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漫画家ですが、実は私は霊能者を目指していました。  作者: 十凪高志


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第16話 因果は巡る

 季節は巡り、私が法術の世界に足を踏み入れてから、一年という月日が経とうとしていた。


 自室の机に向かい、ペンを走らせる。漫画家としての日常と、法術の修行という非日常。二つの草鞋を履く生活は、想像以上に過酷だったが、充実感はそれに勝るものがあった。


「……ふう」


 一区切りついたところで、大きく伸びをする。窓の外は、すっかり日が落ちていた。

 頭のおかしい、もとい、好奇心旺盛な編集者K林に半ば騙されるような形で心霊協会に送り込まれ、その欺瞞と腐敗に絶望したのが、つい昨日のことのようだ。そこから逃げるようにしてたどり着いたのが、如月師匠の道場だった。


 本物を求めて門を叩き、入門を許されて一年。

 憑読みの術で傲慢さから呪詛の品に触れ、顔面神経麻痺になったこと。M堂の脅迫に屈せず、彼らと決別したこと。タルパに苦しむ少女を目の当たりにし、法術の光と闇の歴史を知ったこと。


 色々なことがあった。

 その全てが、私の中で血肉となり、一つの覚悟を形作っていた。

 偽物が本物のように振る舞い、人々を惑わすこの現状を変えなければならない。そのために、自分が「本物」になるのだ、と。


 その時、パソコンの通知音が静寂を破った。画面に表示された名前に、私は少し眉をひそめる。


『N沢』


 オカルト系の匿名掲示板で知り合った人物だ。

 私が漫画家であることを知っており、時々、マニアックなオカルト情報や、面白いネタを提供してくれる、いわば情報提供者の一人だった。彼自身も相当なオカルトマニアで、その知識量は侮れない。


『どうも十凪先生。ご無沙汰してます』


 丁寧な文面だが、どこか切羽詰まったような雰囲気が伝わってくる。


『先生って、オカルトマンガ描いてるし、霊能者とかそういうのに知り合いいますか?』


「……霊能者、ねえ」


 思わず独り言が漏れる。

 詐欺師なら知っている。それも、とびっきりの奴らを。だが、そんなことを言えるはずもない。私は当たり障りのない返事を考えながら、キーボードをタップした。


『どうかしましたか? 何かあったんですか?』


 すぐに既読がつき、返信が打ち込まれ始めた。その数秒の間が、やけに長く感じられる。


『実は……親戚が、とり憑かれたようなんです』


 その一文に、私は息を呑んだ。また、そういう話か。世に溢れた、ありきたりなオカルト話。だが、N沢さんのメッセージは、それで終わりではなかった。


『従姉妹なんですが、数週間前から急に幻覚を見るようになって……。

 もともと元気な子だったのに、原因不明の病気で寝込んでしまって。

 医者にも何件もかかったんですが、みんなお手上げで……。それで、藁にもすがる思いで、本物の霊能者とかいないかなって……』


 文章の端々から、彼の焦りと心労が伝わってくる。


 ふむ……。

 私の知る限り、霊能者を名乗る人間は、詐欺師か、さもなければ自分に力があると信じ込んでいるだけの妄想家のどちらかだ。

 比較的良心的な人間もいるにはいるが、その実態は優れたカウンセラーであって、本当に人知を超えた力を持っているわけではない。


 本当に「力」が、あるとしたら……。


 脳裏に、師である如月師匠の厳しい横顔と、先輩である羽々桐さんの飄々とした笑顔が思い浮かんだ。

 如月法術。私が今、学んでいるものこそが、「本物」だ。


 だが、如月師匠に釘を刺されたばかりだ。

 変な話をあまり持ってこないように、と。


 でも、N沢さんには漫画のネタで世話になっている。何より、彼のメッセージは、ただのオカルト話ではない。現実に苦しんでいる人間がいる。それを知ってしまった以上、見て見ぬふりはできなかった。


 私が……やるしかないのか?


