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器械騎士と蛇女  作者: ティーケー
傲慢なリリム

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告白


 三年の間、サクラ2号の相棒であったジスペケは行方不明であった。 ところが、ベトールとの戦闘開始の一週間前にヒョッコリと姿を現した。

 ジスペケはバハドゥル・サルダール(バハドゥル)に滞在していたそうだ。 バハドゥルでヘルート、ペロート夫妻 (ヘルペロ)と共に航空機の操縦(そうじゅう)を学んでいたとの事であった。


 「ボクチのメモリには数千万通りの戦闘機の戦闘シミュレーションが記録されています。 ボクチの“技能”にこのデータを応用すれば、きっとサクラさんの性能は今の二倍、いや十倍に――」

 

 ジスペケは戦闘機へ変貌を遂げたサクラ2号にそう熱っぽく語り『必ずサクラ2号の役に立つから一緒に戦わせて欲しい』と頼み込んだ。


 「アンタ、何でそこまでして私と戦いたがるのよ! バイクに乗りなさい、バイクに!」


 サクラ2号はジスペケの申し出をつれなく拒否し『ジスペケはバイク型ゼルナーに乗るべきだ』と(さと)した。

 ところがジスペケは首を横に振り、どうしてもサクラ2号の“背中”に乗りたいと言った。


 ……サクラ2号は困惑した。 今回ばかりは罵声を浴びせようが、ミサイルを撃とうがジスペケは(あきら)めそうにもない。

 新たに実装したアバターを表示するモニタ――そこにサクラ2号の人型となった姿が映し出されている。

 ピンク色のアイシャドーを塗った目尻の鋭い女性。 一見するとその姿はラヴィに似ていたが、ラヴィは青いアイシャドーでアーモンドのような形の目をしていた。

 サクラ2号の姿の方がラヴィよりも気が強そう……いや、“(りん)”としていると言った方が良いかも知れない。 黒髪と桜色の髪が混ざった(あで)やかな髪が尚、男勝りの“ギャル”といった様子に見えた。

 

 そんな強気な女性が瞳を(うる)まして、ツルツル頭の白い器械についに本音を打ち明けた。


 「ジスペケ……。 私、アンタには死んで欲しく無いの。 私には『しなきゃならない事』がある。

 お姉ちゃんの為に、死んでいった皆の為に……。

 

 アンタはまだ死んで良い器械じゃない。 アンタの事を待っている仲間達もいる。

 だから、アンタは今回の――」


 その時、サクラ2号の言葉にジスペケが口を挟んだ。


 「――ボクチは、死にません!」


 ジスペケの叫びは格納庫を越えてウサギの家まで届くほどの大きさであった。

 ウサギは地底都市の天井に届かんばかりの大声を聞いて「どっかで聞いたことあるセリフだなぁ」と昔見たトレンディードラマを思い出していた。


 「……アンタ、何言ってるの?」


 サクラ2号は目を丸くした。 ジスペケがバイクに乗っている時以外に自分の話を(さえぎ)って、大声を出すことなど今までなかった。

 

 「……ボクチはダメな男でした。 バイクに乗っている時だけは気が大きくなって自分が強くなったような気がしていました。

 いや、バイクだけじゃない……。 乗り物を運転していると、まるで自分が乗り物に護られていると勝手に思い込んで、自分の弱さを隠していたんです」


 ジスペケはバイクに乗っている時とそうでない時との性格の差が激しかった。 まるで二重人格であるかのような変貌(へんぼう)ぶりであった。

 バイクの運転技術が他のゼルナーより数段高いジスペケはバイクに乗ることで普段の気の弱い自分を隠し、自分のプライドを保っていたのである。

 

 「……ボクチは弱い器械です。

 サクラさんが『気が強い男性が好きだ』という理由で粗暴な口の利き方をしているフリをしていました。

 親友から注意されていた自分の弱さに目を(そむ)け、バイクに乗っている時だけイキがっている事を『サクラさんの性格に合わせている』と言い聞かせていたズルい奴だったんです。


 ……本当は『この性格を直したい』と思っていたにも(かか)わらず、自分の弱さに逆らえなかったのです」


 「アンタ……」


 サクラ2号は言葉に詰まった。 まさか、ジスペケがそんな気持ちで自分の背中に跨がっていたなんて知らなかった。 彼女はジスペケがわざと自分の好みに合わせて粗暴な口を利いているだけだと思っていた。 

 そして、次に出たジスペケの言葉でサクラ2号は絶句した。


 「でも、今は違います!


 『ゼッタイに負けねぇ!』


 バイクに乗らなくても心の中でそう思う事が出来ます!」



 「――ボクチはボクチのままでサクラさんを愛しています!」


 

 「……」



 サクラ2号のコクピット内に設置されているモニタに、目を見張るサクラ2号のアバターが映し出されている。

 唖然として小さな口を開いたままのサクラ2号。 やがて、彼女の瞳から一筋の涙が流れて来た。

 

 「……ば、ばか。 アンタ……アンタはゼルナーで私は器械(バトラー)よ。 何でゼルナーが私のような“ポンコツ”を愛して……」


 サクラ2号のココロは揺さぶられていた。

 ジスペケが『自分以外の背中に乗る事は無い』という自負もあったのだが、まさかジスペケが自分の事を『愛している』とまでは思ってもみなかった。 アバターは“ギャル”のような姿をしているが、ココロは純情なのである。


 「そんなのは関係ありません! ゼルナーだってバトラーを愛する事が出来るんです!」


 ジスペケは青い目を光らせ、格納庫の中で愛を叫んだ。


 雲のように白いジスペケの身体は感情が昂ぶりブルブルと震えていた。

 蒼い二つのライトを目の代わりにしているロボットのような姿。 彼は人型とはいえど、その姿はシャヤのような作業用機械ネクトと変わらなかった。


 「ボクチは……サクラさんと一緒ならきっと”ワーム・ハンド”になる事が出来る。

 死んでいった『スズキ』の為にも……。

 

 ボクチは……サクラさんと一緒に……」


 ジスペケはサクラ2号の姿を見つめながら、遠い過去の記憶を思い出した――。



 ――



 ジスペケはその外観から仲間達にイジメられていた。

 目も鼻も、口も無い“のっぺらぼう”のような顔。 真っ白いガラスのような素材で出来たツルツルとした身体。 普段は顔の上部に光る二つのライトをボンヤリと照らして感情を表現し、興奮する時々全身を光らせて自己主張をした。

 ジスペケはアニマを持った器械(バトラー)であるにも拘わらずネクトと呼ばれた。 仲間達から雑用(パシリ)に使われ、寄って集って殴る蹴るの暴行を受けた。

 

