毒親の企み
「……のう、ラヴィ。 こんな大所帯で遺跡調査へ行く理由はあるのか?」
『デル・タテンズ・ベソイレム』と呼ばれる古代遺跡の調査に来たライコウ。 隣でライコウの腕に纏わり付くラヴィは嬉しそうな顔をして、ライコウの質問に答える事は無かった。
「まぁ、ライコウ、そう言うな。 “姫”が向かうところは俺達が一緒で無ければならないのだ。 それが“親衛隊”の定め……分かるか?」
ライコウの背後から訳の分からない事を口走る者は、黒い学生服を着たゼルナー『ベースケ』であった。 その隣にはオールバックの金髪をなで付けた白いスーツ姿のゼルナー『アルス』の姿もあった。
「分かるか! このバカモンがっ! ラヴィとワシだけで充分じゃろうが!」
ライコウが後ろを振り向いてベースケに怒鳴り散らす。 ベースケとアルスの後ろには150センチ程度のずんぐりとした赤いロボットと、金属製のスラッとした人型のロボットが従っていた。
赤いロボットの隣にはチェックのスカートを履いた制服姿のキノがいた。 キノは赤いロボットと手を繋いでおり、先に見える巨大な塔を見上げていた。
二体のロボットはセムとペイル・ライダーであった。 キノと手を繋いでいる赤いロボットはセムが入っており、ペイル・ライダーはシビュラに改造されて人型のロボットに変形していた。
セムが入っているロボットは彼女がレグルスの自宅へ来た時や、オフィエルの眷属と戦った時のロボットとは別物であった。 セムは操れるロボットを複数体持っており、今回の任務は建物の内部に潜入する可能性があるので、マザーから小型のロボットに乗るように指示されたのであった。
赤いロボットは角張った頭部に黄色く光る四角い目を持ち、両耳部分に金属製の白いイヤーパッドを装備したロボットらしいロボットであった。 鉄骨のような無骨な手足をガシャガシャと動かしている姿はカッコイイと言うより、むしろ可愛らしくさえあった。
一方、ペイル・ライダーはシビュラによって再び改造を施され、移動しにくい巨大な身体から二足歩行型のロボットへと姿を変えていた。
ペイル・ライダーの身体はジスペケやシャヤとよく似ていた。 すなわち、量産型作業用機械のようであったが、頭部と装備している武器は作業用機械とは全く異なっていた。
ペイル・ライダーの頭部は透明なガラスで作られており、ガラスの中にはピカピカ光る黒い球体が浮いていた。 一見すると、首の無いアンドロイドの上に黒い球体がフワフワ浮いているように見える不気味な姿であった。 両肩には太いダクトが数本伸びており、ダクトは背中に設置されているバズーカ砲のような武器に接続されていた。 両手は人間型の五本指であったが、恐らくシビュラの事だから腕も何らかの改造を施しているはずであろう。 もしかしたら、ライコウと同じく手首を外して毒ガスでも噴射出来るのかも知れない。
いずれにせよ、一般的な作業用機械とは比べものにならない程の出力を発揮することができる身体のようで、その能力はゼルナー達と比べても劣らない程優秀であった。
ライコウとラヴィの後ろにはそんな“頼もしい連中”が従っていたのだが、ライコウは仲間達の性能以前に、大人数で行動する事に対して大いに不満を持っていた。
ラヴィは不貞腐れた様子のライコウを申し訳なさそうに上目遣いで見つめると、彼等を同行させるように命令したのはマザーであると釈明した。
「ライコウ様、ゴメンなのだ。 ベースケとアルスはどうでも良いとして、セムとキノ、ペイル・ライダーを連れていくように命令したのはマザーなのだ」
ラヴィはそう言うと、ライコウの肩に頭を寄せて嬉しそうに言葉を続けた。
「でも、ライコウ様がワガハイと二人きりになりたかったと言ってくれて嬉しいのだ♡」
……そんな事ライコウは一言も言っていない。 ただ大人数で移動することが剣呑であったので、不満を漏らしただけである。 それに、ラヴィにベタベタくっ付かれると、背後からアルスとベースケの殺気が伝わって来て気持ちが悪い。 なるべくラヴィには離れて歩いて欲しかったが、満足そうに腕を絡ませているラヴィを見ると邪険にする訳にもいかなかった。
(……ったく。 こんな事になるなら、アイツの頼みを引き受けなければ良かった)
ライコウはマザーに頼まれてラヴィ達の遺跡調査に同行した事を後悔していた。
「うーん、何だかのう……」
ライコウは自分が置かれている立場に釈然としない様子で、兜の上から頭を掻いた。
――
ラヴィの言う通り、彼等が遺跡調査へやって来た理由はマザーからの指示であった。
セムとキノを同行させたのもマザーの指示であり、当初は三人で遺跡調査を行う予定であった。 ところが、ラヴィがオフィエルの眷属の痕跡を持って遺跡調査から戻って来た後、マザーは何故かライコウを一緒に連れて遺跡の再調査をするようラヴィに命じた。 すると、ライコウが同行すると聞いたベースケとアルスが「アルちゃんを護る為」とマザーの言う事も聞かずに勝手に付いて来た。 マザーは子供達の些細なワガママは容認していたので、その事で彼等が罰を受ける事はなかった。
こうして、ラヴィ、キノ、セムという当初のメンバーから、ライコウ、ベースケ、アルス、ペイル・ライダーというメンバーも加わって大人数になってしまったのである。
それにしても、マザーは何故、ラヴィ達に遺跡調査を命じたのであろうか?
