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器械騎士と蛇女  作者: ティーケー
排除するリリム

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姉と妹 ー1ー

 シビュラとエンドルはペイル・ライダーの肩に乗り、イナ・フォグの救援に向かった。 フルが全ての物質を凍らせようとする直前、二人はペイル・ライダーと共に忽然(こつぜん)と姿を消した……。


 二人の目の前は突然、真っ暗になった。 気が付くと、二人はペイル・ライダーの肩に乗ったまま、アメジストのように輝く紫色の床が広がる不思議な空間に転移していた……。


 「こっ、ここは……? 何故、突然、こんな場所に……?」


 四角いタイルのような紫色の綺麗な床が広がっているだけの世界。 目の前に広がったこの異様な光景にシビュラは目を疑った。


 言葉を失っているシビュラとは対照的に、エンドルはこの光景に見覚えがあるようで、存外(ぞんがい)、平然とした様子でシビュラに向かって叫んだ。


 「お師匠(ししょう)様、これはアラトロンと戦った時に飛ばされた場所と同じですわん!」


 エンドルの言う通り、この空間はイナ・フォグが使用するスキル『マスティール・エト・エメット』が創り出す空間に似ていた。 だが、イナ・フォグが創り出す空間には紫煙(しえん)のような雲が上空にかかっていたが、この空間には雲一つ無い。 その代わり、黒い空間にはルビーのような色をした赤い光線が碁盤目状(ごばんめじょう)に広がっており、ぼんやりとした輝きを放っていた。


 一見、イナ・フォグが創り出す空間と同じようだが、少しだけ様子が異なる。 エンドルはそんな細かい様子の変化に気付く事も無く、この空間に三人を転移させた者がイナ・フォグであると主張した。


 「アラトロン……? 何故、アラトロンが私達を――?」


 シビュラはデバイスを起動させ、この空間の大気の成分を調査した。 すると、空間内にはマナスが充満(じゅうまん)しており、燃料(食料)さえあれば長時間滞在する事が可能だという結果が出た。


 「ペイル・ライダーには補助燃料を大量に積んでいる。 このまま此処(ここ)に居てもしばらくは大丈夫みたい……」


 シビュラはペイル・ライダーの肩からフワリと飛び降りて、床に着地した。 まるで鉱物のように硬質に見えた床は、着地すると絨毯(じゅうたん)の上に立ったかのように柔らかかった……。


 デバイスのフィールドを展開し、周囲を見渡すシビュラ――一体、この空間は何処(どこ)まで続いているのだろうか?


 「……デバイスは使えないみたい……」


 デバイスで空間の面積を調べてもエラーが表示され、一体どの程度広いのか分からない。 方位センサーも全く機能しておらず、北を指していた針が次の瞬間には南を指しているような状態である。


 「無闇(むやみ)に移動する事は避けた方が良いみたい……」


 幸い、この空間は暑くも無ければ寒くも無い。 自分達のいる位置が全く把握できない空間を移動するのは危険だと判断したシビュラは、とりあえず今いる場所に留まって、この空間から抜け出す方法を考えた。


 シビュラが不審(ふしん)そうな顔で(あた)りを見渡していると、シビュラに続いてエンドルもペイル・ライダーの肩から飛び降りた。 そして、床に着地するなりバランスを崩して転がった……。


 「……お師匠様、心配しなくてもアラトロンが此処(ここ)から出してくれますわん」


 身体を起しながら恥ずかしそうに帽子を深く(かぶ)るエンドル。 彼女はイナ・フォグによって二回この奇妙な空間に飛ばされた事があった。 そして、その都度、イナ・フォグによって現実世界へ戻って来たのであった。


 エンドルは続けて、驚くべき事を口にした……。


 「アラトロンの話では、この場所は『イェネ・ヴェルト』と言うらしいわん」


 「――! イェネ・ヴェルト――!? まさか――!!」


 シビュラはエンドルの言葉に驚愕(きょうがく)した様子で目を見張った。


 「あっ、いえ……たしか、そう言ってたかなぁって……」


 エンドルはシビュラのあまりの驚きように目を白黒させた。 彼女は当時、イナ・フォグの話しを漫然(まんぜん)と聞いていただけなので、イナ・フォグが本当にこの空間をイェネ・ヴェルトであると言ったのかどうか不安になった。


 すると、ペイル・ライダーがエンドルの言葉を否定した。


 「いいえ、ここはイェネ・ヴェルトではありません。 イェネ・ヴェルトへはベエル・シャハトにある“真理の門”の先に存在するからです。 もし、アラトロンがこの空間をイェネ・ヴェルトであると言ったのであれば、もしかしたら、イェネ・ヴェルトを模倣(もほう)した空間なのかも知れません。 しかし、今まで誰も真理の門を開けた者はおりませんので、イェネ・ヴェルトがどういう場所なのか不明です。 したがって、この場所が本当にイェネ・ヴェルトを模倣した場所であるか、私達では確認のしようもありません」


 ペイル・ライダーは自身のメモリに記録していた情報をそのままシビュラに伝えた。 ペイル・ライダーの話では、イェネ・ヴェルトはこの星の“外側”にある神々が住む世界と言われているのだそうだ。 この星の外側に存在すると言っても、宇宙ではない。 宇宙よりも外に存在する世界であるという……。


 「……イェネ・ヴェルトを模倣した空間? アラトロンは何故、そんな空間に私達を飛ばしたの?」


 ペイル・ライダーもシビュラの疑問に対する明確な答えを持っていなかった。 だが、仮にイナ・フォグが彼女たちを異空間に転移させたのであれば、何らかの目的があったはずである。


 「……私達が足手まといであると判断して異空間へ転移させたのか、もしくは、現実世界に何らかの異変が起こって、私達を異空間へ転移せざるを得なかったのかも知れません」


 エンドルはペイル・ライダーの憶測(おくそく)を聞くと、ふくれっ面で腕を組んだ。


 「フンッ、私達が足手まといだなんて失礼なヤツねん! お師匠様、そんなに私達がいらないって言うなら、アラトロンがフルを倒すまで此処で寝てましょうよん!」


 ペイル・ライダーの答えを最後まで聞くこともせず、イナ・フォグが自分達を邪魔者だと判断して異空間へ追放したに違いないと思い込んだエンドル。 彼女は不貞腐(ふてくさ)れた態度でペイル・ライダーの身体をよじ登ると、腹部の辺りに連なる連装砲の上にだらしなく寝そべった……。

 

 「……いずれにせよ、この空間から出ることが出来ない限り、しばらくこの場所を動かないでアラトロンの助けを待つしかないみたい」


 砲台の上で眠り出したエンドルを見下ろすシビュラ。 彼女もまた目を瞑り、イェネ・ヴェルトの存在について再び考察を始めた……。



 ――



 イナ・フォグは常に月の形をした物体に乗って移動していた。 この物体はイナ・フォグによって(つく)り出されたエネルギー体であり、内包しているマナスの量によって形状を変えるものであった。

