別れ
「フォグさん――! そっちは大丈夫ですか!」
クロヒョウの姿となったミヨシは蛇となった尻尾から吐き出される青白い火炎で周囲の敵を焼き焦がしながら、イナ・フォグに向かって叫んだ。
「――大丈夫よ! アルが召喚した化身は消滅したけど、フリーズ・アウトは大分マナスを――!
――キャッ!!」
イナ・フォグはミヨシの呼びかけに答えたものの、ミヨシの声に意識を向けていられる状況ではないようだ。
――ミヨシはライコウ率いるディ・リターの第二部隊と共に戦っていた。 蛇の尻尾から吐き出す火炎は熱を感じない不思議な炎であったが、触れる者をたちまち猛火に包んで焼き尽くす。 雪原で死んでいった生物が合成された巨大な怪物の攻撃も、ライコウよりも素早い身のこなしでヒョイと躱した。
一方、ライコウは磁場の影響で剣が思うように振れず、電流も意図した方向へ流れずに防戦一方となっていた。
だが、ライコウの代りにエンドル、ソルテス、アロンが思いがけない活躍をしていた。 死霊と成り果てた器械達の多くを破壊し、ゾウのような太い鼻を振り回して暴れ狂う怪物に粘着弾を撃ち込んで動きを鈍らせ、ミヨシを援護している。
怪物よりも背の高いペイル・ライダーは、地上に蔓延る器械のゾンビをガトリングガンで掃討しながら、時折フルが放つバグズ・マキナに注意を向けていた。 上空には相変わらず雹の礫が、マザーが覆った虹色の防壁を突き抜けて地上へ降り注いでいた。
シビュラはペイル・ライダーの肩に乗りながら、物体に触れると爆発する暗黒子を纏った粒子を飛散させ、砲弾のような雹の攻撃から皆を護ろうとしていた。 暗黒の影に触れた雹は空中で次々と破壊されたが、膨大な数の礫を全て防ぐことは出来ず、第二部隊のゼルナー達の身体を貫き、彼らは断末魔の叫びを残して爆散して行った……。
この光景はライコウの部隊だけでなく、アセナとレグルスの部隊でも同じであった。 大雪原の所々でゼルナー達の命の炎が火柱を上げて燃え上がる光景は酸鼻を極め、兵達は自分達の身を護る事が精一杯だった。 こんな状況ではとてもフルと戦うイナ・フォグを援護する事など出来なかった。
「――ライコウ様、こんな奥で戦っていては危険です! 北へ引き返して敵を迎え撃ちましょう!」
ライコウの背後から突然、コヨミの声が聞こえて来た。
「――コヨミ! 何故、此処へ来た!?」
ライコウが慌てて振り向くと、コヨミはレーザー銃で空から落ちて来る巨大な雹を打ち砕いていた。
「ラヴィさんから、ホントはレーザー銃が有効なんだと聞いて安心しました♪ まったく、いままでの苦労は一体何だったんですかねぇ」
コヨミはライコウの問いに答えずに、彼の手を掴むと一緒に走り出した。
「――ちょっ、コヨミ!?」
『――南の崖からまた雪崩が起きる気配がします! 皆さんも早く引き返してください!』
コヨミはライコウの手を引きながら、デバイスで皆に呼びかけた。 そして、デバイスをユニキャストに切り替えるとライコウだけに自身の想いを吐露した。
『……ライコウ様、ゴメンなさい。 ウチはやっぱり皆と一緒に戦いたくって……』
(コヨミは輸送部隊からコッソリ抜け出した後、氷山の渓谷を越えて雪原へ出ていた。 皆のデバイスを傍受して戦況を確認していたコヨミは、ラヴィから全軍へ伝達されたフルの能力を聞いて、自分の武器であるジェミニガンというレーザー銃が実は戦いに有効である事を初めて知った。
レーザーは磁場の影響ではなく、フルが使用する重力波の影響で捻じ曲がるのだと分かったコヨミは『氷柱の森林』の方から再び大きな雪崩が起きつつある事を察知し、意を決しライコウの下へ駆けつけたのであった)
「……いや、謝る事は無いさ。 勇気を出して良くここまで来てくれた」
コヨミに手を引っ張られていたライコウは、レガースに内蔵されている加速装置を使用して逆にコヨミへ接近すると、そのままコヨミを抱きかかえた。
「わわぁ――!? ライコウ様、ウチはもう大丈夫ですから!」
ライコウに抱えられたコヨミは顔を赤くして腕から離れようとする――。 ライコウはそんなコヨミを腕から離さずに、仲間達にアイズ・ゲノムへ続く氷山の麓を目指して退却するように呼び掛けた。
『コヨミの言うとおり、再び雪崩が来るぞ! 急いで退却しろ!』
ライコウの呼びかけに、第二部隊の兵達は一斉に退却を始める。
「雪崩が来るなら丁度良いみたい……」
ペイル・ライダーの背中に乗って巨大な怪物と戦っていたシビュラは、弟子のエンドルにデバイスで声を掛けた。
『エンドル――!』
エンドルはシビュラから少し離れた場所で、ソルテス、アロンと共に粘着弾で怪物の動きを止めていた。
『――お師匠様、こんな忙しい時になんですのん!?』
『貴方は退却せずに私と此処へ残りなさい!』
シビュラの命令にエンドルは呆気にとられた。
『はぁぁぁ――!? 何言ってるのん!? これから雪崩が来るって言ってたじゃありませんか!』
シビュラはエンドルの文句に耳を貸さずに一方的に話を続ける……。
『ペイル・ライダーの砲撃で雪崩を誘発させて、この化け物を巻き込むみたい。
貴方は冷凍弾を使用して怪物を凍らせておきなさい』
シビュラの無茶な作戦にエンドルは顔を真っ赤にして怒鳴った。
『ええぇぇ!? お師匠様、何勝手なこと言ってるのん! 私も一緒に雪崩に巻き込まれるじゃないのん!』
雪崩を引き起こせば、ペイル・ライダーとシビュラはともかく、エンドルは無事では済まない。 だが、シビュラはエンドルを犠牲にするつもりなど毛頭無かった。
『――大丈夫! 可愛い弟子を雪の中へ閉じ込める訳ないみたい。 私を信じなさい!』
エンドルとシビュラが会話している間に、アロンとソルテスは仲間と共にそそくさと退却して行った。 第二部隊はライコウの背中を追って皆退却を始めていた。
「ええぃ! もう、破れかぶれよん――!」
今までだったらシビュラの命令を無視して遁走していただろうエンドルであったが、ライコウ達と共に過ごした事による心境の変化と、武器を盗んだにもかかわらず咎める事もしなかったシビュラの優しさが彼女を踏みとどまらせた。
エンドルは自身のアニマからありったけのマナスを抽出して杖を持つ右手へ集中し、手の平から杖にマナスを移動させた。 首の無い一つ目の怪物は壁のようにエンドルの正面に立ちはだかると、胴体に開いた機械の穴から灼熱の炎を噴射しようとした。
「――バーカ! こっちの方が速いわん!」
怪物が炎を噴射しようとした瞬間、エンドルの杖から凄まじい冷気が吹き上がる――。
冷気はあっという間に巨大な怪物を包み込み、四本足の奇怪な獣は『ピキ、ピキ』と音を立てながらみるみる凍り付いて行った。
すると、怪物の巨体がふわりと宙に浮き、まるで金縛りにかかったかのように怪物は宙に浮いたまま静止した!
エンドルは自分が放った冷気で何故、怪物が宙に浮いたのか良く分からなかったが、コチコチに固まった怪物見て、今なら化け物の身体を衝撃によって木っ端みじんに砕く事が出来ると考え、ペイル・ライダーに偉そうな指示を送った。
「ペイル・ライター、今よん! このバカに大砲をぶっ放しなさいん!」
ところが、ペイル・ライダーはエンドルの命令が聞こえていなかったのか、クルリと踵を返すや否や、なんと氷柱の森林目掛けて51センチ大砲をぶっ放した――!