マザーはラヴィに「遺跡に出没したオフィエルの眷属を警戒する為」だという理由を伝えていた。 ところが、マザーが三人に遺跡調査を命じた本当の理由は別にあり、オフィエルの眷属自体を警戒する為ではなかったのである。
『オフィエルの眷属が何故、遺跡にいたのか?』
マザーはオフィエルの眷属が遺跡で何をしていたのかを探る為、ラヴィを遺跡へ派遣したのだ。
ラヴィがマザーの命令を素直に従ったのには理由があった。 彼女はマザーの命令に従う代わりに、マザーが行なっている“怪しからん所業”を止めるよう要求したのである。
マザーは二つ返事でラヴィの要求を受け入れ「自身の行いを改める」とラヴィに伝えた。 ラヴィはもちろんマザーの言葉に半信半疑ではあったが、頭ごなしに「信用できない」と否定する訳にはいかなかったので、マザーの指示に従って遺跡調査へ行くことになったのである。
この時、マザーはついでにオフィエルの詳細な能力をラヴィに教えた。 もし、調査中にオフィエルの眷属が出現すると危険だからである。 ラヴィはマザーにオフィエルの能力を教えて貰ったからこそ、調査中に発見した液体を「オフィエルの眷属が転移装置として利用しているのでは?」という推測が出来たのである。
こうしてキノとセムを引き連れて遺跡調査へ行ったラヴィは、発見したオフィエルの眷属の痕跡を採取した。 そして、再びディ・リターに戻って来て、マザーに採取した液体を提出した。
ラヴィから液体を受け取ったマザーは早速詳細な成分調査を行った。 するとラヴィの予想通り、液体は単なる“重油”であると分かった。
重油は塔と女神像が建っていた場所の二箇所にばら撒かれていた。 この二箇所は何者かが障壁を張り巡らせているようで、デバイスを用いて映像を確認することが出来ない場所であった。
そんな状況を踏まえ、マザーはオフィエルの眷属の目的を予想した。
「恐らく、イン・ケイオスの眷属はこの二箇所に障壁を張って私からの監視を逃れながら、何らかの調査をしているのですわ。 そして、遺跡を離れてもすぐに戻ってこれるように液体をばら撒いた……。
液体が重油であるという事は、調査に時間が掛かっているという事ですわ。 もしかしたら、調査が難航しているのかも知れない……」
蒸発しにくい重油であれば、オフィエルの眷属が何度も古代遺跡へ戻ってくる事が可能である。
「オフィエルの眷属はそれだけ慎重に遺跡調査を進めているのかも知れませんわ」
初め、マザーはそう思って懸念を抱いた。 ところが、オフィエルの眷属が古代遺跡に出没した記録を改めて確認すると、その懸念は杞憂ではないかと考えるようになった。
というのも、オフィエルの眷属が古代遺跡に姿を現す事自体、殆ど無かったからだ。
オフィエルの眷属が古代遺跡に姿を見せたのは、ディ・リターとエクイテスの連合軍がフルと戦っている最中にセムが目撃した時が最後であり、その後の消息は不明であった。 恐らく、すでに遺跡から離れ、何処かの海域で身を潜めているのだろう……。
「少し調査へ出向いたらと思うとすぐ何処かへ行ってしまい、しばらく戻ってこない……」
オフィエルの眷属はそんな事を繰り返しながら遺跡を調査しているのだろうとマザーは予想した。
そんな予想を立てると、どうもオフィエルの眷属はイヤイヤ古代遺跡の調査をしているのではないかという気がして来た。 それを証拠にセムがオフィエルの眷属を発見して攻撃を仕掛けたときも、オフィエルの眷属は何の抵抗もせず一目散に逃亡した。 もし、古代遺跡を自発的に調査しているのであれば、調査を邪魔する者を排除する為に少しは抵抗するはずだろう。
「もしかしたら、やる気の無い眷属に無理矢理遺跡の調査をさせているから時間が掛かっているだけかもしれませんわ。 時間を掛けている事に特段の意図は無いのかも……」
マザーは考えた。 「オフィエルの眷属は主であるオフィエルから指示され、不承不承ながら遺跡を調査しているだけかも知れない」と。 そして「遺跡調査は遅々として進んでおらず、調査の目的も達成されていない」と予想したのである。
「もし、イン・ケイオスが眷属に遺跡調査を強引に指示しているのであれば、調査の目的は大方予想する事が出来ますわ」
オフィエルはある“探し物”に関係する事以外では、眷属を使って何かをさせる事など殆どない。 マザーはオフィエルがその探し物の痕跡を古代遺跡で発見したのかも知れないと恐れた。 それはオフィエルの探し物が自分の探し物と同じであったからだ。
だが、マザーはラヴィの報告を聞いて安心した。 「オフィエルはその“探し物”をまだ探し当てていない」と確信したのである。
マザーは何故そう思ったのか? それは、もし探し物がオフィエルの手に渡っていたら、アザリアがオフィエルから奪おうと動くはずだと思ったからだ。 ラヴィの報告ではアザリアは現地にいる気配は無く『メカニカル・フェストゥング(器械の砦)』からも、アザリアが遺跡に滞在しているという報告は聞こえてこなかった。
「……すると、イン・ケイオスはまだ“アレ”自体を発見していないはずですわ。 古代遺跡の周辺にあの忌々しい“寄生虫”の影が無いから。 恐らく、アレが古代遺跡に存在しているという情報を何処かで手に入れただけ……」
マザーが言う“寄生虫”とはアザリアの事である。 つまり、マザーとオフィエルが探している物は、アザリアも探していたのである。
マザーとオフィエルだけでなく、アザリアも探している物。 それは、かつて厄災を終わらせたマルアハが持っていた『ラッパ』であった。
「……イン・ケイオスにラッパを渡す訳にはいきませんわ。 もちろん、あの害虫にも……」
