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えっ!? いまさら名乗るんですか?

 父親と話をしてから、3日たった。

 まあ、言うて3歳児。なにかがあるわけでもない。のんびりげんきにすごした(3歳らしい感想)。


 この3日、すごく薄味の宇宙ルールを知り、まあまあポロジーとは仲良くなった。

 この異世界のルールはポロジーも断片的にしかわかっておらず、俗習、習慣、パラダイムのたぐいは分析が最終的に完了しない可能性が高い、らしい。

 ポロジーのほかにしゃべるやつは忙しそうなメイド長か、俺につきっきりのリースデンしかいない。

 リースデンはよく構ってくるが、あまりやりとりをし続けると、とてつもない密着度でずっと頬ずりをされ続ける。得した気分になったのは最初の3時間くらいで、すぐに飽きた(3時間は充分すぎるほど堪能しているという指摘は浅すぎて一考にも値しない)。


 と。

 我が妹から邪気(・・)を感じた。


(大尉、お待ちしておりました。)


 これは――ヤツだ!


(大げさすぎます。本日到着予定であることは事前にお伝えしてあります。お忘れですか?)

(いや、ごめん。言ってみただけ。)


 あと、念話にもちょっと慣れた。

 3日前くらいまでは思ったことが高確率でダダ漏れていたが、いまはだいたいコントロールできる。


(クソが。楽しそうだな、てめえら。)

(あああああああああああああああああああああやめて! ぼくのかわいらしい妹の姿でそんな邪気を帯びないで!)

(おい、桐村。おまえちょっと念話うまいの腹立つな。)

(アザス。)

(あ? てめえ、先輩感出してんのか? 地球でのおびえた様子を思い出させてやろうか?)


 そう。

 無茶な話である。

 どれだけすごんで邪気を放とうが、我が妹バエリアは0歳。生後3週間弱である。

 なにを言われても自然とデレデレしてしまう。


「だーあーうー!」

「あらー、バエリアさま。聡明なおにいさまと同じようなお声を!」とリースデン。

「おぼえてるの?」

「当たり前じゃないですか! 私をなんだと思ってるんです? ぼっちゃんのためならなんでもしますぜ、へっへっへ」


 リースデンはなにかどこかというか、全体的におかしいが、いいやつではある。

 あとやわらかいし、根本的にやさしい。俺はリースデンに抱っこされるのは好きだ。


(おい、桐村。おまえなにしてんだ?)

(なに、とはこれいかに? 俺は3歳児を満喫してますよ。)

(修行してねえじゃねえか? ポロジー、どうなってる?)

(あのメイドが桐村宗太郎を解放しないので、教える暇がありませんでした。念話での具体的説明は困難と判断しています。)

(はあ? やる気ねえなてめえら。いいだろう、アタシが手本を見せてやる。)


「あうーだー」


 生後3週間、無理がある。


「バエリアさまー、ああ、メイド長! メイド長!」

「マリレルは今日休みだよ」と俺は言った。


 メイド長の名前もこの3日で覚えた。


「仕方ありませんね。じゃあ、すこしバエリアさまをあやしますので、座って待っていてください」


 俺を抱いたままでいるためにたまにしか休めないほど忙しいメイド長を呼ぼうとしたらしい。

 相変わらずヤバいやつではある。


「はーい、バエリアさまー? なんですかー? ミルクかなあ? おしっこ出てしまいましたかー?」


 リースデンはどこかというか全体的に抜けているが仕事がまったくできないわけではない。

 バイアスなしで見た場合、基本的には多くの項目で優秀に分類されるのだろうとは思う。あまりにアレすぎるから、彼女を優秀だと言うやつはほぼいないだろうが。


「はーい、ねんねできましたねー。眠かったんですかねえ? 暗くなるの怖いですもんねー?」


 あっさり眠ったらしい。

 念話も聞こえてこない。

 つまり、仁王立ちガールが着いたところで、俺の生活はほぼ変わらなさそうである。


 あ、そう言えば俺こいつの名前知らねえな、よく考えたら。

 そういえば地球の俺ってどうなってんの?

