リリム、霧の中
――今から三年前――
『エクイテス』という都市から、五人のゼルナーがナ・リディリへ到着した。
大勢の兵士が沿道から見守る中、リーダーと思しき蒼い立派な甲冑を身に着けたゼルナーが一台の戦車とトレーラー、そして、バイクを引き連れて悠々と大通りを闊歩していた。
彼らは沿道に集まった多くの兵士から期待のこもった声援を浴びていた。
彼らはアラトロンを捕縛してゼルナーの支配下に入れると宣言し、これから『ダカツの霧沼』へと向かう途中であった。
ゼルナー五人はそれぞれ個性的な姿をしており、一見すると強そうな外見でない者も混じっていたが、皆一様に表情は自信に満ちていた。
その中でも、蒼い細身の鎧を身にまとったリーダーは、いかにもリーダーという感じで、最も強そうな姿をしていた。
彼は赤いマントを翻し、背中には銃としても使用できる機械式の大剣を背中の鞘に納めて威風堂々たる姿をしていた。 先の尖った鷲の頭を模したような兜に蒼いマスクを身に着けており、腕にはデバイスを装備して振り上げることによってデバイスを起動出来た。
そして、鎧も兜も立派な鳥の羽のような紋様が彫られており、体全体がボンヤリと白い光が輝いており、鎧自体が蒼白い光を放っているように見えた。
戦車を操縦してゆっくりとリーダーの後ろへついていくゼルナーは、特殊な金属で出来た黒色のヘルメットを被り、赤い目をした猫の姿をしていた。 一見するとヘルメットはただ鉄鍋を逆にしたような無骨なヘルメットであったが、砲撃にも耐えられる強度を持っていた。 また、鎧を装備しておらず、自分自身で開発した特殊な繊維を使用した迷彩柄のチョッキに軍パンを履いていた。
彼は巧みに戦車を操り、遥か彼方にある岩をも正確に破壊する事が出来る砲撃の腕を持っていた。 また、その手から生える猫の爪は鋼鉄をも引き裂く特殊な金属で出来ており、自身が操縦する戦車ですら引き裂くほどの力があった。
そして、お尻から生えている黒と白の縞々のシッポは、シッポの内部にデバイスを装備しており、他の器械のデバイスよりも正確に敵の位置や距離といった情報を瞬時に把握し、仲間と共有する事が出来た。
バイクの姿をしたゼルナーは女性型であった。 一見するとただの赤色のレーサータイプのバイクのように見えるが、れっきとした女の子のゼルナーであり、通常のバイクの数十倍の性能を持っていた。 流線形の低いボディを保護するカウルは強度の高い軽量金属で出来ており、カウルの両面には収納式の機銃が装備されていた。 また、タイヤは炎の中でも走り続けるほどの耐熱性を持っており、ホイールは片手で難なく持ち上げられるほど軽く、丈夫な金属であった。 そして、彼女のエンジンは少しの間なら海の上すらも通行できるほどの強烈な出力を誇っていた。 前面には左右に二つ、丸目のライトが付いており、このライトは数キロ先も明るく照らすことが出来る性能を持っていた。 さらに、ライトの真ん中にはレーザー砲が格納されており、高圧のレーザーを照射する事が出来た。 後ろに伸びるマフラーは二本出しであり、後部シートには火炎放射器などもついているという――高性能、かつ、物騒なバイクであった。
また、このゼルナーはハーブリムに妹がいた。 彼女もまたバイク型の器械であったが、姉のようにゼルナーになることが出来ず、性能評価が良くないのでハーブリムへ輸送兵として移送されてしまった。
そして、そのバイクの上には全身が真っ黒に光輝いたゼルナーが乗っていた。 彼は他のゼルナーとは異なり鎧を身に着けていなかった。 一見すると黒い金属製のマネキンのようで、顔の輪郭ははっきりと分かるが目は無く、その代わり、目の部分に瞳と思われる赤色の光がボンヤリと見て取れた。 この液体金属はどんな環境でも耐える事ができ、どんな衝撃も耐えられると言われており、さらに、体全体を武器に変形することも出来た。 彼は至るところから銃弾や散弾、さらには砲弾までも発射する事が出来るという全身凶器のようなゼルナーであった。
彼はバイク型のゼルナーに乗っているが、彼女とは常に言い争いをしていた。 仲が悪いのかと言えば、そういう訳ではなく、お互い嫌味や誹謗中傷を言う割には、ずっと一緒に行動していた。
最後に機銃を装備したトレーラーに乗っているゼルナーは、ずいぶん太めの体格をした熊のようなゼルナーであった。
彼も戦車に乗っているゼルナーと同じく、鎧を装備しておらず、その代わり特殊な繊維で出来た茶色いオーバーオールを身に着けており、タオルのようなものを頭に巻いていた。 角刈りに太い眉を持ったまるで中年親父のような姿はとてもゼルナーとは思えなかったが、背中には大きなグレネードランチャーを背負っており、グレネード弾を格納している太鼓腹をパカッと開けて、転がって来た弾を流れるような手さばきで装填して発射する。 その威力は小型のショル・アボルであれば一撃で破壊する程であった。
彼はバイク型のゼルナーと戦車を操縦している猫型のゼルナーに慕われていた。 度々二人と衝突する黒光りのゼルナーの間に入って二人を宥め、仲裁をするといった面倒見の良い性格をしており、リーダーからも最も信頼されているゼルナーであった。
こんな個性的なメンバーでも、ナ・リディリの兵士達が期待を持つ理由は、彼らがエクイテス出身のゼルナーだからであり、何の損害も受ける事なくナ・リディリに辿り着いたからである。
エクイテスからハーブリムを経由してナ・リディリへと行くためには、単純に距離だけではなく、多くの困難が待ち受ける。 中でも、ハーブリムに行くための巨大な陸橋は、付近にベトールの縄張りがあるだけでなく、陸橋の下――強アルカリ性の海に底に巨大なタコのような姿をしたショル・アボルが潜んでいたので、エクイテスからハーブリムに到着するだけでも、ゼルナー達の間では英雄視されるほどであった。
そんな危険な旅路を無傷で乗り越えて、意気揚々とナ・リディリへと到着した五人のゼルナー達を街の兵士達が期待しない訳はなかった。
「アイツらだったら、アラトロンをケチョンケチョンにして、連れて来てくれるに違いねぇ!」
沿道で憧れの目を持って、一人の器械が叫ぶと、周りの兵士達も頷きながら五人が北側の出入り口へと向かうのを見送っていた。
――
「ねぇ、ラキア……。 霧が大分濃くなって来たわね……」
赤色のバイク型ゼルナーが、蒼色の騎士『ラキア』に言った。
五人はナ・リディリの兵士に見送られながら、ダカツの霧沼へと向かっている途中であった。
リーダーのラキアは、赤い目をした猫型ゼルナーの操縦する戦車の砲身に乗って、仲間たちと霧の濃くなってきた湿地を進んでいた。 地面は徐々にぬかるんできており、沼地まで近い事が窺がえた。
「――アイム! 沼地まではあとどのくらいの距離だ?」
ラキアの言葉が戦車の操縦席にいる猫型のゼルナーの耳に響いてきた。 彼らはデバイスを介して会話をしているようだ。
「――ほい、ほい! あと五キロと三十メートルさ! 沼地は底が無いっていう噂だから、反重力装置もバッチリ利かせてるからさ、ふふん!」
猫型のゼルナー『I-06』がラキアに答えると、ラキアは「……だそうだ。 アカネ」とバイク型ゼルナーに答えた。
すると、今度はバイク型ゼルナー『アカネ』に乗っている黒光りした体を持つゼルナーがラキアに意見した。
「ふん……。 お前らはいつもじゃれ合ってばかりいるが、もう沼地は近い。 そんな気の抜けた態度ではアラトロンを倒す事などできんぞ」
すると、黒光りしたゼルナーを乗せているアカネが文句を言う――。
「アンタねぇ! このまま振り落とすわよ! こう見えても私はいつも真剣なんだからっ!」
アカネはこの湿地帯のぬかるんだ地面にもかかわらず、足を取られることもなく疾走している。 それもそのはず、彼女のタイヤは数センチ宙に浮いており、湿地帯を滑るように走っていたのだ。 これが、アイムが言っていた『反重力装置』であり、戦車もトレーラーも皆、タイヤを宙に浮かせて滑るように湿地帯を走っていた。
アカネの言葉に今度はトレーラーに乗っているゼルナーが反応した。
「――はっ、はっ、はっ! まあ、そう怒るなアカネ。 フリーグスも悪気があって言っている訳じゃない。 そりゃ、これだけの大仕事を、誰も犠牲にならずに終わらせようっていうんだ。 フリーグスも皆無事であって欲しい為にあえて注意をしているのさ。
そうだろう、フリーグス――」
穏やかな笑顔を浮かべる親父のような丸顔のゼルナーが、黒光りした金属を身にまとったゼルナー『フリーグス』に同意を求めた。
「――ふん。 アルカ、お前がそう言ってくれるのは有難いが、私はアイムとアカネが二人で突っ走って、我々の足手まといにならないように警告しただけだ。 特にアカネは私の足となる身――こんな緊張感の無い中で戦いに臨んでもらっては困るのだ」
トレーラーに乗っているゼルナー『アルカ』に対して、フリーグスは尚もアカネを挑発する言葉を吐いた。
「あー、もう! 誰がアンタの足よ! ――もう、我慢できない!
