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器械騎士と蛇女  作者: ティーケー
排除するリリム

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36/57

ヒツジ -1-

 まるで軍人のような恰好(かっこう)をした獣脚(けものあし)の少女は、奇妙な呪術(じゅじゅつ)(もち)いてイナ・フォグの禍々(まがまが)しい大鎌(おおがま)奇怪(きっかい)な生体武器へと変貌(へんぼう)させた。 赤く(たぎ)っていた灼熱(しゃくねつ)の刃はところどころ細胞のような肉塊(にくかい)侵食(しんしょく)されており、ドクドクと脈打っている。 刃を(つか)んでいた白骨の腕のような()はブヨブヨの肉に変わり、表面にびっしりと付いている悍ましい小さな目がイナ・フォグを一斉に見据えていた。

 

 もはや”鎌のような怪物”となった物体は宙に浮きながらゆっくりと刃を振りかざす……。 そして、一瞬動きが止まったかと思うと、元の主に向かって猛然(もうぜん)と襲い掛かって来た――。


 愛用の武器であった“成れの果て”がイナ・フォグに向かって切りかかって来た瞬間、彼女は自身の桜色の髪を(つか)んだ――。 すると、美しかった桜色の髪があっという間に桜色の大蛇へ形を変え、間一髪で大鎌の攻撃を防いだ!


 大蛇の胴体は鎌の一撃に発止(はっし)と火花を散らし『ギィィン――!』と金属音をかき鳴らす。 そして、凄まじい膂力(りょりょく)で鎌を弾き飛ばすとあっという間に大鎌を飲み込んだ!


 「――なっ!? 何だ、この力は――!?」


 フルは自身の“眷属(けんぞく)”となった鎌が一瞬でイナ・フォグを切り裂くだろうと期待していた。ところが、予想もしなかった結果に面食らい、イナ・フォグの正体を探ろうとした。


 「――キミはバトラー(器械)では無いな? ショル・アボル……? いや、違う……キミは一体……一体、何者なんだ!?」


 フルはイナ・フォグの事を全く覚えていなかった……。 フルの叫びにイナ・フォグは(さび)しげな顔を見せながら、大蛇となった髪束を切り落とす。 すると、イナ・フォグの髪はみるみるうちに元の状態へ戻り、切り離された桜色の大蛇は鎖が外れたかのように今度はフルに向かって飛びかかった――。


 イナ・フォグの能力を見て狼狽(ろうばい)したフルは、空中を自在に旋回する桜色の大蛇の速攻を避ける事が出来ず、大蛇の太い胴体に華奢(きゃしゃ)な身体を巻きつけられた。 だが、フルにとって桜色の大蛇に巻き付けられたことなど大事ではなかった……。


 「……フン、さっきは突然の事で驚いたけど、こんなトカゲがいくら(から)まって来ても――」


 フルは冷静さを取り戻し、平然とした顔で大蛇を引き千切(ちぎ)ろうと力を()める。 しかし、イナ・フォグもただその様子を眺めていた訳ではなかった。


「……馬鹿ね。 一瞬でも拘束(こうそく)出来れば、それで良いのよ――」


 イナ・フォグは大蛇でフルを拘束した事を確認すると、素早くフルに接近して蛇の尾を握った。 そして、フルに大蛇を引き裂かれる前にそのまま大蛇の尾をグルグルと振り回しながら地上へ降下し出した!


 「うゎゎ――! 何をするつもりだ!? 止めろ、お前――!」


 蛇に拘束されたままグルグルと振り回されるフルは、超高速で振り回されて頭が混乱したのか、イナ・フォグに蛮行(ばんこう)を止めるよう叫んだ。 イナ・フォグがフルの頼みなど聞く訳は無いにもかかわらず……。


 「えぃ――!」


 イナ・フォグは(ひか)えめな掛け声と共に力任せにフルを雪原へ叩きつけた!


 『ドンッ――!!』というまるで爆発が起きたかのような轟音(ごうおん)が雪原に響き、積もった雪が水しぶきのように舞い上がる。 すると、イナ・フォグの背後から『ゴゴゴ……』という地鳴りが聞こえたかと思うと、フルを大地に叩きつけた衝撃で氷柱(つらら)の森林から雪崩(なだれ)が押し寄せた――!

 雪崩は雪原へ叩きつけられたフルを容赦なく飲み込み、フルは雪に埋もれて姿が見えなくなった……。


 フルが雪崩に巻き込まれる様子を上空で眺めていたイナ・フォグは、相変わらず寂しそうな表情を崩さずに、誰もいない雪原を見据えたまま呟いた。


 「……フリーズ・アウト……彼女はもはや私の記憶すら忘れてしまっているようね……。 それだけ、マナスが彼女のココロを蝕んでいるという事……」


 (マルアハにとって、マナスはスキルという呪術を使用する為に消費される。 したがって、マナスを大量に宿しているフルはそれだけ強力な呪術を使用し続ける事が出来るという事だ。 だが、その代償(だいしょう)として過去の記憶がココロの深層に埋もれてしまう……。

 体内のマナスが少なくなれば記憶を取り戻す事が出来るが、マナスが体内から無くなれば、ハギトのように『アストラル体』と呼ばれるマルアハ本来の姿へ戻ってしまう。

 フルのアストラル体がどの様な姿なのかはイナ・フォグも見た事がなかった。 そして、マナスを消費して記憶を取り戻したフルがどんな振る舞いをするのかも分からなかった……。


 分かっている事は、彼女の記憶を取り戻すには、彼女の体内を巡る膨大なマナスを消費させなくてはならない事だけ……。 その為には、彼女にスキルを継続的に使用させるか、彼女の身体に傷を負わせ続けるしかないのである)


 ――雪崩に巻き込まれたフルは、この瞬間にも積もり積もった雪の中から飛び出して来るに違いない……。 イナ・フォグはフルが飛び出してくる事を警戒しながら、氷柱の森林へ降りて行くと、瞳を閉じながら大地に手を添えた。


 「シェム・ハ・メフォラシュ……」


 イナ・フォグが呪文を唱えると、雪の中から白色の蛇たちがウヨウヨと飛び出してきた。 蛇達は可愛(かわい)らしい(つぶ)らな瞳でイナ・フォグを見上げ、小さい舌をチョロチョロと出している。


 「アラフェール・ライラ……」


 あっという間にイナ・フォグの周りを取り囲んだ小さな白蛇達は、イナ・フォグのスキルによって紫色の霧に包まれた。 イナ・フォグは全ての蛇達が霧に包まれた事を確認すると、自身も紫色の霧を(まと)った。


 「――さあ、行きなさい!」


 イナ・フォグが白蛇達に散開するように命じた。 すると、白蛇達は機敏な動きで散り散りになりながら、雪原を目指して下へ降りて行った。


 ちょうどその時――


 『――ボコンッ』という音と共に積もった雪に亀裂が入り、雪の中から憤激(ふんげき)したフルが飛び出してきた!


 「――むぅぅ! あの女、一体どこへ消えた!?」


 フルが目を()らしてイナ・フォグを探すと、氷柱の森林に大量の紫の霧が点々と移動しているのが確認出来た。


 「――? アレは――!?」


 フルが霧の存在を確認すると、突然、霧の中から無数の小さな火の玉が飛んできた――!


