天使の秘密
『照明弾が発射された! 全軍撤退じゃ――!』
粘着剤に塗れて藻掻くフルをよそに、第二部隊は一斉に撤退を始めた。 イナ・フォグのおかけで味方には誰一人として戦死者は出ていない。
(フォグ、済まない……。 君を助けに行こうと意気込んでいたが、また君に助けられてしまったな……)
ライコウはそう思って唇を噛んだが、イナ・フォグとゼルナー達の連携はライコウの判断無くしては成し得なかった。
イナ・フォグがフルを強烈な一撃で空から叩き落した時、彼女は第二部隊に追撃をするように叫んだが、この吹雪の中では到底聞こえるはずもなかった。 だが、ライコウはイナ・フォグの動きを良く見ており、彼女がフルを叩き落した時に彼女と同じ考えを瞬時に共有して、間髪入れずにフルを地上に拘束しようと迅速な行動を取ったのである。
(このライコウの判断は称賛されるべき判断であった。 しかし、「誰も戦死者は出なかった」と胸をなでおろしていたライコウの思い込みは甘いと言わざるを得ない……。 すでに第二部隊に所属する数十名のゼルナー達がその身体にバグズ・マキナの侵入を許してしまっていたのだから……)
『ミヨシ、アナタは仲間達と一緒に“彼女”の後ろで待機していなさい!』
イナ・フォグがミヨシに叫ぶ。 ミヨシは再び「ハイな!」と軽快に返事をし、シビュラとセンを連れて崖の端まで下がって行った。
――一方、気持ち悪い粘着剤に塗れて面食らったフルであったが、ゼルナー達が雪崩を打って退却し始める様子を不審に思ったのか、凄まじい熱気を身体から発してあっという間に粘着剤をドロドロに溶かして動き始めた――。
「――フンッ、こんなハレンチな液体でボクの身体を穢そうとは……」
フルは不快な様子でまだ服に付いている粘着剤を見る。 そして顔を上げ、その瞳に怒りを宿しながら切り立った氷山の裂け目へ駆けているゼルナー達の背中を睨みつけた。
「逃がすか――!」
フルは銃を手に持ってゼルナー達に狙いを定める。 だが、イナ・フォグが上空で叫んだ言葉を聞くと慌てて銃を下ろし、上空にいるイナ・フォグに目を遣った。
「――オマエ、あまりボクを怒らせるな! ガレイ・クヴィダー!」
フルが叫びながらイナ・フォグに向かって片手を広げると、周囲の空間が急に歪んだように見えた。 そして、歪みはあっという間にイナ・フォグへ迫り、彼女の身体を包み込んだ!
「大地に吸い寄せられる――!?」
歪んだ空間に包まれたイナ・フォグの身体は鉛のように重くなった。 彼女は黒い翼をバタつかせて高度を保とうとするが、急激に重くなった身体に抗えずそのまま雪原に吸い寄せられるかのように落下して行った!
(まずいわ! 早く、マスティール・エト・エメットを――!)
「――ハツァーラット・エメット)!」
イナ・フォグは大地へ衝突する前に何かのスキルを使用した。 イナ・フォグの叫びはフルだけでなく、何故か雪原にいる全員の耳に届いた。 まさかこんな距離でイナ・フォグの声が届く訳がない……。
「あの女! 一体何をした――!?」
イナ・フォグの不思議な声に狼狽したフル。
フルはすかさずイナ・フォグを追撃しようとするが、イナ・フォグが地上へ落下した時の衝撃で降り積もった雪が吹き上がり、フルの視界を遮った。 (フルは自分の使用したスキルによってイナ・フォグを追撃するチャンスを逃してしまったのだ)
すると、イナ・フォグが落下した衝撃が原因なのか、氷柱の森林の急斜面から再び雪崩が発生した!
「――これは、あの女が落下した衝撃が原因じゃない!」
大地からの衝撃が二か所の地点から同時に発生していることは、フルも感覚で分かっていた。 イナ・フォグが落下した地点から発生した衝撃と、氷柱の森林の奥に切り立つ崖の上から生じた衝撃の二か所……。 崖の上から発生した衝撃が三度の雪崩を引き起こしたのである。
氷柱の森林へ目を遣るフル……。 上空には閃光弾の光が真っすぐに雪原を照らしており、雪原に舞う雪煙がキラキラと光っている。 フルはその雪煙の中で何やら巨大な影が蠢いている事に気が付いた。
「……何かいる?」
突然出現した巨大な影に呆気に取られるフル。 雪煙が吹雪に吹かれて徐々に散って行き、影の姿が彼女の眼前に姿を現した――。
「――な、何だアレは!? いつの間に――!?」
雪煙に混じって姿を見せた影は、なんと巨大な武装兵器であった!