『うぇぇ――!? アンタ、何て事をしてくれてんのん!!』
爆音を鳴らしながら坂を駆けあがり、氷柱をなぎ倒していく砲弾は、グレイプ・ニクロムで生成された聳え立つ崖に着弾すると、凄まじい轟音を響かせてキノコ雲を上げた。 爆発の衝撃は崖の上に降り積もった大量の雪を一斉に振るい落とす。 幾層にも及ぶ雪は氷柱の森の急斜面を滑り落ち、予想通り大規模な雪崩を再び引き起こした。
『ギャー! お師匠様の嘘つきぃぃ――!!』
津波のような雪崩がエンドルへ迫り、身動きの取れない怪物を飲み込んで行く! エンドルは慌てて逃げようとするが、雪に足を取られて思うように逃げられず、彼女の背中には雪崩の大壁が迫った――。
『ギャァァ、今までゴメンなさい! 私が悪かったわん、許してぇぇ!』
雪崩に追いかけられながら、過去の悪行を走馬灯のように思い出すエンドル……。 しかし、贖罪もすでに遅し……無慈悲にも雪崩は彼女を飲み込もうと激しく雪煙を上げた。
「あぁぁ――! もう、ダメ! 死ぬぅ――!
……
……えっ?」
エンドルは自分の身体がフワリと宙に浮いたように感じ、思わず上を見上げた。
「――ギャァァ! ……って、アンタ飛べたのん!?」
エンドルは巨大な機械が目に映って反射的に悲鳴を上げたが、すぐにそれがペイル・ライダーだと分かった。
空を飛んだペイル・ライダーは雪崩から逃げるエンドルを拾い上げて、雪崩を回避したのであった。
ペイル・ライダーの腕に装備されているガトリングガンにしがみついたエンドルがさらに上を見上げると、肩の上にシビュラが乗っている姿が目に映った。
「――エンドル! 貴方、何の為に私が暗黒子を格納した杖を上げたと思っているの! 反重力装置にマナスを結合させれば、空を飛ぶことは造作も無かったはず!」
シビュラはエンドルが杖の力を使って空を飛んで雪崩を回避するものだと思っていたようだ。 ところが、不肖の弟子はそんな事思いも付かずに、絶望的な足の遅さで雪崩から逃げようと走ったので、シビュラが仕方なく救出したのであった……。
「ふぇぇ、そんな事言ったってん……。 それより、ライコウ達は無事かしらん。 雪崩に巻き込まれてなきゃいいけど……」
エンドルが空から雪原を見渡すと、ライコウ達はすでに雪原の中央まで移動していた。 幸い、雪崩はライコウ達がいる場所には届かないようだ。
「うん――? あれは――!?」
ところが、一人のゼルナーがまだ氷柱の森林付近に取り残されていた。 そのゼルナーはまさに雪崩に巻き込まれる寸前で、背後から迫る雪の大波から必死に逃げようとしていた。
「あぁ! アイツ、逃げ遅れてるわん!」
エンドルが慌ててシビュラを見て、どうするべきか目で訴えた。 エンドルはシビュラが逃げ遅れたゼルナーを助けるだろうと思って、再び自分の身が危険に晒される事を恐れたが、意外な事にシビュラは雪崩から逃げているゼルナーを見下ろしたまま、助ける素振りを見せなかった。
「あれだけライコウが撤退するように呼び掛けておきながら、逃げ遅れるだなんて……。 戦場では自分の身は自分で守る事が原則。 放っておくみたい」
シビュラは無慈悲にそう吐き捨てた。 エンドルはシビュラの冷酷な様子に青い顔をしながら黙ってしまった……。
二人はペイル・ライダーに乗ったまま遥か先に見える閃光を放っている黒い雲に向かって飛んで行った。
――
雪崩から逃げ遅れたゼルナーは、銀色の毛並みをした猫型ゼルナーであった。 彼女は針山のような森から湧き出る器械達のゾンビの中から、かつて自分の仲間であった者を発見した。 その変わり果てた仲間の姿に動揺してしまったせいで、ライコウの呼びかけを聞いていなかったのである。
結局、彼女はかつての仲間を自分の手で破壊した。 だが、破壊する時に躊躇してしまった事も重なって、気付いた時には目の前に雪崩が迫ってきていた状況であった。
「チクショウ! アタシゃまだ逝けないよ!」
彼女は先ほどの戦いで足裏の肉球に仕込んでいた反重力装置が故障してしまっていた。 雪に足を取られて思うように逃げる事が出来ない彼女は、ついに雪の大波に飲み込まれた――!
「グァァァ――! ヤツを倒すまではアタシゃ死ねないんだ!」
大雪の波から銃を持った腕を必死に伸ばす猫型ゼルナー。
――すると、彼女の腕は何者かに引っ張られ、身体がフワリと宙を舞った。
「な、何だ――!?」
猫型ゼルナーの腕を引っ張ったのはミヨシであった。
――ミヨシは猫型ゼルナーが雪崩に巻き込まれている様子を発見すると、凄まじい跳躍力で彼女目掛けてジャンプし、腕を咥えた。 すると、何処からともなく現れたセンがミヨシを両手で抱え、猫型ゼルナーを雪崩から引きずり出したのであった――。
センは二人を抱えてまま空を飛び、雪崩が及ばない雪原の中央で二人を降ろした。
間一髪のところでミヨシとセンに助けられた猫型ゼルナー。 彼女は谷のようになっている氷山の手前に位置する窪地へ降ろされて、ミヨシと対面した。
「……」
ミヨシは困惑した様子で赤い瞳を瞬かせながら、猫型ゼルナーの顔を黙って見つめている。 猫型ゼルナーもミヨシの顔を見据えながら黙りこくっていた。
「むむ……。 貴方達は一体何をやっているのでありますか!」
この微妙な空気に堪り兼ねたのか、センが二人の間に割って入った。 そして、冷然とした態度を崩さない猫型ゼルナーに向かって文句を言った。
「ちょっと、貴方! ヒトが命懸けで助けてあげたっていうのに、礼の一つも言わないんでありますか!?」
センの非難に猫型ゼルナーは『パン、パン』と毛に付着した雪を払い「フンッ!」と一声吐き捨てると、センを無視してミヨシの方へ顔を向けた。 すると、自分が助けてもらったにもかかわらず、傲慢にもミヨシの行動を批判し出した……。
「この大バカ者! 危険を冒してまで他人を助けようとするなんて! お前さんはまだ戦場を知らない甘ったれの小娘だね!」
ミヨシは別に猫型ゼルナーを助けたことに感謝してもらいたいとは思ってなかったが、さすがに理不尽な難癖をつけられた事に腹を立てたのか、耳を伏せて彼女の罵声に反論した。
「な、何を言ってるんです……。 アタチが助けなかったら貴方は壊れていたんですよ?」
腹を立てたとはいえ、何故かミヨシは猫型ゼルナーに対して窘めるように優しく言葉を投げただけだった……。 本当は怒鳴り散らして怒りを表明したかったところであったが、彼女の青い瞳を見つめると、どういう訳か控えめな言い方になってしまったのだ……。
一方、センは猫型ゼルナーの言いがかりに顔を赤くし、機械の翼をバタつかせて拳を上げていた。
「ぬぅぅ、なんて恩知らずな奴なんでありますか! 貴方みたいなゼルナーはマザーに言いつけてお仕置きして頂くのであります!」
プンプンと怒るセンを冷たい目で一瞥した猫型ゼルナーは、センの言葉をワザと無視するかのように何も答えずにプイッと再びミヨシの方に顔を向けた。
「くぅぅ、ヒトの事を馬鹿にしてっ! ミヨシさん! こんな奴、雪の中にでも埋めてやりましょう!」
歯ぎしりをするセンを横目に、ミヨシは猫型ゼルナーの青い目を再び見つめた。 彼女は先ほどの辛辣な言葉とは対照的に、優し気な眼差しをミヨシに向けていた。
「……いいかい? 戦場では仲間を助けようとするよりも、まず自分が生き抜く事を考えなければダメなんだ」
猫型ゼルナーはまるでミヨシを諭すかのような口調でさらに言葉を続けた。
「――アタシ達が一体何の為に戦っているのかを忘れてはいけないよ。 アタシ達は仲間の為に戦っている訳じゃない。 器械達の未来の為、マザーの為に戦っている。 もし、お前さんが仲間を助けようとして死んでしまったら、その時点でお前さんは与えられた任務を失敗した事になる――つまり、戦いに敗れた事になるんだ。
だから、アタシ達は生き抜いて……生き抜いて、戦い続けなければならないんだ。 与えられた任務を成就させるまで」
ミヨシは猫型ゼルナーの理屈を理解する事が出来なかった。 いや、理解はしたものの到底納得できる理屈ではなかった。
ミヨシは尻尾を逆立てて、猫型ゼルナーの意見に不満を示した。
「だからって、今にも死にそうな仲間を放ってアタチだけ逃げろというんですか!?」
「――そうさ」
「――!!」
ミヨシの言葉を即座に否定した猫型ゼルナーにミヨシは言葉を失って、怒りを露わにした。 そんなミヨシの様子を猫型ゼルナーは眇目すると、薄っすらと笑みを浮かべた。
「フッ……まぁ、お前さんが甘ったれた小娘だというのは良く解った。 ……なに、お前さんが悪いんじゃない。