 「――チッ! 小癪(こしゃく)な!」


 フルは背中に背負っていた気味悪い銃を素早く手に取って、銃から吐き出される目玉で火の玉を迎撃(げいげき)する。 そして、再び金属のような灰色の翼を羽ばたかせて空中へ飛び上がった。


 「あの女は何処(どこ)だ――?」


 フルが雪原を見渡すと、紫色の霧に包まれたイナ・フォグが雪原の中央をこれ見よがしに走っている姿を確認出来た。 雪原の侵入口である二つに裂けた大きな氷山へ向かって走っているところを見ると、どうやら彼女は雪原から出ようとしているようだ……。


 「逃がすか――!!」


 フルはイナ・フォグを雪原から出させまいと、空から銃を乱射してイナ・フォグの行く手を(はば)んだ。 すると、イナ・フォグはフルの銃撃を避けるだけで反撃もせず、あっさりと(きびす)を返した……。


 「ふふっ、意外と臆病(おくびょう)な奴だな。 だいたい、あんな目立つ霧で身を隠しているつもりかなのかい?」


 フルはイナ・フォグを嘲笑(ちょうしょう)し、雪原の奥へ引き返したイナ・フォグに再び攻撃を加えようとする。 ところが、イナ・フォグは霧に包まれた大量の白蛇を周囲に()わせて容易に的を絞らせない。


 「――フフン、そんな稚拙(ちせつ)な幻惑でボクの目は誤魔化せないさ!」


 フルは再びイナ・フォグを(あざけ)ると、得意な顔をして目の前に浮かぶ紫色の霧を一つ残らず銃撃で消し去って行く。 だが、全ての霧を消滅させたにもかかわらずイナ・フォグは見当たらない……。

 

 「――ム? あの女、雪の中へでも隠れたのか?」

 

 フルはイナ・フォグが雪の中へ(もぐ)って身を隠したのだろうと推測した。 ところが、イナ・フォグは薄暗い吹雪に(まぎ)れ、未だに紫の霧を纏って雪原に立っていたのである……。


 (アラフェール・ライラの霧に包まれた者は姿を隠す事が出来るだけでなく、霧の特性によって自分の存在を目立たなくさせる事が出来る――つまり、気配を消す事が出来る。

 もちろん、気配を消すと言っても身体が透明になったり、忽然(こつぜん)と消えたりする訳ではない。 例えるなら、道端(みちばた)の小石のように誰も気づかない存在となる事が出来るのだ。

 

 だが、普段は誰も気づかない小石でも、誰かがふとした事で小石の存在に気づけば、その者にとって小石は間違いなく実在するものとして認識され、白日(はくじつ)(もと)にさらされる。 そうなると、小石はもはや気配を消す事が出来ない。 小石に気付いた者が小石の存在を意識し続けるからである)


 ――紫の霧を纏っていたイナ・フォグがフルに発見された理由――それは、すでにフルが彼女の存在を意識していたせいで、存在を消す霧の効果が無くなってしまったからであった。 それだけでなく、イナ・フォグは逆に怪しい霧に包まれているせいで、かえって目立つ存在にさえなってしまった。


 ……ところが、フルはイナ・フォグを再び見失ってしまった。


 先ほどまでイナ・フォグの存在を意識していたはずのフルが、何故、再び姿を現した彼女の存在に気付けなくなってしまったのか?


 その理由は、フルが霧に包まれた大量の白蛇に意識を集中した事が原因であった。 イナ・フォグへ向けていた意識を白蛇達へ向けてしまったのである。 そのせいで、先ほどまでフルが意識していたイナ・フォグの存在は希薄化(きはくか)し、再び道端の小石同然の目立たない存在となったのだ――。


 「クソッ! 隠れてばっかりいて面倒くさい奴だな!」


 イナ・フォグの戦法にフルはいら立ちを隠せなかった。 イナ・フォグは吹雪の中から現れてはフルに白蛇達をけしかけ、そしてまた吹雪の中へ消えて行く……。 彼女は時々、フルから逃げる素振りを見せたり、攻撃しようとする素振りを見せたりしながらつかず離れずフルを相手にし、ライコウ達の到着を待ち続けた――。



 ――



 イナ・フォグがフルの相手をしている間、シビュラはすでに雪原から離れ、イナ・フォグの救援に来たミヨシと合流していた。 二人は氷山に囲まれた雪原の手前に位置する広大な氷の大地でゼルナー達の到着を待っていた。

 

 ――慟哭(どうこく)の雪原への侵入口は巨大な氷山が二つに割れた間に出来た、壮大な渓谷(けいこく)のような雪道であった。 不純物が混じった吹雪によって削られた氷山の表面はまるで人面のようであり、割れた氷山の間は苦悶(くもん)の叫びを上げる人間の口のようにも見えた。 そんな不気味な裂け目から吹き込む風は「ヒィィ――」という悲鳴のような声を響かせて雪原へ侵入しようとする者を拒んでおり、ライコウ達の到着を待つミヨシの尻尾を(すく)ませた……。


 「……シビュラさん、皆さんは何時来るんですか……」


 ミヨシは気味悪い風の音に(おび)えて辺りをキョロキョロ見回しながら、シビュラに聞く。


 「もうそろそろ到着するみたい。 第一陣はすでに『ギヤマン杉』という場所を越えたところみたい……」


 (ギヤマン杉というのは、デモニウム・グラキエスに置かれている大きな杉のオブジェである。 誰が、何の目的で設置したのか不明であり、クリスタルガラスのような美しい素材で造られていた。 夜間になると幹と枝が光り輝き、さらに特定の時期になると枝についた葉がキラキラと七色に輝くのである。

 年代計測の結果、設置された年代は人間が繁栄していた頃だと判明していたが、何故人間がピカピカ光るオブジェをこんな辺鄙(へんぴ)な場所に設置したのかは、皆目見当(かいもくけんとう)がつかなかった)


 ギヤマン杉がある場所は広大な平地になっていた。 人間が繁栄していた頃は大型バスや車が止まる駐車場、給油施設、宿泊所等があったそうだ。 こんな極寒の地が観光地となっていた訳では無さそうだが、何故(なぜ)か定期的に人間の一団がこの地に訪れていたようだ。

 現在は雪が降り積もっただだっ広い平地にキラキラ光る杉の木が一本(そび)え立っているだけである……。 しかし、不思議なことにギヤマン杉には未だに電力が供給されていた。 恐らく誰かが定期的にメンテナンスをしているようだが、何故、こんなオブジェの為に危険を冒してまでデモニウム・グラキエスへ侵入するのであろうか? メンテナンスをしに来る者に聞くしかないのだが、一体、誰がいつこの場所を訪れているのかを知る者は皆無であった。


 デモニウム・グラキエスを訪れるゼルナー達にとって、ギヤマン杉など興味は無い。 彼らはフルを討伐する為か、フルのいる雪原に埋設されている鉱物を採掘する為に命懸けでデモニウム・グラキエスへ侵入するのだ。 ギヤマン杉などどうでも良いのである。 彼らは燃料を補給する為にギヤマン杉がある平地で休憩する事もあるが、大体はそのままギヤマン杉を素通りし、慟哭の雪原へ向かってひたすら進軍して行くのだ――。


 (ちな)みに、ギヤマン杉を越えると一本道であった山道が三又に分岐する。 東の山道を進むと『研究所跡』という場所に到着し、南へ真っすぐ伸びる山道を進むか、西の山道を進むと慟哭の雪原へ到着した。

 今回の(いくさ)ではエクイテス軍は西の道を利用し、ディ・リター軍は真ん中の道を利用した。 彼らがわざわざ二手に分かれたのには理由があった。

 ここまで来ると大地から発生する磁場(じば)が強力になっており、ゼルナーのように磁力を無効化する事が出来ない車両は大地に吸い付かれるようにして思うように進まなくなる。 今までのように一本の狭い道を一列で登っているようでは時間がかかることから、雪原まで続く二つのルートを並行(へいこう)して利用する事で出来るだけ早く雪原まで到着しようとしたのであった。


 ――シビュラがミヨシと合流した時、ディ・リター軍の最後尾の部隊に所属していたライコウとヒツジは他の部隊より大分遅れを取っていた。 すでに、アセナ達の部隊はシビュラとミヨシが待つ雪原の手前まであと少しの場所まで進んでいたが、ライコウ達はまだギヤマン杉を通り過ぎたばかりであった――。


 ライコウとヒツジは車両に乗らず徒歩で移動していた。 前方には輸送用のトラックがエンドルとジャーベを乗せて走っていたが、強力な磁力のせいで歩いた方が速いのではないかと言うくらい遅々とした速度でしか進めなかった。 結局、トラックに乗って移動しても雪原へ到着する時間は徒歩とさほど変わらないのである。