 「ネクトの分際で――」


 仲間達からは枕詞のように毎回そう罵倒された。

 実際、ジスペケは仲間の誰よりも性能が劣っていた。 車両や銃器で性能を補完しなければ、ネズミ型のショル・アボルですら苦戦する程であった。

 いくら性能強化に(はげ)んでもゼルナーはおろか、他のバトラー達よりも出力が上がらなかった。


 しかし、身体機能は仲間達に劣るものの、彼には(たぐ)(まれ)なる才能があった。


 『ハーブリムの誰よりも車両の運転が上手である』


 ジスペケの運転技術は誰もが目を見張るものがあった。 ところが、そんな運転技術を持っておきながら、誰も彼に車両を運転させようとはしなかった。

 

 ジスペケには欠点があったのだ。


 『運転するとキレやすくなる』


 それは致命的な欠点であった。 車両――特にバイクを運転している時だけ冷静でいられなくなり、罵詈雑言を浴びせて背後からバイクや車を(あお)り倒す。

 なまじ運転が上手いせいでバイクに乗っているジスペケを誰も止める事が出来ない。 どんな悪事を働こうが、バイクを運転している時だけはまるで相手が悪いかのように開き直る。 一方でバイクを降りると途端に意気消沈して仲間達を呆れさせた。


 その欠点のせいでジスペケには誰も背中を貸すバイク型器械などいなかった。 彼はアニマを持たない“機械”としての車両にしか乗ることが出来なかった。


 ところが、そんな不遇なジスペケの前に一人のバイク型器械が現れた。


 ジスペケの前に現れた『スズキ』という名の器械は、以前から彼の類い希なる運転センスに惚れ込んでいた。


 「ジスペケ、君の粗暴な性格は“気の弱さ”から来ているんだ。 僕と一緒にもっと運転技術を(みが)けば、きっと君の性格はバイクを降りた時と変わらなくなる」


 スズキはそう言うと、続けてジスペケのプライドをズタズタに引き裂く言葉を吐き捨てた。


 「ハッキリ言おう。 君の運転技術はまだまだ未熟――ヘタクソだ。 そんなヘタクソがアニマも持たないバイクに乗ってイキがっているようじゃ、ゼルナーにはなれない。

 ましてや“ワーム・ハンド”には絶対になれないよ」


 “ワーム・ハンド”とは『龍の手』と呼ばれる車両の操縦が上手な器械達を指した称号であった。 まるで自分の身体の一部であるかのように車両型器械を乗りこなす。 もはや車両型器械が自分と合体したと言って良い程の高い親和性を持った器械達であった。

 

 ジスペケは“ワーム・ハンド”に憧れていた。


 『自分の技術なら、きっと“ワーム・ハンド”になる事が出来る』


 そう自信を持っていたのだが、スズキによってその自信は見事に打ち砕かれた。


 ジスペケはスズキの言葉に腹を立て、スズキの背中に乗って自分の運転技術を証明しようとした。 ところが、スズキの背中に(また)がると、まるで自分の運転がバイクに制御されているように自由が利かない。

 スズキはジスペケの意志に反してウィリーをしたり、アクセルターンをしたりした。 ジスペケが無理矢理ハンドルを切ろうが、身体を倒そうがお構いなく正確無比な動きを見せたのである。


 「ふふふ……。 ほら、僕は君より上手だろ? いくらイキがったところで、所詮(しょせん)は君の腕などその程度。 僕を手なずける事すら出来やしない。

 でも、君が僕の言う通りに練習すれば、きっと僕を乗りこなす事が出来る。 僕を乗りこなす事が出来れば、どんな車両だって乗りこなすことが出来るんだ」


 自信を打ち砕かれ悄然(しょうぜん)項垂(うなだ)れるジスペケに、スズキはそう言って励ました。

 ジスペケはスズキの言う事を素直に受け入れた。 あまりにも実力が違いすぎて、自分の未熟さを受け入れるしかなかったからだ。

 

 その日から、ジスペケはスズキと一緒に運転技術を磨く練習に明け暮れた。


 「ジスペケ、まずは身体(ボディ)の強化より、僕等のような車両型器械と“シンクロ率”を高める特訓をしよう」


 スズキはジスペケにそう勧めた。 彼はジスペケを“ワーム・ハンド”として育成しようと期待を込めた。

 

 「過去、“ワーム・ハンド”になれた器械はただ一人。 君達に僕等の行動を全て委ねる事が出来れば、僕等は出力の向上に専念できる。 体内のマナスを燃料につぎ込む事が出来るんだ」


 安心して運転を任せられる“ワーム・ハンド”なら、車両型器械の意思で身体を動かす必要は無い。 『余計な事を考えず、ただ走る事だけに専念出来る』とスズキは言った。

 

 「“ワーム・ハンド”であれば僕等車両型器械の性能を120パーセント発揮できる。 僕等は“ワーム・ハンド”のモジュール(部品)となり、彼等の意志に従って動くのみ」


 それは車両型器械達にとってこの上なく幸福な事であった。 神がかり的な技術によって操作される安心感と、自分の性能を限界まで引出してくれる充実感。

 ワーム・ハンドに操作される事は車両型器械達の“夢”であったのだ。


 「どんな乗り物も乗り手の技能によって、名機がポンコツになってしまうことがある。

 僕等にとって不幸な事はそんなヘタクソを背中に乗せてしまうこと。


 ……まあ、可愛い女の子ならヘタクソでも文句は言わないけどね」


 そう言うと、スズキは恥ずかしそうに四角いライトをピンク色に光らせながら「ハハハ」と笑った。


 「ボクチも……“ワーム・ハンド”になれるかな?」


 自信を失っていたジスペケの問いに、スズキは『ブルンッ!』とアクセルを吹かした。 その動作がジスペケには「なれる」と言っているのか「なれない」と言っているのか良く分からなかった。

 困惑したように青い目を光らせるジスペケ。 スズキは『自分の意志が通じていない』と確認すると「まぁ、そうだろうね」と飄々(ひょうひょう)とした口ぶりで話を続けた。


 「……“ワーム・ハンド”になれた者はこの世界にただ一人しかいない。 どんなに性能が高く、出力の高い屈強なゼルナーでもなれなかった。 

 つまり、デバイスの強化、フレームの強化をしても関係無い。 逆に言えば、性能が低かろうが、子供型ゼルナーであろうが条件さえ揃っていれば“ワーム・ハンド”になれる可能性はあるんだ」