(ミヨシ達のいる崖地から突然姿を現した巨大な機械――その機械は大型の砲台やガトリングガンを装備した武装兵器であった。 キャタピラを装備した戦車のような二本の脚を持ち、金属製の武骨な胴体には51センチはあろうかという超大型の砲台を装備していた。
分厚い金属に覆われた両腕は電子機器が埋め込まれているようで赤いランプや緑のランプが時々チカチカと点滅していた。 右腕には圧倒的な大きさを誇るガトリングガン、左腕は筒状になっており、恐らく腕から砲弾を発射できるようだ。
関節のような鋭利な金属で造られた長い首の先には奥行が異様に長い頭部が接続されていた。 後頭部は通気口なのか格子状の穴が開いており、中から高熱の蒸気を噴き出している。
顔にあたる前面はガラスのようなシールドで覆われていた。 そのシールドの中には黒い球体型の機械がフワフワと浮遊していた)
黒い球体型の機械はどこか見覚えのある機械であった。 球体はバスケットボール程の大きさで、時々表面のランプを青色に光らせ、デバイスのフィールドのようなホログラムを浮かび上がらせている……。
『――ペイル・ライダー、出番よ! 思う存分暴れなさい!』
この巨大な機械はイナ・フォグとラヴィ、そしてコヨミが回収したペイル・ライダーであった。
(ディ・リターのマスコミ達が目撃したという巨大な機械は、ラヴィとシビュラが改造を施したペイル・ライダーの姿であった。
ペイル・ライダーはイナ・フォグによって異空間へ待機させられ、その姿をミサイル発射筒に変えた後、イナ・フォグとシビュラによって雪原を越えた南端まで運ばれた。 そして今、イナ・フォグによって異空間から連れ戻され、大雪原にその姿を現したのである)
――崖の上に姿を現したペイル・ライダーは見た目からして重そうな巨体にもかかわらず、屹立している崖地は全く崩れる様子がなかった。 それもそのはず、この崖地はこの世界で最も強度がある鉱物であるグレイプ・ニクロムで形成されていたからである。
そして、わざわざ崖地にペイル・ライダーを移動させた理由――それは、雪原に吹きすさぶ吹雪がこの崖地からフルのいる雪原に向かって吹いていたからであった――。
『e382a8e3838de383abe382aee383bce58585e5a1ab……80……95……99……100。
エネルギー充填完了……警告……ノクシウス・ネブラ噴霧開始します……』
全てのゼルナーのデバイスにペイル・ライダーの声が響いて来た。 澄み渡るような女性の声だが、抑揚が無く感情を読む事が出来ない。 だが、彼女には確かな感情があった……。
人間を滅ぼす為に製造された機械であったペイル・ライダー。 ラヴィによって巨大な機械へと改造された彼女は、今度は人間を復活させようとする器械達に協力し、マルアハを破壊しようとしている……。
だが、それは器械の為はなく、ましてや人間の為でもなかった。
『W・W=ラヴィニア……私は貴方を信じます。 貴方が人間を復活させたいと願うのであれば、私も人間を復活させる為に貴方と共に戦いましょう……』
ペイル・ライダーはかつて人間であったラヴィを信じた。 彼女は自分が信じたラヴィの為にフルと戦うのであった。
――
ライコウ率いる第二部隊がフルと戦闘を開始した直後、全軍が待機していたアイズ・ゲノムではちょっとした事件が起きていた。
バハドゥルからやって来た一般器械であるジャーベが、あろうことか軍の許可なく民間の器械を二名同行させていたのである。
ジャーベの愚行を発見したのは、エクイテス軍に所属しているゼルナーの『キノ』であった。
(黒色の長い髪をお団子のように纏めた小柄なゼルナーであるキノは、レグルスのような上級ゼルナーと同じく、鎧姿のゼルナーとは異なる服装をしていた。
キノは茶色いブレザーを羽織り、金属繊維で編まれた白いマフラーを巻いていた。 胸元には赤いリボンをあしらい、上着の下は灰色のVネックセーターのように見える鎖帷子を着ていた。 腰から下のチェックのスカートは膝上までしかないが、長いタイツを履いていたので人工皮膚の露出は控えめであった。
一見すると、人間の女学生のようにも見える出で立ちで、とても器械には見えない様子だが、センと同じく背中に機械式の翼を装備しており、腰にはジスペケが愛用しているビームサーベルに似た武器を下げていることから、やはり只の学生では無い事が窺えた。
機械の翼はセンが装備している翼とは少し形状が異なっていた。 センの翼は鳥の翼のような形をしており“機械仕掛けの天使の翼”と言った見た目であったが、キノが装備している翼はエッジの利いた戦闘機のようなウィングが左右に複数枚付いているメタリックな形状をしていた)
ゴーグルのような二つ目の形状をしたアイン・ネシェルを付けていたキノは、仲間達と共にアイズ・ゲノムへ到着した車両の荷物をチェックしていた。 大地からの強力な磁力で持ち込んだ電子機器が故障していないか確認する為であったが、防磁シートを張ったトラックの荷台が何やらモゾモゾと動いていた事に気が付いた。 アイン・ネシェルを外したキノは長いまつ毛の大きな目を不審そうに顰め、腰に下げていたレーザーソードでシートを突き刺して中を確認しようとした。
その様子を見たジャーベは慌ててキノを止めようと荷台の前に立ちはだかり、ライコウの友人である事を強くキノに主張してシートの下を確認させないようにした。
ところが――
「……で? ライコウの友達だからって、何でオレがアンタの言う事聞かなきゃならんの?」
