ココロの変化
「――マザーから誰も入れさせるなとご命令されているのです!
お願いですから落ち着いてください!」
「――ちょっと、キミ! 落ち着きなよ!」
火山の火口のような大穴が開いている大広間では、十人ほどのゼルナーがあちこちで気を失って倒れており、穴の手前では兜を脱ぎ捨てたライコウが三人のゼルナーとヒツジに羽交い締めにされていた。
「――何でこんなに遅いんじゃ! フォグの身に何かあったら、マザーと言えども承知せんぞ!」
――ライコウとヒツジはイナ・フォグを追ってマザーのいる大広間へと到着したが、錆び果てた扉の前で護衛をしていたゼルナー達に止められた。
護衛のゼルナー達はマザーから誰にも入れないよう命令されていたので、当然、大広間に入ろうとしたライコウとヒツジも止められた。
それに激高したライコウは、護衛のゼルナー達を叩きのめし、応援に駆け付けたゼルナー達も巻き込んで大立ち回りを演じたのであった……。
「ライコウ……?」
ライコウが暴れている目の前に、ようやく昇降機に乗ってイナ・フォグが上がってきた。
イナ・フォグはゼルナー達とヒツジに押さえつけられているライコウを見て、目を丸くしてライコウに問いかけた。
「……アナタ、何やっているの?」
「――フォグ!」
ライコウはそう叫ぶと、凄まじい力でゼルナー達を弾き飛ばし、ヒツジを引きずりながら大穴の真ん中に立つイナ・フォグを抱きしめた。
「良かった! 俺……いや、ワシはフォグが遅いから、マザーに何かされてないか心配したんじゃぞ!」
「――えっ!? 心配って!?」
フォグが驚いてライコウの顔を見る――小麦色の肌をしたライコウの青い瞳はイナ・フォグの瞳と重なった。
ライコウは今にも泣きだしそうな顔をしてイナ・フォグが戻ってきたことに安心しきっていたようであった。
――イナ・フォグは今まで誰かに心配されるという経験は一度もなかった――
――
イナ・フォグは、生まれた時からずっと闇の中で蠢いていた。
そして、ようやく闇から出てきた時――気が付くと、彼女は機械の残骸と人間の死体に囲まれた海の底に沈んでいた。
イナ・フォグは海の底から地上へと出た――。 そして、真っ黒い翼を広げて空を飛んだ。
薄暗い空から地上を見下ろすと、あちこちから火の手があがり、大地は揺れ、大波が荒れ狂い、星は引き裂かれんばかりの悲鳴を上げていた。
「私は……? 誰か――! 私を知っているヒトはいないの!?……」
イナ・フォグを知る者など誰もいないかに見えた。
すると、イナ・フォグは遠くから翼の生えた二体の天使がこちらに向かってくる様子を見た。
「やっと、私を知るヒトが――!」
イナ・フォグは二人の天使達を笑顔で迎えようとした。
だが――
二体の天使は、イナ・フォグに憎悪と悪意を向けてきた。
(なんで……?)
不意を打たれたイナ・フォグは混乱しながら、二人の天使から逃げ続けた。
イナ・フォグは崩壊する世界で二体の天使達の攻撃を逃れながら、彼女達の言葉を聞いた。
『――これ以上、エントロピーを――!!』
『オナ・クラウド! 私はもう……記憶が!』
『イナ・ウッド! お願い! もう少しだけ――!』
――
断片的なイナ・フォグの記憶――その後、イナ・フォグは沼地へ移動し、およそ100年の間、仄暗い沼地の中で『自分を知る者』を待ち続けた。
自分を知る者――それは、イナ・フォグのココロに寄り添う者。
「ライコウ……心配してくれて……ありがとう……」
イナ・フォグの赤い瞳には、はらはらと大粒の涙が頬を伝っていた。
「フォグ……!? お前、まさか泣いて……」
イナ・フォグの涙にぬれる瞳を瞠若するライコウ――。
ライコウの足にしがみついていたヒツジもライコウから手を離し、呆然とイナ・フォグを見詰めていた。
イナ・フォグはキラキラと輝く涙を浮かべなら、生まれて初めて自分を心配してくれた者――自分のココロに寄り添ってくれた者へ感謝を伝えた。
――
マザーに会った帰り道、ウサギが捕らわれている留置場へ向かっている間、ヒツジはずっとイナ・フォグに抱かれていた。
『――涙を流す事は人間の特権です』
マザーはヒツジにそう言った。
だが、先ほどイナ・フォグの瞳からあふれた水は間違いなく涙であった。
(……ボクは……涙を流す事が人間の特権だとは思わない。
だって、フォグは涙を流したんだから……ライコウの為に。
だから、ボクも……きっと……)
「――――ジ?
――ヒツジ?」
ヒツジが我に返ると、イナ・フォグが心配そうな顔をしてヒツジを覗き込んでいた。
「ヒツジ? どうしたの?」
「う、ううん……何でもないよ! ただ、ちょっと考え事をしていただけ……」
ヒツジは慌てて青い瞳から緑色の瞳へと変えて平然を装った。
「……そう。 もし、何か心配ごとがあったら、ちゃんと『お母様』に言うのよ……」
イナ・フォグはそう言うと、ヒツジをギュッと抱きしめて再び歩き出した。
「おい、フォグ、ヒツジよ! あの建物にウサギがいるそうじゃぞ!」
先を歩いていたライコウが後ろを振り向いて、二人を見ながらコンクリートのような灰色の壁に囲まれた建物を指さした。
――
その建物は、稲妻のような亀裂が入ったコンクリートの壁に覆われており、至る所にレーザー銃が設置されていた。
だが、それは単なるレーザー銃ではなく、器械が視認できない特殊なレーザーを照射するものであった。 レーザー光は、少し触れるだけでも体が焼き尽くされるかと思う程の高熱を感じるにもかかわらず、実際には熱エネルギーは発生せず器械の感覚器を狂わせるものであり、このレーザーで攻撃されても侵入者が破壊される事はなかった。
――このように、マザーは無暗に器械を破壊するような事はしない。
マザーは都市の自治の多くを器械達に任せており、器械達はマザーに自由を保障されている。
その反面、自由の代償として器械には製造された時から記憶装置に制限が設けられており、一定の容量以上の記憶や、マザーが記録を禁じている記憶については否応なしに消去されるのであった。
マザーは知っていたのである――必要以上の知識を持つ者は、やがてその知識を暴走させて、利己的な欲望に利用する事を……。
だが、アルは記録を禁じている記憶を保存し、マザーに消去させない為のプロテクトを張る事が出来た。
それは『死刑』に値するほどの重大な違反行為であり、マザーもアルを捕らえた当初、止むを得ずアルを破壊するつもりであった。 しかし、マザーはアルを破壊する事はなかった。 ……それだけでなく、アルの逃亡を見過ごしさえしたのである。
何故、マザーはアルを破壊しなかったのか?
