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器械騎士と蛇女  作者: ティーケー
傲慢なリリム

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悲しい歌


 フロア中央に広がるキラキラした黒い床。 四方(しほう)から湧上がる薄紫色のバリアが床へ侵入しようとする者を(こば)んでいる。

 バリアはセムのロケットパンチやライコウの剣でも破壊出来なかった。 どうやら、(そば)に設置されている機械を操作してバリアを解除しなければ、黒い床へ侵入する事は出来ないようだ。

 床と同じ真っ黒な四角い柱状の機械は、ボンヤリと銀色の光を放っていた。 ラヴィの身長より低い機械の表面には青いホログラムが浮かんでいる。 


 「……むぅ、強引に破壊しようとしてもムリなのだ。 セム、さっきみたいに機械内部に侵入してバリアを解除するのだ!」


 セムはこのフロアへ続くコンピュータ制御された巨大な扉を難なく開いて見せた。 ライコウが剣で切りつけてもビクともしなかった扉は、恐らくこのバリアと同じような技術で造られたものだろう。

 

 ラヴィの指示にセムは「フン! 任せなさぁい!」と鼻を鳴らして、自信ありげな様子で機械の前に立った。


 「こんなモノ、すぐに乗っ取ってやる!」


 セムは機械の前で太い腕を突き出し大きな手を開く。 すると、手の平から“ワーム”のようなロボットが発射された。

 まるでミミズのようなロボットはウゾウゾと機械の表面を()うと、先端を鋭いドリルに変えて機械の内部へ侵入を試みた。


 『キュィィィン――!!』と超高速で回転するロボット。 しばらく回転すると、みるみる分裂して行き何本もの細い触手(しょくしゅ)に変化した。 触手は先端から特殊な溶解液を放出しており、機械表面を溶かしつつ一斉に機械内部へ侵入を試みているようだ。


 「あ、あれ……? おかしいなぁ?」


 ところが、“ワーム”は一向に機械の中へ侵入出来ない。


 「むぅ! 何で侵入出来ないんだよぉ!」


 セムは次第にイライラして来たようで機械を足で蹴飛ばし始めた。


 「クソ、クソ! こんにゃろ!」


 そして、ついには小さな頭で頭突きし始めた。


 「――ウァァン! こんにゃろメ! ぶっ壊してやる!」


 「コラ、コラ! カンシャクを起こすでない!」


 ムキになって機械に攻撃を加えるセムを止めるライコウ。

 ラヴィはその様子を見て「ダメだったか……」と項垂(うなだ)れるとその様子を見ていたペイル・ライダーが声を掛けた。


 「ラヴィニア、この構造物の素材がデバイスでも全く分からないという事に気付いていますか?」


 「何――!?」


 ペイル・ライダーの言葉にラヴィが驚いて、機械に向けてデバイスを起動させた。 フィールド上には『Lacrimosa(ラクリモーサ)』という機械名しか表示されておらず、材質や性能等は確かに『不明』となっていた。


 「“涙の日”……? 一体何なのだ、この機械は。 ただの転移装置ではないのか?」


 ラヴィは腕を組んで首を(かし)げる。 ペイル・ライダーのデバイスでもラヴィと同じくこの機械の詳細は分からなかった。


 「転移装置である事には間違いなさそうですが、これだけ堅固(けんご)な素材で造られているところを見ると、他の目的で利用していたとも考えられます。

 いずれにせよ、私達では破壊する事は不可能のようです」


 「うむ、ワガハイもそう思っているのだ。 しかし、転移装置として利用するにも一体どうやって利用するのだ?」


 ラヴィはペイル・ライダーの意見に(うなず)いた。 艶のある御影石(みかげいし)のような機械の表面にはパネル上のホログラムが浮かび上がっており、手で触れることが出来た。


 「……むぅ。 この電子パネルを操作するしかないのか……」


 機械をハッキングする事をあきらめ、大人しく機械表面に浮き出る電子パネルを操作しようと試みた。


 『……Bitte……zing a lid……』


 電子パネルは青い文字でそう表示されているだけで、文字を入力する為のキーすらない。 文字の裏には『ピコピコ』と点線が上下に波打っている。


 「ビテ……ズィング・ア・リド……? 何なのだ、この言葉は?」


 ラヴィが疑問を口にすると、ペイル・ライダーがデバイスで言語を調べる。 ところが、データベースに登録されているどの言語にも当てはまらない。


 「どうやら、古代に生きた人間の言語のようですね。 残念ながらマザーのデータベースに登録されておらず、私達では理解出来ません」


 ペイル・ライダーの指摘にラヴィは「全く、面倒な機械なのだ!」と文句を言って、機械を(にら)み付けた。

 すると、機械はラヴィの言葉に反応するように再び『Bitte、zing a lid!』という文字をパネルに表示させた。


 「うん? なんか、さっきとは微妙に違うのだ……」


 同じ言葉でも少し表示が異なっている。 その様子を見て、ペイル・ライダーの背中に抱かれているキノがラヴィに声を掛けた。

 

 「アル、こりゃたぶん音に反応してるんじゃないかと思うぜ」


 確かに誰かが言葉を出したときに、電子パネルの裏の波が大きく上下に振れるような気がする。


 「成る程。 じゃ、ちょっと声を出してみるのだ!」


 「あ、あ~あ、ああ♪」


 ラヴィがマイクのテスト時のような鼻歌を歌う。 すると思った通り、画面上の波が大きく揺らめくと、パネルの文字が更新した。


 『……ヘタクソ……』


 「――なっ、やっぱり声に反応したのか!?」


 更新された文字を見て驚くラヴィ。 すると、再び文字が更新されると『Bitte、zing a lid!』と先ほどと同じ文字が表示された。

 