マザーは考え抜いた結果、ライコウを古代遺跡の調査に同行させるようラヴィに命じた。
一見すると、マザーの決定はライコウを危険に晒すだけの愚策のように思われる。
ライコウはオフィエルに一方的に気に入られているゼルナーである事はマザーもよく知っているはずだ。 それは気に入られているというよりも、むしろ盲目的な偏愛を受けていると言った方が良い。 オフィエルがライコウを発見すればすぐに彼を連れ去ろうとするだろう。
したがって、古代遺跡にライコウがいる事が分かれば、オフィエルは間違いなく古代遺跡へやって来るはずである。 ライコウの身に危険が及ぶのは火を見るより明らかだ。 それに、わざわざオフィエルを呼び寄せるライコウに遺跡調査をさせる必要は何処にも無い。 もし、オフィエルが来ればライコウはおろか、ラヴィやセム、キノ達だけでは到底太刀打ちできないだろう。
それでもマザーはライコウに遺跡調査を頼んだ。 その理由は寄生虫――アザリア――の存在が頭にあったからである。
アザリアがライコウを愛していた事をマザーは知っていた。 もし、オフィエルが出現してライコウを奪おうとすれば、彼女なら身を挺してライコウを護るであろう。
それにマザーはライコウを派遣せずとも、古代遺跡を本格的に調査すればオフィエルが必ず邪魔をしにやって来るだろうと予想していた。 そして、アザリアも自分の邪魔をしに来るだろうと。
もし、オフィエルとアザリアが協力して、マザーのラッパ探しを妨害する事になればラッパを手に入れる事が難しくなる。 アザリアは「マザーにラッパを取られるよりは、オフィエルに取られた方が良い」と考えるに違いない。 アザリアとマザーはそれだけ反目し合っている仲なのである。
「ライコウが居なくても、どのみち二人は邪魔しにやって来ますわ。 ならば、そんな邪魔者二人には、ライコウという餌を置いておけば良い。 そうすれば、二人はラッパの事などそっちのけでライコウを奪い合うはず……。
私はその隙にラッパを奪ってしまえば良いですわ♪
ライコウは……まあ、イナ・フォグにでも頼んで連れ戻して貰えば良いでしょう」
彼女はそんな老獪な作戦を思いつき、ほくそ笑んだのであった。
「うふふ♡ 我ながらヒドイ作戦ですわ」
もちろん、マザーはライコウが危険に晒されるこの作戦を最善だと思っていなかった。
だが、彼女はライコウの身の安全とラッパとを天秤に掛けた結果、ラッパを選択したのだ。
彼女はそれほどまでにラッパを欲しがっていたのである。
――
古代遺跡――『デル・タテンズ・ベソイレム』――は『主の墓場』という意味があるそうだ。 厄災後に何者かによって付けられた名であり、いつの間にマザーのデータベースにその名が登録されていた事で器械達もそう呼ぶようになった。
“墓場”というよりも“廃墟”であるこの遺跡に何故か人間の遺体は見当たらず、墓らしい物も全く無い。 千年の時を経て遺体が風化してしまったのかも知れないが、最盛期には数億人いたと言われている人間の遺体が骨一本も見つからないのは不思議な現象であった。
この都市には中心部に高さ数十メートルの女神像が建立されていた。 女神像は十二の翼を持つガラスのような瞳が埋め込まれた美しい姿であったそうだ。 時間帯によって時計のように回転する仕掛けであったようで、毎日都市の住民の営みを穏やかな笑顔を称え、見守っていた。
厄災が起きた時、女神像の周辺は炎に包まれた。 怒り狂った天から降り注ぐ雹や雷の雨、獰猛な地から沸き立つ黒い炎は瞬く間に地獄の業火と化し、都市の生物を焼き尽くした。
女神像の周辺は数百万人の人間が黒い炭や、赤い肉塊となって転がっていた。 その様子は、筆舌に尽くしがたいほど凄惨な光景であった。
生き残った人間達は屍の山をかき分けながら、猛火に焼かれた痛ましい身体を必死に動かし、女神像まで辿り着いた。
……女神像に最後の願いを告げる為に……
黒焦げになった赤ん坊を抱きながら女神像に祈りを捧げる女性。
血に染まった妹を背負い、歯を食いしばりながら女神像を見つめる片足の無い少年。
焼け爛れた皮膚をぶら下げたまま女神像の足に縋る幼い少女。
手を取り合いながら逃げてきたブクブクに膨れ上がった全裸の男女。
愛する者を助けて欲しいと願う人間達の悲痛な叫び。
火傷で腫れ上がり、雷で焼け焦げた身体から出る苦悶の呻き。
救いを求める人間達の魂の叫び。
だが、女神像は人間達を救う事が出来なかった。
彼女はただ穏やかな微笑みを彼等に向けているだけであった。 自分に縋り、助けを求めながら死んで行く人間達を、慈愛の微笑で見送っていたのである。
――すると、そんな彼女の様子に変化が見られた――
マルアハが厄災を終わらせた後、その微笑みがいつの間にか悲愴な泣き顔に変わっていたのだ……。
女神像はガラスのような瞳から大粒の涙を流した。 そして、足下に縋り付いて死んでいった人間達の骸の上に慈愛の涙を注いだ。
止めどなく流れる涙は、女神像の周囲をまるで泉のように覆い尽くした。 泉の中には水を求めて死んでいった夥しい数の人間の死体が浮かんでいた。 悲劇的な死を遂げた人間達は女神の慈悲に包まれて魂の安らぎを得たのか、苦痛に歪んだ顔が幾分穏やかになっている様に見えた。
女神像が涙を流すようになってから49日が過ぎた頃、永遠に湧き出て来ると思われた哀しみの涙がピタリと止まった。 すると突然、女神像の頭部が『ガラ、ガラ』と音を立てて崩れ落ちてしまった。
――それから千年の間、首の無い女神像は廃墟の都市をたった一人で見守り続けた――
彼女は多くの笑い声と幸福をその身で包んで来た。 そして、多くの悲劇と苦痛の叫びをその身で受け止めた。 だが今は、ただ機械の獣が蔓延るだけの寂寞とした廃墟で一人佇んでいるだけであった。
