表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漫画家ですが、実は私は霊能者を目指していました。  作者: 十凪高志


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/14

第4話 旅館の怪異

 本物の霊能者はいない。

 そう、心霊協会の霊能者が断言し、保証した。


 霊能者になってみませんか。そう編集者に言われ心霊協会を紹介され、志していた私だったが、もはや私の心は冷めかけていた。

 最初は怒りもあった。

 そもそも最初にK林編集からこの話を持ち掛けられた時、別段「霊能者になる事を社の企画として正式に~」とは言われていない。あくまでもK林個人がM堂に私を紹介して企んだ個人企画に過ぎないのだ。出版社と正式な契約を交わしているわけではない。

 つまり守秘義務も何もないのだ。実名付きでこのまま暴露してやろうか!

 ……そう思ったこともあったが、私はそれを行う事は無かった。


 霊能者は、いない。

 そう発言、発信する人はたくさんいる。本やインターネットを見ればひれこそ大量に。

 だが、その真実の暴露が世界を動かしたことがどれだけあっただろうか。


 偉大なるマジシャンにしてサイキック・ハンターのハリー・フーディーニという男がいた。

 母を亡くし、母の霊を求めた心霊肯定派だった彼は、しかしそのマジシャンという正業の知識故に、多くのインチキ霊媒師たちの所業を見破ってしまい、絶望し、そして心霊詐欺師たちの詐欺を暴き続けた。

 だが、それで世界は変わったのか。何も変わってはいない。ただ当時の心霊詐欺師たちの商売があがっただけであり、マクロな視点で見れば……何も変わらなかった。


「確かにそいつはいんちきだった、だけどだから全ての霊媒師が詐欺だと決めつけるのはどうか? 白いカラスがいたからといって全てのカラスが白ではないのだ」


 そう、したり顔で識者が言う。正論である。そして現実として、世界は何も変わらない。

 人は自分の信じたいものだけを、盲目的に信じる――そう言ったM堂の言葉が耳に残る。

 だったら、私にはもう何もできる事は――無いのではないか。


 真実や事実など、空想や幻想の前では何の力も無い。それは漫画家である私が一番わかっている。

 幻滅し失望した私だったが、しかし――協会から離れる事は出来ないでいた。

 ここにいればネタ集め、情報収集になる。

 そう自分に言い訳をして、だらだらと。


 そして私は、心霊協会での日々の仕事の先で、運命を変える出会いをすることになる。


 霊能者も心霊も偽物でしかない――そう思っていた中で、確かにそうだと思える、「本物」との出会いを。




 ◇

「事故物件……ですか」

「はい。旅館に出る、という噂が立っていまして、どうにかしてほしい……という依頼です」

「事故物件の除霊依頼……」


 私はM堂の言葉を反芻した。よく聞く言葉である。というか、私は今住んでいる部屋がそれなのではないかと疑っていた。

 金縛りにあったからである。

 隣が寺で、そして墓場もあるし。まあ気のせいだろう。だって……


「やはり事故物件……霊が出る家、というのも……無いんですか」


 私のその質問に、M堂は事なげに言った。


「無いですね」


 案の定だった。


「本人の主観としては、確かに心霊現象、恐怖体験は起きているのでしょう。

 ですがそれはたいていの場合、心理的なものなんですよ。金縛りや幽体離脱と同じく、明晰夢の一種ですね。

 他にも電磁波だの振動だの部屋の歪みだのといったものが、住んでいる人に悪影響を与える事は知られています。原因がだいたい決まっているので、やりやすいんですよこういうのは。

 いいお客様です」

「そして私もその除霊の手伝いを、ですか」

「はい。いいネタになるでしょう?」


 M堂は笑う。私に拒否する理由は無かった。

 どうせ霊などいないのだ。


 そうして私は、M堂の除霊に同行することとなった。



 ◇

 旅館に到着すると、そこは古びてはいるものの、手入れの行き届いた趣のある建物だった。

 しかし、どこか重苦しい空気が漂っている。従業員たちの顔には疲労の色が濃く、ぎこちない笑顔が張り付いていた。


 M堂は到着するやいなや、彼ら一人一人に声をかけ、仕事内容や最近の出来事について丁寧に聞き取りを始めた。私はその後ろで、メモを取りながらその様子を観察する。彼の質問は、霊的な現象ではなく、従業員の労働時間、人間関係、宿泊客からのクレーム、経営状況といった、ごく現実的な問題に集中していた。