マザーはアルを捕らえ、彼女のココロに触れた時――彼女が知識を暴走させて利己的な行動に走る者ではないと確信したからであった。
その為、マザーはアルが逃亡した事に対して指名手配をする以外になんら方策を取らず、彼女の事を放置したのである。
それに、マザーには彼女の行先が分かっていた。
『ある一人のゼルナーの近くに必ずいるはずだ』と。
――
ライコウ達が地下の独房の一室で突っ伏しているオイル塗れのウサギと会った時、すでにウサギはマザーによって記憶装置にバックドアを設置され「ウサギをアラトロンに引き渡すように」というマザーの指示がゼルナー達に伝達されていた後であった……。
「おい、ウサギ! ウサギよ! ブチ壊れたんか――?」
ライコウが独房の床に転がっているウサギをチョンチョンと指で突き呼び掛けた。
鉄格子の扉は(今回は)破壊する事なく、きちんと看守に開けてもらった。 看守は鍵を開けたかと思ったら、イナ・フォグを見ながら敬礼し、徐々に後ずさりをしながら階段の下へと消えて行った……。
そして、その階段の下には野次馬なのか分からないが、十人ほどのゼルナー達が階段下の狭い空間にひしめき合っており、それぞれ入れ代わり立ち代わり、イナ・フォグの様子を興味深そうに眺めていた。
「うへぇ……もう、アタシは飲めねぇ……ぜ」
うつ伏せに倒れていたウサギはそう言いながらゴロリと仰向けになり、大の字に寝そべった。 オイルに塗れたウサギの体中からは甘い香りが漂っている。 ウサギはどうも酔っぱらっているようであった。
ウサギは一応独房には留置されていたようだが、詰問されたり、拷問されたりした様子はなかった。 むしろ『いい思い』をしたような様子で、ベロベロに酔った状態で恍惚な表情を浮かべていたのであった……。
「――$#んぁ$¥☆べ……」
訳のわからない事を呟きながら、再びゴロリとうつ伏せになり、汚い尻を見せるウサギ――。 そんなヘベレケなウサギを一瞥したイナ・フォグは「……この子の記憶装置を覆ているプロテクトを消去するわ――」と言って、ブツブツと何か呟きだした――。
「シェエラー・ベ・ハキーツ……」
イナ・フォグが呟いた言葉は、ラキアの故障を修復した時に使用した術であった。
この術は本来、使用した者の自白を促す効果があるものなので、まさに今の状況にはうってつけの術であった。
小さい蛇達に尻だけ噛まれたままいびきをかき始めたウサギ――。
「なんか、こう……だらしない姿よのぅ……」
ライコウが呆れた顔をしてウサギを見詰めている横で、イナ・フォグはウサギの頭を撫でながらウサギに語り掛けた――
「アナタ……『AL-617A6966』を知っているわね?」
『……んぁ? んなヤツ、知らねっ……』
イナ・フォグの問いかけにウサギがいびきをかきながら答えた。
その様子にライコウとヒツジが驚いたように顔を見合わせる――。
「……そう。 それじゃ、アルの事は知っているわね」
『……あい』
ウサギはアルの型名を知らず、ただ『アル』という名しか知らないらしい……。
という事は、ウサギはアルとはそれほど長い付き合いではないという事が推測出来る。
「アナタはアルをどうして匿ったりなんかしたの?」
『……匿ってなんかねぇってんだ、バーロー。 アイツがアニマをくれるっちゅーもんだから、手伝っただけでぇ』
断片的な言葉だけではウサギがアルと一体何を約束したのか分からない……。 イナ・フォグはとりあえず一番知りたい現在のアルの居場所をウサギに聞いてみた。
「アナタは現在のアルの居場所を知っているの?」
『知ってる……』
ウサギの言葉に再度ライコウとヒツジは顔を見合わせた。
アルがウサギの記憶装置に施したプロテクトは無事、外れているようだ……。
――マザーはイナ・フォグが使用する術を『スキル』と言っていた。
このスキルというものは、マルアハ達が内部に集束させているマナスを外部へ放出する事で引き起こされる超常現象であった。 何故、マルアハ達のマナスを外部へ放出するだけで、様々な超常現象が引き起こされるかは謎であるが、恐らく、マルアハ達のアマノシロガネが触媒となって、マナスが様々な化学反応を起こしているのだろう……。
(……そう言えば、アイツはアルがメカシェファのトガビトノミタマを盗んだって言っていたわ……)
アルは恐らくメカシェファのトガビトノミタマを使用して何か触媒を製造したに違いない。 その触媒でマナスを様々な形に変化させているのだろう。
ウサギの記憶装置にはアルがその触媒を利用して創ったプロテクトが張られていたのである。
だが、所詮は触媒を利用した紛い物のスキルに過ぎない。
トガビトノミタマそのものであるイナ・フォグ達マルアハのスキルには及ばず、イナ・フォグのスキルの前ではアルのプロテクトなど無力であった――。
――イナ・フォグは改めてウサギへの尋問を続けた。
「じゃ、私にアルが何処へ行ったのか教えてくれる?」
『……アイツは「デモニウム・グラキエス」へ行ったぜ……』
なんと、ウサギはあっさりとアルの居場所を謳った。
「えっー! なんかあっさり喋ってるじゃん!」
ヒツジは橙色の目をチカチカ光らせて飛び上がった。
ライコウはヒツジほど驚きもせず、逆にイナ・フォグを感心した様子で見つめていた。
「うーむ……『デモニウム・グラキエス』と言うと、確か……マルアハ『フル』がいるところじゃのぅ」
そう言いながらライコウが腕を組んで、兜の上から顎を撫でていると、イナ・フォグが後ろを振り向いてライコウの顔を見た。
「……たしか、ここから東へ行ったところね。 そうすると、初めに消滅させるリリムは『フリーズ・アウト』かしら」
マルアハ『フル』の名は『フリーズ・アウト』と言うようだ。
イナ・フォグは、アルを追うついでにフリーズ・アウトも討伐しようというのだ。
「……しかし、じゃ。 何故、アルはそんな危険な場所にわざわざ行こうとしてるんじゃ? 『ディ・リター』へでも行こうとしているのかのぉ……」
ディ・リターとは『デモニウム・グラキエス』の地底に位置する都市である。
ディ・リターとライコウの出身地であるエクイテスとは繋がっており、エクイテスはデモニウム・グラキエスの西側にある都市であった。
ライコウの問いにイナ・フォグが再びウサギの方へと振り向いて、ウサギを撫でながらさらに記憶を引き出させる――。
「……何故、アルはデモニウム・グラキエスへ行ったの?」
ウサギの尻に噛みついていた小蛇達は、ウサギの体内のマナスを吸って腹が膨れたのか、ヨチヨチとイナ・フォグのドレスの中へ潜り込んで行く――。
すると、尻が落ち着いたせいか、ウサギは再びゴロリと仰向けになってイナ・フォグの問いに答えた。
『……「グレイプ・ニクロム」を取りに行く為だってんだよ、このタコ』
「グレイプ・ニクロム――?」
イナ・フォグが目を丸くしてウサギに問う――すると、ヒツジがウサギの代わりにイナ・フォグに言った。
「フォグ! それは、非常に強度の高い金属の事だよ!」
「金属――?」
イナ・フォグは後ろを振り向きヒツジを見ながら首を傾げる。
「……そう。 ニクロムという名前が付いているけど、実際はニッケルクロム合金よりも数千倍の強度があると言われているんだ。
……確かにデモニウム・グラキエスにはグレイプ・ニクロムが豊富にあると言われているけど、非常に磁場の強い場所だからボク達器械が侵入する事が難しいし、何よりもフルの縄張りだ……。
それに、アルが何故、グレイプ・ニクロムを必要としているのか……?」
ヒツジの疑問をイナ・フォグがウサギに聞いてみる――。
『……グレイプ・ニクロムはベトールを破壊する為にどうしても必要だからでぃ』
「スカイ・ハイを? 何でスカイ・ハイを破壊する為にそんな金属が――?」
ウサギはイナ・フォグの問いに大の字になりながら、プルプルと頭を振った。
『……知らねぇよ、くそったれ』
ウサギにも何故、グレイプ・ニクロムという金属がベトール討伐に必要なのかは分からなかったようだ。 そこまでアルはウサギに説明しなかったのだろう。
「……ふぅ、分かったわ。 ご苦労様……」
イナ・フォグはそう言うと、何故かウサギの頭をペシンと叩いた。