彼女はそんな自分自身に疲れてしまった。 そんな孤独に耐えられなかった。
人間達の幸福も、絶望も見守ってきた優しき女神像。 彼女は器械の砦から放たれたロケットをその身に受け、悠久の孤独から解放される事を望んだのであった。
崩れ行く女神像の前に、幸せそうな笑顔を向けている少女の幻影が見える。 焼け爛れた皮膚を引き摺りながら女神像に縋り、息絶えた少女の在りし日の姿。 幻影の彼女は喜々として女神像に向かって今日起こった幸福な出来事を語っていた。
『Goddess! I'm floating “on a cloud” today! I got some amazing news! Will you listen? (女神様! 今日はスゴイ良い知らせがあったの! 聞いてくれる?)』
彼女は女神像に自分の身に起こった幸運をひとしきり語ると、美しい青い瞳を閉じて女神像の前で跪き、祈りを捧げた。
『May the world be wrapped in happiness, floating on a cloud. (世界が幸福に包まれますように)』
「on a cloud――オナ・クラウド――」
女神像は誰かのココロに語りかけると、ついに瓦礫と化した。
こうして彼女は千年の孤独に終止符を打ち、人間達の魂と共に永遠の眠りについたのであった。
――
ラヴィ達は街の中心から北東へ向かい、山のような高い丘を越えた先にある巨大な塔へ到着した。 広大な丘に聳える馬鹿げた大きさの塔。 塔の先は崖地になっており、崖の下は真っ黒い海が広がっていた。
塔は直径一キロにも及ぶ金属製の円柱であった。 100メートル程の高さの円塔は恐らく白い塗料で塗られていたと思われたが、今や表面は所々塗料の痕跡が残っているだけであった。 また、侵入者を排除する為に監視カメラやレーザー砲も設置されていたのだろう。 塔の壁面には破壊された武器がそのまま残されていた。 正面には錆だらけの大きな両扉があったが、開ける事が出来るかどうか疑わしいほど拉げ、朽ち果てていた。
「恐らく、この建造物は灯台だったと思うのだ」
ラヴィはこの高い丘に聳える建造物を灯台だと推測した。
「海を見渡せる丘の上に建っているし、丘の下には港町があるのだ」
東に沿って南へ丘を下ると廃墟となった港町がある。 丘の上から眺めると、瓦礫となった大量の民家やビルが当時のまま残されている様子が見て取れた。 人間の遺体の一人や二人残っていてもおかしく無いはずだが、ラヴィ達がデバイスで調べたところ、人間の遺体は一体も見つからなかった。
港には朽ち果てたボートや大型の船が、船掛かりをされたまま残っていた。 恐らく人間達はこの港から航海に出て、丘の上にある灯台の明かりを頼りに再び港へ戻って来ていたのだろうとラヴィは推測した。
「しかし、灯台にしてはちょっとデカ過ぎやしねぇか? それにデバイスには“灯台”なんて表示されてねぇし……」
聳え立つ塔を眺めながらキノがぼやく。 キノはデバイスを起動させたまま、手を翳して塔のテッペンを眺めていた。
ラヴィが灯台だと指摘した塔の上部には、確かに海に向かって設置された大型のライトが設置されていた。 こう見ると、建物の大きさはともかく、やはり灯台のような気がする。
ところが、デバイスにはこの建物は灯台とは表示されておらず『ボニーヤード』という表示がされていた……。
「ボニーヤード……? なんだ、そら? 灯台じゃねぇのか?」
キノは首を傾げると、ラヴィの顔に視線を向けた。 ラヴィもボニーヤードの意味が分からず首を傾げていた。
この場にいる者の中で、ボニーヤードという言葉の意味を知る者はただ一人、バハドゥル・サルダールでその言葉を耳にしたライコウであった。
(……ボニーヤード。 すると、この中に亡くなった人間達の墓があるということか?)
バハドゥル・サルダールの地下には、この星で生きた最後の人間が埋葬されている。 その人間の墓が存在する部屋をボニーヤードと言った。
ボニーヤードがバハドゥルと同じ意味で使われている言葉なら、この建物の中にも人間達の遺体が埋葬されているはずだとライコウは考えた。
(しかし、一体誰が人間達の遺体を建物に収容したんだ? かつてこの都市には大量の人間が生活していたという記録がある。 それこそ、何千万、何億という……。
死んだ人間達を全員ここへ運ぶだけでも相当な時間が掛かる。 ましてや墓標まで造って埋葬するとなると一人では……。
……まさか、アザリアが……?)
アザリアであれば、何千、何億といった人間の遺体をこの施設に収容出来る能力を持っているかも知れない。 しかも、バハドゥルにある人間の墓をボニーヤードと呼んでいたのはアザリアである。
とはいえ、何千万、何億といった人間の遺骨を埋葬する事など、アザリアといえど一人では至難の業である。 もし、アザリアが行ったとしても、アザリアが単独で人間達を埋葬した訳では無いだろう。 それに、アザリアに協力する者がいたとは思えなかったし、何故アザリアがそんな事をするのかライコウには理解出来なかった。
(……やはりアザリアではなく、マザーかも知れんな。 恐らく作業用機械達にでもやらせたんだろう)
ライコウが腕を組んで思考に耽っていると、塔の上部を眺めていたキノが何かを発見したようで「おおっ、何だアレは――!?」と叫びだした。
「……あれは“反射板”のようなのだ」
塔の表面には鏡のような円形の物体が設置されていた。 光に反射して廃墟の町を照らしている物体は一体何の為についているのか?