 

 ライコウはヒツジと手をつなぎ、慎重に山道を登っていた。 止めどなく降る雪は二人の足跡をすぐに()き消し、後ろからついてくるセンと仲間達の足跡を再び付ける――。 前を行くトラックはエンドルとジャーベが寒そうに身を寄せ合っており、周りには何人かのゼルナーがトラックを護るように一緒に歩いていた。


 (……? なんか、あのトラックの後ろ……“モゾモゾ”しておるな)


 前を走るトラックの荷台(にだい)には金属繊維で造られた頑丈そうなシートが張られていた。 ライコウはそのシートの中が何やら(うごめ)いている事に気が付いた……まるでシートの中に誰かが隠れているかのように……。

 そして、そんな怪しげなシートを、時々ジャーベが後ろを振り向いてチラチラ確認をしている。 ライコウは「大方(おおかた)、ジャーベが作業用機械でも連れて来ているのだろう……」と思い「ジャーベが何を企んでいるのか分からないが、大した問題ではないだろう」とそのまま見て見ぬふりをしてトラックの後ろを付いて行った……。


 ――こうして、ライコウ達はようやく慟哭の雪原まであと数キロの地点までやって来た。 ところが、ここで()()ヒツジのせいで部隊の進行が止まる事となった――。


 押し黙ったままひたすら雪道を進んでいたゼルナー達――すると、ライコウの手を握っていたヒツジが矢庭(やにわ)に口を開いた。 ヒツジは何を思ったのか突拍子(とっぴょうし)もない質問をライコウにぶつけたのである――。


 「ねぇ、ライコウ……。 キミ、“リター”に言ったんだってね?」


 「――ん? 何をじゃ?」


 「……もうサムライなんかには興味が無いって……」


 「――!」


 ライコウは突然のヒツジの言葉に思わず足を止めた……。


 「……お主、ワシがバハドゥルでマザーと会った事を知っていたのか?」


 ライコウの問いにヒツジは白い光を瞳から放ちながら「……うん」と一言ことばを返した。


 「まぁ、アレは“あ奴”の言葉に対して、勢いで言ってしまったのじゃ。 本気でそう思っている訳ではない――」


 ライコウはそう言うと再び歩き出そうとしたが、ヒツジはライコウの釈明(しゃくめい)に納得していないのか、ライコウの手を強く引っ張って行かせないようにした。


 「……ウソだ。 キミが(あこが)れていたのはサムライじゃなくて、キミの大切なトモダチ……。サムライだったトモダチに憧れて、キミもサムライになろうとしたんだ……」


 ヒツジの思わぬ言葉にライコウの足は完全に止まった。 すると、後ろからついてきたセンがライコウの背中にぶつかり「ブッ……!」という(うめ)き声を響かせた。 ライコウはそんな呻き声を無視してヒツジの瞳に顔を向けた。


 「ヒツジ……お前、何を言っているんだ?」


 ヒツジの瞳は(だいだい)色と黄色い光が混じった何とも言えない光を放っていた。 気が立っている様子でありながらも、何かに期待するような……そんな複雑な心境がヒツジの瞳に現れていた。


 「……何って? ライコウ、いい加減白々しいウソは止めてはっきり言ったら?


 ――キミの記憶は回復しているんでしょ?」


 「……お、お前、何を言って――?」


 ライコウはヒツジの言葉に戸惑(とまど)った……。 後ろではセンが何か文句を言っているが、ライコウの耳には届いていない。 ヒツジは苛立つように瞳を橙色に点滅させるとライコウの手を放した。 そして、マジックハンドのような両手を振り上げると、ライコウの疑問を(さえぎ)って、三本指の拳を握りしめてプンプン怒り始めた。


 「――もう忘れたとは言わせないよ! 今の話し方だって、もともとキミの話し方じゃないか! それに、そもそもキミは厄災が起きる前からサムライだったんだ!


 そんな事、キミはとっくに思い出しているはずなんだ! だからっ――! ……だからリターに“あんな事”言ったに決まってるんだ。


 何もかも……何もかも思い出して!


 そうなんでしょ? ライコウ――!」


 ヒツジは唖然(あぜん)とするライコウに迫る様に問い詰めた。 すると、突然、ライコウの背後にいたセンが二人の間に割って入った。


 「――ちょっと、貴方達! 何、道の真ん中で立ち止まってるんでありますか!!」


 ライコウとヒツジが雪道の真ん中で立ち止まったせいで、センの後ろから付いて来ていた兵士達や車両が立ち往生(おうじょう)していた。 センは突然立ち止まったライコウの鎧に顔をぶつけてしまい、鼻を赤くしながら二人の迷惑行為を(なじ)ったのである。


 「ス、スマンのぅ……」


 ライコウは後ろで使えるゼルナー達に()びを入れると、瞳を赤色に点滅させながら不貞腐(ふてくさ)れているヒツジを(なだ)めた。


 「ヒツジ……すまない。 今の話の続きはフルを討伐してからゆっくりしよう」


 ヒツジは()ねているのか、ライコウの言葉に返事もせずに再び雪道を歩き出した……。 そんなヒツジの手をライコウは再び握る。 すると、ヒツジは抵抗する事なくライコウの手を握り返した。


 ――ヒツジが突然ライコウに対して不満をぶつけた理由、それはヒツジが自分の過去を思い出した事に起因(きいん)していた――


 ライコウとヒツジがギヤマン杉のある平地に到着した時、ヒツジはしばらくの間、杉の前に(たたず)みボーッとした様子で枝葉を見上げていた。 ライコウがいくら催促してもヒツジはその場から動かず、ライコウの部隊はギヤマン杉の前で停滞せざるを得なかった。

 

 この時、ヒツジはギヤマン杉を見上げながら自分の過去を思い出していた。


 その過去は、自分がこのガラスの杉を幸福に包まれながら眺めていた時の記憶であり、ヒツジはしばしの間、暖かい記憶の中に包まれていたのであった……。


 ……


 『ヒツジ、綺麗(きれい)ですわね――!』


 燦然(さんぜん)と輝くギヤマン杉を見つめているヒツジの耳元に、楽しそうな女性の声が響いて来た。 かつてヒツジの(そば)にはいつも二人の人間がいた。 ヒツジはその二人の人間に愛され、幸福な生活を送っていたのだ。

 

 ……しかし、その幸せも長くは続かなかった……


 ヒツジは気が付くと独りぼっちになっていた。 身体を(おお)っていた()()()()()()()()は跡形も無く焼失し、頭は吹き飛び、両腕も破壊されていた。 いつも傍にいたはずの二人の人間の姿はもう何処にも居なかった……。


 ヒツジはそれから何年も寂寞(せきばく)とした大地を彷徨(さまよ)い続けた――。 その間、(おびただ)しい機械やロボットの残骸から使えそうなパーツを集め、頭と両腕を修復した。

 機械の身体へと戻ったヒツジは、自分の姿を見る度に憂鬱(ゆううつ)になった……。 ある時は湖で冷却水を補給しようと湖面(こめん)(のぞ)くと、湖面から反射する一つ目をした自分の姿に思わず顔を背けた。 またある時は、大地に浮かび上がるロボットのような自分の影を見て悲嘆に暮れた。

 ヒツジはこのまま自らの手で“器”を破壊して死んでしまおうとすら思った事もあった。


 だが、ヒツジは諦めなかった。


 全ての生命が根絶やしとなった荒れ果てた地で、ヒツジは二人の人間を”見つけよう”と必死に旅を続けた。


 ……見つけようと……?