すると、ウサギは「あっ、あぁ……」と言って、そのまま気を失ってしまった……。
「……アルの居場所は分かったことだし、私達もアルの行方を追ってデモニウム・グラキエスというところへ向かいましょう。 当然、その時はフリーズ・アウトに引導を渡してあげるわ」
イナ・フォグはそう言うと、舌を出して気絶をしているウサギを置いて独房を出ようとした。
「これ、これ――フォグよ! ウサギをそのままにしておくのはマズイじゃろ!」
慌ててライコウがフォグの行く手を阻んで、フォグの両肩を優しく掴んだ。
「……あら、何で? もう、アルの居場所は分かったし、この子はこのままでも問題ないでしょ?」
冷然と言い放つイナ・フォグにライコウは呆れつつ――
「まぁ、そう言うでない……。 フルダとジスペケもウサギの帰りを待っておることだし、それにもう少しアルの事をウサギに聞いてからでも遅くはなかろう……」
と言って、ライコウはイナ・フォグを宥めるように頭を撫でた。
すると、イナ・フォグは少しウットリした様子を見せて「……そうね」と呟き――
「それじゃ、場所を移動してもう少しアルの事を詳しく聞いてみましょう。
もうプロテクトも外れているから、術を使わなくてもこの子の知っている限りの事は何でも話してくれるでしょう――」
と言うと、ウサギの頭を鷲掴みにしてヒョイと持ち上げた……。
「……フォグよ、その持ち方はちょっと……。 ワシがウサギを運んでやるから……」
「あら、そう?」
ライコウの申し出にイナ・フォグは遠慮なく、ウサギを鷲掴みにしたままライコウの前に差し出した……。
ライコウはイナ・フォグから差し出されたウサギを抱きかかえる――そして、先ほど少し疑問に思っていた事をイナ・フォグに聞いてみた。
「ところで、フォグ――。 お主、何故、ウサギの頭を引っぱたいたのじゃ? 先ほどの術を解除する為か?」
ライコウの問いに、イナ・フォグはあっけらかんとした様子で、恐ろしい事を口走った。
「いえ、違うわ。 この子の話し方が無礼だし、それにお酒臭かったから……。
私はお酒臭いヒト、嫌いなの……」
ライコウはイナ・フォグの答えに「……はは、そうなのか。 なるほどのぅ……ははは……」と乾いた笑いを響かせて少し顔を引きつらせた。
ヒツジは二人の様子を見ながら(やっぱり、フォグを怒らせるのは危険なんだなぁ)と改めて認識した。
――
ウサギの自宅――バラック小屋にはフルダとジスペケがホッとした様子で、ブリキの丸机を囲って二人で椅子に座りながらアフタヌーン・オイルティーを堪能していた。
そんな二人をよそに、ライコウ達はウサギを中心に床の上で車座になって座っていた。
「いや、実際、オメェ――アタシはぶっ壊れるかと思ったんだぜ? まさか、あんなに美味いホワイトガソリンを飲まされるとは思ってなかったからよ!」
ウサギはライコウにそう言うと、留置場での酒池肉林を思い出したのか、恍惚な表情を浮かべて遠い目をして天井を見上げた。
ウサギは先ほど小蛇達に尻を噛まれ、イナ・フォグに尋問を受けた挙句に頭を引っぱたかれた事など全く覚えていないようだ……。
ライコウはその様子を苦々しい顔で眺めており、ヒツジは瞳を白く光らせていた。
「……うーむ。 逮捕されると良い思いをするとは何だか釈然としないのぅ……」
兜を脱いでいるライコウが腕を組みながらウサギの様子に苦言を呈する。
「……ウサギにお酒を過剰に飲ませたのは、恐らく、お酒を体内で分解する際の中央処理装置の処理をオーバーフローさせる事が目的だったんじゃないかしら?」
イナ・フォグは、マザーがウサギに対して酒を飲ませて泥酔させる『拷問』を行った目的は、ウサギの処理装置をオーバーフローさせて記憶装置をプロテクトしているプログラムを強制停止し、ウサギの記憶にアクセスする為であったのだろうと推測した。
(まぁ、結局……アイツは何の情報も得られなかったようだけど……)
マザーはイナ・フォグのようにプロテクトを解除出来るスキルは持っていなかったので、マザーではアルのプロテクトを解除出来なかったのである。
「――それで、アナタ……。 アルは何処に行ったの?」
――先ほど、イナ・フォグは独房でアルの居場所をウサギに聞いてすでに把握していた。
イナ・フォグはアルがウサギの記憶装置に施したプロテクトが再度復活している可能性もある為、あえて聞いてみたのである。
「あん? ……って、いや……あの……アイツはデモニウム・グラキエスへ行くって……」
ウサギはイナ・フォグの問いに、たどたどしい言葉遣いで答える。 ウサギは目の前にいる翼の生えた少女がアラトロンだという事はすでに知っていた。
器械達にとって、アラトロンは『多くのゼルナーを破壊して食い散らかしたバケモノ』であり、姿形に関係なく恐怖の対象であった。
(プロテクトは一度解除すれば、自動修復しないのね……。
でも……自分の居場所を知られたくないだけであれば、わざわざ危険を冒してウサギの記憶にプロテクトを張る必要などないはず……。 ウサギの記憶にプロテクトを張った理由は、自分の居場所を知られたくないという理由ではなく、何か他の理由があったのかも知れないわ……。
そうなると、やっぱり、アイツに知られたくないアニマやマナスの事かしら……)
「アナタ……アルがマナスを使用して術を使う事は知っているわね?」
イナ・フォグはアルがマナスを使ったスキルをどうして使用できるのかウサギに聞いた。
ところが、ウサギは「うーん……」と言って、頭を悩ませるような表情を見せてイナ・フォグに答えた。
「……術って言うもんなのか分かりませんが、アイツは透明になる事が出来るんです。
アイツはいつも変な気味の悪ぃ本を持っていて、その本を開いて変な事をほざくと突然透明になるんでさぁ」
(なるほど……やはり、触媒を利用してスキルを使用しているんだわ……)
イナ・フォグが黙って頷くと、ウサギはさらに言葉を続けた。
「――ほいで、この間サクラ2号って奴が『ぶっちぎりに強くなりてぇからフレームを変えてくれ』なんて言うもんだから、アルの奴に頼んでアイツの……術っていうヤツでフレームにマナスを結合してもらったんですわ。
でも、そんな技術をどうやってアルが身に着けたのかはアイツも教えてくれねぇし、アタシも分からねぇんです。
もちろん、アタシも初めはマザーの許可がない改造なんで反対したんですが、サクラのヤツが『どうしても』って言うもんだし……ついつい、サクラのフレームをマナスが結合した改造フレームに組み替えちまったんです……」
アルはウサギに自分の能力については一切教えていなかった……。
もし、自身の能力をウサギに話していないのであれば、わざわざウサギの記憶にプロテクトを掛ける必要は無い。
(むぅ……一体アルはどんな秘密をウサギに話したのかしら……)
すると、イナ・フォグはもう一度、独房で聞いた質問と同じ質問をウサギに聞いた。
「――ところで、アナタは何でアルを匿ったの?」
――イナ・フォグの自白を促すスキルは、ウサギが知る全ての記憶を無意識に引き出す事が出来る。 だが、アルはアニマやマナスに関する事、自身の能力に関する事は一切ウサギに言っていないようだ……。 そうなると、アルが一体何を秘密にしているのかある程度アタリを付けなければ際限なく質問を繰り返す事になる。
そこで、今の正気に戻ったウサギであれば、恐らくアルの気持ちを推し量る回答をするはずだとイナ・フォグは考えた。
つまり――
『ウサギがアルに気を遣って遠慮がちな回答や、遠回しな回答をする質問であれば、その質問にアルが知られたくない秘密が隠されているのではないか?』
と考えたのである――。
ウサギはブルブルと頭を振って「いや、別にアタシは匿ってたわけじゃねぇってんです」と釈明し、言葉を続けた。
「さっきも言ったように、アイツはどういう訳か透明になる事が出来るんです。 だから、アタシが匿らなくても、アイツは自由に街を闊歩出来るってんですよ」
ライコウはイナ・フォグの隣でウサギの話を聞いていたが、ふとウサギの話に率直な疑問を持った。
「それじゃったら、お主――何故、アルがお主のところへ来たときに、警察に通報せんのじゃ?