 「……うーん。 声に反応することは何となく分かったのだ。 ワガハイに何かを言わせようとしている事も。 しかし、表示されている文字の意味が分からないとどうしようも無いのだ。

 似ている言語から予想する事も出来そうだが、解析(かいせき)するのに時間が掛りそうなのだ……うーん」


 ラヴィが首を傾げて悩んでいる間にも、電子パネルの謎の文字は催促するように表示し続けている。


 「のう、ラヴィよ。 機械に分かる言葉で(しゃべ)ってくれと頼んでみたらどうじゃ?」


 セムを抱いているライコウが後ろからラヴィに声を掛ける。 先ほどまでカンシャクを起こしていたセムは、いつの間にかライコウの胸で満足げな顔を浮かべていた。


 「――そういえば、そうなのだ! ライコウ様、アリガトウなのだ!」


 声に反応するのであれば、こちらの言葉は理解出来ているはずだ。 ライコウに助言を受けたラヴィは早速機械に向かって「(なんじ)、ワガハイの分かる言葉で話しをするのだ!」と言い放った。


 『……neyn……』


 「うん? ナイン? ……いや、いや。 それじゃ分からないのだ。


 さっき、我々の言葉で『ヘタクソ』と言ったではないか? ワガハイの分かる言葉で話すのだ――ホレ! 早く!」


 すると機械は『ikh vil nisht!』と表示してそれから動かなくなった。


 「な、何なのだ? 壊れたのか?」


 まるで心臓が止まったかのように一直線の点線しか表示しなくなった機械。 ラヴィが機械を『パン、パン』と叩いても動く気配がない。

 すると、ラヴィの様子に見かねたライコウが、後ろから彼女に声を掛けた。

 

 「ラヴィよ、たぶん機械の機嫌が悪くなったんじゃろう。 どれ、ワシに任せてみぃ」


 ライコウはそう言うと唖然(あぜん)とするラヴィの横に立ち、機械に向かって自分達に分かる言葉を使うように()()()した。


 「――これ以上進めなくて困っているのじゃ。 なんとか力を貸してくれんかのぅ」


 ライコウが困った様子で機械にお願いすると、電子パネルに『ウタヲ……』という表示が現れた。


 「ウタヲ?」


 ラヴィが驚いてライコウの横顔を見る。 ライコウはそのまま穏やかな顔をして機械を見つめている。

すると、電子パネルの文字が更新され、新たな文字が現れた。


 『……ウタッテ……』



 「……歌を歌って欲しいのかい?」



 ライコウは優しく機械に問いかけた。

 すると機械は「……ウン……」と一言表示すると、再び文字を更新させた。



 『ウタヲ、ウタッテ。


 カナシイ……ウタヲ……』



 ――



 「悲しい歌……?」


 ライコウは悲しい歌なんて知らなかった。 今まで歌なんて歌ったこともないし、ましてや悲しい歌なんて聴いたこともなかった。

 ラヴィ、キノ、ペイル・ライダーそうだ。 悲しい歌なんて歌ったことも無いし、知っている歌もなかった。


 「何を言ってるのだ! 悲しい歌なんて歌わないで、楽しい歌を歌うのだ。 どれ、ワガハイが(のど)を震わせて歌ってあげるのだ♪」


 ラヴィはそう言うと「この間、スピーカーを換装(かんそう)したばかりなのだ♪ んぁ、エー……」などと嬉しそうにスピーカーのエイジングをし出した。

 ところが機械は『イヤ!』という文字と共に、電子パネルの裏の点線を激しく上下に波打ってカンシャクを起こした。


 「困ったのぅ……」


 そう言って頭を抱えるライコウ。 すると、セムがライコウの腕をキュッと(つか)み、ライコウの意識を自分に向かせた。


 「――ん? セム、どうかしたのか?」


 「セム、悲しいウタ……歌えるよ……」


 「セムが?」


 ライコウが目を丸くすると、セムは目を伏せながら「うん……」と力なく(うなず)いた。 すると、セムの悲しげな様子を見たキノは「セム、そんなの歌う必要ないよ!」とセムを止めようとした。

 キノはもうこれ以上セムに過去を思い出して欲しく無かった。 マザーによって耐え(がた)い虐待を受けてきた辛い過去を……。


 「セム! もう、辛い事なんて思い出さなくて良いのよ! これからはお姉ちゃんと一緒に楽しい歌を歌っていれば!」


 「キノ、落ち着くのだ! (なんじ)はまだ――!」


 キノはラヴィの背中から離れると、足を引きずりながらセムを抱くライコウへ近づいた。

 

 しかし、セムはキノの姿を一瞥(いちべつ)すると首を横に振り、静かに歌を唄いだした。


 

 「嵐で揺れるお家の中で ボクは帰りを待っている


 ガタガタ揺れるお部屋の中で ボクはママを待っている


 ヒュー、ヒュー、ヒュー 風の雄叫び オバケの声だ 


 『お逃げなさい』


 ボクは逃げない ママの為 ママの帰りを待っている


 炎が上がるお家の中で ボクは帰りを待っている


 メラメラ燃えるお部屋の中で ボクはママを待っている


 ボウ、ボウ、ボウ 炎の(うな)り オバケの声だ


 『お逃げなさい』


 ボクは逃げない ママの為 ママの帰りを待っている


 雨に濡れるお家の中で ボクは帰りを待っている


 ザーザー降る大雨の中で ボクはママを待っている


 シク、シク、シク 雨の泣き声 この声は誰?