 内包するマナスの量が多ければ、エネルギー体は三日月のような形に近づき、マナスが許容量を超えると真っ白になって消えてしまう。 逆に、マナスの量が少なくなれば、エネルギー体は再び姿を現し、黄金色の満月に変化して行く。 そして、さらにマナスが枯渇(こかつ)して行くと……満月は血のような真っ赤な色へ変化するのであった。


 イナ・フォグはこの月のようなエネルギー体を単なる便利な道具としてしか認識していなかった。 彼女はエネルギー体を乗り物として使用したり、エネルギー体の内部をガラクタ箱のように利用したり、眷属(けんぞく)として飼っている蛇達の巣箱として利用したりしていた。

 イナ・フォグはエネルギー体がこの世界に重大な影響を及ぼす恐ろしい特性を持っている事に気付いていなかったのである。


 その恐るべき特性というのは、大気中に浮遊するマナスを取り込んでエネルギー体の内部に貯蔵する事が出来るという特性であった。 この特性によりイナ・フォグの身体を(めぐ)るマナスが減少しても、エネルギー体から放たれる波動によってマナスを補給する事が出来た。 それだけ見ると、特に恐ろしくもなさそうに思われる。 大気中のマナスを取り込む事は器械でもマルアハでも行っている事だ。

 ところが、エネルギー体はただマナスを取り込むだけではなかった。 この星に存在するマナスを“際限なく”取り込むのである。 そして、恐るべき事に取り込んだマナスの一部を“異空間”へ排出するのである。


 異空間はエネルギー体の内部に存在するほんの小さな点であった。 それは常に拡大しようと点を広げてエネルギー体を浸食しようとする。 ところが、異空間の浸食をマナスが妨害するのだ。 マナスが異空間へ排出されると闇に溶けて二度と戻ってこない。 しかし、その過程で異空間の拡大を抑える事が出来るのである。

 隙あれば拡大しようとする異空間を抑える為には、常にマナスを異空間へ排出し続けなければならない。 したがって、エネルギー体は絶えずマナスを取り込み続けなければならないのである。


 ――フルと戦い始めた当初、エネルギー体は黄金色の満月の形となってイナ・フォグの(そば)で浮遊していた。 イナ・フォグはこの物体の中から異形の鎌を引っ張り出してフルと戦った。 ところが、戦いが進むにつれ、いつの間にかエネルギー体はイナ・フォグの傍から離れ、何処かへ行ってしまった……。


 実は、イナ・フォグはフルに見つからないよう、密かにエネルギー体を空高く飛ばしていた。 空に浮遊するエネルギー体は大気中のマナスを取り込み、イナ・フォグの身体にマナスを補給していたのである。 イナ・フォグがフルとの戦いに勝機を見いだした理由はこのエネルギー体の存在であった。 オフィエルの毒に冒されて急速にマナスの量を減らして行ったフルとは対照的に、イナ・フォグはこのエネルギー体からマナスを補給する事が出来たのだ。


 ところが、イナ・フォグは自身が創り出したエネルギー体の内部に、そんな恐ろしい異空間が存在しているとは全く知らなかった。 エネルギー体はイナ・フォグにマナスを供給するだけでなく、内部の異空間の拡大を抑制(よくせい)する為に絶えずマナスを消費するのだ。 エネルギー体が取り込むマナスより消費するマナスが大きければ、点であった異空間が徐々に拡大していくのである。


 ……そして現在、この満月の形をしたエネルギー体は薄ら赤みがかっていた。 これは、エネルギー体に内包するマナスが失われつつある事を示唆していた。 イナ・フォグがエネルギー体からマナスを補給出来なくなれば、アストラル体へ変化する危険が高まる。 まだアストラル体へ変化する危急(ききゅう)の状況ではないが、イナ・フォグがアストラル体に変われば未曾有(みぞう)の災害が起きる事は間違いない。 エネルギー体から供給されるマナスに頼ってばかりではなく、彼女自身も慎重にマナスの管理を行わなければならないのである。



 ――



 徐々に赤く染まっていくエネルギー体。 いつの間にか、その表面には人型の黒い影が映っていた……。

 その影はエネルギー体に座っている者の影であった。 灰桜(はいざくら)に染まった翼を背に生やした赤と黒のコルセットドレスを身に(まと)う少女――オレンジ色の炎を纏った天使の輪をフワフワと頭上に浮かせており、茶色い二つの(とが)った耳をピクピク動かしている。 両サイドに花飾りを付け、ウェーブのかかったツインテールに纏めている桜色の髪は、髪先に行くにつれ黒く変色していた。 くびれた腰と大きな尻の間にはフサフサしたキツネのような尻尾が揺れており、尻尾の先は天使の輪と同じようなオレンジ色の火炎に包まれてメラメラと燃えていた。


 少女は脚をブラブラさせながらエネルギー体の上に座っており、イナ・フォグとライコウの様子を観察しているようだった。


 「フフン……。 アイツ、まだ壊れていなかったのね……」


 くぐもった声を出す少女はイナ・フォグと同じく雪のように白い肌をしていた。 くっきりとした深い二重瞼(ふたえまぶた)のせいで眠たそうに見える大きな瞳は(だいだい)色をしており、遠くに見えるサムライ姿のライコウを(とら)えていた。


 「……いえ、壊れたモノを“あの女”が修理したんだわ。 そうね、きっと、そうに違いない」

 

 イナ・フォグのようにぷっくりとした薄紅の唇から再び言葉を(つむ)ぐ少女。 くぐもって聞き取りづらい声は、どうやらその小さな”おちょぼ口”のせいであると思われる。


 ――天使のような輪を持つ翼の生えた少女はその特徴から分かるとおりマルアハであった。 彼女は細く美しい手を赤く変色しつつあるエネルギー体に突っ込みながら、ライコウとイナ・フォグを観察していた――。


 「エフェス・(絶対)ムクラット(零度)を解除する事くらいは協力してあげる。 イナ・フォグ……お前に()()()()()を迎えさせる訳にはいかないからね」


 マルアハは満足げに言葉を出すと、灰桜の両翼にオレンジ色の炎を(まと)った。 すると、にわかに凄まじい熱が当たりを覆い、凍結していた空気がたちまち動き出した……。

 周囲に異常な衝撃波が発生し、所々で『ポン、ポン』と何かが弾ける音がする。 まるで嵐のように大気が暴れ、蒸気が充満したかと思うと『ポツリ、ポツリ』と雨を降らし始めた。