「アルちゃん、そりゃ灯台なんだから海を照らす為に付けたんだよ。 なぁ、ベースケ」
いつの間にかサングラスを着用しているアルスが、後ろにいるベースケに同意を求めた。 ベースケは「……ああ、そうだな。 きっとそうに違いない」と塔の事などそっちのけで、ラヴィの後ろ姿を見つめながら息を荒くしていた。
すると、二人の背後にいるペイル・ライダーが「いえ、違います」と即座に否定した。
「あの反射板のような装置は海側に設置されておらず、街の方へ向いています。 おそらく、街の一部を何かの光で照らす為のものだと考えられます」
「うむ、ワガハイもそう思うのだ……」
ラヴィはペイル・ライダーの意見に同調すると、デバイスのフィールドを展開させて反射板の構造を詳しく調べた。
すると、反射板はレーザーを増幅させる特殊な素材で造られている事が分かった。
「……あの反射板にレーザーを反射させると、レーザーが増幅されるようなのだ。 つまり、ただの反射板ではなく増幅装置……。 もしかしたら、何かを破壊する為に反射板を設置したのか? それとも、増幅したエネルギーを利用して何かを動かそうとしていたのか?」
ラヴィが背後にいるベースケの視線を気にしながら腕を組み「うーん」と悩んでいると、突然セムが地団駄を踏んで叫び出した。
「――もう! そんな事ばっかり言って、いつまでも此処で突っ立っていてもしょうがないじゃん!」
セムは、話しばかりでこの場から動かない一行に痺れを切らしたようだ。
「とにかく、中に入ってみれば分かるよ!」
セムはそう言うと錆だらけの塔の扉へ身体を向け、ロボットの両腕を前に突き出した。
「あっ、コラ! セム、止めるんじゃ!」
ライコウは嫌な予感がしてセムの行動を止めようとしたが、すでにセムのロケットパンチは発射準備に入っていた……。
「あんなモノ、セムがぶっ壊してやる!」
目の前に聳えるのは千年前に人類が生きた証である貴重な遺物。 そんな歴史的建造物を躊躇無く破壊しようとするセム……。
ラヴィとライコウが慌ててセムを押さえつけようとしたが、すでに両肘から炎を吹き出した前腕は無情にもセムの身体から離れ、錆び付いた塔の扉へ向かって飛んで行った。
「うわぁぁ――!!」
ライコウ達はセムの蛮行に思わず手で顔を覆った。
『――バチバチ――!!』
ところが、セムが放ったロケットパンチは扉へ着弾する前に見えない壁に衝突した!
「ええぇぇ、ウソぉ!?」
セムが狼狽の声を上げる中、自慢のロケットパンチは凄まじい電流を浴びながら紫色の閃光を放った。
「バ、バカモン! 逃げるんじゃ! 爆発するぞ――!」
ライコウ達は慌ててその場から離れようとしたが、一歩遅かった。 見えない壁に阻まれたロケットパンチは大爆発を起し、ライコウ達を吹き飛ばした。
『――ドッカン――!!』
「――ギャァァ!!」
凄まじい爆発に巻き込まれた一行は、丘の下の港町まで吹き飛ばされたのであった。
――
頭から地面に突き刺さっているベースケとアルス。 その傍ではライコウがラヴィを抱きかかえている。 キノはセムの背中にしがみついて事なきを得た。 ペイル・ライダーは悠然と足裏から噴射されたジェットで空を飛び、何事もなかったかのように着地していた。
「コラ! お主、何てことをしてくれたんじゃ!」
ライコウはラヴィを降ろすとズカズカとキノの前へ向かい、キノの背中に隠れている赤いロボットに説教を垂れた。 ロボットは頭を垂れて地面を見つめ、しょんぼりしている様子だ。
ベースケとアルスはラヴィによって地面から引っ張り出された。 すると、二人はホコリに塗れた身体を払いながら鬼の形相でキノの許へ駆け寄り、後ろに隠れていたセムを怒鳴りつけた。
「おい、このクソガキ! 何してくれてんじゃ! 俺達の一張羅がボロボロじゃねーか、馬鹿野郎!」
赤いロボットはキノの背中に隠れるように身を伏せるが、キノの背中より大きいずんぐりとした体格では頭も隠せず、ベースケとアルスに頭を小突かれた。
「おい、止めろ!!」
キノが二人を制止しようとするが、激昂していた彼等はロボットの尻を蹴っ飛ばした。
抵抗せずに両手で頭を抱え塞ぎ込んでしまったセム……。 キノはこれ以上セムが暴力を振るわれないよう、しゃがみ込んだセムに覆い被さった。
「どけ、この野郎! こういうクソガキは今ここで“教育”しなければロクな大人にならん!」
一張羅を汚されたのが余程気に食わなかったのか、それともセムに対して積年の恨みがあったのか分からないが、二人はここぞとばかりにセムを責め立てた。 初めはセムに対して怒っていたライコウも、セムがキノに護られながら震えている様子を見てだんだん可哀想になって来た。
ベースケとアルスの性能など、セムの性能の前では足下にも及ばない。 セムがその気になれば、彼等は一撃で吹き飛ばされるだろう。 だが、セムは怒られた事自体に怯えているのか反抗する様子も見せず、ベースケとアルスの罵声に対して「ごめんなさい……」と謝罪の言葉を繰り返すのみであった。
抵抗しない事を良いことに、幼い子供を執拗に責めるベースケとアルス。 ラヴィはそんな二人に腹を立てたのか、二人に向かって一喝した。
「汝等、いい加減にするのだ!」
『パチン、パチン!』と二人の頭を引っ叩き、頬を膨らませるラヴィ。
「だ、だって、アルちゃん……。 下手すりゃ俺達、コイツのせいで死ぬところだったんだぜ?」
アルスが気まずそうにラヴィに向かって弁解する。 すると、ラヴィはアルスを『キッ』と睨み付けると、再び二人に怒声を浴びせた。
「汝等はこの子の不幸な境遇を分かっていないから、そうやって“些細な事”で責めるのだ! あんな爆発なんかで破壊されるくらい脆弱なボディなら、汝等など今すぐ帰れば良い!」
「うぅ……」