 『行きましょう』



 ボクは帰る 天使と帰る


 ママが燃やした家を出て


 天使と一緒にお空へ帰る」



 「……」



 (かす)かな機械の駆動音だけが聞こえる広大なフロアに、静寂(せいじゃく)(とばり)が垂れ込めた。


 「悲しい歌ですね……」


 頭部に光る黒い球体を悲しげに光らせるペイル・ライダー。 セムの美しい歌声は彼女の心を揺さぶったようだ。



 『……“レクイエム”……ニンシキシマシタ』


 

 深閑(しんかん)としたフロアに機械の音声が響き渡った。 すると、真っ黒い機械の表面が見る見る白銀に変化し、穏やかな白い光を放ちだした。


 (こ、これは……?)


 機械が白銀に変化すると、薄紫のバリアが『……ブン……』という音と共に消え失せる。同時に、黒光りした床に緑色のライトが灯った。


 ライコウはこの機械の色に見覚えがあった。


 ライコウが首から提げるコヨミの瞳。 ボンヤリと穏やかな光を放つ瞳の色は、機械の色とよく似ていたのだ。


 (この機械は『ア・シティク=ルイネ』……?)



 『――運命はきっと変えられる。 ウチはそう信じています――』



 コヨミの笑顔が脳裏に浮かぶ。 ライコウは目を閉じて、()りし日のコヨミの姿に思いを馳せた。


 「ライコウ、この機械は”月の欠片(かけら)”で造られていたようですね。 一体何故そんな素材で造られているのか理解不能ですが、何か理由があるのでしょう」


 ペイル・ライダーの声がライコウの耳に届くと、ライコウは我に返って胸に抱くセムに目を移した。


 セムはライコウの腕にしがみついて震えていた……。 ライコウはそんなセムの背中を優しく(さす)ると、セムの頭に顔を寄せた。


 「……セム、俺が必ず君を助けてあげる。 君の母さんの目を覚ましてあげるから。


 だから、心配しないで俺達の(そば)にずっといると良い」


 ライコウはそう言ってセムの頭を(ほお)で撫でた。 セムはライコウの言葉に安心したのか、『スゥ、スゥ』と(おだ)やかな寝息を立て始めた。


 ラヴィはセムの“悲しい歌”にマザーによる耐え難い仕打ちを想像し、(あふ)れ出る涙を(ぬぐ)っている。 涙を流すことが出来ないキノはただ拳を握りしめ、マザーに対する怒りに震えていた。

 二人は機械が変化した事などどうでも良かった。 ただ、凄惨(せいさん)な虐待を受けてきた子供がその忌まわしい過去を思い出し、震えている様子が耐えられなかった。


 「キノ、君の気持ちは分かるが、今はマザーを恨んではいけない。 俺が必ずアイツの間違いを糺すから。


 俺を信じてくれないか?」


 ライコウはキノの気持ちを慮り、先んじてキノに願いを請う。


 「分かってる! 分かってるよ! お前に約束したから、そんな事は――!」


 キノは吐き捨てるように叫ぶと、オイルが(にじ)み出るほどに拳を握りしめてライコウに呟いた。


 「……マザー? “そんなヤツ”の事はどうでも良い。 俺はセムが幸せになってくれればそれで良いんだ。

 

 ライコウ、お前のする事でセムが幸せになるってんなら、俺はお前を信じる。


 だから、もうこれ以上は……」


 両足で踏ん張ったせいか、故障した片足から黒煙(こくえん)を吐き出しているキノ。 ラヴィが慌ててキノに肩を貸し、キノは再びペイル・ライダーの背中に抱かれた。


 「ああ、もうセムを苦しませるものか。 この子の姉さん達もな」



 ――



 「――ボクは帰りを待っている ママの帰りを待っている――」


 地底都市『バハドゥル・サルダール』の出入り口は多くの崖地(がけち)に囲まれている。 一際高い赤茶けた崖地の上には一人の女性が座っており、空を見上げて歌を口ずさんでいた。

 (ひたい)にお札を貼り付けた導師(どうし)姿の女性。 風にそよぐお札の中から見える紫色の瞳は、悲しい過去を隠しているようだ。

 

 「セム……。 ライコウと一緒ね。 なら、大丈夫。 もう、“ママ”の(もと)へ戻らなくても良いね。

 

 私がセムの代わりに『お家へ帰る』から」


 セムの姉『サン』は灰色の空を(なが)めながら(つぶや)いた。

彼女の背後では忍者姿のゼルナー『ヘルート』が妻の『ペロート』と共に近づいて来ている。 二人はサンの後ろ姿を見つけるや否や、彼女の背中に向かって悪態をついた。


 「おい、サン! テメェ、こんな所で何黄昏(たそが)れてんだ!」


 「そうよ! こんな所でアブラ売ってないで、ちょっとはアンタも手伝ったらどう? だいたい、アンタが持ってきたんでしょう――グレイプ・ニクロム!」


 どうやら、ヘルペロ夫妻はサンがバハドゥルへの搬入を許可した特殊鉱石『グレイプ・ニクロム』の処理をサンに手伝って貰うべく、彼女を探しに来たようだ。


 背中から聞こえる鬱陶(うっとお)しい声に無言で振り向くサン。 お札越しに怪しく光る紫色の瞳に息を()んだヘルートは、ペロートの後ろへ『ササッ』と隠れ「おう、テメェ! 何か文句あるか、コラ!」と啖呵(たんか)を切った……。


