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第8話 人形に宿りし神

「法術師の方々って、やっぱりいろんな体験してるんですよね」


 如月先生は、いつものように穏やかな表情で私の言葉を受け止め、ゆっくりと頷いた。


「まあ、いろんな依頼とかありますからね。人の心が生み出した主観的なものから、人の念や気が引き起こす怪異まで……そうですね、こんなことがありました」


 先生は、遠い目をしながら、語り始めた。その声は、まるで古の物語を紡ぐかのように、静かに、しかし確かな重みを持って響いた。


 


「古来より、人形というのは、呪的霊的な力が宿るとされています。人身御供の代わり、亡くしたものの代わり、あるいは神を宿す偶像――様々な役割を、古来より人形は求められてきました。これは、そんな人形にまつわるお話です……」


 それは、今から数十年前のことだという。

 N県K地区の山深い村に、一人の男性が訪れた。彼の名は藤本幸平(仮名)。事業で窮地に立たされていた彼は、藁にもすがる思いで、その村に伝わるという「神を降ろした人形」を求めてやってきたのだ。


「お願いしますよ、このとおりです」


 藤本氏は、村長の家で、深々と頭を下げて懇願した。 彼の顔には、切羽詰まった焦りと、わずかながらも奇跡への期待が入り混じっていた。

 村長は、藤本氏の必死な様子に困惑した表情を浮かべた。

 当然だろう。神を宿すという人形は、村の守り神そのもの。それを易々と他所者に売り渡すなど、村の掟に反する行為だ。


「そうは言ってもなぁ。こればっかりは……何と言うても、神様じゃけのう。神様ってのは、売り買いするようなもんじゃねぇでよ」


 村長は、頑なに首を縦に振らない。しかし、藤本氏は諦めなかった。彼はその場で土下座を始めたのだ。事業の失敗によって全てを失いかけている男の、最後の悪あがきにも似たその姿は、痛々しいほどだった。


 その時、奥から一人の若い娘が出てきた。村長の孫娘だろうか。


「いいじゃないですか、お爺さま。わざわざこんな所まで来られたのです。追い返すのも失礼と言うものでは」


 娘の言葉に、村長は少し考えるそぶりを見せた。村のしきたりを重んじる村長にとって、娘の言葉は、常識的な配慮として受け入れられたのかもしれない。あるいは、藤本氏のあまりの必死さに、情が移ったのかもしれない。


「……しゃあねぇの。おらぁ、知らんよ」


 村長は、そう言って渋々ながらも了承した。ただし、何かあっても自分は関知しないという条件付きで。藤本氏は、その言葉を聞くと、顔を輝かせた。


「ありがとうございます!」


 こうして、藤本氏は、その人形を手に入れることになった。数週間後、村から届けられたそれは、彼の期待を裏切らない、荒々しくも緻密に彫られた木彫りの人形だった。その姿は、どこか不気味さを漂わせていたが、藤本氏はそれをとても喜んだという。彼は教わった作法に則り、その人形を飾り、祀り始めた。すると、不思議なことに、彼の事業は右肩上がりに好転していったのだ。




 私は、先生の話に引き込まれるように耳を傾けていた。まるで、自分の目の前でその光景が繰り広げられているかのようだ。事業の好転は、人形に宿った「神」の力なのだろうか。それとも、藤本氏自身の「思い込み」が生み出したものなのだろうか。私の頭の中では、法術の教えが常にその二つの可能性を天秤にかけていた。


 しかし、幸福は長くは続かなかった。

 一年後、藤本氏は新たな「幸福を呼ぶ人形」を手に入れたのだ。今度は東南アジアの、霊験あらたかな人形だという。新しいものに心奪われた彼は、かつての守り神であった村の人形を、おろそかにするようになっていった。祀ることをやめ、そのまま放置したのだ。

 そうしていると、藤本氏はやがて体調を崩し、病に伏せるようになった。


 藤本氏は夜な夜なうなされ、次第にやつれていった。

 病院に行っても原因は分からず、心身ともに衰弱していく。

 彼の娘はその姿を見て心配し、そして友人のつてで、如月先生たち法術師の道場に相談に来たのだという。


「なるほど……それで、藤本氏の祓いをお願いしたい、と」


 私は、先生の言葉を繰り返した。娘さんの話を聞いた如月先生は、その依頼を受けることにした。


 如月先生が藤本氏の家を訪れると、問題の部屋に入った途端、ひんやりとした悪寒が肌を刺したという。それは、単なる寒さではない。空気そのものが重く、粘りつくような不快な感覚だった。


