にゃーと鳴く玉
#んだぱっ!?
なんだこれ。目の前には見知らぬ、天井。
視界がもやがかっていて、あんまり見えない。かろうじて天井だとわかるくらいだ。霞んでいるというよりは、そもそもの視力が落ちているような……。
いや、手も見えるな。たぶん小さい。指がかわいらしい。
(あれ、この手、動くぞ?)
どうやら、俺の手みたいだ。
つまりそう、これは輪廻転生。
輪廻転生したにちがいない。
「イエルデンさま」
(……あ?)
「イエルデンさま」
(んん?)
「イエルデンさま」
(あ、え、俺か?)
「イエルデンさまイエルデンさまイエルデンさまイエルデンさま」
(んだよ、うっせえな!!!!!!!!!!)
「だーあーうー」
「やだあああああああああああああああああああああ可愛いいいいいいいいいいいいいいいいい! メイド長、ほら見てこれ! イエルデンさまがおしゃべりになりました!」
ぱかーん、ととてもいい音がした。
「リースデン、なにをしているのですか?」
「え? 朝のごあいさつですけど」
「イエルデンさまがいつ眠ったかご存知か?」
「さきほどだと引き継ぎました」
「よろしい。そこに正座しろ」
「はあ!? なんでですか!?」
「どこに不思議があった?」
「あいさつをするようにと教育を受けております」
「その教育係もついでに正座させなさい」
「あなたです」
(これは……?)
にゃーん、と俺の視界の上で玉が鳴いた。
いや、タマではない。ボール。玉だ。
しかも浮いている。
「あれー、ポロジー繋いでないじゃないですか? だれです?」とリースデン(たぶん)は言った。
「あなたよ」と(たぶん)メイド長。
なにしろ、俺からは見えない。
これが輪廻のもたらした俺の新しい生活か……。
(不正確な認識です。あなたはテンセイしています。当該ヨリシロの年齢は生後2週間。これは地球からの当該イセカイへの移動に20秒要したためです。)
は……? ナニコレ……?
コエガキコエルヨ……? じゃあ、俺の銀魂は? 俺のマッティは?
(誇張です。銀魂の著作権は空知英秋氏に、こんびにえんす・マッティの所有権は松長幸次郎氏にあります。あなたはいずれの権利も有していません。)
んーと? えーと? なにこれ?(2回目)
(さきほどと重複しています。この意思疎通は念話です。当該イセカイには念話は存在しますが、高度技能となります。したがって、この近辺では私とあなただけの意思疎通手段となります。質問への回答は以上です。以後、待機します。必要であればお声がけください。)
いや、必要しかないが。
なにが必要かもわからない程度に必要しかないが。
(質問があいまいです。齟齬を防ぐため、正確な質問をおねがいします。)
なに言ってだおまえ。
(私はポロジーです。大尉よりあなたの随行を命令されました。)
おう?
すごい、全然意味がわからない。
とりあえず、死んだのか俺? これはあの世か。ちがうな、異世界って言ってたな。
ついにあれか、俺も異世界転生か。
たしかに素養はあった。27歳、絶賛ほぼニート! 定職はない! 彼女もいない! そして、太い実家すらない!
それなのに東京都豊島区でひとり暮らし。すごい。やめろ。俺やめろ。俺に効く。
(状況の判断は的確です。しかし1点、認識の誤りが認められます。桐村宗太郎の個体は地球にて生存しています。現在は睡眠中です。当該イセカイに滞在している限り、桐村宗太郎個体は睡眠します。)
ええ!? じゃあ戻してくれよ。
(承知しました。あなたの帰還申請をします。大尉の許可後、地球へ帰還します。)
行けるんかい!?
(拒否されました。大尉からのメッセージを伝えます。「いくらなんでも早すぎる」。以上です。)
いやー、なにが早すぎるって言うんだよ。
俺は俺がどういう立場なのかすらわかってねえんだわ。
(あなたはイセカイ転生しています。地球においてはよくある現象だといくつかの文献から確認できています。地球におけるイセカイ転生と現状の差異は、イセカイにも地球にもあなたの肉体は現存しているということです。)
いやそれラノベだよ!!!!
そのパターンもあるだろうけどさ!!!! サンプル偏ってんぞ。
全然ありえねえ現象だよクソが! 早く帰せ。俺を、早く、帰して!
(しばらくお待ち下さい。前回の申請からイセカイで3分しか経過していません。地球時間では400分の1秒しか経過しておらず、状況が変化しているとは合理的に考えにくい状況です。)
あれ、ここに来るのに20秒かかったとか言ってなかったか?
えーと、最低でも往復で40秒かかってるんじゃね?
(データ通信量の問題です。あなたの――該当単語が存在しません。説明のために便宜的な任意のことばを指定してください。)
定義もわからねえのに単語が指定できるかよ。ポンコツすぎるだろ。
(生命体の根源的な肉体以外の存在情報です。もっとも近い意味の単語に「魂」がありますが、次元構造から根本的に相違しており、明確に異なる概念です。大きな齟齬を生む可能性がありますが、便宜的に「魂」と変換しますか?)
いいよそれで!
イチイチなんか言わねえと気がすまねえやつだな!
(承知しました。魂の情報構造は音声、文章などの情報とは根源的に次元が異なり、地球人では定義不可能です。要点だけを伝えます。魂を転送するさいの情報は地球人が知覚できる情報とは、情報量として天文学的な数値の差異がうまれます。イセカイ転送時にはこの膨大な情報を転送するために地球時間で20秒を要しました。単純情報であればほぼ即時に伝達できます。ただし、あなたの体感と地球での経過時間に差異があるのは原始的宇宙論により発生する別問題です。)
え、待ってくれよ。それ俺、脳がパンクしないの?
とんでもない情報量が入ってるってことじゃないの?
(誤りです。高次元情報の負荷はかかっていますが、これは現生生物が認識できないだけで、そもそも存在しています。したがいまして、その高次元情報を得ることによる負荷は問題になるような量ではありません。わかりやすく簡単に言い換えると、おまえらだって日常のたいはん忘れるだろ? 知覚すらできねえ情報を適量入れてるだけだから気にするな、です。こちらは大尉から事前に伝達を依頼されたメッセージです。)
すごおい。クソみたいなめんどくさい説明きた。
で、結局なんなの?
(これ以上は私の権限では説明ができません。一時帰還を推奨します。)
さっき拒否られただろ?
(今回は私からの推奨をそえて、大尉に申請します。)
味方が増えたよ! やったね。
(味方ではありません。私が大尉の許可なく原生生物に加担することはありません。帰還申請しますか?)
あーするする。
頼むよ本当に、俺はなんでこんなことになっ♮