 サンは別に油を売っている訳では無かった。 バハドゥルのマザーに面会した後、少し休憩する為に地上へ出て風に当たっていただけであった。

 にもかかわらず、ヘルペロ夫妻は喧しくがなり立てる。 二人の態度に内心苛立(いらだ)っていたサンは、二人を一瞥するとお札に手を触れて一言呟いた。


 「虹ノ電界(でんかい)……」


 サンの声に反応してお札の文字が浮き上がる。 すると、足下(あしもと)が紫色に怪しく光った。

 光はサンを中心として放射状に広がると、瞬く間にヘルペロ夫妻の足下を通り抜けて広範囲へ拡大して行った――。


 「うへぇ! 何じゃこりゃ!?」


 ヘルートは怪しい光が通り過ぎた事に度肝(どぎも)を抜かれ、(たま)らずペロートの背中に抱き付いた。 ところが、特段二人の身体には影響が無く、二人は彼女が何をしたのか理解が出来ず目を(しばた)かせた。


 「アンタ、何やったのよ!?」


 情けなくしがみ付く夫を引き剥がしながら狼狽(うろた)えるペロート。 サンは「ネクト達に任せた」と答えておもむろに立ち上がると、そのままスタスタ歩き出した。


 「……はぁ……?」


 唖然とするヘルペロ夫妻を尻目に、地底への進入口へ消えて行ったサン。 すると、ヘルペロのデバイスから看護ゼルナー『アミ』の慌てた声が響き渡った。


 『ヘルート、ペロート! どうしよう! 突然、作業用機械達が一斉にグレイプ・ニクロムを工場へ運んで行くの! 

 

 何故だか私達の言う事を一切聞いてくれないの!』


 どうやらサンは怪しげな電波を用い、地底都市にいる作業用機械達の命令を書き換えたようだ。 作業用機械達はサンの命令に従い、他の仕事をそっちのけで一斉にグレイプ・ニクロムの精錬(せいれん)作業に取りかかり、ゼルナー達を困惑させたのであった。


 グレイプ・ニクロムから『グレイプニル』という金属を精錬し、航空機や武器を製造する作業は全都市の最優先事項としてマザーから命じられていた。

 ところが、ただでさえ扱いが面倒な鉱物から大量の金属を精錬する仕事は大変な重労働である。 それこそこの星にいる器械を全員仕事に回しても何年もかかるような……。

 各都市が総力を挙げてグレイプ・ニクロムから金属を精錬し、武器や航空機を製造していたが、このままではベトールと戦うまでに三年はかかってしまう。

 そんな状況を(うれ)えたマザーは数日前、作業用機械ネクトを増産する事を正式に決定した。 バハドゥル・サルダールでも近いうちに『ユータラス』と呼ばれる器械製造工場で作業用機械が大量に製造される予定であった。


 サンは他のゼルナーより先んじてマザーからその計画を聞かされた。 マザーは都市の首長であるファルサに『近いうちに作業用機械が増産される』旨を伝えるようサンに命じたのだが、サンはすぐにファルサには伝えず地上で歌を口ずさんでいたのであった。 (マザーの命令に忠実である彼女が何故そのような行動を取ったのか? それは単に“休憩”の為だけではなく“傷心(しょうしん)”を(いや)す為でもあった)

 そんな中、ヘルペロが『ピーチク、パーチク』(わずら)わしくがなり立てる。 彼女は“自分のキモチも分からない”二人に腹を立て、ゼルナー達の迷惑も考えずに作業用器械達を一斉に操ったのである。 


 『どうせネクト達が次々増産されるはずなので、今いる()()達をグレイプ・ニクロムの精錬作業に回しても差し支えない』


 そう思っての暴挙であったが、サンの勝手な行動にヘルペロ夫妻、アミといったバハドゥル・サルダールのゼルナー達はますますサンに不信感を持つことになってしまった。 作業用機械達を全てグレイプ・ニクロム関連の仕事に投入すれば、オフィエルに破壊された町の復興が遅れるからだ。 彼等にしてみれば「余計な事をしやがって!」と怒るのは当然である。


 ところが、サンのお陰で今までの倍以上の速さでグレイプ・ニクロムの精錬、グレイプニルの製造が進み、最終的にバハドゥル・サルダールが一番多くグレイプニル製の武器や航空機を製造することが出来た。

 その結果、マザーはサンを賞賛した。


 『さすがは我がムスメですわ!』


 サンは彼女に不満を持つゼルナー達を尻目(しりめ)に、世界最高のゼルナーとしてマザーに表彰されたのである。 だが、それはサンとって不本意な事であった。 サンがマザーに賞賛されればされる程、彼女はますますゼルナー達の反感を買い、孤立して行ったからである。

 したがって、マザーにいくら褒められようが、彼女にとって嬉しくも何ともなかった。 他のゼルナーに(ねた)まれるし、マザーにさらなる期待をされるし、良い事など何も無い。

 そんな事をされるより、マザーがもっと自分の姉妹に“母親らしい事”をしてくれた方が、彼女にとって何よりも嬉しかったのである。



 ――



 「バーロー! ンナロウ! チキショウ!」


 バハドゥル・サルダールから遠く離れた地底都市『ハーブリム』では、ウサギが野蛮な掛け声を上げながら一生懸命槌を振るい、グレイプニルの精製作業に勤しんでいた。

 ハーブリムは他の都市よりも武器、航空機の製造が遅れていた。 それもそのはず、町一番の技師であるウサギは、そんな事よりもバイク型器械『サクラ2号』の改造を優先していたからであった。

