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警告

 耳鳴りが治まり、俺は周囲を警戒しつつ立ち上がった。まるで、床も壁面もグレーに塗り潰された半球状のドームの中に立っているかのようだ。間違いない、ここは――

「ナジールか。それもこんな昼間っから。お前ら幻夢世界の連中にしては大胆なことしやがるじゃねえか。今までは人気のないところを選んではこそこそと襲ってきやがったくせによ」

 相手の姿が見えない。俺は早鐘を打つ心臓を気力で抑え込み、相手の出方を窺った。背後はリューフィンが警戒してくれているはずだ。

「あわてるでない、少年よ」

「うわわっ!」

 真上だなんて反則だ! いつも襲ってくる女アンドロイドの声じゃない。爺さんの嗄れ声だ。俺は自分の口から飛び出した情けない叫び声に赤面しつつ三歩も後退し、真上を振り仰いだ。

「なんだこのよぼよぼじじいは」

 俺より先にリューフィンが感想を述べた。俺も口が悪いが、リューフィンほどではない。

「ほっほ。口が悪いの、お主の相棒は。まるで出来損ないの観葉植物……おっと失言じゃった」

 天井から嘲笑の言葉が浴びせられた。日本語だ。そうか、ここは日本だった。

 俺は改めて声の主を観察した。肩に届く白髪と鼻の下から顎までを覆い隠す白髭。アジア系の爺さんだ。俺には日本人も中国人も見分けがつかないが、おそらく日本人なのだろう。肌の艶は良く顔の皺も少な目だが、嗄れた声から察するにかなりの高齢に違いない。あの青っぽい服は……そう、たしか作務衣とか言うんだっけ。

 見た目、特に変わったところは……、いや、何考えてるんだ俺は。変わったところ大ありじゃねえか。

 この爺さん、俺の頭上三メートルほどの高さに浮いていやがる。坐禅――俺だって坐禅くらいは知っている――を組んでいるが、ナジールの天井に組んだ足を向けて逆さまに座っている。

「誰が出来損ないの観葉植物だごらぁ」

 うわ、リューフィンの奴、日本語も話せるのか。

 リューフィンは俺の腕から離れ、空中に浮いた。濃い緑色に発光している。こいつが光るのを見るのは初めてではないが、憤慨しているらしい。どうやら憤慨した時にも光るようだ、今初めて知った。

「つまらんのう、観葉植物。幻妖のお主がそんな調子では、ろくに少年のお守りもできまいて」

「にゃにをう!」

 激昂し、今にも飛び上がろうとしていたリューフィンの尻尾――というべきか爪先というべきか――を、俺は咄嗟に掴んだ。リューフィンの奴、呂律が回らないほど我を忘れている。

「落ち着け、リューフィン」

 俺たちはナジールに引きずり込まれた時、爺さんが真上にいることに気付かなかった。不意打ちをするつもりならできたはずだ。

「どういうつもりだ、爺さん。俺たちとやり合おうってのか」

「たわけ。二十年早いわ、少年」

 爺さんはぴしゃりと叱りつけるように言ったかと思うと、俺たちの目の前に降り立った。続けてゆっくりと告げてくる爺さんの口調は、諭すような穏やかなものに変わっていた。

「まずは話を聞きなさい」

 どうにも調子が狂う。ここに引きずり込まれる前に感じた、ぴりぴりとした殺気が今は感じられない。今までは幻夢世界側の連中と言えば女性型アンドロイドばかり。例外なく問答する間も与えずに襲ってきやがった。でも、この爺さんは……。

 俺はリューフィンに目配せした。彼もうなずく。どうやら見解が一致したようだ。警戒を解くつもりはないが、ひとまず様子を見よう。

「何者なんだ、あんた」

 俺たちは爺さんの話を聞くことにした。


* * * * * * * * * *


 結城怜治、八十四歳。爺さんから年齢を聞かされた俺は少なからず面食らった。かなりの高齢だろうことは予想していたが、八十を超えているとは思っていなかったのである。日本人は若く見えると言うが、それは老人にも当てはまるのだろうか。

「ここ――名細亜学園に幻夢世界の連中はおらぬよ」

「なにぃ」

 またしても、俺より先にリューフィンが反応した。どうもここのところ、相棒に落ち着きがない。そうは言っても、爺さんの言うことが本当なら俺たちは何のために日本に派遣されたのだろうか。

「ようこそ日本へ。わしも《監視機構》のスタッフじゃ。今回、わしらにはちと手に余る案件でな。君たちに来てもらったのはわしの意向なのじゃ」

 何かを言おうとしたリューフィンを手で制し、俺は爺さんに質問した。

「俺たちはナジア・ガードだぜ。ハンターがいないなら何のために呼んだのさ」

「うむ。今のところは、ハンターどもはおらぬ。だが、奴らは罠をしかけていきよった」

 爺さんの話を聞きながらも、妙に大人しくなったリューフィンの様子が気になった。ちらりと目を遣ると……。リューフィンの奴、目を閉じていやがる。なんだよ、居眠りか。勘弁してくれ、後で同じこと説明するの面倒じゃねえか。

「うぬ。ぬかったわ。お主等をわしのナジールに誘い込むのが一歩遅かったようじゃ」

 爺さんの言葉に謝罪の響きを感じ、俺は爺さんに視線を戻した。

「すまぬ。もっと早くお主等に接触する予定だったのじゃが……。連中の罠を最小限に抑えるために奔走しておったのでな」

「おい爺さん。生意気言うようで悪いけどさ、あんたほどの年齢ならもっと順序立てた説明くらいできるだろ。何が言いたいのかはっきりわからなくてさすがの俺も苛々してきたぜ」

 もともと短気なのだが言わなきゃ判るまい。

「お主の相棒な、連中の罠に……。ウィルスに感染しておる」


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