相棒
祈りの手順は完全に無視。
だがあなたなら応えるはずだ、ハルダイン神。
白く輝く五芒星。その周囲に古代文字が浮かび上がり、時計回りに回転する。
銀色の剣が俺の肩口に到達するかというその刹那、肉を裂く鈍い音のかわりに高い金属音が響き、火花が飛び散った。
緑色の目映い光が幻惑を誘う。剣を弾かれたK・Tは体制を崩し、片膝をついて目をしばたたいた。
俺の腹から尾を引いて輝く緑色の光――その正体は、俺の右手に巻き付いている剣。
「よう! よろしくやってたか、相棒」
「うるせ。お前ばっかり休んでんじゃねえ」
「呼ばれて飛び出てジャ――」
「世代を選ぶギャグはやめてくれ」
立ち上がり、間合いをとったK・Tはすでに落ち着き、剣を構えている。
「幻妖か。この間の奴とは違うな」
薄笑いを浮かべて呟くK・Tに、俺は自分の右手に巻き付く剣の切っ先を向けた。すると、剣身の柄に近い部分に目が出現する。
「紹介するぜ、K・T……。俺の相棒、リューフィンだ」
「なに、K・Tだと!? こいつがあの殺し屋か」
「俺様、有名人だからねえ。サインは何枚欲しいんだ」
K・Tの軽口に対し、俺とリューフィンは同じベクトルの氷の視線を突き刺してやる。わずかな間をおいて苦笑したK・Tは俺に向かって告げた。
「ふん。ハルダインの武器を拾わなくていいのか、少年。待ってやってもいいんだぜ」
見ると、俺の手を離れた炎の剣はおよそ十メートルほど後方に転がり、赤々と燃えている。
剣身に目を出現させたままのリューフィンは、K・Tを半目で睨んで言った。
「わかってねえな、殺し屋。俺とユーリのコンビは最強なんだぜ」
「そうかい」
それを合図に斬りかかってくるK・Tの剣を、俺は最小限の動きで捌いた。
加速状態になっているわけではない。だが奴の動きが見える。
リューフィンが軽い――いや、どうやらリューフィンが俺の無駄な動きを抑制し、K・Tの動きに対応するためにリードしてくれているようだ。
次第にK・Tの表情から笑みが消えていく。今や、ガラとやり合っていた時のあの真剣な表情に変わりつつある。
「て……めえ。いきなり……レベルアップ……しやがって」
K・Tが剣の柄から左手を離すのを横目に捉えた。
奴の剣を下から突き上げてやる。右脇腹ががら空きだ。
今だ!
返す刀でリューフィンを横薙ぎに払う。緑色の閃光がK・Tの胴体を直撃。
火花が散り、リューフィンが弾かれる。
「っ…………!」
痛みは後から襲ってきた。俺も奴からの一撃を貰っていたのだ。
左肩から出血、とりあえず動くので痛みを無視。
「ぐぅ。なかなか効いたぜえ」
K・Tは薄笑いを浮かべているが、額に浮かぶ脂汗を隠そうともせず右手で剣を構え、左手で右脇腹を押さえている。
俺は追撃を警戒して身体を回転させ、間合いを取ってリューフィンを構えた。
「アンドロイドかてめえは。今のを弾くとは」
リューフィンが呆れたように言う。
それには答えず、K・Tは軽口を叩く。
「ふん。このスーツ、もう着られねえな」
「なあリューフィン。あいつ、硬質化能力があるらしい。お前、奴より硬くなれるか?」
「誰に聞いてんだ。……ってか、そいつはユーリ次第だぜ。俺はお前を信じてる」
「オーケイ、リューフィン。俺もお前を信じるぜ」
やってやる。K・T、覚悟しやがれ。
今度はこちらからK・Tに斬りかかった。
しかし、K・Tは先ほどよりもさらにスピードアップしている。
下手に目で追わず、勘とリューフィンのリードを頼りに捌く。
頭上で弾ける火花や背後で響く金属音に一瞬でも気をとられると、その瞬間にK・Tは死角へと滑り込み、見失ってしまうのだ。
K・Tの動きには、俺とリューフィンのコンビネーションをもってしてもついていくのがやっとだ。なかなか突破口を開けない。
「それなら、てめえの剣ごと!」
リューフィンは硬い。リューフィンは硬い。
「リューフィンは硬いっ」
右手を振り上げると、その軌跡に鮮やかな緑色の残像が描かれた。
緑色の閃光は、俺の眼前に迫っていた銀色の閃光とぶつかり、大きな火花を散らす。
「行っけえ」
かまわず俺はリューフィンを振り抜く。その刹那、銀色の閃光は輝きを失ってふたつに割れる。
高い金属音が響き渡り、長い余韻を引きつつ高く低く揺らぐ。
奴の剣が柄に近い部分で折れ、回転しながら切っ先が飛んでいった。
「終わりだ」
リューフィンをいつもの姿に戻し、俺は右拳を強く握った。ハルダインの炎が俺の拳を包み込む。
気合いをこめ、K・Tの顔を殴りつけた。
手応えは――ない。俺の拳が止まっている。
しぶとい奴。K・Tの頬と俺の拳との間に、空間歪曲の燐光が生じる。
しかし古代神の炎は空間歪曲をじわじわと無効化し、拳は奴の頬に到達した。
「うおおおお」
鋼鉄を殴りつけたかのような重い衝撃に、俺の拳が悲鳴を上げる。
――ハルダインの炎が! こんな奴に!
「負けるものかよ!」
強引に、右腕がまっすぐ伸びるまで拳を叩き込んだ。
吹っ飛び、背中から床に落ちたK・T。そのまま数メートル後方へと滑っていく。
見届けた俺は床に片膝をつき、肩で息をした。
沈黙が訪れる。
K・Tは大の字に転がったまま動かない。脳震盪を起こしたようだ。
K・Tには訊きたいことがある。そのためにも、今のうちに縛り上げておかなければ。
「ユーリ!」
リューフィンの切羽詰った叫び声に思わず振り向いた、その瞬間。
閃光と轟音。ナジールが真っ白に染まる。
視界が白一色に塗り潰される。
白濁する意識の中、白い世界が緑色に染まるのを確かに見た――