 灼熱の炎を周囲に放ったマルアハは、視線をイナ・フォグとライコウから離し、遠くで二人を見失っているフルを見た。


 「フリーズ・アウト……結局、お前もアストラル体になったのね。 でも、アタシもいずれそうなるから、悲しむ必要は無いわ。


 ……アタシ達は消滅する運命なの。 もう、何もかも手遅れなのよ。 ミコ様が亡くなった時からね……」


 そう言ってフルを見つめるマルアハの瞳には、憐憫(れんびん)の光が(にじ)んでいた。


 「……結局、人間という害虫を滅ぼす事でこの星の再生を期待したのが間違いだったという事ね。 まあ、いまさら後悔しても遅いけど……。 もう少し、人間という生物(いきもの)を理解していれば良かったのかも知れないわ」


 フルは強烈な冷気を放ち、イナ・フォグとライコウに襲いかかっていた。 冷気はマルアハがいる上空へ立ち上り、マルアハが放った炎によって雨に変わった。


 「そういえば、”あの子”を監獄(かんごく)から出してあげないとね。 贖罪(しょくざい)と言うつもりは無いけど、これで()()は返したかしら?」


 マルアハはそう言って、エネルギー体から両手を出した。 そして、先ほどまでオレンジ色の炎を纏っていた両翼を不気味な青い炎へと変えた。

 

 黒い翼を羽ばたかし、エネルギー体から離れたマルアハは下を向いた。 先ほどまで赤みがかっていたエネルギー体は、いつの間にか黄金色に輝く満月に変わっている。 マルアハはその様子に満足げな表情を浮かべると、視線を遠くへ移した。


 ……マルアハは何もない遠くの空間を見つめていた。 空気が凍り付いているせいか、真っ白い景色が広がっているだけの空間。 マルアハの周囲だけが色を取り戻し、空気が動き出しているが、マルアハから離れた場所ではまだ極寒の冷気が支配していたのだ。


 「――開きなさい」

 

 マルアハがそう言って翼を羽ばたかせると、鎌のような青みがかった黒い炎が真っ白な空間へ向かって放たれた。

 (あい)色の炎は空を切り裂きながら急激に冷却され、周囲に結晶をまき散らす。 あちこちに『シュー』と何かが蒸発するような音がしたかと思うと、モウモウと蒸気が立ちこめた。 そして、マルアハが見つめた空間まで炎が辿(たど)り着くと、炎は透明な壁に阻まれたかのように四方八方に火炎を散らした。 その瞬間『ボンッ――!』と大きな爆発が起こり、周囲にキラキラとした結晶が飛散した。


 マルアハは青く燃えさかる翼から次々と藍色の炎を放ち、空間へ向けて飛ばし続けた。 爆発が立て続けに起こり、周囲の霧がだんだん雨に変わって行く――。 すると、何も無かったはずの空間に黒い亀裂が入り始めた……。


 「セアラット・ゲヒノム……を真似(まね)してみたけど、そもそも色が全然違うわね。 まあ、それでも、無事あの子達は出て来られるでしょう」


 マルアハがそう(つぶ)いた拍子に、今度はさらに大きな爆発が起こった。 爆発によって亀裂が入った空間がついにパックリと口を開くと――なんと、中からペイル・ライダーに乗ったシビュラとエンドルが飛び出して来た!


 シビュラとエンドルは、何が起きたのか分からず目を丸くして周囲をキョロキョロ見回している。 マルアハは二人に見つかると厄介だと思ったのか、翼を羽ばたかせてさらに上空へと舞い上がった。

 もはや、宇宙にまで飛び出すのではないかという程の高度まで上昇したマルアハ。 彼女はそこで上昇を止めると、点となった二人の様子を一瞥(いちべつ)した。


 「……いずれ、あの子とも再び戦う事になるでしょうね。 アタシは望まないけど、あの子の憎しみはアタシの炎よりも激しい。 アタシが人間を憎んでいた時と同じように……」


 そう呟いたマルアハは両拳に力を込めながら、イナ・フォグとライコウがいるであろう場所に視線を移して、言葉を続けた。


 「……人間とは訳が分からない生き物。 でも、この星を破滅させた事には変わりないわ」


 マルアハの瞳は迷いの影が宿っていた。 だが、その迷いを振りほどくように両手に力を込める。 すると、両拳から凄まじい炎が湧き上がり、四方八方に衝撃波が放たれた。

 冷気に包まれていた空はたちまちジリジリとした灼熱(しゃくねつ)(さら)されて所々で爆発を起こし、稲光のような光を散らす――。


 「水元頼光(みずもとよりみつ)……。 お前が再び人間へ戻ろうとするのなら、アタシはお前を破壊する事になるかも知れない。 この星を破壊したのは“妹”のせいじゃない。 お前達、人間のせいなのだから」


 下を見るマルアハには霧が立ちこめた空しかなく、当然、イナ・フォグとライコウの姿も見えない。 だが、それでも彼女は二人に向かって、引き続き言葉を投げた。


 「……でも、イナ・フォグ……お前がその人間になりたいと言うなら……」


 マルアハは言葉を止めると、ゆっくり首を横に振った。 そして、紅蓮(ぐれん)の炎を纏った両手を合わせた。

 マルアハが両手を合わせると炎は真っ白に光輝き、火柱(ひばしら)となって猛然(もうぜん)と立ち上る。 火柱はマルアハの頭上で大きな火の玉となり、太陽のように灼熱の光線を放ちだした。


 「……フリーズ・アウト、残念だけどエフェス・ムクラットは解除させてもらったわ。 イナ・フォグを“アイツ”に奪われる訳にはいかないから」


 巨大な火の玉に(さら)されながら、白い(ほお)をほんのり紅潮(こうちょう)させるマルアハ。 彼女は(だいだい)色の瞳を少し潤ませて涙を見せると、青い炎を纏った翼を羽ばたかせた。


 「……さようなら、フリーズ・アウト。 いつかまた、()()()と世界を旅して巡りたいわね。 美しかったあの世界を……。


 ……その時は、アタシもまた昔のように戻れるのかしら……」


 マルアハはそう言い残すと、高度を維持したまま凄まじいスピードで飛び去って行った。



 ――



 シビュラ達を異空間に転移させた者はイナ・フォグのエネルギー体の上に乗っていたマルアハであった。

 彼女はフルが空間を凍結させるスキルを使用する事を予測して、凍結からシビュラを助ける為にシビュラ達を異空間へ転移させたのである。


 (もっとも、彼女が使用するスキルはマスティール・エト・エメットという呼称ではなかった。 そればかりか、彼女が創り出す異空間はイナ・フォグの創り出す異空間とは全くの“別物”であり、単に紫色の床が広がる寂寞とした空間である事しか似ていなかった)


 ――異空間を脱出したシビュラとエンドルは変わり果てた景色に驚愕(きょうがく)していた。 二人の周囲は雨が降り、生暖(なまあたた)かい風が吹いていた――。


 「なっ、何が起こってるの――!?」


 蒸気が辺りに充満し、モノクロの景色が色を取り戻す。 先ほどまで真っ白な景色であった空も徐々に灰色の景色に変わり、再び空気が動き出した。

 上空には赤や黄色の光がそこかしこに光っており『ゴォォ――!』という風のような音と『ポン、ポン』という何かが弾ける音、『シュッ』という何か蒸発する音が入り交じり、静寂に包まれていた雪原の空に不気味な音を響かせた。

