20話
ルドルたちを包んでいた炎が静かに消え、外の風景が徐々に現れる。
父の姿は、いつも通りの穏やかな表情に戻っていた。その顔からは、先程までの壮絶な戦いの痕跡は感じられなかった。
そして、短剣を手にした母が、微笑みながらこちらに歩いてくるのが見えた。
「とりあえず、おうちに帰りましょうか」
その言葉に父は、「はい!」と気合の入った声で応じた。その声には、わずかに震えが混じっていた。
ルドル、リーア、ルークの三人は、帰り道の間ずっと口を閉ざしていた。
それも当然だった。初めての襲撃。死の恐怖。そしてルドルの両親からにじみ出る、言葉では表せない緊張感。全てが彼らの心を支配していた。
村に着くと、母はリーアとルークをそれぞれの家へ送り届け、父とルドルは二人きりで自宅へ戻った。
「すまない」
扉を閉めた直後、父が静かに謝罪の言葉を口にした。
その言葉に、また危険な目に遭わせたことを悔いているのだと感じたルドルは、「急に襲われたけど、無事だったのはお父さんが助けてくれたからだよ!」と明るく励まそうとした。
だが、父の表情は変わらない。そのまま、家に着いて母が帰ってくるまでの間、父は沈黙を貫いた。
父と向かい合って座るルドル。部屋の空気は、重く張り詰めていた。天井から吊るされたランプの光が、静かに二人の影を床に映していた。
長い沈黙のあと、父がようやく口を開く。
「今回の襲撃は、ルドルを狙ったものだった。それは分かっていた」
言葉を選ぶように、父は間を置きながら話を続ける。
「本当は一緒に行くべきだった。また襲撃がある可能性も考えていた。俺の判断が甘かった。」
「何があるか分からないから、ルドル、お前はそのまま座っていてくれ」
再び沈黙。
ルドルは父の言葉の重さに、胸を押し潰されそうになりながらも、黙って頷くだけだった。
そのとき、家の外から足音が近づいてくる。
父は立ち上がり、玄関へ向かう。その背中から、張り詰めた緊張感が伝わってくる。
「俺の不注意が招いたことだ。すべてを話すから、どうか許してくれ!!」
扉が開いた瞬間、父は勢いよく土下座し、頭を地につけて深々と謝罪する。
そこには、帰宅した母の姿があった。
彼女は静かに父の肩に手を添え、ゆっくりと立たせる。
「座って」
母のその言葉には、静かな強さと優しさがあった。
父は小さく頷き、椅子に腰を下ろす。
母がルドルの隣に座り、父が深く息を吸い、語り始める。
「俺は代々、勇者の剣を見守る『守人』だ。先日、市場に行った帰りのことだった——」
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「結果がどうあれ、お前は俺の息子だ。とびきり自慢のな。そのことに変わりはない」
ルドルが踏み出し、剣に手をかけた瞬間、その身体が静かに硬直した。
「触れることが出来るとは……! まさか本当にルドルが勇者様の生まれ変わりだというのか……!?」
(ルドルが勇者様の生まれ変わりだったとは……。オルド爺さんにも報告しなければ)
父はその現実を飲み込みながらも、胸の奥で誇らしさと不安が渦巻くのを感じていた。これからルドルが背負うことになる運命の重さを思うと、心が締めつけられそうだった。だが、それでも彼は信じていた。我が子ならばきっと、どんな試練も乗り越えてみせると。
その後、ルドルは父の背中に身を預け、深い眠りに落ちていった。
何を言っても起きる気配はなく、安心しきった寝顔だった。
(とりあえず、遅くなった言い訳でも考えながら、のんびり帰るか)
神殿の木の空間から一歩外へ出ると、巨大な岩のある場所に転移していた。
岩が音もなく崩れ始める。砂塵が舞い、空気が揺れる。あたりは静寂に包まれ、ただ風の音だけが耳に残った。
(役目が終わったのか……。オルド爺さんに伝えることが増えるな)
道に出た父の前に、ひとりの女性が立っていた。
全身が黒に包まれた小柄な女性。
「お嬢ちゃん、こんな時間にこんなところでどうしたんだい?」
次の瞬間手元に二本の短剣が光を帯びて現れ、女性は短剣を交差させ、父の首元へ向けて一閃する——。
その瞳には、感情の揺らぎは一切なかった。まるで鋼のように冷たく、確実に命を奪う意志が宿っていた。