キノの冷淡な一言でジャーベはあっさりと引き下がった……。
こうして、防磁シートの中で身を潜めていた二人の器械が発見されたのであった。
――二人の器械はキノに拘束され、レグルスが指揮するエクイテス軍第二部隊の前に突き出された――
「こ、この裏切り者っ――!」
拘束された雪ダルマ型の器械が味付け海苔のような眉をVの字に尖らせ、ジャーベを非難する。 すると、雪ダルマの隣で仲良く拘束されているモニタ型のゼルナーが「おい、ユキちゃん、何も彼は裏切ってはいないだろ……」と雪ダルマを窘めた……。 ジャーベはライコウの友人だからなのか、規則違反を犯したにも関わらず拘束されずにキノの隣で二人の様子を申し訳なさそうに眺めていた。
「キノはん、コイツ等ディ・リターのマスコミでっせ」
ずんぐりとした学生服姿のロボット『ZZZ』がキノの背後から声を出した。 ZZZの隣にはレグルスが腕を組んで拘束されている二人の様子を見つめていた。
雪ダルマ型の一般器械『ユキ』は気の強い性格をしており、エクイテスの兵に囲まれているにもかかわらず「――これは、報道の自由に対する挑戦だわ! 放しなさい!」などと叫び、偉そうにニンジンのような鼻を尖らせている。 対称的に隣のモニタ型ゼルナーの『ヴァイプ』は「だから、俺はイヤだって言ったんだ……」とブツブツと呟きながら悄然とした様子で項垂れていた。
「レグルス、コイツ等どうする?」
キノはそう言いながらも、すでに二人を破壊する気満々な様子でレーザーソードを赤く光らせている。 この世界ではレーザーは磁力の影響で曲がると言われているが何故かレーザーソードは真っすぐとした切っ先を二人に向けていた。
「ああ、取り敢えず解放してやってくれ」
「……了解」
仏頂面のキノは、素直にレグルスの言葉に従った。 キノは二人を拘束していたワイヤーをレーザーソードで瞬時に切断した。
「えぇっ!?」
意外な程あっさりと解放されたユキは、目を丸くして驚きの声をあげた。 すると、レグルスはニッコリと微笑みながら優しい口調で二人を称賛した。
「命懸けでここまで来るなんざ、肝が据わってて頼もしいバトラー達だ! 俺は気に入ったぞ」
「……へっ? そ、そう? そう言ってくれるのはジャーナリストとして光栄だけど……」
(ふぅ、危なかったわ……。 しかし、意外とコイツ等チョロいもんね……。 まあ、これでマルアハと器械達の命運を懸けた戦いの映像をリアルタイムで市民に届ける事が出来るんだから、コイツ等の間抜けさに感謝しないとね♪)
内心、レグルスの人の良さを馬鹿にしたユキは、丸い目を細めてレグルスに向かって微笑みを返した。
ところが、次に出たレグルスの言葉にユキとヴァイプは凍り付く事となった……。
「――義憤に駆られて戦いに参加しようとは、まさにジャーナリストの鏡! そんなお前らに俺は喜んで活躍の場を与えよう!」
「……へっ?」
ユキとヴァイプはお互い顔を見合わせて固まってしまった……。
(レグルスだって二人が戦闘に参加しようとしているとは思っていなかった。 二人がこの戦争をリアルタイムで報道したいが為に、軍に忍び込んだ事など百も承知であったのだ。
とはいえ、ただでさえ戦いの邪魔になる民間器械の取材活動などに協力する余裕など無い。 それに、自分達が命懸けで戦っている映像を、世界中の市民に見せる事にも抵抗があった)
「……ん? お前ら、まさか……戦いもせず、後ろでコソコソ隠れながらカメラ回すつもりなのか?」
レグルスは深く被ったキャスケット帽子のツバに手を遣りながら、二人を睨みつけた。
返事を誤ればその場で斬り伏せられるのではないかと恐怖する程、威圧的な瞳を二人に向けるレグルス……。 しかし、ユキはレグルスの挑発にも物怖じせず、持ち前の気の強さを見せてイキリ立った。
「そっ、そんな訳無いじゃない! 私達の熱いジャーナリズムをナメないで頂戴っ!」
ユキはそう叫ぶと立ち上がり、レグルスを睨み返した……。
意外にも脅しに屈しないユキに、レグルスは一瞬面食らった。 しかし、今度はもっと厳しい態度で臨んでみようと考え、そこで二人がどう反応するかで報道に協力するかどうか判断しようとした。
「……そうか、それは済まなかった。 先ほどの言葉は冗談だ、失礼を詫びよう。 それではお前たちに改めて聞く――」
二人はレグルスの雰囲気が変わった事を肌で感じ、思わず息を飲んだ……。
レグルスは先ほどよりもさらに鋭い瞳で二人を睨んでいた。 まるで針の様に刺さるレグルスの瞳は、一瞥しただけでも全身が痛くなる程の恐ろしい瞳をしていた。 二人は思わずブルッと体を大きく震わせ、顔を逸らした。
「――お前らが越える氷山の先は地獄……。 死を覚悟する事はもちろん、死なずともマルアハに一瞬で破壊された方が幸せだと感じる程の地獄が待っている。
……これから多くの仲間達が死ぬだろう……お前たちの目の前でな。
そんな中、お前達は民衆の為にカメラを回し続ける事が出来るのか?」
――レグルスの威圧にユキはたじろいた……。 ヴァイプは全身が小刻みに震え、立っているのが精いっぱいの様子だ――。
(……そ、そんな事……私がこの道を目指した時から……)
ユキが何故ディ・リターのジャーナリストとなったのかは、彼女の過去を聞かなければ分からない。 だが、彼女が並々ならぬ決意で今の仕事に情熱を注いでいる事は、黒く丸い瞳からほのかに宿る光から感じ取る事が出来た。
「……たとえ、私が破壊されてもカメラだけは回し続ける。 私はこの仕事を始めたときからそう決めていたのよ!