 

 「お師匠様――! なんか、この世の終わりのような光景ですわん!」


 エンドルが怯えながらペイル・ライダーにしがみつく。 ペイル・ライダーは二人を肩に乗せたまま、この不気味な空の現象を調査した。


 「……この現象は超低温の環境に、高温の物質が触れた時に起きる不可解な現象のようです。 高温の物質にマナスが結合されているようなので、理解不能な事象も起こっているようですが、(おおむ)ね、この推測は正しいものと思われます」


 ペイル・ライダーはシールド越しに見える黒い球体の表面を色とりどりに光らせながら、冷静な言葉を二人に向かって投げた。


 「……もしかして、ヤツが……」


 ペイル・ライダーの言葉を聞いて、にわかに厳しい表情を浮かべるシビュラ……。 エンドルはいままでシビュラがそんな表情を浮かべた事など見たことがなかった。


 「ヤツ……って一体?」


 エンドルはシビュラを横目で見ながら(おび)えた様子で問いかける。 すると、シビュラが答える前に、デバイスへ割り込み通信が入った。


 『貴方(あなた)達、一体何処(どこ)へ行ってたんでありますか!』


 デバイスから響いてきた声はセンであった。 センは激しい雨に打たれながら無作為に発生する爆発を避けつつ、ペイル・ライダーの(もと)へやって来た。


 「――それより貴方、アイツを見なかった!?」


 シビュラはセンを見るなり、大声で問いかける。 センはシビュラの問いを理解したように頭を横に振って「――恐らく、もう消えてしまったであります……」と悔しそうな顔でシビュラを見た。

 

 「くっ! 一体、何故アイツが――!」


 シビュラは歯を食いしばり、センと同じく悔しそうな表情で周囲を(にら)み付けた。


 「分かりませんが、もしかしたら、アラトロンとフルが戦っている様子を見に来たのかもしれません。 それよりシビュラ、今はアイツを気にしている場合ではありません。

 我々もアラトロンと協力して、フルを打ち破るのであります!」


 「――それはそうと、その背中に背負っているネコは何ですのん!?」


 センの背中には、明らかに満身創痍(まんしんそうい)に見える猫型ゼルナーがしがみついていた。 ヒゲはくたびれて垂れ下がり、銀色の毛は雨に濡れてクタクタになっている。


 「あんた、何でそんな故障した貧相(ひんそう)なネコを抱えてるのん! これからフルと戦おうって言うのに、馬鹿じゃないの!」


 エンドルはそんな戦力にならないようなゼルナーを背負ってフルと戦おうとしているセンを(なじ)った。 すると、センはエンドルの頭上へ上昇して必死に背中にしがみついている猫型ゼルナーの首を(つか)み上げ、エンドルに答えた。


 「コイツがどうしてもフルと戦いたいって意地を張るものでありますから、仕方なく此処(ここ)へ連れて来たまでであります!」


 センはそう言うと、何を思ったのか猫型ゼルナーの首から手を離した!


 「ウギャァァ――! ちょっと、何するのん!?」


 真っ逆さまに落ちて来る猫型ゼルナーを慌てて受け止めるエンドル。 すると、その拍子に危うくペイル・ライダーの肩から落ちかけてシビュラに襟首を掴まれた。


 「グモモ……。 グヘェ――! ハァ、ハァ……」


 シビュラに(えり)を掴まれ首が絞まったエンドルは苦しそうにしながらも、猫型ゼルナーをしっかり受け止めていた……。


 「――コイツの御守(おもり)は貴方達に頼むであります! さあ、早くアラトロンの(そば)まで行くであります!」


 センはそう言うと『バヒュン――』と音を立て、二人の了解を得ること無く先にイナ・フォグの許へ飛んで行ってしまった。


 「……クソッタレ! 勝手な事ばかり言いやがってん!」


 猫型ゼルナーを抱えながら飛び去っていくセンを(にら)み付けているエンドル。 するとシビュラが「ちょっと、貸しなさい」と言って猫型ゼルナーの首根っこを掴むと、ヒョイとペイル・ライダーの連装砲の上へ飛び乗った。

 

 「ペイル・ライダー、この器械、修理出来るみたい?」


 シビュラは連装砲の上に猫型ゼルナーを寝かしながらペイル・ライダーに問いかける。 すると、ペイル・ライダーは「出来なくもないですが……」と少し戸惑った様子を見せた。


 「分かっているみたい」


 シビュラはペイル・ライダーが戸惑った理由を知っていたようだった。


 「この器械の性能は“中の下”と言ったところ……。 いくら修理したところで戦力にはならない。 でも、彼女は何となく私と似ている気がする……。


 ……そんな気がするから、どうか修理して欲しい」


 エンドルはシビュラの言葉に驚いた。 シビュラはヒトに頼み事をするような性格ではない。 今までエンドルの前で誰かに頭を下げる所など見たことがなかった。 しかし、何故かこの瀕死の猫型ゼルナーの為に、頭を下げてペイル・ライダーに修理を頼んでいる……。

 

 (……思えば、私はお師匠様の事を知っているようで何も知らなかったわん……。 お師匠様が私と会う前に一体何をしていたのか? 時々、寒気がする程の憎悪を見せるのは一体何故なのか?)


 エンドルは神妙(しんみょう)な顔をしてシビュラを見つめた。


 (……あのネコにもお師匠様と同じ、誰かに対する憎しみがあるというのん? いや、そんな事より……お師匠様は一体、誰を憎んでいるの……?)


 ――エンドルは初めてシビュラの事を心から心配した。 シビュラの過去に一体何があったのかは分からない。 しかし、エンドルは彼女の過去を知りたいという気持ちは持たなかった。 ただ、いつも泰然(たいぜん)とした様子のシビュラがココロの奥底では憎しみの鎖に縛られている事に深い悲しみを抱いたのである――。

 

 「……承知しました。 それでは修理を開始します……」


 ペイル・ライダーはシビュラの頼みを受け入れた。 ペイル・ライダーの背面からウネウネと波打った蛇腹のダクトが大量に飛び出し、連装砲の上に横たわる猫型ゼルナーの身体に接続された。


 「まずは壊れた部品からの漏電(ろうでん)を防ぐ為にマナスを注入します。 その後、部品を換装して燃料を補給します。 内部機器の破損はアニマに影響を与える程ではありません。 壊れた部品を換装すれば、器械は再び稼働する事ができるでしょう……」


 ペイル・ライダーはシビュラにそう告げると、キャタピラのような二本の脚に内蔵されている複数のジェットエンジンを噴射させ、背面から大きな両翼を出した。

 