アルが指名手配を受けているのは、お主も知っておるじゃろう?」
ライコウの問いに、何故かウサギはジトッとした目でライコウを見詰めた。
「……なっ、何じゃ? その目は……」
何か含みを持つウサギの顔をライコウが訝しがる。
すると、ウサギは自分でも何か納得がいかないように、ブルブルと頭を振った。
「……なに、アイツが警察に密告らねぇでくれって言うもんだから……。
その代わり、『ユータラス』へ忍び込んでアニマを盗って来てやるっちゅうもんだから……」
そう言うと、ウサギはプルプルと震えだし、ライコウに怒りをぶつけた。
「――大体、テメェが早くアニマをくれねぇから悪ぃんだよ!
約束したのによ! オメェ、半年以上もナ・リディリに行ったっきり、ちっとも戻って来ねぇんだからよ、このチクショーめが!」
ウサギは矢庭に立ち上がり、ひとしきりライコウを詰った後、再びムスッとしながら胡坐をかき、腕を組んだ……。
「いや、いや、お主……そんな事言われても……。 大体、ナ・リディリから沼地に行ってフォグを連れてくるまでの旅が、そんな一、二か月で終わるものか?
戻って来てからマザーに頼むつもりじゃったんだ。
……お主はいつもそうやって、そそっかしい事ばかりしよる……」
ライコウが困惑した表情で釈明しても、ウサギは納得しない様子でフンッっと鼻を鳴らした。
すると、その様子を黙って聞いていたヒツジがウサギに疑問をぶつけた。
「……でも、そうだとしても、アルがキミにアニマを持ってくる事に何のメリットがあるのさ?
キミの話ではアルは透明になれるんでしょ? だったら、別にキミが警察に通報したところで、その場から逃げれば良い事だし、わざわざアルがキミにアニマを持って来てあげる程の頼み事でもないけどなぁ……」
ウサギはヒツジの問いに「いや、アイツがアタシに頼んできた事は、警察に密告んなってことだけじゃねぇんだ」と言って再びライコウの顔をジトッとした目で睨んだ。
「……だから、何じゃって! その目は――!」
ライコウはウサギがアニマを持って来なかった事を、まだ不満に思っているのかと思い、少しイライラした。
ところが、ウサギは思いもよらぬ事を口にした。
「アイツはアタシに『アニマを持って来てやる』って言った代わりに、アニマとマナスの研究を手伝ってくれって言ってきたんでぃ……。
だが、アイツはそれでもアニマを持ってくる労力に比べて間尺に合わねぇなんて言いやがる――。
ほいで、アタシが『じゃぁ、テメェは他に何が望みなんだ、コンチキショウ』と聞いたらな――笑っちまうんだが――
――オメェの事を詳しく教えてくれって言ってきたんだよ」
ウサギの言葉にライコウとヒツジ、そしてイナ・フォグまで「――はぁ?」と思わず口に出し、お互いの顔を見合わせた。
「ワシの事を――? アルはお主に一体何を聞いて来たんじゃ?」
ライコウがウサギにそう聞くと、ウサギはイヤらしい笑みを浮かべて「くっ、くっ、くっ……」と口から洩れる笑いを噛み殺しながら「まあ、そう急かすなって――」と手をパタパタさせて、話を続けた。
「――しかも、だ。 アイツはライコウの事を教えてくれたら、アニマとマナスの研究を手伝ってくれなくても構わねぇなんて言い出しやがったんだ。
だから、結局、アニマとマナスの研究なんぞには付き合わなくて済んだんだがな。
そりゃ、アタシだってアイツに聞いたさ――
『ほいじゃ、何か? オメェはライコウの事を知りてぇが為にアタシに近づいて来たって事か?』
てよ――。 そしたら、アイツは顔を真っ赤にして『そうだ……』なんて言いやがる。
ほいで、アタシが『テメェは一体ライコウの何が聞きてぇんだ』と問い詰めたらよ、アイツはオメェの型名と製造年月日、好きな食べ物から嫌いな食べ物、趣味とかさ――そして、オメェの相棒のヒツジとはどういう関係なのかなんてぇのを詳しく聞いてきやがってよ――
――挙句の果ては、オメェの好みの器械はどんな子かなんて事も聞いてきやがる。
……まあ、アイツの頼みは分からねぇでもねぇんだ。 何せ、オメェはデバイスで調べても全く情報が出て来ねぇ特殊な器械だからなぁ。 アルの奴はオメェの事を何とかして調べようとしてたみてぇだが、さすがにマザーのデータベースには二度も三度もハッキング出来なかったらしいぜ……。
まっ、アタシゃ、オメェについて知っている限りの事はアイツに話してやったさ……。
そしたら、何だかアイツはオメェの話を聞くたびに胸に手を当てて遠くを見ながら『……はぁ♡』なんて妙な声出しやがる。
全く、その時のアイツのアホ面を見ると……思い出すだけで笑っちまうってなもんよ――。
――あっ! そいで、アイツはこの話を『誰にも言わないでくれ』とか言ってたなぁ。 まあ、でもこんな面白い話『誰にも言うな』って言われても、そう言う訳にはいかねぇだろ……。
んで、フルダ達にも早速話そうとしたんだが……何だか知らねぇが、今までアルとどんな話をしていたのかすっかり忘れちまって……いや、不思議なんだがな……今になって、オメェ――それを思い出したってもんよ」
ウサギはそう言うと、再びアルとの会話を思い出したのか『プププ……』と笑いを堪え切れず声に出した。
「……ふーん。 なんか大した事を聞いている訳じゃなさそうだのぅ……」
ウサギの話を聞いていると、アルの反応は明らかにライコウに好意を寄せている乙女のソレらしき反応であるが、ライコウは何一つ気が付くことなく、アルが何故そんなくだらない事を聞いているのか不思議がって首を傾げた。
また、ヒツジも同様に「何だか変な事を聞くヤツだね……」と言って、緑色の瞳をピコピコ光らせていた。
――ところが、イナ・フォグだけは二人の反応をよそに、桃の葉のような目をめいっぱい開かせて、小さな口をこれでもかと開けながら驚愕の表情を見せていた……。
(――な、なっ!? よりによって、アルが知られたくない秘密って……むぅ!)
イナ・フォグは、頬を膨らませてむくれた様子を見せたかと思うと、バタバタとウサギの前に駆け寄った――。
「ちょっと、アナタ! そのアルってヤツは他に何を聞いてきたの!?
