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漫画家ですが、実は私は霊能者を目指していました。  作者: 十凪高志


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第9話 除霊

 S出版のK林との打ち合わせは、いつも通りのざっくばらんな雰囲気で始まった。最近の連載の進捗や、次回の企画について話し合う中で、私は如月道場で学んだばかりの「法術」の概念について、彼に語り始めていた。


「へえ、そんな事があったんですか」


 私は、自分がM堂の協会で経験した欺瞞、そして如月先生と羽々桐さんから教わった法術の真実を、できる限り分かりやすく、しかし詳細に説明した。

 特に、霊能者や呪術師が唱えるという「呪文」について、法術では「神咒かじり」と呼ぶが、それ自体には力がなく、あくまで「この神咒を唱えることでこの術を行い、この力が発動する」という、心身に浸透させるためのサインでありルーティーンに過ぎない、という話をすると、K林は興味深そうに相槌を打った。


「呪文そのものに力がないってのは驚きですね。霊能者とかってたいてい、このありがたい呪文に力があるというのに」

「はい。これを心身に浸透させることで、神咒を唱えれば術が発動する鍵でしかない、と」


 発動すると言っても、漫画やアニメにあるような炎だったりビームだったりでるわけではないのだが。

 法術の術とは、あくまでも自分自身の心身をコントロールするものである。

 要するに自己暗示というわけだ。

 俺にはこんな力がある、だから出来る。そんなものなのだろう。こういうと神秘性がとても薄れるが、いわく法術に神秘性を求めてはいけない、とのことらしい。


「なので、世の中の本にあるような、唱えるだけで、聞くだけで効果があるという祝詞や読経とかは、迷信なわけですな」


 私がそう締めくくると、K林は少し困ったような、しかしどこか納得したような表情で腕を組んだ。


「たとえそうでも、うちでは書けないですけどね。商売だし」


 彼の言葉は、出版業界の現実を如実に物語っていた。

 神秘的な力や、手軽な救いを求める大衆のニーズに応えることが、彼らのビジネスの根幹にある。法術が説くような、自らの内なる力を鍛え、因果律を学ぶという地道な「実践哲学」は、残念ながら「売れる」コンテンツにはなりにくいのだろう。

 大衆はいつだって、わかりやすく安易なものを求めるのだ。


「もっとカネになるネタないっすか?」


 K林の問いに、私は言葉を詰まらせた。正直なところ、如月先生から教わった法術の真髄は、あまりにも奥深く、そして地味だ。漫画として魅力的に描くには、まだ私自身の理解も浅く、何より世間の「霊能者」イメージとはかけ離れている。


「そう言われても……」


 私が返答に窮していると、K林はにやりと笑い、思いつきのような口調で、しかし確信めいた目で私に問いかけた。


「じゃあ、こんなのどうですか。先生が除霊、してみるってのは」


 私は一瞬、耳を疑った。除霊? 私が?

 何を言っているんだろうこの男は毎度ながら。


「ひとつそういう依頼のツテがありましてね。家の祓いしてほしいってやつでね。引っ越した家で変なことが起きているっていうんです。

 事故物件ではないとのことですけど、まあそれを我々は記事にしようとしてるんですが、霊能者に頼むと金かかりますからね。

 十凪先生なら、お友達価格で無料でしょ?」


 K林の言葉の端々から、彼の打算的な思惑が透けて見えた。私がM堂の協会に紹介されたのも、彼が「霊能者」として私を格安で利用できると考えたからなのだろう。


「私を協会に紹介したのは、そういうことでしたか。銭ゲバめ」


 しかし、K林は私の皮肉にも全く動じず、ただ面白そうに私を見つめ返している。本当にムカつく男である。だが、その提案は、私の探究心と好奇心を刺激するものでもあった。


「出る物件か……」


 私は、羽々桐さんに出会ったあの旅館で、実際に「幽霊」のような現象を体験したことを思い出した。

 場にある念に触れてしまい、悪夢を見た。だけど逆に言えば悪夢だけであった。ならば現実にどうこうということはないだろう。

 それに、そういった念とそれによる障りが本当にあるのか、確かめてみたい。私は法術を学んでみたけど、懐疑心は捨てていない。羽々桐さんも如月先生も、疑う事を忘れるなと言っていた。

