天使の偽装
「うゎあ、スゴイ、スゴイ!」
窮屈なロボットから解放されたセムが廃墟の港町を楽しそうに散策している。 セムの隣には彼女の手を握るキノの姿があった。 ライコウ達はオフィエルの眷属を警戒しながら、二人の背中を追っている。
「これ、セム! あんまりズンズン先へ進むんでない! 敵がいたらどうするんじゃ!」
ライコウは無警戒に町中を走り回るセムを注意した。 すると、ライコウの背後に従っているペイル・ライダーが「そこまで警戒する必要は有りません」とライコウを窘め、言葉を継いだ。
「ライコウ、この場所に機械の反応は有りません。 人間の遺体が存在しないのは不可解ですが、エネルギー反応が全く有りませんので、誰もいない事は間違いないでしょう」
崩壊したアスファルトには鉄骨が突き刺さり、横倒しになったビルが行く手を阻む。 奥に見える赤茶けた三角の建物は瓦礫の山からニョキっと生えたキノコのようである。
どこを見ても崩壊した灰色の建物と赤茶けた砂塵に埋もれた廃墟の景色。
ペイル・ライダーの言う通り、そこに人間の痕跡はなかったが、人間が利用していたのか多くのロボットの残骸が確認出来た。
「この街ではネクト達を積極的に利用していたようなのだ」
ライコウと並んで歩くラヴィが口を添えた。 ラヴィの話しでは『バトラー』や『ネクト』と言ったロボット達の呼称は、人間が名付けたのだそうだ。 バトラーは『召使い』を意味し、ネクトは『奴隷』を意味する言葉である事から、人間達はロボット達を“使役”する事しか考えていなかったようだ。
マザーは単に人間達が名付けたロボット達の呼称をそのまま利用しているに過ぎなかった。 その事実がライコウを安心させたのだが、裏を返せばマザーはそんな忌まわしい言葉の意味を知っている上で、敢えてこの言葉をロボット達の呼称として使っているのである。 この時のライコウはそこまで深く考えていなかったようで、彼は未だにマザーに対する”微かな期待”を寄せていたのであった。
――
所々散見する瓦礫の山は、まるで廃墟となった建物を解体して、その残骸を人為的に一カ所に集めていたかのように積まれていた。
ペイル・ライダーとラヴィはこの整然とした瓦礫の山を見て『やはり、何者かが長年駆けて遺跡を調査し、夥しい数の人間達の遺体を回収して何処かへ持って行ったのだろう』と予想した。
「ラヴィ、恐らく其奴は先ほど見た“灯台”の中に人間達の遺体を持って行ったと思うんじゃ」
ライコウの予想にラヴィは「何でそう思うのだ?」と目を丸くした。 ライコウはラヴィの疑問に「いや、何となくそう思うんじゃ」と答えをはぐらかした。
丘の上に聳え立つ灯台は『ボニーヤード』と呼ばれていた。 そのボニーヤードが『墓地』を意味する言葉だというのはライコウしか知らなかった。 ライコウは自分がボニーヤードの意味を知っているという事をラヴィに隠したかったのである。
何故、ライコウはラヴィにその事実を隠したのか?
それは灯台をボニーヤードと名付けたのが、アザリアであると確信していたからである。
アザリアは地底都市『バハドゥル・サルダール』で地下にあるボニーヤードの墓守をしていた。 そもそもボニーヤードという言葉はアザリアしか使っておらず、彼女が口に出したこの言葉からライコウもボニーヤードが墓地という意味である事を知った。
アザリアが使い始めたこの言葉は、いつの間にかマザーの共用データベースに登録された。 だが、建築物の名称として登録されていただけだったので、器械達は言葉の意味を分からずに施設の名称としてこの言葉を使っているだけであった。
恐らく、遺跡にある灯台はアザリアが人間の遺体を収容する為にボニーヤードと名付けたのだろう。 広大な古代遺跡に人間の遺体が一体も見当たらないのは、アザリアが長い間人間の遺体を一人残らずボニーヤードへ収容したからだとライコウは考えたのだ。
(もしかしたら、この遺跡の何処かにアザリアがいるかも知れない……)
ライコウはなるべく皆といる時にアザリアと会いたくなかった。 「アザリアがいるかも知れない」と皆に伝えれば、それこそセムなどが躍起になってアザリアを探し始めるに決まっている。
したがって、ラヴィ達にはただ「灯台に人間達の遺体が隠されている可能性がある」事だけ伝えて灯台の中へ侵入する為の方法を考えてもらい、この先、自分は何だかんだ理由をつけて皆から離れ、アザリアを探そうと思っていたのであった。
ところが、そんなライコウの計画は、一人の女性が発見された事により立ち消えとなった。
――
「――!? おい、誰か倒れてるぜ!」
港町の奥まで探索していたベースケとアルスが、大きな亀裂の入ったアスファルトの間から人間のような姿をした物体を発見した。
器械なのか、人間なのか分からない。 デバイスで遠目から確認しても『フメイ』としか表示されないからである。
「おーい、アルちゃん! 変なネエちゃんを発見したぜ!」
デバイスで声を掛ければ良いものを、アルスはわざわざ大声を出してラヴィを呼んだ。 『変なネエちゃん』とアルスが言った通り、アスファルトの亀裂に挟まっていた物体は女性のような姿をしていた。
「何、そんな馬鹿な!?」
ラヴィはアルスの声に狼狽した。 それもそのはず、彼女のデバイスには器械や人間の存在を知らせるアラームは一つも出ていなかったからだ。
ラヴィのデバイスは骨となった人間も、鉄クズとなった器械も発見次第すぐ知らせるように設定されていた。 ところが、デバイスに反応が無いままアルスとベースケが謎の人型物体を発見したのである。
『汝等、近づいてはダメなのだ! まずは、ライコウ様とワガハイが――
――いっ!?』
すでにラヴィの警告を無視してアルスとベースケは、その女性型器械のように見える物体をアスファルトの裂け目から引きずり出していた。
「うへぇ♡ こいつぁ、上玉のオンナだぜ!」
まるで野盗のような台詞を吐くアルスに、眼鏡をキラリと光らせたベースケが頷いた。
「おう……。 デバイスに何も記録が無いのは気になるが、コイツは間違いなく器械だ。 俺のムスコがそう言ってるぜ」
意味不明な根拠を口にして、“彼女”を器械だと断定する二人。 確かに救い出された女性の姿は器械のようであり、まるで生きているかのように傷一つ無く、美しい身体をしていた。
深海のように蒼く長い髪を持つ一糸纏わぬ姿をした女性――その肌はまるで絹のように美しく、みずみずしかった。 笹の葉のように凜とした目は閉じており、眠っているようであった。
ベースケがイヤらしい顔を女性の小さな鼻先まで近づけて耳を澄ますと、微かに呼吸をしているようだった。 桜色をした薄い唇はモゴモゴと動いており、やはり彼女が“稼働中の器械”である事が見て取れた。
「コラ、アルス、ベースケ! 汝等はいつも勝手な行動ばかりして!」
ラヴィが頬を膨らませながら、ライコウと一緒に駆け寄ってきた。 遙か向こうで瓦礫の山を滑り台の代わりに遊んでいたセムとキノも、ラヴィのデバイスからの叫び声に気付いて走ってくる様子が見える。
「ラヴィニア……。 この女は器械では有りません。 恐らく……」
「――マルアハの眷属だろう!」
ペイル・ライダーの言葉に応えたライコウが、素早く背中の大剣を抜いて横たわる女性に切っ先を向けた!