 数時間後、M堂はにこやかに私に振り返った。


「やはり、私が見たところ、霊的なものは一切感じられませんね。これは完全に、従業員の皆さんのストレスと疲労、そしてそれに伴う集団ヒステリーの類でしょう。旅館の経営状況が芳しくない上に、人手不足。心労が重なり、ちょっとした物音や影を、霊の仕業だと誤解してしまった。よくあることです」


 M堂の言葉に、私は深く頷いた。私もそう思っていたからだ。霊などいないのだから。


「では、除霊とは言っても、具体的な作業は?」


 私が尋ねると、M堂は肩をすくめた。


「別に何も」


 その夜、私はM堂と共に、旅館の一室に宿泊することになった。除霊作業は明日から本格的に行うという。


「いいですね、一晩泊まってみて。何か感じるものがあれば、それもまたネタになりますから」


 M堂はそう言って、別の部屋へと消えていった。


 私は与えられた部屋に入り、荷物を置いた。特に変わった様子はない。窓の外からは、夜の静寂が広がる。こんな場所で、本当に心霊現象が起きるというのか。私は半信半疑のまま、布団に潜り込んだ。


 疲労が溜まっていたのか、すぐに深い眠りに落ちた。

 だが、その眠りは穏やかなものではなかった。




 夢を見た。


 それは、昔家にあった、古びた日本人形だった。長い黒髪、白い肌、薄紅色の唇。無表情な顔は、どこか不気味さをまとっている。夢の中の私は、その人形と対峙していた。人形は最初、ただそこに座っているだけだった。

 しかし、次第にその表情に変化が現れる。薄紅色の唇が、ゆっくりと弧を描き、笑みを浮かべた。その笑みは、まるで私を嘲笑っているかのようだった。


 そして、人形が動いた。

 カクカクとしたぎこちない動きで、人形は私に向かって歩み寄ってくる。その小さな手には、鋭い刃物のようなものが握られていた。恐怖で体が硬直し、声も出ない。逃げようにも足が動かない。人形はゆっくりと、しかし確実に私との距離を詰めてくる。その瞳は、私を捕食する獣のようにギラギラと光っていた。


「見つけた……」


 人形の口から、子供のような、しかし妙に低く響く声が聞こえた。その声は、私の脳髄を直接揺さぶるような不快な響きだった。刃物が振り上げられ、私の体に突き刺さる――その瞬間、私は飛び起きた。


「はっ、はっ、は……!」


 心臓が激しく脈打つ。全身から冷や汗が噴き出し、呼吸は乱れていた。

 夢だ。ただの夢だ。そもそも昔、私の家にはあのような人形など無かっった。

 そう自分に言い聞かせても、体の震えは止まらない。

 夢にしては、あまりにも生々しかった。人形の表情、声、そして刃物の冷たい感触まで、まるで現実の出来事のように感じられた。

 私はしばらくの間、布団の中で身を震わせていた。こんな夢を見るなんて、やはりこの旅館には何かあるのだろうか。


 いや、違う。M堂の言う通り、私の心が疲れているだけだ。霊などいない。

 そう言い聞かせ、なんとか再び眠りにつこうと試みた。しかし、一度覚醒してしまった意識は、容易には眠りへと戻ってくれない。結局、私はほとんど眠れないまま、朝を迎えることになった。



