の世界に、少しずつ光が満ちてくる。

 俺の周囲を、星が流れている。

「なんだ? 夜空を飛んでいるのか」

「ユーリ。あんなデカブツとやり合うんなら、是非俺たちも混ぜてくれよ」

 この声はっ。

「ユッチ先輩。出られたのか……、というかどこだ? 姿が見えないぞ」

「足下見てみな」

 …………。なんじゃこりゃ。

「金色のヒトデ……かよ」

 夜空を飛びながら、俺の目は点になっている。

「うはは、まあ、アレだ。ナジール内の五芒星を、そのまま乗り物にしたと思ってくれ。リカくんも結城老人もリューフィンもガラも、みんなここにいる。俺たち全員で、あのデカブツに一泡吹かせてやろうぜ」

「後は任せる、イギリス人」

「頼んだ……ぞ、留学生」

「ユーリ、愛してる。どこまでも一緒よ」

「俺もだ、リカ。一緒に行くぜ」

「おーお。妬けるぜ。ご老人もご夫妻もニコニコしちゃってさ」

 俺はひとつ深呼吸し、地上を睨み付ける。

 こちらを見上げる巨大なはずの幻妖が、今は酷く小さく見える。

「我ら、破邪の祈りを捧げる者なり。聖ハルダインよ、我らに加護を」

 白銀の光が、金のヒトデごと俺たちを包む。

 急降下する俺たちを止める者など、もうどこにもいない。

 なすべきことはただひとつ。

「聖槍コーラスレイブ。破邪顕正」


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