「まっ、待て! ライコウ、お前はこんな上玉を――いや、まだ正体も分からん女の子を無慈悲にぶっ壊そうっていうのか!?」
アルスとベースケはすっかり女性の美貌に魅せられて、必死に庇おうと女性に覆い被さった。
「貴様等、どけっ! 今、ここで破壊しなければオフィエルが来るかも知れん! さもなければ、貴様等もろとも――!」
ライコウはオフィエルの恐ろしさを知っていた。 もし、この女性がオフィエルの眷属であれば間違いなくオフィエルがやって来る。 オフィエルの“気配”がしない今のうちに、眷属を滅ぼしてしまわなければならなかった。
大剣に電流を迸らせたライコウが、アルスとベースケに離れるよう警告する。 ところが、ライコウは二人に護られた女性が薄らと目を開けた事に動揺し、剣を降ろした。
「――!? この目は……!」
目を開けた女性の瞳は、銀色に輝いていた。 そう、まるでコヨミのように。
ライコウは女性の瞳を見てコヨミの笑顔を思い出し、思わず攻撃を止めてしまったのだ。
「……ア、アリガトウ、お二人とも……」
女性が桜色の薄い唇を動かすと、透き通った声を漏らした。 アルスとベースケに護られた事に気が付いていたようで、二人に礼を言うと身体を動かした。
「――!? 動くな!」
ライコウは「ハッ」と我に返り、剣の切っ先を女性に向ける。 そして、アルスとベースケに女性から離れるよう再び警告をした。
「……もう、大丈夫です。 お二人共、離れてくださって構いません」
女性がそう言うと、アルスとベースケは素直に女性の身体から離れ、ライコウに食ってかかった。
「お前、こんな優しい女の子がバケモンである訳ねーだろ! お前の目は節穴か、アホンダラ!」
「フゥ、フゥ」と鼻息を荒くしたベースケがライコウに顔を近づけていきり立つ。 ライコウはそんなベースケの息がくさかったのか、兜のシールドを無言で降ろすと、隣に控えているラヴィの肩を『ポンッ』と叩いた。
「うん……。 どうもこの女に敵意は感じないのだ。 それに、オフィエルの眷属だとしたらマザーの指示通り、此処にいる目的がなんなのか聞いてみると良いのだ」
ラヴィはライコウが自分の意見を聞こうと肩を叩いたのだと察知して、ライコウに率直な意見を伝えた。
ライコウはラヴィの意見を聞くと、剣を再び背中の鞘に収めた。 そして目の前に立ちはだかるベースケを乱暴に突き離すと、女性の前に立って手を差し伸べた。
「お前がオフィエルの眷属である事に、間違いないだろう?」
ライコウがそう問いかけると、女性はゆっくり頷いて細く美しい手を伸ばした。
「はい……。 間違いありません。 でも……」
女性はそう言うとライコウの手を握り、言葉を継いだ。
「――私は貴方達の敵ではありません」
ライコウに手を引っ張られて立ち上がった女性。 ライコウよりも一回り小さな背の女性はその美しい裸体を露わにさせてライコウの前に立つと、艶然と微笑んだ。
――
「何でオフィエルの眷属のクセに敵じゃないんだ! ウソ付くとセムが許さないぞ!」
女性の周りを取り囲む仲間達を差し置いて、一歩前に出て偉そうに腕を組むセム。 女性はいつの間にかラヴィが着ていた白衣を纏っており、あられもない裸体を隠していた。
「そっ、それは私がオフィエルによって無理矢理眷属にされたから……」
そう言うと、彼女は目を伏せて今日までの“不幸な身の上”を語り始めた。
――彼女の名は『ファルシュテル』と言った。 200年も前に器械として生まれた彼女は、マザーの命令で『イェネ・ヴェルト』を探索中にオフィエルに遭遇し、彼女の眷属にされた。
その後、しばらくオフィエルの傍にいたのだが、オフィエルが特に何をするでもなく一日中遊んで暮らしている事に嫌気がさして、彼女の許から離れた。
しかし、眷属になって100年経ったある日の事、突然オフィエルが「ラッパを探して!」とファルシュテルに命じてきたので、オフィエルの命令を断れずにラッパ探しを始めた。
彼女なりきに一生懸命ラッパを探していたのだが、ラッパは見つからないどころか、途中でアザリアと名乗る修道女のような女に襲撃され、這々の体でこの古代遺跡へ逃げて来た。
10年、50年……古代遺跡に身を潜めている間に瞬く間に時は過ぎた。 こうして気が付いてみたら、ファルシュテルは50年もの間、この古代遺跡に住み着いてしまったのである。
ファルシュテルが港町の廃墟に住み着いてから50年の間、古代遺跡は平和であった。 ところが、最近になって“恐ろしいロボット”が古代遺跡を襲撃し、遺跡がメチャクチャに破壊されてしまった。 ファルシュテルはそんな凶悪なロボットの攻撃に巻き込まれてアスファルトの亀裂に挟まれて気を失ってしまったのであった――。
「……つまり、お主が遺跡を破壊した事が原因で、此奴が気を失ってしまったのだということじゃ」
つらつらと自分の過去を話すファルシュテルを横目にライコウがセムに言葉を投げると、セムはバツの悪そうな顔をして、キノの後ろへ隠れた。
「だって、だって、だって! しょうがないじゃん! オフィエルの眷属なんだから“悪い奴”に決まってるって思うじゃん、フツウ!」
セムはそう弁解しつつも、キノのスカートの裾を掴んで泣きべそを掻いた。
子供心を分からなかったライコウは少し慌てた様子で、セムを宥めた。
「何もお主を責めている訳じゃ無い! そりゃ、オフィエルの眷属がこんな穏やかなヤツだと知っていればお主もそんな事はしなかったじゃろう。
お主は悪くないから心配せんで良い!」
ライコウがセムにフォローを入れると「……ホント?」とセムはキノの後ろからライコウをのぞき込む。
「ホントじゃ! だから、ホレ! 不貞腐れてないでコッチへ来るのじゃ」
ライコウがそう言って手招きをすると、セムは「ニシシ♡」と笑顔を見せてピョコピョコとライコウに近づくと、彼の膝の上に乗った。