お前さんを育てた“親”が悪いんだね」
猫型ゼルナーの言葉は、さらにミヨシの感情を逆撫でした。
「――バッちゃんの悪口を言うな!!」
ミヨシが赤い目を見開いて牙を剥くと、尻尾が再び黒蛇の形と成した。 蛇の尻尾はムチのようにしなりながら舌を出して猫型ゼルナーを威嚇した。
「……」
猫型ゼルナーはまるで怪物のように変貌したミヨシを見ると、一瞬悲し気な眼差しを向けた。 しかし、すぐにまた太々しい態度に戻り、手に持っていたレーザー銃を肩に担いだ。
「……そうかい、そりゃ、済まなかったねぇ。 だがね、親を馬鹿にされるのがイヤなら、お前さんがこの戦いに勝つことさ。
そしたら、誰もお前さんの親を馬鹿にする者は居ないさ」
猫型ゼルナーはそう言うと、ミヨシに修理してもらった足元の反重力装置を稼働させて雪の上から少し足を浮かした。 そして、ミヨシとセンが見つめている中で、先に退却して行ったライコウ達を追って雪上を滑る様に走り去った。
「……ミヨシさん、アイツは貴方の知り合いなんでありますか?」
不満そうな様子で腕を組んで、遠ざかる猫型ゼルナーの背中を睨んでいるセン。 彼女の問いに、ミヨシは困惑した顔を浮かべながら「うぅん……」と曖昧な返事を返した。
「まぁ、知り合いだから貴方はアイツを助けたんでしょうけど、自分はあんな恩知らずな奴は気に入らないであります。
アイツはきっと悪いヤツであります。 ミヨシさんも、自分のようにもっとヒトを見る目を養った方が良いと思うのであります」
センは偉そうに僭越な言葉をミヨシに吐くと、デバイスのフィールドを展開させてエクイテスの第二部隊の様子を確認した。 第二部隊はレグルスが隊長を務める部隊である。 彼らは現在、上空にいるイナ・フォグの援護射撃を行っていた。
「……全く、地上から幾らフルを狙ったところでカスリもしないのに……。 弾薬の無駄であります……」
フィールドに映し出される第二部隊の様子を呆れた顔で眺めるセン。
「ミヨシさん、自分はレグルス達を助けに行くであります。 貴方はライコウ殿を追って、氷山の麓で敵を迎え撃ってください」
「えっ――!? だって、センさんは戦いに参加しないで補助に回るって……」
ミヨシはセンから「マザーの命令により戦いに参加する事が出来ない」旨を聞かされていた。
「……ホントは自分だって、マザーのご命令に背く事はしたくないのであります!
でも……」
センはそう言うと頬を染めてモジモジし出した……。
「――ハッ! ミヨシさん、貴方は自分に何を言わそうとしているのでありますか!」
自分で勝手にモジモジしたかと思うと、急に慌て出してミヨシに文句をいうセン。 呆気に取られて口を開けているミヨシを尻目に、センは機械の翼を羽ばたかせて空へ舞い上がった。
「――そう言う事でありますから、貴方はアラトロンの言いつけ通り、ライコウ殿をお守り下さい!」
センはそう言い残すと「バヒュン!」と音を立てて、吹雪が渦巻く黒い空の中へ消えて行った……。
「あっ! ちょっと、センさん! アタチを置いて行かないで下さい!」
ミヨシはセンの事を心配したのか、ライコウの許へは戻らずにセンの後を追った。
――
ラヴィが召喚した『深紅の女王』は徐々に身体が透明になって行き、やがて消滅した。 フルは“外の世界の者の化身”という予想外の強敵に手こずり、想像以上にマナスを減らした。
――フルは焦燥に駆られていた。 このままマナスを減らし、アストラル体へ変化してしまえば意識を失ってしまう……。 一分一秒でも早くイナ・フォグを退けて休息しなければならない。 その為にはマナスを消費する強力なスキルを使用して、敵を殲滅しなければならない。 それはフルにとって矛盾する選択であった。 しかし、フルはスキルを使用しなければイナ・フォグと器械達の連合軍を退ける事が出来ないと踏んでいたのである。
一方、イナ・フォグはもちろんフルが焦っている事を見抜いていた。 そして、毒に冒されたフルが全力で自分を破壊しにかかると予想していたのである。
だが、フルと正面からやり合えば、自分もマナスを消費してアストラル体へ変貌する危険が高まる。 その為、イナ・フォグは自分からフルを攻撃せず、フルと一定の距離を保っていた。 フルがスキルを使用する兆候を見せれば一瞬で間合いを詰めて邪魔をし、また少し距離を離した。
フルはスキルを使用する時に『ヴォーチェ・マギカ』と呼ばれる呪文を吐いた。 この呪文を紡いでいる間、フルの動きは一瞬止まる。 イナ・フォグは極限の集中力でその隙を逃さずに、フルが呪文を呟く瞬間を邪魔出来るくらいの距離で注意深く戦っていたのである。
(因みに、このヴォーチェ・マギカという呪文は“言霊”とも呼ばれており、呪文を唱える事によって“外の世界の者”の力を利用したり、“外の世界の者”の化身を召喚したりする事が出来る呪術である。
つまり、マルアハ達が使用するスキルという能力は“外の世界の者”と呼ばれる神々を召喚する召喚魔法みたいなものなのだ。 その意味ではマルアハと同じく“外の世界の者”を召喚出来るラヴィやアザリアと変わらない。 しかし、マルアハ達は二人と違って長々とした呪文を唱えずとも、ヴォーチェ・マギカを言葉に出せばすぐに“外の世界の者”の力を利用する事が出来た。 その為、マルアハ達の方がスキルを使用する時の隙が少なく、能力としては優れていた。
さらに、マルアハ達はヴォーチェ・マギカを唱えずとも“外の世界の者”の力を利用する事も出来た。 “外の世界の者”をイメージするだけで、言葉に出さずともその者の能力を利用出来たのである。 だが、ヴォーチェ・マギカを唱えずにスキルを使用すると、その見返りとして大量のマナスを消費する。 ただでさえ、オフィエルの毒によって常に体内の損傷を修復し続けているフルにとっては出来るだけマナスの消費を抑えたい為に、スキルを使用する時はヴォーチェ・マギカを吐く必要があった。
また、ヴォーチェ・マギカを口に出そうが出さまいが、スキルを使用する時には必ず“外の世界に者”に向けて意識を集中させなければならなかった。 その為、ほんの僅かな間であるが、スキルを使用する瞬間は身体が硬直して行動が出来なくなるのである)
「――あと少し……あと少しでフリーズ・アウトはアストラル体へと変化するはず……」
フルがアストラル体へ変化すれば、理性を失いスキルを使用する事が出来なくなる。 一方で理性を失った事により抑制されていた力が解放され、身体能力が劇的に増大するのだが、アストラル体へ変化すればフルの体内を侵食しているオフィエルの毒を浄化する事が出来なくなる。
「フリーズ・アウトがアストラル体へ変化したら、どこまでも逃げ続ければ良い。 いずれ彼女の体内が毒に満たされ、アマノシロガネが石化するはずだから」
イナ・フォグはフルをアストラル体へ変化させさえすれば、ゼルナー達と共に逃げるつもりであった。 放っておけばフルは身体の修復にマナスを消費し続けて自滅すると予想していたのだ。
(くっ! このままではボクは……)
フルもスキルを使用する時の隙をつかれている事は分かっていた。 だが、イナ・フォグのスピードに対して、どうしてもスキルの使用が間に合わない。
そこでフルは戦い方を変え、イナ・フォグを攻撃する事を諦めた。 彼女は小虫のように雪原をチョロチョロするゼルナー達へ照準を合わせ、先に目障りな彼らをせん滅しようと考えたのである。 だが、フルが地上へ降りようとすると、イナ・フォグが全力で阻止してくる。 その為、フルは地上へ降りたくても、なかなか降りる事が出来なかった。
フルが地上へ降りる事を阻止する行動は、イナ・フォグにとってみれば当然の行動であった。 自分がフルを地上へ叩き落さない限り、フルが自らの意思で地上へ降りようとすれば何か目的があると警戒するのは妥当な思考であろう。
だが、フルにしてみればイナ・フォグにスキル発動を阻止されるからといって、このまま空中で戦っていては埒が明かない。 体内のマナスはその間にも消費し続けている。 そこで、彼女は何とかイナ・フォグの邪魔を振り切って地上へ降りようと一つの戦略を閃いた。
フルはイナ・フォグに隙を見せる為、意図的にヴォーチェ・マギカを呟いた。 そして、イナ・フォグがフルの邪魔をしようと振るった鎌の一撃を避け、銃を向けて反撃しようとする素振りを見せた。 イナ・フォグは当然、銃撃を回避しようと距離を保とうとする――。
フルはその隙を逃さなかった。
彼女は何を思ったのか、手に持った銃を自らの身体に向け、引き金を引いた!
