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短編集

僕たちは永遠に駄弁っている

作者: 星乃カナタ


異端な作品を狙おうとして凡作ができたような手応え。

何かがおかしい。

「いきなりさ」

「うん?」

駄弁だべる───ってのはともかく、"永遠"なんて謳い文句付けると、かなりハードルが上がるよな」

「そだね、でもでも……ワチらは此処でいつも通り過ごしていれば良いだけだよー」


 ショートボブの青髪が良く似合う童顔少女は、キャンディを舐めながらそう言った。

 コッチの気もしれないで無表情にも口を開いた。


「その、なんだろ。いつも通りってのが難しいのさ」


 東京都の辺境とも都心とも言えないような、微妙な立地に位置する──六畳間のボロアパート。その中で親友は何もない畳の上に寝転がりながら、この部屋にある数少ない娯楽の一つを楽しんでいた。


 雑誌である。


「んー、まー、なんでも良いよ」

「なんだそりゃ」

「……」

「黙ったないでさ、教えてくれよ。これは永遠に駄弁る最新鋭のノベルなんだぜ?」

「あーうん、うん。あのね。ワチが思うのにはね、君のいつもより良く見せようと、それとも爪痕を残そうとする素振りは──テレビでウケようとしている素人みたいで痛々しくて堪らないんだ」


 ギク、という擬音が今の僕にはよく似合うだろう。


「あう……」

「だから会話する気にならないの。うげー」


 合っているような気もする。

 でもやだな、それ。


「汐留君はさ、そんなかしこまらずにすればいいのにょに。何をしても変わらないから、何をしてても良いんだよ。いつも通りにしてれば」

「いつも通り?」

「そ。いつも通り、ああ、ほら、コレを見てリラックスしなよ」


 親友は雑誌を僕の方に寄せ、見せてきた。

 一つのページが開かれている。


「大事件……ご飯を食べすぎて満足して一人暮らしの二十代男性死亡?」

「うむ」

「あのさ」


 なんだろ。


「こーいう記事ってのはリラックスさせる為に見せるものじゃないの。人が亡くなってるんだからな。この悪友め。倫理違反はダメ絶対だ」

「たしかし、人の死なんてどんな理由があっても笑っちゃダメだよねでもさ。倫理観を言うのなら」

「ん?」

「汐留君は前にうまい棒を三つ盗んだことがあるんだよね?」

「それは3歳の時だし、お爺ちゃんの家からだよ!」


 なんだこれ。

 知ってるぞ、この悪意のある切り取り方は!

 ネット記事とかでよく見かける"ミスリードを誘う"悪質タイトルだ!


 だから最近は学校とかで習うんだよな。

 情報リテラシー。

 情報の真偽を判断したりするアレ。

 ガチ大切だわ。僕も習っていなければ、今頃目の前の親友に騙されかけていたかもしれない。


 あたかも僕が悪人であるかの様に仕立てられてしまうところだった。


「そう。でも汐留君がいま否定したのは店からとかの犯罪性だけ、本題の『倫理観』という観点からすると……やっぱりワチと汐留君は同レベルなんじゃないかなあ」


 まさかの追撃。

 いやはや。


「うぐ……反論できない。まさか最初のミスリードを誘うタイトル、その存在自体がミスリードだったなんて!」

「論点は常に気にしておくべきだーよ」


 まあ、もっとも……と彼女は続ける。


「でもツッコミを入れようと思えば、ワチの論理にも沢山出来るけどね。三歳なんて自己決定なんて到底出来ないし、倫理観を学んでいく時期……それ以前なんだから、前提からして"おかしい"とか」

「お菓子? そうだな、お菓子ならば僕はチョコパイが好きだな」

「汐留君の耳がおかしいってことはさておき、君にお貸ししてたジャンプはいつ返ってくるの?」

「え」


 いや待て。

 ジャンプ?

 急に話が飛んだ気がするけど、気のせいだろうか。ともかく待て待て……週間少年の方だろ?