 その条件は一体何なんだろうか? スズキが続けた次の言葉にジスペケは再び困惑した。


 「“感覚”だよ、“感覚”――」


 ジスペケはスズキの言っている意味が全く分からなかった。

 ツルツルの顔から様々な色のライトを光らせて混乱するジスペケ。 スズキはそんな彼の様子を見て「アハハ」と愉快そうに笑って四角いライトを黄色く光らせた。


 「君が分からなくて当然さ。 だって、今まで“感覚”を手に入れた器械は一人しかいないんだから。


 “感覚”は技術じゃない。 器械達はもはや人間の処理能力を超えている。 多くの情報を億の億倍ものスピードで処理することが出来る。 技術だったら人間を凌駕(りょうが)するんだ。

 にもかかわらず、“プロ”と呼ばれる人間には(かな)わない。 プロライダー、プロドライバー――彼等は僕達より技術が数段下なのに、あらゆる局面で僕達を凌駕する。


 何故か? それは、彼等は車両を操作する“感覚”を身につけているからさ」


 続いてスズキは「“感覚”は長年培われた“技能”によって体得するものだ」と言った。


 「何百万年と続いた人間の歴史の中で培われた“技能”によって、車両を操作する“感覚”が身につけられる。 それは、まだココロを持って間もない器械達には理解しがたく、身につける事が不可能なスキルなんだ」

 

 そして、スズキはこう続けた。


 「車両の性能の限界が何処までなのか? 今の残存燃料は? どんな行動をすれば危機的状況から抜け出せる――?


 彼等はそんな判断をいちいちプログラムを走らせて調べようとはしない。 彼等の“感覚”で全て処理する事が出来るんだ。

 それこそ、僕等の処理能力よりも圧倒的なスピードでね」


 ……スズキの話はジスペケにとって興味深い話であった。 しかし、そんな話を聞いたところで自分が“ワーム・ハンド”になる事が出来るとは到底思えなかった。

 ところが、スズキはジスペケに「僕の言う通りにすれば必ずなれる」と豪語した。


 「“感覚”を身につけるには、デバイスに頼っていてはダメだ。 過去のあらゆる運転データなんて消去してしまえ! そんなデータをいちいちロードする暇があったら“アニマ(ココロ)”に運転技術を刻みつけるんだ!」


 とはいえ、過去の膨大な運転マニュアルやケーススタディを全て消去し、全く一から経験を積むなどという無駄な事をスズキは求めている訳ではなかった。


 「極端な言い方をしたけど、つまり運転技術をマニュアルに頼っていてはダメだという事だ。

 アクセルをふかす動作、ブレーキを踏むタイミング、旋回する状況判断――それらをメモリからデータをロードせずに出来るようにする。 僕達車両型機械が『身体の一部』であるかのように。


 それこそ、“ワーム・ハンド”になる為に近道であり、唯一の方法なんだ」



 ――



 ジスペケはスズキと共に特訓に励んだ。 何年も、何年も……。

 バイクに跨がった時だけ気が大きくなる彼の性格はなかなか治らなかったが、技能は着実に向上していった。

 ジスペケはスズキに“ワーム・ハンド”についての説明を聞いていた時、スズキがアクセルを吹かした行動を理解する事が出来なかった。 スズキはジスペケの『自分も“ワーム・ハンド”になる事が出来るのか?』という問いに『出来る』と答える代わりにアクセルを吹かしたのである。 そんな彼のキモチが今は理解出来るようになったのだ。


 「車両型器械のキモチも分からないようなら、“ワーム・ハンド”にはなれない。

 自分の身体を理解出来ない人間なんていないだろ? それと一緒さ」


 二人は何をするにも一緒であった。 ゼルナー養成所の建物内でも、燃料補給時、メンテナンス(睡眠)時も……片時も離れる事はなかった。 朝から晩まで地底都市を全力で走り回った。 都市の端から端まで何百往復もした。

 

 他の仲間達は二人の事をバカにした。 中には『アイツ等“デキて”るんじゃないか?』と下品に揶揄(からか)う者もいた。

 しかし、ジスペケはそんな雑音を無視し、スズキを信頼した。 彼の言う“感覚”を身につけるまでデバイスに頼らず、自分の身体とスズキの身体の駆動音を耳に刻み付けた。

 

 やがて、ジスペケは気が付いた。

 何も考えずともアクセルを吹かし、旋回する。 クラッチとアクセルを巧みに使って階段を駈け降りる。 燃料が空になるタイミングで自然と燃料を補給しに行く。

 スズキの背に跨がった瞬間にタイヤの空気圧が昨日より低い事が分かるようになり、彼の身体の好不調が手に取るように分かるようになった。


 二人の息は完璧に合っていた。 もはや、小動物型のショル・アボルなど敵ではなく、地上に蔓延(はびこ)るショル・アボル達の討伐でも二人の名は各都市に聞えて来るようになった。

 

 二人はそんな功績を認められ、ついにゼルナーとなった。


 二人がゼルナーになると、今まで散々ジスペケを虐めていた仲間達が(てのひら)を返して来た。


 「君達はハーブリムの誇りだ」


 「さすが我がココロの友よ」


 節操の無い仲間達の言葉など、二人は聞く耳を持たなかった。


 「スズキ、ボクチはもう“ワーム・ハンド”になれたかな?」


 ジスペケはゼルナーになった事などどうでも良かった。 仲間の雑音など気にも留めず、ただワーム・ハンドになる事だけを願っていた。


 「いや……。 まだだ……。 まだ、僕達は“一つ”になっていない。 僕のココロが君の身体と完全にシンクロしなければ、君はまだ“ワーム・ハンド”では無い」


 確かにスズキはジスペケの身体の一部になりつつあった。

 しかし、スズキの意識が完全に眠り、ジスペケに全てを委ねる事が出来なければ“ワーム・ハンド”となる事は出来ないのである。


 「でも、心配はいらない。 ジスペケ、あと少し……あと少しで僕達は……」


 あと少しでスズキはジスペケの身体の一部となれる。 そうすればジスペケは“ワーム・ハンド”となれるのだ。

 だが、その為にはどうしても乗り越えなければならないハードルがあった。


 それは、ジスペケの性格の改善――。 彼は未だにバイクに乗るときだけ気が大きくなり、スズキに対しても罵詈雑言を浴びせた。

 逆に言うと、ジスペケの性格さえ改善出来れば、ジスペケは“ワーム・ハンド”となるだけの能力がすでに身についていたのである。


 夢にまでみた『操作される』という喜悦。


 何も考えず、ただ自分の性能の限界まで引き出せる幸福。

 

 『――それこそが車両の本望――』

 

 スズキの夢が実現まであと一歩の所まで迫って来ていた。


 ……ところが、そんなスズキの夢を無残にも打ち砕く出来事が起こってしまった。


 マルアハ『フル』の討伐の為に地底都市『ディ・リター』が組織した討伐隊にスズキが参加しなければならなくなったのだ。

 スズキはある高名なゼルナーを背中に乗せ、前線でフルと戦う部隊に抜擢された。

 