アンタ、この場で降りて、一人で走ってなさい!」
アカネはもう観念ならないと見えて、急ブレーキを駆けてバイクを横滑りさせた!
その反動で、フリーグスはバイクから落ちそうになったが、アカネのシートを蹴って飛び上がり、空中でクルクルと回転しながら難なく湿地帯へ着地した。
戦車とトレーラーもアカネが急ブレーキをかけたせいで、慌ててブレーキを踏んで急停車する――戦車のボンネットに乗っていたラキアもフリーグスと同じく湿地帯へ着地した。
ラキアが湿地帯へ降り立ち、前を見据える――すると、数キロ先には濃い紫の霧が立ち込めていた……。
深い霧で覆われた先はこちらからは何も見ることが出来ない――入ってしまったら最後、永遠に霧の中へ閉じ込められてしまうのでは無いかと思うような不気味な様子でゆらゆらと揺らめきながら侵入者を待ち構えている様子であった。
「……アカネがキレて、ちょうど良かったかも知れん。
『ダカツの霧沼』はすぐそこだ――」
ラキアの言葉に、皆先ほどまでの言い争いなど忘れてしまい、固唾をのんで不気味な霧を黙ったまま見詰めていた。
――
「……ねぇ、ラキア……アナタ本当にアラトロンを討伐するつもりなの?」
怨念が渦巻くような気味の悪い霧の前で、最後の確認をするようにアカネが言うと、ラキアはその言葉に頷いた。
「……ああ。 俺達なら必ず勝てる! ヤツを打ち負かせば何もヤツの協力など得る必要もない。 それは、マザーに確認済みだ」
――マザーはゼルナーに『アラトロンの協力を得る』よう命令した。 マルアハ達を討伐する為にはアラトロンの力が必要だからだ。 だが、例えばゼルナーがアラトロンを凌駕する力を持っていれば、何もアラトロンの協力を得る必要などない。 逆に、アラトロンの持つ『ある力』をアラトロンに勝利したゼルナーに持たせる事で、マザーの目的は成就される。 その方が、むしろ、マザーにとって都合が良かった。
「――マザーは言った!
『ヨミノクロガネ』……アラトロンを討伐してそのヨミノクロガネを手に入れれば、俺達ゼルナーは他のマルアハを凌駕する力を手に入れることができると!」
剣を持つラキアの腕に力が入る――。
ラキアの言葉に対して、アイムが戦車の中から皆に語り掛ける――。
「――でも、そのヨミノクロガネの正体はデバイスでも不明さ。 有機物なのか? 無機物なのか? 固体なのか? 液体なのか? アラトロンの体の中か、もしかしたら体のどこかに装着されている装置か? 残念だけど、マザーもそこまでは教えてくれないのさ。
でも、他のゼルナーのデータベースには『ヨミノクロガネ』という言葉すら登録されていない……。
僕らだけが、特別にマザーから教えてもらったということさ」
アイムの言葉にフリーグスが頷いた。 そして、隣で突撃の準備をしているアカネのボディにポンと触れた。
「――アカネ、私達はマザーに認められた唯一のゼルナーだ。 マザーは私達が必ずアラトロンを討伐出来ると信じて下さったので、我々に機密情報を教えて下さったのだ。
私達はマザーの期待に応えなければならない。
――そして、お前たちと一緒なら、私は必ず期待に応えられる」
フリーグスの力強い言葉に、アカネも「っうん!!」と強く頷き、煌々とライトをつけてすぐそばに迫った紫の霧を睨みつけた。
フリーグスがアカネの背中へとまたがった。 アカネは先ほどまでとは打って変わって、車体から緊張感を漂わせ、そして、背中にまたがるフリーグスを信頼し、全てを委ねた。
「それでは、我々の器械人生をかけた大仕事! やってやろうか!!」
アルカがトレーラーの中から叫ぶと、その叫びに呼応するようにラキアが皆を鼓舞した。
「行くぞ!! お前ら――!!」
ラキアの叫びが暗黒の空へ響き渡る――そして、すぐに紫の霧をかき消さんばかりの鬨の声が、山彦のようにこだました。
「オオッッ――!!」
――
数十メートル先も見えない霧の中、五人が突き進む――。 敵はまだ一体も出てこない。 そして、アラトロンの気配もしない。
しばらく進むと、ボコボコと泡立った沼地が眼前に広がった。
「――ダ、ダカツの沼……か?」
すると、進行を止めたラキアの耳に、霧に塗れて不気味な声が聞こえてきた……。
『帰って……』
アラトロンの声だろうか……。 それにしても、不気味な声だ。 まるで霧の中から聞こえるというよりも、ラキアの耳元で直接語り掛けてくるように錯覚させる声……。
この声はどうやら仲間たちにも響いていたようで、戦車の中からアイムが大声でその声に反応していた。
「イヤだね! 僕らはお前を倒すためにここまで来たのさ!」
アイムはそう叫びながら、慎重にデバイスを使って周囲を伺っていた。 声が発せられたポイントを調査し、アラトロンが何処にいるのかを探ろうとした。
……ところが……
デバイスは声が発せられた場所を、戦車の中だと表示したのであった!