アルスとベースケはラヴィに再び怒鳴られると、借りてきた猫のように大人しくなった。
ラヴィはキノに抱かれているセムの傍へ歩み寄った。
小さな赤いロボットは二人に責められたせいで震えていた……。 キノはそんな哀れなセムを抱きしめながら優しくセムを宥めている。
「セム、気にしなくて良いのよ。 間違いは誰にでもある事だから気にしないで。 お姉ちゃんはどんな時もセムの味方だから」
男性型器械であるキノ。 だが、その優しい声とセムを見つめる眼差しは、女性型器械よりも慈悲深く、愛情がこもっていた。
ラヴィはキノに抱きついて背中を見せているセムの前に立つと、膝を折ってセムに優しく語りかけた。
「“セマンゲロフ”……済まなかったのだ」
「――! なんで、セムの名前を知ってるの!?」
セムはラヴィの言葉に驚いた様子で顔を上げた。
ラヴィはセムの問いに答えなかった。 ただ、セムが入っているロボットの頭を撫でると「汝が今までどれだけ辛い思いをしてきたのかは“セノイ”から聞いているのだ」と言って、ニッコリと微笑んだ。
セムはラヴィの優しげな声に辛い過去を思い出したのだろうか、キノの胸に再び頭を埋めると感極まって泣いてしまった。
「うぅ……。 うわぁぁん――!!」
アルスとベースケはセムの泣き声を聞いて、さすがに少しやり過ぎたと反省したのか、セムに詫びを入れた。
「す、すまねぇ、セム。 ちょっと興奮しちまって……」
二人はセムの悲愴な様子に戸惑いを隠せず、バツが悪そうに俯いて足で砂をいじりだした。
すると、ライコウがラヴィの肩を叩いてラヴィに目配せをした。 ラヴィはライコウにこの場を任せようと頷いて後ろへ下がる。 ライコウはキノとセムの前でしゃがみ込むと、セムの頭を『ポン』と優しく叩いた。
「セム、ワシもお主を怒鳴った事を謝ろう、済まなかった。
だが、お主も反省しなければならん。 もし、今度何かしようとする時は、必ずワシらに相談してから行なうんじゃ。
ワシらとお主は仲間なんだからのぅ」
ライコウの声にセムは再び顔を上げると、後ろを振り向いてライコウの顔を見つめた。
「な、仲間……?」
やはり、セムは過去の辛い経験を思い出していたのだろう。 ライコウに問い返す声は震えており、ここにいる皆が仲間であるという事を未だ信じられない様子であった。
ライコウはセムのか弱い声から、セムの表情を見ずともセムがどれだけ厳しい環境に置かれていたのか分かったような気がした。 すると、セムに対して何故だか申し訳ないという気持ちになった。
「そう、お主とワシ等は仲間なんじゃ。 だから、お主は一人で何でもしようなんて思わなくても良い。 一人で責任を背負い込む必要は無いんじゃ。
仲間達と相談して皆で決めて行けば良い。 皆で責任を共有すれば良いんじゃ」
ライコウは兜のシールドを上げると、浅黒い顔に優しげな青い瞳をセムに向けた。 セムはライコウの言葉に「……うん」と頷くと、キノから離れた。
(やっぱり、セムはマザーに……)
腕から離れるセムを心配そうに見つめるキノ。 彼女は恐れていた事が現実だった事に唇を噛みしめ、拳を握りしめた。
ライコウはそんな二人の姿を見て、マザーに対する”忸怩たる思い”がココロに湧き上がって来るのを感じていた。
(……昔のアイツはあんなヤツじゃ……。
昔……? いや、俺はアイツの過去など知らないはずだ。 何故、そんな事を俺は……?
アイツが稼働して間もない幼い器械を虐待していた事は間違いない。 だが、今のセムを見ていると、アイツに対して怒りを抱くというよりも、失望を感じる……。
俺は、昔のアイツならそんな事をするはずが無い事を知っているからだ。
何故、そんなことを知っている……?
それもこれもヒツジの言うように、俺が過去の記憶を無くしているからなのか……?)
ライコウはこの不思議な感覚に戸惑った。 マザーの過去などライコウは知らないはずだ。 だが、何故かマザーの過去を知っている気がしたのだ。 そして、今のマザーに対して失望を感じ、同時に“恥ずかしさ”を感じたのであった。
――
セムが入っている150センチ程度の赤いロボットは、バハドゥル・サルダールのゼルナー『セヴァー』が装着しているパワードスーツと似たような機械であった。 だが、明確に異なる点が一つあった。
セヴァーは身体とパワードスーツをケーブルやダクトで接続してエネルギーを供給していた。 一方、セムはただロボットの中に入っているだけであった。
セムの身体とロボットを繋ぐ物は何もなく、セムはデバイスを起動させるだけで自分の意識をロボットにシンクロさせる事が出来るのだ。 セムが手を動かそうと思えばロボットの手が動き、前に進もうと思えばロボットは前に進むのである。
一見するとこのセムの能力は大した能力では無いと思われるかも知れない。 単にケーブルやダクトで接続されていない分、脱着の無駄な手間が省けてロボットへの乗降が楽になるだけであり、セヴァーとさほど変わりが無いと思うだろう。
しかし、それは彼女の能力の一つの特徴に過ぎなかった。
セムの能力はどんな機械であれ、触れる事さえ出来ればその機械を自由自在に操ることが出来るという、恐ろしい能力であった。
セムが操るロボットにレバーやハンドルなど必要ない。 ケーブルから動力を供給する必要も無い。 セムはまるで自分の分身のように自由自在にロボットを動かす事が出来たのだ。
但し、制約はあった。 アニマが接続されているロボットは操ることが出来ないし、自身が触れていないロボットも操る事が出来ない。 したがって、さすがにロボットを遠隔操作する事などは出来なかった。
こうした制約はあるものの、セムが身体に触れてさえいれば、どんな大きさのロボットも操る事が可能であった。 例えばフルと戦った時のペイル・ライダーのような“巨大なロボット”であろうがお構いなしに操ることが出来たのである。