心配いらないわ。
私の相棒だって“腐っても”ゼルナーよ! 自分達の身は自分達で守るから、その地獄へ連れて行って頂戴!」
まるでヴァイプが同行する事が当然かのように決意を語るユキ……。 さすがのヴァイプも慌てた様子で「勝手な事言うな! 俺は嫌だ――!」と同行を拒否した。
「うぅ、ゴメンね、ヴァイプ……無理ばっかり言って……」
腕を組んで顔を逸らすヴァイプに、眉をハの字にしながら丸い目を潤ませるユキ。 ヴァイプはそんなユキの可愛らしい様子に、思わずモニタを紅く染め上げた。
「……分かったよ……全く、しょうがねぇな」
ヴァイプはユキの頼みを断り切れず、フレームのような黒い手を後ろに回して頭を掻いた。
二人は結局、レグルスの脅しに屈しなかった。
(ディ・リターやらハーブリムやら……都市の連中は俺達が命懸けでマルアハと戦っているにも関わらず、戦場の実態など知らずに「いつまで経ってもマルアハを討伐出来ない」などと文句ばかり言う……。
なら、世間に俺達がどれだけ悲惨な戦いをしているか、見せてやるのも良いかも知れない……)
レグルスは瞳を閉じて自分の考えを翻意し、二人の同行を許可する事にした。
「それではお前たちの同行を許可しよう。 だが、この辺は磁場が強い。 消磁装置を持たないお前では移動すらキツイんじゃないか?」
レグルスの心配を、ユキは「お構いなく――」と受け流す。
「――帽子の中に消磁装置を仕込んでいるわ。 それにヴァイプがデバイスを使えるから」
ユキはそう言うと枝のような手を器用に曲げて、頭に被っている赤色のバケツを指さした。
「成程、何処でパクって来たのか知らないが、それなりの準備はして来てたんだな……」
(磁力を完全に消去する為の装置は一般器械には入手が困難である。 恐らく何処かで窃盗したのだろう。 レグルスにとって、ディ・リターでユキが窃盗を働こうが自分の都市でやった訳ではないのでどうでも良かった)
「――キノ、お前がこの二人とジャーベ君を護衛しろ!」
「――はっ? 何でオレがそんな事せにゃならんのよ!」
レグルスがキノに命令をするが、キノはあっさりと断る。 しかし、すぐにレグルスが後ろを振り向きキノを睨みつけると「……フン! 了解ぃ――!」と不貞腐れた様子でレグルスに従った……。
――
ラヴィが指揮するエクイテス軍の第一部隊は、雪原へ続く氷山から最も離れた場所で待機していた。
戦車のボンネットの上で腕を組んで座り込んでいるラヴィ……。 彼女は何やら考え事をしているように目を瞑りながら、時々「うーん……」と唸っている。
「アルちゃん、こっち向いて♡」
度々、声を掛けて来る仲間達に無視を決め込んでいたラヴィは、デモニウム・グラキエスの特殊な環境について疑問を持っていた。
――実のところ、ラヴィは以前、デモニウム・グラキエスの地質調査をしようとした事があった。 ライコウがダカツの霧沼からイナ・フォグを連れてハーブリムへ戻って来る前、ラヴィはデモニウム・グラキエスへ行こうとしたのだが、ライコウがアイナへ向かう事が分かったので、急遽予定を変更してアイナへ先回りしてライコウを待つことにしたのだ。
ラヴィはデモニウム・グラキエスの地質を調査して何を知ろうとしていたのか?
承知の通り、デモニウム・グラキエスは磁場が非常に強いエリアであり、金属で造られた器械達が活動するには適していないエリアである。 また、デモニウム・グラキエス内で武器を使用する場合、防磁性能の高い武器でなければ満足に使用する事が出来ず、光やレーザーは強力な磁場の影響で曲がってしまう……。
器械達はデモニウム・グラキエスについてこのような認識を持っており、あたかも強力な磁場のせいで、全ての行動が制限されると思い込んでいたのである。
ところが、何処かの中性子星やブラックホールの中でもない限り、磁場の影響で光が歪曲する現象は考えられない。 少なくとも、デバイスの消磁装置が作動したり、デバイスの通信機能が使用出来たりする時点で、光を歪曲させるほどの超強力な磁場が発生しているとは考えられないのだ。
――となると、一体、レーザーや光、電磁波が歪曲する現象は何が原因なのか――?
ラヴィはその原因を知る為に、デモニウム・グラキエスの地質調査をしようとしたのである。
ラヴィはデモニウム・グラキエスへ侵入した際に地質調査を行う事が出来た。
調査によると、やはり強力な磁場が発生している場所であるものの、あらゆる物質に作用する程強力なものでは無い事が分かった。
にもかかわらず、レーザーや電磁波はあらゆる方向に歪曲し、消磁装置を作動していても行動が困難になる現象が起こる。 (因みに電磁波が歪曲するという現象の為、ベトールはデモニウム・グラキエスに近づかなかった)
以上の状況から、ラヴィはこの現象が磁場の影響では無いと予想した。
(……誰が建てたのか知らないが『ギヤマン杉』が放つ光は確かに直進しているのだ。 そして、今、ワガハイが持っているレーザーポインタも直進している……)
「もしかしたら、フルは我々が知らない何らかの能力を使用して、レーザーを曲げる程の強力な作用を及ぼしている……?」
レーザー砲や電磁砲が使用出来ないのは、デモニウム・グラキエスの環境が原因ではない。 フルの能力によって、それらが使用出来なくなっているとラヴィは考えたのだ。
(――戦う度に一瞬でフルに破壊されるとはいえ、今まで多くの仲間達がレーザーをフルに向かって撃った。 にもかかわらず、彼らが「フルが何かしらの能力を使用した」と考えずに磁場の影響だと判断したという事は、フルが使用する能力は見た目では把握できないようなステルス性の高い能力だからに違いないのだ……)