「そっ、そんな、馬鹿な!?」
アイムは慌てて戦車のコクピット内をキョロキョロ見渡す――。 もちろん、コクピット内にはアイム以外に誰もいなかった……。
「――っ!? ラキア!!」
アイムのラキアを呼ぶ声に反応したのはアカネの背にまたがるフリーグスであった。
「分かっている!! すでに、アラトロンは我々の近くにいる!」
フリーグスの叫びに呼応して皆、戦闘の準備に入った。
アカネはアクセルをふかしながら、レーザー砲を起動させ、後部座席から伸びる火炎放射機をボディの側面に装着した。
フリーグスはデバイスを起動させ、両手を銃に変形させている。 すると、フリーグスが起動したデバイスのフィールドには『限定解除』という文字が流れ、フリーグスの全身に蜂の巣のような銃口が姿を現した。
戦車の中のアイムはすぐに砲撃の準備に入った。 コクピットの操作盤には『ベディール・キャノン』という文字が表示されている。 そして、戦車の隣に控えるトレーラーも攻撃の準備に入ったようだ。
トレーラーの運転席にいるアルカは、運転席の右端のガラスで覆われたボタンを、叩き割って押した。
すると、トレーラーのコンテナが大きく後ろへスライドし、中心辺りで前面を下にして縦へ持ち上がった。 コンテナはそのまま前へと倒れ、運転席のあるトラクタへもたれかかる――。 前後逆になったコンテナは、コンテナの背面がトラクタの上部にもたれかかった形となった。 そのコンテナの背面は大きな穴が二つ開いており、そこには『プルムブル・ミサイル』と呼ばれる継ぎ接ぎだらけのミサイル弾が二基、弧を描いて発射する準備を整えていたのであった。
それぞれのゼルナーが戦闘準備を整えていると、再び全員の耳元に不気味な声が聞こえてきた……。
『……ふーん。 また、同じことの繰り返し? もう、私はお腹一杯……アナタたちをこれ以上食べたくはないの……』
耳元の物騒な言葉に、アカネは少し身震いした。 ところが、アカネの背に乗るフリーグスは不敵な笑みを浮かべて尚もアラトロンを挑発した。
「ふん! 貴様に心配されずとも、私達が貴様を食らい尽くしてやる。 ヨミノクロガネと共にな!」
ヨミノクロガネ……その言葉を聞いて、アラトロンは少し驚いたように息を吸い込んだ。 そして、息と共に言葉を吐いた。
『……ふぅ。 アナタ達にアイツが何を言ったのか知らないけど……アナタ達に奪う事ができるかしら?』
「――出来るさ!! お前を倒して!!」
アラトロンの挑発にラキアが剣を立てて叫ぶ――そして、天に向かって声を上げた。
「――さぁ! 勝負だ! 隠れてないで出てこい、アラトロン!」
ラキアの叫びが周囲にこだました。 月の光も届かない不気味な霧に包まれた天へ、ラキアの声が空しく響く……。
『……ふぅ。 面倒くさいわ……』
ラキアの叫びにため息交じりに不満を表明するアラトロン――その声にアルカが反応しようとした矢先、さらにアラトロンは意味不明な呪文のような言葉を吐いた。
『シェム……ハ……メフォラシュ……』
感情の無い平坦な声が呪詛を乗せたその瞬間――周囲に渦巻いていた紫の霧がボコボコと泡立つ沼地へと一気に吸収されて行く――!
「なっ!? 何だ! 何が起こって!?」
ゼルナー達は皆その様子に驚愕し、アイムはデバイスを起動させて今起こっている事態を把握しようとする。 アイムの眼前にデバイスのフィールドが展開されると、その瞬間、フィールド内は真っ赤になって、アラームが鳴り響いた。
『!!危険!! アンノウン 群 座標不明 真素中 ……速やかな退却を警告……エラーコード:FFF02 ……防毒シールド継続……残9758S……7……6……』
「……い、一体なんだ? 何か沼地から……出て来る!?」
一同、驚きと恐怖に一瞬言葉を失った。
ボコボコと泡立つ沼地から次々と異形の怪物が姿を現したのだ!
――
怪物は巨大な蛇であった。
胴回りは三尺くらいあるだろうか……胴に赤い鎧や黒い鎧を身に纏った蛇は、真っ黒い蛇や白い蛇、さらにはトサカのような突起が頭に突き出た蛇と多様な姿をしていた。
鎧を身に纏った蛇は両腕も、さらには両足も全て蛇であった――。
つまり――人の形をし、鎧を身に纏った五体の蛇の集合体であったのだ。
そして、蛇は両腕に武器や防具を持っていた。 ある蛇は鈍く輝く白銀の剣の柄を腕となっている蛇が咥えており、またある蛇は紫煙に巻かれた不気味な槍を腕となった蛇に咥えさせていた。
そんな怪物が十体、二十体と次々と沼地から湧き出て来たのであった……。
デバイスを起動させてこの蛇たちの能力を確認したアイムは蛇たちのマナスの量に愕然とした。
「真素……中……? こ、こんなこと……この力は橋の下にいたあのショル・アボルに匹敵……いや、それ以上!
……こ、こんなヤツラがこんなに大量に……し、信じられない」
アイムが驚駭の声をもって身を震わせた。 仲間たちもこの異常な蛇の力に気付き、身を竦めていた。
すると、そんな得体の知れない怪物に戦慄しているゼルナー達に、まるで無関心であるかのような眠そうな声が、さらに彼らへ絶望を植え付けた。
『……ふぁ……。 ゴーレム達は生まれたばかりでお腹を空かせているわ……。 ちょうど、アナタ達が良いエサになる。
――あら? アナタ達、随分心配そうね? ……何、大丈夫よ……。
アナタ達のマナスは分離せずにそのままゴーレム達に吸収されるわ。 だから、アナタ達が爆発する事はない。
安心して食べられるがいいわ……』
謎の声がゼルナー達の耳元で囁くように聞こえる――そして、その声が消えた次の瞬間、沼地から這い出て来た蛇たちが一斉にラキア達に襲い掛かって来た!
――
戦車の真っ赤な火炎を帯びた砲撃とミサイルが爆発する爆撃音――硝煙の匂いと黒い煙はすぐに不気味な紫色の霧に取り込まれ、チカチカと空中で火花を散らす。
爆発の向こうでは機銃を乱射する音がけたたましく聞こえてきており、その後すぐに何かが大爆発する音が聞こえて辺りに煙が立ち込めた。
混沌とした霧の中、ラキアは仲間とはぐれてしまったが、デバイスを頼りに仲間の位置を把握しようとしていた。
ラキアの後ろには、ラキアと比較的近い場所にアイムとアルカがいた。 そして、アカネとフリーグスはラキアからかなり離れてしまっており、二人が無事なのか分からない……。
ラキアはすぐ近くにいるアイムとアルカに合流しようと、駆けだそうとした――ところが、ラキアの足元から突然、ニワトリのようなトサカを持った大蛇が飛び出して来て、レガースの上からラキアの脛を噛み砕いた――!
「――っぐぁぁ!!」
思わず声を上げて、その場に倒れるラキア――起き上がる間もなく、すでに、鎌首を上げた『五味一体』の蛇が滑る様に沼地を這って、ラキアに向かって大口を開け飛び掛かって来た!
「――くっ!」
ラキアは右へとかろうじて避けるが、その瞬間――左腕に強い痛覚が走った!