(全く、子供型器械というのは扱い辛いのぅ……)
ライコウはこんな気分屋のセムを甲斐甲斐しく世話しているキノに対し、少しだけ尊敬の念を抱いた。
――
ファルシュテルはオフィエルの眷属ではあるものの、オフィエルに忠誠を誓っている訳でもなく、彼女の監視から逃れる術も身につけているとの事であった。
ラヴィはそんなファルシュテルの言葉に不信感を抱いていたが、ライコウは彼女の銀色の瞳がコヨミに似ているせいなのか「一緒に遺跡内を調査したい」と言い出してきたファルシュテルに対して、快く同意した。
「有り難うございます! この遺跡には間違いなく『ラッパ』があるはずなのです! だから、私はこの50年もの間、この場所に留まって遊んで……いや、一生懸命ラッパを探していたのです。
貴方達と一緒であれば、必ずやラッパを見つけ出すことができるはずです!」
ファルシュテルが目を輝かせて皆に訴えると、一同顔を見合わせて首を傾げた。
「ラッパっていうのは何じゃ?」
ライコウの問いに、ファルシュテルは一瞬残念そうな眼差しを向けた。
「ラッパは……ラッパなのです」
「はぁ?」
ファルシュテルの答えに再び一同顔を見合わせて首を傾げる……。
「――ともかく! ラッパは私にとって大事なものなのです! 皆さんがラッパ探しを手伝って頂ければ、私がオフィエルの弱点を教えてあげましょう」
そうファルシュテルは息巻くが、50年もの間見つからなかったラッパがライコウ達と一緒に探すだけで見つかるなどとは到底思えなかった。
ところが、ファルシュテルは「この遺跡にはヒミツがあるのです」と言って、遺跡のヒミツを解き明かせばラッパへ至る道が開けるのだと主張した。
「……私はアホだから、この遺跡のヒミツを解くことが出来ないのです。 恐らくラッパはボニーヤードの中にある。 でも、ボニーヤードは恐ろしい障壁に護られていて侵入することが出来ません。
ボニーヤードへ侵入する方法さえ分かれば、ラッパは必ず見つかるはずなのです」
ファルシュテルの言葉にライコウは違和感を覚えた。
(コイツ……何故、あの灯台のような建物がボニーヤードだと知っている? マザーのデータベースからの情報か? それとも……)
ファルシュテルはライコウの訝しげな視線に気が付いたのか、慌てた様子で弁解した。
「あ、あの建物はマザーのデータベースからボニーヤードって名前だと知っていたんです。 ごめんなさい」
まるで、ライコウのココロを読んだかのように弁解するファルシュテル……。 この時、ライコウは自分のココロがファルシュテルに読まれていた事など思いもせず「ほう、やっぱりか」と納得した様子で頷いた。
すると、ラヴィがファルシュテルに「今まで遺跡の調査をしてきた中で、些細な事でも気が付いた事はないのか?」と聞いてみた。 ところが、ファルシュテルは50年も遺跡で暮らしておきながら「私はバカだから……」と自虐して、何も分からないとばかりに頭を振った。
「でも、50年ここにいて分かった事があります。 街の中心に建っていた女神像は時間によって回転していたのです」
……50年間もここにいてそんな事しか分からなかったとは、この女性は今まで一体何をしていたのだろうか? つまり、彼女はラッパなど真面目に探すつもりなどなく、遺跡に居着いて日々を遊んで暮らしていたのであろう……。
「うーん、それはワガハイも知っているのだ。 時間帯によって台座が動くことくらいは……」
「それじゃ、女神像の目から光りが放たれる事は?」
ファルシュテルは残念そうな顔を浮かべたラヴィを見て、思わず口を継いだ。 すると、ラヴィはそんな事は知らなかったらしく、驚いた様子でファルシュテルの両肩を掴むと、矢庭に彼女を揺さぶった。
「何っ!? その光はまさか灯台に向けられていたのではないのか!?」
突然肩を掴まれたファルシュテルは、ブラブラと揺さぶられながら「は、はぃぃ。 そうですぅぅ」と狼狽えながら返事を返す。
「うーん……。 恐らくその光は灯台の表面に設置されている反射装置に向って照射されていたに違いないのだ」
ラヴィはファルシュテルから手を離すと、眉を顰めて両腕を組んだ。 そんなラヴィの様子に少し口角を上げたファルシュテル。 彼女は思い出したかのように『ポンッ』と両手を叩いて「そう言えば……」などと呟くと、さらに踏み込んだ情報をラヴィに伝えた。
「反射装置……というのは知りませんが、確かに光は灯台に向って放たれて、“あさっての方向”へ反射してました!」
「“あさっての方向”というのはどの方向なのだ?」
「アッチです」
ファルシュテルは立ち上がり、崖の上を指さした。
「こんな崖の下で『アッチ』と言われても分からないのだ。 取りあえず、上へ登って光が反射した方角を教えて欲しいのだ」
ラヴィはそう言うと、ファルシュテルに手を差し伸べた。
「はい、喜んで!」
ファルシュテルはラヴィの手を握り、ニッコリと微笑む。 すると、二人の会話を聞いていたキノが口を挟んだ。
「おい、おい……。 コイツの言う事をそう簡単に信用して良いのか? 大体、ラッパとかいう訳の分かんねぇ物を、何で俺達が一緒に探さにゃならねぇんだ?」
キノはそう言って訝しげな視線をファルシュテルへ向けると、突然横からアルスとベースケが割り込んできた。
「おい、テメェ! “ファルちゃん”が困ってるじゃねぇか! 困っている女の子を助けてやるのが、男ってもんだろ、あぁ!」
二人ともいきり立って、キノに向かって啖呵を切る。 端から見ればその様子は、長い髪をお団子に纏めた可憐な女学生に二人のむさ苦しい男が言いがかりを付けているような光景であった。
二人の勢いにキノが困惑した顔を浮かべると、ラヴィが三人の仲裁に入った。