そして、ラヴィはフルの能力について、ある程度予想が出来ていた。
「物体を引き寄せ、光を歪ませる力……。 もしかして、フルはワガハイの故郷では存在が確認出来なかった素粒子をマナスと結合させているかも知れないのだ」
承知の通り、マナスは光子や暗黒子といった素粒子を媒介として物体と結合する特殊な物質である。 マナスが物質と結合するとマナスが質量を持ち、分離するとその質量がエネルギーとなって放出される。 マナスは物質と結合すると初めて質量を得るのである。
したがって、媒介する素粒子はゼロ質量でなければならならず、質量を持つ素粒子はマナスと物体を媒介する事は出来ない。 ラヴィはフルが宿すマナスがゼロ質量である光子や暗黒子を媒介としていないと予想していた。 他のゼロ質量の素粒子を媒介しているのだと考えたのである。
そして、そのゼロ質量の素粒子は――
「――フッ――♡」
「うゎゎゎ――!?」
ラヴィが考えを巡らせている時、突然、ラヴィの耳に何者かが息を吹きかけた……。 ラヴィは背筋を撫でられたかのようにゾワゾワと体を震わせて悲鳴を上げた。
「アルちゃん、難しい顔している姿も可愛いね♡」
刈り上げが凛々しい学生服姿のゼルナー『ベースケ』が、不審な息遣いでラヴィに顔を近づける。
「あゎゎ――! 顔を近づけるな――!」
ラヴィが慌てて後ずさりすると、ラヴィは足を滑らせて戦車の上から落ちそうになった。 すると、周囲にいた多くのゼルナーが「姫ぇ――!」等と叫びながら電光石火の速さでラヴィを支え、そのまま彼女を持ち上げた。
「姫様、万歳!!」
そのまま、ラヴィを持ち上げたゼルナー達は何を思ったのか、いきなり万歳と叫びながらラヴィを胴上げし始めたのであった……。
――
ライコウ率いる第二部隊は氷山の割れ目になだれ込み、這う這うの体でアイズ・ゲノムへ戻って来た。
『雪原から出来るだけ離れろ――! 毒に巻き込まれるぞ!』
ヒツジを抱えたライコウがデバイス越しに声を掛けるのはおよそ三千人の仲間達であった。 フルの猛攻を凌ぎ、誰も破壊される事なく任務を遂行した事にライコウは内心胸を撫で下ろしていた。
雪原から吹き込む風は少量の毒ガスをアイズ・ゲノムへと運んでくる。 ライコウ達は急いで雪原への侵入口である氷山から離れた。
「――ふぅ、作戦は成功したのか?」
無我夢中で雪原から退却したライコウ達は、前方で第二部隊の帰還を待っている全軍を見た。 四万人ものゼルナー達が各部隊に分かれて整列している様子は壮観であった。 ユキとヴァイプはすでに取材活動を開始しており、第二部隊にカメラを向けていた。
「うぇぇ、もう歩けないわん……」
前方で待つ仲間達の姿に安心したのか、エンドルが疲れ果てた様子で雪の上に倒れ込む……。 すると、エンドルの様子を見て緊張の糸が切れたのか、第二部隊のゼルナー達の殆どがその場に座り込んでしまった。
――第二部隊はフルを誘き寄せる事が任務であった。 雪原からアイズ・ゲノムへ続く氷山の割れ目付近の窪地までフルを誘導し、雪原の奥に聳える南端の崖地からフルを遠ざけると共に、ペイル・ライダーが放った毒ガスが滞留しやすい窪地でフルをくぎ付けにしようとした。 だが、粘着弾でフルを拘束しようとしたライコウの作戦は失敗に終わった。 フルは粘着剤をあっという間に溶かして拘束から自由になった。 とはいえ、フルが窪地から出ても毒ガスは雪原全体に充満するので、致命的な失敗ではなかった――。
こうして、第二部隊は無事全軍と合流する事が出来た。 全軍は雪原を蹂躙するペイル・ライダーが放った毒が霧散するまでの間、アイズ・ゲノムで待機する事になっていた。
ペイル・ライダーを事前に南端に待機させ、フルに毒ガスを浴びせる戦略は各部隊の部隊長しか知らなかった。 全軍には知らされておらず、ゼルナー達はここで初めて作戦の全容を知ることが出来たのだ。
『――そういう事なのじゃ。 黙っていてすまんのぅ』
ライコウはデバイスを介して第二部隊のゼルナー達に作戦の全容を隠していた事を詫びた。
『……まぁ、別に良いんじゃないですかね? 結果的に上手くいって、誰も犠牲者が出なかったんですから。 ねぇ、皆さん――?』
ライコウの詫びにソルテスが「謝罪に及ばず」と皆に同意を求めるように後ろを振り向いた。
すると――
第二部隊の背後には、いつの間にかアセナ率いる第一部隊の一団がいた。 彼らは第二部隊の兵士達に対して鎧を脱ぐように指示し、嫌がる兵士から強引に鎧をはぎ取っていた。
「コラ、お主ら一体何やっておるんじゃ――!?」
ライコウは不審な行動を取る第一部隊を咎める為、仲間達をかき分けて第一部隊のゼルナー達に近づいた。
すると、次の瞬間――
『――ドンッ――!!』
と大きな銃声が聞こえ、第二部隊の数人の兵士が降り積もった雪の大地に倒れ伏す姿がライコウの目に映った……。
倒れた兵士の周りからジワリと滲む血のようなオイル……。 彼らの横には銃を構えた第一部隊のゼルナーと……まさに今銃を撃ったばかりのオオカミ姿のアセナが、銃口から煙を上げながら倒れた仲間達を睨みつけていた――。
ライコウはこの信じられないような光景を目の当たりにした瞬間、頭の中が真っ白になった――。
「――貴様等――!!」
ライコウは何の為に第一部隊が仲間を射殺したのか考えを巡らせないまま、自身の手を握っていたヒツジの手を引き離し――
――全身から凄まじい雷を放電し、第一部隊のゼルナー達に襲い掛かった――!