「――!? 何を――?」
フルの予想外の行動にイナ・フォグは思わず動きを止めた。 すると、フルの周囲の空間が大きく歪み、フルはまるで地上に引っ張られるかのように凄まじい勢いで落下して行った!
「――マズイわ!」
フルが突然落下した事に動転したのか、イナ・フォグは思わずフルを掴もうと手を伸ばす――。 ところが、歪んだ空間にイナ・フォグの手が触れると、イナ・フォグの身体に強大な重力がかかり、体の自由が利かなくなった。
「ウゥッ! アル――! フリーズ・アウトが地上へ降りて来るわ! ヤツから急いで距離を取りなさい!」
イナ・フォグは地上へ落ちて行ったフルから離れるようにラヴィに警告した。 ところが、ラヴィは未だに雪上に蠢く器械の成れの果てと戦っており、イナ・フォグの呼びかけを聞いていなかった。
――
イナ・フォグは身体の自由が利かなくなり、フルと共に真っ逆さまに地上へと落下した。 そして、そのまま雪の中へ埋もれて行き、地底深くまで沈んで行ってしまった……。 一方、フルは地上へ落下する直前に身を翻し、まるで何事も無かったかのようにフワリと雪原へ着地した。
フルはレグルスが指揮するエクイテス第二部隊がいる雪原の西側へ降り立った。 雪原の中央ではライコウ達の部隊が怪物と戦っており、雪原の東側ではアセナ率いるディ・リター第一部隊が器械のゾンビ達を相手に激闘を繰り広げていた。
『な、何だ――!? ヤツが急に地上へ降りて来たぞ!』
フルの姿をデバイスで確認したレグルスは、にわかに武者震いをした。 フルは胸を抑えて苦しそうな表情をしており、口には血の跡が滲んでいた。 さらに、身に纏っていたジャケットはボロボロに破れ、辛うじて胸を隠しているというあられもない姿を晒していた。
フルは明らかに満身創痍に見えた……。
(ここで総攻撃をかけて一気に押しつぶせば、きっとフルを倒せる!)
そう確信したレグルスは自身の部隊だけでなく、周辺にいる全部隊にフルを攻撃するよう命令した。
『アラトロンとの戦いでヤツは疲弊している! 今がチャンスだ! 全員で総攻撃をかけろ!』
(エクイテス軍はこの日の為に『オヒア・レフア』という武器を用意していた。 エクイテス軍が背中に背負っている筒型のショットガンのような銃がそれである。
かつてこの星に咲いていた花の名前からとったこの銃は、炸裂弾のような赤い弾薬を使用した。 弾丸が敵に当たると爆発し、粘着質の粒子を敵に付着させる。 この粒子は細胞に浸透し、内部から凄まじい熱を発する。 熱によって細胞を死滅させ、しばらくすると粒子が爆発して身体の内部から敵を破壊するのである。 その際、内部から真っ赤な火炎が飛散する様子がオヒア・レフアという花のようであることから、この名が付いたそうだ。
未だにフルに対してレーザーは効かないと思っていたレグルスは、内部から身体を破壊するこの武器であれば、フルに傷を負わすことが出来ると考えた。 ショル・アボルとの戦闘では目を見張る威力を発揮した事もあり、ショル・アボルと同じく“生体兵器”であるマルアハにも効果があると予想したのである)
レグルス率いる第二部隊は、地上へ降り立ったフルへ足早に近づいた。
『躊躇するな! 撃って、撃って、撃ちまくれ――!』
デバイスで号令をかけるレグルスに呼応するように、フルに向かって赤い弾丸が一斉に放たれる。 何千人もの鎧姿の兵達が一体の天使に向かって火のような銃弾を乱射している様子は、一見するとどちらが正義なのか分からなかった。
「――何だコレは!? 身体が熱いっ!」
フルは思いがけない武器に混乱し、身体に付着した粒子を取り除こうとするが、粒子は熱を帯びて絹のようなフルの肌を焦がしながら体内へ浸透して行く。
「ギャァ――!!」
夥しい数の銃弾がフルの身体を燃えるような高温にし、遂にフルは雪の大地に膝を折った。
『――フルの動きが止まった! お前達、もうひと踏ん張りだ!』
レグルスが仲間を鼓舞すると、仲間達も『オオッ――!』と力強い声で応え、銃撃は激しさを増した。
……ところが、フルは苦痛で膝をついた訳ではなかった。 彼女は次に使用する恐るべき呪術の為に膝を折ったのだ。
「……フリーズ・アウト」
フルはそう呟くと、両腕を雪原の大地に埋めた。
『な、何だ――!? 奴は何を――!?』
フルの両腕は瞬く間に凍り付き、彼女の凍り付いた腕から円を描く様に氷が広がっていく……。 そして、瞬く間に雪原の大地を凍て付いた大地へと変えていった――。
(大地を凍らせる呪術など、何故、今更使用するのか? すでに身も凍るような寒さであるデモニウム・グラキエス内では大した効果は無いはずだ。
もしかしたら、身体を超高温にするオヒア・レフアに対抗する手段としてこの術を使用したのであろうか?
――いや、フルは全てを破壊する為の明確な殺意をもって、この術を使用したのである)
「こ、これはっ――!?」
フルを包囲していたゼルナー達のデバイスに、急激に気温が低下してきている旨の警告が発せられた!
その温度は何と“絶対零度”であり、中央処理装置も破壊する程の超低温であった!
『レグルス、ヤバいぞ、ヒーターが効かない! 一旦退却を――!!』
部隊の後ろでユキとヴァイプを護衛していたキノは、部隊の前衛にいたレグルスと比べて寒波の影響は少なかった。
だが、強烈な冷気が全身を襲った影響で身体が浮かび上がってしまった。
「これは超電導――!?」
――キノが叫んだ時、ヴァイプが流していた戦場の映像が突然消えた。 想像を絶する凄惨な戦場を目の当たりにしていた世界中の器械達は、ヴァイプから提供された映像が忽然と消えた事に狼狽し、大騒ぎとなった。 状況が全く分からない中、世界中の器械達が英雄たちの無事をただ祈っていた――
「キャァァ――!! 何よ、コレ!? 身体の制御が利かないわ!」
宙に浮くユキがヴァイプにしがみ付く。 ヴァイプは「俺に聞かれたって知るか!」と言いながら、慌ててキノのマフラーを掴んだ。
キノは強力な磁場と超低温の影響によって物質が超電導状態になっていると瞬時に理解した。
(ゼルナー達の体内にはエネルギーが暴走しないように抵抗器が装備されている。 だが、超電導状態になると抵抗器が機能せず、膨大なエネルギーが体内に蓄積され続ける。
そして、蓄積した体内のエネルギーが許容範囲を超えると、超電導状態の崩壊と共に膨大なエネルギーが放出されるのである)
『――使える奴は補助抵抗器を使え! 爆発するぞ――!!』
キノが呼びかける間もなく、ゼルナー達のデバイスから次々と警告が表示される。
『!!クリティカル・フェイリア!! クエンチ発生! レギュレータ損傷:冷却装置及び加温装置機能停止:中央処理装置損傷……機能停止……:反重力装置起動……不可:損傷個所膨大……修復不可 FATALERROR:FFFFF//』
すると、宙に浮いて身動きが取れなくなったはずのエクイテス兵士達は、急に身体の拘束が解けて自由になった。
「――何だ!? 急に身体が軽く――!?」
『――ボンッ――!!』
超電導状態が崩壊した兵達は、急激に増大したエネルギーに耐え切れずに大爆発を起こした!
