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聖槍

 ナジールの天井ではない。映像の向こう側――原田の正面に魔法陣が出現しているのだ。

「こやつはわしがおさえる。この魔法陣を的に、そこから出るのじゃ、ユーリ」

「爺さん」

 原田の背後から、結城老人の姿が現れた。彼がハルダイン魔法陣を顕現させたというのか。

 少しもがいたものの諦めたのか、原田は動きを止めた。

「くっ、先代ハルダインの戦士か。ご老人、あまり無理するとお身体に障りますよ」

「あいにく元気が有り余っておってな。ただ、トシのせいか手加減は難しくなってきておる」

「それなら遠慮は無用ですね。――やれ」

「うおっ」

 原田の横から突然現れた大木――幻妖が、振り上げた枝を無造作に振り下ろす。

「避けろ、爺さんっ」

 一直線に振り下ろされる枝が、老人の脳天へと迫る。間に合わない――

 天井の映像が消えた。

「く……っ、爺さん、爺さん――」

 俺の叫びを、凛とした声が遮る。

「ユッチくん、ショウキくん、カッキーくん。同調しなさい。チャンスだ、ナジール・プリズンの包囲網が緩んでいる」

「ユウジ? 何を――」

 今の声、たしかにユウジのはずだが、別人ではなかろうか。同一人物とは思えないほど、年上の男を感じさせる声だ。

「リカにはちゃんと私たちの言葉で伝えたかったけど、かわりに伝えてもらうわね、ユーリ。大丈夫、お義父様の魔法陣はまだ感じられる――健在よ」

「さつき? どうしたって言うんだ」

 さつきもユウジと同じくらい雰囲気が変わっている。

 ユウジが俺の正面に立ち、告げた。

「聞いてくれ。俺たちは誠太と愛美。リカの両親だ」

「な……っ」

 こんな時に冗談を言うとは思えない。だがそこに立っているのはどう見ても同級生のさつきとユウジだ。

「ユウジくんとさつきさんを助けるため、我々が“寄生”している状態だ。我々の自我が表出している間、我々はナジアとしての能力を持つ。だが、まもなく我々の自我は消滅し、ユウジくんとさつきさんの生命として吸収されることになる」

「言ってることがよくわからない」

「だろうな。事実だけ受け止めてくれ。過去、ユウジくんとさつきさんは奴――原田に宿る過激派による攻撃のとばっちりを受けて、一度死んでいる。意図せず、我々の身代わりとなってしまった格好だ。我々は彼らを救うために“寄生”した。その後我々の自我は滅多に表に出ることはなく、君と話をするのもこれが最初だ」