「ひ、ひぃ!!」
雷のようなライコウの攻撃は、第一部隊のゼルナー達には全く追う事が出来ない。 あっという間に数十人のゼルナー達がライコウによって打ちのめされる――。
ライコウは憤怒の瞳でオオカミ姿のアセナを睨みつけ、アセナに向かって雷を纏った剣を構えた。
「アセナ……貴様、一体どういうつもりだ?」
ライコウの背には、怯えた様子の仲間達が見守っている……。 ライコウに峰打ちされた第一部隊のゼルナー達は、仲間に引きずられてアセナの背後に身を隠すように撤退した。
――すると、騒ぎを聞きつけたエクイテス軍の一団がやって来た――
『――ライコウ様、止めるのだ!』
ライコウのデバイスからラヴィの声が響き渡った。 ライコウはラヴィの声に冷静さを取り戻し、アセナを睨みつけたまま剣を収めた。
すると、第一部隊のゼルナー達がライコウを横目に見ながらそそくさと通り過ぎ、再び第二部隊の兵士達に鎧を脱ぐよう強要し始めた……。
『ラヴィ! これは一体どういう事なんだ!?』
何も答えないアセナに業を煮やしたライコウは、怒気を含んだ声でラヴィに問いかけた。
『……バ、バグズ・マキナ……』
ラヴィは委縮した様子でライコウに答える。
『――なっ!?』
ライコウは思わず手に持っていた剣を大地に落とし、後ろを振り向く――。 すると、銀色の毛並みをしたネコ型ゼルナーが、裸になった兵士の身体を緊張した様子でチェックしている姿があった。
ライコウの様子からようやく口を開けると判断したのか、アセナが自らの行動を釈明した。
「ライコウ殿……。 残念ながら第二部隊の兵達の中でバグズ・マキナに感染した者を発見した」
「……まっ、まさか……そんな事……」
あの悍ましい虫の大群は確かに全滅させたはず……。 そう思い込んでいたライコウはアセナの言葉に愕然とした。
アセナはライコウの傍へ歩み寄ると、白銀の鎧を身に纏ったライコウの肩を、黒い毛で覆われた逞しい獣の手で掴んだ。
「……ライコウ、あのバグズ・マキナの大群の中、犠牲者が全く出ないと考えるのはあまりにも楽観的過ぎるのではないか?」
ライコウはアセナの指摘に唇を噛み、身体を震わせた。
「……っく!」
悄然としたライコウの様子にアセナは自身の行いの釈明を続ける。
「バグズ・マキナに感染すると体のどこかに感染痕が残る。 腕が最も痕が残っている事が多いので、我々は皆の腕をチェックしていたのだ。 もし、腕が銃などであれば、足を、足が無ければ首を……。 とにかく、バグズ・マキナに感染した者は必ずどこかに感染痕が残っている――」
すると、ラヴィがアセナの足りない説明を補うように言葉を継いだ。
「――バグズ・マキナが放出する極小の粒子は体内の冷却水や燃料ダクトを通り、アニマを目指すのだ。 その粒子が一体何なのかはワガハイにも分からないが、粒子はその過程でダクトを腐食させるのだ。 すると、中央処理装置は腐食したダクトの錆や不純物を人工皮膚から体外へ放出するように命令をし、錆などの不純物が人工皮膚の表面に浮き出てくるのだ……」
浮き出て来た不純物は人工皮膚の表面に染みとなって現れる……。 ラヴィはこれを感染痕と呼んでいるとライコウに説明した。 そして、その感染痕は上腕から肘辺りにかけた部分が一番出易いという事も付け加えた。
(もちろん、バグズ・マキナに感染しているコヨミにも感染痕が残っていた。 彼女はデバイスを使用して感染痕を隠蔽していたが「もしかしたら、誰かに気付かれるかも知れない……」という恐れから、どんなに袖がめくれても感染痕が残っている上腕が露わにならないようにやたらと袖を長くした服を着ていたのである)
ラヴィがライコウに説明をしている中、次々とライコウの背中から第一部隊のゼルナーから非情な叫び声が聞こえて来た。
「――もう一人、感染確認しました!!」
「うゎゎ――! 助けてくれ! ライコウ様――!!」
感染を確認した兵士を無情にも羽交い絞めにして一団から引き離すゼルナーに、ライコウは思わず身体が動いた。
だが――
「――ライコウ、君も分かっているだろう!」
アセナが背後からライコウを羽交い絞めにした。 先ほどまで共に戦っていた第二部隊の仲間達から次々と感染者が発見される……。 第一部隊のゼルナーに連行される仲間は、感染していない仲間に助けを求めている。 だが、仲間達は助けを求める悲痛な叫びに耳を塞いで俯いた。 ソルテス、アロン、エンドルの三人も悲痛な様子で下を向いていた……。
「……バグズ・マキナに感染した者は、もう助ける術が無い。 ウィルスが中央処理装置を乗っ取り、発症する前に……稼働を停止させなければならんのだ……」
バグズ・マキナに感染した者を完全に破壊する事は出来ない。 アニマを破壊すれば大爆発を起こすからである。
彼らはバグズ・マキナに侵食される前に中央処理装置を破壊され、強制的に稼働を停止させられる。 人間で例えるなら、彼らは脳死状態にさせられたまま、永久に隔離されることとなるのだ……。
「……ライコウ殿、我々はこの苦しみを何年も……何十年も繰り返して来た……。
君が――
君がこの悲劇を止めるんだ!」
ライコウを抑えるアセナの太い腕……その腕は悲しみに震えていた……。 第一部隊のゼルナー達も断腸の思いで仲間を傷つけているのだ。
(コヨミ……ライム……君達もこの苦しみをずっと背負って来たのか)
ライコウはバグズ・マキナに感染している二人の不幸を悲しんだ。 同時に、目の前で連れていかれる感染した仲間達を助ける事が出来ない自分に怒りを抱いた。
――ディ・リターでは街の広場に大型の3Dモニタが設置されており、ヴァイプから伝送されたアイズ・ゲノムの様子が映し出されていた――
デバイスを持たない民衆は画面に映った凄惨な光景に息を呑んだ。 ユキの悲痛な解説を通し、この戦いでどれだけのゼルナー達が犠牲になるのだろうと戦慄し、命懸けで戦う彼らの姿を映すモニタから誰も目を離す者などいなかった。