 

 サクラ2号はバイク型から航空機への改造をウサギに依頼した。 ウサギは快諾(かいだく)とは行かないまでも、サクラ2号の決意に満ちたライトの光を見て彼女の頼みに応じ、彼女の為に他の作業を止めてサクラ2号の改造に取り組んでいたのであった。

 そんなウサギの背中を見ながら、相棒のラキアとフルダは楽しそうに歌を唄いながらグレイプ・ニクロムの精錬作業をしていた。



 「――酒と間違えガソリン呑んでぇ 腹が痛ぇと薬を飲めやぁ


 薬と間違えニトロを呑んでぇ 寒気がするから火を()けやぁ


 『ボンッ』と消え行くお星様ぁ オトコは皆、お星様ぁ♪」



 「バーロー! テメエら訳分かんねぇ歌かましてねぇで、トットと仕事しやがれっ!」


 まるで緊張感のないラキアとフルダを怒鳴り散らすウサギに、ラキアが平然とした様子で言葉を返す。


 「そうは言っても、もう俺達の町が“ドベ”なんだから、今更頑張ってもしょうがないだろ?」


 ラキアは(くわ)えていたタバコを手に取ると「フゥゥ」と煙を吐きながら、金属台に擦りつけてタバコを揉み消した。


 各都市はマザーから『お()めの言葉』を戴く為に武器や航空機の生産量を競い合っていた。

 始めはハーブリムが生産量でトップを走っていたが、ウサギがサクラ2号の改造に取りかかってからというもの、あっという間に他都市に抜かれてしまった。 最期には小都市『ナ・リディリ』にまで抜かれてしまい、いよいよハーブリムの市民も(さじ)を投げてしまったのである。


 「どうせ、このまま行きゃマザーからオシオキされる事は目に見えてるからなぁ」


 「バーロー! マザーは“んなこと”しねぇよ!」


 ラキアのボヤキに一喝するウサギの言う通り、マザーが器械に罰を与える事など滅多に無かった。

 世間はマザーがセン、サン、セムの三姉妹に凄惨な虐待を行なっているという事実など当然知らなかった。 あの慈悲深(じひぶか)いマザーがまさか“可愛い子供達”にそんな()まわしい所業(しょぎょう)をしているなどとは知る由も無かったのである。


 「それじゃ、尚更(なおさら)肩の力を抜いて仕事するべきなんじゃないのか? なあ、フルダ?」


ラキアはついに作業を止めてテーブルの上に座ると、胸ポケットからタバコを出した。


 「そうでやんす、親方。 マルアハ『ベトール』へ総攻撃する時期はまだ先でやんすから、そんな気張(きば)らなくても良いでやんすよ」


 フルダもラキアに同調すると、ハンチング帽を抜いで帽子の汚れを『パン、パン』と弾いた。


 「うーん……」


 (……まぁ、サクラの改造もボチボチ終わるしなぁ。 それに、今まで殆ど休まずに突っ走って来たし。

ラキアの言う通り、もうトップ取る事が出来ねぇんじゃ、そんな気合い入れてもしゃぁねえか……)


 ウサギはそう思うと、途端にやる気を無くした。 彼女は典型的な“猪突猛進(ちょとつもうしん)型”であり、一度立ち止まると動き出すまで時間がかかる。


 「ちっ、しゃーねぇな……。 ほんじゃ、今日はもう仕事終わらせて、飲み行くか!」


 「――おお♪ さすが親方――!!」


 ウサギの言葉にラキアとフルダは歓喜(かんき)のあまり飛び跳ねた。 二人はかれこれ一ヶ月以上酒場へ足を運んで居らず、お気に入りの酒場の娘『ナナ』と会うことも出来ずにモヤモヤした日々を過ごしていたのだ。


 「それじゃ、早速オメカシして行くでやんす。 やれすぐに。 それ早く」


 いそいそとチョッキを羽織(はお)り、嬉しそうにヒゲを(くし)で整え出すフルダ。 ラキアも久しぶりに酒場の娘と会えるのが余程嬉しいのか、鼻歌を歌いながら(すす)けた顔をタオルでキレイに拭っている。

 

 「オメェ等、そんなに『ナナ』に会いてぇのか?」


 ウサギが『ジトッ』とした目をラキアに向けると、ラキアは「そら、そうさ!」と言い放つ。

 

 「分かってないなぁ、ウサギは。 俺はあの子の歌を聴くのが何よりも楽しみなんだよ! さっきの歌もナナが教えてくれたんだから」


 「はぁ? あんなヒトをナメ腐った歌をか?」


 ラキアが言うには、その”ヒトを舐めた歌”は“人間様”が創った歌であるそうだ。


 『疲れた時、辛い時には“楽しい歌”を歌うんです。 そうすれば、きっと“魔法”のようにエネルギーが充填されてマナスが回復しますよ♪』


 ナナはそう言って、酒場で項垂れているラキアを慰めながら歌を教えてくれた。


 「……でも、俺が歌っても別に疲れは取れないんだよなぁ。 ナナが歌ってくれると疲れが取れるんだ。 だから、さっきの歌をナナに歌って貰おうと思ってるんだ」


 ラキアはすっかり小綺麗(こぎれい)になってキリッとした目をウサギに向けた。


 「バーロー。 あんな歌、ナナが歌う訳ねぇだろ」


 ウサギはそう憎まれ口を叩いてラキアの肩を(すく)ませた。 ところが、内心『オレもアイツの歌聞けば、ちっとは身体が癒やされるんだろうか?』と金属疲労で悲鳴を上げる肩をゴキゴキと動かし、酒場へ行く準備を始めたのであった。