――言いなさい!! ええっ!?」
イナ・フォグはいつになく厳しい口調でウサギの頬を両手で抑えつけ、ウサギを問い詰める……。
「ブムム……ひぃぃ――! あ、あとは……えーっと……全部くだらねぇ事ばっかりだったんで、覚えてね……ないです!」
ウサギが怯えながらそう伝えると、イナ・フォグは赤い瞳を滾らせながら「ムムム……!」と拳に力を籠める。
イナ・フォグは何だか随分焦っているようだ。
「こ……これ、これ……フォグよ……。 もしかして、アルの奴がワシについて『くだらない事』を聞いていたことは、何か重要な意図があったのか?」
イナ・フォグの鬼気迫る表情にライコウは心配になった。
すると、イナ・フォグはハッと振り向いたかと思うと、ライコウの顔をジッと見て、いかにアルが危険なゼルナーかを力説しだした……。
「――そうだわ!! アナタに危険が及ぶ程の事――!
……むぅ……そう!
アルっていうヤツはきっとアナタを食べるつもりだわ!」
イナ・フォグの言葉を聞いたウサギは思わずヒツジを見て(そんな、訳ねぇだろ……)と目で訴えかけた。
ところが、ライコウはイナ・フォグのウルウルとした真剣な瞳に惑わされて、アルが本当に自分を食ってしまう為に自分の事を聞いて回っていたのかと不安になった。
「――うぇぇ!? そりゃ、どうしたら良いんじゃ!? ワシはまだ壊されたくないぞ!」
頭を抱えて慌てふためくライコウを、ヒツジとウサギはシラけた顔をして眺めている。
ヒツジはイナ・フォグがウソを付いている事は分かっていた。 何故、イナ・フォグがウソを付くのかまでは分からなかったが、アルが透明になれるのであれば、別にライコウの素性など聞かなくても、食べたければ寝込みでも襲って食べれば良いだけである……。
ライコウも冷静であれば、当然ヒツジと同様の思考を持てたはずだが、イナ・フォグのあまりの剣幕に動揺して、周章狼狽してしまったのであった……。
ライコウがギャーギャーと喚いていると、イナ・フォグはササっとライコウの傍へと近づいて、ライコウにヒシッと抱き着いた。
「大丈夫よ、落ち着いて! 私がアナタの傍にいるから……。 アナタをあんな奴には渡さないわ!」
「おお、そうか! 良かった……。 お主が傍にいてくれるとワシも心強いぞ、フォグ――」
ライコウはそう言うと、イナ・フォグの嫉妬心など全く頓着せずにホッと安心した表情を見せ、イナ・フォグの頭を撫でた。
イナ・フォグはライコウに頭を撫でられながら、少し影のある表情で「ウフフ……」と微笑んでいた……。
一方、丸机を囲ってオイルティーを嗜んでいたフルダとジスペケは四人の事などどこ吹く風で、世間話に花を咲かせていたのであった……。
――
イナ・フォグの強い主張で、アルを追いかけてデモニウム・グラキエスへ向かう計画は却下となった……。
ヒツジは反対したが、ライコウはアルが自分を食ってしまうのではないかという不安があった為、結局、多数決でライコウ一行は地底都市『アイナ』へ行くことに決めた。
アイナはハーブリムの東――ベトールの縄張りの横を抜けて『キーテジ大陸』へと上陸し、そこから遥か北へ進んだ『ゲントウ』と呼ばれる大地の地底に位置していた。
ハーブリムのあるティルナング大陸とキーテジ大陸との間には大きな鉄骨製の橋がかかっており、その橋の下――海の底にはタコのようなショル・アボルが潜んでいる。
以前、ラキア一行が橋を渡る際、このタコのような怪物に襲われたのだが、ラキアの仲間であるアイムが機転を利かせてタコの足を橋に絡ませて、辛うじてやり過ごした。
橋を無事渡り切り、ティルナング大陸を越えたとしても、アイナへ向かう道のりはおよそ4000キロ――その間の『ミドハルの荒地』と呼ばれる不毛の大地には、ティルナング大陸にはいない凶暴なショル・アボルが生息しており、アイナへの旅は決して楽なものではなかった。
ライコウ達が危険を冒してアイナへ行く目的は三つあった。
一つ目は、アイナの出身であるアルの素性を調査する事。
二つ目は、ゲントウの西にある島国――『トコヨ』へのアクセス方法を調査する事。
そして、三つ目はゲントウの中央に位置する『オーメル草原』を縄張りとするマルアハ『ハギト』を討伐する事であった。
三つとも重要な目的であり、特にハギトはベトールと戦う前に必ず討伐したいマルアハであったので、ヒツジもイナ・フォグの提案を了解して、三人はひとまずアルの事は無視して、アイナへと向かう事になったのであった。
――
ライコウ、ヒツジ、イナ・フォグの三人はウサギの工場にて目的地を決めた後、準備を整えて二日後に出発する事をマザーへ報告に行こうとした。
ところが、ハーブリムの中心地へと辿り着いたとき、三人は多くのゼルナーや市民達に囲まれて、万歳三唱――ライコウはハーブリムの英雄だともてはやされ、半ば強引に宴へと招待された。
そんな中――困り果てているライコウの下へ、一人のゼルナーが歩み寄ってきた……。
黒ずんだいぶし銀の鎧を纏った大柄な体に、右手にレーザー砲を装備した戦士然としたいで立ちのゼルナーは、ライコウとヒツジが地上に出る際に二人を茶化してきたあのゼルナー――『リクイ』であった。
「おお、リクイか! 久しぶりじゃのぅ!」
ライコウは以前、リクイに揶揄われた事など忘却の彼方であった。
懐かしそうに、リクイの傍へと駆け寄って肩を叩こうとする――。
すると、リクイは突然、ライコウの目の前で膝をついて、ライコウに詫びを入れだした……。
「――ライコウ殿! この度の貴殿の活躍――恐れ入りました! 以前、この愚兵が貴殿に犯しました狼藉……どうか、ご容赦願いたく――!」
必死に頭を下げるリクイにライコウは一瞬呆気に取られたが、すぐにリクイの大きな背中をポンと叩いた。
「――何言っておるんじゃ? ワシはお主に何かされた覚えはない……。
それに、何が『ライコウ殿』じゃ……。
お主にそんな事言われると寒気がするから止めるのじゃ。 以前のようにライコウと呼んでくれ!」
そう言って、兜を脱ぐライコウ――ライコウはニッコリと微笑みながら、兜を左手脇に抱えて、右手をリクイの前へと差し出した。
「――ほれっ! そんなところに座り込んでいると邪魔じゃろ!」
リクイは目を前に差し出されたライコウの右手を呆然と見つめる。
「ラ……ライコウ……。 俺は……」
「お主はワシ等の仲間――大切なゼルナーの一員じゃ! ワシはお前らの為に戦い、そしてお前らと共に生きる!」
「――!!」
ライコウの言葉にリクイはあの時の言葉を思い出し、息が詰まった――。
――リクイはマザーに『ダカツの霧沼』での壊滅的な損害を報告してた時の事を思い出した――
あの銀色の球体の前で土下座をして、自身の失敗を詫びるリクイ――。
そのリクイに対して、七色に光る『チョウチンアンコウ』はため息と共にリクイを詰った。
『あぁ……リクイ。 貴方は私の期待を裏切ってしまいましたわ……。
私は貴方が私の命令を反故し、あまつさえ、仲間を見捨てて逃走する者だとは思いませんでした。
私は貴方に対して失望を隠せませんわ……』
リクイはマザーの言葉に顔を上げず平伏して「――申し訳ございません!」とひたすら詫びるしかなかった……。
そんなリクイの様子に今度は窘めるようにマザーが語り掛ける――。
『いいこと、リクイ――。
……誰が為に生き、誰が為に戦う。
そのココロを持つ者こそ……この星の運命を変える事が出来るのです。
今の貴方は私の子ではありません。 ましてや、器械でもなく、機械ですらないですわ……。
――今の貴方はただのガラクタ――
もう一度、貴方は器械となって、私の言葉を良く理解しないといけませんわ。
それまでの間は、貴方をゼルナーの任務から外し、ハーブリムの衛兵に任命しますわ――』
――
(誰が為に生き、誰が為に戦う……俺は……ライコウ!)