「まぁ、まぁ、どうせ我々は『遺跡の調査』をマザーから依頼されているのだ。 そのラッパというのが何なのかはワガハイも分からないが、取りあえず、遺跡調査の一環として付き合ってやるのも良いと思うのだ」
ラヴィはファルシュテルのラッパ探しに付き合おうと言うのである……。
ラヴィは何故、オフィエルの眷属だと自称する胡散臭い娘の話しに乗ったのか? それは、彼女自身の探究心がファルシュテルに対する不審より勝ったからである。
もし、ファルシュテルがオフィエルの眷属である事が本当であり、自分達に敵意が無いのであれば、もっと踏み込んだ調査をしたいと思っていたラヴィにとって強力な助っ人になる。 素性が分からない娘ではあるが、50年もこの場所で暮らしていたとなれば、それなりに情報を持っているはずだと考えたのである。
もちろん、ファルシュテルの事を不審に思っていた者はキノだけではなかった。 ペイル・ライダーもファルシュテルの事を信用していなかった。 彼女はラヴィの意見だから何も言わずに従ったというだけであった。
「……うーん。 セムはどう思う?」
ラヴィの意見に唯一反対する立場になってしまったキノは、困った様子で手を繋いでいたセムに視線を向けた。 セムは退屈そうに欠伸をしながら、キノの問いにいい加減な答えを投げた。
「ふぁ……うぅん? ライコウが良いって言うなら良いんじゃない?」
セムにとってはファルシュテルの事など“どうでも良い”ようで、トコトコとライコウの傍へ歩み寄ると、ライコウに抱っこを求めた。
(まあ、皆がそう言うなら俺だけ反対するわけにゃ行かねーか……)
ライコウがセムを抱っこしている様子を見ながら、キノは仕方無くラヴィの意見に従うことにした。
「それじゃ、ライコウ様、早速女神像がある場所まで移動するのだ」
こうして皆の同意が取れたところでラヴィは後ろを振り返り、ライコウに視線を遣った。 ライコウの腕にはすっかり眠ってしまったセムの姿があり、ライコウはグローブを外してセムの緑色の髪を撫でながら何やら考え事をしていた。
「ライコウ『女神像のあった場所まで移動する』とラヴィニアが言ってます。 どうされますか?」
ライコウの背後に控えていたペイル・ライダーが口を添えると、ライコウは「えっ!?」と眠りから覚めたように目を見張り、ラヴィを見た。
「もう、ワガハイの話しをちゃんと聞くのだ!」
ラヴィは両腕を組んで頬を膨らませ、むくれた様子でライコウに苦言を呈した。
「いや、すまんのぅ。 別にワシは構わんし、コイツらも反対しておらんようだ」
ライコウの言葉に、隣でセムの寝顔を見ていたキノが頷いた。 アルスとベースケはファルシュテルにベタベタくっ付いて、困惑した様子の彼女に怪しげなお菓子を差し出して“餌付け”をしようと企んでいるようだった。
「……という訳で、皆、ラヴィの意見に反対する者はおらん。 それじゃ、再び上へ登って女神像があった場所まで移動しよう」
ライコウは暑苦しかったのか兜を脱いでおり、金色の髪を靡かせて碧い瞳を細めて皆に視線を向けていた。 ファルシュテルはライコウに視線を受け止めると、銀色の瞳に“思慕の情”を称えながら艶やかに頷いた。
その時のファルシュテルの様子に気付いた者はペイル・ライダーだけであった。 それ以降、ペイル・ライダーはファルシュテルの行動を警戒するようになった。
――
遺跡は大きく4つのエリアに分かれていた。
北側はかつて農村であったようだ。 焼け野原となった荒れ地には炭化した農作物などが多く発見された。 田畑の跡地から高い丘を越えると大きな灯台がある。 灯台は東に広がる海へ向かって光りを照らしていたようだ。
東には先ほどまでライコウ達がいた港町があった。 崖の下の海岸沿いにあった港町はそれなりに大きな街であり、廃墟となった造船工場や倉庫の残骸が軒を連ねていた。
南は商業エリアになっていた。 南東は工場地帯であり、屋根の吹き飛んだ工場や横倒しになって赤錆びたトラックなど、鉄クズや金属片が至る所に散乱していた。 南西は華やかな商業の町として栄えていたようだ。
デバイスの記録によると、遺跡の中心に国家の首都があったそうだ。 今は瓦礫と産業廃棄物しかない場所だが、ちょうど女神像が建っていた付近に国家元首が滞在した広大な建物があったという記録があった。
「マザーのデータベースによると、中心部には“大統領”と呼ばれる国の長が滞在していた建物があったそうなのだ。
その規模は広大で『ナ・リディリ』と同じくらいだったそうなのだ」
地底都市『ナ・リディリ』はこの世界に点在する地底都市の中では一番小さい。 だが、建物が一つの地底都市と同じくらいの規模だという事に、ライコウ一行は度肝を抜かれた。
「ふぇぇ、そりゃとんでも無い建物じゃのぅ。 しかし、そんな建物が跡形も無く吹き飛ぶとは“厄災”というのは、恐ろしい災害だったんじゃのう」
ライコウはまるで他人事のように目を丸くした。 ラヴィを間に挟んでライコウ並んで歩いていたファルシュテルは、そんなライコウの様子を見て銀色の瞳に不満の色を滲ませた。
「それよりラヴィさん、遺跡の中心部はすでに女神像が破壊されて何もありません。 巨大なロボットによって破壊されてしまいましたから。
中心部へ行くよりもそのまま素通りした方が良いんじゃないですか?」
ファルシュテルが横目でセムを見ながらラヴィに問いかけた。 セムは彼女の言葉を聞いて『ギクリ』と背筋を伸ばすと、キノのスカートの裾を引っ張った。 すると、キノは「何だ、テメェ……。 何かセムに文句あんのか、コラ?」と鋭い目線をファルシュテルに飛ばした。
「あ、いえ、いえ! 文句を言っているつもりじゃないんです! 私はただ『何もない中心部に行っても調べられるものなんて無いのになぁ』って思って……。 はい、すいません……」
