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器械騎士と蛇女  作者: ティーケー
傲慢なリリム

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迷いの森のリリム


 ファレグの身体には、イヌかキツネに見える動物の形をした(くれない)の炎が(まと)わり付いていた。 彼女のお尻から生えているフサフサしたキツネの尻尾を見れば、恐らくこの炎はキツネの姿なのだろうと想像出来た。 そういえば、イヌのようにピョコンと立ち上がった耳もイヌではなく、キツネの耳のようにも見える。

 ファレグが眠そうな顔をライコウ達へ向けると、太陽がすぐ近くにあるかのような灼熱(しゃくねつ)(さら)された。 だが、彼女が着ている服は炎で焼失する事もなく、美しい姿を保ったままである。


 「お前達、地上へ出ると危険よ。 このまま地下を真っ直ぐ住んで“ハラリート”を目指しなさい」


 ファレグはライコウ達に地下から逃げるように伝えると、さらにもう一言彼等に告げた。


 「それと、地面に生えている草木を踏んではダメよ。 アタシが長年掛けて育てた大切な植物だから」


 ラヴィは彼女の言葉を聞いて唖然(あぜん)とした。


 ((なんじ)が放つ炎で、すでに黒焦(くろこげ)げになっているではないか……)


 地底に生えていた美しい花や草木は、ファレグが放った猛火(もうか)によって焼き尽くされていた。 すると、ファレグはまるでラヴィの心を読んでいたかのように「お前、何言っているの?」とラヴィを(たしな)めた。


 (――!? まさか、デバイスも無いのにワガハイの心を読んだだと!?)


 ラヴィが驚愕している中、ファレグは泰然(たいぜん)とした様子でこう言った。


 「奥へ行けばまだ草木と花が歌を歌っている。 お前には聞こえないかも知れないけど……。 だから、足の踏み場には気を付けなさい――


 ――!」


 ファレグが言い終わる前に上空から女の絶叫(ぜっきょう)が響き渡る。 アルトラル体へ変貌(へんぼう)したオフィエルが怒りに震え、空から全てを溶かす白濁(はくだく)した液体をまき散らし始めたのである。


 「――早く逃げなさい!」


 ファレグが叫び、手に持った鎌を振り下ろす。 すると、半円状の赤い衝撃波が巨大なドームのように膨れ上がり、天井にポッカリ開いた穴から落ちてくる液体を防いだ。

 

 「それよりハラリートとは一体何だ!? この先は灯台――いや、ボニーヤードしかないはずだ!」


 鎌から発する強烈な衝撃波に(あお)られながら、ライコウが叫ぶ。


 「行けば分かるわ。 早く行かないと天井が(くず)れ、ヤツの体液がお前達の身体を溶かす」


 ファレグはライコウの問いに答えなかった。 ここから真っ直ぐ百キロほど進めば灯台の下へ付くだろう。 負傷したキノを抱えながら逃げても『アクセラレータ』を使用すれば10分も掛らないだろう。

 

 「承知した! イナ・ウッドよ、かたじけない!」


 吹き荒れる業火(ごうか)に吹かれながら、大声でファレグに向って叫ぶライコウ。 ファレグは自分の名を叫んだライコウに一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに平静を装って空を見上げた。


 「ラヴィ、キノは俺が背負う! 君はセムと一緒に俺の後ろへ続け!」


 ライコウはファレグに礼を言うと、キノを背負い、駆け出した。


 「あっ、ちょっと! キノはセムが助けるって決めたのに!」


 セムは慌ててライコウの背中を追う。 それに続いてラヴィもセムを追いかけようとしたが、彼女は空を見上げるファレグに向ってどうしても聞きたい事があったようだ。 オーバーヒート寸前の高温に耐えながらファレグの前で立ち止まると、彼女に問いかけた。


 「ファレグよ! ワガハイが召喚していた“深紅(しんく)の女王”は(なんじ)であったのか?」


 ファレグはラヴィの問いに上空への攻撃を止め、ラヴィの方へ顔を向けた。


 「そう。 アレはアストラル体から分離したアタシの“化身(けしん)”。 お前も知っての通り、アタシ達マルアハは“外の世界の者”達の末裔(まつえい)。 この“夢見る星”で生まれたが為に、マナスの影響を受けた異端の存在。

 アタシはイン・ケイオスと同じく、自分の身体を自由にアストラル体へと変化出来るの。

 

 もし、アタシが必要な場合は“ヴォーチェ・マギカ(呪言葉)”を言葉に出せば、再び化身を呼び出す事が出来るわ。 アタシがお前に協力するかどうかは別としてね」


 ラヴィはファレグの説明を聞くと「そうだったのか……」と頷いた。 そして、ファレグにこう告げると、アクセラレータを使用してセムとライコウの背中を追いかけた。


 「今まで汝には幾度となく助けられていたという訳だな! ありがとう! その礼をワガハイは言いたかっただけなのだ!」


 ファレグはラヴィの言葉に目を丸くした。


 「ふふっ、()()に感謝される事など何百年ぶりかしら」


 ファレグはそう(つぶや)いて微笑みを浮かべると、桜色の美しい翼を羽ばたかせて空へ舞い上がった。



 ――



 ライコウ達は延々と続く広い地下道を突き進む。 天井には煌々(こうこう)と赤や青、紫色の照明が地面を照らしている。 ファレグの言う通り、地面には青々とした草木が生えており、色取り取りの花が咲いていた。


 (恐らく、植物を育てる為の特殊な照明なのだろう……。 これも全てファレグが設置したものなのか?)


