オウトマジック
俺は暫定的に立場を取り戻したらしく、ファーシェルがいちおうの世話をしてくれるらしい。
まだ俺6歳だけどな! もっとやさしくしろよ!
物置から出してくれた知らないメイドからいまいち釈然としない今後の生活についての説明を聞いて、元の自分の部屋に戻る。ルルカがだらけていた。
「ちっ、相部屋かよ。独り占めできてたのに」といきなりの悪態。
「よくもやってくれたもんだよ」と俺は言った。
「アタシの気もすこしは晴れたからこれで許してやるよ。つぎからは気をつけろな? 地球は危機。これだけ覚えとけ」と所作だけは3歳のようにソファにちょこんと座っている(が発言はひどい)。
「ポロジーは?」と俺はあたりを見渡して訊いた。
「まだ2、3週間かかるだろ。地球で調べてるところだ。ここまでの転送に20秒はかかってるわけだから、とっくに終わってこっちに向かってることにはなるが」
そういえば、警察じゃないけど怖そうなやつらがインターフォン押したからこっちに来たんだったわ。
そこそこ危機。でもいま全然気にもならない。
すげえな、異世界! やっぱり目の前にない危機って秒で忘れるよな。
「ポロジーは1秒2秒でなんかできるもんなのか?」
「余裕だ。宇宙人だぞ、我々は」
宇宙のテクノロジーすげえけど、なんでじゃあ粗雑な展開しか起こらねえんだよ。
よく考えたら俺、初手致命傷だったんだが。いまもまあまあ劣悪条件になりつつあるだろ。
どうかんが――あー、あれか。使い手の問題か。さてはこいつ、態度はえらそうだが無能だな?
「おい、おまえ、いまアタシにとって不快なこと考えてるだろ?」
「念話になってた!?」
「バカが。顔見りゃわかるし、そこは『考えてない』って言うところだ」
「まあそれはいいとして、妹よ、俺はポロジーなしで修行することになる?」
「まったくよくなくてよ、おにいさま、そうなる」
「もうちょっとなんかこう……ない?」
「ねえよ。まさかアタシもおまえがそんなアホな条件持ち出すとは思いもしなかったからな。魔法は1ヶ月後くらいからやるつもりだった。ポロジーに2週間調査させてからな」
おっ、つまりハードモードですな?
「ちなみにアタシもこの世界の魔法は全然わからんぞ。魔法の一般論くらいしかわからん」
「まあ、一般論でも魔法についてなんか知識があればいけるだろ。頼むぜ、我が妹よ!」
「おまえ、マジで危機管理能力欠落してるレベルで楽天的だよな」
「そうでもないけど、悩んでも仕方ないからな!」
と、そこでノック。
「失礼します」とファーシェルが入ってきた。
どうやらリースデンのようにつきっきりというわけではないらしい。
(まあ、おまえもだけど、アタシも相当低く見積もられてるからな。世話もかなりおざなりだぞ。)
(ああ、愚鈍な3歳児か。)
(愚鈍でヤバい6歳児よりはマシだろ。)
「イエルデンさま。明日、司祭を呼びます。ただ、前回のようにすばらしい方ではありませんので。あとはご自身でなんとなさってください。いちおうは、旦那さまもご期待されているご様子でした」
(こいつマジでずっとトゲがあるんだけど!)
(前のメイド長の妹だか姪だからしいぞ。おまえはそこそこ嫌われている。)
なんてディスアドバンテージ!
言うことだけ言ってドアを閉めて行く様ですら俺のこと嫌いオーラが出ている。
やはりリースデン。リースデンこそが異世界に必要な唯一のオアシスなのだ。
「でもよ、おにいさま。そこそこ大変だと思うぜ?」
「魔法か?」
「そうだ。おそらく1ヶ月で3つってのはおまえが考えてるよりもずっとヤバいはずだぞ」
「なんとかなるだろ」
翌日、とんでもねえ身なりの怪しい老人が俺の目の前にいた。
俺が連れて来られたのは、領地の外れのほとんど荒れ地に近いギリギリ管理されてますよ感はいちおうアピールされている程度の原っぱだった。
ファーシェルと、ルルカがどうしても着いてくるとダダをこねた(フリをした)ので、ルルカもいっしょだ。いちおうの期待はしていると言っていた親父殿は、出かける素振りすらなかったらしい。
「では。これからイエルデン=リックリードに魔法を授ける」と老人はもごつきながら言った。
のち、儀式的な口上だか呪文だかを述べていたが、なんかよくわからなかったので、なんか言っていた程度に聞き流した。
たぶん、俺が聞いてても聞いてなくても関係ないだろ。
「初めてのこの者に与えられる魔法の名は、ソムルである!」と老人はさいごだけすこし声を大きくして言い終わって(こいつもここ以外適当に読んでいたにちがいない)、ふところから飴玉みたいな赤い玉を出した。
それを俺に手渡すと「お飲みください」
まっずぅ!? やっべえなこれ! なんかくせえし! のどごし最悪!
だが吐き出すとなにが起こるかわからないので、なんとか飲み込む。
のどを通り、胃まで落ちる感じがキッチリある不快感。
あまりに気持ち悪い感触だったからか、吐きそうだ。けっこうヤバい。
いや、待て? こんなことあるか? こんな食い物があってたまるか。これは……まさか盛られたのか!?
「イエルデンさま、いまなにかお感じか?」
「吐きそう」
「それがあなたの魔力切れのサインです。これからは見逃されませんように」
ん?
なんか言ったかこいついま。
「吐き気……?」
「ええ。いまは魔力がおそらく切れておりませんので、魔力切れよりはずっと軽い症状のはず。実際に魔力切れを起こしたときは嘔吐するでしょうな」
え、なにそれ。ふざけてるの?
魔力が切れたら気を失うとか、最悪死ぬとかあるだろ? いやなんかこう……いい感じのやつ。いや、死ぬのは全然いい感じじゃないんだけど、でもおまえ……。
なにおまえそれ。吐く……? 吐くだあ? 地球じゃ二日酔いガチ勢だぞ、俺は。
もっとなんかこう、似つかわしいなにかはなかったのか。
「魔力切れのサインはひとそれぞれですので。私は眠ってしまうのですが、嘔吐は珍しいですな。体外に排出するたぐいの魔力切れは才能の証とも言われます。いや、しかし、涙や発汗は聞いたことがありましたが、嘔吐ですか……。まあ、とかくこれであなたも魔法の使い手。あなたさまに魔法のめぐみがこれから訪れますよう」
そう言って、老人は去った。
「あの方はほとんど引退しておられるようですので、これで終わりのようですね」とファーシェルが言った。「初見式のときの高名な司祭さまであれば、いろいろと教えていただけたのでしょうが、ご自身がなさったことです」
だから!
刺々しいんだよ! クソメイドが!
「それでは、私も旦那さまから手を貸すなと言われておりますので、ここで失礼します。バエリアさま、お戻りになられますか?」
「いい。ここにいる!」
「承知しました。領内ですのでほとんど危険はないと思いますが、日暮れ前にはお戻りください」
すっごいあのひと、3歳と6歳残してマジで帰ったよ!
期待値のあらわれがエグいな。
「まあ、とりあえず唱えてみろよ。たぶんさっき食った汚え玉が儀式的な契機だろ。もう使えるはずだ。魔力切れの代償もたいしたことねえみたいだし、死にはしないんだろ。まあ、亡き者にしようというつもりが、おとうさまになければ、だがな」とルルカは笑った。