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18話

 突然、ルドルのすぐ傍らを、何かが凄まじい速さで通り過ぎた。空気が切り裂かれる音と共に、その塊は一直線に女へと向かって突進する。


 次の瞬間、地鳴りのような轟音が響き渡り、爆風に巻き上げられた砂煙があたりを覆い尽くした。視界が奪われ、女の姿は完全に掻き消えた。


「みんな、大丈夫!?」


 振り返ったルドルの視線の先には、ルークの傷に回復魔法を施している母の姿があった。焦りと安心が入り混じる表情で、こちらへと視線を向けている。


 やがて砂煙が風に流されて薄らいでいく。そこに現れたのは、地面が大きく抉れ、爆心地のように凹んだ大穴だった。そして、その中心に立つのは、背中をこちらに向けた白髪の大男。


 右手には真紅に燃え盛る大斧。紅蓮の炎が斧から立ち昇り、風に煽られて激しく揺れている。


(あの斧……父さんの……?)


 ルドルは一瞬でそれが父の持ち物であると気付いた。しかし、目の前の男は父よりも一回り、いや、二回りほども大きな体躯をしていた。その背中から放たれる威圧感と、異質な存在感に、ルドルは確信を持てずにいた。


「大丈夫か、ルドル」


 男が振り向かぬまま、低く、重々しい声で語りかける。その声は確かに父のものだった。けれど、地を震わせるようなその声音は、普段の優しい父とは明らかに違っていた。


「お父さん……?」


「ここまでよく頑張った。後は任せろ」


 その言葉に、ルドルの胸に安堵が広がる……はずだった。だが、震える心がそれを許さなかった。あまりに突如として現れたこの異様な状況に、驚愕し、ただ呆然と立ち尽くすばかりだった。


「みんなもう大丈夫よ、こちらにおいで」


 母が手を掲げると、柔らかな光に包まれるようにして防壁が展開される。三人はその中に引き寄せられ、まるで繭の中にいるような安心感に包まれた。


 その間にも砂煙は完全に晴れ、父の正面に立つ女の姿が露わとなる。彼女の服には一切の乱れもなく、髪一筋すら乱れていない。どうやら父の一撃を後方に飛んで回避したようだ。


「またお前か……次は容赦しないぞ」


 父の声音には怒気と殺気が混じり、その瞳は炎と同じ色に燃えていた。


「その女性のこと、私聞いてないけど? あとでじっくり話してもらうからね?」


 母がやや茶化すような口調でそう言うと、父はどこか気まずそうに口をもごもごと動かす。


「こ、これはいろいろあってだな……」


 その瞬間だった。女が地を蹴り、黒い影のように跳躍。銀光を放つ短剣を手に、父へと斬りかかってくる。


 父は即座に大斧を構え、その斬撃を受け止める。金属のぶつかる轟音が空気を裂き、炎が炸裂するように四方へと散った。


 斧と短剣がぶつかり合い、火花が散る。女は一歩も引かず、まるで踊るように身を翻して次の斬撃を繰り出す。その動きは蛇のようにしなやかで、獣のように鋭い。


 父は斧を振るい、旋風のように回転して受け流す。その一撃ごとに大地が裂け、爆風が巻き起こる。二人の戦いはもはや常人の目には追えない速さで展開されていた。


 火の壁を押し広げるように斧が唸り、女はすれすれの間合いで身をかわしながら、鋭い突きを繰り出す。だが、父の防御はまるで鉄壁。小さな炎の竜が斧から飛び出し、女の足元を焼く。


 女は宙へ跳ぶ。その瞬間、父が足元を踏み鳴らした。地面が割れ、溶岩のような赤い光が走る。


 父が再び斧を振り上げた瞬間、炎が竜巻のように天へと昇り、空が赤く染まった。


(なんなんだ……父さん……。こんな姿、見たことない……! あの女は……何者なんだ!?)


 恐怖と疑問が交錯し、ルドルの胸を締め付ける。彼はただ祈るように、父の背中を見つめ続けた。


 空中で女性は逃げ場を失い、燃え盛る炎に包まれてもがいていた。だがその苦痛の中で、なおも彼女は牙を剥く。


 炎が収まったその瞬間、全身を業火に包まれたまま、女は再び短剣を構え、父へと向かって飛びかかる。


 父は反応がわずかに遅れ、斬撃を身を捻ってぎりぎりで回避。短剣は空を裂き、そのままの勢いで女性はルドルたちのいる方角へ飛んでいった。


 「みんな下がって!」


 ルドルが咄嗟に身を引いたその時、女の短剣が防壁に激突。高く澄んだ音と共に魔法防壁が光を放ち、その刃を弾き返した。


 だが女は止まらない。短剣の連撃を繰り出しながら、まるで獣のように吠え、執拗に攻め続ける。その背後に、再び父の影が忍び寄る。


 割れた仮面の隙間から覗いた口元は、笑っているように歪んでいた。それは喜びにも狂気にも見える、ぞっとするような微笑だった。


「この野郎!!!」


 咆哮と共に、父の斧が振り下ろされ、女の身体を吹き飛ばす。その身体は地を転がり、やがて砂塵の向こうへと消えた。


 母はそっと立ち上がり、笑みを浮かべながら父の方を見た。


「三人を……任せました」


「は、はい……!」


 その声に応える父の目に、一瞬だけ戸惑いの色が浮かぶ。しかしすぐに決意の色が戻り、母を見送る。


 母はゆっくりと飛ばされた女の方へと歩を進める。そして途中で立ち止まり、ルドルたちを振り返った。


「ここからは見ちゃだめよ」


 その微笑には優しさなど微塵もなかった。母は怒りを孕んだまま、静かに告げた。


 父は三人の方へ静かに背中を向けて立つ。大斧を地に突き立てると、炎が魔法防壁を覆うように広がり、まるで幕が下りるように視界を遮った。


 その炎の向こう、何が起きているのかは、もはや誰にも見えなかった。

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