 いや、だめだ。前に失敗したじゃないか。

 あの時の、顔の半分が引きつり感覚がなくなっていく恐怖。自分の未熟さと傲慢さが招いた結果だ。

 今の私に、人を救う力など本当にあるのだろうか。


 迷いが胸中を渦巻く。

 だが、ここで怖気づいていては、何も始まらない。


 私は覚悟を決め、N沢さんへの返信を打ち込んだ。


『……師匠に、相談してみます。もし、許可が出たら、ですが……力になれるかもしれません』




 ◇

 道場の引き戸を開けると、檜の香りと、張り詰めた空気が私を迎えた。道場の中心では、如月師匠が静かに瞑想している。その傍らには、羽々桐さんの姿もあった。


「失礼します」

 私の声に、師匠はゆっくりと目を開けた。その双眸は、いつもながら深淵を覗き込むように静かだ。


「どうしました。何かありましたか」

「はい。実は……」


 私は、N沢さんから受け取ったメッセージを見せながら、事の経緯を洗いざらい話した。親戚の少女が原因不明の病に苦しんでいること、医者もお手上げであること、そして、自分が何とかしてあげたいと思っていること。


「……というわけで、知り合いを助けたいんですが。自分が法術を行っても、よろしいでしょうか」


 恐る恐る、師の判断を仰ぐ。断られるかもしれない。あるいは、「まだお前には早い」と一喝されるかもしれない。沈黙が、重く道場にのしかかる。


 やがて、師匠は静かに口を開いた。


「……前に、一度失敗しましたね」


 その声には、責めるような響きはなかった。ただ、事実を確認するような、静かな問いかけだった。


「はい。自分の未熟さが原因です」


 私は、あの時の失敗を思い出し、顔を伏せた。


 すると、師匠は意外な言葉を口にした。


「失敗は成功の母、という。体験を得なければ、法術は……いや、あらゆる何事も、身につけることはできない」


 顔を上げると、師匠の厳しい瞳が、まっすぐに私を射抜いていた。


「実地訓練の一環として、行ってもよい。ただし、決して一人で全てを背負おうとするな。我々が、必ずフォローする」


「……!」


 隣で話を聞いていた羽々桐さんも、にこやかに頷いた。


「良かったじゃないですか、十凪さん。初陣ですね。まあ、無理は禁物ですよ。何かあったら、すぐに私たちを呼んでください」


「師匠……羽々桐さん……ありがとうございます!」


 胸の奥から、熱いものがこみ上げてくる。許された安堵と、初めて正式な「依頼」に臨む緊張感、そして、師と先輩からの信頼が、ずしりと重い責任となって私の肩にのしかかった。



 ◇


 数日後、私は羽々桐さんと共に、N沢さんの運転する車に乗り、彼の従姉妹が住むという家に向かっていた。

 都心から少し離れた、古い屋敷が立ち並ぶ閑静な住宅街。その一角に、ひときわ大きな屋敷が見えてきた。黒い瓦屋根に、立派な門構え。古くからの名家なのだろう。


「ここです。いやあ、まさか十凪先生が、そういう修行をガチでされてたなんて驚きですよ」

「はい。まあ、色々ありまして……」

「と、こちらです」


 車を降り、門をくぐる。手入れの行き届いた庭を抜け、玄関へと向かう。


 玄関で、憔悴しきった様子の夫婦――N沢さんの叔父夫婦だろう――に迎えられた。彼らは私たちの若さに一瞬戸惑いの表情を見せたが、N沢さんが事前に話を通してくれていたのだろう、深々と頭を下げて私たちを中に招き入れた。


「こちらへ……娘は、二階の部屋に」


 案内された二階の一室。部屋の前に立っただけで、中から漏れ出してくる気配に背筋がぞくりとした。これは、ただの病人の気ではない。もっと異質で、禍々しい何かが渦巻いている。


「……失礼します」


 覚悟を決めて、襖を開けた。

 部屋の中は薄暗く、カーテンが閉め切られている。ベッドの上で、一人の少女が虚ろな目で天井を見つめていた。年の頃は、高校生くらいだろうか。艶やかだったであろう黒髪はぱさつき、血の気の失せた顔は土気色をしている。


 だが、私が最も衝撃を受けたのは、彼女の「目」だった。

 片方の瞳が、ありえない方向を向いて固まっているのだ。まるで、顔の筋肉が意思とは無関係に引きつり、神経が麻痺してしまったかのように。

 医者は、目の神経麻痺だと言ったという。脳腫瘍や脳梗塞の兆候はなく、糖尿病からくるものでもない。原因は、不明。


「……っ!」


 その症状を見た瞬間、私の脳裏に、あの日の忌まわしい記憶が鮮烈に蘇った。

 空き家の天井裏で見つけた、呪詛の品。興味本位と傲慢さからそれに触れてしまった直後、自分の顔の半分が、まさにこのように引きつり、麻痺していったのだ。鏡に映った自分の歪んだ顔、動かない筋肉……。


 あの時の私と、同じ……。


 因果は巡る。

 そんな言葉が、浮かんだ。

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