 ライコウはそう思いながら、なるべく草木を踏まないように進んでいた。


 「ねぇ、ライコウ! 灯台って灯台じゃなかったの?」


 ライコウに追いついたセムはライコウの横に並ぶと、子供らしい言い方でライコウに問い掛けた。


 「ああ、俺は灯台の中に人間の墓があると思っていたが、どうやらそれも違うらしい」


 ライコウ達の目の前には巨大な鉄扉が迫っていた。 恐らく、この扉が灯台――もといボニーヤードへの進入口のはずだ。


 「後ろから何か来るのだ!」


 ラヴィのデバイスは、彼女の後方から怪しげな物体が迫っている事を警告していた。


 「うわぁぁ! 何アレ!? 水溜(みずた)まりが動いてるよぉ!」


 セムが後ろを振り返ると、水溜まりのような液体が草木を枯らしながら(すさ)まじい速さで迫って来ていた。

 

 「チクショウ! アイツら、俺達の邪魔をしに来たか!」


 ライコウは不気味な汚水(おすい)がベースケとアルスの成れの果てだと直感した。


 「ラヴィ、キノを頼む! 俺は奴らを食い止める! 君はセムと一緒にあの扉を開けて先に中へ入っていてくれ!」


 ライコウはそう言うと背中に抱いていたキノをラヴィに託した。


 「分かったのだ! でも、ベースケとアルスを壊さないで欲しいのだ!」


 ラヴィにとってエクイテスのゼルナー達は、ベタベタくっ付いて来るだけの(わずら)わしい存在であった。 だが、マルアハ『フル』との戦いを経て、エクイテスのゼルナー達に仲間意識を感じていた。 特にベースケとアルスはスケベではあるが、仲間思いの優しい器械である事を知っていた。


 『彼等はオフィエルによって、器械では無くなった。 だが、それでも彼等の記憶がまだ残っているなら、きっと彼等は目を覚ましてくれるに違いない』


 ラヴィはそう思ってライコウに二人を殺さないで欲しいと頼んだのであった。


 「承知している。 俺だってアイツらは仲間だと思っている! アイツらの動きを封じるだけだ」


 ライコウはそう言うと立ち止まって、迫り来る汚水を(むか)え撃った。



 ――



 ――その頃、地上には大地に叩き落とされたタコのような怪物が炎に巻かれて絶叫を上げていた――


 ファレグはオフィエルの巨大な体躯(たいく)を手に持った灼熱の鎌で叩き落とした。 そして、まるで生き物のように彼女の身体に纏わり付いているキツネ姿の炎から、烈火の玉を吐き出してオフィエルの身体を火ダルマにした。

 

 「キャァァァ――!」


 オフィエルの身体から複数の女の叫び声がまるで“やまびこ”にようにこだまする。 ファレグはその不気味な悲鳴にも眉一つ動かさず、炎の中から次々と伸びてくる触手を鎌で切り裂きながら“ヴォーチェ・マギカ”を唱えた。


 「アムード・ケレフ・ロヘット……」


 ファレグがそう呟くと、桜色の翼が真っ赤に染まった。 そして、翼からまるでミサイルのように(おびただ)しい数の炎の砲弾がオフィエルに向って発射された。


 先の(とが)ったトゲのような砲弾は溶岩のような高熱の液体を(したた)らせながら、次々とオフィエル向って飛んで行った。 オフィエルの下半身から(うごめ)く無数の触手に突き刺さった砲弾は『ジュゥゥ……』と目を背けたくなるような痛ましい音を立てて触手を焦がす。 そして、下半身にパックリと開いた卑猥(ひわい)な口へ突き刺さった。


「ギャァァ――!」


 あまりの痛みのせいか、オフィエルは一際騒々(ひときわそうぞう)しい絶叫を上げた。

 いやらしい大口が熱によって(ただ)れ、醜悪(しゅうあく)な液体を(ほとばし)らせる。 生臭い異臭を周囲に放ち『ドク、ドク』と流れ出る白濁の液体。 初めはヨダレのように垂れていた液体は、やがて濁流(だくりゅう)となって周囲に勢いよく流れ出て、ファレグへ津波のように迫って来た。


 「フン、“炎の氷柱(つらら)”はどんな物体も灼熱の溶岩へと変える」


 ファレグは迫る液体に向って、翼からさらに炎の氷柱を放つ。 砲弾が白い液体に包み込まれると、煙を上げながら瞬く間に灼熱の液体へと変わりドロドロと地上へ落ちていった。


 「キィィ! この女ギツネめ! キサマ、ラッパだけじゃなく、ヨリミツも自分のモノにしようと(たくら)んでやがるな!」


 ファレグを口汚(くちぎたな)く罵倒する声が上から響いて来た。 醜い下半身の上に(そび)える大木(たいぼく)のような身体は、怒声を響かせる度に白い液体を雨のように降らせた。

 ファレグの頭上に白い雨が降り注ぐ。 しかし、白い雨はファレグを濡らす前に彼女の身体に纏わり付く炎のキツネに(ことごと)く防がれた。 白い雨は炎に当たる度に『ポフ、ポフ』と小さな破裂を起こして、煙を出して消えていった。


 「……意識が混濁(こんだく)しているようね。 言っている意味が分からないわ。 アタシはラッパもヨリミツも興味が無い。


 ただ、お前がラッパを手に入れるとアザリアが困るから手伝って上げただけ」


 「アザリアァァ!? あの女、まだチョロチョロしていやがるか! キィィ――!」


 オフィエルはファレグの言葉に反応し、触手から無数の人間の顔を浮かび上がらせた。

 