 それは車両型器械にとって“名誉”な事であった。

 しかし、スズキは討伐隊の参加を拒否した。 前線でフルと戦えば帰って来る事など出来ない事はスズキにも分かっていたからだ。


 「僕の背中はジスペケ以外の器械を乗せるようには造られていない」


 スズキの主張にハーブリムの仲間達は激怒した。

 ディ・リターの要請を断り、あまつさえマザーの悲願であるマルアハの討伐を拒否するとは『マザーに対する反逆であり、ゼルナーの風上にも置けない奴』だと再び掌を返してスズキを非難した。


 フル討伐の作戦開始は刻一刻と迫って来ていた。 もう、明日にもハーブリムからディ・リターへ向わなければ間に合わない。

 もし、スズキが討伐に参加しなかったら、ハーブリム全体の責任としてディ・リターから重いペナルティが科せられる事だろう。 マザーも恐らく事態を重く見て何かしらの罰を与えるに違い無い。


 「スズキが戦いに参加しねぇのは、ジスペケの野郎がスズキを引き留めているせいだ」


 そんなウワサが聞え始め、ついにジスペケは夜道で何者かによって袋叩きに()った。


 『キサマがフル討伐へ参加しなければ、ジスペケは“鉄クズ”となる』


 そんな恐ろしい脅迫がスズキのデバイスに届くようになった――。


 「うぅ……。 ジスペケ、君とはもう……これ以上……」


 スズキは病院のカプセルの中で治療を受けているジスペケに向って、悲しそうな青い光を向けていた。

 これ以上、自分がフル討伐隊へ参加しなければ、きっとジスペケは破壊されてしまう……。


 『あと一歩……あと一歩のところで夢を実現させる事が出来ると思っていた』


 もし、この『夢見る星』に神がいるとすれば、その神は残酷であるとスズキは思っていたに違い無い。

スズキはジスペケの身を案じ、苦渋の決断をした。

 

 「……分かったよ。 ハーブリムを代表してフル討伐隊へ参加しよう」


 

 ――



 それから一年後、失意に(ふさ)ぎ込んでいたジスペケの(もと)に“訃報(ふほう)”が届いた。


 親友『スズキ』はフルによって破壊された。


 スズキの最後は凄惨(せいさん)であった。 フルの呪術によってまるで怪物のような姿となって仲間達を虐殺し、ディ・リターの司令官によって破壊されたそうだ。

 

 「スズキはオイル一滴、ネジ一欠片も残らなかったらしい……」


 ハーブリムの民衆はそう言って顔を(しか)めた。 ジスペケはスズキの死を知って悲しみに暮れ、もう“ワーム・ハンド”となる事を諦めようと決めた。


 「ボクチはスズキがいなければ何にも出来ない。

 いくらゼルナーになったって、スズキが居なきゃボクチなんて“鉄クズ”同然……」


 ジスペケは器械のタブーである『自爆』という言葉も頭に過った。


 「もう、ボクチはこのまま生きていても仕方無い。 何の取り柄もない“鉄クズ”なんだ」


 “のっぺらぼう”のようなツルツルした顔に微かな光を灯していたジスペケ。 その光は弱々しく、今にも消えそうなほど悄然としていた。

 

 (明日にでも地上へ出て、ショル・アボルにでも喰われてしまおう)


 行く当てもなく呆然と都市を逍遙(しょうよう)し、歩き疲れて自宅へ戻って来たジスペケ。

 悲愴(ひそう)な覚悟を胸に秘め、自宅の玄関へ向って行くとジスペケの自宅には騎士の姿をした数人のゼルナーが彼を待ちかねていた。


 「オイ、キサマ! 何処へ行ってたんだ!?」


 ゼルナー達は向こうからトボトボと歩いて来たジスペケに気付くと、怒鳴り声を上げて彼に駆け寄って来た。

 

 「えっ! ボ、ボクチは散歩を……」


 「散歩だぁ!? ふざけんな、この野郎、バカ野郎!」


 呆気(あっけ)に取られるジスペケにゼルナー達は激怒して、彼のツルツル頭を『パチンッ』と引っ叩いた。


 「――イタッ――!」

 

 ジスペケが思わず頭を抱え、(うずくま)った途端、彼の自宅の庭から「止めんか、バカモン!」と野太い大声が響き渡って来た。


 「――ハッ! 申し訳ありませんでした!」


 大声に慌てて背筋を伸ばし、敬礼するゼルナー達。 すると、蹲るジスペケの前に一人のゼルナーがやって来た。

 

 「あ、貴方は……ディ・リターの……?」


 漆黒の司祭服を身に纏った中年のゼルナー。 その瞳はオオカミのように鋭く、幾多の激戦をくぐり抜けて来たと思われる傷だらけの顔をしていた。 眉間に皺を寄せ、彫りの深い顔は精悍であり、息を呑む力強さがあった。

 明らかに他のゼルナーとは異なる(たたず)まい……。

 ジスペケがその圧倒的な迫力に言葉を失っていると、ゼルナーは打って変わって微笑(ほほえ)みを浮かべた。


 「君のデバイスには私の名がすでに表示されていると思うが?」


 「はっ、はい……」


 ジスペケのデバイスに映し出されるゼルナーの姿には『アセナ』という名が表示されていた。


 (な、なんでディ・リターの“リーダー”がボクチの家に……?)


 座り込むジスペケにアセナは手を差し伸べると、意外な言葉を口にした。


 「部下が大変失礼な事をした。 私に免じてどうか許して頂きたい」


 先ほどまでジスペケを引っ叩いたゼルナー達は、いつの間にかアセナの背後に退いていた。 緊張した面持ちで直立不動しアセナの背中を見つめているゼルナー達を尻目に、アセナは再びニッコリと微笑(ほほえ)んでジスペケに立ち上がるように促した。

 

 「は、はい……」


 ジスペケは理解が追いつかず、戸惑いながらアセナの手を掴んだ。

 アセナの手は冷たく、そして凄まじいエネルギーに満ちていた。 掴んだ瞬間に「このヒトには絶対敵わない」と思わせるような力強い手。

 アセナはジスペケの手を掴むと『ヒョイ』とジスペケを立ち上がらせ、丁寧に頭を下げた。


 「ジスペケ君、“勇者”の親友である君にはたらいた無礼、再度お詫び申し上げる」


 「ゆ、勇者……?」


 ジスペケは唖然(あぜん)とした。

 一体何を言っているのか分からなかったが、アセナは困惑するジスペケを尻目にゴソゴソと外套(コート)のポケットをに手を突っ込んで何かを取り出した。

 

 「私はコレを君に渡す為、はるばるディ・リターからハーブリムへ来たのだ」


 アセナの(てのひら)に乗っていたのは小さなメモリカードであった。


 「……これは……?」


 「見覚えは無いかね?」


 アセナの問いに首を傾げるジスペケ。 こんな旧型のメモリカードなど彼は見た事も無かった。


 「こ、こんな旧型の……」


 (旧型――!?)