同時に、遠くバハドゥル・サルダールでもヴァイプからの映像は届いていた。 当初、大聖堂の広場に設置されたモニタに映し出されたライコウの姿にバハドゥルの民衆は興奮し、称賛の声を上げて盛り上がっていたのだが、バグズ・マキナに感染した仲間達を断腸の思いで破壊するゼルナー達の悲痛な叫びが響き渡ると水を打ったように広場が静まった……。
「――器械達の未来の為に、ディ・リターとエクイテスのゼルナー達が戦っているんだ!」
民衆の一人が叫ぶとまばらに拍手が沸き起こり、やがてアイズ・ゲノムに届けとばかりに彼らの勇気を称える声が沸き起こった。
ファルサは自分が戦いに参加できなかった事を悔やんでおり、デバイスへ転送された映像を見ずに、ひたすらセヴァーと訓練に明け暮れていた。 アミはディー・ディー、ネマと一緒に戦場にいるであろうジャーベの無事を祈っていた。 ヘルペロ夫妻はデバイスから転送される映像を見ながら、シビュラの代わりにボニーヤードで眠る故人の墓を見守っていた。
――レグルスの期待は現実のものと成りつつあった。 世界中の器械が固唾を飲んで戦いを見守っていた。 全世界の器械達の想いが一つになるには、まだ時間がかかる。 だが、ユキとヴァイプが発信した映像が器械達の想いを一つにするきっかけになった事は間違いない……。
彼らの想いはいずれ一つとなるだろう。
この星を護り、器械達の存続をかけて戦う為……。
その為のきっかけをユキとヴァイプは民衆に与えたのであった――。
――
吹雪が吹きすさぶ慟哭の雪原の薄暗い雪景色は、濃い青色の毒霧に覆われていた。
毒々しい程に濃い霧は、南から吹く風によって北に聳える氷山へ衝突すると、跳ね返されて雪原の中央で渦を巻いている。
その渦の中心では、鉛色の翼を持つ天使が雪原の大地に這いつくばって、吐き出す血から生まれ出る漆黒の蛇達に身体を拘束されていた。 (イナ・フォグが使用したスキル『ブラッド・リベル』によって傷ついた者は、全身の血に禍々しい呪いをかけられる。 呪いは流れる血を全て漆黒の蛇へと変えて身体を拘束し、蛇はさらなる血を求めて宿主に襲い掛かるのだ)
イナ・フォグは毒を防ぐ霧を発生させる石化した蛇を身体に巻き付けて身を護っていた。 彼女は身を護る術を持たずに藻掻き苦しんでいるフルを、上空から悲し気な様子で見つめていた……。
――ペイル・ライダーが放った毒ガスは、オフィエルの体液を培養して造り上げた強力な猛毒であった。 イナ・フォグさえも苦しめたこの恐るべき毒は、何の防御手段も持たないフルにとっては致命的な威力を持っていた。
フルは予想もしなかった強力な毒に晒され、危機的な状況に陥った……。
彼女は咄嗟に雪原から脱出を図ろうと、紫色の光に覆われた空を飛んだ。 しかし、その手前でイナ・フォグに行く手を阻まれた。 彼女はイナ・フォグの鎌によって身体を切り裂かれ、雪原の中央へ落ちて行ってしまったのである。
だが、フルがイナ・フォグに邪魔されなかったとしても、紫色の光を越えて雪原を脱出する事は不可能だっただろう……。
イナ・フォグが使用したスキル『ファフィール・リフテル』は広範囲に紫色の障壁を張って、外部からの攻撃を防ぐ目的で使用される。 ところが、このスキルは障壁に護られた内部の者が外部へ出る事が出来なくなるという特性もあったので、障壁の内部に敵を封じ込める目的でも使用する事が出来たのである。
このスキルの都合が良い特性はそれだけではなかった。 障壁は外部から侵入するマナスや酸素といった細かい粒子を防ぐ事は出来ない。 したがって、障壁の外で吹く風は何事も無く障壁を透過して、雪原に雪煙を舞わす。 ペイル・ライダーが散布した毒ガスは南から吹く強い風に乗って雪原全体を蹂躙し、やがて上空へ霧散して行くのである。 よって、毒ガスを噴射するペイル・ライダーの背後に居れば、ガスはペイル・ライダーの前方へ広がって行くので毒の影響を受ける事がない。 ミヨシ、シビュラ、センの部隊がペイル・ライダーの背後に位置していたのはそう言う理由であった――。
一方、シビュラ、ミヨシ、センの三人は巨大な機械に変貌したペイル・ライダーの後ろに隠れ、イナ・フォグからのフルが毒によって地上へ落下した事を聞き、フルの位置を把握した。
そして、ここぞとばかりにフルに追撃の一手を加えんと、恐るべき兵器の使用を準備しようとしていた。
「ペイル・ライダー! 放射性粒子射出装置の準備は良い?」
シビュラの問いにペイル・ライダーは応答するかのように、本体の黒い球体が浮いている前面のシールドを開いた。 すると、球体はにわかに赤く熱を帯び、表面にプラズマを発生させてエネルギーを増大させた。
『……放射性射出装置、起動準備中……80……95……100……
……エネルギー充填完了……』
真っ赤に変化した球体から膨大なプラズマが発生し、中心から青い光が盛り上がる――
『――警告――放射性粒子射出装置、発射準備完了――』
ペイル・ライダーがデバイスから注意を促す。 シビュラはその瞬間、クロークを翻し暗黒の中に蠢く左手を突き出した。
「――暗黒子を付着させてマナスと結合させる!」
シビュラの左腕から膨大な暗黒子の塊が湧き出てきた。 そして、南から吹く風に乗って周囲に拡散し、薄暗い空を真っ暗に塗りつぶした。
『――発射します――』
ペイル・ライダーの冷静な声がデバイスに響くと、燃えるように赤く輝く球体からレーザーのような青い光が放たれた――。
「――いっけー! たまやー!!」
発射されたレーザーに興奮したミヨシとセンが、何故か嬉しそうに叫ぶ。
ペイル・ライダーの目の前に漂う黒い靄を青いレーザーが穿つと、レーザーは真っ黒に変化し、周囲を螺旋状に取り巻いているプラズマをも暗黒に変えた。
バチバチと黒い電流を迸らせながら、漆黒のレーザーは薄暗い空を切り裂いてフルへと迫る――!