 「――それでは、器械の修復作業をしながら『SEN=0X53454E4F59』を追います」


 ペイル・ライダーはわざわざセンの名を型名で呼ぶと、雨が降り出した空を全速力で進み出した。



 ――



 トコヨの戦士へと変貌したライコウによってガラスのような身体を切り裂かれたフル。 両足は人型であった頃の彼女と変わらず黒い毛に覆われた逞しい熊の脚である。 しかし、すでに美しかった彼女の顔はそこには無い……。 ただ、イナ・フォグとライコウの前に立ちはだかるのは、(むし)に侵食された臓器が透ける氷の魔神であった。


 フルの放つ冷気は、上空から降り注ぐ熱気によって『シュー、シュー』と音を立てながら蒸気を放った。 激しい衝撃波と何かが砕ける音が響き渡り、凍り付いた全ての粒子が再び動き出した――。

 

 モノクロの雪原は銀世界へと変わって行き、真っ白な空には遙か上空から眩い光が落ちて来る。 イナ・フォグを抱くライコウの耳には、微かに彼女の吐息が聞こえてきた。


 「フォグ……これは、一体――?」


 声を取り戻したライコウがイナ・フォグに顔を寄せる。


 「この熱は姉さんの……」

 

 「姉さん……?」


 イナ・フォグはライコウが顔を寄せている事に気付いていなかった。


 「フォグ……?」


 呆然(ぼうぜん)と上を見上げるイナ・フォグにライコウが再び言葉を投げると、イナ・フォグはライコウの声にようやく気がついたようで、ライコウへ顔を向けた。


 「――!? きゃっ――!」


 思いのほか顔を寄せていたライコウにイナ・フォグの顔が接近すると、彼女は驚いて顔を赤らめた。

 

 「……な、何でもないわ! それより、フリーズ・アウトを――!」


 イナ・フォグは気を取り直して、ライコウから離れた。

 前方で巨大な身体を震わせながら冷気を放つフルを睨み付けるイナ・フォグ。 ライコウも再び青白い刀を構えてフルを凝視した。

 

 「アストラル体に変化したフリーズ・アウトはスキルが使えないわ! だから、全ての物体を凍らせる冷気はもう放てない!」


 イナ・フォグはそう言うが、身体を大きく震わせるフルは身体から氷の粒を嵐のように吐き出しながら熱を奪い取る。 先ほどまで暖かい空気に包まれていた二人の周囲には再び凍り付くような吹雪が吹き始め、上空から降り注ぐ熱と混じり合って『シュー、シュー』と蒸気が立つような音を響かせた。


 「そうは言っても、また気温が下がって来ておるぞ!」


 遙か上に見える巨大な火の玉は凍り付いた大気中の粒子を動かし、地上の温度を上昇させた。 絶対零度に近い超低温に晒されて風が止んでいた大地に、再び猛然とした吹雪が吹き始める――。 

 凄まじい熱を広範囲に照射する球体はこのまま幾層にも重なった分厚い氷の大地を溶かしてしまうのかと思われたが「自分の役目はこれまでだ」と言わんばかりに急激に黒くなり、収縮して行った。


 「雲の上にあった太陽みたいな(たま)っころも、いつの間にか消えてしまったぞ!」


 ライコウが頭上を見上げると、先ほどまで熱を放射していた巨大な火の玉はすっかり消えて無くなっていた。

 

 「……レハヴァ・オヘベット(氷好きな)・ケレハ()は冷気を吸収するスキルよ! 超低温の冷気を取り込んだことで暴れていたマナスを落ち着かせたから消滅したの!」


 イナ・フォグはマルアハが創り出した火の玉の正体を知っているようだった。


 「熱が冷気を吸収――!? 何じゃ、ソレは!?」


 物理的にあり得ないイナ・フォグの説明にライコウは困惑した。

 普通なら、熱が冷気へ移動して周囲の温度が上昇する。 熱が冷気を吸収して周囲の温度を上昇させるなど聞いたことが無い。 ところが、イナ・フォグはさも当たり前かのようにライコウの疑念を一蹴し「此処が何処だと思っているの!? “夢見る星”なんだから当たり前でしょ!」と頭上に(ただ)っていたエネルギー体を呼び寄せると、エネルギー体の中へ手を突っ込んで、禍々(まがまが)しい鎌を引きずり出した。


 「再び冷気が大地を覆う前に、フリーズ・アウトを破壊するわ!」


 キラキラと輝く氷を体中から放出していたフルはイナ・フォグが接近してきたことに気がつくと、口から大量の虫を吐き出した。


 「あれはバグズ・マキナ――!?」


 大鎌を旋回(せんかい)し、虫を払い飛ばそうとするイナ・フォグであったが、背後から『ブ……ン……』と不気味な音が耳を(かす)め、慌てて動きを止めた。 すると、その瞬間、襲いかかる虫共とイナ・フォグの間に青白い空間が現れて、フルが吐き出した全ての虫を異次元の彼方へ消し去った!


 「ライコウ――!」


 イナ・フォグは後ろを振り返らずともライコウがこの不思議な技を使用したのだと確信していた。

 トコヨの戦士へ変貌したライコウは青白い刀を一閃(いっせん)してイナ・フォグの目の前の空間を切り裂き、(せま)り来る虫たちを異空間へ追放したのであった。

 

 「“ヨミヒラサカ”の亡者に喰われるが良い」


 ライコウはイナ・フォグの前へ躍り出ると、そのまま刀の切っ先をフルに向けて突進した!


 「ライコウ、無闇(むやみ)に突進しては危険よ!」


 イナ・フォグの忠告も(むな)しく、フルはライコウの閃光のような突きをヒラリと(かわ)してライコウの頭上へ移動すると、空間を(ゆが)ませる重力波を放った――!


 「ライコウ、出力を上げて波動から脱出して――!」


 イナ・フォグはフルに次の攻撃をさせまいと、大鎌を振り上げてフルに飛びかかろうとした。


 「――! なっ、またスキルを――!?」


 ところが、その瞬間、上空から次々と巨大な(ひょう)が降り注ぎ、イナ・フォグは高速で迫る雹を慌てて避ける。 動きを止められたイナ・フォグはライコウを助ける事が出来ずに、ライコウは大地に引っ張られるかのように急降下した!


