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器械騎士と蛇女  作者: ティーケー
傲慢なリリム

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三姉妹


 マルアハ『フル』が討伐されてから一ヶ月が経過した。 地底都市『ディ・リター』と『エクイテス』のゼルナー達は、フルがいなくなった雪原の奥に埋蔵(まいぞう)されているグレイプ・ニクロムなる鉱物の採掘(さいくつ)を急いでいた。

 全地底都市は(いま)だにフルを討伐した勝利の余韻(よいん)(ひた)っており、討伐戦で犠牲となったゼルナー達を英雄として(たた)え、石碑(せきひ)(こしら)えて埋葬した。

 コヨミの亡骸(なきがら)も、当初石碑の下に共同で埋葬される予定であった。 しかし、アセナとカヨミが「どうしても(そば)に居させて欲しい」と共同での埋葬を拒否し、その結果、コヨミの亡骸はアセナの屋敷の庭に造られた色鮮やかな造花が揺らめく壮大な墓地に埋葬されたのであった。


 イナ・フォグはフルが討伐(とうばつ)された後、すぐ行方不明(ゆくえふめい)になった。 ライコウとミヨシはイナ・フォグが何処(どこ)へ行ったのか知っていたが、この戦いの主役であるイナ・フォグが居なくなってしまったことに都市の民衆は失望の色を(かく)せなかった。

 そのお(かげ)でライコウが表舞台に立ってイヤイヤながら民衆に主役として祭り上げられる事となり、ディ・リターのマスコミである雪ダルマ型器械『ユキ』が残した記録映像を延々(えんえん)と見せられて、辟易(へきえき)しながら民衆の喝采(かっさい)()びる事となった……。


 イナ・フォグは一体何処へ行ったのかというと、彼女はディ・リターのマザーに会った後、すぐに地上へ出てバハドゥル・サルダールの北東に位置する『スネーの森』という場所へ向かっていた。

 スネーの森は森という名ばかりで、常に灼熱(しゃくねつ)の炎が燃え続ける“地獄の釜”のような場所であった。 モクモクと煙が立ち上り、業火(ごうか)で埋め尽くされているエリアは数キロ先からでも熱波が身を焦がし、冷却装置が無ければ近づく事が出来ない。 そんな恐ろしい場所にはマルアハ『ファレグ』の住処(すみか)があったのだ。

 イナ・フォグはファレグ――リリム=イナ・ウッド――に会いに行こうと遠路(えんろ)はるばるスネーの森へ翼を羽ばたかせたのである。


 監視塔イリンと呼ばれる円柱状の塔の先は腐敗(ふはい0)した毒の沼地が広がっている。 その沼地を北上すると広大な砂漠地帯が広がっている。 そこにはファレグが使役(しえき)しているネクト(作業用機械)達が灼熱の砂丘を一生懸命掘っている姿がそこかしこにあった。

 ネクト達はファレグの命令で苗木(なえぎ)を植えていた。

 この不毛の砂漠地帯で苗木を植えてもすぐに枯れてしまい、全く意味が無い。 ところが、ファレグは思い込みの強い性格であったので、根気よく木を植えていれば必ず広大な森が復活するはずだと信じていたのである。

 イナ・フォグは無駄な努力にかり出されているネクト達を上空から見ながら「ふぅ……」とため息をついた。 そして、砂漠の先にモクモクと立ち上る黒煙と、その下に広がる業火を見つめた。

 

 「イナ・ウッド……。 姿は何となく覚えているけど、私は彼女と一体どんな(つな)がりがあったのかは覚えていない。

 でも、彼女は私の事を覚えている。 フリーズ・アウトと“アイツ”の言葉を聞く限り……」


 イナ・フォグはスネーの森へ向かう前、ディ・リターのマザーと会っていた。 イナ・フォグはそもそもファレグに会うつもりはなかった。 ところがマザーと会った時に彼女の口からポロッと出た言葉が気になって、ファレグにその意味を聞こうと思い立ったのである。


 ――イナ・フォグがマザーと会った時、まず初めにフルを討伐したことに対して(ねぎら)いの言葉を掛けられ、討伐戦を手伝う事が出来なかった事に対して謝罪(しゃざい)を受けた。

 

 『アナタが手伝えなかったのは、アザリアがいたからでしょ?』


 イナ・フォグはマザーにそう言うと、マザーは何も答えなかった。 確かに、アザリアが来る前は、フルの攻撃に対して防壁を張ってゼルナー達を(ひょう)の嵐から護っていた。 彼女が近くで待機していたことは間違いない。

 ところが、アザリアが姿を現した後、マザーは忽然(こつぜん)と姿を消した……。

 アザリアとマザーは一体どんな関係なのかはイナ・フォグも分からなかった。 それはイナ・フォグが記憶を無くしているからではない。 仮に記憶と取り戻しても二人の関係はイナ・フォグには分からないのである。


 つまり、イナ・フォグはもともとマザーの存在自体を知らなかったのだ。


 彼女が初めてマザーと名乗る銀色の球体と出会ったのは、厄災(やくさい)後にダカツの霧沼(むしょう)隠遁(いんとん)していた時の事だった。 記憶が失われる前はアザリアの事しか知らなかったのである。

 したがって、当然ながらイナ・フォグはマザーの“真の姿”を知らなかった。 銀色の球体の中に入った深海魚のような姿をした彼女しか知らなかったのだ。

 一方、アザリアに対しては多少の記憶は残っていた。 だが、修道服を(まと)った彼女が本来の姿では無い事は分かっていたが、かつてアザリアがどんな姿で、自分とどんな関わりがあり、何故自分がアザリアを恐怖するのか分かっていなかった。