「――ギャァァ!!」
「ヒッ――! 熱暴走、止まりません――!」
体内エネルギーが暴走したゼルナー達はなすすべもなく火柱を上げて爆発して行く……。
『レグルス、無事か――!? 返事をしろ!』
『おい、レグルス――っ!!』
キノがデバイスを使ってレグルスに必死に呼びかける。
『――キノ、フルが追撃を掛けて来る前に撤退だ! 態勢を立て直すぞ!』
レグルスは補助抵抗器を使用していて無事であった。 キノはレグルスの声に安どの表情を浮かべ、後ろを振り向いた。
『おい、お前ら退却だ!!』
キノの背後には煙を出して倒れているユキとヴァイプの姿があった。 一般器械はゼルナーよりも出力が低い分、蓄積するエネルギーも小さい。 ヴァイプもゼルナーの端くれとはいえ、キノやレグルスのような一流のゼルナーと比べて出力が低かった。 したがって、二人の超電導状態が崩壊しても、高熱によって爆発するまでには至らなかったのである。
とはいえ、二人も内部機器の損傷は免れなかった。 ユキは丸い目をバツ印に変えて気を失っており、ヴァイプも身体の至る所から煙を吐き出して、画面に砂嵐を表示させながら昏倒していた。
「――ったく、面倒クセェ奴等だぜ!」
倒れている二人の隣では、全身を真っ赤に滾らせたゼルナーが今にも爆発しそうな様子で藻掻いている。 キノはアクセラレータ・モジュールを使用して瞬時に二人を抱えると、間一髪、仲間の爆発を回避してアイズ・ゲノムへ続く氷山の渓谷へ急いだ。
――フルの隙をついて総攻撃をかけたエクイテス軍第二部隊は、逆にフルの想像を超える攻撃によって返り討ちに遭い、瞬く間に数千人の兵を失った――
この惨劇を招いた責任はレグルスにあった。
レグルスはフルの不測の行動に対し、誤った判断を下した。 本来ならイナ・フォグに撃ち落とされた訳でも無く、自らの意思で地上へ降りて来たフルに「何か目的があるかも知れない」と警戒しなければならなかったはずである。 にもかかわらず、フルの満身創痍な状態を見ただけで自分達の力でフルを破壊できると過信した。
彼の判断は第二部隊の部下達だけでなく、すぐ近くにいたラヴィ率いる第一部隊にも甚大な被害を与え、第一部隊は大混乱に陥った。 その混乱がラヴィによるフルの次の攻撃への対処に遅れを招いた。
フルが使ったスキルはアセナの部隊にも壊滅的な被害を及ぼした。 アセナの部隊は雪原に蠢くフルの眷属を駆逐していたのだが、レグルスの呼びかけによってフルが落下した付近まで接近してしまっていた。 その時、運悪く想像を絶する冷気の影響をまともに受けてしまったのだ。 その結果、大量のゼルナー達が超電導状態になり、予備の抵抗器を付けていない者は次々と爆発して行った……。
『――ライコウ殿、至急救援を頼む! このままでは部隊が全滅する!』
オオカミ姿のアセナがカチカチに凍り付いた黒い毛震わせてデバイスからライコウに救援を求める。
すると、その通信を聞いていたコヨミが、ライコウが応答する前にアセナ達を救うべく加速装置を起動させた。
『お父様、今、助けに行きます――!!』
『――馬鹿っ! コヨミ、待て!!』
コヨミの行動に気付いたライコウが、コヨミを止めようと雪原を駆ける。 ところが、コヨミのスピードは想像以上に早く、あっという間に吹雪の中へと消えて行った……。
「クソッ! ヒツジ、お前は俺とアセナ達の救援に――
――!?」
ライコウがヒツジに声を掛けようとするが、目の前の雪がまるで噴火するように大きく盛り上がるのを見て、言葉を止めた。
「……しつこい奴めっ!」
破壊されたゼルナー達の残骸と雪煙を撒き散らしながら、雪崩に埋もれた巨大な怪物が再び姿を現した――!
ヒツジは大きな瞳を荷電粒子砲に換装し、姿を現した怪物に狙いを定めている。 そして、二人の後ろにはアロンとソルテスが控えており、仲間達と共に緊迫した様子でレーザー銃を構えていた。
『――フルが能力を使わない限り、レーザーを使用できる! 出力を最大にして一気に破壊しろ!』
ライコウの呼びかけに『オオッ――!!』と力強く答える第二部隊の面々。 ヒツジの荷電粒子砲は青い電流を走らせて、すでに発射準備は万全である。
『皆、ボクに続いて――!!』
ヒツジの声がゼルナー達のデバイスから響き渡ると、ヒツジの瞳から青い閃光が走り、四本脚の巨大な怪物へ向かって極太のレーザーが放たれた――!
――
ライコウの傍を離れていたミヨシはセンを追って、レグルスが指揮する部隊の救援に向かっていた。 センは超電導に晒されて動きが止まり、レグルスの部隊が次々と破壊される様子を目の当たりにして頭の中が真っ白になったのか、身体の多くの部品がショートしていたにも拘わらず煙を出しながらレグルスの救援に向かって行った。
ミヨシは満身創痍のセンを発見すると、瞬く間にセンの背中に覆い被さって四肢を抑えつけ、彼女の身体を治療し始めた。
『――ミヨシさん! 離すのであります!』
必死に藻掻くセンを抑えつけるミヨシは、サソリの針のように変化させた尻尾をセンの腹に挿してセンの身体に何やら薬剤を注入した。
「センさん、落ち着いてください! このままじゃ、貴方も死んでしまいます!」
『だって、だって、レグルスが死んでしまって――!!』
センは悲痛な叫びをミヨシにぶつけた。 センは気が動転しているのかデバイスを起動しながら叫んでおり、彼女の声は全部隊のゼルナー達のデバイスに届いていた……。
『おい、コラ、セン! 勝手に俺を殺すな!』
センのデバイスに届いた声はレグルスであった。 レグルスは補助抵抗器を使用して絶対零度の捕縛から逃れ、キノと共にラヴィの部隊と合流していた。
『レ、レグルス……うぅ、良かったであります……』
いつもの気が強い様子と打って変わって、センはベソを掻きながらレグルスの声に安堵の表情を浮かべた。
『……えっ? おい、セン……ったく、なんかやりにくいなぁ』
センの涙声を聞いたレグルスは気恥ずかしそうに呆れた声を漏らすが、すぐにラヴィから緊迫した声が割り込んできた――!