 「グァァ――! 凄まじい引力じゃ! このままじゃ、地上へ激突してワシの身体は粉々になってしまうぞい!」


 真っ逆さまに落下するライコウは何故かそんな弱音を叫ぶ”余裕“があるようだった。 実際、ライコウが出力を上げて重力波から脱出をしようにも、凄まじい引力によって脱出する事は(かな)わなかったのだが、ライコウの顔には焦りや悲壮感は全く見えなかった。 凍り付いた大地めがけて落下しながらも、彼はただフルの次の行動を注意深く観察していた。

 

 「これは“裁きの雹”……。 アルトラル体に変化しながら何故スキルを使えるの?」


 まるで隕石のように上空から次々と降り注ぐ雹の雨を避けるイナ・フォグ。 アストラル体へと変化したマルアハはスキルが使えないはずだ。 少なくとも、イナ・フォグはそう思っていた。 事実、アストラル体へ変貌したハギトはスキルを使用した事はなく、強大な力と身体から放つパワーレーザーによってゼルナー達を苦しめた。 その反面、スキルが使用できない事による単調な攻撃のお陰で、ゼルナー達は光速にも近いハギトの攻撃をデバイスによって予知する事が出来るようになり、戦いが有利になったのであった。

 ところが、フルはハギトと違い、アストラル体になっても人型であった時と同じくスキルを使用していた。

 もちろん、もう言葉を話せないフルに呪言葉ヴォーチェ・マギカを吐く事は出来なかった……。 だが、彼女がまだスキルを使用する事が出来るという事実……。


 それは、彼女にまだ自我が残っているという証左(しょうさ)であったのだ。


 イナ・フォグはそこまで深く考えを至らせる事が出来なかった。 彼女はフルが未だにスキルを使用出来る理由を「フリーズ・アウトはもうこの星の住人では無くなり、外の世界の者となったから」と思い込んでいた。 ところが、マルアハ達は外の世界の者達にはなれなかった。 アストラル体という怪物のような外見に変化する事は、外の世界の者達になるという事ではない。 マルアハはアストラル体になっても夢見る星の住人である事には変わりなく、ただ外の世界に片足を突っ込んだ者達であったのだ。 したがって、ア・フィアスと同じく、フリーズ・アウトもヴォーチェ・マギカはおろか、スキルも使用する事は出来ないはずであった。

 

 フルが再び地上へ降らす雹は、以前の雹よりも小型であった。 まるで石礫(いしつぶて)のような雹は凍て付く冷気を纏いながら地上へ落ちると、地表の雪を吹き上げて小さなクレーターを創った。

 次々と降ってくる雹が邪魔をしてイナ・フォグはライコウを助ける事が出来ない――。 ライコウはその間にも重力波から逃れる事が出来ず急降下している!


 「ライコウ――! シールドを使って身を護るのよ!」


 ライコウがこのまま地上へ落下すれば、単に衝突するよりも強大なエネルギーが発生して無事では済まないだろう……。

 ところが、ライコウはそんなイナ・フォグの心配をよそに不敵な笑みを浮かべると、青白い刀を突き出して、体内の電気を切っ先に集中させた。

 

 「南から流れる風は、崖から発生する磁場の影響を受けて北へ向かっている。 ならば、電流を流す方向を変えれば――」


 そう呟いたライコウは、刀の切っ先から凄まじい電流を一直線に放射した!


 すると、ライコウの身体が一瞬ピタリと止まったかと思うと、頭上のフルを目がけて急上昇していった!

 重力にも抗う力がライコウの身体を空へ押し上げ、ライコウはみるみる内にフルの足下へ接近する――。

 

 「あの力は一体……?」


 「――! もしかして、ライコウはそのままフリーズ・アウトを――!?」


 イナ・フォグはライコウが上昇してくる様子を見てライコウの思惑に気がついたのか、フルに対して積極的に攻撃を仕掛ける。 フルは自分の足下へ接近してくるライコウに気がつかず、鎌を振り回すイナ・フォグに集中している。 明後日の方向へ強烈な電流を放ったらライコウの事など、アストラル体になったフルは不審(ふしん)に思わなかったのである。


 ――フルがようやくライコウの接近に気がつくと、ライコウは放電を止めて刀を両手で握りしめた。 そして、一気に出力を上げて重力の束縛から脱出すると、そのままフルの身体を足下から切りつけた――!


 「グオォォ――!!」


 刀の切れ味は鋭く、氷の魔神となったフルの身体をまるで紙のように切り裂いた。 フルは苦悶(くもん)雄叫(おたけ)びを上げると、体内に満たされた液体を血のようにドバドバと放出した。 ライコウはさらに刀を持ち替えてフルの頭上へ移動すると、背後の翼めがけて刀を振り下ろす――。


 フルの両翼は青白い刀によって切り離され、バランスを失ったフルは真っ逆さまに地上へ落ちて行った!


 「――夢見る星であれ、重力よりもローレンツ力の方が強い。 自信は無かったが上手くいってくれて助かったわい」


 ――雪原の南端に(そび)える崖地から発生する強力な磁束(雪原を通過する磁力)が一直線に北の氷山へ向かっている事に気がついたライコウは、体内の高圧電流を特定の方向へ放てばローレンツ力という垂直の力が発生する事に着目した。 フルが放つ重力子によって発生する重力は途轍もなく強い力である。 ところが、高速で移動する電流内の粒子が磁場の影響により受ける垂直の力の方が強かったのだ。

 戦いの当初、フルは雪原に埋まっていた器械の残骸と古代生物の死体をごちゃ混ぜにして自身の眷属を創り出した。 降り積もる雪の中から現れた象だか猿だか分からないような巨大な生物は、ライコウが放った電流によって垂直の力が働き空高く舞い上がった。 ライコウはその時に放った電流の方向から磁束が南から北へ向かっていると判断し、電流の放つ方向を変えればローレンツ力を戦いに利用できると考えたのであった――。


 イナ・フォグはライコウがそこまで考えていたとは思ってもいなかった。 彼女はライコウが何か不思議な力を利用して重力の束縛から逃れ、フルの翼を両断し、フルを叩き落とした事を頼もしげに見つめていた。


 『――俺は、キミを護る!』


 イナ・フォグはライコウが助けに来た時の叫びを思い出し、胸に両手を当てて目を伏せた。 彼女の胸に埋まっているヨミノクロガネは禍々(まがまが)しい姿でドクドクと鼓動を繰り返している。


 『姉さん、私はあのヒトと……人間になりたいの』


 イナ・フォグはいつか誰かにそう言っていた事を思い出した。 自分が姉と(した)っていた者が誰だったのかは覚えていない。 そして、誰と一緒に人間になりたかったのかも記憶になかった。

 

 だが、イナ・フォグは今、確信した。


 「私は生まれてきてから今日までの間、ずっと、ライコウ(アナタ)と一緒に人間になりたいと願っていた……」



 ――



 イナ・フォグのエネルギー体に乗っていたマルアハがライコウとイナ・フォグの様子を眺めていた頃、ヒツジ達の一行はすでにアイズ・ゲノムを出て雪原へ侵入していた。

 全ての物体が黒か白でしかない氷の地獄と化した雪原。 ヒツジ達は空気をも凍らせる極限の冷気をアザリアの呪術によって(しの)ぎつつ、深い谷を越え、ゼルナー達の屍を越えながらひたすら前へ進んでいる。