 

 イナ・フォグはマザーと会ったときに、アザリアの事をしつこく聞いていた。


 『何も無理に記憶を思い出さなくても、残りのマルアハを討伐すれば自ずと記憶を思い出す事ができますわ』

 

 マザーはイナ・フォグにあまりアザリアに関する記憶を思い出して欲しく無かったようだ。 あれこれと聞いてくるイナ・フォグに嫌気がさしたのかも知れない。


 そんな中、マザーがイナ・フォグに対して激昂(げきこう)した質問があった。 イナ・フォグがライコウの正体についてマザーに聞いた時である。 ライコウがサムライ姿に変貌(へんぼう)した事をマザーに告げたイナ・フォグは、ライコウの正体について知っている限り話すよう(うなが)した。

 しかし、その時マザーは気色ばんで「そんな事、貴方が知る必要はありませんわ!」と珍しく激昂したのである。

 

 ライコウの正体、ファレグとの関係、アザリアの正体……。 イナ・フォグには思い出さなければならない事が山ほどあった。 だが、そのいずれもマザーは言葉をはぐらかし、イナ・フォグに答える事はなかった。


 だが一つ、イナ・フォグが気になる事をマザーは言った。


 『スペキュラム・ファティは、まだ見えていないようですわね……』


 それはイナ・フォグがマザーと再び(あい)まみえた直後にうっかり口を滑らしたマザーの失言であった。 イナ・フォグはその言葉を聞いていないフリをしていたが、密かに記憶に(とど)めていた。


 (スペキュラム・ファティ……あのサカナのような姿の生物が見える銀色の球体……。 私はアイツの姿をカムフラージュするだけの物だと思っていたけど……。


 『スペキュラム・ファティが見えていない』とはどういう事?

 まさか、スペキュラム・ファティというのは、あの銀色の球体では無いという事?)


 イナ・フォグは疑問に思ったが、その疑問にマザーが答える訳がない。 ライコウの素性(すじょう)を聞かれて珍しく激昂したマザーに対し「これ以上、コイツと話していても(らち)があかないわ」と悟ったイナ・フォグ……。 その後は当たり障りの無い会話で済ませ、ファレグと会って過去の事を彼女に聞こうと考えたのであった――。



 ――



 『――トコヨへ行ってキミとヨリミツの記憶を取り戻した後、イナ・ウッドと共にヘーレムの門へ行くんだ――』


 死に間際(まぎわ)のフルはイナ・フォグにそう告げた。 ファレグは厄災の影響で記憶を無くしたはず……。 しかし、フルの言葉を今一度思い返してみると、どうやらファレグは過去の記憶を思い出しているような口ぶりだった。

 また、フルは『イナ・ウッドはイナ・フォグの本当の姉である』とも言った……。 “本当の姉”とは一体どういう意味だろうか? マルアハは全員ミコから創り出されたものである。 最後に創られたイナ・フォグにすれば、他のマルアハは全員姉である。 ファレグにはイナ・フォグと共有する何かがあるのであろうか? イナ・フォグはその事も気になっていた。

 トコヨへ行くためにはマルアハ『ベトール』を倒さなければならない。 フルはイナ・フォグがベトールを倒し、トコヨに行ってからファレグと会う事を期待していたようだ。

 だが、もしファレグが過去の記憶を取り戻しているのなら、イナ・フォグはどうしても先にファレグと会っておきたかった。


 砂漠を越えると目の前に現れる業火(ごうか)に包まれた丘。 スネーの森は立ち上る火柱(ひばしら)(いばら)灌木(かんぼく)のように見える事から付けられた名だそうだ。 可燃性のガスが噴出している丘は常時燃えさかる炎に包まれている。 その中にファレグの住処があった。


 イナ・フォグが壁のように立ちはだかる炎の前に到着すると、炎の中から何か近づいて来るのが目に映った。


 (イナ・ウッド……? いえ、違うわ……)


 炎に包まれて現われた者は一体のネクトであった。


 「コンニチハ」


 そう言葉を発した(すす)だらけのネクトは、触れると火傷(やけど)するだけじゃ済まない程に熱を発していた。 こんな灼熱の炎の中でどうして稼働し続ける事が出来るのか謎であるが、ネクトは平然とした様子で二つ目のライトをピコピコ光らせてイナ・フォグを出迎えた。


 「イナ・ウッドを呼んで」


 イナ・フォグがネクトにそう言うと、ネクトは「オ嬢サマハ、ココニイマセン」と答えた。

 

 「ここに居ない? 何処へ行ったの?」


 「トオイ、トオイ、山ノムコウノ空タカク」


 「……」


 イナ・フォグはふざけた事を口走るネクトを壊してやろうかと思い、赤い目を(すぼ)ませた。 すると、ネクトは殺伐(さつばつ)とした雰囲気に気付いたのか、言葉を(あらた)めた。


 「イエ……オ嬢サマハ“ベエル・シャハト”へ……」


 「ベエル・シャハト――!?」


 イナ・フォグは耳を(うたが)った。 ベエル・シャハトは『ヘーレムの門』を越えてメカシェファの集落に行かなければ、近づく事が出来ないはずだ……。 少なくとも、イナ・フォグの記憶ではそのはずである。