ファルシュテルはキノに凄まれて狼狽した様子で目を伏せた。 キノはセムを抱き上げると甘えてきたセムの頭に頬を擦り付けて「セムは何も悪くないから大丈夫よ♡」と二重人格かと思える程の変貌振りを見せつけて、一同を唖然とさせた。
すると、キノを見て呆れた様子だったラヴィが「コホン……」と一つ咳をして気を取り直し「何も無い訳ではないのだ」とファルシュテルの考えを否定した。
「大統領とかいうヤカラがいた建物の敷地内に建立されていたという女神像。 もう破壊されてしまったと言っても、台座は未だに残っているのだ。 それは先日の調査で確認しているのだ。
そして、その周囲に飛び散っていた“重油”も……なのだ」
ラヴィはそう言うと、蒼い黛を描いたキリリとした瞳を鋭くファルシュテルに向けた。 ところが、ファルシュテルは首を傾げて「重油……ですか?」などとトボけた様子を見せて、ラヴィから借りた白衣の袖に付いた泥を指で弾いた。
「……何を白々しい。 重油は汝がバラ撒いたのではないのか?」
ラヴィはオフィエルの眷属が重油をバラ撒いたものだと確信していた。 ラヴィがまず初めに女神像のあった遺跡の中心へ向かったのも、ファルシュテルに重油をバラ撒いた理由を問いただそうとした意図があった。 ファルシュテルはオフィエルの眷属だと“自称”している。 もし、重油を撒いていないとしたら彼女がオフィエルの眷属だと言う主張がウソであるという事にもなる。
ところが、ファルシュテルは「重油などバラ撒いていない」と否定した。
「私がそんなものバラ撒く訳ないじゃないですか。 恐らくアザリアがバラ撒いたのではないですか?」
「何っ、アザリアが――!?」
ラヴィが驚いて目を見張ると、二人の会話を聞いていたライコウは「余計な事を……」を呟いて、ファルシュテルを睨んだ。
ファルシュテルはそんなライコウの視線に気付いたのか、再び「いえ、いえ!」と慌てだし「アザリアかも知れないと思っただけです!」と釈明した。
ファルシュテルは古代遺跡へやって来て50年の間、崖下の港町で暮らしていたと言う……。 崖の上の遺跡ではアザリアがしばしば滞在していた事を知っていたので、なるべく近寄らないようにしていたとの事であった。
したがって、遺跡の中心部や灯台の周辺に重油がバラ撒かれていた事なんて知らないし、もちろん自分が撒いたものではない。 可能性としてはアザリアが撒いたのではないかと思ったのだと言う事だった。
「……その話しを聞くと、汝はこの50年間、真面目にラッパを探す気などなかったという事ではないか……」
ラヴィがジトッとした目線をファルシュテルに向け、呆れたように言い放つ。 すると、ファルシュテルは「当たり前です!」と言って、憮然した様子で何故かライコウを見つめて自分の不幸な境遇を訴えた。
「私はオフィエルに“勝手に”眷属にされた哀れな娘なんです! ラッパだって何に使うのかも分からないし、オフィエルも教えてくれない。 だから『ラッパを探せ』なんて言われたって、真面目に探す訳ありません!」
まるで開き直りとも思えるファルシュテルの主張にライコウは困った様子で「まあ、そうじゃのぅ……」と曖昧な返事をした。
ところが、ライコウの後ろで会話を聞いていたペイル・ライダーが口を挟み「それでは何故、貴方は『ラッパを探して欲しい』と私達に協力を求めるのです?」と至極もっともな事を聞いた。
「そ、それは……。 いずれ『ラッパを探さなきゃいけないなぁ』って思っていた時に、“たまたま”貴方達が来たから……です」
何とも釈然としない言い訳である。 ライコウは彼女の言い訳を特に不審に思っている様子はなかったが、ラヴィとペイル・ライダーは彼女の言動と挙動にますます違和感を抱く事になったのであった。
――
遺跡の中心部に建っていた女神像は復活などするはずもなく、粉々に破壊されたままであった。 だがラヴィの言う通り、女神像があった場所に台座がまだ存在していた。
台座は方位磁針のような矢印が刻まれており、回転して動くような仕組みであった。
デバイスで調べたところ、内部に“光電池”が内蔵されており、光がある限り半永久的に台座が動くようであった。
ファルシュテルが言うには北東の方角――時計でいうと2時の方角――に台座が動くと女神像は瞳から光を放っていたとの事だ。
光はレーザー光線のような直線的な光であり、遙か彼方に見える巨大な灯台に向けて照射されていたと言う。 そして、灯台に到達した光は南西に向かって反射していたとの事であった。
「――うむ。 そうすると、南西に何か増幅した光を吸収する装置があったはずなのだ」
ラヴィはファルシュテルの説明を聞いて、南西のエリアを重点的に探索する事にした。
『恐らく、当時は丘の上の灯台と同じような巨大な建築物が建っており、灯台から反射した光をエネルギーに変換して何かに利用していたのでは無いか?』
ラヴィはそう考えていたのである。
「それにしても、この黒い液体、まだ残ってんな……」
キノが指摘した通り、先日遺跡調査に来た時と変わらず、重油は相変わらず女神像が建っていた台座の周りに水溜まりを作っていた。
「うーん……。 この重油が一体何の目的でバラ撒かれたのか分からなくなってしまったのだ。 ……まあ、とにかくまずは南を探索してみてから考えるのだ!」
オフィエルの眷属と自称するファルシュテルが重油をバラ撒いた訳では無いとなれば、この場所と灯台の周りに重油を撒いたのが誰であるか、目的は何であるかが不明となる。
仮にアザリアが撒いたのだとしても、何故アザリアがそんな事をしたのかが想像出来ない。
ただ、ペイル・ライダーはただ一人、この場所に重油がバラ撒かれている意図を何となく予想する事が出来ていた。
(灯台の“下”とこの中心部の“下”……。 何故かこの二カ所だけ、デバイスの“透視装置”が機能しない。 強力な電磁波が地中で発生しているのか? それとも、人為的な何かの装置がマナスを阻害しているのか?)
