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ライコウのデバイスには『リリム=イナ・フォグ』という名が表示されていた。 これが、アラトロンの真の名であった。
デバイスがアラトロンを捕捉した場所を拡大表示させる――すると、紫色の霧の中で何かが光っている様子が映し出された。
その光は徐々に明るくなり、光が明るくなるにつれて紫色の霧がゆっくりと消えていった――。
「……お、お主がアラトロンか?」
――その姿は少女のような姿であった。 もちろん、ただの少女ではない。 彼女は天使なのか? 悪魔なのか? どちらとも取れないような不思議な姿をしており、至る所に黒い蛇が湧き出し蠢いている満月のような浮遊体に腰を掛けていた。
彼女の顔は雪のように白く、透き通っていた。 小さな丸顔に鮮やかな桜色の髪の毛を華奢な肩辺りまで伸ばしており、その美しい色の髪の毛が肩に触れる度に、何やら黒い物体が火花のように飛び散っていた。 そして、彼女は黒いドレスを身に纏っており、薄っすらと赤い下着のような生地が透けて見えていた。
一見すると、美しい桜色の髪を纏った小さな丸顔の可愛らしい少女――
だが、ぷっくりとした弓なりの唇から一本の牙のような八重歯が出ている様子と、桃の葉のように目尻の鋭い二重の眼に宿る真っ赤なルビーのような瞳の妖艶な輝き――首から下げている真っ黒な心臓のような形をしたペンダント――そして、恐ろしい大蛇が蠢く球体に腰を降ろしている姿は、見る者に強烈な恐怖と畏怖を与えるものであった。
また、彼女は背中から一対の翼を生やしており、頭上には金色の輪が浮かんでいた。 その黒い翼はまるで蝙蝠のような翼であり、羽が一切生えていないツルツルとしたもので、蝙蝠と言うよりも、むしろ、悪魔の翼のようにも見えた。
天使のような金色の輪はくるくるとゆっくり回転を始めたり、急にピタッと止まったり、何の目的で浮かんでいるのかは分からなかったが、まるで小悪魔のような外見には似つかわしくないような輝きを放っていた。
彼女はドレスからピョコッと出している素足を球体の上でゆっくりとパタパタと動かしながら、ライコウをジッと見つめていた――。
すると、ライコウの問いかけにしばらく無言でいた彼女であったが、突然「違うわ……」と呟いたかと思うと、また霧の中へ潜ろうとした。
「――あっ! こりゃ、こりゃ! 一体何が違うんじゃ!?」
ライコウが慌てて呼び止める――。
すると、アラトロンは霧に潜るのを止めて振り返り、再びライコウの姿をジッと見つめた。
――このやり取りを見ると、ライコウの声はアラトロンに届いている事が分かるが、アラトロンとライコウとの距離は、直線距離でおよそ40キロ以上離れていた。 アラトロンの様子は、ライコウがデバイスを起動させて、フィールド内に表示された拡大映像によって確認しているだけであり、本来、アラトロンがライコウの声を聞き取る事が出来るという事はあり得ない事だが、これもアラトロンの能力の一つであり、現実にライコウの言葉が聞こえていたのであった。
アラトロンは再びライコウの姿を見つめながら無言を貫いていたが、唐突にまた一言だけ呟いた。
「……名前」
アラトロンがボソッと口に出した言葉に、ライコウはアラトロンが何を言いたいのか推測出来た。
「おお! そうか、スマンかった! リリム=イナ・フォグよ」
ライコウが叫ぶと、アラトロンはコクリと頷いて、再び裸足の足をバタバタさせて、ライコウの次の言葉を待っているようであった。
(――ぬぅ、やりづらいのぅ……。
彼奴はそもそもワシ等に会う目的など無いわけで、言ってしまえば、ワシ等が彼奴を穴倉から誘い出すようなものじゃからのう……。 何か、『釣り餌』になるような話題はないか……?)
ライコウは次の言葉を出すのに少し悩んだが、悩めば悩むほど野暮な言葉しか出てこないのはヒトの常だと知っていたので、思い切って直球勝負へと出た――。
「リリム=イナ・フォグよ。 お主にワシ等の仲間になって欲しいんじゃ!」
ジッとライコウを見つめるアラトロンに対して、ライコウも目を逸らさずにその赤い瞳をジッと見つめながら頼んだ。
「……いいわ」
何と、思いがけない事にアラトロンはライコウの頼みをあっさりと受け入れた!