 「……厄介(やっかい)な攻撃が来るわね」


 夥しい数の人間の顔はまるで人形のように無表情であった。 口をだらしなく開いて「あぁぁぁ……」と言葉にならない(うめ)き声を上げながら、口から見るからに毒々しい斑色(まだらいろ)の針を吐き出した。

 

 数千本、数万本の針が幾多の人間の口から吐き出されと、ファレグは翼を羽ばたかせて空へ逃げた。

 

 「“炎の氷柱”を甘く見ない事ね」


 ファレグはそう言うと、再び翼からドロドロに熱せられた真っ赤な砲弾を放出させた。


 オフィエルの身体から吐き出された万本の針は、砲弾に触れると溶岩のように()け、灼熱の液体となって地上へ墜ちていく。


 「――! 量が多すぎる!」


 ところが、針の数があまりにも多く、ファレグが放つ砲弾では防ぎきれない。 慌てたファレグは間髪入れずに聞いたことの無い呪文を(つむ)ぎ出した。


 「ア・デイモン・フン・ファイヤー


 ファル・ヴェルフン・アレ・ザッヘン・ボイゲン・ズィヒ


 シュリイェフ・フン・カオス・オン・ア・ポニム


 イフ・ハイス・イン・ノーメン・フン・デア・ロイター・マルヘ」


 ファレグの鼻声が口から出ると、彼女の身体を取り巻いていたキツネのような(あか)い炎が、瞬く間に(あお)い炎に変化した。

 キツネの口から熱風が吹き荒れ、全てを燃やし尽くす蒼い業火の嵐は無数の針を消し飛ばす。


 「リルヒト! 悪しき者を滅ぼしなさい!」


 辺りを埋め尽くす程飛んでいた毒針は、蒼い炎によって焼き尽くされた。 ファレグが生み出した碧瑠璃(へきるり)のキツネは天へ咆吼(ほうこう)を上げるように業火(ごうか)を吹き上がらせると、猛然(もうぜん)とオフィエルへ飛びかかった。


 「ギィィィ――!!」


 オフィエルは絶え間なく液体を放出させるが、想像以上の高温は液体をあっという間に蒸発させ、彼女の身体を赤黒く(ただ)れさせた。

 

 オフィエルは分が悪かった。 彼女は水の中では無敵であったが、地上へ出るとどのマルアハよりも脆弱(ぜいじゃく)であったのだ。


 (こ、このままでは死んじゃうわ!)


 ――どう足掻(あが)こうが、ファレグが操る瑠璃色の炎から逃れられない――


 先ほどまで怒声を上げていたオフィエルはようやく冷静になったのか、自分の置かれている状況を理解すると突然身体を収縮させた。


 「――!? ()ぜる気ね!」


 ファレグが慌ててオフィエルの(そば)から離れた瞬間だった。


 『――パン――!!』


 巨大な身体を圧縮させたオフィエルが、まるで水風船のような音を鳴らして爆発した。

 上空に凄まじい勢いで白濁した液体と透明な液体が吹き上がると、空から驟雨(しゅうう)が降り注ぐ。


 オフィエルはこれ以上ファレグと戦っても地上では勝ち目が無いと感じ、自らの身体を液体へと変化させ、逃亡を(はか)ったのだ。

 

 (オフィエルが劣勢に立たされるのも無理はなかった。 彼女の主戦場(フィールド)は広大な海である。 常に身体が液体に浸っていなければ本来の能力を発揮出来ず、ファレグの圧倒的な火炎の前では為す術がないのだ。


 とはいえ、彼女もファレグと同じマルアハとしての意地がある。 逃亡する前に()()()()()()()()を吐き散らかしてファレグに一矢報(いっしむく)いようとしたのであった)


 「くっ……」


 オフィエルが放出した澄み渡った透明な水は、ファレグの炎をあっという間に()き消した。 サラサラした清らかな液体がファレグの身体を濡らすと、彼女の服はまるで硫酸でも浴びたかのように溶け、白く美しい肌を露出させた。 そして、耐え難い痛みを彼女に与えたのである。

 ファレグは(たま)らず大地に膝を付いて痛みに(もだ)えた。 そして再び身体に炎を纏い、降り注ぐ透明な雨を防ごうとするが、雨に当たった瞬間に炎は再度掻き消えた。

 

 「……雨が止むまで身を隠すしか無いわね……」


 オフィエルは自分の身体を液体に変えて逃亡した。 その際、撒き散らした透明な液体は上空で雨雲となって周囲一帯の大地に降り注いだ。 光に反射してキラキラ輝くその雨は、ファレグの炎を掻き消すほどの恐ろしい雨であった。


 「……マスティール・エト・エメット」


 ファレグはイナ・フォグが使用していた術を使った。 だが、イナ・フォグが使用する術と少し様子が異なるようだ。 ファレグの全身が仄暗(ほのぐら)(あい)色の炎に包まれると、彼女は忽然(こつぜん)と姿を消した。


 (また、イン・ケイオスに燃やされた花を育てないとね……。 あの子(ネクト)達にやってもらおうかしら……)


 自分が燃やした草木や花を相変わらずオフィエルのせいにするファレグ。 彼女は異空間の中で残念そうな溜息(ためいき)を吐いていた。



 ――



 「セム! この扉をハッキングして開くのだ!」


 ラヴィ達の目の前に立ちはだかる巨大な機械の扉はコンピュータ制御されているようで、小さなパネルに認証コードを要求する画面が表示されていた。

 セムはラヴィの声に「うん!」と元気に答えると両腕を『パカッ』と取り外し、中から太いケーブルを放出させた。

 光ファイバーのような長いケーブルの先端にはドリルのように(とが)っており、回転しながら電子パネルの脇の壁に突き刺さる。 そして『ウィィン』とモーター音を立てながらあっという間に壁に穴を開けると電子パネルの裏側へ侵入していった。