ペイル・ライダーはガラスの中の黒い球をピコピコと赤色に点滅させながら一人考察を続けていた。
「これ、ペイル・ライダーよ! モタモタしていると置いていくぞい!」
すると、ライコウが大きな鉄クズと化したトラックの荷台の上からペイル・ライダーを手招きした。
ペイル・ライダーはライコウの呼びかけに気付くと「まずはラヴィニアの言う通り、南西エリアの探索をしてみましょう」と呟いて、女神像跡地から離れて行った。
南西エリアは都市の中心部よりもさらに海抜が低かった。 デバイスで当時の記録を調べると、東に位置する港町と同じくらい大きな街であり、超高層のビルが建ち並ぶ商業エリアであったようだ。
ところが厄災の後、町の大半は海に沈んでしまったそうだ。 都市の中心から100キロも進めばそこはもう海であり、真っ黒い海の中には傾いた高層ビルが哀れな鉄骨を剥き出しにして海面から頭を出している様子が至る所に見られた。
「うーん、恐らく光をこのエリアに放ったとしても、此処まで届く光ではなかったはずなのだ」
恐らく当時はかなり密集したビル群が建ち並んでいたはずである。 そんなビル群をかいくぐって奥に光を照射する事など至難の業であり、わざわざそんな事をするのなら、手前に光りを受け止める施設を造っていたはずだろうとラヴィは予想したのだ。
だが、そんなラヴィの予想をペイル・ライダーは否定した。
「いえ、ラヴィニア。 何故、わざわざ高い丘に建っている建造物に“反射装置”を付けるのです? 恐らくかなり高い建築物に向けて光りを反射させる為だったのではないでしょうか?」
ペイル・ライダーは続けてその推測の根拠を説明しだした。
「女神像の瞳から放たれた光は、高い丘にある灯台の表面に設置されている反射板で光を反射していた。 当時の女神像の全長と反射板が設置されている高さから光の入射角を計算すると、その角度は女神像の目線からおよそ45度です。 そうすれば、反射板を反射した光はそのままの高度で地上と平行に反射されます。
すなわち、丘にある灯台と同程度の高さの建築物が灯台の真向かいに位置する場所にあったのではないかと推測されるのです」
なるほど、わざわざ高い場所に反射板を設置したのは、女神像から照射される光の角度を地上と平行にする為であったのだ。
「女神像から照射されていた光は恐らく何か特殊な光であったはずです。 そうでなければ、わざわざ光を反射させて向かいの建物に光を届かせる必要などありませんから。
そして、その光を受け止めていたであろう建物も、直接女神像から光を受け止められなかったからこそ、反射板を利用していたのです」
ペイル・ライダーの説明を聞いたラヴィは、頷きなら彼女の話を要約した。
「つまり、女神像から放たれた光は、灯台に設置されている反射板を反射し、商業エリアに建っていた灯台と同じ高さの超高層の建物に照射されていた……。
もちろん、そんな超高層の建物が商業エリアの手前に建っていようものなら、中心都市は日陰に覆われてしまう・・・・・・。
すると、その建物は商業エリアのかなり奥の場所に建てられていたに違いないのだ!」
ラヴィの説明にペイル・ライダーが口添えをする。
「海底に沈んだ都市の一部を確認すると、どうやら厄災が起こる前か、厄災の初期段階で沈んでしまったものと思われます。 多くの建物が殆ど破壊されないまま海に沈んでいる様子が確認出来ますので。 むしろ沈んだと言うより、何らかの影響で突然海面が上昇し、一夜のうちに海水に飲まれてしまったのかも知れません。
そうすると、当時から建物の高さはさほど変わっていないと予想されます。 つまり、海面から頭を出している建物の中で一番高いものが、女神像から照射された光を受け止める建物であった可能性があります」
「成る程なのだ! それでは早速、デバイスで海中に沈んだ建物を調査するのだ!」
ラヴィは喜々としてデバイスを展開し、海の所々で飛び出ている建物の内部を調査しようとした。
ところが、ライコウが先を急ごうとするラヴィの足を止め「少し、休憩をしたらどうじゃ?」と提案した。
「遺跡へ来てからまともに休息を取っておらん。 燃料も少なくなってきた事だし、ショル・アボルでも捕まえて、燃料補給をしないとベースケとアルスが可哀想じゃろう」
二人は他のゼルナーと比べて性能が一段下がる。 燃料の許容量も少ないので、案の定、ここへ来て項垂れた様子で「ゼェ、ゼェ……」と息を吐きながら辛うじて付いてきている状態になっていた。
「むぅ……仕方無いのだ。 しかし、この程度で音を上げるんだったら『来なければいいのに』と思うのだ」
ラヴィは折角士気が上がったところに水を差されたような気がして、二人に対して不満を漏らした。
だが、アルスはともかくとして、ベースケの能力がこの先役に立つとは、この時のラヴィは知る由もなかった。
――
「ファルちゃん♡ ほら、アーンして♡」
丸焼けになったイノシシ型のショル・アボルからトロトロになった金属片をスプーンで掬い、ファルシュテルの口元にスプーンを差し出す、アルス。 ベースケは彼女の背後に回って、肩を叩いたり、腰を揉んだり、耳に息を吹きかけたりして献身的にファルシュテルのケアに励んでいた。
「おい、お主等の為にワザワザ休憩を取ったんじゃぞ! ファルシュテルも迷惑しているから大人しく休んでおれ!」