大蛇の左腕――剣を咥えていたはずの蛇の口には、ラキアの左腕があった……。
そして、あっという間にグシャグシャと音を立てて、その左腕を旨そうに食らい尽くした……。
「ぐぅ……」
バチバチとショートしている左腕を押さえながら膝をつくラキア……だが、腕を気にする余裕などラキアにはない――。
ラキアの四方から大量の大蛇の騎士が、鉄の欠片も残さじまいと醜悪な涎を垂らしながら、足として従えている蛇をニョロニョロと動かし沼地の上を滑って来ていたのだ。
ラキアが一瞬、遠方から近づいて来る蛇に目を捕らわれた時、再び正面から真っ赤な口を開けた大蛇が襲い掛かって来た!
ラキアは咄嗟に片腕で大蛇の攻撃を防ごうとする――すると、ラキアの前に大男の背中が立ちはだかった。
「ウォリャー!!」
決死の叫び声をあげて身を挺してラキアを護ったのは、アルカであった!
アルカは両手に持ったグレネードランチャーで突進して来た蛇を叩き飛ばした。 そして、そのままぐるりと弧を描き、側面から迫る大蛇をも吹き飛ばした後、間髪入れずに腹から出したグレネード弾をランチャーに装填して乱れ打ちをする――。
グレネード弾はアルカが吹き飛ばした蛇の位置へと正確に着弾し、着弾した瞬間に大爆発を起こした。
「……ア、アルカ……そ……の体は!?」
ラキアはアルカの背中を見て慄然とした……。
アルカの背中には太い槍が突き刺さっており、その槍はすでにアルカの胸を貫いていたのであった。 槍には、牙をむき出しにして柄を咥えたまま絶命している蛇の首がぶら下っていた。
「……ラキア、俺たちはもうダメだ。 お前はアカネと一緒に逃げろ!」
グレネード弾の燃え盛る火炎が紫の霧に塗れ、まるで血のような色で不気味に揺らめく中、膝をついて叫ぶアルカ……。
「バ……バカ野郎! 何を言って――」
ラキアがアルカの背中に向かって叫ぶ――すると、ラキアのすぐ隣で何かが吹っ飛んで来た。
「――!? まさか――!?」
ラキアが驚いて何かが飛んで来た方向へ眼を遣ろうとすると……アイムのかすれた声がラキアの耳に飛び込んできた。
「リーダー……ゴメン。 四、五体はやっつけたんだけどさ……数が多くてもうダメ……さ。
……後は……僕とアルカ……そうそう、フリーグ……に任せて……アカ……
アカネと逃げ……」
アイムの声は途絶えた……そして、ラキアは何かが飛ばされてきた方向を見た……。
「ア……アイ……ム?」
ラキアの瞳には……
……無残にも首を食いちぎられ、片目のつぶれた猫型の器械の頭部が、首からオイルを垂れ流しながら転がっていた……。
すでに、アイムのデバイスは機能を停止していた。 だが、破壊されながらも、最後の力を振り絞って、ラキアに逃げるように告げたのであった。
「うっ……う。 俺の……俺のせい……」
仲間の惨状を目の当たりにし、戦意などもはや喪失して途方に暮れるラキア……。
だが、腰が砕けて項垂れるラキアの目の前で、未だ『最後の希望』を守り抜こうと力を振り絞る仲間達がいた。
「――フリーグス!! アカネをラキアの下へ! 早く――!!」
――アルカの叫びはフリーグスにのみ届いていた。
フリーグスはアカネの背にまたがって、全身から機関銃を乱射し、四方八方から迫りくる蛇の怪物たちに打ち続ける――。 フリーグスは炸裂弾や『アルゼンタム・バレット』と呼ばれる特殊な金属で出来た弾丸など、全ての武器を使用した。 それでも、大蛇は二、三体倒れただけで、数十体にも及ぶ大蛇の群れが徐々にフリーグスとアカネの周りを取り囲んでいた。
「いよいよ、逃げ場が無くなったわ……。 フリーグス! こうなったら、最後までアンタに付き合うわ――」
ジリジリと二人への距離を詰める蛇の群れを、アクセルターンで威嚇しながらフリーグスに向かって叫ぶアカネ。 すでにアカネの弾薬も尽きて、火炎放射器も壊れてしまった。
フリーグスはアカネの呼びかけに答える前に、アカネの背の上に建ちあがり、後部へと移動した。
「俺は……
……俺は、お前と最後まで付き合いたくはない――!!」
フリーグスはアカネに向かってそう叫ぶや否や、足裏からバックファイヤーを噴射させて、アカネの後部座席を思い切り後ろへ蹴り飛ばした!
「――んな!? アンタ、何やって――!?」
アカネは凄まじい速度で大蛇の化け物共を跳ね飛ばしながら、前方にミサイルのように突進した。 すると、アカネの叫びにフリーグスのデバイスから、アカネのデバイスに無線が入った。
フリーグスはアカネにしかこの会話を聞かれたくなかったらしい……。
「アカネ……このまま真っすぐ進めば、ちょうどラキアのいる位置だ。 お前はラキアを乗せて振り返らず、全力でナ・リディリへ戻れ! お前なら、リーダーを無事に送り届けられると信じている……」
アカネを蹴り飛ばした勢いで上空高く舞い上がったフリーグスは、地上にいる蛇たちに向かって稼働できる全ての銃を構えて、最後の攻撃を仕掛けようとしていた。
アカネはデバイスでフリーグスの様子を見ながら、何とかターンしてフリーグスの下へ戻ろうとするが、凄まじい推進力でアカネのハンドルは効かない――。
「――イヤ!! フリーグス!! アンタ、何で――!?」
アカネの問いにフリーグスは口元が緩んだ。 そして、ゆっくりと口を開く――。
アカネのデバイスのフィールド上にフリーグスの愛情に満ちた声が響いて来た。
「……アカネ、私はお前の事を愛していた。
いつも、お前に耳障りの悪い事ばかり言っていたのは、お前の事が心配だったから……いや、私がお前に対して臆病であったからなのかも知れない……。
だが、今であれば――お前に胸を張って『愛している』と宣言できる。
もし、お前が私の愛を受け入れてくれるのならば……
お願いだ……
私の事は忘れて、ラキアを助けてやって欲しい。
そして、二人で我々の仇を打って――いや、もうアラトロンの事は忘れて、お前たちは各々別の幸せを見つけて欲しい……」
フリーグスの言葉にアカネは何か返事を言おうとするが、アカネは感極まってうまく言葉を出す事が出来なかった。 ただ、心の中では、フリーグスの愛を受け入れるが、私はずっとフリーグスと一緒に居たいと叫び続けていた。
だが、フリーグスの次の言葉に、アカネのココロは妙に落ち着き、フリーグスの頼みを全て受け入れ、フリーグスに対して素直な思いをぶつける事が出来た。
「……アカネ、私の事を愛してくれるのであれば……お前は私の為、仲間の為にどうかラキアを助けて逃げて欲しい……
……頼む!」
「……」
「……分かったわ……アンタ……アナタは本当にバカよ。
……でも、私はアナタみたいなバカを愛している。
だから――!