――かに見えた――
ところが、アラトロンの次の言葉にライコウの表情が一変した。
「但し……。
アナタと……いつも一緒にいるその『人形』を頂戴……」
「……?」
「……は? な、何……じゃ?」
ライコウは一瞬頭が混乱した。 アラトロンが一体、何の事を言っているのか分からなかった。
ライコウが呆気に取られる中、アラトロンはゆっくりと右手を前に突き出した――そして、ライコウに指を差したかと思うと――その指をヒツジの方へと向けた……。
――
アラトロンがヒツジの方へ向かって指を差した時――ライコウはアラトロンの要求をようやく理解した。
そして、その瞬間――ライコウの頭に血が上った。
「「――ふざけんな!!」」
ライコウの怒号が薄暗い湿地帯を覆う霧の中で響き渡り、その声は奥に渦巻く紫色の霧を切り裂いて、アラトロンの耳にも直接響かんばかりであった。
アラトロンはライコウの怒鳴り声にキョトンとした顔をして、目を丸くしていた。
「……ライコウ……どうしたの?」
ヒツジは驚きと不安で瞳を黒色にさせて、ライコウに問いかけた。
ヒツジの後ろにいたエンドルとソルテス、そしてアロンは、ライコウの迫力に驚愕してヒツジの後ろで、三人固まりながら不審そうな顔でライコウを見つめていた。
ライコウはヒツジの問いに答えなかった。 いや、頭に血が上っているせいか、ヒツジの問いに気が付かなかったようであった。
ライコウはアラトロンの要求をはっきりと拒否した。
「――断る! ヒツジは俺の……家族だ!
お前に……
お前に『人形』などと言われる筋合いはない!」
ライコウの言葉にアラトロンは尚も目を丸くしていた。 すると、大きく見開いた瞳でライコウを見据えたまま、口元から一本の八重歯を光らせて笑みを浮かべた。
「――そう。 じゃあ……
私が奪い取るわ……」
――
もはや、説得などと言う状況ではなくなった!
ライコウはアラトロンの言葉を聞いた瞬間、左手で剣を抜き、凄まじい殺気を込めて剣を握りしめた。
「――ウォォォ!!」
ライコウの出力上昇の圧力で、周りの霧は突風が吹いたかのように消し飛んだ。 そして、握りしめた剣は凄まじい電流を迸らせて、その電流はやがてライコウの体全体を包んだ。
ヒツジ、エンドル達は突然の展開に理解が追い付いてなく、何が起こったのか全く分からない――。 だが、ライコウの鬼気迫る表情で、今の状況が『タダ事では無い』という事だけは分かり、ヒツジはもとより、エンドル、ソルテス、アロンの三人も今まで経験したことが無い緊張感に包まれ、先ほどまでチャラけていた表情とは打って変わって、身構えながらライコウの次の言葉を待った……。
「エンドル! ソルテス! アロン! 交渉は決裂だ!!
俺はアラトロンを討つ!! お前らは俺の援護をしろ!
――返事っ!!」
有無を言わさない迫力のライコウの言葉に三人は「っはい!!」と返事をする事しか出来ず、その言葉に頷いたライコウはすかさず次の指示を彼らに出す――。
「エンドル! お前はソルテス、アロンを護れ!」
エンドルはライコウの怒鳴り声に「――はひぇい!」と狼狽えながら返事をし、ソルテスとアロンの前方で慌てて杖を構えた。
「ソルテス、アロンは俺と打ち合わせた『例の作戦』を準備しろ!!」
ソルテス、アロンは共に「アイ!!」と言って、ソルテスがアロンの後ろに回って何かの準備を始めだした。
――ライコウの突然の指示で慌ただしく動き回る仲間を横目に見ながら、ヒツジはにわかに不安に駆られた。
「――ラ、ライコウ! ボ、ボクは?」
「ヒツジ! お前は俺から離れるな!
お前は――
俺が必ず守る!」
――
ライコウの変貌にアラトロンは少し残念そうに「ふぅ……」とため息を吐いた。
その時、ライコウは次の一手に考えを巡らせていた。
(……アラトロンから俺達までの距離は3万9150メートル! 奴がどれだけの速さで動けるかは分からんが、仮に音速を越えたとしてもおよそ100秒、マッハ4でも30秒くらい……音速に入る衝撃波を検知した瞬間に移動すれば充分避けられる時間――!
……しかし、奴がこのまま今の位置でさっきの蛇共を召喚するのであれば……
為す術は無い――。
もう俺には、蛇共を倒せるマナスは残ってはいない……
……だが、ヤツが次の手で蛇共を召喚する事は無いはずだ!)
