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6話

 次にルドルが目を覚ましたのは、自宅のベッドの上だった。


 見慣れた天井が目に入ると、不思議な安心感に包まれる。だが体は鉛のように重く、思うように動かない。


 窓の外から差し込む陽光が、やわらかなカーテンを通して室内に注ぎ、埃の粒がきらめいていた。ベッド脇の机には、水差しとタオルが置かれ、誰かがずっと看病していたことを物語っている。


 その瞬間、林と草原を駆け抜けた黒狼との戦いの記憶が、断片的に脳裏をよぎった。それが夢か現実か確かめようとした矢先、ベッドの傍らにいた人物が声を上げた。


 「気がついたか、ルドル!」


 椅子を蹴り飛ばさんばかりに立ち上がったのは父だった。そのまま手を握ったまま、ベッドに身を乗り出し、ルドルの顔を覗き込む。その表情は、今にも泣き出しそうで、ルドルは父のそんな顔を初めて見た気がした。


 「大丈夫かい?」

 「……うん」

 「痛むところは?」

 「平気。……それより、黒狼は倒せたの?」


 問いかけに、父はゆっくりと頷いた。林に残っていた二匹を倒した後、父は草原に駆けつけたという。リーアに飛びかかろうとしていた黒狼に間一髪で間に合わなかったはずのその瞬間、ルドルの叫びが響き、地面が青く光った。狼の動きが鈍り、父はその隙に狼を討ち取ったのだと語る。


 その後、騒ぎを聞きつけた村人たちが駆けつけ、リーアを家族のもとへ送り届け、父は気絶したルドルを家に連れ帰った。


 「三日も寝たきりだったんだぞ、母さんも物凄く心配して……」


 医者も原因が分からず首をひねるばかり。ルドルの容態に母も不安を募らせていた。


 「……怒ってた?」

 「それはもう。俺にだけどな」


 肩をすくめる父の様子に、ルドルは小さく笑い、それにつられて父も笑い出す。久々の笑顔が、部屋に柔らかな空気を戻した。


 だがその笑いが収まると、父は急に真剣な表情になる。


 「……すまなかった。お前を危険な目に遭わせたのは俺のミスだ。もっと慎重に偵察していれば、七匹目の存在にも気づけたはずだった」

 「大丈夫。怪我はないし」

 「でも、怖かっただろう?」


 茂みのそばを黒狼が通り過ぎた記憶が甦り、ルドルの手には冷や汗がにじむ。布団の中にその手を隠しながら、彼は言った。


 「……怖くなんてなかったよ」

 「本当か?」

 「本当さ。それに——」


 ルドルは笑みを浮かべて言った。


 「男の子だからね。いつかは経験しなきゃいけないことさ」


 一瞬、父はぽかんとしたが、それが自分の口癖だと気づくと、大声で笑い出した。父子の笑い声が、寝室に再び広がる。


 「まあ、お前もリーアちゃんも無事だったのは、勇者様のご加護かもしれないな。教えてもいない魔法を使ったんだからな」


 魔法——その言葉に、ルドルは首をかしげた。


 「僕、魔法を使ったの?」

 「叫んだ直後、地面が青く光って狼の動きが止まった。あれはどう見ても魔法の効果だ」


 ルドルは言葉を失う。自身にはそんな力を使った覚えなどなかった。


 「俺も詳しくは分からんが……落ち着いたら、オルド爺さんにでも——」


 父の言葉を遮るように、突然バンと勢いよくドアが開いた。


 「ルドル! 目が覚めたのね!」


 洗濯物を抱えたまま飛び込んできたのは母だった。洗濯物をその場に投げ捨て、ルドルに駆け寄り、強く抱きしめる。その勢いに、父は驚いて身を引く。


 「心配したのよ……本当に、良かった……」


 涙ぐむ母に抱かれ、ルドルは申し訳なさと安堵を同時に感じた。


 「ごめんなさい、お母さん」

 「いいのよ。もうそれだけで……。痛むところはない? お医者様を呼ばなきゃ!」


 母はそう言って寝室を飛び出していく。残された父は洗濯物を拾いながら、バツが悪そうに言った。


 「……あー。俺も水を持ってくるよ、喉渇いただろう?」


 部屋に一人残されたルドルは、微笑みながら掛け布団から手を出し、自分の右手をじっと見つめた。


 魔法。それは確かに存在するが、自分がそれを使えるとは思ってもみなかった。


 父の話が本当なら、自分が魔法を発動させたのだという。


 けれどその実感もなければ、再現する方法も分からない。


 ルドルはぼんやりと手を開いたり握ったりを繰り返しながら、その謎めいた力の正体に思いを馳せていた。


 静かな部屋に微かに響く衣擦れの音。

 その時ふと、ルドルの手のひらに、わずかなぬくもりとともに淡い光が瞬いた。


 気のせいか、それとも——。


 ルドルの目がゆっくりと見開かれる。

 心の奥に湧き上がる予感。それは恐れではなく、確かな興味と希望の輝きだった。


 もしこの力が本物だとしたら、もっと知りたい。


 「僕にも、できるんだ……」


 これまで知らなかった世界が、扉を開けて待っている気がした。

 魔法、それはただの夢物語ではなく、現実として彼の中に宿っている。

 風が窓の隙間からそよぎ、カーテンを揺らした。その柔らかな風が、ルドルの頬を撫でる。

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