 翌朝、私は寝不足で重い頭を抱えながら、M堂と合流した。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


 M堂はいつも通りの爽やかな笑顔で私に尋ねた。


「ええ、まあ……」


 私は曖昧に答えた。昨夜の夢の話は、なんとなく口にしたくなかった。


「さて、それでは今日の除霊作業の前に、少し霊視をしてみましょうか」


 M堂の言葉に、私は内心驚いた。霊視?昨日はあれほど科学的、心理的なアプローチを強調していたM堂が、なぜ急に霊視などと言い出すのか。


 ……ああ、そうか。パフォーマンスだ。

 M堂は従業員の集まった旅館の中庭に立ち、目を閉じ、両手を広げた。まるで舞台役者のような、大仰な仕草だ。私は傍らで、冷静にその様子を観察する。彼の表情は真剣そのものだったが、私にはそれが演技に見えた。

 しばらくの間、M堂は微動だにしなかった。そして、ゆっくりと目を開き、深いため息をついた。


「……なるほど。やはり、ここにいるのは、この旅館の先祖の霊ですね」


 M堂はそう断言した。


「先祖の霊、ですか……」

「ええ。ここは古い旅館ですし、先祖の因縁が強く残っていますね。

 ここは最初から旅館ではありませんでした。しかし四代前の当主が旅館を始めたのが……それが五代目以前の先祖の怒りに触れているようです。

 自分の家に見知らぬ連中が足を踏み入れているのが許せない……という怒りですね」


 M堂はそう言って、再び目を閉じた。


「よし、それでは除霊を行いましょう。彼らの想いを鎮め、安らかな眠りへと導く。そして、この旅館の未来を、彼らが安心して見守れるよう、道筋を示してあげればいい」


 M堂はそう言って、懐から数珠を取り出し、呪文のようなものを唱え始めた。それは、私が初めてM堂に会った時に見た、あのインチキ霊能者たちと何ら変わらない光景だった。


(これは霊視ではない。完全に情報収集の成果だ)


 私はそう確信した。M堂は昨日の聞き取りで、この旅館の歴史や、先祖代々受け継がれてきたという話、そして経営難に対する従業員たちの不安、そういった情報を巧妙に引き出していた。

 いや、きっとそれすらもパフォーマンスだ。協会は大量の情報収集をしていた、きっと依頼を受けた時点で調べをつけていたのだろう。

 従業員から聞いた話ではない情報もこうやって話す――本物だ、と思わせるために。


 そして、除霊と称して、適当な儀式を行い安心させる。

 M堂のやり方は、確かに人々を安心させるのだろう。だが対処療法に過ぎない。偽薬プラセボを処方して、これで安心ですよと飲ませて大金をふんだくり、再発したらまた偽薬をだす悪徳医者のようなものだ。


 だが私はM堂の言葉に、反論する気にはなれなかった。どうせ霊などいないのだ。M堂のやっていることは、一種のセラピーである。それならば、それでいいではないか。人々の心が救われるのであれば。


 私は黙って、M堂の「除霊」を見守ることにした。


 M堂が数珠を手に、真剣な面持ちで呪文を唱え続けている、その時だった。

 旅館の玄関がガラリと音を立てて開き、一人の青年が慌ただしく入ってきた。彼の隣には、もう一人、見慣れない男が立っていた。


 その男は、白いコートを羽織っただ、二十代から三十代くらいの男だった。長髪を後ろでくくり、その若々しい顔のあごにはうっすらと髭が生えている。

 その視線は、M堂の「除霊」の様子を、興味深そうに見つめている。

 青年はM堂に気づくと、申し訳なさそうな顔で駆け寄ってきた。


「M堂先生、申し訳ありません。お忙しいところ、大変恐縮なのですが……」


 青年はちらりと隣の男に視線を送り、M堂に耳打ちするように言った。


「実は、うちの母親が、先生とは別に、別の先生にも連絡を取ってしまいまして……」


 M堂は一瞬、眉をひそめたが、すぐに笑顔に戻った。


「ああ、構いませんよ。熱心なのは良いことです。ダブルブッキングもまあ、よくあることですからね。……彼はどこの霊能者ですか?」


 M堂が促すと、若旦那は隣の男をM堂の前に連れてきた。

 男はM堂と私に向かって、すっと頭を下げた。



「初めまして、法術師の羽々桐鷹也はばきりたかやです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