 そんな事など不可能であることは、ヒツジも分かっていた。


 二人がすでに死んでしまっている事は、ヒツジも分かっていたのである……。


 だが、ヒツジは二人の遺体を見つけ、骨の一本……いや、(ちり)のような骨の一片でも良いから二人が残した痕跡(こんせき)を回収したかった。


 ……そして、二人との思い出を胸に、今度こそ自らの器を破壊して永遠の眠りにつこうと思っていたのである。


 しかし、そんなヒツジの絶望の旅は、一人のマルアハと再会する事で希望に変わった。 ヒツジはマルアハからこの星に何が起こったのかを聞いた。 そして、大好きな二人を再び蘇らせる事が出来る可能性がある事を聞いたのであった。


 『お母さま……。 ボクはまたあの時のようにお母さま、お父さまと一緒に三人で暮らしたい……』


 ヒツジは希望を持った。 もう一度、両親として(した)っていた二人の人間と再会し、再び二人の愛情に包まれながら幸福に暮らす希望を――。


 ……


 ヒツジの意識は記憶から帰って来た。 ギヤマン杉は薄暗い雪風に吹かれてガラスのような葉を風鈴のようにリンリンと鳴らしている。


(ボクの夢……。 それを実現する為にはライコウの記憶を取り戻さなきゃならない……。


 ……でも……)


 ヒツジはいつも苦悩していた。 ライコウの記憶を取り戻し、自分の夢を実現する為にはどうしても『犠牲にしなければならない者』がいる事に……。 その事実がヒツジにとって耐え難い苦痛であった。

 

 (……ボクは……()()に出会わなければ良かった……)


 ヒツジは常にココロの中で葛藤を抱きながら、ライコウの記憶を取り戻そうと努力していた。 ところが、当のライコウは断片的な過去を語ってヒツジを期待させるだけで、自分では記憶を取り戻そうと努力する様子がない。 サクラ2号がエクイテスのゼルナーと会うことを躊躇していた際、ライコウはヒツジの前で再び記憶回復の片りんを見せたが、それもヒツジの期待外れに終わってしまった。 そんな中、自分が幸福だった頃の過去を思い出させるギヤマン杉を見たヒツジは、何時(いつ)まで()っても置き去りにした記憶を探しに行かないライコウに対して、思わずやり場のない怒りをぶつけてしまったのである。


 ――銅色のアームから伸びる三本指のヒツジの手。 ヒツジは自分が大嫌いな機械の手で大好きなライコウの手を握り、再び雪道を歩き出した――

 

 ヒツジは顔を上げてライコウを見た。 すると、ヒツジの視線に気付いたライコウが悲し気な微笑をヒツジに向けた。


 (ライコウ……ゴメンね……。 本当はキミの事をいつだって……)


 ヒツジは瞳を青く光らせると、再び下を向いてライコウの手を強く握った。 グローブ越しからでも、ライコウのほんのり暖かい手の温もりが感じられた……。

 

 ――フルがいるデモニウム・グラキエスの中心まであと少し……。 二人の背後にはセンの他、大勢のゼルナー達が従っている。 彼らは来たる決戦の地へそれぞれの想いを胸に黙々と雪が降りしきる山道を登り続けた――。



――



 デモニウム・グラキエスの中心である『慟哭(どうこく)の雪原』へ続く大地は、見渡す限り氷と雪に囲まれた死の世界であった。 大きな氷の岩が至る所に転がり、雪に埋もれた戦車や武装車両があちこちで砲身や車体の一部を(さら)け出している。 およそ百年にも及ぶフルとの戦いで朽ち果てた鉄の群れ……。 (むせ)び鳴くような声を立てて吹き荒ぶ吹雪は、まるでこの場にいる四万を超えるゼルナー達に破壊された仲間達の無念を晴らしてほしいと叫んでいるようだった。

 かつて、人間はこの場所を『アイズ・ゲノム(氷の地獄)』と呼んでいた。 強い磁場によって航空機も飛ばせない氷山に囲まれた大地は、一度侵入すれば方角を見失って地獄のような吹雪によって身も心も凍り付いてしまう。 そんな過酷な環境からこのような地名がついたのだろう。


 (因みに、人間が生きていた時代では、アイズ・ゲノムはデモニウム・グラキエス一帯を統治していた独裁国家によって立ち入り禁止とされていた。 そればかりか、独裁国家はデモニウム・グラキエス全域をも立ち入り禁止にしていたのである。


 表向きの理由は単に「強い磁力と寒波によって生命に深刻な影響を及ぼす極めて危険な地域であるから」という理由であったが、(ふもと)に物々しい検問所を設置して侵入者を監視するという異常な程の厳重警戒を敷いていた事から様々(さまざま)な憶測と疑念を呼び、ついには世界各国にあるウワサが広まり出した――。


 『独裁国家はデモニウム・グラキエスの何処かに「ホムンクルス」を製造する為の研究所を建設している。 その研究所は「ドリーム・ボックス」と呼ばれており、世界各国から女性と子供を誘拐(ゆうかい)し、誘拐した者達を実験材料にして日夜ホムンクルスの製造研究をしているのだ……。

 そして、その事実を突き止めた「トコヨ」という島にある「ジングウ」という国は、そんな非人道的な研究を行う独裁国家に反発して二人の兵士を派遣した。 その二人の兵士は密かにドリーム・ボックスへ潜入し、施設を壊滅させた。 そして、施設内に監禁されていた者達を助け出してジングウへ連れて帰った……』


 世界各国ではそんなウワサが英雄譚(えいゆうたん)のように広まっていた。 だが、当のジングウはそのウワサを否定しており、その後『厄災』が起きて人類が滅亡してしまった為、結局、真相は闇に包まれたままになってしまった……)

 

 ――ライコウとヒツジがアイズ・ゲノムへ着くと、すでに全軍が集結しており、武装した大勢のゼルナーがこれから始まる戦に感極まって気勢(きせい)を上げていた。

 かつて、これほど大規模な作戦はなかった。 気合(みなぎ)るゼルナー達の熱気は地上に降り積もる雪を溶かして蒸気となってモワモワと昇華(しょうか)しているが、すぐに上空の極寒の風に吹かれてパラパラと小さい(ひょう)となって落ちて来た。

 

 「――ライコウ様! 待ちかねていたのだ!」


 吹雪が吹きすさぶ(かす)んだ前方からラヴィの呼ぶ声が聞こえた。 すると、ザクザクと雪を踏みしめながら駆け寄ってくる彼女の姿が見えてきた。 自身が開発したアイン・ネシェルで目を覆い、鼻と口をフェイスマスクで隠した姿であったラヴィは、二人の目の前で止まると、プルプルと頭を振って髪にかかった雪を振り落とした。

 

 「ラヴィ、お主、何処(どこ)へ行ってたんじゃ? アセナ達と一緒では無かったようじゃが……」


 ライコウの問いにラヴィはアイン・ネシェルを外して困惑した表情を見せると、エクイテス軍が集結している方向へ顔を向けた。


 「うぅ……。 何故かワガハイはエクイテスのリーダーとされてしまったのだ……。 今は何とかあの集団からコッソリ抜け出したんだけど……」


 ラヴィがそう言いかけると、顔を向けた方から大挙してエクイテス軍の一団がやって来た。


 「あゎゎゎ!? バレたのだ――!」


 ラヴィは慌てた様子で靴の裏に装備していた超小型のジェットエンジンを起動させる。 そして、唖然(あぜん)としているライコウとヒツジに背中を見せると雪の上をすべるように走り出し、そのまま吹雪の中へ消えて行った……。


 「アルちゃん! 待ってぇ――!!」


 エクイテス軍の一団は二手に分かれると、一方は逃げるラヴィを追いかけた。 ラヴィを追いかける集団には学生服を着た刈上(かりあ)げ姿のゼルナーと(こん)色のストライプスーツを着た大柄(おおがら)のゼルナーが混じっていた。 皆一様に瞳をハート型に変えており緊張感がまるでない様子であったが、ライコウ達に近づいて来たもう一方の集団は重々しい鎧を身に(まと)った緊迫した様子の兵士達であった。 彼らはライコウが率いる部隊に前に到着すると一斉に二列に並んだ。 そして、後ろから飄々(ひょうひょう)とやって来るレグルスが列の間を通り抜けている間、レグルスに向かって敬礼をしながら直立していた。