ライコウがそう考える根拠は二点あった。
まず、アラトロンが最大でも音速の四倍の速度以上では移動できないはずだという根拠は、マルアハの中で最速と言われているベトールでさえ、音速の四倍の速度での移動しか出来ないとマザーのデータベースに記録されているからである。 アラトロンの移動速度はベトールより遅いはずなので、この距離であればアラトロンの攻撃には充分対処が可能だと考えた。
そして、アラトロンが先ほどのように大量の蛇の怪物共を召喚する可能性は限りなく低いだろうと見た根拠は、先ほどのライコウの攻撃をアラトロンが多少警戒している節があると見て取れたからである。
――先ほど、ライコウは一撃でおよそ二十体もの蛇共を屠った。 アラトロンに対して自分の力を見せつけ、余裕の笑みを浮かべさえしたのだが、これはライコウの戦略であったのだ。
すでに、先ほどの攻撃でマナスの三分の一を使用していたライコウは、大量の蛇がこれ以上召喚されれば、もう為す術はなかった……。 しかし、アラトロンはあたかもライコウが余裕で蛇共を切り裂いたように思い、ライコウの強さに興味を持ったのである。
アラトロンにしてみれば、大量の蛇を召喚したところで、あっと言う間にライコウに全て切り刻まれるのであれば、召喚する意味がないと思う事は当然であった。
アラトロンがそう思う程、ライコウは『アラトロンに圧倒的な力を見せつけた』かのような名演技をしたのである。
このライコウの読みは、あながち間違ってはいなかった。
アラトロンの取る次の手は、ライコウに攻撃をするか、お気に入りのヒツジを強奪しにかかるかのいずれかが予想されたが、いずれも、ライコウ達に接近しなければならず、接近まで数十秒は必ずかかる――。
その数十秒の間で、以前エンドルが言っていたソルテスとアロンの『奥の手』を準備させようとしていた。
……だが、ライコウは根本的なところを見誤っていた。
アラトロンはライコウの予想をはるかに超えた存在であり、戦術や戦略といった理屈を無視した破壊的な存在であったのだ。
――
ライコウがアラトロンの接近を予想して、右手に剣を持ち左手のグローブに力をこめる。 すると、グローブから激しい電流がバチバチと閃光を放った。
ライコウは左手のグローブで攻撃を防ぎ、カウンターを狙おうとしていたのだ。
そして、その後、後方にいるエンドル達に援護射撃をしてもらい、また、距離を取って戦うつもりであった。
そして、ライコウは次の一手を頭の中で整理し、再びアラトロンをデバイス越しで確認した。 すると、アラトロンは足をパタパタさせながら、俯いて何かを呟いていた。
「折角……私は……アナタと……
……でも、アナタの今の話し方……
……キライ……」
アラトロンの言葉はよく聞き取れなかった。 ただ、ライコウの話し方が気に入らないという最後の言葉ははっきり聞こえた。
その言葉がデバイスのフィールドからライコウの耳に届いた時、アラトロンの声と殆ど同時に『鐘の音』のような音が聞こえてきた……。 その鐘の音は爽やかな青空に響き渡るような澄んだ音色であり、まるで教会で結婚式を挙げている時に鳴らされる、祝福の鐘のようであった。
その音色を聞いたライコウは、得体の知れない不気味さを感じて思わず身震いをした。
鐘の音はライコウの耳から聞こえてきた音ではなく、まるで、頭の中から響き渡って来たかのように聞こえてきたからだ……。
(……な、何だ!? この鐘の……音――!?)
ライコウが訝しむや否や――
ライコウの眼前に突然アラトロンが現れた!
「――何っ!?」
ライコウが叫ぶよりも先に、アラトロンはか細い腕でライコウの胸を目掛けて拳を打ち付ける――!
「――!? くっ――!!」
ライコウは凄まじい反応速度で、アラトロンの打撃を左腕で防いだ――。
ライコウのデバイスから大きな警告音が鳴り響く!
『警告!……超高圧発電装置「ヴァジュラ」機能停止……レフト・アーム操作不能……フェイタルエラー:AA020……修復までアト……23012S ……真素残存量低下……残43…… 内部温度上昇』
アラトロンの強烈な一撃でライコウの左腕は破損し、剣を握る事はおろか、全く動かす事が出来なくなってしまった!
「――くそっ!!」
ライコウは、後ろへジャンプして距離を取り、左腕を押さえながらアラトロンを睨みつける――。
アラトロンは打撃の態勢からゆっくりと直立姿勢に戻り、澄ました顔をして呟いた。
「ふーん……。 やっぱり、アナタ意外と素早いし、頑丈なのね……」
ライコウの左腕からショートした電気が閃光を放つ。
「――貴様っ!! さっきの鐘の音は何だ!? 何をやった!?」
ライコウ怒鳴り声に、アラトロンは全く動揺する素振りも見せず、意味不明な言葉を口走った。
「……天使の声は、誰も耳を塞ぐ事は出来ないわ……」
アラトロンはそう言うと、ライコウから目を逸らした。 そして、ライコウのすぐ後ろで狼狽えるヒツジに目を遣った。 その視線に気が付いたライコウは、慌ててヒツジを自分の背に隠し、一連の攻防に呆気に取られていたエンドル達に攻撃の指示を出した。
「お前ら――! ボサッとしてないで、援護しろ!!」
エンドル達三人は、ただボサッとしていた訳ではない。
ライコウが叫ぶまで、先ほどまでのライコウの『奇行』に呆然としていたのである……。
……というのも、エンドル達三人は、紫色の霧から飛び出してきた金色の大きな球体が、ライコウとヒツジのいる場所へ向かって凄まじい速さで近づいてくるのが見え、その球体に少女が乗っている姿を確認していた。 にもかかわらず、ライコウは全くその球体に気づく素振りを見せなかった。
そして、ライコウにその少女が迫ると、少女は金色の球体から飛び上がり、ライコウに向かって一直線に腕を振り上げて、攻撃をしようとしていた。 それでも、ライコウは剣を構えたまま全く気付く素振りを見せなかった……。
三人は、この『奇行』が恐らくライコウの戦略だろうと考えていた。 そうでなければ、ボケっと少女が近づいてくる様を眺めているはずは無い――。
ところが、少女がついにライコウに向かって打撃を繰り出した時――まるで、直前まで気が付かなかったかと言わんばかりの焦燥をライコウが見せたことに、三人は戸惑ったのである。
(先ほどまでの一連の攻防の中で、一体何が起こっていたのか?)