 雪原は不気味な静寂に包まれており、ヒツジ達が進む足音も稼働音も全く聞こえない。アザリアの話では、絶対零度まで下がった超低温の環境では全ての物体が凍結し、色も音も無くなってしまうという事であった。


 薄い虹色の短毛を纏い、耳の垂れた愛嬌のある顔をした犬型ゼルナーのケセットは舌を出しながらボートのような小さなソリを引いていた。 ソリはヒツジがアイズ・ゲノムへ戻るときにコヨミの亡骸(なきがら)と気を失ったアセナを乗せていた物であり、今回はアセナの代わりに丸太のような大きな棒に括り付けられたロイトが乗って……いや、乗せられていた……。

 大きな熊型ゼルナーのロイトは虹色のヒモによって棒に縛られており、(なか)(あきら)めたかのような陰鬱(いんうつ)な表情を浮かべながらケセットの尻からピョコリと伸びている尻尾をボーッと見つめていた。

 ケセットの隣にはスノーモービルのような乗り物に乗っているキノが並走していた。 乗り物は大きな箱を引いており、箱の中には新聞記者のユキとヴァイプがカメラを回しながら乗っている。

 その後ろにはバイク型へ変化したヒツジがレグルスを乗せて追従していた。 ヒツジの背に乗っているレグルスは風が吹いていないにもかかわらず片手で帽子を押さえ、トレンチコートを揺らしながら悲壮感の漂う眼差しでジッと前を向いていた。


 『……レグルスさぁ、別にキミが悪いって訳じゃないだんから、そんな思い詰めなくてもいいんじゃない?』


 レグルスを背に乗せるヒツジがデバイスを使ってレグルスに声を掛けた。 ヒツジは一言も話さずに口を真一文字に結んで前を見据え続けるレグルスの様子に耐えかね、レグルスにアレコレと声を掛けて励ましていた……。


 ――そもそも、二回目の出撃はヒツジとアザリア(ケセット)、そしてキノとキノが護衛するマスコミ二人で行くことになっていた。 ところが、アザリアがロイトも一緒に連れて行った方が良いと提案したので、レグルス隊に加わっていたロイトを呼びに行ったところ、レグルスも一緒について行くと強く主張したので、仕方なくレグルスも一緒に連れて行く事となったのである。


 ロイトは二度と再び雪原へ出撃などしたくなかった。 そんな中、ちょうどレグルスが自分も雪原へ行かせてほしいとヒツジに頼むのを見て「それでは、レグルスに立場を譲ろう」などと、やんわり出撃を回避しようとした。 ところが、ケセットの身体を借りたアザリアが「貴方の意思など関係ありませんわ」と虹色の短毛から細いヒモを創り出し、嫌がるロイトをヒモで縛り付けて引っ捕らえたのであった――。


 ヒツジたちが雪原の中心へさしかかった時、真っ黒い大地からモワモワと蒸気のような湯気が立ち上ってきた……。 すると、そこかしこでプラズマや火の玉が発生し、雪原は再び音を取り戻し、四方八方で不思議な音を鳴り響かせた。

 

 『な、何だ――!? 一体何が起こった!?』


 突然、辺り一面が騒がしくなり、一同驚愕して歩みを止めた。


 眼前に広がる真っ黒な地上がみるみる色を取り戻し、再び白銀の世界へと変わって行く。 その様子は、まるで黒く塗りつぶした紙を消しゴムで綺麗に消していき、元の白銀の紙へ戻しているかのようであった。 真っ白い空間は徐々に雪の舞う灰色の空へと変化し、上空ではプラズマが青い光や黄色い亀裂を空に刻みつけ、赤い火花がパチパチと点滅している。

 そして、遙か遠くの空の上では、立ちこめる蒸気の中から太陽のような巨大な火の玉が揺らめいていた。


 ケセットは尻尾を垂らしながら火の玉を見上げると、鼻筋にシワを寄せて警戒した様子を見せた。


 「これは……まさか『アムード・ケレフ・ロヘット』――!?


 い、いや……違いますわ……。 あの火の玉は間違いなく『レハヴァ・オヘベット・ケレハ』……すると、私の頼みを“彼女”が聞き入れてくれたという事ね」


 ケセットの身体を借りているアザリアは独り言を言うと、尻尾をピンと立てて警戒を解いた。 アザリアはどうやら火の玉を出現させたマルアハに頼み事をしていたようだ。 彼女の安堵(あんど)した様子を見ると、大方マルアハにフルとの戦いに協力してほしい旨でも頼んでいたのだろう……。

 マルアハが何故、アザリアの頼みを聞き入れたのかは分からないが、マルアハにとってアザリアは“敵”では無いようだ。 しかし、いつ敵として立ちはだかってもおかしくない関係のようで、アザリアがマルアハの使用したスキルを勘違いして動揺(どうよう)したのも「頼みを聞き入れず、逆に裏切ったのではないか?」という疑念が頭をよぎったからであった。


 「心配しなくても良くてよ! この異常な現象は“ワタクシ”が超低温の環境から逃れる術を使用した影響ですわ!」


 アザリアは皆を安心させるためにそのような嘘をついたが、マザーより嘘が下手なアザリアの言葉を信用する者は誰もいなかった。


 「ホントか? その割にはアンタ、さっきまでビビってたようだったじゃねぇか……」


 キノがケセットを横目で見ながら不審そうに呟くと、アザリアはキノの声が聞こえていたようで「……貴方は細かい事を気にする割には男のような言葉(づか)いをするのね」と嫌みを言った。


 「うるせぇ、俺は男だ!」


 キノはアザリアの言葉にカチンと来たのか、自分が男性型ゼルナーであると主張した。 キノの後ろでカメラを回すユキとヴァイプはキノの言葉に目を丸くして飛び上がった。


 「うぇぇ――!? そのナリで、何言ってんのよ!」


 女学生のような姿のキノに二人が驚くのも無理はなかった。 だが、二人以外の者達はキノが男性型だという事を知っていたようで特に驚きもせず、特にレグルスは苛立(いらだ)った様子で「――そんなくだらない事で言い争いしている場合か! 温度が上昇したならもっとスピードを上げて、一分、一秒でも早くアラトロンの許へ向かうんだ!」と叫び、ヒツジの尻をペチンと叩いた。


 「(いた)っ! 何だよ、キミは偉そうに――!」


 ヒツジは自分をまるで馬のように扱うレグルスを振り落としてやろうかと思ったが、レグルスの催促(さいそく)でケセットとキノが先に行ってしまったので、降り積もる雪を『ギュルギュル』とタイヤで削りながら不機嫌そうに走り出した……。



 ――



 レグルスは自分の無力さを痛感していた。 つい先ほどまで大勢の仲間達が(そば)にいて、共にフルが生み出した器械のゾンビ達と戦っていたはずだ。 エクイテス軍は必死に戦い、(ほどん)どの敵を殲滅(せんめつ)させた。 そして、空から落下してきた手負いのフルに対して高揚(こうよう)した士気をそのままに、迷うことなく総攻撃を仕掛けた。