 

 「ライコウ、遅かったじゃないか! お前、ギヤマン杉の前でセンとイチャイチャ遊んでたんじゃないだろうな?」


 右手に持っていたこげ茶色のキャスケットを被り直したレグルスは、足元まである長い丈のコートを靡かせながらライコウに対して軽口を叩いた。 レグルスは背中に細長い(つつ)のような機械を背負っている。 機械はグリップのような持ち手が付いていたことから、恐らくレーザー銃ではないかと思われた。 そして、良く見るとレグルスだけでなく、彼の後ろに控えるエクイテス兵も全員背中にレーザー銃のような機械式の筒を背負っていた。


 「――ちょっと、何言ってるんでありますか! そこにいるヒツジが油を売っていたから遅れたんであります! だいたい貴方達、レーザーも効かないのに何でレーザー銃を装備しているんでありますか? 馬鹿なんでありますか?」


 ライコウに代わってセンがレグルスに罵声(ばせい)を浴びせる。 ライコウの手を繋いでいたヒツジは、申し訳なさそうに瞳を青く光らせながら下を向いていた。 ライコウはセンの文句を無視してヒツジの頭を撫でてヒツジを(なぐさ)めた。

 レグルスは機械の翼をバタつかせて怒るセンを一瞥(いちべつ)すると「はぁ、うっぜ……」と呟き「馬鹿はお前だ」とセンの懸念(けねん)一蹴(いっしゅう)した。


 「まったく……俺達が何度この地へ来ていると思ってるんだ? レーザー銃が効かないことなど、お前よりも俺たちの方が良く分かっている。 お前は大人しく支援部隊に回って、俺達の後ろからチマチマ援護していれば良い――」


 「――なっ!? 自分だって、マザーのご命令じゃなかったら貴方達と一緒に前線で戦っているであります! マザーのご命令だから仕方なく支援部隊に入るのに、そんな言い方って無いんじゃありませんか!?」


 センはレグルスの言葉に顔を赤くして再び怒鳴(どな)る。 すると、レグルスは(あき)れたように肩を(すく)めて「はい、はい……俺が悪かったよ。 ゴメンね、センちゃん♡」とセンを小馬鹿にしたように謝罪した。


 「――ムムム! これだから、自分は貴方の事が大嫌いなんであります!」


 センが両拳を握り締めて怒っていると、そんな事をしている時間は無いとばかりにライコウが口を挟んだ。


 「――レグルス、そんな事より、すぐに部隊を再編制して、フォグの救援に向かうのじゃ!」


 ――イナ・フォグはこの瞬間もフルと戦っていた。 雪原へと出ればこんな茶番が出来る状況ではなくなるのだ。 すると、ライコウの言葉に呼応するように、全軍のデバイスにアセナの声が響き渡って来た――。


 『――皆の者、すでにアラトロン嬢がフルと戦闘を開始している。 我々は予定通り、まず少数でアラトロン嬢の救援に向かい、例の合図ですぐに退却する!』


 氷の大地に集結したゼルナー達の大軍に、アセナがデバイスで作戦を指示する。 吹雪の中ではいくら大声を張り上げても四万を超える兵士達には聞こえない。 フルに会話を聞かれない為にもこれから先はデバイスで連絡を取り合う事が必須であり、デバイスが無い一般器械達は消磁装置を付けていない戦車や車両と一緒にアイズ・ゲノムに留まって、雪原へ攻め込むゼルナー達の補助をする役割を担っていた。 

 

 『まずは、ディ・リター軍の第二部隊が雪原へ突入する! もし、第二部隊に不測の事態が起きたら、エクイテス軍の第二部隊がディ・リター軍に続け! 指揮はアルに任せたぞ!』


 アセナの問いかけに『うぅ……分かったのだ!』とラヴィが不満気に答える。 すると、アセナは全ての兵士に向けたこの戦いに懸ける意気込みを伝え、全軍を鼓舞(こぶ)した。


 『100年に及ぶフルとの戦い……その戦いを終わらせる時が来たのだ!


 我々器械達の未来の為に、自分の命が惜しいと考えるな!


 たとえ己が破壊されたとしても、フルを消滅させ、破壊する事こそが愛する者達の未来を救うのだ!』


 アセナの呼びかけに怒涛(どとう)のような雄叫びがデバイスを震わせた。

 

 『――オオォォ――!!』


 ラヴィの尻を追いかけていたエクイテスのゼルナー達も立ち止まって気勢を上げる。 そして、部隊を編成する為に雪上をすべるように移動してエクイテス軍の一団と合流した。


 『――作戦開始――!!』



 ――



 ディ・リター軍の総指揮を取るのはアセナ、そしてエクイテス軍の総指揮を取るのはレグルス……ではなく、ラヴィであった。

 ラヴィをアイドルのように(した)うエクイテス軍は、もともとリーダーであったレグルスを「ラヴィの方が、(はな)があるから」とかいう訳の分からない理由で強引にリーダーから外し、ラヴィをエクイテス軍のリーダーとして担ぎ上げた。 もちろん、ラヴィは勝手にエクイテス軍のリーダーにされて迷惑そうな顔をしていたが、エクイテスのゼルナー達に押し切られて仕方なくエクイテス軍のリーダーとして軍の編成を任されたのである。


 四万を超える軍勢を一気に雪原へ攻め込ませる事は出来ない。 アセナが指揮するディ・リター軍も、ラヴィが指揮するエクイテス軍も部隊を幾つかに分けてそれぞれに部隊長を任命して、部隊長に部隊を指揮させる戦略を取った。


 ディ・リター軍の第一部隊はアセナとカヨミが率いる精鋭部隊であった。 総勢一万五千人を超える第一部隊は、第二部隊が“任務”を完了した後に第二波として雪原へ突入する予定であった。

 先駆(さきが)けを任された第二部隊はライコウ、ヒツジが指揮する部隊であった。 三千人足らずの部隊はシビュラによって立案された任務を遂行する部隊であり、この中にはソルテス、アロン、エンドル、そして、銀色の毛並みをした猫型ゼルナーが従っていた。

 第三部隊はコヨミが指揮する部隊であった。 サクラ2号とジスペケがいる五千人のゼルナーで編成されたこの部隊は、主に雪原への侵入口がある氷山付近を警戒し、アイズ・ゲノムで待機している補給部隊から雪原に侵入した前線の部隊へと物資を運ぶ輸送部隊であった。 (ちな)みにこの輸送部隊はもともとカヨミが指揮する予定であったのだが、ライコウの強い要望によってコヨミが輸送部隊を指揮する事になったのである。

 そして、最後にシビュラが率いる第四部隊があった。 第四部隊はシビュラとミヨシ、そしてセンのたった三名だけであった。 しかも、センは補給部隊の指揮を執る予定で雪原に侵攻するつもりではなかったが、旧知であったアセナとシビュラの頼みによって仕方なくシビュラに同行する事となったのだ。 (だが、彼女はフルとまともに戦おうとは思っておらず、安全な場所で隠れながらシビュラの援護をしようと企んでいた) 第四部隊は第二部隊がフルを引き付けている間、迅速(じんそく)に雪原の奥へ向かい、特殊な任務を実行する特別部隊であった。


 一方、エクイテス軍の第一部隊はラヴィが指揮した。 第一部隊にはレグルスの仲間であるベースケとアルスという二人のゼルナーが従っていた。 二人はどうしてもラヴィと一緒に戦いたいと駄々をこねてレグルスが率いる第二部隊から外れてラヴィの部隊に編入されたのである。