ライコウの言葉にリクイは胸が熱くなった。 泣き出したい気分であったが、これも器械の宿命――泣くことが出来ない事をこの時リクイはどれだけ悔しがっただろう。
震える左手でライコウの右手をガッチリと掴むリクイ――。
「ライコウ、ありがとう――! 俺達ハーブリムのゼルナーはお前の為にこの先命を懸けて戦って行こう!」
――リクイの一言で、二人を囲んでいた多くの市民達から大きな拍手と歓声が沸き起こった。
(ありがとう……良い言葉だわ。 私もライコウに初めて『ありがとう』と言ったときに、何だかココロが暖かくなった気がしたわ……。
……?……初めて……
初めて……だったかしら?)
――イナ・フォグの意識は過去を遡った――
イナ・フォグの眼前には暗闇の中に時々灯る光が見える。
声が聞こえる度にイナ・フォグの周りを取り巻く闇に光が灯る。
『――ミコ様! どうして人間なんかを護るのさ! アイツ等はミコ様に酷い事をして、今でもミコ様を利用している!
しかも、自分たちの造った機械ですら、奴隷のように扱ってさ!
もう、私はアイツ等をこれ以上護りたくないわ!』
声が途切れると途方もない闇が辺りを覆い、また声が聞こえると辺りに光が灯った。
『イナ・ウッド……そんな事言わないで。 全ての人間が悪い訳じゃないわ……。 きっと、いつか……皆が、きっとあの人のように……』
『――でも、ミコ様! アイツ等のせいでミコ様のココロは三つに分かれてしまった――私たち姉妹も離れ離れになってしまったわ!』
『……イナ・ウッド。 イナ・フォグには可哀そうな事をしました。
だから、私はこれ以上人間を恨みたくないの……。
私が人間を恨まなければ、あの子はきっと貴方たちと同じ『マルアハ』としてこの世に生まれていたでしょう……。
だから、せめて――
せめて、私はあの子を……今、闇の中で一人寂しく泣いているあの子を救ってあげたい……。
その為には私が人間を恨む訳にはいかないの……何があっても……』
(――ミコ……様……? このヒトは私の事を知っている……私のココロに触れてくれる……)
闇の中で灯される光は暖かかった。
「ありがとう……」
――イナ・フォグがそう呟くと、イナ・フォグの意識はハーブリムの喧騒へと戻った。
目の前ではライコウが皆から祝福されており、イナ・フォグの周りでは何故か市民達がひれ伏して両手をつきながら、まるで神仏のようにイナ・フォグを崇拝していた。
「ふぅ……面倒くさいわ……」
イナ・フォグはひれ伏す市民を横目で見ながら、ヒツジをひょいと抱きかかえた。
「うゎあ! フォグ! 皆がいる前で恥ずかしいよ!」
ヒツジはイナ・フォグに抱かれながら恥ずかしそうにピンク色の目を点滅させ、イナ・フォグの胸の中で暴れた。
「ふふふ……恥ずかしい事なんてないわ。 お母様の言う事を聞かなきゃダメよ」
イナ・フォグに優しく窘められ、ペタペタと頭を撫でられるヒツジ――。
ヒツジはイナ・フォグに撫でられると、途端にピンク色の瞳が薄くなり、そのまま眠りについてしまった。
――
ライコウはリクイ達ゼルナーに誘われて、ナナのいる酒場へと誘われた。
さすがに、自分を祝福する宴だという事で無碍に断る訳にもいかず、仕方なくライコウは彼らに同行する事になったが、イナ・フォグは気持ちよさそうに眠るヒツジを抱いて、ライコウの自宅へ先に帰ると言って、宴には同席しなかった。
「私はお酒の匂いが嫌いなの……。 だから、アナタもあまり飲みすぎちゃダメよ」
イナ・フォグとしては茶目っ気を持った些細な注意のつもりであったが、ライコウはウサギがイナ・フォグに引っぱたかれ、舌を出して気絶をした光景を思い出し、青い顔をしながら「あ、ああ……大丈夫じゃ……」と言って、頬を叩いて気合を入れた。
(うぅ……。 酔っぱらったら殺されそうじゃわい……)
――酒場では久しぶりにナナがライコウを迎えてくれた。 以前、道端でナナの歌声を聞こうとした時は、リクイに邪魔されたので聞く事が出来なかったが、今度はナナの歌声をじっくりと聞く事が出来た。
リクイも、ライコウとナナに以前の無礼を詫びつつ、(いずれ仲間を救うであろう)ナナの歌声を聞きながら、酒場にいる全てのゼルナー達は一体となって、今宵の宴を楽しんだのであった。
――
翌日――ライコウは案の定飲み過ぎてしまい、家に帰るや否やイナ・フォグに追い出されて自宅で寝る事が出来ず、一晩リクイの家に泊まった。
そして、二日後――結局、三人はマザーに報告するどころか、何の準備もせずに、着の身着のままハーブリムを発った。
三人は多くの市民とリクイ達ゼルナー達の大歓声に見送られ、意気揚々として――と言いたいところだが、イナ・フォグは欠伸をしながら、ライコウも眠い目をこすりながら地上へとノソノソ這い出てきた……。
「……それで、ヒツジよ。 アイナへは北東へ進めば良かったんじゃろか?」
イナ・フォグと一緒に三日月型の物体に乗っているヒツジはライコウの問いに――
「直線距離ではその方角で良いけど、一度そのまま東へ直進して『ペイエス大橋』を渡ってからになるね――。
橋を渡ったら、そのまま北北東へひたすら進む事になるよ」
とデバイスを展開させながら言った。
ライコウは「うむ。 それじゃ、このまま真っすぐ東へ行くとしよう――」と言って、赤い砂を踏みしめてガスガスと歩き始めた――。
すると、イナ・フォグが「ちょっと、待って!」と言って、ライコウを呼び止める。
「……どうしたんじゃ?」
ライコウはイナ・フォグの声に立ち止まり、後ろを振り向く――。
「この辺りは、スカイ・ハイの縄張りだわ……。
私が近くに来ていることはすでに分かっているはずだけど、どうも私の事は興味無いみたい……」
そう言うと、イナ・フォグは左手の人差し指を唇に持って行って、考え込むようなしぐさを見せた。
(もしかしたら……眠っている? いずれにせよ、監視されていない間に早く橋を渡りきる事だわ。
……この先、スカイ・ハイに居場所を常に監視されるのは面倒くさいわね……。
あのアルっていう子がいれば、もしかしたらスカイ・ハイの電磁波を――)
イナ・フォグは突然頭をプルプルと振ったかと思うと、ライコウの顔をジッと見つめた。
(ダメ、ダメ、ダメ――! あんな奴に協力してもらうなんて、ライコウに危険が――!
だって、ライコウは私のモノだもん!)