 『……ニンショウ……カンリョウ……』


 ケーブルがパネルの裏に侵入して数分も経たない内に、画面に認証コードが勝手に入力されて認証が完了した。


 「ふぇぇ、セムったらそんな事出来るんだ」


 ラヴィの背中に乗っているキノはセムの能力に目を丸くした。 セムは「エッヘン!」とドヤ顔を見せ「セムは何でも出来るさ!」と胸を張った。


 「得意げに胸を張っている場合じゃないのだ! 早く扉を開けて中へ入るのだ!」


 ラヴィはセムを無視して大きな扉に体当たりをした。


 「うわぁぁ――!?」


 すると、ラヴィは重々(おもおも)しい鉄扉を透過(とうか)し、勢い余ってそのまま奥へと転がって行った。 キノはラヴィの背中から離れ、負傷した足を(かば)いながら立ち上がる。


 「キノ、大丈夫――?」


 セムが慌ててキノの傍へ駆け寄って来た。 機械の床に転がっているラヴィの背中を踏みつけて……。


 「グァ……。 こ、この、さっきの言葉の仕返しか……」


 「フーンだ! セムの事をバカにするからだい!」


 セムは先ほどラヴィが突っ慳貪な言葉を言い放った事への仕返しをしたらしい。


 「ムム、別にバカにしてないのだ、全く――」


 ラヴィは『パン、パン』と服についた汚れを叩くと、先ほど通り過ぎた鉄扉に目を遣った。

 

 「アレは精巧(せいこう)なホログラムだったのか? 物理的な扉だと思っていたのだが……」


 続けてラヴィは周囲を眺める。 まるで機械の内部のような金属製のトンネルは赤や青の電子の光が壁面に流れており、ガラスの床の下に大小様々なコンデンサを積んだプリント基盤が敷かれてあった。 どうやら床の下には広大な空間が広がっているようだ。 基板上には古代の作業用機械『ミトゥル』達がクモのように動き回り、赤い光を点滅させていた。 基板上の紋章(もんしょう)のようなパターンに青い光りが流れている光景は、さながら迷路のようであった。

 

 「此処(ここ)が灯台の内部か……? まるで機械の中に入り込んだみてぇだな」


 キノは足を引き()りながら、目をキョロキョロさせてラヴィに声を掛けた。 ラヴィはキノの様子を見るとサッと近づいて彼女を負ぶった。


 「キノ、無理してはダメなのだ。 汝の運動回路は故障して左足が動かない。 関節の金属も損壊している。 汝は無理をせず此処を脱出する事だけを考えるのだ」


 此処(ここ)が人間の墓場だろうが、ラヴィ達には関係ない。 彼女達はマザーの命令で古代遺跡の調査に来ただけである。

 

 「調査の結果、分かった事は三つあるのだ」


 一つ目は『ラッパ』と呼ばれる遺物はこの遺跡には無かったという事。

 二つ目はそのラッパという物を手に入れようと、オフィエルとアザリアが争っているという事。

 三つ目は『ボニーヤード』とデバイスに表示されていた“灯台”が、灯台では無く何か別の施設であった事。

 

 「ボニーヤードが何の施設なのかはこのまま上へ進めば分かる事なのだ。 そんな事より、ラッパに関する二つの事実の方が重要なのだ。 はやく此処から脱出してマザーにその事実を報告しなければならないのだ」


 ラヴィはラッパと呼ばれる物に心当たりはなかった。 彼女が人間であった頃はそんな物など存在していた記憶は無かった。 だが、ラッパという物がコヨミの瞳と同じ素材――『月の欠片(かけら)』で造られている物だという事は想像出来た。

 

 「アル……かたじけねぇ……」


 ラヴィの背中に抱かれたキノが、申し訳なさそうに言葉を絞り出す。 ラヴィは「なに、ちょっと重いけど大丈夫なのだ」と澄ました顔をして歩き出す。


 「バ、バカ! お、俺はこれでも痩せたんだからな!」


 キノは顔を赤くして体重が増えた事を否定した。 すると、後ろからセムが声を掛けてきて、自分の考えが間違っていなかったのだとドヤ顔を見せた。


 「ほらぁ、キノは太ったんだよ! むふふ♡ やっぱりセムの言う事に間違い無かったでしょ♪」

 

 セムが得意げにキノに話しかけると、キノは「うぅ……」と絶句して、やはり自分が太ったのだろうと落ち込んだ。


「そんな落ち込まなくても……。 別にいいじゃん、太っていれば出力も上がるんだからさ!」


 セムは自分の発言でキノが意外な程落ち込んだ事に狼狽(ろうばい)し、必死にキノにフォローを入れた。



 ――



 ラヴィ達が扉の正面に辿(たど)り着いた時、ライコウはヘドロのような泥水(どろみず)と化したベースケとアルスの侵攻を止めようとしていた。

 ライコウの姿はトコヨの戦士の姿から元の器械騎士(ゼルナー)の姿へ戻っていた。 オフィエルと戦う事を懸念(けねん)してトコヨの戦士となったライコウであったが、ファレグの助力でオフィエルと戦わずに済み、無駄に高出力を維持する必要が無くなったからだ。


 「コレでも食らえ!」


 ライコウは掌からワイヤーを射出した。 鉛色のワイヤーから『バチ、バチ』と黄金色(こがねいろ)の閃光が走る。 ライコウはワイヤーに高圧電流を流し、汚い液体の姿に変わったベースケとアルスを感電させた。