私はアナタの言う通り、ラキアを連れてここから何としてでも逃げて見せるわ!」
アカネの誠の言葉に、フリーグスの口元に笑みが浮かんだ。
「有難う……。
サヨナラ、アカネ――」
アカネはフリーグスに「サヨナラ」とは言わなかった。 必ずまた会える――そう思ったから。
アカネはもう迷わなかった。
このまま、真っすぐラキアの下へと向かい、ラキアを救い出し、必ずこの地獄から脱出しよう――アカネのデバイスには膝を折って崩れ伏しているラキアの姿が見えてきた。
「――ラキア!!」
ラキアのいる数メートル先には、一体の大蛇の騎士が自身の蛇の腕に鋭い槍を加えさせながら、ラキアを仕留めんと長い舌を出しながら滑るように近づいて来ている。 そして、ラキアの後ろでは、襲い掛かる二体の大蛇からラキアを必死に守っているアルカの姿があった。
アルカはすでに片足を食いちぎられ、アイムが編んだ特殊繊維で作ったオーバーオールもボロボロに破れていた。 肌は削げ落ち、赤錆びた金属がむき出しになったアルカの背中にはすでに槍と剣が貫かれてビリビリと体の限界を伝える電流が走っていた。
アルカは最後の力を振り絞り、二体の蛇に両肩を噛みつかれながらデバイスでアカネに呼び掛けた。
「アカネ!! 俺がコイツ等を抑える! お前は早くラキアを――!!」
アカネはアルカの叫びに「うんっ!!」と力強く返事をしたが、もはやアカネの燃料も尽き、自身のマナスを燃料として体を動かしていた……。
(このままでは、私のマナスが尽きる……。 でも……フリーグス。
――私は最後まで諦めない!)
アカネの眼前にはデバイスのフィールドが展開されている。 真っ赤な色で警告音と共に燃料が尽きた事とマナスの残存量が表示されていた。
『!!クリティカル・フェイリア!! 燃料NULL……真素変換継続中……真素残……12 内部温度上昇 フェイタル・エラー:E0000:10000:C000F エラーコード:E0000:C0001……』
マナスが尽きれば、アニマは機能を停止する。 その後に待っているのは意思の消失――すなわち、器械は意思も感情もない機械と化す。
燃料も尽き、フレームは拉げ、すでにマナスで自身の体を保っているアカネにとっては、機械になった瞬間に、その体は永久に機能を停止することになる……。
だが、それでもアカネは諦めない!
最後の最後まで、この体が壊れるまでフリーグスとの約束を果たす為に、マナスの残りを自身のターボ装置へと注入した――。
「――行くよ!! ラキア!!」
アカネがターボを起動させると、ぬかるんだ沼から少し浮いているアカネの足は凄まじい回転を始めて、一気に加速した――。 もし、アイルが開発した反重力装置を付けていなかったら、恐らく底なしの沼に足を取られ、そのまま引きずり込まれていただろう……。
――凄まじい加速で一気にラキアとの距離を詰めるアカネ――
だが、すでに大蛇の騎士はラキアの目の前へと迫っており、今まさに鋭い槍の切っ先を項垂れたラキアの首元に突き刺そうとしていた!
「――やらせない!!」
アカネはフレームがむき出しになった体の両側面から二本の太いワイヤーをラキアに向かって発射した――。
ワイヤーがラキアの体を縛り付ける――そして、鋭い槍が首元へ迫る瞬間――ラキアの体は宙に浮いてアカネの背中へと落ちた!
アカネは呆気に取られる大蛇の騎士とアルカの間を駆け抜ける! ――その刹那、アルカの背中がアカネに言った。
「頼んだぞ……アカネ……」
すでにアルカのマナスは尽きていた。 機械となりながらも仲間を守るために最後まで戦い続けたアルカの背中を後ろに見ながら、アカネは言った。
「――うん。 ありがとう、アルカ……みんな……忘れないよ。
サクラ……もう一度、アナタに会いたかった……」
――
その間、フリーグスが上空に浮き上がり、最後の攻撃を地上の蛇に食らわせようとしていた。 それは、イタチの最後っ屁のようなもので、地上の大蛇にはかすり傷程度しか与えられないものであった。 だが、フリーグスは最後の抵抗で体中の銃弾を地上の蛇共に食らわせようとしていた。
「食ら――え! ――!?
――」
……だが、フリーグスは最後の攻撃すら、地上の蛇に届かせる事が出来なかった……。
フリーグスが地上へ銃弾を発射しようとした刹那、フリーグスの体は真っ二つに切り裂かれ、空中で大爆発を起こしたのであった……。
この爆発にゼルナー達は皆反応しなかった。 いや、自分達の事が精いっぱいで反応する事が出来なかった。 ただ、唯一この爆発に反応したのは、何処かでスヤスヤと寝息を立てていたアラトロンであった。
『――!? むぅ! また、スカイ・ハイが来た!
……ちょっとでも空を飛ぶ者がいるとすぐこれだわ。 全く、煩わしい……。
……ふぁ……』
眠りを邪魔されたアラトロンが不満を言ったとおり、フリーグスは上空に飛び上がったせいで、『リリム=スカイ・ハイ』――つまり『ベトール』の標的となってしまった。
だが、フリーグスはベトールの手によって破壊された方が幸せだったのかもしれない……もし、フリーグスが地上へ落ちてしまったら、蛇の大群に鉄の欠片も残さずに食い尽くされていただろう。
もし、彼の亡骸――飛び散った金属の破片が少しでも残っていれば――
彼がこの世に意思を持って生きた証を、彼の願いがこもったその破片を、きっと誰かが拾ってくれる。
そして、仲間の為に、愛する者の為に散っていったその英雄の欠片を、きっと弔ってくれるはずだから……。
――
ナ・リディリからダカツの霧沼へ行くための出入口は、ダカツの霧沼の南――巨大なクレーターの底にある。 クレーターの周辺は全ての岩が崩れ去り砂漠のようになっていた。 高熱により小石が融解してガラスのようにキラキラと光った砂漠の様子からクレーターの周辺は『星の砂漠』と呼ばれていた。
このクレーターはマルアハ『ファレグ』が小隕石を落としたせいで出来たとマザーのデータベースに記録されている。 ファレグは現在、ここから遥か遠くにある『スネーの森』を住処にしている。 以前の記憶を失くし、ただ器械とショル・アボルを食らうだけの獰猛な怪物になってしまったとデータベースには記録されている。
そんな星の砂漠を、一人のゼルナーがナ・リディリへの出入口を目指してフラフラと歩いていた。
左腕を失くし、身に纏う蒼い鎧は胸のあたりが大きく破損して、機械の体がむき出しになっていた。
彼は右手にバイクのハンドルを持ち、片手で一生懸命赤いバイクを引いていた。
タイヤはパンクし、ホイールはひしゃげ、フレームは折れ曲がり、あちこちからオイルを垂れ流している赤いスポーツタイプのバイク……。 亀裂の入った二つのライトは、まだ薄っすらと点灯しており、まるでバイクを引くゼルナーの独り言に耳を傾けているようであった。
「――アカネ、アカネ! 頑張れ!
あと少しだ……あと少しでナ・リディリに着くぞ……」
赤いバイクに語り掛けるように呟くゼルナー。
だが、赤いバイクからは何も反応がない……。
「アカネ……アカネ!
みんな俺のせいで……壊れちまった……。
だから、アカネ! お前だけはせめて……お前だけは妹の下へ」
ゼルナーの足はもう棒のようになっており、膝も曲げられない。
ゼルナーは、ズルズルと星のような光を放つ砂に足を取られ、遂にはバイクと共に倒れてしまった。
「――アカネ! 大丈夫か!