『――汝ら、無事を喜ぶのはまだ早い! フルは次の呪術の準備をしている!』
さらにラヴィはセンに向かって言葉を続けた。
『――セノイ! 汝はマザーの命令など無視して、ワガハイと合流するのだ! 汝の力無くしてはマルアハには勝てん!』
『――!? 貴方、どうして私の名を――!?』
センは自分の本当の名をラヴィが知っている事に酷く驚いた。 セン、サン、セムの三姉妹は型名の上部から取った通称に過ぎず、真の名前はマザーも管理する事が出来ない型名の下部の数列に隠されていた。
(彼女達はマザーによって製造された事に間違いない。 だが、マザーも自分が製造した器械達の型名を自由に決める事が出来ず、器械達は製造されると勝手に型名が刻まれるのである)
『――それは、この戦いを無事生き抜いたら説明するのだ! とにかく大至急、ワガハイの許へ来るのだ!』
ラヴィはそう言うと『――皆、防壁を展開するのだ!!』と自分が率いる第一部隊の仲間達に命じ、自身はすぐに呪文の詠唱に入った。
『暗黒のもの――全ての闇は汝の僕。 その偉大なる血によって暗黒の壁を張り巡らし、全ての力をその暗き漆黒の結晶へ誘い給え』
この呪文は上空に暗黒の空間を出現させて、敵のあらゆる攻撃を吸収するものであった。 先ほどフルが使用した氷の礫からゼルナー達を護った呪術であったが、その術を再びラヴィは使用した。
ラヴィは再びフルが恐ろしい力を解放させるだろうと危惧していたのである。
センはラヴィの緊迫した声からただならぬ空気を感じた。 ミヨシの尻尾から注入された謎の薬剤はセンの体内をあっという間に修復し、センのデバイスに表示されていた数多のエラーは全て解消されたようだった。
「ミヨシさん、取り乱してしまって申し訳ありません! アルさんの許へ急ぎましょう!」
センはそう言うとクロヒョウのようなミヨシの大きな身体をヒョイと担ぎ上げ、機械の翼から青い炎を噴き上げた。
「――出力リミッター解除します! ミヨシさん、捕まっていてください!」
マザーに出力リミッターを解除する事を厳に禁じられていたにも関わらず、自らの出力を200パーセントに解放したセン。
この瞬間、彼女はマザーを裏切る事になってしまったのだが、今のセンは一人でも多くの仲間達を救う事しか考えていなかった。
『――ドカン――』
音速を越える爆発音が響き渡り、ミヨシを抱えてセンが上空へ飛び上がる。 そして、凄まじい速度でアセナの部隊へ接近しているラヴィの部隊へと迫った。
その時、センは自分と並行して雪上を猛スピードで駆けている一人のゼルナーを見た。
「あ、あれは? コヨミさん――!?」
センがコヨミの姿を発見した次の瞬間――
――フルが恐るべきスキルを発動させたのであった。
――
――コヨミは雪上を猛スピードで駆けながら、“あの日の事”を思い出していた――
(ウチはあの時、仲間達よりもお父様とお姉ちゃんの顔を真っ先に思い出した……。
そして、ペイル・ライダーと戦った時も……)
コヨミは母親のパーツから誕生した後、ずっと父と姉を軽蔑していた。 二人よりも自分の方が高性能であるにもかかわらずデモニウム・グラキエスへ出撃する事を認めず、ショル・アボルの討伐ばかりさせていた二人を憎んでいた。
コヨミが二人の言いつけを無視して仲間と共にフルを討伐しようと、無断でデモニウム・グラキエスへ出兵した際、彼女のココロの中にはただ不満と怒りしか渦巻いてなかったはずだ。
ところが、コヨミは自分が危機に瀕した時、真っ先にアセナとカヨミの顔を思い出した。
彼女は自分を命懸けで守ろうとした仲間ではなく、憎んでいたはずの二人の顔を思い浮かべた事に酷い自己嫌悪に苛まれた。 それは、ペイル・ライダーと戦った時もそうであった。
「でも……今は違う!」
彼女は誰よりも二人の事を愛していた。
(それは、お母様の身体がウチの一部であるから?)
コヨミは自問自答して、この思いを否定した。
「いえ、ウチは誰よりも二人を――。 きっと、エステルもカマルも……皆、ウチのこの思いを知っていて……」
コヨミを庇って死んでいった仲間達が本当に彼女の深意を知っていたのかは分からない。 だが、コヨミは仲間達がきっと自分の事を自分よりも理解していたのだと確信していた。
そして、仲間達が何故命懸けで自分を護ろうとしたのか?
この答えをコヨミが口に出そうとした時、突然、上空に光り輝く無数の物体が現れた。
――その物体は大きなタマゴのような形をした楕円形の物体であった。 全体がまぶしく発光しており、その光を見つめるとまるで目を潰されたかのように、カメラレンズに亀裂が生じた。 そして、この恐竜のタマゴのような物体は輝きを放ちながら、まるでヒナが孵るかのようにパックリと割れた。
すると、割れた物体からさらに青白い光が放たれた。 その光は細いレーザーとなって大地へ降り注いだ。
大地へ降り注いだレーザーは不規則な弾道を描きながら防壁を破り器械達を破壊した。 そして、地を反射したレーザーは再び二つに割れたタマゴへと吸収された。 光を吸収した殻はさらに分裂し、再び青い光を大地に照射する。 しかも、この光は先ほどよりも太く、強力な威力であった――
雪上を駆けるコヨミの頭上にも無数のレーザーが降り注ぎ、乱反射してコヨミの身体を次々と掠めて行く。
正面から襲い来るレーザーは螺旋状にグルグル回転しながらコヨミへ迫る。 コヨミは手に持ったレーザー銃で迎撃し、熱で昇華した雪の煙の中を突き進んだ。
『――マナスの消費を恐れるな! 最大出力で防壁を張って身を護れ!』
アセナの声がコヨミのデバイスに響き渡る。 アセナの声に重なるように、今度はシビュラの焦燥に満ちた叫びが聞こえて来た。
『カヨミ――!! 全軍、アイズ・ゲノムへ退却するように命じなさい!! このままじゃ、全滅するわ!!』
シビュラの声に混じってロイトの叫び声もコヨミのデバイスから漏れてきた。
『反重力装置が効かん――!! これでは逃げきれん!』
フルは地上へ大量のレーザーを照射するタマゴ型の兵器を出した後、攻撃の手を緩めずにすかさず地上に重力場を展開させた。
その為、レーザーは出鱈目な軌道を描き、器械達のデバイスで軌道を予測する事が出来なくなった。 しかも、退却しようにも反重力装置が満足に機能せず、恐ろしい速度で飛び交うレーザーを避ける事が出来ない……。
……もう、為す術が無い……
仲間達の断末魔や苦痛の叫び声まで漏れなくデバイスへ届き、コヨミは頭が混乱しそうになったが、デバイスの稼働を停止させる訳にもいかず、展開させたフィールドからアセナの位置を確認した。 運よくアセナはすぐ近くにおり、カヨミも一緒だ。 二人は部隊を率いてアイズ・ゲノムまで退却しようこちらへ向かっていた。
上空から放たれるレーザーを警戒して顔を上げるコヨミ。 すると、薄暗い霧に混じって赤い光と黄色い光が互いにぶつかり合い、その度に火花が散っている様子が見て取れた。
その周囲には黒い煙のような物体がモワモワと漂っており、煙を切り裂いて一直線にすさまじい火炎がガラスの破片のように煌めく物体へ向かって行った。
「フルとアラッチが戦っている……。 黒い煙は暗黒子……シビュラさんがレーザー砲を破壊してくれている――」
重力に押しつぶされたイナ・フォグはしばらく気絶していたが、フルが使用したスキルの衝撃で目が覚めた。 そして、立て続けにスキルを放とうとするフルを再び止めるべく、再びフルを空へ追いやり、激しく鍔迫り合いをしていた。
シビュラは暗黒子でエンドルが放つ火炎をマナスと結合させて爆発的な火力を生み出し、猛火によってレーザーを照射する殻のような物体を消し飛ばしていた。 二人が乗っているペイル・ライダーはガトリングガンや大砲を発射してイナ・フォグを援護しようとしているが、フルが操る重力の影響で殆ど命中しなかった。
タマゴの殻のような物体はレーザーに当たる度に増殖して行き、シビュラ達が破壊しても数をなかなか減らさない。 地上で反射したレーザーをその殻が受けると、出力を何倍にも増幅したレーザーを再び照射して地上を穿つ。 雪原の地はまるで積乱雲の中に突入したかのように乱反射した大量の光線が飛び交った。