その為、セムは現在使用している小型ロボットの他、30メートル以上ある大型ロボットや、10メートル程度の中型ロボットなど数種類のロボットを必要に応じて使い分けていた。
セムは大型のロボットを操作する方が好きだった。 小型ではロボットの身体に乗ったり、ロボットの中に入ったりする事が出来ないからだ。 それに、常時ロボットに身体を接触させなければならないセムにとって、小型ロボットを使用する利点が殆ど無かったからである。
もちろん、今回のように狭い建物に潜入する目的で小型ロボットを使用する事はあった。 だが、余りにも狭い建物内を調査する場合、そもそもセムが調査に参加する事が滅多に無く、そういった建物の調査では専ら作業用機械が使用された。 というのも、セム自身が入れないような建物の調査では、身体とロボットを特殊なワイヤーで繋いでロボットのみを建物に入らせるような方法を取らなければならず、そんな事をするなら作業用機械を使って建物内を調査した方が合理的だったからである。
今回の任務ではそこまで狭い建物に潜入する可能性は低かったので、幼児型のセムが辛うじてボディの中に入れるような、150センチ程度のずんぐりとしたロボットを使用していた。
ところが、セムにとってはこの位の大きさのロボットを操作する事が最も嫌いであった。
その理由は、ロボットのボディの中が窮屈で仕方ないからであった。
小型ロボットの内部は幼児型のセムが辛うじて入れるほどのスペースしか確保されていない。 その為、ロボットに入っている間は体育座りでもしてジッとしていなければならなかった。 身動きが取れないままデバイスだけを起動させていることはセムにとって苦痛で仕方なかったのである。
また、セムは単にロボットを自在に操作することが出来るだけでなく、自分の身体を動かしながらでもロボットを操作する事が出来た。
大型のロボットともなれば、ロボットの内部に小部屋が設置されていたりする。 セムはこうしたロボット内に設置された小部屋を動き回りながらでも、自由にロボットを動かす事が出来たのである。 例えば『ロボットで敵を攻撃しながら、イスに座ってお菓子を食べつつ茶を啜る』などという芸当も出来た。
つまり、セムが大型ロボットばかり乗りたがる理由は「窮屈な思いをしないで済むから」というただ一点に尽きるのであった。
このように、セムはロボットに触れるだけでどんなロボットも操作する事が出来た。 しかし、セムも初めからロボットを自在に操作出来ていた訳ではなかった。 そこに至るまで、セムはマザーの許で“拷問”とも呼べるような特訓をしたのである。
セムが受けていた特訓は常軌を逸していた。
まず、セムの骨にマナスを強制的に結合させて身体強度を上げた。 その過程は耐え難い激痛を伴い、多くのゼルナーは痛みに耐えきれずに自らの身体を傷つける事で痛みを和らげようとする。 その為、マナスに衝撃が加わり身体が爆発する事もしばしばあった。
セムも例外では無く、拷問のようなフレーム強化で何度も自身の身体を傷つけた。 マザーのいる大聖堂の地下では、セムの苦痛に喘いだ叫び声が聞こえない日はなかったと言う。
そして、フレーム強化という拷問が終わると、次は“座学”と称した体罰が待っていた。 膨大な計算を数ビコ秒以内で処理し続ける過酷な訓練であり、殆どの器械は中央処理装置が処理に耐えられずオーバーヒートする。
普通の器械はそこで訓練が終わるのだが、セムは違う。 マザーから「強化が足りませんわ」と言われて凄惨な折檻をされた挙げ句、再びフレーム強化の拷問部屋へと戻されるのだ。
マザーによる折檻を受けていたのはセムだけでは無かった。 二人の姉にも厳しい体罰が行なわれていた。 三姉妹はマザーの過酷な虐待に耐えながら、励まし合って姉妹としての絆を深めていった。
だが、そんな毒親に育てられた姉妹でも哀しいかな、やはり人の子と同じように母を愛する。 どんなに打擲されようが、虐待されようが母を愛するココロを抱き続けるのである。
マザーは三姉妹を自身が造り上げた器械の中で“最高傑作”であると自負していた。 マザーが三姉妹を生んだ理由――それは、三姉妹にマルアハ達を討伐させる為なんかではなかった。
ライコウとイナ・フォグによって人間を復活させた後、三姉妹を人間の側近として護衛させようと考えていたのである。 その為、彼女は「神である人間を守護する立派なゼルナーに育てたいからこそ、貴方達に厳しく接する理由ですわ」と三姉妹に釈明し、自分の虐待を正当化していた。
三姉妹は哀れなことにそんな毒親を信頼し「自分達を愛しているからこそ“母”は厳しいのだ」と思い込んでいたが、その教育が間違っている事は誰の目から見ても明らかであった。
このように、マザーの言動と行動は常に矛盾を孕んでいた。
我が子たる器械達に慈悲深くありながら、三姉妹には過酷な虐待を繰り返す。 器械達を「信頼している」と言っておきながら、影では監視している。 器械から神として崇拝される事を嫌っておきながら、自分はまるで神のように振る舞っている。 「器械達の自主性を重んじる」と言いながら、器械達の『自由』は許さない。
確かに彼女の言動はウソが多く、時々矛盾を曝け出すことがある。 だが、彼女にとっては矛盾でも何でも無く、彼女自身の考えは首尾一貫しており、その目指す方向に矛盾は無かった。
彼女の行動は常に一つの目的へ向かっていた。
――“神である人間”を復活させる――
三姉妹に対する扱いが他の器械とは異なり以上に厳しいのも、神である人間を復活させた後、人間の護衛を任せようとしていたからであった。
