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なにしに来たんですか?

翌朝、目が覚めると、イエルデン=リックリードの眼前に玉が浮いていた。


「うおおおい! びっくりすんなもう!」


まあ、当然びっくりするよね、これはね。


「……んだよ、うるせえな」とルルカも起きた。「あれ、ポロジー、早いな」

「解析が早く終わりましたので、防護とステルスを展開してすぐにこちらに」

「そうか。それで、あいつらはなんだった?」

「セイフでした。キノシタが桐村に監視をつけていたと思われます」

「シロウトか?」

「はい。いちおう訓練は受けているようでしたが、戦力とは言えない程度です」


なんか行政府のような組織名と、内閣総理大臣の名前のようだった気もするが、偶然の一致だろう。

偶然の一致。

俺だっていまリックリード家の嫡男だしな。地球のこととか知らない。


「あら、ポロジー。どこに行ってたの?」と騒がしくなったことを感じたのか部屋に入ってきたファーシェルは言った。「イエルデンさま、今日はこちらをお持ちください」


着替えだ。気が利くな、さすがメイド長。

とでも言うと思ったか、確実にくせえからだ。

着ていた服は必ず、捨ててきてくださいね、と念押ししてきやがった。

まあ、たしかに俺自身もくさかったとは思うので素直に荒れ地に持ってきた。

なんとまあ。親父の言うように石柱があった。昨日は全然気が付かなかったが、結構頑丈そうだし、意外と主張激しいなこいつ。


「よーし。さあ、今日もやるぞ。繰り返しは得意だ。もう納得もした。あとは無心で反復するだけ。カンタンなお仕事だ」

「ようやくやる気になったのか?」

「ん? いまやる気は関係ないだろ」

「ないわけあるか」

「やる気って魔法がうまくなるのに必要か? 必死に勉強法を検討するよりDUO3.0を丸暗記するほうが偏差値を上げるのと同じだ。俺がやれると思えればそれでいい。あとは繰り返せばいいんだろう?」

「あれ、たとえはよくわからんがなんかおまえまともなこと言ってない?」

「大尉、桐村が言っていることは昭和のクソ根性老害理論です。一定の効果がある手段ではありますが、あまり先進的とは言えない理論です」


え、なにこいつ? なんで流暢に地球のディス入れてくんの? おまえが昭和のなにを知ってんの?

俺? 俺は知らないよ。だって1990年生まれだし。生まれてこのかたずっと平成じゃん?


「こいつの適性がバカ高く出たのはこれか?」

「そのようです。桐村宗太郎は端的に言って、イセカイテンセイして魔法の修行をするのにかなりうってつけですね。すくなくとも地球人の中ではトップクラスに適性があります」

「マジかよー。やっぱり俺才能あるんじゃん」

「誤解です。魔法の才能の有無については言及していません。適性があると言っただけです」

「まあ、アタシにとっては都合がいいか。うまくいかなかったら投げ出すタイプに見えるんだがな」

「こういうのは積むだけだからな。気分としてはやりたくはないが、目的達成のためだからやりたいかやりたくないかは問題じゃないんだよ。納得してそのルートを通るって決めたのに、うまくいかなくなったから毎日積まなくていいという理屈がわからないだろ? ルールはルールで、納得したのは自分だろ? だから、ルール通り積めよ。どうしても積みたくなくなったらキッパリやめろ。それもできねえハンパモンがグダグダ言って積み増しをサボることこそわろしだ。選択肢はいつもふたつしかない。今日積むか、今日から2度と積まないか、だ。それ以外は甘えで聞くに値しない」

「おまえ、どこにスイッチあんのかわからねえな」

「基本的にはやりたくないからな。甘えになるものは徹底的に叩きのめしておく」

「手段まちがってることもあるとアタシは思うが、まあいいだろ」

「手法を疑うのはいいわけにすぎない。まず積む。日々是積増」

「……とてもじゃないがやわらか異世界バンザイとか言ってたやつとは思えないな。おまえなんかヤバいやつじゃない? アタシは話してて平気かこれ?」


まったくわかってねえんだよ、こいつは。

必要なのは理論じゃない、納得だ。

必要なのは努力じゃない、反復だ。

必要なのは動機じゃない、無心だ。

やるのは俺であって、いるのは決定だけだ。


あとはペナルティが俺に甘い。俺が大学の4年間で、なんど路上にゲロを吐いたと思っている?

そんなものはもはや日常茶飯事。たいしたペナルティではない。

吐いたら呑める。呑んだら吐ける。そういうことだ。


そうつまり、まさにチート!

いいぞ、ようやく世界が俺に向いてきた。

チイイイイイイイイイイイイイイイイイトゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!