「もっと! もっと出力を上げて――!!」
重力によって思うように身体が動かないコヨミ。 乱反射する無数のレーザーを避けきれず、レーザーはコヨミの腕を貫き、左足を破壊した。
「うぅ――!! こんなモノ――!!」
コヨミはバランスを崩して雪原へ転がるが、破壊された左足をもぎ取ると正面から迫るレーザーに向かって投げつけた。
自分の脚を犠牲にして間一髪レーザーから身を護ったコヨミ。 しかし、四方八方からグニャグニャに曲がりくねったレーザーが、まるで龍のようにコヨミへ襲い掛かる。
「アクセラレータ!! お願い、起動して――!」
コヨミは迫り来る光線の嵐を驚異的な反射速度で回避し、片足だけで雪上を滑るように再び走り出した。
……もう、彼女のアニマにはマナスが殆ど残っていなかった。 バグズ・マキナに冒された忌むべき器――だが、彼女はこの大嫌いな自分の器に願いを込めた。
「お願い、もう少しだけ――! もう少しだけウチの身体を動かしてっ!!」
両手は破壊され、左足の無いコヨミの身体はすでに動ける身体ではない。 こんな状態で何故、彼女が動けるのか? もしかしたら、彼女が感じる不安……父親と姉の身に迫り来る死の影という不安が、二人を護るという決意となって彼女の身体を動かしているのかも知れないが、それは誰にも分からなかった。
『――コヨミ、今、何処にいるんだ!? 頼むから応答しろ――!』
ライコウがデバイス上から必死にコヨミへ向かって呼び掛ける。 コヨミが位置情報を遮断しているせいで、ライコウはコヨミが何処にいるのか把握できていなかった。
――ライコウ率いるディ・リター第一部隊を苦しめた雪原から生まれた醜悪な怪物は、兵士達が放った大量の粘着爆弾と、ヒツジの荷電粒子砲によって漸く破壊された。
だが、第一部隊が休む間もなく、彼らはアセナの部隊がいる場所の広範囲に渡って恐ろしいレーザーの雨が降り注ぐ様子を目の当たりにした。
第一部隊は光の中に取り残されているアセナ、ラヴィ、レグルスの部隊を救おうとしたが、無数の破壊光線の中を掻い潜って行くことは自殺行為である。 止むを得ず、ライコウとヒツジを残して第一部隊はアイズ・ゲノムへ続く氷山の渓谷まで撤退し、二人だけがコヨミを追って、次々と撤退してくるゼルナー達と入れ替わりに光の中心へ特攻して行った――。
コヨミのデバイスにライコウの呼びかけは届いていなかった。 すでに通信機能が破壊されており、誰の声も聞こえなかったのだ……。 それだけではない、彼女が展開しているフィールドは多くのエラー表示で埋め尽くされており、すでにマナスは底を尽いていたのであった……。
『大丈夫――! コヨミならきっと――』
空耳なのか、コヨミの耳にはエステルの声が聞こえて来た。 瞳はノイズで塗れており、すでに襲い来るレーザーをすらまともに見る事が出来ない。 だが、彼女の瞳はアセナとカヨミの姿だけはハッキリと捉えていた。
コヨミの目には破壊された仲間達を盾にして、止めどなく襲い来るレーザーを防いでいるアセナとカヨミの姿があった。 周囲には虹色の防壁が張り巡らされているが、レーザーはお構いなしに防壁を突き抜けて仲間達の身体を容赦なく貫いている。 アセナとカヨミはすでにレーザーを避けるだけの余力は残っていないように見えた。 二人の絶望的な表情がコヨミの身体を突き動かした。
アセナ達の部隊の後方には、仲間達に護られたラヴィが必死に魔導書を片手に何か叫んでいる。 どす黒い血管のような管が体中に浮き上がり、開けた白衣の下からはオイルが漏れたパイプやケーブルが飛び出していた。
片足を失ったコヨミが踏みしめる大地は雪ではない。 夥しい数のゼルナーの残骸であった。 仲間の屍を踏み越えて、ただ家族を救いたい一心で体中のエネルギーを絞り出す。
黒煙が渦巻く中で飛び交うレーザーはまるで雷雲に蠢く稲妻のようであった。 赤、青、黄色の柱が龍や蛇のように猛り、大地と空の間を踊り狂っていた。
……もう、デバイスが展開していたフィールドは消えてしまった。 ただ、体内の異常を知らせる警告音だけがコヨミの耳にけたたましく響いている。 熱も冷気も、匂いも、痛みも、コヨミには何も感じなくなってしまっていた……。
ただ一つの願いがコヨミの身体を突き動かす。 だが、闇の中から蠢く一つの不安がコヨミの身体を後ろから引っ張り、彼女の足を止めようとした。
『諦めろ……二人の死は運命である』
「止めて――!!」
耳元で囁く絶望の言葉に首を振るコヨミ。
「ハァ、ハァ……あと少し、あと少しで二人を……」
アセナとカヨミの姿は目の前まで迫っていた。 限界を超えたコヨミのアニマはすでに亀裂が走り、いつ爆発するか分からない。
「二人の死は運命なんかじゃない! ウチが必ず救い出す!」
『……いや、二人の死は運命だ。 それを証拠に二人の目の前に……死の光が迫っているではないか!』
運命という悪魔は残酷なものである……。 コヨミが二人の許へ辿り着く前に、二人に向かって竜巻のように回転したレーザーが迫って来ていた。
(……そんな……ウチは、二人を助けられないの?)
(運命だから……二人はフルに破壊される運命だから……?)
……
『――運命は期待通りに変える事が出来るのだ!』
いつか聞いたラヴィの声がコヨミの頭に響いて来た。
「運命――! そんなモノ、ウチが変えて見せる!!」
コヨミの叫びが耳元で囁く絶望の声を掻き消した!
コヨミはもう迷わなかった。 ノイズに塗れた彼女の瞳には揺るぎない意思が宿り、彼女の背中を仲間達の影が押している。
(さあ、コヨミ! 私達の力を使って――)
――たとえ自分の身体が破壊されようと、全てが塵になろうとも、愛する者に迫る絶望の運命をこの手で変えて見せる――
「――ウチは二人を救いたい! だから、お願い――!!
――皆――!!
ウチに最後の力を――!!」
――
止めどなく降り注いできたレーザーはシビュラとエンドルのお陰なのか、漸くその数を減らして行った。 だが、部隊は壊滅状態となり、ライコウの目の前には夥しい数の仲間達の残骸が散らばっていた。
「……クッ……クソッ!!」
ライコウは仲間達の無残な姿に思わず目を背けると、ウネウネと曲がりながら迫るレーザーを大剣で弾く。
そして、再びコヨミを探そうとデバイスのフィールドを展開させた。 すると、涙に枯れたラヴィのかすれた声がデバイスから漏れてきた。
『ライコウ様……コヨミが……ケガを……』
硝煙に巻かれた周囲は吹雪も消し飛ぶほどの爆発が発生したようで、未だに雪の上に燃料に引火した炎を漂わせている。 ライコウはラヴィの悲壮な声に嫌な予感がした。
『ラヴィ、何やってる! 早くコヨミを治療しなければ爆発を――』
『……しないのだ……』
雪と煤が入り混じった泥のような雨の中を駆けるライコウ……。
『何、馬鹿な事を言ってる! 早く、コヨミを――!』
ライコウの目にようやくアセナとカヨミらしき器械の影が見えてきた。 そのまま、二人の影に近づくライコウに、ラヴィから悲痛な叫びが響いて来た。
「――爆発なんてしないのだ――!!」
ラヴィの声はデバイスからではなく、ライコウの耳に直接届いた。 その声は雪原全体に響くような慟哭であった。
「ラヴィ……お前、何を言ってるんだ?」
ライコウがアセナとカヨミの傍へ近づいて行く。 二人の背後にはボロボロの姿になったラヴィがはらはらと涙を流し、仲間達に支えられていた。
アセナはオオカミの姿から人型へと戻っていた。 彼は茫然と立ち尽くして虚空を見つめながら何やら呟いていた……。
カヨミは“何か”を抱えたまま、雪原へ座り込み言葉にならない嗚咽を漏らしていた。
「……コヨミ……
……こ、この姿は……?」
カヨミは愛する妹を抱きしめていた。
……首だけとなった妹を……
――
「……間に合わなかった……。 間に……合わなかったのだ……」
ラヴィを中心とした周囲一帯が暗黒の霧に包まれていた。 この霧はイナ・フォグが使用するマスティール・エト・エメットと同じく、霧に包まれた者達を現世から隔絶する呪術である。