 ――



 バリアが解除された黒い床の上に立つ、ライコウ、ラヴィ、ペイル・ライダーの三名。 ライコウはセムを抱き、ペイル・ライダーはキノを背中に背負っている。 セムは恐ろしい過去を思い出したのか、眠りながら小刻みに震えていた。 そんなセムの可哀想な背中を優しく撫でながらライコウがラヴィに問う。


 「ラヴィ、この空間は一体何なんだ? 何も起きないが……」


 「そ、そんな事ワガハイに聞かれても……」


 当然ながらデバイスの情報でも『不明』と表示され、この機械が何なのか分からない。 ラヴィは“灯台”の中へ侵入する転移装置だと思っていたが、床の上に立っても何か起こる様子はなく、白銀に変化した機械も止まったままであった。


 「困ったのだ……。 こうなったら、奥の巨大な出力装置を延々(えんえん)と登っていくしかないのだ」


 ラヴィが面倒くさそうに奥に聳える巨大な機械を見つめると、ライコウも「剣呑(けんのん)だのぅ」とセムの頭に頬を寄せた。

 セムは頬を寄せるライコウの髪が顔に当たって目が覚めた。


 「ふふっ♡ くすぐったいよぉ」


 セムは可愛らしく目を細めると、甘えるようにライコウの肩に顔を預けた。


 ライコウがセムの様子を見て優しく微笑んでいると、突然背後からファレグの声が響いてきた。

 

 「――お前達、床に向けてエネルギーを打つけなさい――」


 ライコウが驚いて後ろを振り向くと、先ほどまで一糸纏(いっしまと)わぬ姿であったファレグはすっかりいつもの服装に戻っていた。


 「あっ! お主、いつの間に服を着たんじゃ?」


 彼女は眠たそうな目をライコウに向けて、くぐもった鼻声で「眷属(けんぞく)に持って来てもらったの」と答えると、少し頬を赤らめた。


 「……そんな事はどうでも良いでしょ。

 それより、床にお前の剣を突き刺して電流でも流しなさい。 そうすれば、転移装置が稼働して“ハラリート”へ侵入出来る」


 ファレグはそう言うと黒い床へ足を踏み入れた。


 「アタシも一緒に行くわ。 中を荒らされては(たま)ったものじゃないから」


 どうやら“ハラリート”はファレグが管理しているようだ。 ライコウは彼女の言葉を聞くと『ボニーヤード』という言葉をすぐに思い出した。 そして、中に何があるのか察したのであった。


 (中には人間達の遺体が安置されているはずだ。 てっきりアザリアが管理していたのかと思っていたが、ファレグが何故……?)


 ライコウは疑問に思いながらも剣を抜く。 剣を握った左手のグローブから青と紫の電流が(ほとば)り、ライコウの出力が上がりだした……。

 

 「全力で剣を突き刺しなさい。 そうじゃないとお前の力では起動させる事が出来ない」


 ところが、ファレグはライコウの力を見誤っていたようだ。


 ライコウの全身に凄まじい電流がうねり、暴れ狂う。 空気が一気にライコウに集まり突風が吹き始めると、ファレグはライコウの力に目を見張(みは)った。


 「セム! 危ないから床へ降りるのじゃ!」


 ライコウの腕に抱かれていたセムが(あわ)てて床に降りようとする。 すると、ファレグが「こっちへおいで♡」と一瞬でセムを抱き上げた。


 「ウワァァ!? お前、何すんだよぉ! 離せよぉ!」


 ファレグに抱かれて驚くセム。 可愛らしいドングリ(まなこ)を見開いた幼児に対し、ファレグは(つや)やかな微笑(ほほえ)みを返した。


 「うぅ……なんか、暖かい……」


 ファレグから逃れようとバタバタしていたセム。 ところが彼女に抱きしめられると何とも言えない安心感で力を失い「ムニャ、ムニャ」と眠りだした。

 

 「それでは全力で行くぞ!」


 ラヴィとキノ、ペイル・ライダーが見守る中、空気を震わす稲妻を纏ったライコウの剣が黒い床を突き刺した。


 『――バチバチ――!!』と高圧の電流が床に迸り、黒い床が真っ赤に光る。


 「ば、爆発するのだ――!」


 ラヴィは思わず叫んで目を(つぶ)り、慌てたキノはペイル・ライダーの頭にしがみ付く。


 「――うわぁぁぁ――!!」



 「……あ?」



 ラヴィとキノが目を開くと、二人は幾つもの座席が並べられている不思議な部屋に転移していた。



 ――



 「こ、これが“ハラリート”の内部……?」


 灯台だと思っていた建造物は宇宙船であった。 宇宙船の壁面には重力装置が稼働しているのか、ライコウ達は壁面を床にして船内を呆然(ぼうぜん)と眺めていた。

 宇宙船は三層構造になっているようだった。 目の前には何千という座席が設置されており、上層階にも座席があるようだった。


 ハラリートへ入ったライコウ達がまず始めに驚いたのは、船内が真っ黒に焼き尽くされていた事であった。

 