何かにつけてファルシュテルの世話を焼こうとする二人を窘めるライコウ。 すると、ラヴィが少しむくれた様子で、背後から二人の頭をポカリと殴って気絶させた。
「ペイル・ライダー、コイツらに燃料を補給してやって、その辺に打ち遣っておくのだ!」
ラヴィは投げやりな口調でペイル・ライダーに指示をする。 ペイル・ライダーは「了解しました」と泰然とした様子でアホ面を下げて気絶している二人を仰向けに転がすと、背中からケーブルを伸ばして二人の身体に接続した。
ペイル・ライダーに燃料を補給されながら眠りについた二人を、呆れた様子で見つめるラヴィ。
「はぁ、全く……。 ついこの間まではワガハイの事を『アルちゃん、アルちゃん』だの言ってもてはやしていたクセに、今度は『ファルちゃん、ファルちゃん』だの言って鞍替えするなどとは……。 全く、節操の無い奴らなのだ」
ラヴィのボヤキを聞いたキノは「まぁ、仕方無いんじゃね?」と、目の前で火にくべられているトカゲ型のショル・アボルが刺さっている串を取り出しながら二人のフォローをした。
「エクイテスは野郎型のゼルナーしかいねぇんだし……。 皆、女の子型の器械に飢えてんだよ。
まあ、オレは女の子型の器械なんぞ興味はねぇけどよ」
イノシシ型ショル・アボルが吊り下げられている焚き火を中心に車座になっているライコウ達。 丁度、キノはラヴィの向かいに座っており、先ほど手に取ったトカゲ型のショル・アボルの串焼きを、膝の上に乗せているセムに与えていた。
「そういえば、汝は男性型の躯体から女性型の躯体に換装したんだったな?」
ラヴィがキノに指摘をすると「まぁ、そうなんだが……」と一瞬口を噤むと、串焼きをモシャモシャと食べているセムの頭を愛おしそうに撫でながら言葉と続けた。
「そうなんだが……結局、元々決められた性別は変えられねぇみたいだな。 まあ、それはそれで別に良いんだけどよ。 人間と違って生殖能力がある訳でもねぇし、単に人間と同じようにセックスをする為に性別を分けているだけだからな」
キノはそう言うと、吊り下がっているイノシシ型のショル・アボルの身体にナイフを突き刺した。 すると、ショル・アボルの体内からドバドバとオイルがあふれ出た。
キノはそのオイルを金属製のお椀で受け止めると、そのままお椀を口に運んでオイルを一気にゴクリと飲んだ。
「うむ……。 器械も他者を愛するという感情が必要なのだ。 だから生殖能力は無いものの、男女で性別が分けられ、恋愛感情も備えている」
キノの膝の上に座っていたセムは、ショル・アボルの串焼きを食べて満足したのか、膝の上で親指をしゃぶりながら眠りだした。
そんなセムの様子を微笑みながら見ているキノ。 彼女はラヴィの言葉に頷くと、微笑みを称えていた瞳に寂しそうな影を宿らせた。
「……オレは女の子になりたくて、マザーに無理言ってこの身体にして貰った。 でも、結局オレは男を好きになる事もねぇし、コイツらだってオレを女と見ちゃいねぇ」
キノはそう言うと、座敷で眠っているアルスとベースケを一瞥した。
ライコウは二人の会話を黙って聞いていた。 ファルシュテルは二人の会話を聞いている風も無く、ショル・アボルの丸焼きから金属片を削りとり、美味しそうに食べている。
「結局、オレは男として生まれて来る“運命”だったんだ……残念ながらな……」
キノがそう言って再びお椀を口に寄せると、ラヴィがキノの言葉を否定した。
「運命なんて言葉を口に出し、自分の可能性を諦めてはダメなのだ。
決められた未来を運命と呼ぶのなら、運命なんてものは存在しないのだ。
――決められた未来など無いのだから――。
人間だろうと器械だろうと、いくら未来を予測したところで未来など誰にも分からないのだ。
未来は自分で決めていくものなのだ。 女性になる未来を自分で決めたのであれば、必ず女性になる事が出来ると信じるのだ。
それに『男性を愛せないから女性では無い』なんて、誰が決めたのだ? 女性を愛する女性がいたって構わないのだ。
何でもかんでも人間に合わせる必要など無いのだ。 何でもかんでも他者に合わせる必要は無いのだ。
運命とかいうレールに自分が乗っかる必要など何処にも無いのだ。
器械には器械の未来があるのだ。 自分には自分の未来があるのだ。
女性しか愛せないのであれば、女性を愛すれば良いのだ。 それで汝を『女性では無い』と笑う者がいたならば、ワガハイがソイツに蹴りを入れてやるのだ。
『人が決めた未来に口出しをするな』とな」
ラヴィの「蹴りを入れる」という言葉にキノは思わず吹き出した。
「ははは、威勢がいいな。 何だか励まして貰ったみたいになっちまったな……。 確かにお前の言う通り『女の子を愛する女の子』が居ても構わねぇと思うわ。
まあ、オレが女の子を愛せるかというのは別の話だがな……。
ただ『未来を自分で決める』という言葉は良い言葉だ。 ありがとう。 オレもそのつもりでいるようにするよ」
キノはそう言ってラヴィに礼を言うと、セムを抱いたまま寝転んだ。
「じゃあ、オレは寝るぜ。 明日は灯台の入口が開けられれば良いな」
穏やかに眠るセムに腕枕をしながら、キノは皆の前で目を閉じた。
二人の会話をライコウとペイル・ライダーは黙って聞いていた。 ファルシュテルはいつの間にか眠ってしまったようだ。 ライコウはラヴィの言葉に感心した様子で頷いていた。
ペイル・ライダーはラヴィの言葉を聞きながら穏やかな緑色の光りをボンヤリと称えながら、ラヴィの考えがブレていない事に安心していた。
