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皆伝

 この状況では、リカに黙っている方が不自然だ。

 次の日の夜中、俺はリカを連れてガラのナジールへと入っていった。

「ユーリ。恩人――シンゴは、結城老人の孫には黙っていろと」

 非難するガラの言葉を、俺はすかさず遮った。

「俺たちがしくじったらこの地域一帯に暮らす人間は消滅する。それにクソ親父が捕まった今、秘密もへったくれもあるか」

「消滅? 親父――捕まった!?」

 リカにとっては全てが初めて聞く内容なのだ。彼女は目を白黒させ、こちらを見上げてきた。


 全てを包み隠さず説明し終えると、リカは俯いたまま黙り込んだ。

「そんなわけで、俺は今日中にひととおりの特訓を終わらせる。魔法陣の起動は、いつ誰がどうするのかまるでわからねえ。だがひとつはっきりしてるのは、場所は学校だということだ」

「――た。今週……、名……学園……屋上だ――」

「シンゴ!」

 スピーカーから切れ切れに聞こえてきた親父の声にガラが呼びかける。どうやら、スパイどもには通信装置の存在に気付かれたわけではなさそうだが、通信自体はつながりにくい状況になってしまっているようだ。

「シンゴも、不自由な状況で可能な限りの活動をなさっている。我々も、できることをしよう」

「殺し屋だなんて!」

 リカが叫んだ。

 リカが気にしているのはその一点か。ふと、なぜ親父がリカにK・Tのことを伏せておきたかったのか気になった。

「なあ、リカ。その殺し屋、K・Tと呼ばれているが、本人は高橋貫一と名乗ったんだ。心当たりないか」

「高橋――! ……っし、知らない」

 明らかに顔色が変わった。

「ご両親の仇。そうなんだな」

 リカは首を横に振るが、その表情は肯定の意を示している。俺は確信した。

「だめ、ユーリ! 仇討ちなんて考えないで。そう言ったのはユーリでしょ。ユーリが、ユーリが……」

 多分、“死んじゃう”と続けたくて、その言葉を言えないのだろう。俺は苦笑した。

「ほっといても奴は来る。降りかかる火の粉を払うだけさ。今回はちょっとばかり、火の粉の勢いが激しいみたいだけどな」

 なおも食い下がろうとするリカの肩を、ガラがやさしく包み込む。

「大丈夫、ユーリは私が死なせない。そのための非常手段も持たせてある」

「非常……手段?」

「あ。“マッチ箱”のことか。これって、必殺技修得しても有効だったのか」

 思わずポケットから“マッチ箱”を取り出してしげしげと眺めていると、ガラに突っ込まれた。

「当たり前だ。……というか、どんな想像していたんだ、ユーリ」

「う。ま、まあそれはそれとしてだ、リカ。別に俺は玉砕覚悟みたいな悲壮な決意で挑もうってんじゃねえ。K・Tの野郎はぶっ飛ばしたいが、俺は殺し屋じゃないからな。今さらどう鍛えても、奴の優位は変わらない。一発ぶちかましてケツまくるだけさ」

 しばらく邪魔されたくないので、ぶちかます一発はできるだけキツいのをくれてやりたい。だがそんなことより、中学と高校あわせて六校に及ぶ区域の全住民が消滅するかも知れない事態をこそ、どうにかしなければならないのだ。


* * * * * * * * * *


「我、破邪の祈りを捧げる者なり。聖ハルダインよ、我がび声に応えたまえ。我が手に聖なる武具を授けたまえ」

 声の大きさや高さについて、ガラには散々注意を受けながら、俺は何度目かの祈りを捧げた。順を追って、手を様々な形に変えては組合せ、遅すぎず、早すぎず……。

 俺の微弱な空間操作能力を応用すれば、虚空に魔法陣を描くことも簡単にできた。後はガラに教わった通りに祈り――ガラによれば祝詞でも呪文でもないと言う――を捧げ、順に六つの印を切ることで、ハルダインに認められた場合に武器を得るのだと言う。

