第10話 天井裏の呪物
憑読みの術を行う。
振り子をぶらさげ、「この場所に悪しき気はあるか、こたえよ」と唱えて自分自身に言い聞かせる。
そうすることで体に微妙な揺れが生じ、それが手を伝わり振り子を揺らすのだ。
「……」
この部屋に反応はない。
私たちは次の部屋に進む。
それを何度か行った時……。
「……!」
振り子が、揺れた。くるくると。
ふるへ、ゆらゆらとふるへ――その唄のように。
「……この部屋か」
私は振り子をしまい、ゆっくりと深呼吸する。
「私は何も感じませんが……いやわく見ると気持ち悪いかも」
K林がカメラを回しながら言う。
正直……私にもよくわからない。だがしかし、振り子が反応したということは、私の表層意識では何も感じずとも、深層意識……幽体霊体のレベルでは確かに感じているのだろう。そう思いたい。
私は意識を集中させる。目を閉じ、自己に埋没する。
そして再び振り子を取り出す。
「……この場所の悪しき気、いずこにあるや応えよ。前か」
反応なし。
「右か」
反応、なし。
そして私はそれを繰り返す。ややあって……。
「上か」
……反応が、あった。上か、との問いに振り子はくるくると反応したのだ。
「上って……二階ですか?」
「ここ平屋ですよ」
私はK林に言う。ここは平屋だった。二階など存在しなかった。
とすれば……。
「天井裏、でしょうかね」
そして私たちは物置から脚立を取り出し、そこに昇る。
天上の板を外し、懐中電灯を差し込んだ。
暗闇が無機質な明かりに無気味に照らされる。埃が舞い散る屋根裏は、無気味に静かだった。
そこに……。
「……」
私は息を呑む。
本当に……あった。
懐中電灯の光を向けると、それはより鮮明になった。
厳重に古びた包帯でくるまれた、何らかの物体。包帯は変色し、ところどころ破れており、その隙間から、まるで生きているかのような黒い染みが滲み出ている。
それは、明らかに人為的に置かれたものであり、しかも、尋常ではない意図を持ってそこに隠されたものだと、直感的に理解できた。
私の心臓は、激しく鼓動する。これは、紛れもない「呪詛」の痕跡だ。
偶然かそれとも……
いや、偶然ではない。振り子の反応は、私の深層意識がこの「情報」を捉えた証拠だ。そして、それを物理的に見つけ出した。これは、私が法術師として、一歩前進した証拠ではないか!
……そう、この時うかつにも、有頂天になっていた。
なってしまっていた。
私は失念していたのだ。
障りを起こすほどの念を宿すものに触ればどうなるかという……
至極当然の、因果律を。
◇
呪詛の原因であるだろうそれを私は天井裏から取り出し、庭で燃やし、これで大丈夫と私たちは解散した。
翌日、自宅で目を覚ました私は、いつものように洗面台に向かい、鏡を見た。
そこで、私は目を疑う事となる。。
「……なんだこれ」
鏡に映る私の顔の右半分が――動かなかった。
私はすぐに病院へ向かった。
診察室で、医師は首を傾げるばかりだった。
「外傷も炎症も見当たりません。神経系の問題かと思われますが、原因が特定できませんね……」
診断は、原因不明の顔面神経麻痺、だった。
医師は、通常であれば回復に数ヶ月はかかると告げた。症状の程度によっては、完全に元に戻らない可能性もあると。その言葉を聞いた時、私の心は絶望に沈んだ。法術師の道を歩み始めたばかりだというのに、こんな形で、自分の身に異変が起こるなど。私は、自分の傲慢さと無知を激しく後悔した。
二週間後、出版社。
私は、顔の右半分にまだわずかな麻痺が残るものの、日常生活には支障がない程度に回復していた。
「それで、どうなったんですか」
K林が、眉を下げて尋ねる。
「如月先生に、しこたま叱られましたよ」
私は、苦笑いを浮かべて答えた。
あの日の夜、私はすぐに如月先生に連絡を取り、事情を説明した。
先生は、私の話を冷静に聞いた後、電話口で深くため息をついた。
『だから言ったはずだよ。不用意なことはするな、と。強い念が込められた呪詛の類は、直接幽体霊体に干渉し、肉体に影響を及ぼすこともあるのだから』
先生の言葉は、私の心の奥底に突き刺さった。私は、自分の知識がまだ表面的なものであり、実践においてはどれほど未熟であるかを痛感させられた。
「その後、道場で白蓮という癒しの法術を施してもらい、自分でも毎日行いました」
私はK林に説明を続ける。
「顔、治ってますよね」
私は、軽く頬を動かして見せる。まだ完璧ではないが、麻痺はほとんど感じられない。
「ええ、驚きましたよ。医者も、二週間で治るとはおかしいと言ってました」
K林が、カメラ越しに相槌を打つ。
「普通は三ヶ月はかかると言われていたのに、私はたった二週間でここまで回復したんですから」
「へー、法術って、すごいんすね」
K林は、感心したように呟いた。
「実感しましたよ。色んな意味で」
私は、再び苦笑いを浮かべる。法術の力だけでなく、その危険性、そして何よりも、自分の未熟さを痛感させられたという意味で、だ。
「結局、あの件の呪物は、誰が何のために……」
K林が、謎の物品について尋ねる。
「後から師匠たちが改めて調べたところ、前に住んでいた人……天井裏を、座敷牢みたいにしていたそうです」
如月先生や羽々桐さんが現地に赴き、術を行使し、聞き込みなどの調査を行った結果わかった事だ。
数十年前に、認知症になった祖母を天井裏に閉じ込めていたという。今の時代からは考えられない事だが、昭和の時代には……それがあってもおかしくなかったという。
そして老婆は、狂いながら「それ」を作った。
呪術の知識があったのか、それともただ偶然そうなったのか……それはわからない。
だがそれは出来てしまい、そして老婆の怨念が注ぎ込まれ、呪物となった。
『素人が作ったものは、仮に呪物となっても……自然の浄化能力に晒されてゆっくりと力を失うものだけどね。
陽が差さず、風もこないあの場所では自然の浄化は働かない』
如月先生はそう言った。
条件次第ではそういうことも起きてしまうのだという。
「しかしやっぱり、付け焼き刃でやるもんじゃないですね。こういうのに関わるのって」
私は、改めて自分に言い聞かせるように言った。
「いや、勉強になりましたね。本当に」
「誰のせいですかね」
私は大きくため息をつきながら言った。
もちろん、私の不用意な行動が招いた結果であることは、私自身が一番よく理解している。しかし、この経験を通して、私は法術の奥深さと、その裏に潜む危険性を、身をもって知ることができた。この経験は、M堂の協会で得たものとは比較にならないほどのものだった。
「本当に、勉強に……なりました」