「……!これは……なんという、濃い……!」


 先生は、その部屋に充満する想念の密度に驚きを隠せなかったという。それは、人の念や気が凝り固まった、負のエネルギーの塊であった。

 先生は無造作に置かれてある人形を見て言う。


「やはりこの人形が、全ての元凶ですね。藤本さん、今からこの部屋と、あなたに付着した呪詛を除去します。そして、この人形は処分しますが、よろしいですね?」


 藤本氏は、娘さんに支えられながら、力なくうなずいた。


 如月先生は、部屋に充満する気を祓い、藤本氏に付着した不浄な念を取り除いた。

 一通りの術を終えると、藤本氏は不安げに尋ねた。


「これで、大丈夫なんですか?」

「いや、この場にある邪気を祓ったにすぎません。原因はやはり、この人形そのものにある」


 如月先生は、そう答え、そしてさらに儀式を行った。





 その後、如月先生は娘さんと共にN県の村を再び訪れ、村長と話をした。村長は、先生の問いに、淡々と答えたという。


「そのようなことがあったのですか。はい。無茶するなあ、この人。ですが、この人形は関係ないと思います。だって、●●様を降ろした人形を、渡したわけではないのですから」


 村長は事なげも無く、悪びれずに言った。

 如月先生の話を聞いて私も驚いた。てっきり、神を降ろす儀式とやらが、人形を悪しきものにしたのでは……と思ったのだが。


 村長は、村の守り神である「●●様」を宿した人形は、余所者に渡すことはできないと強調した。

 しかし、藤本氏があまりにも熱心だったので、仕方なく「●●様を降ろしていない人形」を渡したのだという。

 そう、からっぽの人形だ、どれだけ祀ったところで、粗末に扱ったところで、何かが起きるはずもないのだ。



「……なるほど」


 如月先生は、村長の言葉に静かに頷いた。やはり、そうだったのか、と。

 村長は、さらに続けた。


「きっと大切にしなかったので、祟りがあると、思いこんでしまったのではないでしょうか。

 なにしろ、●●様の祟りならば、体がねじ曲がり発狂してしまうとされていますから。現に七年前も、そういう事故がございましたし」


 村長の言葉は、藤本氏が「思い込み」によって呪いを引き起こした可能性を示唆していた。しかし、同時に「本物の祟り」の恐ろしさも語っており、村の信仰の根深さを感じさせた。


「……そうですか。わかりました。

 人は思い込みで自らを呪い祟り、障りを引き起こすものですからね。次からこのようなことがあっても、今回みたいにならないよう、何も儀式を行っていない人形だと説明して渡すようにしてください」。

 この人形は……お返しいたします」



 如月先生は、そう村長に告げて、村を後にしたという。

 しかし、この話にはまだ続きがあった。


「こういうとあれですけど……拍子抜けですね。思い込みで父はあんなふうに」


 娘さんは、そう言って少し呆れたような表情を見せたという。しかし、先生は娘さんの言葉を遮るように、静かに言った。


「いや、あれは確かに呪いだった。言葉の咒ではない、呪詛だった」

「でも、神様は入れてないって……」

「そう、しかし彼女は『何も入れていない』――とは、言っていないのですよ」


 私は、先生の言葉の意図を理解するのに、少し時間がかかった。村長の孫娘が、藤本氏に人形を渡す際に、何か別の意図を持っていたということだろうか。


「障りをなす悪いモノを入れて手渡したのか。あるいは、呪詛のための受信機にしたのかもしれない」


 如月先生の言葉に、私は息を呑んだ。


「受信機……?」

「呪詛と言うものは、相手に届けるためのアンテナとなるものが必要で、あの人形をその為に使った……可能性もある」


 先生は、淡々と説明した。つまり、村長か、あるいは村長の孫娘があの人形を呪詛の「受信機」として仕立て上げ、藤本氏に渡したのかもしれない、というのだ。


「それで、人形を置いてきたんですか」


 私が尋ねると、先生は頷いた。


「ああ。受信機としての用途ならば、祓ったところで……いずれまた呪詛は送られる。原因を取り除かないと解決はしない」


 如月先生はそう淡々と告げた。


 彼女は、村の神聖な人形を粗末に扱った藤本氏への戒めとして、あるいは村の教えを守るために、そのような行為に出たのかもしれない。しかし、その根底には、藤本氏を深く傷つけたいという明確な悪意はなかったのかもしれない。

 あくまでも推測に過ぎないが。


「ともあれ、もう大丈夫だろう。後で念のため結界も張っておくから、何かまたあったら連絡を」


 如月先生は、娘さんにそう告げたという。

 それから、藤本氏は元気に回復したそうだ。



「しかしもし彼が、本物の●●人形を譲り受けていたらと思うと、恐ろしいモノを感じますね」


 如月先生は、静かにそう締めくくった。

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