 この部隊は他の部隊とは一線を画しており、極めて変態……いや、異質な部隊であった。 およそ五千人のゼルナー達は皆『アルちゃん命!』などと刻んだ鉢巻きを兜に巻き付け、ラヴィの周りを護るように行動した。 一見すると「こんな大事な戦にもかかわらず、なんと緊張感の無いふざけた連中だ!」と思われそうだが、実はどの部隊よりも士気が高く、団結力も群を抜いている優秀な部隊であった。 彼らはマザーやレグルスの事などどうでも良いと思っており、ただ自分達の姫であるラヴィを護り、ラヴィに愛される事を夢見ていたのである。 (たくま)しい煩悩(ぼんのう)のお陰で実力以上の性能を発揮出来たのだ……。 とはいえ、そんな煩悩に(まみ)れた第一部隊ではエクイテス軍の本隊として機能せず、エクイテス軍は第二部隊の方を本隊としていた。

 第二部隊はレグルスが指揮をとっていた。 アロンと仲が良いZZZ(トリプル・ゼット)やヤシュも第二部隊であり、その他『キノ』や『ケセット』といった未だ表舞台にでていない実力あるゼルナーも帯同していた。 第二部隊はエクイテス軍で最も多い一万人を超えた兵で編成されていた。

 第三部隊は輸送部隊であり、熊型ゼルナーであるロイトの他に『アクボル』というネズミ型のゼルナーや『ハトゥール』という恰幅の良いトラ柄の猫型ゼルナーが所属していた。 部隊は消磁装置を装備したトラックを百台くらい待機させており、アイズ・ゲノムに待機している補給部隊から補給した大量の物資を速やかに前線へ運ぶ役割を担った。


 (アセナとレグルスは、何故このような大部隊と戦うような部隊編成をしたのであろうか? 相手はフル一体のはずだが、二人は長年に渡るフルとの戦いの経験から、この編成が最善だと考えたのだ。

 

 つまり、相手はフルだけではない。 フルによって操られた仲間達が自分達の敵となって襲ってくる事を予想していたのである)


 ――こうして、ディ・リター軍とエクイテス軍は部隊編成を完了させ、遂に雪原に突撃する時がやって来た――


 ミヨシはイナ・フォグと絶えず連絡を取り合っていた。 イナ・フォグは未だ広大な雪原の中央でフルと戦っており、フルの攻撃を(たく)みにかわしながら彼女の気を引かせていた。

 

 雪原には予定通り、ライコウが率いるディ・リターの第二部隊が出撃する事になっていた。 彼らの任務は少数でフルの気を引かせ、雪原の入口までフルを(おび)き寄せる事であった。

 この作戦は事前にシビュラが起案した。 イナ・フォグとシビュラは事前に氷柱の森林を越えた崖地(がけち)に“ミサイル発射筒”を設置し、この発射筒にフルを近づけさせないようにする為であった。


 ミサイル発射筒に装填されているミサイルは一体何のミサイルなのだろうか?


 それは(すさ)まじい破壊力を持つ核弾頭……ではなく、単なる『閃光弾(せんこうだん)』であった……。


 何の変哲(へんてつ)もない閃光弾を何故死守しようとするのか? その理由は閃光弾ではなく、閃光弾が入っているミサイル発射筒にあった。

 さらに、この作戦はミサイル発射筒からフルを遠ざける為だけが目的ではなかった。 フルを出来るだけ低地に誘導する事も第二の目的としてあったのだ。

 

 慟哭(どうこく)の雪原は奥へ行くほど段々と高地になっており、最奥の氷柱(つらら)の森林に(いた)っては崖のような険しい坂となっていた。 ミサイル発射筒を設置した崖地から雪原を見渡すと、アイズ・ゲノムへ続く割れた大氷山の辺りが谷のような窪地(くぼち)に見えた。


 「恐らくシビュラの作戦は、吹雪が吹き込むこの低地にフルをくぎ付けにしている間、高地に全軍を配置させてフルを包囲するつもりだろう」


 第二部隊のゼルナー達はシビュラの作戦をこう考えた。


 だが、シビュラの考えは違っていた。 シビュラは南から吹く風が吹雪となってこの谷のような窪地に滞留(たいりゅう)する事に着目した。 氷山に囲まれた大雪原では、風は唯一の逃げ道となるこの窪地を目指して流れて行く。 だが、風の逃げ道となるアイズ・ゲノムへ続く雪道は、渓谷(けいこく)のような入り組んだ形状をしているので、そう簡単に風はアイズ・ゲノムへ逃げられない。 逃げ場を失った風は氷山に衝突し、窪地を駆け巡りやがて渦となってこの場所に留まるのである。 (フルは何故か雪原から出ようとしなかった。 アイズ・ゲノムへ続く雪道に近いこの場所にフルを誘導してもフルがアイズ・ゲノムへ行かない事は長年の戦いによって良く分かっていた)

 

 それにしても、風が滞留する場所にフルを誘導する事に何の意味があるのだろうか? 各部隊を指揮する部隊長はもちろんシビュラの目的を知っていた。 だが、部下であるゼルナー達に作戦の真の目的を伝えると、恐らく作戦を遂行(すいこう)せずに逃げ出すゼルナーもいるかも知れない……特にエンドルなんかは。

 したがって、各部隊長は第二部隊がフルの誘導に成功した時に放たれた閃光弾を合図として、第二部隊が雪原から撤退する事だけを全軍に伝えていた。 

 第二部隊が撤退した時に雪原で一体何が起こるのかは、ライコウ含めた各部隊長以外は知らなかったのである。



 ――



 『……それではライコウ殿、すぐに第二部隊を出撃させてくれたまえ! ……君がそこまで言うなら、コヨミは君とカヨミに任せた。 軟弱者のコヨミの事など、私はもう知らん!』


 ライコウのデバイスからアセナの不満そうな声が響いてきた。 実は、つい先ほどまで、アセナはコヨミの編成を巡ってライコウと言い争いをしていたのだ……。


 ……


 『――ライコウ殿! コヨミを輸送部隊に回すとは一体どういう了見(りょうけん)だ!?』


 アセナは勝手にコヨミを輸送部隊の部隊長に指名したライコウに激昂(げきこう)した。 コヨミを前線で戦わせて少しでもフルにプレッシャーを掛けたかったにもかかわらず、自分に何の相談もせずに勝手な行動をしたライコウを強く非難した。

 アセナはライコウにコヨミを第一部隊へ戻すように主張した。 ところが、ライコウはコヨミの精神状態を(おもんばか)ってアセナの主張に反対し、(かたく)なに『コヨミはカヨミと代わって輸送部隊を指揮させる』と(ゆず)らなかった。

 アセナはコヨミの本心に気付いていなかったのである……。 むしろ、コヨミは自分の妻であるカグヤと同じく勇敢なゼルナーであるはずだと思い込んでおり、コヨミが死に対して恐れを抱いていることなど夢にも思っていなかった。

 

 『もしかして、ライコウ殿は娘の性能を見くびっているのではないか?』


 親として自分の子を馬鹿にされたとさえ感じたアセナは、さすがにプライドの高いコヨミ自身がライコウの言葉に従う訳が無いとタカを(くく)っていた。 しかし、コヨミはライコウに惚れているからなのか知らないが、ライコウの言葉にヒョイヒョイ従う尻の軽さを親の前で(さら)け出し、アセナを大いに失望させた。


 ……だが、結局アセナはライコウの主張に渋々ながら同意した。 カヨミがアセナを説得したからである。


 カヨミはグレイプ・ニクロムという鉱物から製造した(くさり)を腕に仕込んでいた。 この鎖はハギトですら拘束(こうそく)出来る程の強度を誇っており『フルを拘束する為にコヨミの代わりに私が前線で戦った方が良い』とアセナを説得したのだ。

 

 カヨミはコヨミを後衛に配属させたがるライコウの深意(しんい)を分かっていた。


 『ライコウ様、私も前線で可愛い妹を戦わせたくありません。 あの子が戦いを怖がっている事は知っていますから……』


 カヨミは妹がバグズ・マキナに侵されている事は知らなかった。 だが、表向きには泰然(たいぜん)とした様子のコヨミが、実はフルと戦う時には陰鬱(いんうつ)な顔をし、悲壮感を見せている事にカヨミは気付いていたのだ。


 (本当はフルと戦うのが怖いのではないか?)