……済まない……俺とした事が……
――さぁ、一緒に立ち上がろう!」
だが、赤いバイクはゼルナーの呼びかけには答えなかった……。
ゼルナーは気が付いた。
倒れたバイクは……薄っすらと光っていたライトも……
……もう、消えてしまっていたことに。
「……お、おい……。
ア……アカネ……?」
――ラキアは分かっていた。
アカネが決死の覚悟でラキアをあの沼地から救い出し、最後の力を振り絞って沼地を脱出した時には、すでにアカネの意思はマナスの消失と共に消え去ってしまっていた事を……。
そして、今ここに倒れているバイクは、ただの壊れた赤いバイクである事を……。
――
ラキアは朽ち果てたアカネの手を握っていた。
一日、二日――そして、一週間が経った。 ラキアは砂に埋もれながら、仲間との日々を繰り返し思い出していた。
――それから一カ月後、ラキアは偵察隊のゼルナーに砂に埋もれているところを発見された。 偵察隊の話ではラキアに寄り添うように赤いバイクが隣に埋もれており、ラキアはその壊れた赤いバイクのハンドルを握りしめていたとの事であった……。
ラキアのアニマにはまだマナスが残っていた。 だが、アニマに傷がついており、このままではマナスが分離して大爆発をしてしまう……。
ナ・リディリのゼルナー達は、このままラキアを放置してしまおうとしたが、マザーから二人をナ・リディリに連れ戻すように命令されて、仕方なくラキアと赤いバイクをナ・リディリへ連れて帰った。
――
――現在――
ライコウとヒツジ、そしてエンドルとその仲間二人の合計五人のパーティーは、奇抜な格好を道行く兵士に不審そうな目で見られながら、ナ・リディリの北端――『サナトリウム』へ来ていた。
エンドルの予想通り、サナトリウムでは看守がヒツジを一目するや否や厳かに敬礼をし、丁寧に地下へと案内してくれた。
サナトリウムの地下は、まるで核シェルターのような堅固な金属で造られていた。 換気は最悪で、腐敗したオイルの匂いや、排ガスのような匂い、硫黄の匂いなどが充満しており、エンドルなぞは中へ入るや否や、思わず吐き気をもよおした程であった。
そんな陰気臭い地下の最奥に、アラトロンと戦ったと言われているゼルナー『ラキア』が収容されていたのであった。
「おい、こりゃ! お主が『ラキア』か?」
まるで刑務所の独房のような鉄格子に目の前にして、奥にいるボロボロの器械に向かって言葉を投げるライコウ。 だが、ボロボロの器械はただ虚ろな瞳で下を見据えたまま、返事もなく、微動だにしなかった。
「まったく、何よん、コイツ!
器械が話しかけてるんだから、返事くらいしたらどうなのよん! ええっ!?」
威勢の良い声でがなり立てるエンドルを、慌てて宥めようとするソルテス。 そして、そのまま二人は言い争いを始めてしまった。
そんな二人のやり取りを、下を向いて聞いていた器械は、何だか妙な懐かしさを覚えて顔を上げる――すると、幻なのか赤いバイクと、全身が黒く光り輝いているゼルナーが言い争いをしている姿が目に映った。
「アカネ……フリーグス……」
ボソッと器械が口を出すと、エンドルとソルテスの言い争いがピタッと止まった。
「はぁ!? アンタ何か言ったん?」
エンドルは耳に手を当てて鉄格子へと近づいた。 すると、エンドルの言葉を無視してボロボロの器械が言葉を続けた。
「お前たち……。 アラトロンと戦うつもりか?」
突然の器械の言葉に、エンドルはソルテスの顔を見て、ソルテスはアロンの顔を見た。
すると、ライコウが首を振りながら、器械の問いに答えた。
「いや、ワシ等はアラトロンと戦う気など無い。 アラトロンを説得する事が目的じゃ」
器械はライコウの顔を見上げた。 そして「フフッ――」と微笑してまた下を向き、ライコウを冷たく突き放した。
「では、帰れ。 俺ではお前らの役にはたたん」
すると、ライコウは「まぁ、そう言うでない――」と言って、鉄格子越しにしゃがみ込み、器械と目線を合わせた。
「アラトロンを説得する事がどれ程の難度かお主も知っておるじゃろ、ラキアよ。 説得と言ったって、場合によっては彼奴を屈服させねば、彼奴は説得には応じんじゃろ。 つまり、説得する事は戦う事と殆ど同じかもしれん……」
ラキアは顔を上げてライコウの瞳を見つめた。 ライコウもまたラキアの瞳をまっすぐ見据え、話を続けた。
「――じゃが、戦うにしても、お主の仲間のカタキを取るつもりは無い。 そもそも、お主がアラトロンにケンカを売った事が原因じゃからの。
あ、いや……何もお主を責めておりゃせんぞ?
どの道、お主らが説得しようとしたとしても、結局、戦わざるを得なかったのかも知れんしのぅ。
――ただ、ワシ等はお主のように『ヨミノクロガネ』をアラトロンから奪って、アラトロンを破壊しようとは思っておらんという事だ」
ライコウが言った『ヨミノクロガネ』という言葉――その言葉に反応して、ラキアは大きく目を見開いた。
「おっ、お前……ヨミノクロガネを知って……?」
言葉に詰まりながらもラキアはライコウに疑念を投げるが、ライコウは首を横に振ってラキアの疑念を否定した。
「いや、ワシ等は言葉だけしか知らん。 お主も恐らくそうじゃろう?」
ライコウの指摘にラキアは何も答えなかった。 ラキアはその質問を無視するようにライコウがここへ来た目的を問い返した。
「……お前らがここへ来た理由は、つまり、アラトロンがどういう攻撃をするか知りたいという事か?」
ラキアの問いに、ライコウは再び首を横に振った。
「いや……確かにそれもある。 じゃが、最も知りたいことは、アラトロンという奴が、血も涙も無い無慈悲なバケモノじゃと、お主が感じたかどうかという事じゃ。
ワシ等が対峙するアラトロンがそんなバケモノであれば、説得しようなんていう考えは時間の無駄じゃ。
アラトロンと唯一会話したというお主なら、アラトロンの性質が少しでも分かるかもしれんと思ってな。
――なに、お主の直感でいいんじゃ。 アラトロンが説得など耳を貸さないバケモノかどうか、お主の考えを聞かせて欲しい――」
ラキアはライコウの瞳を見た。 それから、また下を向き、考え込むようにして瞳を閉じた。
「……奴は俺たちに『帰って』と言った。 それを俺たちが無視して結果……俺のせいで仲間を……失ってしまった。
……少なくとも、奴はいきなり攻撃してくる事は無かった。
その点、お前の推測が正しいかも知れない――奴は、説得に全く応じないタイプでは無いように思える……」
ラキアの言葉を聞いて、ライコウはニッコリと目を細めた。
「そうか、そうか! 休んでいたところに押しかけて済まんかったのぅ!」
そう言うと、ライコウは立ち上がり、隣でボーっとしていたヒツジの手を握った。
「――ん? ライコウ、もう帰るの?」
ヒツジがライコウに聞くと、ソルテスが驚いた様子で慌ててライコウを止めた。
「――ちょっと、ちょっと! まだ、アラトロンがどんな攻撃をしてくるか聞いてないじゃないですか! いくら、説得するだけって言ったって、なんか攻撃を仕掛けられでもしたら……」
すると、慌てふためいているソルテスを見たラキアが、唐突にアラトロンの情報を口走った。
「――アラトロンは大蛇の怪物を使役している。 その数は二十、三十……それ以上か。
そして、個体のマナスの量は『中』だ」
ラキアの衝撃的な発言は、エンドル、ソルテス、そしてアロンを慄然とさせた。
「ちゅう……中!? ふぇぇぇ――!? そんなマナスの量聞いて無いわよん!!」
ラキアの情報にすっかりビビり散らかしている三人を尻目に、ライコウは「――ふむ。 そうか、想定どおりじゃのぅ」と余裕の表情を浮かべていた。
ラキアはライコウに対しても、エンドル達と同じように面食らって慌てふためく表情を期待していた。 ところが、ライコウが泰然とした表情を浮かべた事に、逆に面食らってしまった。
「お、お前? 自信あるのか? あんな大量のバケモノ共を……倒せる自信が……?」
「自信も何も――お主。 マナスが『中』程度の敵に委縮しているようなら、マルアハを討伐しようなどと考えるものか」
ライコウの言葉にラキアは何かに気が付いたかのように目を見開き、そしてゆっくりと瞳を閉じながら微笑んだ。
「フフフ……。 確かにお前の言う通りだった。 あの蛇のバケモノ共が沼地から出現した時点で、何故『我々はアラトロンに勝つことなど出来ない』と悟る事が出来なかったのか……。
全ては、俺の判断ミス……もう取り返しがつかないがな……」
すると、ライコウはラキアの言葉を否定した。
「何、取り返しはつく!」
ライコウの言葉は、ラキアの顔に憤懣の影を走らせた。
「……何?」
(適当な事を抜かしやがって……!)
