表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

老人のボルカ(助けてぇ)…左卜全 がいなくなった国

作者: 徒然生成

✦老人のボルカ(助けてぇ)──左卜全がいなくなった国


---


むかしむかし、

いや、ほんの少し先の未来の日本の話じゃ。


ある朝、お釈迦様は王宮を出た。


「この国の人々は、

 なぜこれほど豊かで、

 なぜこれほど疲れとるんじゃろう。」


そう呟いて、

九つの門をくぐる旅に出た。


---


❥第一の門 歯医者の国


白い診察台の上で、人々は口をくちゅくちゅさせていた。

棚には、スーパーで売っているモンダミンのボトルが並んでいる。


だが歯医者が奥から出してきた液は別物だった。

一般用の倍の濃度、殺菌力は桁違い。


「これが医療専用です。

 スーパーと 売っているものとは別物です。」

と歯科医が笑った。


お釈迦様は黙って見つめた。

儲けるためには「安かろう悪かろう…」


庶民は、

薄めた希望をくちゅくちゅしているように見えた。


---


❥第二の門 スーパーの国


冷蔵棚の中はいくらの宝石、うなぎの香り。

だが裏の倉庫には、香料と着色料の袋が山積みになっていた。


「これはカニですか?」

「いいえ、スケトウダラです。

 赤く塗って“紅ずわい”と呼んでます。」


“北海道産ししゃも”の袋の中にはアイスランドの魚。

“うなぎ”と書かれた切り身はナマズだった。


お釈迦様は思った。

「この国では、“味”も“産地”も、心地よい嘘で包まれとるのか。」


その頃、田んぼでは米が実りすぎて倒れていた。

政府が増産を命じた翌週、米はスーパーにあふれ、

零細農家は笑うどころか泣いている。


「食べ物が余る国で、なぜ腹が減るんだろう。」


お釈迦様はつぶやいた。

「豊かさも行き過ぎれば、飢えと変わらぬ。」


---


❥第三の門 道の国


道路のガードレールは足だけ残り、

農家のハウスは骨組みが消えていた。


盗まれた金属は翌週、“再生資材”として

大手の倉庫に並んでいた。


お釈迦様は拾った鉄片を見つめた。


「盗む者も、買う者も、

 その両方に痛みがある。

 見ぬふりをする者も、また同じだ。」


---


❥第四の門 寿司屋の国


「いらっしゃい! 本まぐろに生うに!」


皿は光っていた。

だが冷凍庫の箱にはこう書かれていた。


“マグロ風味着色マグロ”

“うに風味ペースト”

“いくら風人工球”。


職人が苦笑いした。

「本物を出せば赤字なんですよ。

 安くしないと客が来ない。」


お釈迦様は箸を置いた。

「便利さの裏で、人の舌が真実を忘れている。」


---


❥第五の門 若者の国


若者たちはスマホの光に顔を照らされ、

笑顔を貼りつけていた。


「友達の笑顔がまぶしすぎて、自分が見えない。」

と少年が言った。


お釈迦様は頷いた。

「心の筋肉が衰えれば、人は転ぶ。

 二人に一人の若者が倒れる国…

 それは魂のバランスを失った証じゃ。」


---


❥第六の門 借金の国


街は「月々3,000円から」であふれていた。

若者はカードを差し込み、「少しだから」と笑った。


だが翌月、請求書を見て立ち尽くした。

金利は上がり、リボの回転は速くなる。


「足りないから苦しいのではない。

 “足る”を知らぬから苦しいのだ。」


お釈迦様の声は、夜のコンビニの灯りに溶けた。


---


❥第七の門 沈黙の放送局


丘の上のアンテナが風に鳴っていた。

「AMは2028年で止まり、BSも光を弱めています。」

老いた技師が言った。


「遠くまで届く声ほど、先に消えるんです。」


お釈迦様は空を見上げた。


「この国は、真実を語る声を恐れておる。

 遠くへ届く電波を絶やし、

 沈黙を“平和”と呼んでおる。」


画面の中では芸人が笑い、

翌日には姿を消していた。


---


❥第八の門 お金の国


海の向こうで、日本のお金が働いていた。

対外純資産は533兆円、16年連続の増加…

しかし町には財布の音がなかった。


外国人が土地を買い、銀行にお金を預けていた。

「世界の安全資産」と呼ばれた日本。

だが、その安全は、資産を持つ者の上にだけ降った。


「お金は外で稼ぎ、民は中で沈む。

 名は落ちても、資産は肥える。

 だが器が小さければ、

 豊かさはこぼれて地を濡らすだけじゃ。」


お釈迦様はつぶやいた。


「国は信用で生き、人は足るを知って生きていた。

 だが、どちらも今、その意味を忘れておる。」


---


❥第九の門 悟りの国


夕暮れの風に、

「ボルカ(助けてぇ)」という老人の声が混じった。


それは左卜全のような、

人間臭い笑い声だった。


お釈迦様は微笑んだ。

「背伸びをやめても、背は伸びる。」


若者はスマホを伏せ、

“月々3,000円”の契約画面を静かに閉じた。

風が吹き、お金の冷たさを洗い流した。


お釈迦様は最後に言った。


「この世は二重構造の苦海…

 口に入るものも、耳に入るものも、

 真実の味が失われておる。

 だが、本当に気づく者には、

 まだ救いの手が差し伸べられる…」


その声を聞いた若者が、

小さくつぶやいた。


「自分の生き方を、もう一度考えてみようかなぁ。」


---


❥あとがき…


この物語に出てくる“九つの門”は、

どこにでもある街の風景かもしれません。

けれど、少し目を凝らせば、

その中に自分自身の姿が見えてくるはずです。


便利さの裏に、本物を探す勇気を…

静けさの中に、自分の声を取り戻す力を…


あなたが今日、

スマホを閉じて空を見上げたなら――

その一瞬こそが、悟りのはじまりです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