 ジスペケは旧型という言葉を口に出すと、無意識のうちにスズキの姿を脳裏に浮かべた。


 スズキの姿は“無骨”であった。


 『角張った真っ白いヘッドカウル。 上部には精悍(せいかん)なスモークシールドが装着されており、乗り手を銃弾や暴風から護ってくれる。 カウル側面は頬骨(ほおぼね)のようにカットが浮き出ており、カウルと一体になったオレンジ色のウィンカーが付いている。

 カウルの中心には顔である四角いライトが付いていた。 大きな一つ目はスズキの感情を表現し、その優しい眼差しでいつもジスペケを照らしていた。

 そして、ハンドルに装着された黒く四角いバックミラー。 一見すると背面を映し出すだけの簡素なバックミラーのようだが、何と二つのバックミラーにそれぞれデバイスが内蔵されていた。

 前掲姿勢を強要させる細長いタンクは夏空のように蒼かった。 タンクの側面には雲のような白い文字で彼の名前が刻まれている。

 シートは緩やかな谷ようにヘコんでいた。 短足のジスペケの足でも地面をしっかり踏みしめる事が出来ようにスズキが改良したのである。

 リアは水平に真っ直ぐ後ろへと伸びている。 先端はまるで上から斜めに切り落とされたようであり、表面に紅く輝くリアテールが装着されていた』

 

 このようにスズキは最新のバイク型器械には見えなかった。 しかも、ジスペケと一緒に走り回っていたせいか、ボディは常に泥や(ほこり)(まみ)れていた。

 その為、仲間達からは「スズ菌」と呼ばれ揶揄われていたが、ジスペケは彼の“旧型”のボディが好きだった――。


 「このメモリカードはまさかスズキの……?」


 ジスペケが言葉に詰まらせると、アセナはゆっくりと頷いてジスペケにメモリカードを渡した。


 「……そう。 そのメモリカードには彼の遺言が遺されている。

 私はどうしても彼の親友である君にこのメモリカードを直接手渡したかった」


 メモリカードをジスペケに渡すだけならアセナがわざわざ来る必要は無い。 部下を使いにやらせ、部下がジスペケに渡せば良い。

 しかし、アセナはどうしてもジスペケに伝えたいことがあった。


 「君の親友は勇敢だった。 (おく)すること無くフルと戦い、燃料も凍り付くあの地獄の雪原を駆け抜けた。

 そして、フルによって恐ろしいバケモノに変貌(へんぼう)しても、最後まで理性を失わずにフルに向って行った。 タイヤが破損し、フォークが折れ曲がり、ライトが砕け、ネジ一本になろうとも彼は戦い続けた。


 私はスズキ君に真のゼルナー(戦士)の姿を見た。


 彼こそが勇者。 私はそんな勇者の最後をどうしても君に伝えたかったのだ」


 スズキはハーブリムの民衆が噂していた死に様ではなかった。

 オイル一滴、ネジ一本が消えるまで諦めずにフルと戦い、仲間達の為に散っていったのである。


 「ス……スズキ……」


 蒼いライトをチカチカと光らせるジスペケは震えていた。

 ジスペケが人間であればどれだけ“楽”だろうか? 嗚咽(おえつ)に震え、(むせ)び泣き、慟哭(どうこく)を叫ぶ事が出来れば、彼のアニマを押し潰す程の苦しみが少しばかり和らいだかもしれない。


 ジスペケは言葉を失い、メモリカードを握りしめながら地面に倒れ伏した。


 「う、ううぅ……スズキ……スズキ……」


 泣くことも出来ない彼は、ただ親友の名を呼び苦しみに耐えるしか無い。 悲しみに耐えるしかなかった。


 アセナはそんなジスペケの姿を黙って見つめている。 そのオオカミのような瞳を(すぼ)めて慈悲深い眼差(まなざ)しに変え、ただジスペケが落ち着くのを見守っていた――。


 ……それから、何時間経ったのだろうか?


 気が付くとハーブリムの天井のライトは全て消え、町に夜のとばりが降りていた。

 

 「ジスペケ君、落ち着いたか?」


 アセナは未だジスペケの前に佇んでいた。 背後に控えていたゼルナー達は皆、地面に横になって気持ちよさそうにイビキをかいていた。

 

 「……は……はい。 ありがとう……ございます」


 ジスペケは立ち上がった。 そしてアセナに礼を言うと、足をフラつかせながら自宅へ帰ろうとした。

 すると、アセナは自宅へ戻ろうとするジスペケに声を掛けた。


 「ジスペケ君、君の事はスズキ君から聞いていた。


 君があの“ワーム・ハンド”になりうる逸材だと」


 ジスペケはアセナの声を聞いて『ハッ』と背を伸ばし、慌てて後ろを振り向いた。


 「ス、スズキが……そんな事を……?」


 アセナの表情は暗がりでよく見えなかった。 デバイスを起動すれば分かったのだろうが、ジスペケはデバイスを起動する事も忘れてしまっていた。

 しかし、アセナの首が縦に動いたようにジスペケには見えた。


 「スズキ君が遺していったメモリカードの中身を見てみると良い。


 私もスズキ君の言葉を信じよう。 君が“ワーム・ハンド”となって私達と共にマルアハと戦う日を楽しみにしているよ」


 アセナはそう言うと、ジスペケに背を向けた。


 「コラ! 起きんか、キサマ等!!」


 まるで月に吠えるオオカミのような怒声を発したアセナ。 ジスペケはその空気を震わす怒鳴り声に思わず身を竦ませたが、惰眠(だみん)(むさぼ)るゼルナー達の方が驚いたようだ。


 「ヒッ――!? ヒャィィ!!」


 一瞬で目を覚まし、直立不動で敬礼するゼルナー達。 アセナはそんな弛んだ部下達など見向きもせずに『スタ、スタ』と町の中心へ歩き始めた。


 「お、お待ちください――!」


 ゼルナー達はアセナの背中を慌てて追いかけた。 その様子から恐らくディ・リターに到着したらきつい“お仕置き”が待っているのだろう。

 狼狽(ろうばい)した彼等が石につまずいて転がる様は、ジスペケから見ても無様で滑稽(こっけい)に思えた。



 ――



 ジスペケはスズキが遺したメモリカードの中身を見た。 中身はスズキがジスペケへ遺したメッセージであった。


 スズキは最後に何をジスペケに告げたのであろうか?