三人は全く状況が飲み込めないまま、ライコウの怒鳴り声にも似た指示を聞いて、慌てて戦闘準備に入ったのである……。
――
ライコウの指示に、エンドルはすかさず手に持った杖をアラトロンに向けた。
「ひぇぇ、もう破れかぶれよん!!」
状況が飲み込めないまま、どうにでもなれと開き直ったエンドルは、杖の柄に付いている小さなダイヤルを最大に回し、トリガーを思い切り引いた――すると、凄まじい火炎がアラトロンに向かって照射された!
一方、アロンは背中がまるでオーブンの扉のように上へパカッと開いており、ソルテスがその開いた背中から出てくるグレネード弾のような弾を、手に持っているランチャーに装填していた。
エンドルの照射した火炎はアラトロンに直撃し、ライコウは火炎に巻き込まれないようにヒツジを抱えて、さらに後ろへと飛び上がろうとした――。
――ところが、火炎の中からアラトロンの腕が伸び、ライコウの足を掴み、そのままライコウを地面に引きずり倒した!
「――どこへ行くの?」
ライコウが地面へ引きずり倒された姿を見たソルテスは、アラトロンに向けてアロンの体から取り出したグレネード弾をランチャーから発射させた。
ポンポンポンと勢いよく連射されたグレネード弾は、炎に包まれているアラトロンには丸で効いていないようだったが、グレネード弾が熱で破裂して飛び出してきた液体がアラトロンの体へ大量に付着した。
「――なぁに、これ? 何だかネバネバするわ……ヤラシイ……」
不機嫌そうなしかめ面をしたアラトロンは、引きずり倒したライコウの背中を足で踏みつけ地面に押さえつけた。
「グァァ――!!」
ライコウのデバイスには、大量の警告と危険を知らせる表示が流れ出す!
「――ライコウ!!」
危機に瀕したライコウに、ヒツジが大きな瞳をガトリングガンへと変えて、アラトロンめがけて掃射する――。
『ズドドドド――!!』という激しい機関銃の音が響きわたり、奥に広がる紫色の霧にボスボスと当たって、霧が大きく蠢いた。
「なっ――!?」
ヒツジはライコウの上にいたアラトロンを目掛けてガトリングガンを発射したはず――だが、アラトロンはすでにいない――!
「ふぅ……。 やんちゃな子……。
お仕置きが必要ね――」
すでに、上空へと逃げていたアラトロンはそう言って、再び何やら呪文のような言葉を呟いた。
「さぁ、あの人形を捕らえなさい!!」
アラトロンが叫ぶと、アラトロンが乗っていた金色の球体から、ゾワゾワと何かが湧き出てきた!
「ヒツジ――! 逃げろ!!」
その様子に気が付いたライコウは湿地に這いつくばったまま、ヒツジに向かって叫ぶが、ヒツジは見たことのない生物達が湿地を這いずりまわる恐怖に足がすくんで動けない……。
「うわぁぁ!! なんだ、コイツ等!?」
ヒツジがデバイスを展開するとフィールドには大量に這いずる小さい生物が拡大されて映し出された。
両腕に大きな赤黒いハサミを持ち、八本の足を小刻みに動かしながら這う昆虫。 平べったい楕円形の鎧のような体の後ろには、太い尾が弓なりに生えており、その尾からは明らかに『毒針』だと思えるような真っ赤な針が光っていた。
デバイスに『サソリ』と表示されたその生物は、ショル・アボルでもなく、機械でもなかった。 紛れもない生物であったのだが、ヒツジが遥か昔にデータベースで調べた『サソリ』とは異なり、体長が30センチ以上ある巨大なサソリであった。
そんな、悍ましいサソリが百体はいるのではないかという大群で、地に這いつくばるライコウを無視してヒツジに向かって一直線に行進して来たのである!
ライコウはサソリの大群に踏みつけられながら、ヒツジに逃げるように叫ぶが、ヒツジは恐怖のあまり動けない!