 ネクトはイナ・フォグが不審(ふしん)そうな顔をしている様子に気が付いていないのか、そのまま話しを続けた。


 「ハイ……ベエル・シャハトヘアクセススル為ニ“ミライカナエ”へ向カッタノデス」


 「ミライカナエ……」


 『ミライカナエ』はハギトが居たオーメル草原の(はる)か北にある“沈んだ大陸”であった。

 オーメル草原のあるゲントウ大陸を越えた諸島の先にある沈没した大陸……。 かつて『アトランシク』と呼ばれる人間の大都市が栄えていたが、厄災で滅ぼされ大陸ごと消滅してしまったのである。

 

 (イナ・フォグはライコウと出会う前、遙か昔にハギトとベトールの二人と戦った事があった。 その時、イナ・フォグはベエル・シャハトへ向かおうと、オーメル草原を越えてミライカナエに行こうとしていたのだ。 ところが、ハギトとベトールに返り討ちに()ってダカツの霧沼へ逃げ帰った。 その後、ベエル・シャハトへ行く機会を(うかが)っていたが、マザーからベエル・シャハトが封印されている事を知り、(あきら)めた経緯があった……)


 「でも、ベエル・シャハトの入口は封印されているはず……。 何しにミライカナエへ行ったの?」


 「ソンナ事、知リマセン」


 「……」


 生意気(なまいき)な口を()くネクトに対し、イナ・フォグが(ほお)(ふく)らませてムッとした表情を見せた。 すると、ネクトは不穏(ふおん)な空気を(さっ)したのか、ファレグの本当の目的をイナ・フォグに伝えた。


 「イエ……本当ハ“ベエル・シャハト”ニ特別ナ用件ガアル訳デハアリマセン」


 「どういう事……?」

 

 「オ嬢サマハ、アナタニ会イタクナイカラ『ソウイウ事ニシテオケ』ト、私ニ命令シタノデス」


 「……私に会いたくない? 何故、彼女がそんな事を言ったの?」


 「ソンナ事、知リマセン」


 「……」


 ぞんざいな言葉を吐くネクトに、イナ・フォグは片腕を蛇に変化させてネクトを威嚇(いかく)した。 すると、ネクトは邪悪(じゃあく)殺気(さっき)を感じたのか、言い改めた。

 

 「イエ……オ嬢サマハコウ言イマシタ……。


 『本当ハ、アノ子ニ会イタイケド、今ハマダ会ウ段階デハナイ』ト……。


 マタ、オ嬢サマハ『“スカイ・ハイ”カラ“アマノシロガネ”ヲ回収シタ後ニ会ウツモリダ』トモ言イマシタ」


 少し(おど)せば何から何までペラペラ喋るネクトに辟易(へきえき)した様子を見せたイナ・フォグ。 だが、一応全ての質問に答えてくれたネクトにイナ・フォグは礼を言った。


 「そう、ありがとう……」


 すると、ネクトは「礼ニハ及ビマセン」と謙遜(けんそん)しつつ、イナ・フォグを驚かせる事を口走(くちばし)った。


 「アナタガ、オ嬢サマト同ジ(にお)イガシタカラ、ゴ報告シタマデデス……」


 「同じ(にお)い?」


 「ハイ、オ嬢サマト同ジ、クサイ匂イガ……」


 「……」


 失礼な事を言うネクトであったが、単に言葉の選択が上手ではないらしい。 ネクトは自分が好む“お嬢様”と同じ雰囲気を、イナ・フォグが持っていると伝えたかったのだろう。 イナ・フォグも何となくそんな感じがしたので「そう、ありがとう」と言って聞き流した。


 「ジャ、ソウイウ事デ……サヨウナラ」


 ネクトはイナ・フォグに別れを告げると(きびす)を返し、再び燃えさかる炎の中へ入っていった。


 

 ――



 地底都市『エクイテス』の中央には、真っ白な大理石のような美しい金属で造られた巨大な塔がそびえ立っている。 レグルスやキノといった主要なゼルナー達が滞在(たいざい)する司令塔である。

 一階には大きな噴水(ふんすい)があり、周りに設置されたベンチと人工芝で覆われた緑が市民の憩いの場所となっていた。 三階まで市民の為に解放された公共空間であったが、それから先は上級ゼルナーで無ければ立ち入ることが出来ないフロアとなっていた。

 その真っ白い塔の最上階である11階にレグルスの住居があった。 天井の高い広大な11階のフロア。 その中の狭小な一区画でしかないレグルスの住居の玄関前には、巨大な赤色のロボットが壁にもたれかかっていた。

 レグルスの住居は厳重(げんじゅう)な機械式の玄関扉で(さえぎ)られていた。 手榴弾を投げつけても破壊する事が出来ない分厚い金属製の扉は防音も完璧だろうと思われた。


 ……だが、部屋の中からこだまする子供の叫び声は、そんな厳重な玄関扉を突き抜けてフロア全体に響き渡り、美しいガラス窓をビリビリと揺るがせた。

 

 「――ホントなんだってば!! オフィエルの眷属(けんぞく)が“遺跡”に居たんだもん! ママはセムの事を信じてくれたんだもん……フン!」


 声を張り上げて不満を()らす女の子。 彼女は(あざ)やかな緑色の髪を跳ね散らかしている幼稚園児のような見た目をした少女であった。

 緑髪の女の子はレグルスの部屋のリビングにある丸テーブルに座り込み、(まわ)りを(かこ)んでいるレグルス達に一生懸命話をしていた。 1メートル有るか無いかの小さい身体で、丸太のような機械の両腕を振り回し、(つば)を飛ばして叫んでいる女の子。 空色(そらいろ)の半袖シャツに黄色いワッペンを付け、深緑色(しんりょくしょく)のスカートをはいている姿はまさに園児そのものであった。

