再戦
K・Tの腕時計が奏でる十二時の時報。それがゴングだった。
「まずは挨拶がわりだ!」
先制は俺。勿体をつけて剣を構えるK・Tに向け、十本の指を伸ばした。
俺の十本の指から発射したビー玉大の光弾が、尾を引いてK・Tを取り囲む。
着弾は――しない。
くわえたタバコを落とすことなく、K・Tは剣を華麗に振り回す。
銀色の閃光が縦横に走り、俺の光弾が数発ごとまとめて両断される。
三発、四発。K・Tの周囲に爆炎の花が咲く。
「と!」
十発目の光弾がK・Tの脇腹を捉えた――はずだった。
確かに見た。俺の光弾が虚空へと吸収されるのを。巻き起こす爆炎と奴の脇腹の間に燐光が生じ、そこに爆炎が吸収されてしまったのだ。
空間をどうにかする能力……。K・Tの奴、あんな防御法も持っていやがるのか。
「嬉しすぎるぜ少年。今度はこっちだ、はっはぁ!」
理屈などではない、脳内に鳴り響く警鐘に盲目的に従い、俺はがむしゃらに転がった。
ポケットから何かが落ちた。ガラが俺に持たせてくれていた“マッチ箱”だ。
床に落ちる硬い音が複数。ぎょっとして“マッチ箱”を見た。
「ちっ。真っ二つに割れてやがる」
緊急脱出手段を失った。退路を断たれた、ってわけだ。
奴が使う剣は、空間を扱う能力と組み合わせることで飛び道具にもなるのか。
K・Tは剣を右上段に構えながら言った。
「言ったろ、俺の剣は業物だと」
よく言うぜ。てめえが使ってるのはクソ親父から奪った剣じゃねえか。別に俺が取り返す義理もないし、たとえ取り返したところで元の持ち主はもう剣を振り回すこともできないのだが。
「借り物の武器なら、俺だって持ってるぜ」
俺の手から飛び出した紅蓮の炎が剣の形に収束するのを見て、さすがのK・Tも目を剥いた。
「少年。てめえ、ハルダインの戦士ってわけか。……こいつは最高だぜ」
「ほう。おっさん、知ってるのか」
K・Tは答えるかわりに目を閉じて豪快に笑い、やがて目を開くと口元に獰猛な笑みを貼り付けた。その眼光は手に持つ刀と等質の、鋭利な刃と化していた。殺し屋の本領発揮というべきか。奴の眼光に呼応するかのように、周囲の空気が冷えていく。
「少年。身に纏う雰囲気から、お前さんが何かを手に入れたことは一目でわかったぜ。だが、まさかこれだったとはな。遠慮なく、全力で叩き潰してやるぜ」
「受けて立つぜ」
冷えていく周囲の空気に抗うように、俺が構える炎の剣は一際激しく燃え上がった。
* * * * * * * * * *
ナジールの中は紫煙で煙っていた。
「よお。早えじゃねえか、少年」
声の主は悠然とこちらに背を向け、丁寧に刀の手入れをしている。K・Tだ。背も体格も俺とそう変わらないが、この隙の無さと貫録は一朝一夕に身につくものではない。改めて眺めてみても、俺とは格が違う。
「やかましい。好戦的な気配をぷんぷんにおわせやがって。こちとら爆睡の邪魔されて不機嫌なんだよ」
「けけけ。そいつはおっかねえな」
K・Tはこちらを振り向くことなく言葉を続ける。
「別に構わなかいんだぜ、俺は。あのお嬢さん同伴でも。俺はターゲットか、俺に牙をむく奴しか殺らねえからな」
「こんなタバコ臭えところにリカを連れてこられるわけねえだろが」
「そうかい。まさか禁煙だとか言わねえよな。おじさん泣いちゃうぜ」
「武道家の癖に愛煙家とは驚きだぜ。どっちかひとつにしときなよ」
K・Tは初めてこちらを振り向き、人懐っこい笑みを見せる。その表情は、素性を知らない者にとってはどこにでもいる無害なおっさん以外の何物でもない。
「そいつを素直に受け入れるような奴なら、殺し屋なんざやってねえって」
「けっ」
違いないとは思いつつも、俺は同意するかわりに毒づいた。K・Tは再び背を向けると、刀を手入れしながら世間話のようにのんびりと話し出す。
「久々だぜ、お前さんでふたり目だ」
「あ?」
「だから、ナジアとやり合うのがさ。ひとり目は殺し損ねたが、そいつは俺とやりあって以来戦闘不能になったってことで報酬をもらった。もちろん満額もらうのはプライドが許さねえから固辞したけどな。お前さんはお前さんで俺の一度目の襲撃を生き延びやがった。怪我も治ってぴんぴんしてる。報酬は今回も減額だぜ。……だが、嬉しいじゃねえか」
俺は思わず生唾を飲み込んだ。声を低くして振り返ったK・Tの目つきは、まるで狂犬だ。まあ、俺は実際に狂犬を見たことがあるわけじゃないが。
いや、そんなことより。
ナジアは俺でふたり目、ひとり目がクソ親父。……ということは、リカの両親を殺したのはこいつじゃない。仇ではないってことだ。
「ナジアじゃねえ奴の中にも強い奴はいたけどな、物足りねえんだよ。ずっと待ってたのさ、お前さんみたいに、俺のナジアとしての能力までをもフル動員してやり合える奴をよ。しかも、前回の“挨拶”から時間をおいてやっただけあって、いい目になったじゃねえか、少年。ゾクゾクするぜ」
この野郎ふざけやがって。俺がレベルアップするのをのんびり待っていやがったのか。
「気持ち悪いんだよ、殺人狂が」
「おいおい、そんなに褒めるなよ。照れるぜ」
たとえ仇じゃなくても虫唾が走る。このおっさんはやっぱりぶちのめさないと気が済まねえぜ。