 カヨミは妹をいつも心配していた。 カヨミは戦の度に『無理に戦わなくて良い』とコヨミを気遣ったが、コヨミは『お父様とお姉ちゃんの為に戦う』と言って、父と姉の前では気丈に振舞っていたのである。


 カヨミはそんな妹との間のココロの距離を、いつも切なく感じていた……。


 しかし、ライコウと出会ってからコヨミの様子が明らかに変わったような気がした。


 (妹はライコウ様と出会ってから、自分のココロに素直になった)


 カヨミはコヨミが言葉に出さずとも、彼女が死を恐れ、フルとの戦いに怯懦(きょうだ)していた事を確信した。 カヨミは姉としてコヨミの本心を見抜けなかった事を恥じていた。 同時にコヨミがようやく自分の本当の姿を姉に見せ始めた事に対して喜びを感じていた。

 

 そして――


 そんな妹をこの身を犠牲にしてでも守りたいと強く願った。


 『私が……命を賭してでも妹を護る!』


 カヨミの決意に満ちた瞳は、父親であるアセナさえ(ひる)ませた。 アセナはカヨミの言葉に従わざるを得ず、結局、コヨミは補給部隊である第三部隊を指揮する事になったのである。


 ……


 割れた氷山の間に集結した第二部隊。 氷山に囲まれた渓谷のような雪道の先にフルがいる大雪原が広がっている……。 デバイスの情報ではイナ・フォグとフルは雪原の中央に位置する上空で戦っているようだ。

 

 流石に一同緊張しているのか、ライコウの背後に従う3000名のゼルナー達は息を詰めたように静まり返っていた。

 不安に思ったライコウが後ろを振り向くと、ソルテスとアロンの後ろに隠れているエンドルがライコウに目を合わせないように(あわ)てて身を隠した……。 ソルテスは吹雪で乱れるモヒカンを気にしながらいつも通り飄々(ひょうひょう)としており、アロンは眼を細めてワクワクした様子で粘着弾をお手玉のように手の上で遊ばせていた。 少なくとも三人は普段と同じ態度で特に気負っている様子が無い事にライコウは安心し、アロンの隣で銃を構えている猫型ゼルナーに目を移した。

 迷彩柄(めいさいがら)のスカーフを巻いた軽装(けいそう)のネコ型ゼルナーは、ライコウの視線に気づくと緑色の瞳に決意の炎を(たぎ)らせて、ライコウに向かって小さく(うなず)いた。

 どうらやらお互い旧知の仲であるようだ。 ネコ型ゼルナーが頷くと、ライコウも彼女の瞳を見つめながら大きく頷いた。


 (……出来れば君も死なせたくはない……。 だが……)


 ライコウは悲愴(ひそう)な覚悟で前を向くと、兜のシールドを下げた。 氷山の間に挟まれた雪道は渦を巻いた激しい吹雪が吹き込んで来ていた。


 「――行くぞ!」



 ――



 『――フォグさん! ライコウ様が救援に来ましたよ!』


 イナ・フォグはミヨシからライコウ達が雪原へ侵入したという報告を聞いた。 イナ・フォグは雪原の中央から徐々にライコウ達のいる北方へ移動しながら、フルと攻防を繰り返していた。 どんな物体も生物のような物体に変化させてしまうフルのスキルを警戒しつつ、フルに威力のない火球で攻撃しながらゼルナー達の到着を待っていたイナ・フォグであったが、ライコウ達が雪原に雪崩を打って突撃して来た事をきっかけに攻勢へ転じた。

 遠くから大勢の器械達が雪原に侵入して来た様子を見たフルは、イナ・フォグが器械達の味方をしていた事に驚いた様子で片目を見開き、小さな口を(すぼ)ませた。


 「まさか、キミが器械共の味方をしているだなんてね……」


 器械達とは全く異質な存在であるイナ・フォグ……。 記憶を失くしたフルでもイナ・フォグが自分と同じ存在であると感じていたので、イナ・フォグが器械達一緒になって自分を攻撃する事に違和感があったようだ。


 「キミが何者か知らないが、器械達が何万、何十万で攻めてこようが結局はガラクタの群れ……」


 フルはそう言うと、大挙して雪原へ押し寄せるゼルナー達に向けて心臓のように鼓動をする銃を向けた。

 

 「――ふふっ、ちょうど眷属(けんぞく)達も足りなくなっていたところだ。 ボクの下僕になる為によく来てくれたというところかな♪」


 フルは鉄兜で隠れた片目を細めてクスリと笑う。 そして、腐乱した肉のようにグチャグチャしたトリガーを引こうとした――。


 「させないわ――!!」


 すると、イナ・フォグがフルの前に立ちはだかり、呪詛(じゅそ)を吐いた。


 「テネブラエ・(闇の)プルヴィス()!」


 イナ・フォグが叫ぶと黒い翼から大量の(ちり)が発生し、猛吹雪をものともせずにフルに襲い掛かる――。


 「――!? これはボクのバグズ・マキナと同じ――?」


 フルはイナ・フォグのスキルに目を丸くした。 塵のように見える粒は、良く見ると体長数センチにも満たない極小の”サソリ”であった。 フルは襲い掛かる“塵のサソリ”に対抗すべく銃を引いた――!


 「――バグズ・マキナ! 器械達を蝕み、制御装置を乗っ取れ! そして、ボクにマナスを供給するんだ!」


 フルの叫び声と同時に牙を剥いた銃口から、身の毛のよだつ姿をした大量の虫が発射された。


 ――銃口から飛び出て来た虫達は一見するとアブのようであった。 それは全身ピンク色をしている奇怪な姿をしていた。 先の尖った大きな腹には血管のような青い筋が浮き出ており、丸い頭にはまるで痘痕のような小さい目が大量についていた。 口にはハサミのような鋭い牙が二本生えており、牙の間には鋭い針が伸びている。

 ブンブンと音を鳴らして激しく震わす羽は虹色のような鮮やかな色をしており、羽の表面をよく見ると、人間の目のような黒い紋様が浮かんでいた。


 恐らくこの虫を見た者は生理的な嫌悪感を覚えるはずだ。 全身に悪寒が走り、目を背けて体を掻きむしりたくなる衝動に駆られるだろう。 イナ・フォグが呼び出した小さな蠍の方がまだ可愛げがあるとさえ思うかも知れない……。


 そんな不気味な虫が銃口から大量に飛び出して、極小のサソリの群れと激しくぶつかり合った。


 「――いけない! 突破されるわ!」


 豆粒のようなサソリ達は(おぞ)ましいアブの集団にあっけなく食い尽くされ、バグズ・マキナはまるで空を流れる虹色の川になってうねりながら、ライコウ達目掛けて飛んで来た。


 『あれはバグズ・マキナ――!!