「詳しいことは慎吾から聞いて。それより、これからすることをよく聞いて」

 早口で捲し立てられても理解が追いつかないが、今優先すべきことはユウジとさつき――もとい、誠太と愛美の言葉を聞き返すことではない。

「俺たちはユーリ、君を武器に見立てて校舎の屋上へ送り込む。武器なら時間がずれることなくナジール・プリズンを突破できるはずだ」

「わかった。じゃ、俺は自分自身が武器だと思い込むつもりで、ハルダイン神に祈ればいいんだな」

「ご名答よ、ユーリ。向こうでリューとガラ、そしてお義父様と合流し、力を合わせて魔法陣を止めて」

「そして、できれば」

 俺はふたりにうなずいて見せた。

「ああ、わかってるさ。リカを助ける。必ずだ」


 誠太と愛美の指示により、ナジール内に再び魔法陣が展開される。位置関係は先ほどと同じ。違うのは、五人は座っているが、俺だけ俯せに寝ていることだ。

「ぬ……う、ううっ」

 五人のうち、ひとりだけ半ナジアであるカッキーは相当つらそうだ。だが、五芒星は強烈な輝きを宿す。俺は祈りを捧げた。

「我、破邪の祈りを捧げる者なり。聖ハルダインよ、我がび声に応えたまえ。我が身を武器となし、攻性魔法発動の阻止を欲す。疾く導き給え」

 俺の身体を白銀の光が包み込む。光はやがて明確な形を表す。大きな槍だ。その槍こそが俺。原田を貫く武器だ。

「まだ足りない。ナジール・プリズンを突き破るパワーが……」

 誠太の呟きを受け、ユッチ先輩が指示をとばす。

「ご夫妻、魔法陣の維持を我々三人にお任せください。あなたがたでユーリを押し出すんです」

「ごめんなさい、辛いだろうけどお願いするわね」

 後方二箇所を担当する誠太と愛美が立ち上がった。

「ぐ……おお……っ」

「踏ん張れ、カッキー」

「命令だ! 気絶するんじゃない、柿崎っ」

「ショウキさん……こそ、今にも目が……閉じそうです……よ」

 俺の身体が持ち上がる。誠太と愛美が差し上げた両手の上に載っているのだ。


 ――任せたぞ、戦士よ。そなたを“聖槍コーラスレイブ”となす。

 耳に残るはハルダイン神の声か幻聴か。

 視界がぶれたと見た瞬間、俺の周囲を星々が流れていく。

 今、俺の身体は白銀の槍となり、夜闇を切り裂いて飛んでいる。

 やがて弧を描いて落ちてゆく。視線の先には校舎の屋上。

「リューフィン、ガラ。リカの身柄を確保! 最優先だっ」

 確認するまでもない。校舎の物陰に潜む仲間たちの気配を俺は感じ取っていた。

「任せろ、ユーリ」

 屋上がどんどん近づいてくる。大勢の人間が走り出す様子が視認できる。

 原田。そこにいるんだな。背後には結城老人。無事だ。

 原田たちの前で足を止め、こちらを見上げる集団がいる。

 見知らぬ男女が四人、身長二メートル半ほどの木の形をした生命体が五体。他校に潜入していたエージェントとその相棒たち――ショウキの相棒アカストも――だろう。

 時間がない。できれば攻撃したくないが、彼らを蹴散らさなければ原田には届かない。

「うおりゃあああああ」

 叫びながら屋上に降り立ち、幻妖とエージェントたちへの体当たりを繰り返す。葉っぱが飛び散り、肉が裂ける音が響く。

 ――すまない、後で治療するから。

「ありがと、リューくん、ガラさん」

 リカの声だ。

「ぐあっ」

 ほっとした瞬間、俺は幻妖の鞭を受けて転がってしまった。

「ぼっとしてんじゃねえ、ユーリ。ハルダインの戦士の名が泣くぜ」

「ちっ。来い、リューフィン」

 槍のままでは動きづらくて仕方がない。いったん身に纏う槍のオーラを解いた俺は、右手にリューフィンを巻き付けた。

 幻妖三体、エージェント二名健在だ。幻妖はともかく、残っているエージェントは両方とも女子。しかも片方は中学生だろう。

「お前らも《監視機構》のエージェントなら操られてるんじゃねえ」

 攻撃するのは気が引けるが、遠慮していられる状況じゃない。

 のばした足が女子中学生の腹に当たった。小さな身体が浮き上がる。軽い音をたてて屋上に転がると、動かなくなった。なるべく軽傷のまま気絶してくれれば良いのだが。

「っ…………!」

 間髪を置かず目の前に迫る脚。咄嗟に両腕でガードした。

 重い蹴りだ。痺れる。もう一方の女子高生は格闘技の心得があるのか。

 その時、地響きとでも形容すべき重い音をたて、背後で何かが倒れた。

「背中ががらあきだ、ユーリ。特訓の成果が出ていないぞ」

「すまない、ガラ」

 ガラが幻妖を一体、片付けてくれたようだ。

「魔法陣起動の邪魔はさせない。やああ!」

 女子高生の気合い。手刀を繰り出してくる。

 避けた先に幻妖の枝。

「甘いぞ、ユーリ」

 リューフィンが能動的に反応し、右腕の剣が枝を受け止める。

 ガラは別の幻妖と対決している。くそ、思った以上に手強い。早く原田のところへ。

「爺さ――!?」

 原田がいるはずの場所へ視線を向けた俺は目を疑った。

「おい、爺さん」

 倒れている。爺さんが。

 原田は?

「僕はここだよ」

 見上げると、屋上への出入り口の上にいた。

 夜目にも赤い液体の滴る剣を手に、口元をV字型に吊り上げて笑う原田が。

「ユー……リ。おじいちゃん……が」

 リカは、原田に後ろ手に締め上げられ、喉元に剣を突きつけられている。その目はこちらを見てはいるが、虚ろだ。

「原田。リカの目の前で、爺さんを――」

 刺したな。刺しやがったんだな。……許さねえっ!


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