 

 「まあ、しかし……そうは言っても、お前の記録映像にも(あや)しい者は映っていなかったし、お前が“遺跡”を破壊しまくっている姿しか……」


 レグルスは女の子の訴えに困惑した様子で帽子を深くかぶり直すと、腕を組んだ。

 

 「そ、それはアイツが何か変な術を使ったからだよ! セムの記録にはちゃーんと残っていたんだから! ホントなんだから!」


 「その“ちゃーんと”残っていた記録が何故消え失せるんだ、ん? そんな事言うんだったら、リアルタイムで『(とりで)』に映像を転送させるべきだったろう、あ?」


 泣きべそを掻く女の子に対し、レグルスが無慈悲(むじひ)にも不手際(ふてぎわ)を指摘した。 すると、女の子の表情はみるみる(くず)れて行き、ついに感極まって涙を出さずに(わめ)きだした。


 「――うゎゎぁん――!! だって、ホントなんだから! ママだって信用してるんだ! お前だけだ、セムの言う事を信用しないのは!

 もう、お前なんてキライだ!!」


 カンシャクを起こした女の子はテーブルの上でバタバタと暴れ狂った。 少女が暴れる度に金属製のテーブルが悲鳴を上げて亀裂が走る。


 「お、おい……止めろ、セム!」


 レグルスの制止も聞かずにテーブルの上で暴れた女の子は、やがてテーブルを粉々(こなごな)に壊した後、床に転がって地響(じひび)きをかき鳴らした。

 

 「――うわぁぁ! コイツ、いい加減にしろ!」


 買ったばかりのテーブルを粉々に壊されたレグルスが怒りに任せて、女の子の太い腕を(つか)んで押さえつけようとする。 ところが、レグルスの隣に座っていたキノがレグルスを制止すると、床に転がっている女の子を優しく抱き寄せ、小さな頭に(ほお)()り付けた。


 「セム、お姉ちゃんはセムの事を信じるわ。 だから、暴れるのは止めて。 良い子だから大人しくしてね。 いい、分かった?」


 キノが優しく語りかけると女の子は「うん……」といきなり大人しくなり、キノの胸に顔を(うず)めた。


 「……ったく、レグルス、お前は相変わらず女の子の扱いがヘタクソだな」


 そうレグルスに向かって言い放つキノ。 女の子に語りかけた口調(くちょう)とはえらい違いである……。


 「何が『お姉ちゃん』だ、馬鹿。 お前、男だろうが……」


 ……そう。 長い髪を二つのお団子に(まと)め、チェックのスカートを履き、赤いリボンを付けたセーターを着ている女学生『キノ』は、実は男性型ゼルナーであったのだ。


 「うるせぇ、馬鹿! オレのココロはいつでも乙女(おとめ)なんだ!」


 キノはレグルスに啖呵(たんか)を切ると「ねぇ、セムちゃん♡」とセムの柔らかそうな頬に自分の頬を擦り付けた……。


 ――この園児のような女の子は『セム』という名のゼルナーである。 彼女の型名は『SEM=0X53454D414E47454C4F46』と言った。 セムはマザーが造った最高傑作のゼルナーの内の一人であり、レグルス達と共にフルと戦ったセンの妹であった。


 彼女はバハドゥル・サルダールのゼルナーであるセヴァーと同じく、巨大なロボット型のパワードスーツを装着して戦うタイプのゼルナーであった。 だが、セヴァーの旧式のパワードスーツとは異なり本体とはケーブルなどで(つな)がってはおらず、マナスを使った無線ネットワークで自分の思い描いた通りの動きをパワードスーツで実現させるという優れた性能を持っていた。

 したがって、彼女がパワードスーツに乗り込めば、パワードスーツが彼女の身体に変わって違和感無く動き回る事ができ、(はし)を持ったり、猫を撫でたりと言った繊細な動作も出来るのであった。

 パワードスーツは赤いロボットのような見た目をしていた。 セムの小さな身体はガラス張りの頭の部分に収まって、丁度ロボットの頭脳というポジションであった。 シビュラが魔改造したペイル・ライダーほど(いか)つい外見では無いが、両腕にロケットランチャーを仕込み、普段は隠れている胸と腹から連装砲を出現させてショル・アボル等の群れを掃討していた。


 また、それだけでなく、セムの重要な役割として『器械の砦』と意思疎通が出来る事が挙げられた。

 器械の砦とはエクイテスとディ・リターの境界の間に(そび)え立つ、地上の城壁(じょうへき)である。

 砦はネクトとは違い感情を持っていた。 だが、普段は感情を表に出さず、砦を出入りする器械達に通行許可を出す門番の役割を(にな)っているだけで、セムにしか声を出して話すことがなかった。

 セムは器械の砦と仲が良かった。 彼女は器械の砦の事を『メカニカル・フェストゥング』と呼んでいた。 この名が器械の砦の本当の名であった。 ゼルナー達は器械の砦と呼んだり、単に砦と呼んだりしていたが、長ったらしい名前を声に出すのが面倒なだけに過ぎなかったのである――。