 確かに先週、借りた気がする。

 先週ってことは先週号だ。


 今週分は僕が買った。


 つーか待て、ここは僕の家なんだ。

 しかも収納が雀の涙あるぐらいで、六畳間しかないこの部屋だ。

 問題ない。

 決してこのリトルフィールドの中で失くしたとか、あり得るわけがないのだから。


「……ん、ちょっと待ってて」

「この家はちょっと待ってて、って説明する必要があるぐらい広くないと思うけどね」

「うわ、人の家にあがっておいて狭いとか言うの? 最低だね」

「ワチは別に最低じゃないと思うけどね。自分の価値観では」

「でも此処は僕の家だ。僕の価値観に従ってもらう」

「このアパートを借りる時に発生した敷金はワチが払ってあげたんだからさ? ワチはいわば株主だよ。発言権はコッチにある」

「うぐぅ……この屁理屈め!」

「そう、屁理屈だよ。嫌だよね? うげー。でも屁理屈ってのは一理あるのさ」


 というか何の話をしていたんだっけか。

 ああ、そうそう。

 そうだ。思い出した。


「ジャンプが何処にあるか……じゃなくて、借りたジャンプについてだったな」

「うにゅ」


 会話があまりにも飛躍ジャンプし過ぎてて、正直なところ、脳がバグっていた。

 酩酊状態、にも似ているだろう。

 いや、僕は未成年で飲酒経験はないので……あくまでも想像の域を出ないのだが。


「うーむ」


 そんな事はともかく、立ち上がってみた。

 辺りを見渡す。


「ねぇよなあ」


 視界に映るのは寝転がる親友と、その下にレギュラーに敷かれている畳たち。雑誌が数冊、床に散乱──散乱というほどの数じゃないが──している。


 それだけ。

 もちろん、毎週少年を熱く燃え上がらせてくれる分厚い夢の詰まったアレは見当たらない。

 あ、今週号ならあるけれども。


「うーむ」

「もしかしてて、この部屋でジャンプを失くしたなんて言うんじゃないよね? うげーだよ、それは。うげー」

「うげーって何だよ」

「嫌悪感の顕著なる現れ」

「うわ、現代文の問題とかで出てきそうなやつ。辞めてくれ」

「あれ? 汐留君って現代文得意じゃなかったっけ」

「得意だけど嫌いなんだよ。前も言わなかったっけ? 好きなのは数学、ただし点数は取れない」

「最悪だね。最悪な配牌だよ。多分一回も気持ちよくなれないだろうね」

「なにで?」

「麻雀で」

「悪いけどギャンブルはNGなんだ」

「最悪だね」

「良いんだよ、僕は人生で国士無双するって決めてるから」

「はは」


 何笑ってるんだよ!

 馬鹿にしているのだろうか。してるに決まっていた。

 コッチは真面目に話してるってのに。


「にしても、本当にねぇなあ……」

「なにが」

「……」


 うーん、隠したところで何も変わらないよなあ。


「この際だから言うけど、"ジャンプ"が。先週借りたジャンプ」

「このたった六畳間で失くしものなんてイケてるね汐留君。しかも物で渋滞しているならともかく、ミニマリストの部屋みたいな此処で?」

「うーむ」


 自分でも不思議だよ。

 この何もない六畳間の一室で、あの分厚い漫画をなくしてしまうなんねさ。


「六畳間を舐めちゃダメだよ」

「うん?」

「別にそんな言うほど狭いわけじゃないしさ……都内の一人暮らしには十分だ」


 六畳間。まあ広いとは言えない。

 でも自分的には狭くはないと思う。

 一人暮らしには十分すぎる広さだ。


「でもさあ、汐留君」


 うん。分かってるよ。


 それが成り立つのは至極当然、コレが本当に一人暮らしだったらの場合だけだ───。そう、実のところ僕はこの部屋で二人暮らしをしている。この屁理屈な親友と、ではない。


 妹と。

 だから狭いのである。


「妹と二人暮らしじゃあ狭いよねえ」

「うん……」


 ってか待て、アイツどこいった?


「にしても妹ちゃんは何処に行ったのかな」

「わ、分からない」

「携帯は?」

「そんな最新機器を僕が持っているわけないだろ。妹は持ってるけど」

「携帯がこの世に現れてから20年とか……最古を辿れば30年とか経ってるのだよ、それ分かる?」

「僕にしてみれば半世紀前のグッズまでは最新機器だ」

「はあ、19歳の君が言っても何も説得力……いや違うかなあ、なんかダサいんだよね。痛いよ、痛々しい」


 ごめんて。

 そこまで言わなくても良いんじゃないか?


