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猛攻

 K・Tの神速の剣を半ば運と勘に頼って避け続けているが、あっという間に斬り傷が増え、血だか汗だかわからない液体が身体の表面を流れていく。

 対して、飛び退るK・Tは相変わらず無傷だ。炎の剣でさえ、奴の身体には届かないというのか。……いや。

 このおっさん、前回よりも明らかに運動量が多いぞ。

「タバコは控えた方が良かったんじゃねえか、おっさん。肩で息してるぜ」

「はぁ、はぁ。このやろうちょこまかと」

 演技の可能性もある。迂闊に踏み込むわけにはいかない。

 だが、もし演技でないとしたら。

 空間歪曲能力。光弾の爆炎さえ飲み込むあの能力、炎の剣の前には無力という可能性がある。

「くらえ!」

 踏み込み、炎の剣による突きを繰り出した俺を、K・Tは僅かな動きであっさりとかわした。

 致命的な判断ミス。俺は今、伸びきった背を無防備に晒している。

 獰猛な笑いを含む勝ち誇った声が降ってきた。

「甘いわ」

 振り下ろす刀が、俺の背に突き刺さる――その瞬間、奴の動きがスローモーションになった。

 しめた。あの方法を試してやる。

 魔法陣を描いたときと同じ空間操作能力を使い、その場に俺自身の絵を描く。

 これは、自分自身にぴったりとしたフィルムを貼り付け、そこから脱皮する様子をイメージしたら簡単にできた。

 そしてK・Tの剣の切っ先が狙う延長線上を中心に、剣筋を変化させた場合も想定してゴルフボール大の光弾を十個ほど、俺自身の“絵”の中に埋め込む。

 そのままK・Tの斜め後方に走り込んだ瞬間、俺の意志に反して加速状態が解けてしまった。

 ガラとの訓練で怪我の治癒能力が強化された半面、加速能力の発動確率だけでなく、発動した場合の維持時間さえもが落ちてしまったということなのだろう。

「な……に!?」

 K・Tの驚愕の叫びが轟音にかき消され、その姿を閃光が包み込む。

 至近距離での爆発、このままでは俺も道連れだ。

 俺は炎の剣を正面にかざし、バトントワリングの要領で回転させた。それで爆発の衝撃が受け止められるかどうかわからない。賭けだ。

 頬や脛を熱波が掠る。ひりひりするが、炎の剣によるバリアを信じて爆発がおさまるまで回転させ続けた。

 いまやK・Tが立っていた場所には黒煙がもうもうと立ちこめている。

「やったか」

 忘れていたわけではないが、殺し屋のしぶとさは並ではなかった。

 稲妻を思わせる光が、黒煙を左右に割る。

 銀色の光が、黒煙を両断したのだ。

 立ちこめる黒煙の向こう側に、ひとつの人影が現れる。無傷のK・Tが煙を踏み越えてきた。

「楽しい。楽しいぜ、少年。もっともっとやろうぜえ」

「ち。今のでせめてスーツに焦げ目でもついてりゃかわいげがあるのによ」

 俺は、こめかみに冷たい汗が伝うのを自覚した。

 K・Tが一呼吸で踏み込んでくる。

 まともな斬り合いでは分が悪い。俺は下がりながら奴の胴を狙った。

「ぐあっ」

 簡単に弾かれ、左腕を鋭い痛みが駆け抜ける。くそ、油断していなかったはずなのに。

「引き胴はなあ、実戦じゃなかなか体重が乗らねえからおすすめはしないぜえ。生兵法ってやつだ、素人さんよ」

 傷は浅くはない。だが、剣を握れないほどでもない。これなら、戦っている間に治る。

 素人は素人らしく剣術を無視してやる。俺は野球のバットを振るような格好で、K・Tを炎の剣で殴りつけた。

「うお!」

 不意打ちとしては効果があったようだ。銀色の剣で受け止めたK・Tだったが、そのまま真横へと吹っ飛んだ。

 少し間合いが開く。K・Tは倒れてはいない。奴のスーツの裾から一筋の煙がたなびいた。

「喜べ、少年。俺様のスーツに焦げ目を作ったのはてめえが初めてだ。超・全力でぶっ潰してやる」

 笑顔の質が変わっている。獰猛なのは変わらないが、どうやら奴の怒りが沸点に達したようだ。

 だがこちらに炎の剣がある限り、あんな奴には負けはしない。俺は冷静に剣を構えた。

 視界の隅に、銀色の稲妻がはしる。

 何が起きたか、理解するのに時間がかかった。

 K・Tの猛攻が始まったのだ。

 俺はぎりぎりで奴の剣を捌いていたが、上段から振り下ろされる銀色の剣を受け止めると腹ががらあきになった。

 どうやら、そこを蹴られたらしい。剣技と蹴り技とのコンビネーション。

「ぐ……ふ」

 俺はなんとか立ち上がったものの予想外の攻撃に動揺し、上段の攻撃を警戒するあまりつい無様に逃げ回ってしまう。

「どうしたどうした、もう終わりかぁ」

 まだだ。足を止め、奴を睨み付ける。

「そうだぁ、そうこなくちゃなぁぁ」

 銀色の閃光が迸る。

 迎え撃つ赤色が、真横へと流れていく。

 奴の剣を受け止めたはずの炎の剣が――俺の手を離れ、弾き飛ばされてしまったのだ。

「それなりにヒヤリとさせられたし、まあまあ満足できたぜぇ、少年」

 K・Tは振りかぶった銀色の剣を頭上で止め、心の底から満足そうに呟いた。

「お前さんほどやり合える奴はそうそういないから名残り惜しい。本当に、何度でもやり合いたいくらいだ。だが俺のスーツを焦がしやがったからな。せめて一息にあの世へ送ってやるぜ」

 繰り返し夢の中で俺を斬り刻んできたあの剣が、今こそ本当に俺を斬りつけようと頭上で狙いをつけている。

 そしてK・Tは宣言通り、容赦ない速度で俺の肩口へと袈裟斬りに振り下ろした。

 諦めてたまるか!

 訓練の時に一度描いた魔法陣。イメージをそのまま腹のすぐ前の空間に投影。

「寄越せ――俺の武器をっ」


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