 ジスペケは誰にも語る事はなかった。 しかし、その日から彼は自分の相棒となるバイク型器械を探し始めた。

 再び、ゼルナーとして地上へ出る為に。 そして、“スズキの夢”を叶える為に――。


 ジスペケの相棒はなかなか見つからなかった。 車両の運転技術はハーブリムで随一となっていたジスペケ。

しかし、ジスペケの性格が災いし、誰も彼に背中を預ける者などいなかった。


 (ハーブリムを出て、ディ・リターに行けばもしかしたら……)


 ジスペケはそう思い立ち、ディ・リターへ行って相棒を探そうとした。


 その矢先、ディ・リターの隣接都市『エクイテス』からバイク型器械がやって来た。


 そのバイク型器械は『サクラ2号』と言った。 何故“2号”なのかは分からなかったが、なんと全国に名を馳せていたバイク型ゼルナー『アカネ』の妹であるという。


 あのゼルナーしかいないという精鋭都市からやって来たバイク型器械にハーブリムのゼルナー達は色めき立った。

 

 「所詮はゼルナーになれなかったポンコツだ」


 「いや、ゼルナー以上の実力がありながら、ゼルナーになる事を拒否して“島流し”にあったそうだ」


 様々な噂が飛び交う中、ジスペケもそのバイク型器械に興味を持っていた。


 「エクイテスから来たヒトなら……」


 『エクイテスの器械なら、きっとハーブリムのどの器械よりも性能が良いはず。 自分の運転技術にも難なく対処する事が出来るだろう』


 そう思ったジスペケはそのバイク型器械を徹底的に調べ上げた。 そして、自分であれば必ずそのバイク型器械を乗りこなせると確信した。

 ところが、ある一つの問題がジスペケを悩ませた。


 「……まさか、“女の子”だったなんて……」


 そう、サクラ2号はアカネの妹――つまり“女の子”であった。

 

 ジスペケは女の子であるバイク型器械に乗った事が無い。 ジスペケが女の子から嫌われていたというのもあるが、彼自身が“恥ずかしがり屋”であったからだ。


 「……ま、まぁ。 まずは実際にどんな子か、遠くから眺めるだけ眺めてみよう……」


 サクラ2号は同じくエクイテスからやって来た『ライコウ』という器械の許に身を寄せていた。

 ライコウは器械(バトラー)でありながらもハーブリムのゼルナー達より性能が良く『何故、ゼルナーではないのか?』と(いぶか)しがられている器械であった。


 ジスペケはライコウと(ほとん)ど会った事がなかった。 都市の中心にある役場でたまたま出くわした事が二、三度あっただけで、話をした事もなかった。

 そんな大して親しくもない器械の家に訪ねて行って「“女の子”に会いたい」と言っても断られるに決まっている。 もしかしたら、殴られるかもしれない。

 そんな理由から、ジスペケは遠くからライコウの家を監視し、サクラ2号を“盗撮”しようとしたのであった。


 「……デバイスの索敵範囲を越えていれば大丈夫……」


 ジスペケはライコウとサクラ2号のデバイスの索敵範囲より先に隠れ場所を設置した。 そして念の為自身のデバイスを切り、超望遠カメラでサクラ2号の姿を確認しようとした。


 (……ジスペケは知らなかった。 サクラ2号はこの時すでにライコウの紹介でウサギと知り合っており、ウサギからデバイスの機能を強化する”アイン・ネシェル”を(もら)っていた事を――)


 ハーブリムの中心部から“パイプの山”を抜けた所にライコウの家はあった。 小さなスチール製の家の隣には、トタン張りの倉庫があった。 恐らく、そこに“エクイテスの女の子”がいるに違い無い。


 ジスペケは白い顔に灯ったライトを注意深くオレンジ色に光らせ、こっそりと内部カメラをズームにした。


 (あっ、倉庫が開いた!)


 しばらくライコウの自宅を張り込んでいると、おもむろに倉庫が開いた。 すると、けたたましいマフラーの音を()き鳴らしながら、一台のバイクが姿を現した。


 「……な、な……あ、あの子は……?」


 ジスペケはあまりの衝撃に言葉を失った。 ライトを白色に光らせて放心状態となった。

 

 『端整(たんせい)な顔立ち (フロントカウル)にあしらわれている桜の花びらが美しい女の子。 目尻の上がった瞳 (ライト) は気の強そうな印象を持つが、女の子らしい薄らピンク色の光を称えている姿が可愛らしい。

 (なま)めかしい流線型のボディは、誰もが初めに豊満な胸 (サイドカウル)へ目を奪われる。 お腹 (タンク)からくびれた腰回り (シート)にかけてはスマートでいながら扇情的だ。 豊満な胸と相まって男達 (ライダー)の情欲をそそらせる。 それでいて、丸くて小さなお尻 (リヤテール)がキュートであり、男達が護ってあげたくなる愛くるしさも兼ね備えていた。

 その形状はまるで風を切裂く“ピンクの(ハヤブサ)”のようであった。 風を切り、颯爽(さっそう)と地上を駆ける凜とした姿でありながら、通り過ぎた(わだち)から美しい花が咲くような天使のような姿であった』


 「な、なんて可愛い女の子なんだ……」


 写真や動画で見るよりもより一層美しい。 躍動感溢れる豊満なボディにジスペケは思わず息を()んだ。



 ――



 その日からジスペケはサクラ2号を見守るようになった。 “見守る”――つまり、彼女を遠くから“盗撮”していた。 とどのつまり、“ストーカー”である。

 そんな犯罪者へと成り下がったジスペケを、もしスズキが見ていたら草葉(くさば)(かげ)で泣いていたことだろう――。


 いつものようにジスペケが小高い丘の上からライコウの家を見ていると、後ろから突然肩を(つか)まれた。


 「これ! お主、一体何やっておるんじゃ!」


 その声にジスペケは周章狼狽(しゅうしょうろうばい)し、腰を抜かした。

 「ヒィィィ――!!」と情けない叫び声を上げて後ずさりすると、そのまま下へ転げ落ちていった。


 「ギャァァ!」


 土煙(つちけむり)を上げながらダルマのように転がり落ちたジスペケ。 頭を抱えながら起き上がろうとすると『ブルンッ!』と機嫌の悪そうなエンジン音が耳に響き、ジスペケの白い顔は見る見る青くなった。