 気を付けろ! アイツ等に寄生されると助からないぞ!』


 ネコ型ゼルナーがデバイス越しにゼルナー達に注意を促す――。


 『――任せてん!』


 ライコウの背後にいたエンドルが先頭へ躍り出る。 彼女はシビュラからもらった杖を虫達に向けるや否や、杖から凄まじい火炎を放出した。

 天まで届かんばかりの火炎は、空を埋め尽くしたバグズ・マキナをあっという間に焼き払う。 だが、不気味な生体兵器は余りにも数が多く、いくら焼き払っても次から次へと湧いて来た。 エンドルに続いて仲間達も火炎放射器を手に持って彼女を援護するが、エンドルが操る火炎よりも射程が短く、しかも、風にあおられて自分達が炎に巻かれそうになるという醜態をさらし、徐々に虫たちの接近を許して行った……。


 「――クソッ!」


 ライコウは(またた)く間に迫りくる虫の集団の中に雷を(まと)った剣を投げ入れた。


 『バチバチ――!!』


 剣は凄まじい稲光を発して子虫の集団をあっという間に消し去った。 すると、ライコウは間髪入れずに空中へ飛び上がり、空へ取り残された剣をグローブを()めた左手で掴み、さらに追い打ちをかけるように弧を描くように剣を振った。

 ライコウが空中で剣を振ると、同時に紫電(しでん)の稲光が空を切り裂く――。 そして、切り裂いた空間から放射状に電流が伝播(でんぱ)し、周囲一帯を埋め尽くしていた虫達を消滅させた。


 「――!? ア、アイツは……?」


 イナ・フォグの攻撃をかわしながらゼルナー達に虫達を放っていたフルは、ライコウの姿を見て驚愕し、突然、空の上で立ち止まった。 すると、イナ・フォグはフルが立ち止まった隙を逃さず次々と呪詛を吐いた。


 「ファフィール・(魅惑の)リフテル()!」


 何の術かは分からないが、イナ・フォグの叫びで上空の薄暗い雲から紫色の光が差し込んだ。 さらにイナ・フォグが「ナハーシュ・ネホシェット」と(つぶや)くと、今度は黒いドレスの中から大蛇が這い出てきた。

 大蛇はイナ・フォグの身体から()い出すと、彼女の身体に巻き付いてそのまま石のように固まってしまった……。

 

 その間、フルは武骨な鉄兜の上から頭を両手で抱え、苦しそうな表情を浮かべていた。 どうやら何かを思い出そうとしているようだ。


 「うぅ……。 アイツがいるなら、()()()も……


 ……あの子? ボクは一体何を言ってるんだ……?」


 フルがうわ言のような言葉を発しながら動きを止めている時、イナ・フォグはいつの間にかフルの前に立ちはだかった。 フルが目の前のイナ・フォグに気が付いた時には、すでに彼女は血のような赤い蛇に変化させた片腕をフルの胸に向けて伸ばそうとしていた!


 「レッド・セルペンス(赤い蛇)――!」


 イナ・フォグの叫びと同時に、真っ赤な蛇へと変化した左腕がフルに襲い掛かる――。


 「――クソッ!」


 フルは何とか避けようと身を(ひるがえ)そうとするが、紅の蛇は赤い目を光らせながらフルの胸に噛みついた。

 イナ・フォグは蛇が噛みついた事を確認すると「ブラッド・リベル(血の中傷)……」と呟いた。 すると、蛇の鋭い牙からどす黒い血のような液体が滴り、フルの身体に注入されて行った……。


 「()っ――!」


 フルはすぐさま片腕で蛇を引き剥がすと、フルに触れたイナ・フォグの左腕はドロドロに溶けて行った……。

 だが、イナ・フォグは蛇となった自分の腕が溶ける様を平然と横目で見ながら、右腕に持った大鎌でフルに追撃を加えた。


 『ドン――!』


 イナ・フォグは大鎌の(みね)でフルの頭を思い切り引っぱたいた――。 鉄兜を思い切り叩きつけられたフルは凄まじい勢いで吹き飛ばされ、ライコウ達第二部隊がいる雪原の窪地へと落下して行った。


 「ライコウ、今よ! フリーズ・アウトにありったけの粘着弾を撃ち込んで――!」


 イナ・フォグの叫びは南から吹き(すさ)ぶ吹雪で()き消され、ライコウ達の耳には届かなかった。 しかし、ライコウはフルがイナ・フォグの攻撃によって落下した事をチャンスと見て、まるでイナ・フォグの指示を聞いていたかのようにアロンとソルテスに粘着弾を打つように指示した。


 「――今だ! 総員攻撃開始じゃ!」


 「オオッ――!!」


 雪原の入口近くに落下したフルは、ゼルナー達の攻撃が届く充分な距離にいた。 第二部隊は一斉にフルに銃弾を向けてマシンガンやロケットランチャーを放つ。 ところが、金属で出来た弾丸では磁場の影響で全くフルに銃弾が当たらない……。


 『――馬鹿野郎! 硬質プラ弾か火炎放射器を使用しろ! そんなことじゃ、フルに殺されるぞ!』


 ネコ型ゼルナーがフルに向けてマシンガンを放ちながらゼルナー達を一喝(いっかつ)する。 だが、磁力の影響を受けない超硬質のプラスチックで出来た銃弾は、金属製の銃弾よりも数段強度が(おと)っていた。 しかも軽いために風にあおられてなかなか狙いが定まらない。

 アロンとソルテスは銃撃を始めた仲間を横目にロケットランチャーに粘着弾を装填し、フルに狙いを定めた。


 「アンちゃん、ゴム弾で行くぜ!」


 アロンが叫ぶと、ロケットランチャーを構えたソルテスが「ラジャー!」と答え、パシュ、パシュと軽快な音を響かせながら、フルに向けて粘着弾を放った。 粘着弾は前から吹く吹雪に押し戻されると思いきや、発射すると同時に先が尖ったロケットのような形状に変わり、空気を切り裂いて真っすぐフルへと向かって行く。 ところが、雪に埋もれて背中を見せているフルには粘着弾は突き刺さらず、フルに当たると威力を無くして周囲に転がってしまった……。


 「――エンドル! フルと一緒に燃やしちまえ!」


 アロンが再び叫ぶと、今度はエンドルが「ラジャーよん!」とフルの身体に突き刺さらずに周囲に転がっている粘着弾目掛けて火炎を放射した。 シビュラが改良した杖から出る炎は、吹雪をものともせずに一直線にフルに襲い掛かる。 ところが、火炎がフルを包んでもあっという間に炎が消え去ってしまう……。


 「へっ、燃えないなら”くっ付けて”やらぁ!」


 フルの周囲に転がっていたゴム製の粘着弾が猛烈な火炎によって次々と破裂して行く。 そして、中に仕込んでいた粘着剤を広範囲にブチ撒き、フルの身体を粘着剤で覆ってしまった!


 「やったぜ、アンちゃん、エンドル! オイラの作戦が成功したぜ!」


 ドラム缶のような体を揺すらせて飛び跳ねて喜ぶアロン。 ソルテスとエンドルはホッとしたような様子を見せながら、アロンが用意した粘着弾を再びロケットランチャーに装填し、フルに向かって打ち続けた。


 「クソッ――! 何だ、このイヤらしい液体は?」


 アロンが開発した粘着剤はイナ・フォグやハギトの動きも止める程の強力な物であった。 しかも、ネバネバした液体はマルアハにとって生理的に受け付けない物らしく、イナ・フォグの一撃で意識が混濁(こんだく)したフルをさらに混乱させた。


 その様子を上空から見ていたイナ・フォグは、雪原の奥で待機していたミヨシに“作戦”を実行するように指示した。


 『――ミヨシ、マスティール・エト・エメットを解除するわ! 準備は良い?』


 イナ・フォグの声を頭の中で聞いたミヨシは『ハイな!』と軽快な声で答える。


 ――ミヨシはシビュラとセンの三人で雪原の奥に聳える崖の上にいた。 氷柱のような氷が突き出ている森を抜け、イナ・フォグとシビュラが設置したミサイル発射筒の前まで来ていたのである――。


 「それじゃ、照明弾、発射します!」


 金属製の小箱には赤いボタンが一つ埋め込まれており、小型の照明弾が装填されていた。 ミヨシはボタンを押そうとするが、何を思ったのか手を止めて隣にいるシビュラの顔をチラリと見て(うれ)しそうな顔を浮かべた。 シビュラは黙ったままコクリと頷くと、ミヨシに早くボタンを押すように(あご)をしゃくった。 すると、ミヨシの背後で様子を見守っていたセンが「早く、発射するのであります!」と言って、あろうことかミヨシが発射ボタンを押す前に手をヌッと突き出してボタンをポチッと押してしまった……。


 「――あぁ、何するんです! 楽しみにしてたのに!」


 ミヨシが尻尾を逆立ててセンの蛮行に抗議をしようと後ろを振り向いた瞬間、ミサイルは尻から火を噴きあげてヒューと上空へ舞い上がり、デモニウム・グラキエスを白夜(びゃくや)に変える閃光を放った!

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