 「ウギャァァ――!」


 二人の男達の絶叫が響き渡ると、火花を散らす汚水が見る見る人の姿へと変わって行った。


 「テメェ! 俺達をコロス気か!?」


 ベースケとアルスは今までと変わらぬ姿でライコウの前に現れると『プス、プス』と煙を上げながら怒鳴り散らした。

 しかし、ライコウは二人の怒声などお構いなく、攻撃の手を(ゆる)めない。 ひとしきり電流を放電させて二人を(しび)れさせると、今度は背中に()いた大剣を引き抜き、眩いばかりの瑠璃(るり)色の電気を大剣に(ほとばし)らせた。


 「やっべ――!」


 ベースケとアルスがお互い顔を見合わせたその刹那、ライコウが振りかぶった剣から閃光が放たれ、同時に『ピシャン!』という轟音(ごうおん)が響き渡った。


 「チッ――!」


 放たれた雷が地面を切り裂き、天井を(えぐ)ると『ガラガラ』と瓦礫(がれき)が落ちて来た。

 しかし、ベースケとアルスの姿はそこに居なかった。 彼等は雷の速度を凌駕(りょうが)する反応で二手に分かれて電流を避けたのである。


 (やはり、身体能力が異常に上がっている……)


 双方の壁に飛び付いたベースケとアルス。 なんと二人は側壁に足を着いてそのまま立ち上がり、偉そうに腕を組んでライコウに「ハッ、ハッ、ハッ――!」と高笑いをした。


 「バーカ! お前の攻撃など止まって見えるわ。 俺たちゃ、(うるわ)しいオフィエル様の部下になったんだ!

 お前のようなポンコツに負けるか!」


 相変わらず憎まれ口を叩く二人。 そして、相変わらずスケベな二人。


 「何じゃ、お主ら! あんな気持ち悪いバケモンの何処(どこ)が麗しいんじゃ! このアホ!」


 ライコウはそう言うと、ベースケ目がけて飛びかかる。


 『――ドカン――!』


 と側壁が崩れ、再び天井から瓦礫が降ってくると、ライコウは瓦礫の間に揺らめく影を見逃さず、間髪入れずに影に向って剣を投げつけた。


 『バチ、バチ!』


 雷を纏った剣が影に突き刺さると紫の火花を散らし、学生服姿のベースケの身体(からだ)(あば)き出した。

 

 「ギヤァァ! イテえぇ!」


 ベースケが痛みに絶叫している間、アルスはライコウの背後に回り込んで泥のように変わった右腕でライコウの背中を殴ろうとした。


 「おい、ファレグがハダカになっておるぞ!」


 「何っ!?」


 アルスは一瞬のうちに(たくま)しい妄想(もうそう)を発動させ、先ほど見たファレグの姿を“あられもない姿”へと脳内変換させた。

 ライコウはその隙に投げつけた大剣を回収して、アルスから距離を取った。


 「くっそぉ、(はか)ったな!」


 「お主がくだらん妄想を抱くのが悪いんじゃ!」


 やはり、二人の性格は器械であった時のままであった。 だが、身体能力が異常に高く、出力を100パーセント以上に上昇させているライコウの攻撃も平然と受けている。

 

 「だいたい、お主等は何故ワシを攻撃する! オフィエルが探しているラッパとか言うのモノは『此処(ここ)には無い』とファレグが言っておったじゃろう!」


 確かにライコウの言う通り、オフィエルが探しているラッパが無ければ、ライコウ達を攻撃する必要は無い。 そのまま撤退して別の場所でラッパを探せば良いはずである。

 ところが、この場所にラッパが無いと告げたのはオフィエルでは無く、ファレグである。

 オフィエルの眷属と成り下がったベースケとアルスは、ファレグの言う事など信用しない。 主であるオフィエルの言う事だけしか信用していなかった。


 「俺達はオフィエル様の命令しか聞んのだ!」


 地面に広がるドロドロした液体から学生服を着た腕が伸びてくると、ベースケが液体から()い出て来た。

 

 「くっ、コイツら話しにならん!」


 あれだけ高圧の電流を浴びせたにも(かか)わらず元気に動き回る二人にライコウは辟易(へきえき)し、背後に聳える鉄扉を見た。


 「何っ!? 扉が閉じておるではないか!」


 ラヴィ達の姿はすでに見えなかったが、肝心(かんじん)の扉が閉じたままである。 一体、どうやって彼女は扉を開けたのだ?


 「クソッ、デバイスの通信が遮断(しゃだん)されておる。 取りあえず扉の方へ向うか――」


 ラヴィに聞こうにも扉の向こうにいる彼女達にはデバイスの通信が届かない。 眼前(めのまえ)のベースケとアルスはライコウの制止も聞かずに、ジリジリとにじり寄ってくる。


 「ハッ、ハッ、ハッ、バーカ! そっちは行き止まりだぜぇ?」


 奥へと逃げるライコウを追いかけるベースケとアルス。 実は彼等がライコウを追いかけるのには理由があった。


 (あの野郎、俺達のアルちゃんを独り占めにしやがって……。 そればかりか、アラトロンまでも手籠(てご)めにして……。


 許さねぇ! 俺達がゼルナーのネェチャンと“×××”したり、“♡♡♡”したりするのにどれだけ苦労した事か!


 アイツは何の苦労もなくハーレムをつくり上げ、俺達に見せつけやがった。


 オイル()(にじ)むような努力を重ねて、女の子にモテようとした俺達を嘲笑(あざわ)うがごとく!)