「エンドル! みんな! ヒツジを助けてくれ!」
「言われなくてもやってます!」
ソルテスがヒツジへと迫るサソリの大群にグレネード弾を放つ――。 アロンは両腕をロケットに変形させて、ロケット弾を大群の中心に打ち込んだ。
すさまじい爆発と共にバラバラと宙へ舞って雨のように落ちてくるサソリの死骸――。
エンドルはと言うと、杖のダイヤルを逆に回して、杖から吹雪のようなガスを噴射していたが、サソリの大群にめがけてではなく、何故かアラトロンに向けて噴射していた……。
「ふぅ……。 そんな攻撃じゃ、行進は止まらないわ……」
アラトロンが呆れたような声を出す――。 サソリの大群は数が多すぎて、二体、三体と次々にヒツジの体に飛びついて、ヒツジはサソリに埋もれてしまった――。
「ヒツジ!!
きっ、貴様ぁ――!!」
ライコウが激高し、立ち上がる。 そして、転がっていた剣を手に取り、ヒツジを助けに駆け出した――。
「ダメよ……。 邪魔しちゃ……」
今度は湿地から黒い大蛇を湧き出させたアラトロンは、大蛇でライコウの足を絡めとり妨害する――。
アラトロンの多彩な攻撃になすすべなく、先ほどまで叫んでいたヒツジはサソリに埋もれて、やがて声を出さなくなった……。
「くっ、くそ、くそ!!」
大蛇の体を剣で切り落とし、再び立ち上がり、ヒツジの許へと向かうライコウ――。
ヒツジに張り付いたサソリを取り払い続けると、やがてヒツジの銅色の体が見えて来た……。
「――ヒツジ、ヒツジ!!」
ライコウはヒツジに必死で呼びかける。 ところが、ヒツジの瞳は光がなく微動だにしない。
(だが、ヒツジはまだ無事だ……)
ライコウはデバイスでヒツジの状態をチェックしていた。 ヒツジの体やアニマは特に問題なく、マナスもまだ大量に残っていた。
ところが、何故かヒツジは眠ったように全く動かずに機能を停止していたのだ。
「ふふふ……。 この人形は私のモノなのに壊すはずないじゃない」
すでにヒツジを自分の所有物かのように言い放ち、ライコウを嘲ったアラトロン。
――だが、その嘲りの声はすぐに驚きの声へと変わる――
「――!? 何、カラダが――?」
アラトロンが自分の体の異変に気付いた時には、すでに先ほど体中についたネバネバした液体は金属のように固まり、アラトロンの体を侵食していた。
「――やったわん! 成功よん!」
先ほどまで冷却ガスを噴射していたエンドルが嬉々として叫んだ。
――
アラトロンは油断していた。
三人の力は自らが造り出すゴーレム一体にも満たない、虫けら同然だと思っていた。
だから、三人の攻撃など避ける必要もなく、ネバネバした液体が体中にかかっても、無視して放置していたのである。
ところが、この液体はアロンが作製した超強力な接着剤であった。
アロンは接着剤をグレネード弾にして、ソルテスに打たせた。 接着剤は熱によって軟化して、高熱になればなるほど液状になる。 エンドルが火炎放射を放ったのも、接着剤の液化を促進させる為であった。
そして、熱を取り込んだ接着剤は、今度は冷却されて熱を奪われると急速に固体化する。
この接着剤の恐ろしいところは、固体化するときに物質に侵食して、侵食した物質ごとカチカチにしてしまうところであった。
エンドルがサソリの大群をソルテスとアロンに任せて、アラトロンに冷却ガスを噴射し続けたのも、接着剤の凝固を促進させるためであり、接着剤が凝固を始めた時には、アラトロンの体中に接着剤の成分が固着し、体内部まで侵食していたのだ――。
「今よん! ライコウ――! 早く、アイツをやっちゃってん!」
力なく動かないヒツジを抱きしめていたライコウはエンドルの叫び声に気づき、アラトロンの方へと振り返った。
アラトロンは黒い翼も接着剤に侵食されて、地に落ちて立ったまま硬直していた。
「っく……! 面倒くさいわ!」
そう言って、身もだえるアラトロンに向かって、ソルテスとアロンは間髪入れずにグレネード弾を発射する――。
「――冷凍弾です! 食らいなさい!」
接着剤が融解しないように、冷凍弾を連打するソルテス。 その横ではアロンが一生懸命背中からグレネード弾をポンポンと出し続けていた。
エンドルも彼らに負けじと冷却ガスを噴射し続け、サソリの大群が死滅するまでの間にはアラトロンは真っ白に凍り付いてしまった……。
「うひゃー! ヤッタん! やっつけたわん!!」
「やりましたね! ライコウ氏!!」
「ざまぁ、ざまぁ、バーカ、バーカ!」
エンドルとソルテス、アロンの三人は凍り付いたアラトロンを見ながら、輪になってはしゃぎ回る……。
ライコウは、未だに目覚めないヒツジを心配そうに見つめ、三人の様子を一瞥した後、アラトロンへと目を遣った。
「――!? まだ、動いてるぞ!!」
アラトロンはまだかろうじて動いていた。
ライコウの叫びに、慌ててエンドル達が武器を取り、再びアラトロンを攻撃しようとする――。
だが、アラトロンはそのぷっくりとした赤い唇が動かなくなる前に、呪詛を吐いた。
「――ハナーシュ・ネホシェット」
すると、凍り付いたアラトロンの体が熱を帯びて溶けだした! そして、氷が解けた黒いドレスから巨大な深い緑色をした大蛇がニョロニョロと這いずり出てきた!