そんな言葉がありありと表情として浮かび上がったラキアに対し、ライコウは泰然としながら、話を続けた。
「……仲間を失った事はもちろんお主の致命的な失敗じゃ。 だが、お主と共に戦って散っていった仲間は、何故、お主を逃がしたんじゃ?
お主の失敗のせいで、己が危険に晒されたにも関わらず、じゃ」
ライコウはそう言うと、再び腰を降ろし、項垂れているラキアを睨みつけた。
「のう、ラキアよ……。 お主、少し甘えておるのではないか?」
ライコウの辛辣な言葉に思わず顔を上げたラキア。
「甘え……?」
先ほどまでのラキアの憤怒の表情は消え去り、内側から針を刺されたかのような鈍い痛みを胸に感じていた。
「お主の仲間達が、お主に仇討ちを期待してお主を逃がしたとは思わん。 そんな低俗な理由ではない事はワシにも分かっておる。
お主の仲間達は、お主に自分たちの未来を託したんじゃ――」
ラキアはライコウの瞳を見据えたままだ。 だが、先ほどまでの表情とは違い、仲間が信頼を寄せたあの凛々しいラキアの顔に戻りつつあった。
「アイツ等の未来を……俺に?」
ライコウはラキアの顔を見て確信した。 「コイツはまだ腐っていない」と――。
ライコウはおもむろに立ち上がり、何を思ったのかいきなり、左手で鉄格子を掴んだ。
――そして、鉄格子を思い切り引っ張り、片手で鉄格子の扉ごと破壊してしまった。
「な、何やってんの!? ライコウ?」
橙色の光を点滅させて叫ぶヒツジを尻目に、ライコウは平然とラキアの傍へ近づいて、座り込んだ。
突然のライコウの行動に目を白黒させているラキアに対し、ライコウはポンッとラキアの肩を叩いた。
「マルアハを倒し、ワシ等の地上を取り戻すんじゃ! お主なら仲間の期待に応えられる!」
ライコウの励ましに、一瞬胸が熱くなったラキアであったが、すぐにまたあの恐るべき惨状を思い出して、再び暗澹たる表情へと戻った。
「……し、しかし……もはや俺はアニマに……」
ライコウはラキアの言葉を遮り、今度はラキアの頭をペシンとはたいた。
「バカ者! じゃから、アラトロンの協力を得るんじゃろうが。
アラトロンはアニマを修復できると聞いておる。 お主はそんな事も知らずにアラトロンに戦いを挑もうとしておったのか?
……まったく……これじゃ、猶更お主は仲間の為に戦わなきゃならんのぅ」
ラキアだけではない。 エンドル、ソルテス、アロンの三人も、アラトロンがアニマを修復できるなど聞いたことがなかった。 ヒツジはもちろんライコウと同じく、アラトロンがアニマを修復できる事を知っていた。
「……その話、本当なのん?」
エンドルが疑いの目をライコウに向けると、ライコウがすかさずエンドルの疑念を否定しにかかる――。
「――アホ! 当たり前じゃ! ワシは製造されてから今までウソを付いた事など無いんじゃ!」
もはや、その言葉自体がウソであるライコウの啖呵に、エンドルが頬を膨らませて何か言い返している。 ラキアがその様子を見ていると、かつて、アカネを中心に仲間達が口喧嘩を始めている微笑ましい光景が目の前に浮かんできた。
「ふふ、ハハハ!!」
ラキアはライコウとエンドルの口喧嘩を見て、心の底から笑ってしまった。
こんなに笑ったのは、三年ぶりだ。 あの時以来、後悔と懺悔、そして諦めの感情しかなかったラキアは、久しぶりに前向きに未来へと目を向ける事が出来たのであった。
「お前、ライコウと言ったか。 確かに、お前の言う通りだ。 俺は今まで自分自身に甘えていた。 仲間の期待を裏切り続けていたのだ。
だが、俺はもうアイツ等の期待を裏切りたくない!
だから、お前に一つ頼みがある――。
アラトロンを俺の前へ連れて来て、この俺のアニマを治して欲しい。
そうすれば、俺は再びゼルナーとなって、今度は皆の為――
――いや――
ライコウ、お前の為にこの身を捧げよう!」
ラキアはライコウの瞳をまっすぐに見つめていた。 その表情は、ナ・リディリで喝采を浴びていた時のラキアの顔であり、ライコウが必ず自分の願いをかなえてくれるという自信に満ちた表情であった。
ライコウはラキアの表情を見て頷いた。 そして、ラキアの右手を持ちあげて、握手を促した。
「――約束するぞ! ワシが必ずお主の下にアラトロンを連れて来る!」
そう言って、ライコウはラキアと固い握手を交わしたのであった。
――
ライコウ、ヒツジ、エンドル、ソルテス、アロン――彼ら五人は、ナ・リディリの北の出入口であるクレーターの底から地上へ立ち、星の砂漠を抜けて湿地帯を歩いていた。
そして、湿地帯の先にはあの気味の悪い紫色の濃い霧が立ち込める沼地が侵入者を待ち構えていた。
「って言うか……何で、あの霧の中ってあんな紫色なのよん! まるで、あそこだけ『別世界』のようじゃないん?」
気味悪そうに顔をしかめながら、沼地に漂う霧を見つめるエンドル。
ライコウはエンドルの言葉を聞き流し、ソルテスとアロンに細かい指示を出していた。
「ソルテス、アロン。 お主たちはエンドルと一緒にワシとヒツジの後ろに固まっておれ! いいか、絶対単独で行動してはいかんぞ!」
アロンはライコウの言葉に「アイ、アイ、サー!」と叫んで、真面目なのか茶化しているのか分からない返事をした。
その様子を複雑な表情をしながら首を傾げるライコウに、ソルテスが不安をぶつけた。
「でも、固まっていたら何か危険があった時にマズイんじゃ……? 爆弾でも飛んできたら、みんな一緒にオダブツって事もありえますが……」
ソルテスの不安にライコウが答える――。
「そりゃ、お主。 味方が一個大隊などであれば、お主の忠告もわかるが、ワシ等はたった五人しかおらんのじゃぞ。 しかも、ワシとヒツジを除けば、マナスが中程度の敵でも歯が立たん始末じゃ。
しかも、そんな敵がワシ等よりも何十倍の数で襲って来るかもしれんのじゃぞ。
お主らはワシとヒツジの後ろでワシ等を援護しながら、出来るだけ三人で身を守る方が、一番生存率が高いのではないか?」
ライコウの説明にソルテスは納得せざるを得ない様子で、しぶしぶ頷いた。
エンドルはライコウ達の話を全く聞いていない様子で、一人でデバイスを起動して、霧の中を何とか覗けないか四苦八苦していた。
「うーん。 ここからじゃ、デバイスでは『不明』としか出てこないわん。 やっぱり、突入するしかないのかしらん? うーん……」
すると、ライコウが「いや、突入せんでも、もし霧の中にアラトロンがおるなら、ここから大声で叫べば、アラトロンに聞こえるかも知れん」と言って――
突然、耳の劈くような大声でアラトロンを呼んだ!