 セムをレグルスの自宅へ呼んだのはキノだった。 レグルスはキノ、アセナにセンが行方不明となっている事を心配し、相談を持ちかけた。 レグルスからの相談を受けたキノは「センの妹であるセムなら、センの行方を知っているだろう」と思って、嫌がるセムを無理矢理連れてきたのであった。

 セムはキノの事は大好きであったが、口うるさいレグルスとアセナの事が好きではなかった。 キノの頼みで不承不承(ふしょうぶしょう)付いてきたセムは、レグルスとアセナを前にすると、子供らしい虚栄心(きょえいしん)を発揮して自分の性能を誇示し、オフィエルの眷属を退(しりぞ)けた事を自慢し始めた。 

 こうして、挑発に乗りやすいレグルスと言い争いに発展したのであった。

 

 二人の言い争いはキノによって丸く収まった。 そこで改めてアセナがセンの行方をセムに聞いたのであるが、セムはセンの現状について、レグルスが不安になる情報を口走った。

 

 「オオ(ねえ)ちゃんは、ママの所にいるよ」


 セムはセンの事を「オオ姉ちゃん」と呼んでいた。 (因みに次女のサンを「チイ姉ちゃん」と呼んでいた)

 セムの話では、センはマザーの言いつけを破って前線でフルと戦った為、マザーの下で“再教育”を受ける事となったらしい……。 レグルスはその如何(いかが)わしい雰囲気を放つ“再教育”という言葉に動揺し、セムに詳細を話すよう(うなが)した。


 「そんな事、セムが知る訳ないじゃん! ママがする事なんだから何だって正しいに決まってるよ。 心配する事なんてなーんにも無いさ!」


 セムはそう言ってレグルスの心配を一笑(いっしょう)()した。 だが、セムの軽口で余計心配になったレグルスは「マザーの言う事が何でも信用できると思ったら大間違いだ」とマザーへの不信感をうっかり口に(すべ)らせた。

 すると、レグルスとセムの会話を横で聞いていたアセナがレグルスに対して激昂した。


 「レグルス、貴様! マザーに対して不敬だぞ!」


 「ウルセー、馬鹿! 何でもマザー、マザーじゃねぇんだよ! お前ん(とこ)のヘルートだって、マザーの事を信用してねえだろ! そんな事も知らんのか? この駄犬(だけん)!」

 

 レグルスは激昂すると言葉遣いが汚くなる。 レグルスに(ののし)られたアセナは銀色の瞳をギラギラ光らせてオオカミに姿を変えながら、牙を出してうなり声を上げだした。

 

 「レグルス、キサマ、上等だ!」


 キノはそんな不穏な空気を呆れたように「また、始まった……」とため息を吐いて見守っていた。 どうやら、レグルスとアセナが喧嘩(けんか)をする事は度々あるようだ。

 一方、セムは自分の母親であるマザーに対して不満を投げられたにもかかわらず、キョトンとしたように目を丸くしていた。 彼女はレグルスがマザーに不信感を持っている事に対して、あまり意に介していないようだ。 それよりも、いよいよ取っ組み合いを始めようかと顔を合わせるアセナとレグルスを心配し、二人の仲裁(ちゅうさい)に入ろうとふくれっ面で小さな身体を二人の間に割り込ませた。


 二人を引き離そうと、ロボットのような金属製の太い両腕を広げるセム。 背が低いセムの両腕はちょうどレグルスとアセナの股間に位置している……。 キノはその様子を見て、次に繰り広げられる悍ましい光景を予測して背筋を凍らせた。


 「いい加減にしなさぁぁい!」


 セムが叫ぶと同時にセムの両腕が身体から離れた。 そう、彼女の両腕はロケットパンチであった……。 そして、その恐ろしい出力のロケットが、ちょうどアセナとレグルスの股間にクリーンヒットしたのである……。


 『――ドッカン――!!』


 けたたましい音を立てて、双方の壁に激突したレグルスとアセナ。 股間にはセムの腕がめり込んでおり、当然、二人は泡を吹いて失神していた……。


 「……死んだんじゃないのか?」


 唖然(あぜん)とするキノを横目にロケットは二人の股間から離れ、再びセムの腕へと戻って来た。

 

 ――こうしてレグルスはセンの行方を知る事が出来た。 だが、レグルスがセンと再会する事が出来るのは、ずっと先の事であった……。



 ――



 氷山が連なる極寒の大地『デモニウム・グラキエス』――この地の(ぬし)であったフルが消滅してからというもの、吹きすさぶ暴風も弱まり、猛烈な吹雪は綿飴(わたあめ)のようなふんわりした雪に変わっていた。 お陰で特殊な鉱石であるグレイプ・ニクロムの採掘(さいくつ)も順調に進んでおり、採掘したグレイプ・ニクロムは各都市へ輸送されていたのであった。

 グレイプ・ニクロムの採掘を担当しているのは、シビュラとペイル・ライダーであった。 ペイル・ライダーは両腕をドリルに変えて(けわ)しい崖地から鉱石を採掘しており、シビュラはグレイプ・ニクロムがマナスと結合していないかどうか慎重に調べていた。 マナスが結合した物質に強い力が加わると爆発を起こす危険があるからだ。

 グレイプ・ニクロムは強磁性(きょうじせい)の鉱物であったが、上手く加工することが出来れば磁性が失われ、扱いやすくなる。 さらに、電磁波を防ぐ事が出来る特性を持っており、その遮蔽(しゃへい)性能は他の物質とは比べものにならなかった。