大蛇は体長4、5メートルくらいあるだろうか……。 アラトロンの目の前でまるで座禅でも組むようなとぐろを巻いて長い舌を出し、大きく口を開けた後、そのまま石像のように動かなくなった。
大蛇がピタリと動きを止めた時、その大きく開けた口からにわかに黒い霧が噴射された。
氷が溶けだしているとはいえ、未だ接着剤によって全く身動きが取れないアラトロンの全身がその黒い霧に包まれた。
「何、あれはん――!?
――ええぃ! とにかく打ちまくるよん!!」
エンドル達は異様な光景に一瞬呆気に取られたが、急いでアラトロンを凍らせようとする――。
「マスティール・エト・エメット……」
冷凍弾が暗黒の霧に届こうとした瞬間、霧の中から再び呪文のような言葉が響いてきた。
冷凍弾はボシュッとした音を鳴らして、暗黒の霧へ消えていった。
ところが――
三人の攻撃は止み、辺りは打って変わって静寂に包まれた……。
「なっ!? な……?」
ヒツジを抱きしめたまま、ライコウはあまりの急な出来事に言葉を失った。
エンドル、ソルテス、アロンの三人が忽然と姿を消してしまったのだ……。
「ふぅ……。 随分と私のカラダを穢したわね。 油断したわ……」
闇の霧から何事もなかったかのように、アラトロンが姿を現す……。
「きっ、貴様!! 仲間を……仲間をどうした?!」
「……隠蔽したわ」
ライコウはアラトロンの言葉の意味が分からなかった。 デバイスで三人の行方を検索しても、彼らがいた場所には何も表示されない。 ただ、先ほどソルテスが放った冷凍弾の冷気がかすかに漂っているだけであった……。
――
「おい、リリム=イナ・フォグよ……」
ライコウは観念したかのように、ヒツジを抱きながらどっかりと腰を下ろした。
ライコウの呼びかけに、アラトロンは再び金色の球体に乗って、ジッとライコウの事を見詰めた。
「お前……何故、あの『蛇共』を召喚しないんだ? 俺のマナスはもう尽きかかっているし、この通り左腕ももう動かない……。
大量の蛇を召喚されれば、もう俺は打つ手がない。
お前はそれを判っているはずだろう……」
アラトロンは澄ました顔をして、ライコウの問いに答えた。
「だって……ゴーレム達を造ると、アナタの抱いている人形とアナタを食べちゃうじゃない」
アラトロンはそう言うと、ウゾウゾと黒い蛇が蠢く金色の球体から飛び降りた。
そして――
一瞬でライコウの目の前に現れたかと思ったらヒツジを弾き飛ばして、ライコウの四肢を押さえつけた!
「ふふふ――。 アナタとあの人形は私のモノ……」
凄まじい力で押さえつけられるライコウ――。 もはや、アラトロンを弾き飛ばす余力は残っていない。
だが――
このままライコウはヒツジと共にアラトロンに食われたくはなかった。
ライコウはまだやり残した事があった。
『人間となって、憧れのサムライになる事……』
ライコウの目に映るアラトロンの姿は美しかった。 しかし、美しさの中に垣間見える狂気があった。
鋭い八重歯を突き出して、恍惚な表情を浮かべるアラトロン――。
そして、徐々にライコウの顔へと自身の顔を近づけていった!
(コイツ、俺を食うつもりか! だが、俺はまだ……まだ食われたくねぇ!)