「おーい!! アラトロンよ!! お主、ワシ等の仲間にならんか!?」
皆、耳を塞ぎながらライコウが叫んだ反応を見る――。
「……」
ライコウの大声は空しく響き、やがて消えて行った。
「……何にも起きないわねん……」
すると、ヒツジがラキアとの話を思い出して、黄色い目を点滅させながら言った。
「あっ、そういえば。 アラトロンの声が聞こえて来たのは霧の中に入った後だって言ってたな。 やっぱり、霧の中に少しでも入んないといけないんじゃないの?」
ヒツジの意見に対し、エンドル、ソルテス、アロンの三人は露骨に嫌な顔をした。
ライコウはその様子を見ながら、呆れた表情で三人を窘めた。
「……あのなぁ、お主ら……ピクニックに来た訳じゃないんじゃぞ!
ワシ等には『エクイテス』にいた偉いゼルナーが開発した『反重力装置』なる足裏シートがあるではないか! コイツがあれば、あんなヘドロみたいな沼地など、チョチョイのチョイで飛ぶようにして移動できるんじゃから、そんなにブーブー言う程でもないじゃろう」
「――何も、ブーブーは言ってないじゃないん!」
エンドルはライコウの苦言に反発しながら、ライコウが手に持っていたシート状の機械を奪い取り、自分のブーツの裏にペタンと張り付けた。
そして、エンドルに続いて、全員靴の裏にその『反重力装置』なるものを貼りつけると、数センチ体が浮遊して、重力を感じなくなった。
「コイツはのぅ……エクイテスの『なんちゃら』っていう猫型のゼルナーが開発したものじゃ。 お主らも感謝して使うんじゃぞ」
名前も満足に覚えていないライコウに、ヒツジが白い瞳を光らせて「また、適当な事言って……」とため息交じりに呆れた声を出した。
すると――
『フフフ……』
五人の耳元で囁くかのように誰かの笑い声が聞こえて来た……。
「「「――うぇぇ!! 何、何、ナニィ!?」」」
エンドルとソルテス、アロンの三人は急に耳元で囁いて来た声に恐れおののき、バタバタとライコウの背中へと隠れた。
ライコウはこの声がアラトロンで間違いないと確信し、アラトロンに呼び掛けるように叫んだ。
「おーい、アラトロンよ! 何がそんなに楽しいんじゃ?」
ライコウの声にアラトロンは『……ふふ。 アナタの話し方、好きだわ』と答えた。
「そうかぁ! それじゃ、ワシはお主ともっと話がしたいから、お主の姿を見せてくれんかのぅ!」
『イヤ……』
ライコウの誘いの言葉に即答で拒否をするアラトロン。 すると、ライコウは諦めずさらにアラトロンと言葉を交わす――。
「うーん。 それでは、アラトロンよ! どうすれば、お主はワシに姿を見せてくれるんじゃ?」
ライコウの問いにアラトロンは『……むぅ……』と呟き、ひとしきり考えた後、思わぬ事を提案した。
『……それじゃ、アナタが私のゴーレムに勝ったら会ってあげる』
アラトロンはそう言うと、呪文のような言葉を唱えた。
すると、紫色の濃い霧が立ち込める沼地の中から、蛇の化け物達がノソノソとライコウ達のいる湿地帯へと這い出てきた!
「「「ひぃぃぃ――!!」」」
五味一体の人の形をした大蛇のあまりの気持ち悪さに、エンドル達は悲鳴を上げてライコウの影に再び隠れた。
「おし、お主ら! それで良い、そのまま隠れてろ!! 念の為、例のモノも準備しておくのじゃぞ!」
すると、ヒツジが「ライコウ! ボクは――?」と聞くと、ライコウは「お主はまだ大丈夫じゃ――ワシだけで構わん!」と言って、背中の鞘から剣を抜きだし、右手で構えた。
『ふふふ……。 アナタ一人でゴーレム達を相手にするつもり?』
アラトロンの嘲りの交じった含み笑いに、ニヤリとした笑顔を返すライコウ。
人型の騎士のような大蛇の集合体は、恐らく二十体はいるだろうか……。
ライコウは右手で持っていた剣を左手に持ち替えた。 大蛇の集合体は波のように横に広がりながら、五人を目掛けて滑るように突進してくる。
ライコウはその蛇たちを睨みながら「フンッ!!」と左腕に力を入れた。
すると、剣を持つ白いグローブから凄まじい電流が走り、その電流は剣先まで一気に遡上して剣全体を高圧の電流で覆い尽くした。
『――むぅ?』
ライコウの様子を見て、不審そうな声を上げるアラトロン。
すると、ライコウは右足に重心を掛けて剣を水平に構え、まるで居合抜きのような態勢になった。
そして、ライコウが剣を動かした瞬間――。
凄まじい雷鳴と共に、全ての大蛇の怪物は真っ二つに切り離された。
そして、大蛇が這い出て来た紫色の霧も水平な切り口が刻まれ、ゴロゴロと稲光を発しながらゆっくりと閉じていった。
「「「――ウソッ!?」」」
ライコウの背後に隠れていた三人は、ライコウの様子を見て、口を揃えて驚愕の声を上げた。
一瞬で大蛇たちを真っ二つにされたアラトロンは『むむむ……』と言ったきり、言葉を出さなくなった。
「すまんのぅ、アラトロンよ……」
ライコウが剣を鞘に納めながら、何故かアラトロンに詫びを入れた。
『……!? 何故、謝るの?』
アラトロンの問いに、ライコウは大蛇の死体を撫でながら言った。
「お主が折角生み出した子をのぉ、やむを得ないとは言え、こう簡単に殺してしまうのはいたたまれないのじゃ」
もちろん、ライコウの言葉は本心では無かった。 アラトロンに興味を引かせる為の方便であった。 すると、アラトロンはライコウの目論見通り、ライコウに興味を持った。 アラトロンは今まで、自分が造ったゴーレムにそんな言葉をかける者など見たことがなかったからである。
『……アナタ、やっぱり面白いわ……』
――アラトロンが、そう言った次の瞬間――
ライコウ達五人のデバイスが強制起動して、フィールドが真っ赤な色に包まれた!
ライコウのフィールド内には、けたたましい警告音が鳴り響き、大きな赤文字で『危険――』という文字が飛び込んで来た!
『!!危険!! リリム=イナ・フォグ 個 11.889904,-62.351076 ……真素計測不能……警告:アマノシロガネ……無……速やかな退避を勧告……エラーコード:1E00F:1100E……』