 「アンタ、ヒトん()を監視して一体何企んでんのよ!」


 目の前にはサクラ2号が真っ赤に光るライトをジスペケに照らし、激怒した様子で仁王立ちしていた。


 「あわわゎ……」


 言葉に詰まり腰を抜かしているジスペケ。 サクラ2号はライトの下から『ニョキッ』と迫撃砲を飛び出させ、ジスペケに向って狙いを定め、再びジスペケに罵声を浴びせた。


 「コラ、聞いてんのよ! 三秒以内に答えなきゃ、コイツをぶっ放すわよ!」


 「ヒィィ、す、好きだったんです!」


 ジスペケは恐怖のあまり訳の分からない事を口走った。 すると、サクラ2号は予想しなかった言葉に呆気に取られ「ハァ?」と一瞬怒りが冷めたようにライトを白く光らせた――。

 

 こうして、ジスペケはライコウとサクラ2号に捕らえられ、ライコウの家に連れて行かれた。


 ライコウの家は壁から屋根から全てスチールで出来ている無骨な家であった。

 玄関扉は何度か修理されているようで溶接した跡が見える継ぎ接ぎだらけの不格好な扉であるが、部屋の中は小綺麗であった。

 バイクが部屋の中へ入って来ても窮屈では無い広い部屋。 サクラ2号の凄まじいトルクにも耐えられる堅固な床には、彼女が走り回ったタイヤ痕がそこかしこに刻まれている。

 奥にはスロープがあり、上へと続いているようだ。 上にはライコウが眠るカプセルベットが置いてあるそうで、サクラ2号は隣の倉庫で眠っているらしい。


 「ワシとサクラは夫婦や恋人という関係では無い。 同じエクイテス出身のよしみでワシが此奴(こやつ)に宿を貸しているだけじゃ」


 ライコウの説明にジスペケは『ホッ』と胸を撫で下ろすと、サクラ2号は不満げな様子で『ブルンッ』とエンジンを空吹かしした。


 ジスペケは一階のリビングへ案内され、ステンレス製のテーブルに据えられた丸イスに座らされた。

 ジスペケがイスに座るなり、サクラ2号がまるでジスペケを尋問にでもかけるような勢いで質問を飛ばした。 すると、ライコウがサクラ2号の言葉を遮り、ジスペケに向って穏やかな口調で語りかけた。


 「……実は二日前からお(ぬし)の事は把握していたのじゃ」


 ライコウはジスペケにそう告げて、イタズラっぽい笑みを浮かべた。

 

 ライコウの話では“アイン・ネシェル”を装備していたサクラ2号が当初からジスペケの監視に気付いていたとの事であった。 だが、ジスペケが何を目的としてライコウの家を監視していたのかが分からなかった為、泳がせていたのだと言う。

 その結果、ジスペケはライコウの家を監視する目的ではなく、サクラ2号を監視していた事が分かった。


 二人はジスペケが『エクイテスから依頼された監視役の器械じゃないか?』と怪しんだ。

 そこで、思い切ってジスペケを捕縛して拷問にかけようとしたとの事であった。


 ジスペケは二人の邪推を否定し、自分は『エクイテスのスパイでは無い』と弁明した。 確かに、彼のデバイスにはエクイテスにいた履歴や、エクイテスのゼルナーに接触した記録は確認出来なかった。


 「すると何故、お主はサクラをずっと監視していたのじゃ?」


 ジスペケはサクラ2号を監視した理由を『一緒にマルアハを討伐する為の相棒を探していた』と説明し、今までの経緯をライコウとサクラ2号に赤裸々に告白した。

 自分がサクラ2号の容姿に一目惚れした事を隠しつつ――。


 「……ふぅん、成る程。 それで、お主はバイク型器械を探していたところ、サクラを見かけたと?」


 ライコウは両手を組んでイスに座っていた。 テーブルを挟んで向かいにはジスペケが両手を膝の上に乗せて悄然(しょうぜん)項垂(うなだ)れている。


 「はい……。 死んでいった親友の為にも、ボクチは再び地上へ行ってマルアハを倒さなきゃならないんです。 そして、必ず“ワーム・ハンド”に……」


 「“ワーム・ハンド”? なんじゃ、そら?」


 ライコウはそんな言葉聞いた事がなかったので首を(かし)げたが、ライコウの背後に控えていたサクラ2号が驚いた様子でライトを光らせた。


 「ハァァ!? “ワーム・ハンド”なんかになれる訳ないじゃない! アンタ、バカじゃないの!」


 ライコウはサクラ2号の勧めによりデバイスを使ってマザーのデータベースへアクセスすると、ようやく“ワーム・ハンド”の意味が分かった。 同時にサクラ2号がジスペケに浴びせた罵声にも納得がいった。


 「車両型ゼルナーのアニマとリンクさせる事が出来る運転のプロフェッショナル……。 全世界の器械の中で“ワーム・ハンド”と呼ばれる者は()()のみ。


 ……うーん。


 ……はは、無理じゃろ、お主には」


 無情にもジスペケの夢を否定するライコウ。 おもむろに後ろを振り向きサクラ2号を見ると、呆れたように肩をすくめて笑みを浮かべた。


 「キャハハ! 当たり前じゃない。 バカ坊よ、コイツ。

 『寝言は寝て言え』っての」


 サクラ2号もライコウの笑みにつられて笑い出し、ライトを黄色く点滅させてジスペケをバカにした。


 二人の様子にジスペケは顔を真っ赤にして怒りだした。


 「そんな事ありません! きっとボクチはなって見せます」


 ジスペケは『バンッ』とテーブルを両手で叩き、ライコウに向って迫る。 すると、次に放ったジスペケの言葉でライコウの様子が変わった。


 「死んでいったスズキが言ったんです! 


 『必ず、“ワーム・ハンド”になれる』と。


 だから、ボクチは諦めません! たとえネジ一本になろうとも、最後まで諦めるつもりはありません!」


 先ほどまでヘラヘラしていたライコウの顔に笑みが無くなった。

 口を真一文字に閉じ、青い瞳でジスペケを見据えたライコウ。 その雰囲気はさっきまでとは違い、まるでディ・リターのゼルナー『アセナ』に会った時のような緊張感を醸し出していた。


 「死んでいった友の為に……君は命懸けで“ワーム・ハンド”になろうと言うのかい?」


 ジスペケはライコウの声に思わず息を呑んだ。 言葉遣いが変わった事への驚きもあったが、彼の声がまるでアニマに直接響いてくるかのように重々しかった。

 まるで自分の決意を試しているような厳粛(げんしゅく)な声。 厳しさも、優しさも無いただ質問を投げかけているだけの言葉にも関わらず、何故かジスペケのココロにナイフを突き立てた。


 「はい! ボクチは決して諦めません!」


 ジスペケはココロに突き立てられたナイフを振り払った。 そして、ツルツルした白い顔に決意に満ちたライトを光らせると、ライコウは納得したように目を(つぶ)った。

 