 「一体、何が起こったのだ……?」


 船内はそれなりに装飾も施され、豪華であったはずだ。 ところが、そんな当時の様子など見る影もない。

 剥き出しになった金属の壁面に設置されている座席は骨組みだけになっている。


 「な、なんだありゃ? 器械じゃねぇ。 に、人間の死体か……?」


 ラヴィの背中から困惑したキノの声が聞こえる。

 フレームが剥き出しになった座席には、人間の姿をした真っ白いマネキンが置かれていた。


 「……いや、これは……遺体ではないのだ」


 ラヴィがデバイスで人間の姿をした物体を調査すると、人間の遺体ではなく正真正銘(しょうしんしょうめい)の“人形”である事が分かった。


 息を呑むライコウ達の背後でセムを抱くファレグ。 セムはこの人形だらけの異様な光景に少し怯えているようで、ファレグの服を大きな手で握りしめた。

 すると、ファレグはセムの頭をゆっくりと撫でた。 彼女がセムを見つめる眼差(まなざ)しは愛情に満ちており、破壊の限りを尽くす『マルアハ』である事を忘れてしまう程だ。


 「……人間は脆弱(ぜいじゃく)な生物。 まあ、人間に限らず生物は数千度を超える熱には耐えられない。 “影”を残して蒸発し、消え去るのみ。


 そんな人間を(とむら)う為にはどうするか?


 マナスの残滓から彼等の記憶を(つむ)ぎ、彼等がこの星に在った時の姿を想像してみたの。 そして、彼等が行なおうとした“唾棄すべき裏切り”をせめて“夢の中”で実現させて上げようとした。


 それが彼等に対するアタシの(とむら)い」


 ライコウ達はファレグの言っている事が理解出来なかった。 だが、ラヴィはファレグが人形を創り、座席に人形を置いた張本人だと確信した。


 「唾棄(だき)すべき裏切り……。 そんな悪い人間達をどうして貴方が弔おうというのですか?」


 ペイル・ライダーはファレグの言動に興味があった。 かつて、彼女も人間を絶滅させようとしていたからだ。


 「……分からないわ」


 ファレグは目を伏せると不可解な返事をし、言葉を続けた。


 「自分達だけが助かろうとハラリートへ押し寄せ、”厄災(やくさい)”によって死に行く者達を尻目に遁走(とんそう)した人間達。 彼等は他人がどうなろうと、自分達が幸福であればそれで良いと思っていた。


 そんな彼等に対して同情する余地などない。


 ……でも、それはここで()()()()一部の人間のみ。


 その事に気が付いた時、アタシは少し彼等の事が“不憫(ふびん)”だと思ったの。 だから、せめて夢の中で願いを叶えさせてあげようと、この場で弔った……のかも知れない。


 だからと言って、人間達を許した訳では無いけどね」


 ファレグは自分の言葉に自信が持てなかった。 だが、彼女の言葉に嘘は無い。 実際にこのハラリート内で焼死した人間達を弔う為に人形を造ったのはファレグである。

 そして、わざわざ弔いの場として『ボニーヤード』と名付け、アザリアにもこの場所を『人間の墓場』として共有させたのだ。


 「……古代遺跡に人間の遺体が見当らないのも、君が弔ったからなのか?」


 ライコウがファレグに問うと、ファレグは首を横に振った。


 「……違うわ。 この地域に人間の遺体が見当らないのは、全ての人間が骨も残らず“影”となった為。 “影”は暗黒へ回帰し“厄災”の生贄(いけにえ)となる」


 「では、君が皆殺しにした訳ではないんだね。 人間を……」


 「……」


 意味深な言葉を返したライコウに、ファレグは何も答えなかった。 すると、ファレグに抱かれていたセムがファレグに対して意外な言葉を口に出し、緊張した場を和ませた。


 「ねぇ、ファレグ。 セム、お前の事勘違いしていた。

 

 お前は暖かくて、優しい。


 何だかお前と一緒にいると眠くなるよ。 セムが生まれた時に見たママみたいに……」


 ファレグはセムの言葉に目を細め、眠そうに目を(こす)るセムの頭を優しく撫でた。


 (ファレグ……。 君は何故そんなに優しく、慈悲深い心を持つのに、人間を皆殺しにしたんだ。


 泣き叫ぶ子供、助けを求める老人、祈りを捧げる女性。 そんな人間を無慈悲に焼き払い、全てを灰にしてしまったのは何故なんだ?)


 厄災の後、生き残った人間を皆殺しにした者はファレグに他ならない。 “夢見る星”に存在していた人類を絶滅させたのは、ファレグである。 その為に彼女は器械達に憎まれ、マザーから“凶悪なマルアハ”だと断罪されたのだ。

 

 ライコウはファレグがセムをあやす姿を見ながら心の中で呟いていた。 すると、ファレグはライコウの心を読んだかのような言葉を返し、ライコウを瞠若(どうじゃく)させた。


 「それはアタシが人間を憎んでいるから。 この星に“厄災”を呼び寄せた人間達を。


 ミコ様を狂わせ、イナ・フォグを狂わせ、アタシ達をバラバラにした人間達を……」


 ライコウが驚いた様子で言葉に詰まっている中、ファレグは続けてイナ・フォグについて言及した。


 「イナ・フォグが『人間になりたい』と言うのなら構わない。 むしろ、あの子を救う為にはそうせざるを得ない。 不本意だけどね。

 