「………………うん、携帯を買うのはいま検討中のところさ」

「そりゃあ良かった」

「でもな、そんな贅沢品を買うほどのお金があったとするのならばこんな家には住んでないんだよ。僕は綺麗好きなんだから」

「綺麗好きの域──遥かに超えてるよ」


 家の内装はね、家に関してはそうかもしれないが。


「ともかくだ」

「うん」

「借りたジャンプの行方は多分──妹の所だ」

「はてさてはてさて、どういう了見で?」

「アイツはとにかく人の物をすぐに私物化して、どっかに持ってく。なんでもそうだ。ジャンプだってそうに決まってる!」

「でもなあ、今時のJKはジャンプなんて読むのかなあ。ワチは疑問だよー」


 青髪少女は雑誌を閉じて畳に置いてから、コチラを一瞥する。


「僕は生まれてこの方JKを経験したことがないからなんとも。そっちこそどうなの、二年前まで同じ境遇だった身からすると」

「みんなスマホばっかりー、だよ。こっちからすると"うげー"だったけどネ」


 芸人の様に大ぶりに吐くふりをする彼女。

 うーん。

 でもともかく。


「ともかく、可能性は妹しかない」


 そう断定するほか道はない。


「この家にジャンプがあるという可能性はもう捨てたの?」

「捨てた」

「え、ワチのジャンプ捨てたの?」

「捨ててない! 今のは最早ミスリードとかそんな次元じゃないぞ!」

「はは」


 極めつけの、乾いた笑い。


「もしかしてジャンプと一緒に妹さんも捨てちゃったの? サイテー」

「それは最低じゃ済まない行為だろ! つーか、そんなことする僕じゃない!」

「はは」


 これ、彼女にウケてるんだろうか? 全く顔が最初と変わっていないけど……まあいいや。

 昔からコイツはそういうやつだったよ。

 いつでも流し笑い、乾いた笑い。それで満たされている童顔少女だった。


「冗談だーよ。高校でずっと一人、孤独にクラスの隅で寝たフリをしていた汐留君がそんな勇気あるわけないよね」

「事実だけど、わざわざ此処でそれを引き出すのは悪意あるな」

「悪意を込めたからね」

「最悪だ……」

「最悪で結構だよ。ところでワチはお腹が空いたな、うえー、飢え……」

「うまい棒ならあるよ」

「もしかしてそれっ───、


 親友の言葉が続く前に事実を正当化させる。


「違う。おじいちゃんの家から盗んだものではない」

「そりゃ残念。にしてもなんだかな。家にうまい棒しかないのは寂しいと思うけど」

「僕の金欠度合いを舐めないでくれ」

「……はあ」


 それからは何も言い返してこなかったが、実に不服そうだった。頬を膨らませて『この役立たずめ』と言うような目つきでコッチを見てきている。


 まあ、うまい棒しかないというのは……本当で、彼女が不服だからと言ってなにか提供出来るわけでもない。


 しかし、食べるものがないのなら買いに行けば良いという話だ。


 もっとも金欠な僕には無理だけれど──しかしながら、お金持ちで定評のある彼女ならば此処から歩いてすぐにあるスーパーで食料調達なんて簡単なこと。


 朝飯前って奴だ。

 そりゃあ朝飯を買いに行くのだから、朝飯前であるのは当然なのだが。

 ただし一般的に朝飯を食べる時間はとっくに過ぎている。窓の外を見ればわかるが、空は赤い。

 もう高校生は下校時間。

 夕方だ。

 でも僕達的には朝飯である。

 決して夕飯では無い。


「ん、買いに行くの? 朝飯」

「うゆ」


 不意に親友が立ち上がった。

 どうやら本当に買いに行くらしい。

 まじか。


「財布ちゃんと持ってきてるんだろうな」

「もろちんちんだよ」

「……?」

「モチロンだよ。盗みしかしない汐留君とは違うからね」

「だから、盗みなんてしないって」

「奴は大切なものを盗んでいきました」

「ル◯ンの名シーンを穢すな!」

「貴方の家の鍵です」

「……大切な物すぎる!」


 家の鍵を盗んでく泥棒って普通すぎて……いや、映画化できないだろそんな泥棒譚。

 誰が見に行くってんだ。


「あ」

「なにさ」


 畳から歩いて、玄関前の上がりかまちで立ち止まる。

 踵を返して彼女は口を開いた。


「汐留君、ワチから一つ質問があるのだにょ」

「ほう、どんとこい。なんでも即答してやる」

「じゃあ質問」

「はい」

「───汐留君は働く気とか、ある?」


「……」


 ん。

 待ってくれ親友。

 ん、ちょっと待ってくれ。


鈴雪すずゆきさん、その質問は反則だと思っててですね」


 飾り気がなく煌びやかもない冷淡な瞳。

 鈴雪は無言の圧を見せてくる。


「うるさいよ。さっき『どんとこい』なんて大口叩いていたのだし、言い訳なんて以ての外だーよ」

「あぅ」

「今の生活費は誰に負担してもらってるのかな、汐留君」

「えーっと、ネカフェだけのゲーム環境で成り上がった天才ゲーマーにして大人気配信者の僕の妹と……なんともご慈悲のありお金持ちで頭の良い僕の同級生である鈴雪あなたさまです」


 まるで誘導尋問だ。

 恥をかかせられている!