 俺の体って完全に事件現場に残されてるよな?


 と疑問はないではないが、なにしろ3歳児だ。複雑なことを考える必要はない(断言)。

 そもそも話を思い返してみるとたぶん、地球で経ってる時間は数秒くらいのイメージのはずだ。理屈はわからん。わからんし、わかるようになれる気もしない。


 ピンチのような気もしないではないが、なぜ俺はこんなに落ち着いているか。

 3日あればこの世界に慣れたからだ。


 慣れって怖いよねー。


「リースデン! お庭いこう!」

「はい、イエルデンさま」とリースデンは手を引いてくれる。「でも、すこしだけですよ。窓からバエリアさまが見えるところで遊びましょう」


 はー、落ち着くわー。

 これよこれ。こういうの楽しすぎて俺しばらく3歳児やるわ。


(しかし、さすがに大尉が到着されましたので、あなたの楽園は崩壊します。)

(わかってないな、ポロジー。おまえはこの世界の肉体を持ってないからわからないんだ。)

(私は魂がありませんので、肉体を持つことはありません。)

(やめてえ? なんかちょっと切ない感じにするのやめてえ?)

(いえ。その感情モ私ハ持ツコトガデキマセン。)


 こいつ、たぶんいまカタカナ感出した。

 いや、ぜったい出した。


 俺のここでの体は3歳なのですぐに疲れて眠くなり、疲れてなくても眠くなる。

 寝ても地球にもどれたりはしないが、夢も見ていないような気がする。覚えてないだけかもしれない。


 したがって、新生児など、俺よりはるかに寝るに決まっている。

 やつはしばらく日中をほぼ寝て過ごすはずだ。俺もそこそこ寝るからな!

 つまり、どちらも起きていて、なおかつ同じ部屋にいることは極稀!

 あいつは物理的に別室に移動することもできない。


 つまり、俺はリースデンと遊び放題。


(オーケー、ポロジー?)

(なにもよくありません。困るのはあなたですよ。)

(小学校の先生みたいなこと言うじゃん。それ困ったことなかったぜ? まあ、ほかの教えてくれなかったことでは死ぬほど困ったけど。)

(地球の教育制度の失敗事例はそのような言及がなくとも、あなたを見ていれば推察可能です。)

(え? 俺敗北してる? ねえ、そんな言うほど俺の中の義務教育敗北しちゃってるかな? ん? ンンンンンン?)

(ずいぶん、明るくなりましたね。3日ですが、あなたの順応力は驚異的です。)

(だって異世界転生しちゃってるしねえ。地球じゃ死にかけたし。あんま驚くこともあるめえよ。)

(あまり大尉をうまく扱おうとしないほうがいい、と警告とアドバイスの中間的発言を記録として残します。)


 しかし、あらためて名前すらまだ知らないの逆にすごいよな、と俺はひとごとみたいに思った。

 というか、まあ仁王立ちガールで事足りると言えば足りる。


(足りねえよ! 思考が念話に漏れてんだよ! アタシはルルカ・ソンフォニア・ラングレイ・ミルゲイナフだ。)

(うお!? びっくりするわ。いきなりはやめてよ。起きたんなら部屋もどるけど。)

(いや、いい。戻って来るまですら起きてられない。クソ眠い。無駄な睡眠だぞクソが……。)


 それきり、なにも聞こえなくなった。


(なあ、ポロジー。教えてくれてもよかったんじゃないの、名前くらい。)

(私には大尉の情報に関する開示権限がありません。)

(言うと思ったよ。)

(ではその質問は無意味ですね。)

(つれないやつだなー。)

(むしろ、私に親密さを求めるアプローチそのものが奇抜です。)

(異常とか言わないあたりに一定の思いやりは感じる。)

(擬似的なものにすぎません。私には感情はありません。)


 やっぱりつれなかった。


 ちなみにだが、あまり大尉をうまく扱おうとしないほうがいい、というポロジーの忠告は正しかった。2ヶ月後、俺の楽園は崩壊することになる。

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