 ベトールを討伐する為にグレイプ・ニクロムが必要だと言われていたのは、まさにこの特性の為であった。


 「……コイツを加工して航空機に利用すれば、ベトールの強力な電磁波を防ぐ事が出来て、私達は再び空を飛べるみたい」


 全ての電子機器を(くる)わし、アニマに致命的な損傷(そんしょう)を与える恐ろしいベトールの電磁波……。 その電磁波を完全に防ぐ事が出来ない限り、ベトールと戦う事が不可能であったのだ。


 「でもお師匠(ししょう)様、グレイプ・ニクロムで電磁波を遮蔽したとしても、あんな暴風の中でどうやって飛行機を飛ばすんですかぁ?」


 シビュラの隣ではエンドルが崖を丁寧に調べており、不貞腐(ふてくさ)れた態度でシビュラに疑問を投げかけた。 彼女はここ数週間、酒ばかり飲んで遊び回っていた罰で、シビュラによって採掘隊に狩り出されたのである。

 

 「グレイプ・ニクロムは電磁波を遮蔽するだけじゃない。 (たぐ)(まれ)な強度を持ちながらも加工が比較的容易な万能鉱物。 だから、私達は命を()けてこの鉱物を手に入れようとしたの」

 

 シビュラがそう言うと、エンドルはフルと戦った時の光景が目に浮かんだ。 多くの仲間達が破壊された激闘……。 あの悲惨な戦いの末、ようやく手に入れたグレイプ・ニクロムを悲しそうな様子で見つめた。


 「ほら、手を止めてないでマナスが含有(がんゆう)していないかちゃんと調べなさい!」


 シビュラはエンドルを叱りつけ、頭の持っていた鉄パイプでポカリと殴った。


 「――イタッ! うぇぇん、酒飲みたいですわん」


 先ほどまで悲しそうな顔をして散っていった仲間を想っていたエンドルは何処(どこ)へ行ったのか……。 彼女は再び居酒屋の嬌声(きょうせい)を懐かしみながら、頭を押さえながら不承不承壁に手を当て作業を始めたのであった……。



 ――さて、遠く離れたハーブリムの町でも、泣き言を言っている器械が一人いた――



 「――うぇぇん! もう、ヤダ! 何でアタシがこんなにコキ使われなきゃならねぇってんだよ!」


 パイプだらけの町の(すみ)に佇む工場。 その隣にあるツギハギだらけのトタン張りの家の中では、床に寝っ転がって職務放棄をしている一人のウサギ型器械の(なげ)きが聞こえて来た。


 「親方っ、泣きごと言ってもしょうが無いでやんすよ! ほらっ、工場へ戻って!」

 

 油まみれのツナギを着ているウサギが、イタチ型器械である助手のフルダに手を引っ張られている。

 

 ハーブリムの機械技術士であるウサギが仕切る工場では、つい先日マザーからグレイプ・ニクロムを加工する指定工場に(無理矢理)認定された。 それから間もなくして、ディ・リターから大量のグレイプ・ニクロムが送られて来た……。

 グレイプ・ニクロムを金属素材として加工する技術は限られた機械技師達しか持っていなかった。 その中でもウサギは地底都市内随一(ずいいち)の腕を持っている職人であり、朝から晩までひっきりなしに役人から加工の依頼が来ていた。

 一週間も飲まず食わず加工作業に追われていたウサギはさすがに限界に達したと見えて、頭から煙を出して職務放棄して家に引き籠もってしまったのだ……。


 「親方がいない間にラキアが一人で工場回してんでやんす! 一人で可哀想(かわいそう)だと思わないんでやんすか?」


 ウサギの油まみれの腕を一生懸命引っ張り、ウサギを工場へ連れ戻そうとしているフルダ。 彼はウサギとは対照的にテカテカした触り心地が良さそうな人工毛で油を弾き、小綺麗(こぎれい)なチョッキに身を包んで元気そうにヒゲを立てている。

 ライコウとイナ・フォグによってアニマの損傷から回復したラキアは、いつの間にか工場で働く職人になっていた。 かつては(たか)(かたど)った立派な兜を被って意気揚々と青い鎧を(まと)っていた騎士だったラキア。 ところが今や、油まみれのシャツを着て、金属繊維を燃やしたタバコを口に(くわ)え、ドロドロに溶けた金属を「せいっ!」と金型に流し込むガテン系へと変身していた。

 

 そんな混沌(こんとん)とした工場にバイクの音が近づいて来た。 ウサギ、フルダ、ラキアの三人はそのバイクの爆音を良く知っていた。

 

 「あっ、親方! あの音はサクラじゃないでやんすか?」


 「あぁ? サクラぁ!?」


 工場にいたラキアも懐かしいマフラーの音に驚いて仕事を中断し、工場から飛び出て来た。


 「――サクラ、どうして此処(ここ)に!?」


 サクラ2号は相棒のジスペケを背中に乗せて、ディ・リターから地上を経由してはるばるハーブリムへやって来たのであった。

 

 「おう、ラキア! 久しぶりだな!」


 サクラにまたがっているジスペケが威勢(いせい)良く声を上げた。


 「ちょっとアンタ、声上げてるヒマがあったら早く降りなさいよ!」


 長旅で疲れていたサクラ2号は、ジスペケを早く降ろしてウサギの家で一息つきたかった。 ジスペケは「ちっ、しゃーねーな……」などとブツブツ言いながら、マネキンのような顔の奥に浮かべる青い眼を光らせた。