フルは遠くから不気味な光が迫って来ている様子を見るや否や、隠れていた右目を露わにさせた!
「ヴォーチェ・マギカ……」
真っ赤に燃える輝く右目はイナ・フォグの瞳のようであり、フルはそのルビーのような右目を光らせながら、再び呪文を叫んだ――。
「――サデ・クヴィダー!!」
フルの叫びはイナ・フォグの想定外の現象を引き起こした!
「――なっ!? 何、この感覚は――!?」
フルを中心に広大な大雪原の広範囲の空間が歪み、吹き荒れる吹雪が大きくうねる。 崖の上から放射されたレーザーも歪んだ空間に到達するとまるで蛇のようにウネウネと曲がりくねり、雪の大地に衝突した!
――膨大なエネルギーが解放された放射性粒子は巨大な赤い炎を天へ吹き上がらせ、地鳴りを轟かせる――
「うゎゎゎ――! 何が起こったんです!?」
グラグラ揺れる崖の上でミヨシが尻尾を丸めてセンに飛びついた。 センは機械の翼を羽ばたかせ、ミヨシを抱きながらシビュラの右腕を取って空へ飛び上がる――。
『――レーザー放射、失敗しました! 再びエネルギー充填を開始します!』
ペイル・ライダーの冷静な言葉とは裏腹に、シビュラ、ミヨシ、センの三人は何が起こっているのか理解が出来ず、大地に衝突したレーザーの爆風から身を護るためにデバイスの防壁装置を起動させていた。
一方、イナ・フォグの身体は再び何かに引き寄せられるように重くなり、雪原へ落下していた。 この現象は明らかに大地から生じる磁場の影響ではない……。 フルがスキルを使って磁場を強力にした可能性も考えられたが、イナ・フォグにはこの現象が分からなかった。
分かっている事は、この不可解な現象のせいでペイル・ライダーの放った放射性粒子レーザーはフルに当たらず、フルを苦しめた毒霧さえも大地へ吸い込まれるように霧消してしまったという事だった……。
「まさか……フリーズ・アウトにこんなスキルが……」
イナ・フォグが雪原に墜落し、次に来るフルの攻撃に備えて岩陰に隠れる。 身体は相変わらず鉛のように重く、思うように行動が出来ない。
対するフルは窪地から脱出し、空中で鉛色の翼を羽ばたかせながら、苦しそうに咳き込んでいた……。
「ゴホッ、ゴホッ! ……ハァ、ハァ……血を吐き出す訳には……」
イナ・フォグの呪いはフルが吐き出した血を蛇へと変える。 フルは血反吐を飲み込んで呪術の効果が切れるのを待っていたが、彼女の身体は血と共に毒を吐き出させようと彼女の意思に抵抗した。
「クソッ、毒が身体に回って思うように動けない……。 このままじゃ、ボクは……
……くっ……時間が……時間が無い」
フルは独り言を呟くと、レーザーが衝突した地上へ目を向けた。 地上は大きなクレーターが出来ており、上空に吹く雪がクレーターへ吸い込まれるように凄まじい速さで回転しながら落ちて行く。
上を見上げると、イナ・フォグが張り巡らせた紫色の光が厚い雲の隙間から差し込んでいた……。
「何の術か分からないが、あの光に触れるのはマズイ……」
フルは慟哭の雪原から出て、体内の毒が中和するまで隠れようと考えた。 しかし、イナ・フォグが雪原全体に張り巡らせた紫色の光に触れると、何やら良からぬことが起きるだろうと警戒し、雪原に出る事を躊躇した。
フルがそう考えた理由はただ一つ――紫色の光は光であるにもかかわらず・フルのスキルに反応せず、歪んだ空間を通過しても直線的な光を大地に注いでいたからである。
「……」
フルは無言でクレーターを再び見下ろすと、地上へ降下した。
「――リリム=イナ・フォグ!! ボクはお前を思い出した――!!」
突然、フルは耳を劈くような大声で叫んだ! その声はアイズ・ゲノムに待機していたゼルナー達の耳にも届くほどの叫びであった。
「フリーズ・アウト……」
クレーターに入り込んだフルが上を見上げると、イナ・フォグが立っていた……。
「……ゴホッ……イナ・フォグ……久しぶりだね。 キミが再び活動を開始したという事は、この星が終末に近づいているという事か……。
……キミの身体を蝕んでいるダカツの呪いが再び活動を……」
フルはそう言うと、地に両手をついた。 その勢いで灰色の髪に隠れていたフルの片目が露わになった……。
イナ・フォグのような赤い瞳……。 フルはその赤い目を見開くと、大声で呪詛を吐いた。
「――ソルベ・エト・コアグラ!!」
フルが呪詛を唱えた次の瞬間――雪原全体が鳴動し、何やら地から湧き出るような呻き声がそこかしこから聞こえて来た……。
「……この地で朽ちて行った数多の器械達……ボクの僕となって再び形を成し、敵を滅ぼすが良い……」
フルはそう呟くと、イナ・フォグを再び見上げニヤリと笑みを浮かべた。
『――! ミヨシ、ゼルナー全員を出撃させなさい!』
イナ・フォグはフルの笑みに悪寒が走り、ミヨシにアイズ・ゲノムで待機している全軍の出撃を命じた。
『――ハイな!』
ミヨシが叫ぶと同時に、地上から湧き上がる呻き声は苦悶の叫び声と代わり――
――雪の中から次々と器械達の成れの果てが飛び出してきた!