普段と違い、随分と幼い思考を巡らすイナ・フォグ……。
ライコウは、イナ・フォグが自分の顔をジッと見詰めながら何か考え込んでいる様子を緊張した面持ちで見つめている。
「……どうした、フォグ? もしかして、ベトールにバレたのか?」
「いえ、バレてないわ! 今はたぶん眠っていると思う。 横を突破するのは今しかない――」
イナ・フォグはスキルを使用して、自分の存在を異空間に隠ぺいしてベトール――スカイ・ハイの監視を免れようとも考えた。
しかし、異空間に身を隠すと外界の状況を把握する事が出来なくなり、ライコウとヒツジが危険に晒された時に対応が出来ない。
そうなると、取るべき方法はなるべくスカイ・ハイに気づかれないように通り過ぎるしかないのだが、普通に通り過ぎるだけでは、気づかれる可能性が高い。
そこで、イナ・フォグはサクラが銃撃して来た時に使用した紫色の不思議な霧を発生させて、スカイ・ハイの電磁波をある程度阻害しようとした。
一般的に水分を含む物体は電磁波を吸収する。 スカイ・ハイのマナスによって通常の電磁波とはかなり異なる性質を持つとはいえ、霧を発生させれば多少は電磁波を吸収できるという事だ。
しかも、スカ・ハイの電磁波は超高周波であり、水に吸収されやすい。
ライコウとヒツジがナ・リディリへと旅立つ際、塩の大滝を登っている時にスカイ・ハイが襲ってこなかったのは、電磁波が水に吸収されてライコウとヒツジが滝を登っている事に気が付かなかったからである。 (もちろん、水だけの影響ではなく『赤い砂と白い液体』が影響していた事は否定できない)
「――アラフェール・ライラ」
イナ・フォグがそう呟くと、イナ・フォグの周りに薄っすらとした紫色の霧が現れた……。
霧はイナ・フォグとその腕に抱いているヒツジ、そして、二人が乗っている三日月型の球体を包み込んでいた。
だが、残念ながらライコウは霧の有効範囲外であり、全くその恩恵に預かる事ができなかった。
但し、恩恵と言っても、今の薄い紫色の霧ではさほど電磁波を吸収できない。
イナ・フォグが見えなくなるくらいまで深い霧を発生させる事も出来るのだが、それはそれで、一部の場所だけやたら霧の濃い場所が突然出現すれば、かえって目立ってしまうだろう。
したがって、このスキルは薄っすらと霧が見えている程度の強度で使用する事がちょうど良いのである。
「これで余程の事が無い限り気づかれないと思うわ……」
……余程の事……
イナ・フォグは橋の下に巨大なショル・アボルが潜んでいる事をすっかり忘れていた。
――
北に位置するベトールの縄張り――『輝く森』を横切って、なんとかベトールをやり過ごした三人はアーチ状の大きな鉄橋に辿り着いた。
「うへぇ! 間近に見るとえらいデカい橋じゃのぅ!」
巨大な鉄骨造りの橋は、数えきれないほどの巨大なボルトで固定され、全体はもう殆ど赤錆びてしまっていた。
一度丘の上に登ってから下へ降り、それから曲線を描いた橋の上を渡っていく、向こう岸も同じような小高い丘があり、橋全体がクルっとカールを描いているような不思議な橋であった。
ライコウ達は丘の上へと登り、橋を見渡す――。
橋の鉄骨は所々ひしゃげており、数十メートルはあろうかという幅の橋桁の下は巨大な渦潮が大きな口を開けて渦巻いており、誤って橋桁から落ちようものなら、深く暗い海の中へと引きずりこまれ、二度と浮かび上がってくる事はないだろうと思わせた。
「……これは凄まじい渦じゃのう。 本当にこの渦の下にショル・アボルが潜んでいるのかのぅ」
ライコウは飛沫を上げる巨大な渦潮を眺めながら、イナ・フォグに抱かれているヒツジを見た。
ヒツジはイナ・フォグにヒシッとしがみついて、青い瞳をチカチカと光らせながら、震えているようだった……。
「なんじゃ、ヒツジ――? お主、あの渦潮が怖いのか?」
ライコウが意外そうな声を出してヒツジに聞くと、ヒツジはイナ・フォグの胸に顔を埋めながら――
「だって、あんな大きな渦に巻き込まれたらゼッタイ壊れちゃうじゃないか!」
と叫び、プルプルと震えていた。
すると、イナ・フォグが微笑みながらヒツジの頭を撫でて、ヒツジをあやす様に優しく囁いた。
「大丈夫よ……。 お母様は空を飛べるんだから、アナタはしっかりお母様につかまっていなさい」
ヒツジはイナ・フォグに頭を撫でられると、体の震えが止まったようだったが「うん……」と言ったっきり、イナ・フォグの胸に顔を埋めたままであった。
イナ・フォグとヒツジの様子を見つめていたライコウは、兜の面頬を上げて優しげな青い瞳を二人に向けながら、ふと自分の『母親』の事に思いを馳せた。
(フォグはまるでヒツジの母親のようだな……。 ヒツジがあんなに安心しきっている様子は初めて見た。
子は親を信頼し、親も子を信頼する――それが、人間にとっては普通なんだろうが、器械にとっては普通ではないだろう……。 だから、余計に二人の様子に驚くのかも知れない……。
俺の母親は……まあ、皆と同じ『マザー』という事になるのか……。
正体不明の母親――信頼なんてあったもんじゃない。
……マザーは俺を人間にしてやると言った。
だが、本当は……俺はマザーに騙されているんじゃないか?
人間には子を騙す親などいるのだろうか……?
もし、いるのであれば……俺は……)
――ライコウがそんな思いを巡らせていると、突然――
『ゴゴゴゴ……』
と、橋の方から地鳴りのような音が響いて来た――。
「……ん? 何の音じゃ――?」
ライコウがデバイスを起動させて、橋の下に目を向けた――
その時――
大渦から藻掻き飛び出すように20メートルはあろうかという巨大なタコが現れた!
「うぇっ!? アイツが例のショル・アボルか――!」
ライコウの眼前に展開されたフィールドに怪物の情報が表示される――
『!警告! ショル・アボル=スプルート 個 ―66.800121,-169.993210 真素中……報告……防錆装置起動中……』
ライコウの鎧はオイルのような液体が発生して、海から吹き付ける強酸の飛沫から身を護った。
「――ライコウ!」
イナ・フォグが慌ててライコウの傍へと駆け寄ると、大タコは太い橋脚にヌメリ気のありそうな吸盤を持った足を絡みつけ、何と橋桁まで這い上がって来た!
「フォグ! お主はワシの後ろへ下がっておれ! アイツはワシが破壊する!」
ライコウはそう言って、イナ・フォグの前に立つ。
(――『うん、ありがとう! 頑張ってね、ライコウ!』)
ライコウはイナ・フォグがそう言って励ましてくれるのかと思ったが、イナ・フォグは――
「そう……。 じゃあ、アナタにお願いするわ……」
と気だるい声で「ふぁ……」と一つ欠伸をし、ヒツジを抱いたまま後ろへトコトコ下がって行った……。
「……なるほど。 まぁ、こんな雑魚じゃ所詮そんな反応になるのかのぅ……」
大タコは、橋桁を押しつぶすほどの巨大な体躯をうねらせて、太いアーチに八本の足を複雑に絡ませながら、ゆっくりとこちらに向かって移動している。
ライコウは丘の上を降りて、橋桁の前まで走り寄り――背中の剣をスッと抜いた。
巨大な海獣は『グォォォ――!!』などとタコらしからぬ咆哮を上げて、体をくねらせて橋の鉄骨をミシミシと締め上げる。 細くねじれた巨大な目はさながらおかめの顔のようである。
墨は頭の側面にある巨大な円筒状の排泄口から吐き出されるようで、墨と言えば聞こえが良いが、その排泄口から滲み出ているのは、見たところヘドロのような異臭を放つ汚物であった。
そんな醜悪な怪物はライコウを見るや、果てしなく伸びるゴムのような二本の触手をムチのようにしならせ、ライコウをからめとろうと襲い掛かって来た!