 ……そう、彼等がライコウを狙うのは、単純な嫉妬心(しっとしん)からであった。


 彼等がオフィエルの命令に背く事など簡単に出来る。 現にオフィエルの眷属である女性など、早々にオフィエルを裏切ってファレグの(もと)へ身を寄せている。

 眷属(けんぞく)達はマルアハの存在が無くては生存できない身体となるが、別に彼等の命令を聞く必要は無いのだ。


 「俺たちゃ、テメェが大嫌いだったんだよ! “リア(じゅう)”ほどムカつく奴ぁ、この世にいねぇんだ!」


 身に覚えのない怒りを()つけられたライコウは、(わめ)き散らす二人を無視して扉の前に立った。 両手で扉を押さえて開けようとするが、(いく)ら押しても扉はピクリとも動かない……。


 「な、なんじゃコレは? ……?」


 扉の横には大きなパネルが設置させていた。 見た事の無いグリーンの文字が画面上に流れており、中心には『ニンショウキー』という文字が表示されていた。

 

 「認証キー? そんなもの知らんぞ! ラヴィ達は一体どうやって侵入したんだ?」


 取りあえずパネルの脇に設置されている幾つかのボタンを適当に押してみるが、何の反応も無い。 ベースケとアルスは慌てている様子のライコウを見ると、ニンマリとした笑みを浮かべてお互い顔を見合わせると、身体を再び汚水に変えた。


 「なに、殺しはせん……。 お前とは昔からのよしみだからのぅ。 お前は泥に(まみ)れて俺達と一緒にオフィエル様の許へ行き、永遠にあのお方の胸に抱かれると良い。 そして、お前はオフィエル様のイヌとなるのだ!」


 ベースケの言葉にアルスが「もちろん俺達の部下としてな!」と合いの手を入れた。

 

 「ほざけ! あんなバケモンの家来(けらい)になど誰がなるか!」


 ライコウは二人に背中を見せながら必死に扉を壊そうと拳を叩きつけるが、ライコウの出力をもってしても扉はビクとも開かなかった。


 (クソッ、こうなったら再び“エミュレーション”を……)


 ライコウは再びコヨミの瞳から放たれるエネルギーを利用して、エミュレータを起動して出力増幅装置を使おうと考えた。

 

 (……だが、二度も起動すれば燃料がもたん。 出力の大幅低下はさけられん)


 ライコウがエミュレータの起動に躊躇(ちゅうちょ)していると、茶色く濁った汚水となった二人は地面をドロドロの汚泥に変えた。 不浄(ふじょう)な泥はモコモコと地面をせり上げて、ついに大きな山となり、まるでヘドロの洪水のようにライコウへ襲いかかってきた。


 「ウワァァ! 止めろ、お前ら!」


 ベースケとアルスが自分を破壊しようとまでは思っていない事は何となく分かっていた。

 だが、このままではあの悍ましい怪物の許へ連れて行かれ、自分も二人と同じく怪物の手下となってしまう……。


 ライコウは迫り来る泥の濁流(だくりゅう)に目を見張(みは)ると、思わずイナ・フォグの姿を思い浮かべた。



 (――フォグ――! 俺は君しか――!)



 イナ・フォグの美しい姿を思い浮かべたライコウは目を(つぶ)った。


 「――あっ!? お、お前は――!」


 するとベースケとアルスの吃驚(きっきょう)した声が響き渡り、辺りが凄まじい熱気で覆われた。


 「ファレグ!」


 ライコウが目を開けると、火炎に包まれたファレグが眠たそうな目をライコウへ向けていた。



 ――



 ファレグが着ているコルセットドレスはまるで溶けてしまったかのように破けており、彼女は(ほとん)(はだか)の状態であった。 (はか)らずも先ほどライコウが叫んだ“あられもない姿”となっていたのである。 とはいえ、身体を包むキツネの姿をした火炎のせいで、彼女の裸体は見ることが出来なかった。

 

 「ふぅ……。 お前がアイツに捕まると“妹”が悲しむわ」


 ファレグが放つ火炎の熱気は(すさ)まじく、鼻を突く異臭を放つ汚泥はあっという間に土となり、ボロボロと地面へ崩れ落ちた。

 

 「ゲェェ! 水が無ぇと移動出来ねぇぞ!」


 カラカラの土からベースケとアルスの狼狽(ろうばい)した声が聞こえてきた……。 彼等は自分の身体を液体に変えて移動していた。 液体だけであればファレグの炎で蒸発しようと、気体となって移動する事が出来る。

 ところが、液体となった自身を泥と融合し、汚泥でライコウを攻撃しようとしたことが(あだ)となったようだ。 身体が蒸発して気体となったまでは良かったが、気体ごと土の中へ閉じ込められてしまったのである。


 「クッソォォ、ふざけやがって! こうなったら、ハダカ見せろ! このアマ!」


 土の中から『ギャー、ギャー』と喚き声が聞こえてくる。 ファレグは卑猥(ひわい)な中傷を浴びせる土塊(つちくれ)に背を向けたままライコウに視線を送ると、扉から離れるよう目配(めくば)せをした。

 

 「退()きなさい」


 ファレグに言われるまでもなく、扉から離れるライコウ。 ファレグから放たれる熱気が凄まじく、このままでは冷却装置が故障する危険があったからだ。


 (……馬鹿げた火力だ。 まるで太陽のすぐ近くにいるかのような……)


 にもかかわらず、灼熱の火炎に撒かれているファレグの裸体は火傷(やけど)一つしていない。 みずみずしい美しい肌を保ったままである。

 ファレグが扉に向かって手を差し出すと、彼女の周りをぐるりと囲んでいた炎が吹き上がり、目の前に炎の(うず)を創り出した。 ファレグはその真っ赤な炎の渦に右手を差し入れる。 彼女が再び手を引くと、右手に切断された不気味な腕を掴んでいた。