「俺は……」
ライコウが咄嗟に叫んだ次の言葉がアラトロンの動きを止めた。 アラトロンはその言葉で金縛りにあったかのように目を丸くしてライコウの顔を呆然と見つめたのだった。
「俺は、人間になるんだ!!」
――
「人間……?」
アラトロンはそう言うと、ライコウを押さえつけていた手を離す――。
ライコウはアラトロンの意外な行動に呆然としている……。
「……アナタ、人間になりたいの?」
アラトロンがそう聞くと、ライコウは「あっ、ああ……」と警戒しながらも言葉を返す。
「……この、人形も?」
「いや、ヒツジは人間には……。 でも、コイツは人形じゃない……」
「人形じゃなかったら、何?」
「ヒツジは……ヒツジだ」
ライコウがそう答えると、アラトロンはクスリと笑った。 その笑い顔は先ほどまでの狂気じみた美しさとは打って変わって、可愛らしい少女の顔であった。
「ヒツジ……。 じゃあ、ヒツジもアナタも私のモノ……」
アラトロンはそう言うと、ライコウの顔へ再び自分の顔を近づけて、ライコウの顔に頬ずりをした。
「……な、なんだ!? お前……ヒツジだけ狙ってたんじゃ無いのか?」
ライコウはアラトロンの奇行に狼狽えながら、アラトロンに聞くとアラトロンは頬を膨らませてこう言った。
「むぅ――。 アナタ、私の言ったこと聞いてなかったのね。
私はアナタと、アナタといつも一緒にいる人形が欲しいと言ったはずよ」
確かにアラトロンはそう言ったが、ライコウは言葉の捉え方が間違っていた。 だが、それはライコウが悪い訳ではない。 アラトロンの言葉が足らなかっただけである。
「……そりゃ、済まなかった。 それじゃ、俺にはもう選択肢はない。
希望通りお前のモノになってやるが、その前にヒツジを直してはくれないか?」
ライコウはそう言うと顔を横にして、倒れたままのヒツジを見た。 すると、アラトロンは意外そうな顔をして――
「あら、あの人形――ヒツジはただ眠っているだけだわ。 直すところなんて一つもない……」
と、ゆっくりと起き上がりヒツジの傍まで来て、ヒツジを抱きかかえた。
アラトロンは目を細めてヒツジに頬ずりをする。
「もうしばらくすれば、目を覚ますわ。 目を覚ましたら、『お母様』が良い子、良い子してあげるわ……」
アラトロンはそう言うと、今度はヒツジの頭を撫でだした……。
ライコウは呆気に取られながらも、さらにアラトロンに聞く――。
「それと……。 俺の仲間達は……」
「……仲間達? あの三体の人形の事? あの子達なら隠蔽したと言ったじゃない。
やっぱり、アナタは人の話を聞かないのね……」
アラトロンはそう言うと呆れたような表情を浮かべたが、『隠蔽』という意味がライコウには分からずにアラトロンに質問したのであって、アラトロンはその難解な言葉の意味を説明しようとしなかった。
「……じゃあ、その『隠蔽』とやらを解除してくれないか?」
ライコウはモヤモヤした心持でそう言うと、アラトロンは「いいわ……でも……」と言葉を続けた。
「でも、約束……」
「――約束?」
「そう――約束。
アナタの今の話し方、キライなの。
だから、初めて私を呼んだ時の話し方にして欲しい……」
アラトロンはヒツジを優しく抱いたまま、ねだるような言い方をして、ライコウに秋波を送る。
「なんじゃ、そんな事ならワシも本当はこっちの方が好きなんじゃ!」
ライコウは内心(……マジか?)と驚きながらも、自分の好きなしゃべり方を肯定された事がうれしくて、ニッコリと笑った。
すると、アラトロンもニッコリと微笑んで、三人が忽然と消えた場所へと目を遣って、右手を突き出した。
――すると――
呆気に取られた表情の三人が車座になって座ったまま、再び姿を現した!
「お主ら――!!」
ライコウが喜び勇んで立ち上がろうとする――だが、アラトロンに壊された足がもつれて転んでしまった。
「あら……。 アナタ、本当に疲れていたのね……」
驚いた表情でライコウの転ぶ様を見詰めているアラトロンの向こうで、恐る恐るライコウへと近寄ってくる三人。
「お主ら、もう大丈夫だ! あ奴――いや、『フォグ』はもうワシらの仲間じゃ!」
「フォグ?」
アラトロンがライコウの言葉に驚き目を丸くする――。
「そうじゃ、フォグ。 お主の名前は長くて呼びにくいから、今日からワシはお主の事をフォグと呼ばせてもらうぞ!