「姿勢は正しく」

「は、はい」


 正座の体制に座り直し、それからしっかりとした眼差しで親友を見つめる。いや、その姿はもはやハ◯ワの職員だった。


「さて、じゃあ話を続けようか汐留君。君はそう、妹とワチにお金をもらう事で生活している。高卒ぐーたらニートをしている。それで合ってるよね?」

「いや、一応建前上は宅浪でして……一浪中の現役生です」

「ふざけたこと言わないでさ、はは、面白くないから」


 僕のサイテーギャグは一刀両断されてしまった。

 綺麗さっぱりに破壊された。


「そんなわけでうん。自認しているかもしれないけど、君はとんでもなくクズなわけ」

「うっす」

「話が薄いとか言わないで」

「言ってないよ……ガチで」

「ごほん、それでそれで君はとんでもなくクズなわけ。浪人中にも関わらず、この部屋には勉強道具が一つもないからね」

「…………」


 正論中の正論。

 僕は何も言えない。

 言える権利はなかった。


「そんな訳でほらこれ」


 彼女は何処からか丸まったチラシを取り出し、投げつけてきた。

 胸から取り出していた。

 いや、コイツにチラシを隠すようなドラマみたいなそんな胸あるわけないのだから……そんなはずはないのだが。

 ん?