 サクラ2号の背中から颯爽(さっそう)とジャンプし、クルリと一回転を披露して着地したジスペケは、ウサギとフルダが工場に居ない事に気が付いた。


 「ラキアさん、お久しぶりですね! ウサギさんとフルダ君はどうしたんです?」


 「……」


 サクラ2号の背中に乗っている時とはまるで違うジスペケの態度に困惑するラキア。 ジスペケの特徴は昔から変わらないが、ラキアは相変わらず慣れていないようだ。


 「……ん、ああ。 ウサギは今、自宅で休んでいるよ」


 「えっ? なにアイツ、何処か故障でもしたの?」


 ラキアの言葉にサクラ2号がヘッドライトを点滅させて驚いた様子を見せた。


 「いや、故障はしてないけど、最近徹夜続きでさ……。 ウサギも限界だったみたいで……。 先日、工場で作業していたらいきなり『もう、ヤダ!』って叫び出してさ、そのまま工場を飛び出して家に()もってしまったんだ……」


 「ふぅん……。 何よ、そんなにグレイプ・ニクロムの加工依頼が来てるの?」


 表向きには(いそが)しそうに稼働しているように見えない工場に、サクラ2号は不審そうにライトを光らせた。

 

 「いや、工場の裏を見てみれば判るよ……」


 サクラ2号とジスペケが工場の敷地内へ入り裏口へ回ると、そこには(おびただ)しい数のグレイプ・ニクロムが放置されていた……。


 「うゎ……何よ、コレ……」


 サクラ2号とジスペケは青い顔をして山となったグレイプ・ニクロムを見つめている。


 「コイツは強力な磁性体でさ、放置すれば至る所にへばりついて機械を故障させる。 今は消磁装置を起動させているから平気で見ていられるけど、消磁装置が故障したら手に負えないんだから……。 しかもコイツから金属を製造する工程が複雑でさ、専用の溶鉱炉も用意しなきゃいけないし、消費するマナスも膨大(ぼうだい)だ。 そりゃ、一朝一夕(いっちょういっせき)では終わらないし、ウサギのココロが折れるのも仕方ないさ」


 (すす)けた顔に困った表情を浮かべるラキア。 だが彼がそう嘆いても、どの工場も悲鳴を上げながらグレイプ・ニクロムの加工をしているのが現状だ。 しかも、ウサギはグレイプ・ニクロムから金属を製造する工程をマニュアル化した唯一の器械……。 彼女の工場に依頼が殺到するのは仕方の無い事であった。

 

 サクラとジスペケが工場の裏口で呆然(ぼうぜん)と石の(かたまり)を見つめていると、遠くからウサギとフルダの声が聞こえてきた。

 

 「おい、サクラ! オメェ、こんな忙しい時に何しに来やがったんでい!」


 威勢良く歩いてくるウサギに疲れ切った様子は無い。 だが、着ているツナギはボロボロで元から黄ばんでいた白い被毛(ひもう)はさらに(すす)けて黒ずんでいた。


 「何だ、アンタ元気じゃないのよ!」


 サクラ2号はわざとらしくヘッドライトをハイビームにし、チカチカとウサギを照らした。


 「――うへえ!? バーロー、(まぶ)しいじゃねぇか! それより、グレイプ・ニクロムはあんまり近づくな! 内部機器が故障しても知らねーぞ!」


 ウサギは光を手で避けながらサクラ2号の(そば)に近づいて忠告した。 フルダは後ろから四つ足でピョピョコ付いてきており、ジスペケと旧交を温めていた。


 「おい、ラキア! オメェ、こんな所にコイツら連れて来ちゃダメだろ! 消磁装置が故障したら冗談じゃ済まねーんだぞ、あったく……」


 ウサギはラキアに苦言を言うと、山と積まれているグレイプ・ニクロムの脇に設置されている巨大な機械に目を遣った。

 すると、ジスペケがウサギの背後からラキアをフォローした。


 「ウサギさん、大丈夫ですよ。 ボクチとサクラさんは今までフルと戦っていたんですから」


 「……お、おう。 そうだったな……。 しかし、100年以上もてんで(かな)わなかったあの化け物を良く倒せたな……」


 ウサギはジスペケの言葉を聞くと、信じられないように腰に手を当てながら首を(かし)げた。 すると、サクラ2号が二人の会話に割って入った。


 「そりゃアンタ、アラトロンとライコウが居なきゃ私達なんてとっくにブッ壊されていたわよ。

 そんな事より、フルを倒したらそれで終わりって訳じゃ無い事はアンタも分かっているわよね?」


 「当たりめぇだろ、バーロー! アタシが何の為にグレイプ・ニクロムを精製(せいせい)してると思ってるんでい!」


 ウサギが()()ぎだらけの耳をピョコピョコさせながら、サクラ2号に目を遣って不満を吐いた。 サクラ2号の後ろでは、ジスペケとフルダが仲良くお(しゃべ)りしながら向こうに見えるウサギの家へ向かっていた。


 「そうよ、来年にはベトールと戦わなきゃならない。 その為には空を飛べなきゃ話しにならないわ」


 「――!? オメェ、まさか――!?」


 サクラ2号の言葉にウサギは嫌な予感がした。 サクラ2号はライトを上下させて頷いた様子を見せて、アクセルを『ブルンッ――!』と吹かした。


 「そう、アンタの技術で私を戦闘機に改造して欲しいの!」



 ――



 地底都市『バハドゥル・サルダール』では、ディ・リターから大量に輸送されつつあるグレイプ・ニクロムにウンザリしているヘルートとペロートの姿があった。


 「ちょっとヘルート、”あの馬鹿”にこんな厄介(やっかい)なモノ持って来ないように言ってよ!」


 バハドゥルからほど近い地上の荒れ地に、グレイプ・ニクロムを積んだトラックが砂煙(すなけむり)を上げてやってくる様を見つめるヘルペロ夫妻。 ペロートが夫に不満を吐くと、ヘルートは妻の不満にお手上げの様子で、肩を(すぼ)めた。