どうじゃ? キライか――?」
ライコウがそう言うと、アラトロンは首を横に振った。
「ううん――。 スキよ……」
――
しばらく経つとヒツジが目を覚ました。 ヒツジは緑色の光を瞳に称えながらアラトロン――リリム=イナ・フォグに抱かれていた。
ヒツジはエンドル達から今までの状況を説明されて、イナ・フォグが仲間になった事を知らされた。 そして、その代わり、ライコウとヒツジはイナ・フォグの『モノ』となった事も聞かされたのであった。
初めはその事実に戸惑ったヒツジであったが、イナ・フォグに抱きしめられるとライコウに抱かれるのと同じくらい暖かくて気持ちが良いので、ヒツジは「別にいいや」とあっさり受け入れてしまった……。
ライコウは体の至る所が故障しており、マナスの残存量も少なくなっていて危険な状態であった。 ところが、イナ・フォグは悠然と「ライコウを修復するわ――」と言って、再び何かの呪文をブツブツと呟いた。
イナ・フォグが呪文を唱えると、金色の球体で蠢いていた蛇達が一斉にライコウへと飛び掛かり、蛇達に噛まれたライコウは深い眠りについた。
皆、その恐ろしい光景に慌てふためいたが、ライコウの左腕に迸っていた火花が無くなって、みるみる体が修復されて来ている事が判ったので、すっかり安心してライコウが眠りから覚めるのを待った。
ライコウが目覚める間、ヒツジはイナ・フォグの名をなんて呼んだら良いかと聞くと、イナ・フォグは「フォグと呼んで頂戴――」とライコウと同じ呼び方をするようにヒツジに言った。
ところが、エンドル達がイナ・フォグの事を『フォグ』と呼び捨てにすると、冷然とした視線を三人に向けて、蛇を仕向けて威嚇をしてきたので、三人はそのまま『アラトロン』と呼ぶようになった……。
「私を『フォグ』と呼べるのは、ライコウとヒツジだけよ」
イナ・フォグはそう言うと、満足そうな笑みを浮かべ、ヒツジの頭を撫でるのであった――。
――
「ふぁぁ――。 良く寝たのぅ」
ライコウが目覚めると、体はすっかり修復されてマナスも回復していた。 ライコウの横にはヒツジを抱いたイナ・フォグが――。
「――!? フォグ……何かお主、様子が――?」
イナ・フォグは先ほどまでの様子とは違い、背に生えていた蝙蝠のような黒い翼は、羽の生えた白い翼へと変わっていた。
そして、腰をかけていた金色の球体は下を向いた三日月のような形へと変わっており、ニョロニョロと蠢いていた蛇の姿もなかった。
何よりも驚いたのは服装であった。 先ほどまでは赤い下着が透けて見える黒いドレスを身にまとっていたが、今は紫色のローブだか寝巻だか分からないようなモフモフした服を身にまとっていたのであった。
イナ・フォグは地面から2メートルほど浮かび上がった三日月の弧の部分にチョコンと腰を下ろしており、いつの間にかライコウが背中に着けていた青いマントを敷物として使用していた……。
「……お主、何故ワシのマントを下敷きにしておるんじゃ?」
ライコウがジトッとした目をイナ・フォグに向けるとイナ・フォグは、ヒツジのテカテカした頭に頬ずりをしながら「だって、アナタの着けていたこの布、スベスベして気持ち良いんだもの……」と平然と答えた。
「……まぁ、欲しいなら別にいいんじゃが……」
ライコウは後ろ手で頭を掻こうとしたが、兜をかぶっていた事を忘れていて兜の上から頭を掻いた。
その間抜けな様子にエンドルが笑うと、つられて皆大笑いをした。
――
「さぁ、これで目的は達成したわん! あとはアラトロンを連れてハーブリムに戻る――いや、その前にラキアに会わなくっちゃねん♪」
そう言って、隣で座るソルテスの背中をバンバンと叩いて上機嫌のエンドル。
だが、ソルテスはそんなエンドルを尻目に、少し緊張した面持ちでフォグの顔を見た。
「あ……あの。 アラトロン氏……。 私たちはあの紫色の濃い霧の向こうに何があるのか知りたくて、今まで冒険をしてきたのです……。
あの紫色の霧の向こうには一体何があるのですか?」
遠慮がちにソルテスが聞くと、イナ・フォグは紫色の霧が立ち込める沼地の向こうを見ながら言った。
「ヘーレムの門……」
「――へ? ハーレムん?」
エンドルが聞き間違えると、すかさずライコウがエンドルの頭を小突き、今度はライコウがイナ・フォグに質問をぶつけた。
「――フォグ。 その『ヘーレムの門』というのは、一体なんじゃ?」
すると、イナ・フォグは「ふぁ……」と欠伸をしながら、ライコウに答える――
「メカシェファの集落があった場所よ……」
「メカシェファって……あの昔に存在していた『魔女』か?」
「――そう。 メカシェファの集落はもう誰も入れない……。 私でも入れないわ……。
でも、近くに行くことは出来るけど……行ってみる?」
イナ・フォグの言葉に、ソルテスとアロンが色めきだって立ち上がり、「はい! 是非案内して下さい!」と言って、イナ・フォグの前でキラキラした目を輝かせた。
「むぅ……面倒くさいけど……アナタは?」
イナ・フォグは自分から誘っておきながら乗り気ではない様子でライコウにどうするか聞いてみた。
「ワシも是非見てみたいのぅ」
ライコウは別にそんなに行きたくはなかったが、ソルテスとアロンの為にあえてそう言ってあげたのだった。
イナ・フォグは「ふーん……」と言って、両腕に抱いているヒツジにもどうするか聞いてみた。
「ヒツジはどう?」
ヒツジは目をピンク色にしながら、眠そうな声で「――うん。 ライコウとフォグが良ければボクはどっちでもいいよ」と言って、フォグの胸に顔を埋めた。
「そう――。 じゃあ、ライコウとヒツジがそう言うなら、行きましょう……」
イナ・フォグがそう言うと、アロンが飛び上がって、ソルテスに抱き着いた。
「やったぜ、アンちゃん! やっとオイラ達の夢が叶うな!」
そう言って喜び合う兄弟を見ながら、イナ・フォグは思う――
(夢……。 そう、私の夢……アナタとこの子……)
イナ・フォグは眠りについているヒツジの頭を撫でながら、ライコウの顔を見詰めていた。