 何処からだろう。

 どういう原理だ、それ。

 その疑問はすぐに解消される。

 そう、胸ポケットだった。


 どうやら鈴雪が着ていた純白のスタンドカラーシャツの胸ポケットから出したようだった。


 なるほどね。


「なにこれ」

「日本人の識字率は高いはずだけど、外れ値ってのはいるもんだね。こんな目の前に」

「サラッと僕のことを馬鹿にするな」


 今のところ高卒とはいえ……ちょぅとした新学校の卒だから地頭はそれなりに良い自信ある。

 一般教養の漢字なら読み書きどっちも出来るし、チラシを読むなんて当たり前すぎる話だが出来るのだ。


 それなのに『なにこれ』なんて呟いてしまったのには、それなりの理由が存在する。

 つまりそれは。


 丸まったチラシを開いてもくしゃくしゃで、文字が文字として認識できなかった。


 そういうわけである。


「このチラシ、丸めてたにしても……あまりにくしゃくしゃだよ」

「そりゃあ丸めた後、服と一緒に洗濯機に入れて回したからね」

「ふざけんな」


 そりゃあ読めねえよ。


「まあ読めるように努力して」

「具体的に」

「目を細めて焦点を合わせる」

「めちゃくちゃなゴリ押しだった……」

「仕方がないよ。悪いのは汐留君だからね。うげー、だよ」


 多分それは違うけど。

 取り敢えずチラシはどうにかして読む他ないらしい。鈴雪はこういう所に厳しいから。読まないとどんなお咎めが待っているか分からない。


 目を凝らして、読んでみる。


「えーっとっとっと、こりゃこりゃなんだこりゃ……」

「チラシだよ」


 知ってるわ。


「えーっと、求人のチラシだよね? トイレの清掃員、ゲーセンのアルバイト、コンビニアルバイト……自営業の手伝い」

「ワチがオススメしたいのは一番下のやつ」

「……? "本当に出る"お化け屋敷に24時間滞在するだけで日給6万。すごい、破格だ」

「汐留君はホラーとか別に苦手じゃないでしょ、なら良いと思うのだにょ。それに二人で一緒にとかも可能らしいからね。一人が嫌だったら、ワチも付いていくよ」

「まあ、確かに。でも24時間も家から離れるのはやだな」

「はあ、黙って働けこのクズ」

「あぅ……」


 それを言われちゃあもう、何も言い返せませんて。


「うーん、そうだな」


 チラシを床に置いて、深呼吸。

 視線の先は鈴雪に合わせ。


「取り敢えず眠ってから考えるとするよ。うんうん、その間にスーパーに買い物でもなんでも行ってくるといいさ」

「……はあ。妹ちゃんに言いつけるけど、それでいいの?」

「悪いが僕は自分の為なら───どんな悪の道だって、自らすすんで、進んでやる」

「カッコいい発言ふうにまとめてるけど、実際のソレはただのクズなんだけど……はあ、汐留君も堕落したもんだね。しっかりと」

「……」

「うげー、だよ」


 その時だった。


「ただっいまー!」


 いきなり大きな声が部屋中を駆け回ると同時に、部屋の扉が開かれた。入ってくるや否や、鈴雪の隣を過ぎてズカズカと部屋の中心にいる僕の横へ座る───……一人の少女。


 茶髪ロングで制服姿の美少女。

 制服ってのはまあ、黒のブレザーとかに青のリボンだ。一般的な。


 しかし中身は──金欠だからこそネカフェのみで活動し始めるという異色の経歴を持つ今や大人気ゲーム配信者──で、僕の妹だった。


 汐留しおどめかえで


「おかえり、楓ちゃん」

「ただいまですー、鈴雪さん」

「……なんかえらく今日はテンションが高いようだけど、なんかあったのかよ」

「お兄ちゃんはいつもテンション低めだねー」


 あう。

 言われたくねえ。

 事実だから。


「まあ、良いことが、合ったわけですけども」


 珍しくしっかりと座り直して僕に対して正座する妹。なんだよ改まってさ。


「あのねお兄ちゃん」

「なにさ急に、そんな畏まられると緊張する……」

「私がいつも配信でお世話になってるネカフェあるじゃん? あの怪しいおじいちゃんが個人経営してるネカフェ」

「あー、あるな。怪しいおじいちゃんが個人経営してるネカフェ」

「うん」


 ソレが一体どうしたってんだろうか。


「あのおじいちゃん……実は有名なプロゲーマーチームを運営する会社の取締役員だったらしくて」

「え」

「会社から正式にスカウトされちゃったんだよね。社宅で住み込みしながら本格的にプロとして頑張らないかって」

「え!」

「だからさお兄ちゃん」


 嫌な予感がした。

 全身から悪寒が走る。


「───わたし一人暮らしする。お兄ちゃん、自立して」


 まさかだった。

 自立の提案。

 いや、妹が新たなるステージで羽ばたくためのお願い。

 ニートを辞めるお願い。


 凄い提案だった。

 待て待て。

 僕は生粋のニートだぞ。

 そんなの断らないわけな───、


「……わ、分かったよ。我が妹」


 これを断れる雰囲気はなかったし、これを断るほどクズな兄であるつもりはない。

 だから僕はその提案を了承するのだった。

 妹から自立することを───誓う。


「汐留君、ちょうど良かったね」


 親友の声が原因か。

 不意に、畳に落ちていたチラシに目がいった。そして数分前の会話の記憶が蘇ってくる。

 求人。

 "本当に出る"お化け屋敷に24時間滞在するだけで日給6万。

 一人じゃなくてもOK。


「……まじか」


 どうやら僕は働くしかないらしい。


「一緒に行こ、お化け屋敷へ」

「とんだ茶番劇だよ、全くさ」

「いや。この物語はただの"クズニートの就職録"だと思うけど」

「それが小説化したとて、ぜってぇ誰も読まねえよな……それ」


 ここまで駄弁って思ったことが一つある。


 そんなタイトルの──いや、タイトルがなんであろうとも──こんな馬鹿げた話を読む人間なんてこの世に存在するのだろうか、と。


 うげー、どころじゃけぇよなあ。それ。


「それは嫌?」

「嫌だね」

「じゃあ何か代案を出してよ、ワチとしては不満だからね」

「じゃあこうしよう」


 なんの捻くれもないけど……コッチの方が好印象じゃないだろうか。

 小説とするのならば。


「『僕たちは永遠に駄弁っている』──的な」


 いや自分でも思う。


 まじで。

 どんな茶番劇、いやはや、

『永遠に駄弁る』なんて、

 どんな会話劇なんだよ、って。


「センスは無いけど悪くない、思ったよりね」


 つーか、


「うーん。まあでも……」


 自分で付けたモンなんだから、自分で文句を言うのは筋違いだけど。


「いきなりさ」

「うん?」


駄弁だべる───ってのはともかく、"永遠"なんて謳い文句付けると、かなりハードルが上がるよな……


 そんなわけで会話は途切れない。

 無限に続いていくことになるだろう。

 ともかくだ。

 こうして僕は、

 汐留優は、

 就職することになった。


 だからこそ、

 いや全然だからこそではないけれど、


 就職先に行っても、ああ、

 永遠に駄弁り続けることにしよう。


あいうえお。

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