俺はしっかりと石柱をめがけて連打する。


「リースデン! リースデン! リースデン! リースデン! リースデン!」


「おい、アホおにいさま、魔法の名前がちがくってよ?」とルルカは言った。

「ソムル! ソムル! ソムル! ソムル! ソムル! ソムル! ソムル! ソムるおおおおおおおおおおえええええええええええええええええええ」

「今日も懲りずに連続詠唱とはイカれてますわ。せっかくのポロジーをフル無視なところも素敵ですわ」

「きもぢわるい……」

「あなたはすこし学ぶべきです。あと1、2日お待ち下さい。この世界の魔法の効率のよい習得方法を探ります。ご安心ください。本情報は地球には転送しませんので、ロスもラグもない最新の攻略情報です」

「うげろおおおおおおおおおおおおおお! おおえええええええええええええええええええ!」

「たぶんこれは聞いてねえぞ、ポロジー」


まあ、とりあえず今日は間に合わねえから吐いとけ、と言われるままに吐き、翌日起きたらポロジーはちゃんと分析していた。


結論:やっぱ、吐くまで唱え続けろ。


6歳はたぶん余裕間に合う。いまからずっと吐いていけ、魔法の高みにのぼるのだ。


なんだ、クソかこいつら?


ただ、もう俺は積むと決めている。

俺は死ぬ気(はなくて、あるのは吐き気)でソムルを唱え続け、数え切れないほど嘔吐し、俺のよたよたと歩いたあとは嘔吐への道と名付けられた。

草木がこころなしかよく咲いたという。


「ソムル!」


ばぎぃ、ぎぎぎ、となんとも歯切れの悪い音を立てて石柱が崩れたのは飴玉を呑んでから6日目の夕暮れだった。

親父はちょっと意外そうに折れた石柱を眺めていたが、まあいいだろう、と翌日司祭を呼んでくれた。

あやしい3流司祭から、能力はなさそうだがちゃんと領地の魔法協会の司祭だとかになった。

飲むのはやっぱりまずい飴玉みたいなものだった(緑だったので、さらにキツかった)。


「バイレル! バイレル! バイレル! ばいれるうおおおおおおおおええええええええええええええええ!」

「バカですか、おにいさま」

「いえ、大尉、バカです」

「すぐ吐いたな。こっちのほうが魔力消費デカいのか?」

「そのようです。この6日間で飛躍的に魔力が上がってるはずなのですが、6歳で覚えるには上位の魔法なのかもしれません」

「うるぜえ……俺は……やるんだッ!」


かくて、ついたあだ名はゲロ吐きの御子息。

じつにこの世界には悪意が満ちている。


「バイレルゥ!」


おお、と声が上がる。

これは美しい。まるで龍の吐息! みごとな炎です! とギャラリーがやたら騒ぐ。俺のゲロ修行のウワサを聞いた領民たちが自然と集まってきたのだ。

まあ、これまで俺が吐いてきたのは胃の内容物だけどな。


「いいだろう。リースデンの追放は一旦白紙にしてやる。屋敷に戻すかはあとさいごのを見て考える」と親父は言った。「しかし、バイレルまで――」

「おとうさま、いいからつぎの予定をお願いしますね?」

「ひと月でいけるか? これまでとはひとつ桁が――」

「いや、予定どおり半分でいいです」


巻いてんだよ、こっちはよ。

ここまで2週間魔法しかやってねえんだよ。嗅覚がマヒしてもうなんだかわかんねえんだよ、こっちはよ。

なにしれっとここから1ヶ月に伸ばそうとしてんだよ。

俺のやわらかタイムを返せよ、クソ親父!


即日。俺はつぎの魔法の習得に励んだ。

司祭はまたレベルがあがった。

どうやら俺の初見式とやらで司祭をしたこのあたりでは偉いやつだったらしいが、知ったことではない。モブだモブ。


「ムスケラ! ムスケえええええええええええぼおえええええええええええええええええええええええ!」

「学べ」

「学んでください」


以下、略。

結論、俺が修行していたウチの領地の外れには草木が生い茂ったという。

もはや王都へ通じる緑の道であることを領民は疑わなかった。


「ムスケラ!」


おお、と2週間前同様の、もういいかこれ?

ほんの数日でムスケラまで! 天才ですな、御子息は! すばらしい、リックリードは安泰です! とギャラリーはやはり騒ぐ。

うるせえ、いいから早くしろ。巻きで行くぞ、巻きだ。

いらん称賛だ。褒美をよこせ。

しっかりと俺のムスケラ詠唱を見届けた一流司祭さま(モブだぞ)は、


「リックリード卿、御子息は魔法学校へ入れられたほうがいいでしょうな」と言った。


おー、魔法学校。

ワクワクはしないよ? ハーレムか? どうせなんかよくわからん王族とか貴族とかわらわらおるんだろ?

なんでスローライフを求めてピリピリハーレムしねえといけねえんだよ。

行かないからな、俺は。


「あの……メイド付きですか?」

「……しゃべるな、おまえは」と親父が言った。「約束通りリースデンは雇い直すから黙っていろ」


かくて、イエルデン=リックリードのメイド奪還は終結したと言える。

やったぜ、やわらかライフ。

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