 だから、アタシはフリーズ・アウト――“姉さん”――を殺す事に協力した。 “可愛い妹”の為に」


 ファレグはそう言うとゆっくりとセムを床に降ろした。 セムはすっかりファレグに(なつ)いており、もっと抱っこをして欲しい様子で不満げな顔を見せている。


 「やはり、君はあの時……」


 ライコウの言葉にファレグは(うなず)くと、ライコウを指さした。


 「お前を助ける理由は全てイナ・フォグの為。 お前はヒツジの言う通り、記憶を蘇らせなければならない。 イナ・フォグの為にも、ヒツジの為にも」

 

 「ヒツジの為?」


 ライコウが目を丸くしてファレグに問う。

すると、ファレグは「ふふっ……」と艶やかな笑みを浮かべるだけでライコウの問いに答えなかった。


 「期待してるわ」


 ファレグはライコウにそう告げると、ハラリートから脱出するよう促した。


 「――さぁ、もうこの場所に用はないはず。 ()()()()()()“ラッパ”は存在しない。 戻って“アイツ”にそう報告するといいわ」


 ファレグはスタスタと船内を歩き出し、奥に設置されているだだっ広い空間へ移動した。


 「ここはかつて昇降機が設置されていたの。 ご覧の通り今はただの床。 上層へ行くにはここから飛び上がれば良いけど、お前達が上層へ行く必要は無い。 奥の壁にハッチが設置されているでしょ? そこから気圧を調整する小部屋を経由して外へ出ることが出来るわ」


 ファレグはライコウ達に脱出の手順を丁寧に説明した。


 「ふむ、しかし外に出るとオフィエルが……」


 あの“タコ足のバケモノ”が徘徊(はいかい)しているとなると外に出ることは出来ない。 ラヴィが懸念の声を上げるとファレグは「心配いらないわ」と答え、すでにオフィエルがこの場から離れている事を告げた。


 「イン・ケイオス……いえ、オフィエルはアタシが追い払ったから心配はいらない。 ただ、なるべく速やかにこのエリアから離れなさい」


 ファレグはわざわざラヴィ達にも分かるようにマルアハの名を言い替えた。 そんな気遣(きづか)いからも彼女が他のマルアハとは異なる性質である事が垣間(かいま)見えた。


 ファレグはラヴィ達をハッチまで誘導すると、まだ船内を興味深そうに眺めていたセムに目を移し、手招きをした。


 「おいで♡」


 セムはファレグの呼びかけに太い腕を目一杯広げてパタパタと床を駆け出した。


 セムを抱き上げて頬ずりをするファレグを見て、ペイル・ライダーの背中に身を預けるキノが呟いた。


 「マルアハは全員凶悪だと思っていたが、アイツは何だか違う気がする。 でも、何百年もの間、俺達の仲間を破壊し続けたことは事実なんだよな……」


 キノの言葉にペイル・ライダーが反応し、頭部を青色に光らせた。


 「それは器械達がファレグを攻撃したからでしょう。 彼女が器械達に恨みを持っている訳では無いことは今の姿を見ても一目瞭然(いちもくりょうぜん)です。

 

 ファレグは人間だけを恨んでいる。 そして、その憎悪は今もココロの中にあります」


 この時、ペイル・ライダーはファレグに同情していたのかも知れない。 彼女自身が人間を恨み、放射性物質をバラ撒いて人類の滅亡を画策(かくさく)した事があったから。

 ファレグと同じく、ペイル・ライダーもまだ人間を信用している訳では無い。 彼女はラヴィとシビュラを信頼しているからこそ器械達に味方をする訳であって、人間を復活させる事に対して(こころよ)く思っていないのだ。


 ラヴィ、キノ、ペイル・ライダーの三名は、ファレグがセムをあやす姿をジッと見つめているだけで、脱出する気配を見せなかった。 すると、二人の様子を見かねたライコウが声を上げた。


 「もうこんな所で立ち止まってる時間は無いぞ! 燃料も残り(わず)かじゃ。 ベースケとアルスもいつまた攻撃してくるか分からん。

 

 セムを連れて先に脱出するのじゃ。 ほれ、早く――!」


 ラヴィとペイル・ライダーはライコウの指示に従い、キノとセムを連れてハッチから外へ脱出した。 その時、セムは名残惜(なごりお)しそうにファレグに抱っこを求めたが、ファレグは優しくセムの頭を撫で込むと「また、会いましょう」と艶然(えんぜん)と微笑み、プニプニしたセムの頬にキスをした。

 

 ライコウは三人がハラリートから脱出した後、ファレグに助けてくれた礼を述べ、彼女に最期の質問をぶつけた。


 「マザーは一体何者なんだ?」


 ライコウは大胆な質問をした。 自分達を創造した“母”に対して不遜(ふそん)な疑問である事は分かっていたし、ファレグが質問に答えないだろうと分かってはいたが、聞かない訳にはいかなかった。


 「答える必要はない。 今答えてもお前の感情が揺さぶられる事は無いから」


 (あん)(じょう)ファレグは質問に答えなかったが、意味深な事をライコウに告げた。


 「お前が記憶を取り戻せば、自ずとアイツが誰であるか分かるはず。 お前の“生みの親”じゃ無い事は間違いない。

 ……いずれにせよ、お前はこんなところで油売ってないで、ベトールを倒して一秒でも早くトコヨへ行きなさい。 イナ・フォグを連れてね。


 分かった?」


 ファレグはそう言うと、ライコウに向かって目配(めくば)せをした。


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