 「うむ。 お主の決意は良く分かった。 揶揄って申し訳無かった。

 しかし、サクラの背中に乗れるかどうは、サクラ自身の判断じゃ」


 ライコウはそう言うとイスから立ち上がり、後ろに控えるサクラ2号に前へ出るように促した。


 「イヤよ! 何で私がこんな奴を背中に乗せてやらなきゃならないのよ!」


 サクラ2号はその場で『ブン、ブブブン』と”コール”を切ってカンシャクを起こした。


 「そ、それじゃ、一度だけボクチを背中に乗せてください! もし、それでイヤだったらボクチは諦めますから」


 「バカ言ってんじゃないわよ!」


 サクラ2号は再び迫撃砲をライトの下から飛び出させると、ジスペケに向って照準を合わせた。


 「コラ、コラ! お(ぬし)、家を破壊するつもりか!」


 ライコウが慌てて間に入りサクラ2号を宥める。 すると、サクラ2号はライコウの言葉に素直に応じ(ほこ)を収めた。

 その様子から見ると、サクラ2号は余程ライコウを信頼しているようだ。 ジスペケは少しライコウの事が『(うらや)ましい』と感じた。


 ライコウはサクラ2号に『ジスペケを一度だけでも背中に乗せてやって欲しい』と説得すると、サクラ2号は「分かったわよ! 全く、ウザいわね!」と不承不承(ふしょうぶしょう)ながら了解した。

 『ブルンッ、ブルンッ』とジスペケを威嚇しながらタイヤを鳴らして走り出すサクラ2号。


 「ほら、早く外へ出なさい! このクソッタレ!」


 サクラ2号は不機嫌そうに玄関扉を勢いよく破壊すると、唖然とするライコウを尻目に外へ飛び出して行った。



 ――



 「アンタ、何考えてんのよ!!」


 遠くにパイプの山が見える荒野にサクラ2号の怒号が響き渡った。

 ジスペケはサクラ2号に振り落とされて土の中に埋もれており、ライコウに助け出されていた。


 「うぅ……。 サ、サクラさんは『こういう男性』が好みだと……」


 「――違うわよ、バカタレ!」


 ジスペケはサクラ2号の背中に乗った時、悪いクセが出てしまった。


 「オラァ! サクラ、イクゾォ、コラァ――!!」


 ジスペケはサクラ2号の背中に乗るや否や()頓狂(とんきょう)な叫び声を上げ、ライコウとサクラ2号の度肝を抜いた。

 そして、サクラ2号のタンクを『ペチンッ』と引っ叩くと、彼女の了解も無く勝手に走り出そうとして彼女に振り落とされたのであった――。


 「だいたい、なんでアンタが私の好みなんて知ってんのよ!」


 サクラ2号がそう問い詰めると、ジスペケはサクラ2号の逆鱗(げきりん)に触れる言葉を平気で(のたま)った。


 「……今までサクラさん事を徹底的に調べたからです。 サクラさんの好みのオイルから、サクラさんのフレームまで何でも知っています」


 「……な、な……な……?」


 頭に血が上ったサクラ2号は後輪タイヤを『ギャリ、ギャリ!』と回転させ、ジスペケを空の彼方へ跳ね飛ばさんとアクセルを吹かした。

 

 「止めんか、サクラ!」


 慌ててサクラ2号を止めに入るライコウ。


 「止めないで、ライコウ! コイツは今ここでタイヤの(わだち)にしてやるわ!」


 そう言い放ちイキリ立つサクラ2号。 もはや、彼女を止める手段は無い――かと思いきや、ライコウはジスペケを擁護する言葉を吐いて、サクラ2号を動揺させた。


 「何を言っておる! お主、前から『引っ張ってくれるオトコが好き♡』とか言ってたじゃろうが!」


 ライコウの言葉にピタッと動きを止めたサクラ2号。 途端に身体をブルブルと震わせてライトをピンク色に点滅させた。


 「な、何言ってんのヨ!


 そ、そんな事……言ったっけ?」


 恥ずかしそうにモジモジと車体を小刻みに震わせるサクラ2号。 その様子からライコウの言う通り、サクラ2号は野蛮な口を利く男らしい器械が好みである事が(うかが)えた。

 

 「だ、だからと言って、こんな奴――!」


 この時点でサクラ2号は気付いた。 ジスペケが自分の背中に乗るために、敢えて自分の好みの話し方に変えたことを。

 実際にはサクラ2号の誤解であったが、ジスペケにとって彼女がそう誤解してくれた事で自分の欠点を知られなくて済んだ。


 「ボ、ボクチはどうしてもサクラさんの背中に乗りたいんです!」


 ジスペケは両膝をついて祈るように懇願した。


 「……うむむむ……」


 サクラ2号は悩んでいた。 確かにジスペケが跨がった瞬間に彼の技能の高さはすぐに分かった。

 ジスペケがハンドルを握ると、何故だか心地良く感じた事は間違いない。 だからと言って、まるで“ストーカー”のように自分の事を調べ上げた事は許せなかったが、サクラ2号もその性格の()()()故に誰も背中に乗る者がいない身であった。


 「ふぅ……。 まったく、仕方無いわね。


 分かったわ。 アンタを背中に乗せたげる!」


 サクラ2号は諦めたように溜息を吐くとライトを消した。 ジスペケは対照的に顔一杯に煌々(こうこう)とライトを光らせ、飛び上がって喜んだ。


 「――やったぁ――!」


 ジスペケの狙いは的中した。

 彼は事前にサクラ2号の性格を調べ上げ、自分の欠点を隠せる車両型器械だと確信してサクラ2号に近づこうとしたのである。



 ――


 

 こうして、ジスペケは自分の欠点を修正する機会を失ってしまった。 一見すると親友『スズキ』と共に夢見た“ワーム・ハンド”への道は遠のいてしまったように見える。

 しかし、サクラ2号との出会いはジスペケにとって幸運であった。

 

 ジスペケはサクラ2号に一目惚れをした。 彼女に恋をし、彼女の為に自分の全てを捧げても良いと思った。

 その思いがサクラ2号に届く時、二人は完全に“シンクロ”してジスペケは“ワーム・ハンド”となる事が出来る。


 『――サクラさん、愛しています――』


 戦闘機型となったサクラ2号に向って愛を告白したジスペケ。 サクラ2号はそんなジスペケの思いに応える事が出来るのだろうか?


 マルアハ『ベトール』との戦闘開始まで残り僅か。

サクラ2号はジスペケをコクピットに乗せるかどうか、戦闘開始の直前まで懊悩(おうのう)に苦しむことになった。



 明けましておめでとうございます。 本年も宜しくお願い致します。

 今年は四章を書き終えるよう頑張ります。


 四章を書き終えたら、一度本作品を見直します。

 他作品と並行して進めているので更新遅いですが、暇なときに読んでやってください。


 宜しくお願いします。


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