 

 「おい、おい……。 そんな事言われても、サンが言う事を聞くようなタマじゃねぇってことはペロも知ってるだろ。

 それにアイツを怒らせるとどうなるかって事もな……。 まあ、アイツのやりたいようにやらせておいて、俺達は様子を見ていれば良い」


 消極的な言葉を吐く夫にペロートは不満げに「フンッ!」と鼻を鳴らした。


 「そんな事言ってヘルート……。 貴方、サンの事を本当は好きなんじゃないの? えっ? この浮気者!」


 「いや、いや、いや……そんな訳ねぇって。 俺はこの器械の身体に生まれて以来、ペロ以外愛した事はねぇんだ。 いや、ホントに……マザーに誓って……」


 「マザーに誓って? それじゃ貴方、私に嘘ついているってことじゃない!」


 ペロートもマザーが“嘘つき”である事は知っていた。 図らずもペロートがマザーの事をさほど信用していない事が分かりヘルートは内心ホッとした。 ……が、ペロートはますます妄想(もうそう)(ふく)らまして激昂し、その後、ヘルートは訳もなくペロートに引っ(ぱた)かれる事となった……。


 ヘルートの言う通り、グレイプ・ニクロムの受け入れを表明したのはマザーの側近の一人『サン』であった。

 サンはまるで導師(どうし)のような服装をした女性型ゼルナーであった。 腰に(あい)色の(おび)を巻いた(そで)の広いスカート型の白導服(しろどうふく)羽織(はお)っており、(ひたい)に奇妙な赤い文字が書かれた黄色い札を貼り付けているという不思議な出で立ちをしていた。

 黄色い札の下から(のぞ)く素顔は美しかった。 逆三角形の整った顔立ちに、言葉を(つむ)ぐふっくらした唇は(うるわ)しい桜色をしていた。 首筋まで伸びた髪は瞳と同じ紫色であり、妖艶(ようえん)な雰囲気でありながら、パッチリとした大きな瞳が(おさな)さも感じさせた。

 サンはマザーが創り上げた器械達の中で最高の性能を持つとウワサされている三姉妹の次女であった。 とはいえ、一見すると武器らしい物は何も持っておらず、背中には翼も持っていなかった。 札の下から覗く美貌(びぼう)から民衆には人気が高かったが、ゼルナー達の間では彼女の性能に疑問を持つ者も少なくなかった。


 彼女はオフィエルが襲撃してきた後にバハドゥルから追放された姉『セン』の代役としてマザーから派遣されて来た。

 マザーは市長であるファルサを差し置いて、サンにバハドゥルの全権を委任した。

 ところがマザーの期待とは裏腹(うらはら)に、普段のサンはベンチで茶を(すす)っているばっかりで行政に参加しようとせず、ヘルートやペロート、アミ達から「何しに来たんだ……」と苦言を(てい)される始末であった。

 ファルサはマザーに全幅の信頼と愛情を寄せていたので「マザーの深い考えがあっての事だろう」とサンを(した)っていたが、ヘルート、ペロートは元々サンと面識があったのか、サンの事を恐れているようで一定の距離を置いていた。


 そんなグータラなサンが突然、市民に対してグレイプ・ニクロムの受け入れを表明したのはつい先日の事であった。 ただでさえ、オフィエルに破壊された後の復興もままならないにもかかわらず、あんな扱いに困る物を続々と工場へ持ち込まれたら、幾らネクト達が居ても足りないくらいである。

 市民を監督する立場であるゼルナー達は、当然サンの勝手な行動を非難した。 ところが、市長であるファルサが「サンの命令はマザーの命令である」と宣言したため、不承不承グレイプ・ニクロムを受け入れざるを得なくなったのであった。


 問題の当事者であるサンは、地上を出て崖の上から空を見上げていた。


 「……風の音が聞こえる……まるで姉さんの悲鳴のよう……」


 その紫色に輝く瞳で何を見ているのかは分からない。 ウワサによると、彼女はこの数日の間、バハドゥルのマザーと会っていたらしい。 そこでマザーからグレイプ・ニクロムを受け入れるように命令されたのであろうか?

 彼女はもともと口数が少ない女性である。 彼女とマザーとの間にどんな話しがあったのかは誰にも語ろうとせず、空を見上げて口走った言葉の意味も彼女のココロを読まなければ分からなかった。


 だが、彼女はヘルート、ペロートが思っているような恐ろしいゼルナーでは無い事は確かである。 誰かを想い、誰かの為に戦う心優しいゼルナーであるのだ。 その誰かとは……自身を生んでくれたマザーでは無い事は間違いないだろう。

 

 サンは遠くから砂煙を上げてやって来るグレイプ・ニクロムを乗せたトラックに目を遣ると、額にくっ付いている黄色い札を手で撫でた。


 「虹ノ双翼(そうよく)……キドウ……」


 サンがそう(つぶや)くと、背中からホログラムの翼が現れた。 サンは光輝く電子の翼を羽ばたかせると、凄まじい早さでトラック向かって飛んで行った。

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