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ボンヤリと目を開けると、天佑と視線が合った。
(しまった。寝坊した!)
慌てて起きあがろうとすれば、「まだ良いだろう」と天佑に咎めれる。そしてわたしを抱きしめたまま、彼がじっと顔を覗き込む。
(わたしが眠っている間もこんな風に見ていたの?)
強い視線に羞恥が膨らむ。
(よりにもよって寝顔を晒しちゃうなんて……!)
自分だって天佑の寝顔は見ていたけれど、美形な彼の場合であれば、眠っている顔ですらさまになっていた。対して、わたしが眠っていた姿なんてただの間抜けヅラじゃないだろうか。
(……起こしてくれたら良いのに)
そう思ったものの、彼の顔が蕩けるように甘やかだったので、それに負けて口を閉ざす。
(美形ってずるい)
わたしも天佑のように隙のない美貌があったのなら、寝顔を見られても動じなかったのだろうか。
なんだかわたしばかり動揺している気がする。
「……琴葉は起きてからすぐにコロコロと表情が変わるのだな」
可愛いと呟かれて、頬に触れられた。しかし彼の手が冷たくて、身体を竦める。それは拒絶に似た仕草だと自分でも思った。
「私に触れられるのは嫌か?」
「違います。冷たかったから驚いて……」
わたしの答えに、天佑が目を瞬かせる。そして独り言のように彼が呟く。
「そうか。私の手は冷たいのか」
彼の顔がなんだか寂しそうに見えて、戸惑いながらも、自分の手をそっと彼の手に重ねてみる。
「自分にとってはこの体温が当たり前だと思っていた……けれど琴葉の手は暖かいな」
ふわりと微笑う彼の顔に胸がドキリとする。その笑みが儚く映って見えたのはどうしてだろう。
***
朝議に向かうため、天佑が部屋を出て行こうとしていた。彼が執務をしている間、自由に過ごして良いと言われている。そして彼がわたしに用意したのはもう一つ……貴妃としての身分だ。
そのような身分は頂けない。第一、本当に人違いだと分かったらどうするんです、と謝辞したものの彼は「問題ない」と言い切った。
「きっと賭けには私が勝つーーであれば、お前は必然的に正妃に繰り上がるだろう。今のうちに後宮に慣れておくと良い」
唐突に絡まった視線。先に逸らしたのは意外にも天佑の方だった。
「それに身分はお前を守る盾になるはずだ」
そう言って、彼は部屋を出ていってしまった。
***
天佑と入れ替わるようにして女官達がやってきた。彼女らが手にしていたのは豪奢な衣に、宝石があしらわれた簪。それらを着せられ、化粧を施される。テキパキとした作業につい流されそうになる。
「あ、あの……」
「何か不足がございましたでしょうか?」
「いえ。そういう訳では……」
自分よりも明らかに育ちの良い彼女らに傅かれるのは落ち着かなかった。けれど、彼女らは気にする様子もなく、朝餉の準備まで終わらせる。
眩い笑顔で「貴妃様」呼ばれると、本当はそんな身分ではないのだと後ろめたさが増していく。
(それにわたしは『琴葉』じゃないのかもしれないのに)
天佑はわたしが『琴葉』だと思っているから、丁重に扱っているに過ぎない。もしも本当の『琴葉』が現れたらわたしなんてお払い箱になるのだ。
(だってわたしは『琴葉』じゃないもの)
彼の関心がこちらに向いているのは今だけだ。きっと偽者だと分かれば、わたしに用はないのだから。不意にチクリとした痛みが胸に走る。
それに気付かなかったフリをして、女官らの言葉に応対した。
***
一人きりになって、わたしはぼんやりとお茶を飲みながら、ゲームのことを思い出していた。
『鏡の国』で『琴葉』につけられた女官は一人のみ……それも口がきけない女官だった。
ゲームの天佑は自分を頼るように、わざとコミュニケーションを取りにくい人物を選定していたのだ。
ーーだけど、さっきやってきた女官達はどの人物も愛想が良かった。
(ゲームの天佑と行動が変わっている?)
わたしの取った行動がゲームから逸脱しているからか……悪い方向ではないと思いたかった。
***
昼過ぎ。女官と共に部屋にやってきたのは一人の武官を紹介された。
名前は戌 皓月。彼は天佑に付いていた武官で、しばらくの期限付きで、わたしの護衛を受け持つらしい。
(皓月かぁ……)
彼を見て身構える。皓月は『鏡の国』に登場しているものの攻略キャラではない。けれど、問題は彼の行動だ。
ーーこの国は十二支にちなんだ家が権力を持ち、その家ごとに気風が分かれている。
たとえば、戌の一族の場合……王家に忠実で優れた武官を多く輩出していた。皓月も自身が仕える『王』には忠実だった。
***
ゲームの『琴葉』は最初。自分に執着を向ける天佑を恐れていた。
天佑からの愛を絶対に受け入れないルートを選んだ場合ーー『琴葉』は王を悲しませるだけの反逆者として、皓月に殺されてしまう。
(嫌だ。殺されたくはない)
皓月に非はない。けれどデッドエンドを知ってしまっているがゆえに緊張してしまう。
よろしければ後宮を案内します、と女官が申し出てくれたので、それに頷く。わたし達が回廊を歩けば、その後ろを皓月が護衛としてついてきた。
(せめて表情が顔に出れば良いのに)
チラリと後ろを振り返ると彼は無表情のまま、姿勢良く歩いている。
皓月が何を考えているか分からなかった。けれど、ひとたび彼が不敬であると判断されたら、わたしも斬られるのではないか。そんな恐怖が背筋を冷たくさせる。
(それにしても……またゲームと違う展開になっている)
ゲームで『琴葉』の護衛役となったのは皓月と攻略キャラの永嘉である。
永嘉は虎家の生まれだ。
虎家は戌家同様、優秀な武官を輩出しているものの、王家に忠実な戌家とは違って、プライドが高い者が多い。
ゲームの永嘉は名門の生まれということも相まって最初の頃は琴葉に冷たく接していた。
けれど、顔を合わせるうちに仲良くなり、ツンデレキャラになっていく。
表情がよく変わる永嘉ならば、まだ自分のことをどう思っているか知れる分、不安に思う必要はないだろう。
女官の話に相槌を打ちながら、案内された書庫に足を踏み入れる。
気まぐれに本を一冊手に取って捲ってみたものの、到底読めそうになかった。
(会話はできるのだから、文字だって読める仕様だったら良かったのに)
まぁ、嘆いていても仕方ない。
(せっかくだから文字を覚えようかな)
賭けに勝てたら、元の世界に戻れるように手配すると天佑は言っていた。けれど『必ず』とは言っていない。
天佑が今まで『琴葉』をこの世界に引き摺り込むために道術を研究していたことは知っている。
だけど元の世界に戻す研究はされていないのも知っていた。
(天佑からすれば当たり前か)
彼は『琴葉』をこの世界に縛り付ける気でいたのだから。そんな研究は必要ない。それにもし『琴葉』にその研究を知られ、帰られでもしたら……?
そう考えた天佑は今まで「琴葉を元の世界に戻す」研究はしていなかった。
ーー今から天佑が研究するにしても、私が元の世界に帰れる保証はないし、いつになるかも分からない。
だったら、まず字を覚えて、この世界で生き抜く術を身に付けた方が堅実なのかもしれない。
(……時間はあることだし)
もともとゲームを全てクリアするくらいに、この世界観が好きだった。
見聞を広めるためにも勉強しておいても損はないだろう。