 なんだか眉唾ものだが、これが切り札だと言うのだから信じないわけにはいかない。

「真面目にやれ、ユーリ」

「うっせ。ふざけてるように見えるか」

 それからさらに何度目かの祈りを捧げた時、五芒星の魔法陣の外側に二つの同心円が現れた。円に囲まれた内側に、一見して梵字を思わせる形の文字が浮かび上がり、それらの文字が時計回りに回り出す。

「来るぞ、ユーリ」

 俺は右拳を軽く握り、親指側を自分の腹に押し当てた。すると、腹と拳の隙間から強烈な輝きが漏れ始める。

 ゆっくりと右腕を前に出した。

 今、俺の右手は、燃えるように紅く輝く炎の剣を握り締めていた。

「やったな、ユーリ。ハルダイン神が応えたぞ」

 だが、俺は浮かない顔でガラに聞いた。

「なあ、ガラ。たしかに強そうな剣だけどさ。これ、呼び出すのに時間かかりすぎじゃね? 実戦じゃ使えそうにないんだけど」

「…………」

 沈黙が訪れた。思わずガラの目を見る。げ、目をそらしやがった。

「よし、ユーリ。今日中に第一の必殺技、ビー玉大の光弾を連射できるようにするぞ」

 はいはい、やりますよ。……ってか、今思いついたんだよな、それ。


 適度にすきまをあけ、等間隔に置いた十個の空き缶に狙いを付ける。

 軽く開いた両手の指先に意識を集中。

 程なく十粒のビー玉大の白光が現れ、輝きを放つ。

 行け!

「七つ命中、三つ外れ! 集中が足りないぞ、ユーリ」

「っしゃ! もう一回だっ」

「だめだ。適度に休憩をとりながらやる。もう、いつ実戦になってもおかしくない。無駄に疲労を残すような訓練は逆効果だ」

 ガラに制止され、リカのそばによると、彼女は呆けたように呟いた。

「ユーリ……。いつのまに、こんなことが……」

「ああ、よくわからないんだけどさ。これって多分、俺自身の能力ってわけじゃなさそうだぜ」

 俺の言葉に、ガラが聞き返してきた。

「どういうことだ」

「中国人ナジアに出会ったあの日、とてつもない気配を感じて気が遠くなりかけた。今思えば、あの時点で魔法陣の下準備はかなり進んでいたんだろうな」

 魔法陣が集めるハルダインの力。あの五芒星の意味を知り、作法を知る者であれば、この地域の巨大な魔法陣の中にいる限り、ハルダイン攻性魔法陣を活性化させやすくなっているのではなかろうか。

「十分に考えられるな。だがユーリ、空間を操る能力に関しては、お前の努力の賜物だ。七割の命中率ならぎりぎり及第点と言えなくもないが、十発が十発とも当たるようになればK・Tの奴に一泡吹かせてやれるぞ」

 言い終えた途端、ガラの表情が険しくなる。

「奴か!」

 ガラが睨み付けるナジールの壁面から、何かが侵入してきた。

「紙……飛行機?」

 リカが小首を傾げながら言う。それはたしかに、紙飛行機だった。

 測ったように俺の足元に落ちたそれを、拾い上げて開く。

「用意は整ったか、少年。明日夜十二時にやり合おうぜ。因みに、明後日は俺様の雇い主のイベントがあるそうだ。夜十二時、学校の屋上だそうな。俺様とやりあっても命があったなら行ってみるがいいさ。ま、そんなことありえないがな。K・T」

 読み終えた俺は、口をへの字に曲げて半目で紙を睨み付けた。

「余裕っつーかなんつーか。てめーは絶対ぶっ飛ばす。絶対だ」

 とっくに消えてなくなっている炎の剣の影響がまだ残っていたのか、中指を突き立てた俺の掌の中で紙飛行機はめらめらと燃え上がった。


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