 血の気の無いドス黒い腕……。 まるで悪鬼(あっき)のような(おぞ)ましい腕はガッチリと真っ赤な三日月の刃を握りしめていた。


 「あ、アレは……。 まさか、フォグの……?」


 ファレグが炎の渦から引っ張り出した鎌は、イナ・フォグが持っている大鎌とよく似ていた。 イナ・フォグの持つ鎌はこんな禍々(まがまが)しい鬼の腕ではなかったはずだが、蛇に飲まれた白骨の人間の腕と忌まわしさでは似たようなものだ。

 ライコウが唖然として気味の悪い鎌を見つめていると、ファレグはお構いなしに謎の言葉を(つむ)ぎ始めた。


 「ディ・レイニクンディケ・ザイン」


 ファレグの声に呼応(こおう)するかのように手に持った鎌が青白い炎に包まれる。 すると、炎の中からまるで悪魔の呻き声のような不気味な絶叫が響き渡り、鎌を(つか)んでいた醜悪な腕がみるみる骨へと変わって行った……。


 「浄火(じょうか)の炎に包まれた鎌は、どんな物も切断出来るわ」


 呆気に取られるライコウに目もくれず、ファレグはそう言うと目の前の扉に向かって“浄火の鎌“を振るった。


 『――ヴィィィ――!!』


 ファレグが扉を一刀両断すると、けたたましい警報が鳴り響いた。 同時に切り口から灼熱の煙が立ち上ると、扉は切り口に沿ってまるで溶岩のように溶け出した。


 「……コレで中に入れるわ」


 閉ざされた扉などマルアハには何の障害にもならなかった。 アッサリと扉を溶かし、身を焦がす灼熱をバラ撒くファレグ。 ところが、ライコウがファレグの傍へ歩み寄った時、彼は驚くべき事実に気付いた。


 (何故(なぜ)、ファレグも鎌も全く熱を感じないんだ?)


 ファレグの身体を取り巻く紅い炎も、青白く燃えさかる鎌も全く熱を感じなかったのである。


 「先ほどまでは確かに君の身体から高熱が放たれていた。 何故、今の君からは熱を感じないんだ?」


 周囲にはまだ凄まじい熱気が充満している。 だが、その熱源はドロドロに溶かされた扉から放たれていたのである。

 ファレグはライコウの質問に目を丸くすると『クスッ……』と(すぼ)めた口角を上げて「野暮な事を聞くのね」とライコウを(たしな)めた。

 

 「アタシ自身が熱を発している訳じゃないわ。 “リルヒト”が熱を放出させるの。 リルヒトは炎ではない。 この鎌もそう。 炎に見えるだけで実態はアタシの身体から創り出した粒子とマナスから生まれた可愛いペット。

 ……まあ、アタシ自身も熱を放出させる事が出来るけど、そうすると服が燃えてしまうでしょ?」

 

 どうやらファレグを取り巻くキツネの姿をした炎は、一見炎に見えるだけで別の物質であるようだ。 しかも『ペット』と言っている事から、意志を持って動き回る事も出来るようだ。 

 ファレグはこの炎のキツネに何らかの力を加える事で火炎を吐き出させたり、爆発を起こしたりしている。 それだけでなく、このキツネは逆に熱からファレグの身体を防ぐ役割もあるらしい。


 「なるほど……しかし……」


 (……炎で服が燃えた訳じゃないとすると、今服を着ていない理由は何なんだ? まさか、自分で脱いだとか……?)


 「そんな訳無いだろ!」


 ファレグはライコウのココロを読んだのか、思わず顔を赤らめた。 今までとは違う言葉(づか)いをしたファレグは、恥ずかしさを隠す為かすぐ泰然とした様子に戻ると、ライコウに向かって鎌を突き出した。


 「……ア、アタシのハダカばかり気にしてないで、早くハラリートから地上へ脱出しなさい。 町の中心はまだイン・ケイオスの“白い雨”が降っているわ。 ハラリートの上空までは雨雲は届いていない」


 「そ、そのハラリートとは一体何なんだ。 この先はボニーヤードじゃないのか?」


 ライコウは先を急がせようとするファレグに最後の質問をぶつけた。 するとファレグは目を伏せて聞き取りづらい鼻声を出した。 その声は先ほどまでとは違い、どこか躊躇(とまど)いのある遠慮がちな声であった。


 「……た、確かに人間の死体は存在するわ。 ……利己的で自分勝手な人間の屍が。 ただ自分達だけが生き残ろうと、他者を出し抜こうと考えた亡者達の成れの果てが……」


 ライコウは彼女の言葉が理解出来なかった。 だが、赤い瞳の奥に怒りと悲しみを宿すファレグの姿に、ライコウは人間に対する愛情を彼女から感じた気がした。


 ライコウはファレグの言葉に(うなず)くと、彼女に背を向けた。


 「君が人間の何を見て来たのか俺には分からない。 人間も俺達と同じで自分が一番可愛いもんだ。 だが、そんな人間ばかりでは無かった事は、君もよく知っているはずだろう」