ラヴィはアセナとカヨミを襲ったレーザーを回避する為に身体の負担を省みず呪術を使用した。 ところが、発動が間に合わず悲劇的な結果を招いてしまった事を悔やんでいた。
「アァァ、アアアア――!!」
カヨミは言葉にならない声を振り絞り、妹の亡骸を抱いてただ叫んでいた。 アセナは放心状態で立ち尽くしており、もはや戦士の気迫など微塵も感じられなかった。 彼はただ「すまない……すまない……」と謝罪の言葉を繰り返し、虚空を見つめていた。
カヨミの傍らにはミヨシがいた。 センは一足先に退却したレグルスの部隊を追ってミヨシと途中で別れたようだ。 ミヨシは無残な姿となったコヨミの首に太い尻尾を挿して薬剤を注入していた。 だが、ミヨシがいくら治療をしようとも、もうコヨミがあの可愛らしい姿へ戻る事は無い事はここにいる誰もが分かっていた。
「ライコウ様……もう、こんな状態ではアタチの手に負えません……」
そんな事は治療する前からミヨシも分かっていた。 だが、仲間達の悲痛な様子を見て『無駄だと分かっていても、何かしてあげなければ』という思いに駆られ、コヨミを治療していたのであった……。
――闇に包まれた空間は吹きすさぶ吹雪も、吹き上がる炎も無かった。 冥界のような凍て付く寒さも、地獄のような熱気も感じない。 けたたましい銃声も、爆発音も、ゼルナー達の悲鳴も聞こえない。 悲しみだけが広がる虚無の空間には、ただ、カヨミの慟哭だけが響いていた――
「コヨミ……」
ライコウがコヨミの名を呟くと、突然、ライコウのデバイスにノイズが走った。
そして、何処からともなく声が聞こえて来た。
『――様――』
『――ライコウ様――』
ライコウはすでにコヨミの意識が無いと思っていた。 ところが、ライコウのデバイスにあの元気そうなコヨミの声が聞こえて来た……。
『ライコウ様っ! ウチ、結局、バグズ・マキナで壊される前に壊れちゃいましたね!』
あっけらかんとしたコヨミの声がライコウのデバイスから響くと、ライコウは目を丸くして残酷な姿となったコヨミを見つめた。
コヨミの瞳はすでに光は無く、片方の目は瞑れていた。 人工皮膚は煤けて硬化して所々剥がれ落ち、金属の下地が見えている
「――なっ!? こ、これは聴覚装置のエラーか……?」
ライコウが思わず呟くと、デバイスからコヨミの不貞腐れた声が聞こえて来た。
『ブゥゥ、違いますぅ! ちゃんとウチの声ですよっ!』
コヨミはそう言うと、打って変わって寂しそうな声で言葉を続けた。
『……でも、あと少ししたらウチの声は”アナタ”に届かなくなる……』
コヨミがアナタという言葉でライコウを呼んだ事は今まで無かった。 彼女はライコウの事を慕っていたからこそ、最後にアナタという言葉でライコウを呼んだのである。
デバイスから聞こえるコヨミの声に、ライコウは頭を振って目を伏せた。
(俺がもっと早くコヨミに追いついていれば、きっとコヨミは無事だったはずだ……)
ライコウの口から後悔と謝罪の言葉が沸き上がる。
「コヨミ……済まなかった。 俺は……俺は、君を護る事が出来なかった」
ライコウは両手を握りしめて自分への怒りを押し殺した。 だが、コヨミはそんなライコウの様子を心配したのか『ううん……』とライコウの謝罪を受け流した。
『……ライコウ様、ウチは最後に家族を護る事が出来て嬉しかった。 これも仲間達がウチに力を貸してくれたお陰……。
だから、アナタが謝る事は無いし、悲しむ事も無いの』
コヨミの首を抱きしめるカヨミの周りには、ラヴィとヒツジ、そして仲間達が沈痛な面持ちでカヨミの様子を見守っていた。 普段はチャラけているアルスとベースケも体の至る所に煙を吐きながらも直立して神妙な顔を保ったまま、まるでこの場にいる全員がコヨミを看取っているかのようであった。
「し、しかし、コヨミ……俺は……」
ライコウはコヨミの優しさに戸惑った。 だが、コヨミ自身はライコウを慰めようとした訳では無かった。
『……もし、お父様とお姉ちゃんがフルに破壊される運命であったなら……
……ううん、きっとそうだったに違いない。
でも……
ウチはその運命を自分の力で変える事が出来た』
『だから、アナタは悪くない。 それどころか、ウチはアナタに感謝しているんですよっ♪』
『――運命を変える勇気をくれたアナタに――』
カヨミが抱きしめるコヨミの残骸。 もはや首から先が消失したその残骸の傍らに、ライコウは確かに在りし日のコヨミの姿を見ていた。
袖の長いパイロットスーツを着て笑顔を振りまくあの可愛らしいコヨミの姿を……。
「……コヨミ……」
ライコウはコヨミの幻影を見つめ、少しだけ微笑を浮かべた。 すると、コヨミは満足そうに『フフッ――』と可愛らしい笑顔を向けた。
――
『さぁ、ライコウ様、ウチはもう行かなくちゃ……』
「コ、コヨミ? 一体何処へ――?」
『もう、何言ってるんですか!? アータが言ってた場所じゃないですか!
そこで、ウチはエステル達と会う予定なんですから……』
「……」
ライコウはコヨミになんて声を掛けて良いのか分からなかった。 コヨミの言っている意味は分かっていた。 だが、ライコウはコヨミがこれから旅立つ世界を笑顔で見送る事など出来なかった。
コヨミはそんなライコウの気持ちを分かっていたのか、最後に二つの願いをライコウに告げた。
『ライコウ様、ウチ、最後にお願いがあるの……』
「お願い?」
『……うん。 一つはお姉ちゃんとお父様の事……。 二人をどうか、アナタの力で守って欲しいの。
アナタの本当の力……。 その力があれば、どんな敵にも負けやしない』
「俺の、本当の……?」
『そう、いつか必ずアナタは過去の全てを思い出すはず。 ウチはアナタを信じています』
「……分かった。 君が命懸けで守った二人の命だ。 俺の全ての力をもって二人を護ろう」
『ありがとう……』
コヨミはライコウの決意に感謝の言葉を贈る。 そして、もう一つの願いをライコウに伝えようとした時、コヨミの声は少しうわずった。
『それと、もう一つ……』
『ウチに……チューをしてください……』
コヨミの願いにライコウは思わず目を丸くした。
「えっ――!? チューって……口づけの事か?」
『うん……』
コヨミは恥ずかしそうに一言返事をした。 すると、ライコウは先ほどの遠慮がちな微笑とは違い、今度は暖かい笑顔をコヨミの幻影へ向けた。
「ああ、分かった」
コヨミの幻影はライコウの言葉を満面の笑みで受け止めると、顔を赤らめながら消えて行った。
――ライコウはコヨミの亡骸を抱きしめるカヨミの傍へ歩み寄った――
「ミヨシ……カヨミを少し落ち着かせてくれないか?」
妹の首を抱きしめて離さないカヨミ。 ミヨシはライコウが何をするのか分からなかったが、ライコウの言葉に頷くと、カヨミの首筋にサソリのような尻尾を突き刺した。 すると、カヨミは力を失って妹の首を両手から離した……。
「カヨミ……済まない。 君はしばらく休んでいてくれ」
ぐったりと横たわるカヨミを優しく支え、後ろにいるヒツジに彼女を託す。 アセナは相変わらず呆然と立ち尽くしたまま譫言を呟いていた……。
コヨミの無残な躯を抱きかかえるライコウ。 だが、彼の瞳にはツインテールを揺らした可愛いコヨミの姿しか映っていなかった。
ライコウがコヨミを見つめると、コヨミは少し頬を染めて微笑みを返した。
――ライコウは瞳を閉じてコヨミの額に口づけをした――
『……!
……
……フフフ、分かってはいましたよ』
ライコウの暖かい唇が額に触れると、コヨミは再び微笑を洩らした。
『ウチの唇にチューしなかったのは、ちょっと残念でしたけど……
アナタには……あのヒトがいますもんね。
……でも……』
――ありがとう――
ライコウが瞳を開くと、そこにはもう、コヨミの姿は無かった。
ただ、彼の腕には胴体の無い器械の残骸が眠っていた。
だが、ライコウは気づいていた。
――光を失った瞳から、一筋の涙が頬を伝って輝いていた事を――
「さようなら、お父様、お姉ちゃん――」
「――みんな――」
「――どうか、死なないで」