(ラヴィニア……。 貴方のその考え方こそ、私が貴方に従った理由。 貴方はこの星の未来を変えようとしている。
――滅ぶべき運命にあるこの星を――
私はそんな貴方に期待をしましょう。 未来は自分達で決める事ができるのだと。
たとえ、この身が滅びようとも……)
――
次の日、ライコウ達は海に沈んだビル群を一つ一つドローンを飛ばして、調査していた。 水深200メートルそこそこの浅い大陸棚になっている海であったので、いくつかの高層ビルは海面からニョキッと頭が出ていた。 その中から順次、怪しいビルを調査していけば良い。
ラヴィは腰に掛けていたポシェットから見た事のある“メロン”のような形をしたドローンを取り出して海へ飛ばしていた。 この『ファル』と呼ばれるドローンはAIを搭載しており、自動的に敵を追尾したり回避したりすることができる。 また、記録した情報を元に特定の物体を探索する能力に優れていた。
ドローンは早速、海面から先っちょが飛び出ているピラミッドのような黒い建物を発見し『この建物が怪しい』と各ゼルナーのデバイスに情報を送った。
高さ500メートル程度はあったかに思われるその巨大な建造物は、前方に二つの目のような文様が刻まれていた。 建物は黒く光り輝く大理石のような素材で造られており、濃酸の海の中でも腐食している様子はなかった。
「うーん、アレで間違いなさそうなのだ。 ……取りあえず“それらしい建物”は見つかったにせよ、問題はここからなのだ……」
女神像の瞳から照射されていたという光をどうやって、この建物に届かせるのか?
そもそも、女神像は粉々に破壊されており、その瞳も行方不明になっている。 たとえ瞳を見つけることが出来ても、200メートル以上沈下した建物に反射した光は当たらない。
高さの調整は、灯台に向けて放つ光の角度を変えれば出来そうだ。 しかし、肝心の女神像の瞳が見つからなければ、灯台に向けて光を照射する事が出来ない。
ラヴィが真っ黒い海を前にして潮風に吹かれながら「うーん……」と唸っていると、後ろからファルシュテルが声を掛けてきた。
「ラヴィニアさん、貴方、ご存じですか?」
唐突にラヴィに何かを聞こうとするファルシュテル……。
「……ん? 何を……?」
「――『レヴォネ・キント』を――」
「――!?」
ラヴィが驚いて振り返ると、ファルシュテルは何を思ったのか『クス、クス』と笑った。 そして、ラヴィの横に立ち、海を眺めながら話しを続けた。
「レヴォネ・キント――“月の子”――と呼ばれたその人間の子孫達は“月の欠片”を各地に遺していきました。 月の欠片は世界各国で兵器に使われたり、呪物として用いられたり、器械の部品としても利用されたみたいですね。
この地にあった国では、月の欠片を都市の中心に建立した女神像の瞳に利用していたと聞いています。
もちろん、人間達は目的があって女神像の瞳に月の欠片を用いたはずですが、その目的は分かりません。 とにかく、女神像の瞳は月の欠片であった事は間違いないようです」
ファルシュテルが此処まで説明すると、ラヴィは何故彼女がわざわざこんな説明をラヴィにしてきたのか気が付いた。
「汝はコヨミの瞳を女神像の代わりに利用しようと言うのだな……?」
コヨミの瞳は姉のカヨミが加工し、ペンダントとしてライコウが所持していた。 ファルシュテルはライコウの首から下がる銀色の球体が月の欠片であると気付いていたのである。
その理由は、ファルシュテル自身も月の欠片を所持していたから……。
そう、彼女の瞳もまた月の欠片であったのだ
「私が持つ月の欠片とライコウが持つ月の欠片を女神像が建っていた台座の上に置けば、月の欠片は瞬く間に輝きを放って、灯台に光りを穿つでしょう」
ファルシュテルの言葉にラヴィは疑問に思った。
「そこまで知っているのなら、何故、月の欠片を使って女神像の謎を解こうとしなかったのだ?」
ラヴィの疑問にファルシュテルは「面倒くさかったからです」と答えた……。
「だって、もう一つの月の欠片を探すにはあちこち移動しなきゃならないじゃないですか。 ただでさえ、ラッパを探すようオフィエルに言われているのに、月の欠片まで探さなきゃならないなんて、面倒くさ過ぎてやってられません」
ファルシュテルはそう文句を言うと、後ろを振り返りライコウを見た。 ライコウは傾いているビルによじ登ろうとしているセムを眺めていた。
「それじゃ、光を受け止める施設も発見された事だし、女神像の土台に月の欠片を置きに行きましょう!」
ファルシュテルはライコウに向かって意気揚々と歩き出した。 すると、何処からともなくアルスとベースケがやって来て、彼女の後ろに従って行く……。 どうも二人はファルシュテルに心酔しているようだ。
ラヴィはそんな三人の後ろ姿を不審そうに眺めていると、ペイル・ライダーに声を掛けられた。
「ラヴィニア、ファルシュテルは……」
ペイル・ライダーが何を言いたいのか分かっていたラヴィはペイル・ライダーの言葉を遮って言葉を継いだ。
「――分かっているのだ。 ファルシュテルは何かを隠しているのだ。 奴の行動はこれからますます警戒しないと危険なのだ」
アルスとベースケは満面の笑みでファルシュテルと話しをしている。
ペイル・ライダーは二人の様子に視線を向けながら「……そうですね」と一言頷くと、ラヴィと共に歩き出した。