また、器械達の自主性を重んじるようになったのも、人間を復活させる時を考えて『その方が都合良い』と思ったからであった。
つまり、マザーの行動はおしなべて人間を復活させる為であり、彼女の“最大のウソ”もまた、人間を復活させる為の方便であったのだ。
――
ベースケとアルスはセムに対する狼藉を謝罪した。 セムは皆に慰められ、再び元気を取り戻した。 キノはセムが元気になった事で安堵した様子を見せていたが、小型ロボットに入っているセムを心配して「ロボットから出た方が良いんじゃない?」とセムに勧めた。
「うん……。 でも、ママが『“コレ”に乗りなさい』って言うから……」
セムのか細い声を耳にしたライコウは、再びマザーに対して言いようのない失望を感じ、セムにロボットから出るよう促した。
「セム、お主が苦しいと感じているのなら、ロボットから出ると良い。 もし、ママがお主を叱るような事があっても大丈夫じゃ。 ワシがお主の身代わりとなってママに叱られよう」
「えっ……? そ、そんな事……セムがやった事なのに……?」
セムが躊躇していると、ライコウはセムの頭を『ポフン』と叩いた。
「なに、さっきも言ったろう。 お主はワシらの仲間なんじゃ。 仲間のした事は仲間全員で責任を負うのじゃ。 ましてや、ワシがお主を唆してロボットから出そうとしているのだから、ワシが叱られて当然じゃ。
だから心配しないで、お主はそんな窮屈なロボットから出て自由になるが良い」
ライコウがセムにそう言うと、アルスとベースケもライコウに同調した。
「そうだ、そうだ。 そんな危険なモンから、とっとと出ちまえって。 マザーに会う時にまた入れば良いだろ。 大丈夫、バレやしねぇって」
二人はセムがロボットに乗ると「ロクな事をしない」と警戒していたので、ロボットから出て貰った方が都合良かった。
「うぅ……皆、アリガト」
セムはそんな二人の本音を知らずに、皆の優しさにココロが暖かくなった気がした。
セムは赤いロボットから外へ出た。 セムがロボットから出ると、ロボットはもの言わぬ人形となった。 空色のシャツを着て黄色い帽子を被った幼いセムは、マザーの命令に背いてロボットから出た事を恐れているのか、ブルブルと震えていた……。
そんな可哀想なセムを見て、キノは再びセムを抱きしめた。
「セム、怖がらないで……大丈夫だから。 皆、貴方の味方よ。 だから、安心して」
セムはキノに抱きしめられると、キノの言葉に「うん……」と頷いた。 そして、緊張の糸が切れて安心したのか、キノの胸の中で眠ってしまった。
キノは眠ってしまったセムを抱え上げると、セムの頭に頬ずりをした。 そして、後ろで見守っているライコウにマザーへの不満をぶつけた。
「ライコウ……俺は……俺はマザーにムカついている」
キノの不穏な言葉にライコウが黙って頷いた。 ベースケとアルスもセムの境遇がようやく分かったのか、神妙な顔をしてキノの言葉に頷いていた。
ライコウはキノの気持ちを理解していた。 だが、マザーに対して恨みを持つことはキノの為にはならない事も分かっていた。
「キノ、気持ちは分かるが、マザーに対して敵対心を持ってはダメだ。 セムに対する態度を改めるよう、俺からマザーによく言っておく。 だから、君は心配しなくても良い」
ライコウはそう言うが、キノはマザーがライコウの言う事なんて聞くはずが無いと思っていた。
「お前の言う事なんて“アイツ”が聞く訳ねーだろ! もし、アイツがまたセムを虐めてみろ! 俺がアイツをぶっ壊してやるから!」
キノはマザーを“アイツ”呼ばわりして激昂すると、後ろを振り向きライコウを睨み付けた。
キノに鋭い視線を向けられたライコウは兜を脱いだ。 そして、青い瞳でキノを見つめ、再び言葉を改めるよう窘めた。
「キノ、何度も言うようだが、君の気持ちは分かっている。 だが、それ以上マザーに対して暴言を吐くな」
ライコウの瞳は酷く悲しそうに見えた。 マザーに暴言を吐いて罰を受けるキノを心配していた為なのか? それとも、マザーを庇っている為なのか?
いずれにせよ、ライコウの訴えにキノは冷静になり、不承不承ながらもライコウの言葉に従った。
「チッ、分かったよ……。 お前がそこまで言うなら、これ以上マザーの文句は言わねぇ。 だが、もしお前の言う事をマザーが聞かず、相変わらずセムへの体罰を止めなかったら、俺はセムを護る為にマザーとだって戦ってやる。
だから、必ずマザーを説得しろ」
キノはライコウにそう告げると、すっかり眠ってしまっているセムの頬に顔をすり寄せた。
「ああ、分かった、約束する。 俺が必ずマザーの考えを改めさせる」
ライコウはそう約束すると、セムを溺愛するキノを不思議に思った。
(キノ、君は何故そこまでセムを愛するんだ……?)
ライコウはそう思うと、突然ヒツジの事を思い出した。
(……そういえば、俺も物心ついた時から何故かヒツジを愛していた。 ヒツジが傍にいる事が当たり前だと思っていた。
もしかしたら、キノもセムに対して俺と同じような感覚を持っているのかも知れないな……)
キノがセムを愛する理由――それは、かつてキノが人間として生きていた時、愛する娘を失った事から湧き上がる感情であった。
もちろん、キノは自分が人間の生まれ変わりであるとは気付いていなかった。 同じく人間から転生したラヴィですら、“彼”が人間から転生した事に気付いていなかったのだから当然である。
しかし、彼はいつか自分が人間であった時の事を思い出すであろう。 かつて愛する娘と、その傍らにいつも寄り添っていた“愛犬”の事を……。
『もう二度と……私は失いたくない……』
キノが前世を思い出した時、彼はセムを護る為に命を懸けて戦うだろう。 たとえ、自分の身が砕け散ろうとも。 今度こそ、愛する娘をこの手で護る為に。