 そして確かめるにはやはり実践の取材に限るのである。


 私は、引き受けることにした。

 K林の思惑に乗せられていると知りながらも、この機会を逃す手はない、という思いが私の中で強かった。これは、私の法術師としての第一歩になるかもしれない。そう考えると、胸の高鳴りを抑えられなかった。



 ◇


 数日後、私はK林と共に、問題の家屋を訪れた。

 閑静な住宅街の一角に立つ、築年数の浅そうな一軒家だ。外見からは、特に変わった様子は見受けられない。しかし、玄関のドアを開けた瞬間、ひんやりとした、どこか重苦しい空気が肌を撫でた。K林はカメラを構え、すでに取材モードに入っている。


「ここですか」

「はい。依頼主の話だと、引っ越してきてから夜中に物が動く音がしたり、誰もいないはずの部屋から声が聞こえたりするそうです。あと、特定の部屋に入ると、急に体調が悪くなることもあるとか」


 K林の説明を聞きながら、私は家の中を見回す。リビング、キッチン、そして二階へ続く階段。どこもかしこも清潔に保たれており、事故物件ではないという話にも納得がいく。だが、確かに、なんとはなしに嫌な雰囲気も感じ取れた。


 さて、どうしたものか。

 私は道場での訓練を、先生たちの話を思い出す。

 こういう時はたしか……


「憑読、かな」

「それって例の羽々桐先生が旅館でやって術ですか?」

「ええ。まあざっくばらんに言えばあれですね、ダウジングって奴」


 ダウジングとは、振り子やL字型・Y字型のロッドなどの道具を使い、地下水や鉱脈、あるいは探し物など、目に見えないものを探し出す方法だ。

 科学的な根拠は不明確とされているが、道具のわずかな動きを頼りに、持ち主自身の潜在意識や直感と対話する手法として、古くから行われてきたという。

 法術にもその技術が伝わっているのだ。それが憑読だという。


「人間の気、幽体霊体は周囲の気に影響されるそうなんです。その影響、幽体の揺らぎを読み取るのが憑読だと」

「なるほど。ていうかそもそも気って何なんですかね」

 

 K林の何気ない質問。しかしそれは核心を突いているものだった。

 私もずっとそれを知りたかったのだ。ただの迷信なのか、実在するのかを。


「法術ではアシカビと古くから言い、量子力学で言う所の波動……万物のゆらぎだそうです」

「り、量子力学っすか」


 K林は驚いている。無理もない、古そうなオカルト流派の話をしていたらいきなりそこから学問の話が出てきたのだから。


「なんでも先生曰く、ようやく科学が法術に追いついてきた、らしいですけどね。古くからの隠秘学オカルトで語られてきた話は、ただ当時の科学では立証できなかっただけで、それらは物理学や心理学にのっとった科学だそうですよ」


 例えば幽体離脱や催眠術。それらはかつて魔術と呼ばれるあやしい不可思議なものだった。しかし今では心理学や脳科学で解明が進んでおり、再現可能な技術である。

 脳に一定の周波数の電気刺激を与えると、幽体離脱と同じ体験が出来るという。


「万物は全て波動で出来ている。……というと怪しい文言ですけど、先生の言うにはそれは原始、分子が特定の周波数に振動していて結合している、ということだと。

 その周波数を波動と呼び、波動によって世界は作られている」

「つまり気とは物質……?」

「そうですけど、というより電磁波の一種のようですね。我々がここでいう所の「気」の話なら。

 生命体の発する磁気、電磁波。まあ完全にそのままズバリ電磁波である!というわけでも無いようですが」


 あくまで電磁波の一種、電磁波と言える、と。


「人間の思考、意識も脳を走る電気信号ですからね。そう考えると、電気である人間の思考が場所に焼き付いて記録された残滓、それがいわゆる残留思念ってやつだと考える事が出来る、と」


 そしてその念、気の残滓を読み取るのが憑読という術である。

 これは法術では比較的早い段階で学ぶ術であり、何度も繰り返して行う事で精度を上げていく、訓練も兼ねたものだ。


 ……まあ、今の私に使いこなせるかどうかは不明ではあるのだが。

 しかしここまで来たのだ。やるしかない。


「……」


 わた市はこの時のためにネット通販で購入した翡翠の勾玉を取り出す。

 そして、静かに……深呼吸を行い、憑読の術を行った。




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