「ライコウ――! 飛び上がって避けてはダメ!」
イナ・フォグが後ろから叫ぶと、触手の攻撃をジャンプして避けようとしたライコウは慌てて態勢を立て直し、脚を踏み込んで剣を振りかぶった。
「――でえぇぇい!!」
イナ・フォグの叫びを聞いたライコウはそのまま剣を振るい、襲い掛かる触手を切り離した!
切り離された触手からは、ヘドロのような液体が周囲に飛び散って橋の鉄骨に付着する。
すると、鉄骨は『シュゥゥ……』と煙を立てながら、みるみる錆び果てて行った……。
「――うぇ! いくら防錆処理をしているとは言え、コイツに当たると危険じゃわい!」
危険なだけでなく、凄まじい臭気を発する液体なので、出来れば少しでも触れたくはない……。
大タコは触手を振るいながら橋の鉄骨を凄まじい力で引きちぎり、ライコウに向かって槍のように投げつけて来る――。
「――ぬぁ! あんまり鉄骨を毟り取られると、橋が崩れるぞ!」
ライコウの叫びを聞いているのか、大タコはわざとらしく触手を巻き付けて鉄骨を次々と毟り取ろうとする――その度に、橋は『ギギギ……』と悲鳴を上げて大きく揺れた!
「このバカタレが――!」
ライコウは左手に剣を持ち替えて、力を込めて剣を握りしめた――。
ネオンのような光が流れる透明なグローブは、力を込めた瞬間にバチバチと音を鳴らして、高圧の電流が流れるように閃光が剣を伝った。
(あっ……! あの技は私のゴーレム達を一瞬で壊した技……)
イナ・フォグはヒツジを抱きながら、ライコウの後ろ姿を見ていた。
イナ・フォグにとってみればショル・アボルはただの食糧であり、ライコウで対処できるのであれば、面倒くさいのでライコウに任せたかった。
以前、霧の沼地でゴーレム達を葬ったライコウの技であれば、このタコのショル・アボル程度は楽に討伐出来るだろうと踏んでいたイナ・フォグは、ライコウが技を出そうとしているのを見て、安心しきってヒツジの頭を撫でていた。
――ライコウの剣が閃光を放つと、大ダコのショル・アボルは一段と太い鉄骨をライコウに向かって投げつけ、そして残りの触手が一斉にライコウに向かってウネウネと襲い掛かって来た。
――巨大な鉄骨がライコウの目の前に迫った瞬間――ライコウは居合のごとく一気に前へ踏み出して鉄骨を避け、そのままショル・アボル目掛けて突進した。
そして、閃光を帯びた剣で襲い掛かる触手を次々と切り落とす――柔らかくウネウネした触手は、まるで金属のように発止と音を立てながら夥しいヘドロをぶちまけて渦を巻く海上へとボトボト落ちて行く――。
ショル・アボルは『ギィィィ――!!』と断末魔の悲鳴なのか、怒りの咆哮なのか分からない耳を劈く金切声を上げ、ライコウのこれ以上の侵攻を阻止せんと、円筒状の巨大な排水口から、橋を飲み込まんとするほどの大量のヘドロを吐いた!
――ライコウは以前イナ・フォグのゴーレム達に使用した遠隔での居合抜きのような技を使用しなかった。
恐らく、ショル・アボルが鉄骨を投げた後の隙にその技を使用していれば、一瞬でショル・アボルを破壊する事が出来たはずだ。
だが、ライコウの技はマナスを大量に消費する――。
ライコウはマナスの消費を抑える為に、あえて自身の必殺技を使用せず、ショル・アボルを最小限の力で討伐しようとしたのであった。
――しかし、この選択が仇となった!
「――!? 違うわ! あの技じゃない! まさか……!!」
イナ・フォグはライコウがゴーレムを倒した時とは異なる動きをしたので、嫌な予感がした。 このまま、ショル・アボルの正面へ突撃して攻撃をすれば、左右が海である橋の上では避けるべき方向は一つである。
「――空に!?」
イナ・フォグの心配通り、ショル・アボルが大量のヘドロを吐き、ライコウは上空へと跳んだ!
そして、そのまま、大タコの頭頂部に剣を突き立てる――剣は雷が降り注いだかのような轟音を響かせてショル・アボルを真っ黒に焦がす――。
凄まじい電流が迸り、ショル・アボルは揺れる度に鉄の大橋が大きく波を打つ――。
「しまった――! 爆発するっ!」
ライコウはショル・アボルの器を破壊してしまった……。
器を破壊すれば結合していたマナスが分散して大爆発を起こす――!
「――クソッ!!」
ライコウは止むを得ず、足裏に装備している小型のジェットエンジンを起動して、空中を飛び爆発を免れようとした――。
「――ライコウ! ダメ――!」
イナ・フォグは慌ててヒツジを降ろし、ライコウの傍へ駆け出した――。
その瞬間――
『――ドカン――!!』という轟音と共に、凄まじい爆発が起こり、巨大な鉄橋は鉄片を飛び散らせながら粉々に破壊された!
橋の残骸と共に、空高く舞い上がったショル・アボルの肉片が、大きな飛沫と腐臭を漂わせながら、ボタボタと海上へ落ちて行き、大渦に吸い込まれて行く……。
ライコウは間一髪爆発に巻き込まれる事無く、無事空中へ逃げる事が出来てホッと胸をなで降ろした……。
……だが……
上空の凄まじい風にライコウは体ごと煽られそうになった。
「ぐぁ……! 何じゃ、この凄まじい暴風は――!?」
目を瞑り面頬で顔を覆い、吹き飛ばされないように足裏のジェットエンジンの出力を上げたライコウ。
ようやく態勢が整い、薄っすらと目を開いて前を見据える――
――すると――
――いつの間にか、翡翠色の鎧を纏った翼の生えた女性がライコウの前に立っていた!
突然現れた女性の周囲には、まるで竜巻のような風が踊り狂っている。 女性の顔も姿もまともに見ることが出来ないほどの猛然とした嵐が吹き荒れ、ライコウは上空で静止することしか出来ない……。
「――!? なっ――!?」
突然の事で動転し、慌ててデバイスを起動しようとするライコウ。 すると、女性はゆっくりとした動作で腰に佩いている細い長剣に手をかける――そして、矢のような速さで長剣を抜き、斜め上へと振り上げた――。
――どす黒い剣閃が紫電一閃、ライコウの体目掛けて放たれた!
吹き荒れる暴風もものともせず、まるで地獄の烈風のようにライコウに向かって一直線に襲い掛かる黒い剣閃――
――その刹那、ライコウは人間が死に直面する時と同じく、目の前に絶望がゆっくりと近づいてくるように見えた……。
(ヒツジ……フォグ……。
『この剣閃は……きっと俺の鎧を一瞬で切り裂き、俺の体を確実に切断する……』
……フォグ……俺はもう……)
ライコウは絶望を受け入れようと目を閉じる――。
すると、ライコウ目の前にイナ・フォグの悲しそうな顔が浮かんできた。
「ライコウ――!!」
イナ・フォグの叫びがライコウを絶望の闇から引き戻す――。
ライコウはハッと目を見開いた!
ライコウの目の前には美しい桜色の髪を靡かせたイナ・フォグの背中が見えた。
黒い翼を羽ばたかせたイナ・フォグの背中――
――両手に持った禍々しい鎌で暗黒の剣閃を弾き飛ばすフォグの背中が!
「ライコウには指一本触れさせない!!
――スカイ・ハイ!」
※現在までのマルアハとリリムの対比表です。
マルアハ : リリム
――――――――――――
アラトロン : イナ・フォグ
ベトール : スカイ・ハイ
フル : フリーズ・アウト
ハギト : ?
ファレグ : ?
オフィエル : ?
オク : ?
? : ア・フィアス
? : イナ・ウッド
? : オナ・クラウド