 当初から、フルと戦う者はアラトロンだけであり、ゼルナー達はアラトロンのサポートをするという作戦であったはずだ。 ところが、苦しそうなフルの様子を見て「自分達だけで撃破出来る」と過信したレグルスは部隊に総攻撃を命じ、その結果、逆にフルによって部隊の大半を失ってしまったのである。


 『俺達ではマルアハに勝つことは出来ない。 それはこの100年の間に繰り返されてきた悲劇によって分かっていたはず。 その為に、俺達はアラトロンを味方につけたのだ。 俺達はアラトロンを補助する為だけの存在であり、自らマルアハを討伐しようなどと烏滸(おこ)がましい考えを起こしてはならかった。


 俺達ゼルナーはマルアハの前では無力な虫けら同様なんだ……』


 レグルスが悲壮感に打ちのめされていた原因――それは、自分のせいで仲間達を失った重責から来るものだけではなかった。


 (俺達だけでマルアハに勝つことは絶対に出来ない)


 その現実を改めて突きつけられた事に対する絶望に、彼は打ちのめされていたのであった。


 だが、そんなレグルスの暗澹(あんたん)とした考えは、翼を()がれたフルと戦うライコウによって一気に消し飛んだ。 ライコウだけではない、同じ器械であるセンの圧倒的な力を目の当たりにして器械達の可能性を再び信じる事が出来た。

 そして、自分達の力が及ばなかったのは、ただ自分の性能が低かっただけであり、自分自身を過信していた事が原因であったと深く反省した。


 (俺ではコイツらには及ばない……。 俺のやるべき事はコイツらを補助する事だけなんだ)


 ようやく自分の立場を理解したレグルス。 大勢の仲間達を失った後ではもう遅いかも知れない。 しかし、彼が自分に対する無知を恥じ、己を知ることが出来たことは、かつて彼の妹であった者はきっと喜んでいるに違いない。



 ――その頃、デモニウム・グラキエスから遠く離れた場所では、一人の女性が巨大な人型ロボットに追われていた――



 エクイテスの東に位置する地上には『器械の(とりで)』と呼ばれる巨大な擁壁(ようへき)(そび)え立っている。 その器械の砦を越え、さらに東へ進むと『デル・タテンズ・ベソイレム』という名の廃墟が広がっていた。

 泥のような地面に半分以上埋もれた高層ビル群や破壊された戦車、鉄骨がむき出しになった鉄塔や崩れかけた女神像――そこはかつて、人間が栄華を誇っていた古代都市のなれの果ててであり、器械にとって(あるじ)たる人間達の墓場であった。


 「もう、逃がさないぞ――!! おい、メカニカル・フェストゥング! アイツをメチャクチャにぶっ壊しなさぁい!」


 人型ロボットの大きな頭の中には何やら小さな人影が見える。 その人影からまるで幼児が叫ぶような声が聞こえると、遠くから号砲が響き渡った。


 人型ロボットは一人の女性を追っていた。 ロボットの追跡を逃れようと翼の生えた巨大な女神像の後ろに隠れていた女性は、女の子の叫び声が聞こえるや否や、慌てて女神像から離れて後ろにある崩れたビルへと駈けて行く――。


 『ドッカン――!!』


 上空に巨大な炎が立ち上り、激しい爆風が女神像を襲った。 かつて、人間達の死を(かな)しげな眼差(まなざ)しで見守っていたであろう女神像は誰も居なくなった都市を護る事に疲れたのか、強烈な爆風によって崩れ去り、千年の役目を終えた……。


 偉大な爆風は女性が駆け込んだビルまで迫ると、無慈悲にビルを吹き飛ばした。


 『ズシン、ズシン』と太い脚で大地を踏み鳴らし、吹き飛ばされたビルの様子を探りに行く赤いロボット。 瓦礫(がれき)となったビルの周辺は大きな水たまりが出来ており、噴水のように給水管から水が噴き出している……。 ロボットはデバイスを起動させて女性の行方を捜してみたが、瓦礫となったビルの周辺にはすでに女性の反応は無かった……。


 「くっそー、また逃げられたぁ! でも、まだ近くにはいるはず! “ママ”の為にも必ず見つけ出してぶっ壊してやる!」


 背中から伸ばしている数本の太いパイプから蒸気を噴出させながら悔しがるロボット。 しばらく女性の行方を捜して周囲をグルグル歩き回っていたが、やがて諦めたのか東に見える巨大な塔の方へ行ってしまった……。


 ……ロボットが居なくなって、しばらくすると、水たまりの中からボソボソと声が聞こえて来た……。

 

 「――ふぅ、やっと居なくなったようね。 何で私がこんな目に遭わないとならないのかしら……」


 水たまりの中から聞こえてくるボヤキ声は、巨大なロボットに追われていた身を(なげ)く女性の声であった。


 「……こんな目に……そうだわ、それは私の運命がそうさせているから……」


 ボヤキ声は次第に自問自答を繰り返すようになった。 そして、沈んだ声で(おのれ)の不幸をひとしきり嘆いた後、ようやく落ち着いたのか、自分の身に降りかかった災難を受け入れた。


 「……結局、今の自分を受け入れなきゃダメなのね……」


 女性はそう呟くと、何だか今言った言葉をかつて誰かに言った覚えがあるような気がして、今度は細く伸びている記憶の糸を辿(たど)ろうとした。


 「――自分を受け入れる? そういえば、そんな事を誰かと話していた事があったような……」


 ……


 『……兄さん、貴方(あなた)は今の自分を受け入れる必要があるわ。 貴方のパイロットとしての技量は並――今の貴方じゃ、アルディナ隊にはなれないのよ』


 『兄さん、いい加減、目を覚まして――! 昔はそんな人じゃ無かったはず……。 どうして、そんなに(ひど)い事をするの?』


 『……もし、貴方が今の自分の実力を受け止めて、もっと人に優しくなれるのであれば、きっとラヴィニアも貴方の事を愛してくれるはずだわ――』


 ……


 「ラヴィニア……誰だったかしら? でも、その名前、何だかすごく懐かしい気がする……」


 水たまりの中の声は、それから聞こえて来なくなった……。 いつの間にか、辺りは薄暗くなっており、夕暮れの光がキラキラと水たまりを照らしている。 先ほどまでの爆発音や砲撃の音は止み、再び静寂(せいじゃく)が廃墟を包んだ。


 千年の時を過ごす寂寞(せきばく)の古代都市――絶滅した人間達の最後の墓場。 東に見える塔は、死に絶えた彼等の帰りを今も待ち続けているかのように、夕焼けに染まりながら哀然(あいぜん)とした姿をたたえていた。


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