 ファレグはライコウの返事に応えず、黙って彼の背中を見つめていた。


 ライコウはファレグの視線を背中に感じながら扉の奥に向って歩き出した。


 「この先に君が見た人間の闇があるのなら、俺もこの目でそれを確かめよう。 そして、その闇を光に変える人間の存在を信じよう。


 ――君が信じたように――」


 ファレグはライコウの言葉に赤い目を見開いた。 すると、彼女の身体を取り巻いていた紅い炎が忽然(こつぜん)と消えた。


 一糸纏(いっしまと)わぬ姿をさらけ出し、呆然とライコウの背中を見つめるファレグ。


 彼女はその時、魔女のような姿をしたゼルナーが、人間の男を必死に護ろうとしていたあの時の光景を思い出していた。



 ――



 ネオンのような光が手前から奥へ流れていく機械のトンネルの中を進んでいたラヴィ、セム、キノの三人は広大な空間へ到着した。

 中央に薄紫(うすむらさき)のバリアに囲まれた黒く輝く金属製の床が敷かれている空間があり、(かたわら)には柱状の機械が設置されている。 ガラス張りの床の下に広がる基板から突き出ている機械は何かの制御装置だろうか? 機械表面の電子パネルに青い文字が流れている様子を見ると、数百年経った今も機械は稼働中であるようだった。


 そのバリアの奥には巨大な()のような機械が見えた。 直径一キロはあろうかという馬鹿デカい機械で、三層に分かれているようだ。 機械の側面はボンヤリと青い光を放っており、上層部へ行くための螺旋(らせん)階段やハシゴが(いた)る所に設置されている。 デバイスで調べると階段を上がった先に機械内部へ入る出入り口が設置されている事が分かった。

 機械の最上部は先ほど見た薄紫色のバリアで囲まれており、その中に地上で見た灯台の姿が確認できた。

 

 「アレがボニーヤードなのだ」


 灯台は天井を突き抜けて地上まで伸びていた。 つまり、この機械は地上に(そび)える灯台に接続されている機械であったのだ。


 「……あの灯台が地下でこんな機械に接続されているとは……」


 ラヴィがデバイスでこの巨大な機械を調べたところ、この機械は出力装置である事が分かった。

 

 ラヴィはキノを背中から下ろすと、セムとキノにこの場で待っているように伝えた。 そしてバリアの張られた機械の裏側に回って、出力装置の目の前まで駆け寄った。

 

 「こ、こんな馬鹿デカい出力装置が何故必要なのだ? ボニーヤード自体が何か途方(とほう)もないエネルギーを必要とする機械なのか……?」


 ラヴィは考えた。 ファレグはボニーヤードの事を“ハラリート”と呼んでいた。


 (ハラリート……? むぅ、デバイスにも登録がない言葉だが、何処かで聞いたことが……)


 ――ラヴィは遠い過去を思い出そうと目を瞑った――


 『クラルス! ワガハイはもうダメだ! ワガハイを置いて汝だけでハラリートまで逃げるのだ!』


 辺り一面炎に包まれた都市を駆けている一人の女性。 背中には満身創痍(まんしんそうい)のラヴィを抱いており、(おびただ)しい数の(しかばね)を踏み越えながら、遠くに見える”宇宙船”を目指して必死に走っている。

 

 『諦めちゃダメ! 必ず私達は生き残ると信じて!


 私は必ず貴方とこの星を脱出するから!


 だからお願い、ラヴィニア――』



 ――どんな時も、希望を忘れないで――!



 「――そ、そうか!」



 ラヴィは目を見開き、ハラリートという言葉を思い出した。


 「そうだった。 ワガハイが故郷を脱出した“宇宙船”――その名が『ハラリート』だったのだ……」


 ラヴィは故郷の星から怪物を追放した後、滅び行く星に見切りをつけてハラリートで星から脱出した。

 そのハラリートが今、この滅びた都市で再び蘇ろうとしていたのであった。

 

 「とはいえ、我々が乗ってきた宇宙船とは違う……。 恐らく、ハラリートという名で新たに作った別の宇宙船なのだ。


 しかし、何故宇宙船なんか……」


 「――!? もしかしたら、厄災(やくさい)の時にコレを使って逃げようとしたのか!?」


 ラヴィは思った。 恐らく、厄災の時に人間達が星から脱出しようとハラリートを造ったのだと。


 「……し、しかし……厄災は何の前触れもなく突如として起こったはずなのだ。 厄災時にこれだけ大規模な建造物を造ったなどというのは現実的ではないのだ。


 ……すると、厄災に関係なく宇宙へ行こうとしていた……?


 何の為に……?」


 

 「――ワッ――!!」



 ラヴィが腕を組んで考え込んでいる耳元で、突然セムが大声を上げた。


 「うわぁぁぁ!!」


 ラヴィが吃驚して腰を抜かす。 すると、セムは満足げな顔をして「アハハ!」と笑い、目を白黒させているラヴィに向って指を差した。


 「アハハハ! セムが呼んだのに聞いてなかったラヴィが悪いんだからね!」


 セムはラヴィが過去を思い出している時、背後からずっとラヴィを呼んでいたようだ。 ラヴィが全く動じなかった為、セムは腹を立ててラヴィの耳元で大声を張り上げたようだ。


 「なっ! だからと言って耳元で大声を張り上げるもんじゃないのだ! 集音装置が壊れたらどうするのだ! ……全く!」


 ラヴィが両手を挙げてセムを追いかけようとすると、遠くからライコウの声がした。


 「ラヴィ、セム! お主達、キノを置いてなに遊んどるんじゃ!」


 「あっ、ライコウ! やっと来たんだね♪」


 セムはライコウの声を聞くと嬉しそうに駆け出した。


 「あっ! コラ、セム! ワガハイが先なのだ!」


 ラヴィがセムの背を追おうとした時、彼女は再びあの時の女性の声を思い出した。


 『――どんな時も、希望を忘れないで――』


 「……クラルス、ワガハイはもう絶望したりはしないのだ。 だって、希望はワガハイのすぐ近くにあるのだから」


 ラヴィはそう呟くと、ライコウの許へと駆け寄った。


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