それぞれの思い
地底都市『ディ・リター』の南西に位置するエリア『西の壁』――金属製の擁壁に囲まれたこのエリアの中を上空から俯瞰すると、都市の端である南西角に直立する赤褐色の壁から北と東へ伸びている二本の道路が確認出来る。 100メートルはあろうかという幅の“だだっ広い”道路はアスファルトで出来ており、バハドゥル・サルダールのように反重力装置が敷かれている道路では無かった。
二本の大通りは途中で多くの支線に分岐し、支線の沿道には車両を整備する為の工場や燃料補給施設、戦車の格納庫や武器庫といった倉庫が建ち並んでいる。 道路を通行する車両の殆どは戦車等の武装車両であり、ゴム製のベルトやタイヤを使用して走行していた。 市民の立ち入りは禁止されており、住居や商業施設は一切存在しておらず、支線から外れた小道や脇道に辛うじて小さな居酒屋や飲食店がポツポツと建っているだけの閑散とした街並みであった。
それもそのはず、西の壁はマルアハ『フル』の縄張りに近い地上へ続く出入口を設置する為に整備されたエリアであり、出入口を往来する為の施設しか建築されていなかったからである。
ところが、普段は薄気味悪いほど無機質で寂寞としたエリアが、この数週間の間で多くの戦車、武装車両が道路を走行し、数万人のゼルナーが行き交う騒然とした場所へ様変わりしていた……。
あちこちに駐車している車両と車両の間には、工具を抱えたゼルナー達が慌ただしく動き回り、彼らを補助する作業用機械達もガコガコと機械音を響かせながら、戦車やトラックに大砲やら機関銃やらを取り付ける作業をしていた。
この数週間、昼夜問わずに戦闘準備に明け暮れていたゼルナー達は一時の安らぎを求めて居酒屋や飲食店に大挙して押し寄せた。 いつもは日に数人程度のゼルナーしか相手にしていなかった店の主人も、この数週間ばかりは“猫の手”も借りたい程忙しく、実際ネコ型の作業用機械を導入してなんとか多忙を乗り切ろうとしていた。
このように、西の壁へ集結したゼルナー達はフルとの戦いに備え、武装した作業用機械の最終整備や、重火器のメンテナンス、車両整備に大車輪で働いていたのであった。
西の壁にある地上を往来する為の出入口は、道路の始点である赤褐色の壁を広範囲に掘削して造ったトンネルの中にあった。 トンネルと呼ぶのも躊躇するほど馬鹿げた大きさである大穴の内部に大規模な要塞を建築し、その要塞を越えた先に地上を行き来する出入口があった。
要塞は一見すると「まだ、建築中ではないのか?」と疑うような武骨な姿をしていた。 全体が鉄骨のような真っ黒い金属を組んだだけの骨組みだけだったのだ。 極太の黒い金属の柱は黒真珠のように光沢があり、電子機器が装着されているのか時々青や緑の光をボンヤリ放っている。 柱には大型の銃器や地上を監視するレーダー機器が所々に設置されており、地上から地底へ侵入するショル・アボルやフルの眷属、西の壁へ無許可で侵入しようとする市民を警戒していた。
また、要塞は不思議な事に金属の柱と柱の間のフロアらしき空間に、コンテナのような形状の小部屋が幾つも浮遊していた。 そして、さらに驚くことに、宙に浮いたままその小部屋を出入りする複数のゼルナー達や車両の姿も確認出来たのである。
「きっと要塞の下に強力な反重力装置を敷いているのだろう……」
この奇妙な要塞を見た者達の大半はそう思うはずだ……。
ところが、この金属の躯体を晒しているだけの要塞に、そんな大層な装置は使われていなかった。 要塞は単に壁や床、天井をガラス素材で造っているだけであり、その為、要塞内を移動するゼルナーや車両が空を飛んでいるかのように見え、要塞内に設置されている小部屋や備品も宙に浮いているように見えただけであった。
――
ライコウ達ディ・リターのゼルナー一行は、先に西の壁へ到着していたエクイテスのゼルナー達に遅れる事一日、ようやく西の壁へ到着した。
西の壁の入口へ到着すると、一般器械であるジャーベとサクラ2号が擁壁に囲まれた門扉の前で門番による検問に引っ掛かり、良く手を阻まれて激怒したサクラ2号と門番達との間で言い争いが起こった……。
西の壁エリアは原則としてゼルナー以外、入る事が出来ない。 門番達は原則にしたがって、平然と門扉からエリア内へ入ろうとするジャーベとサクラ2号を止めただけだったが、何故か気が立っていたサクラ2号はそんな門番達の態度が気に入らなかったようで、激しくライトをパッシングさせながら、ラッパのようなクラクションを鳴り響かせて激昂したのであった。
門番達もケンカ腰のサクラ2号に対して堪忍袋の緒が切れたのか、腰に佩いた剣を抜いてあわや乱闘騒ぎに発展する寸前であったが、ちょうど、ライコウ達の背後からディ・リター軍の司令官であるアセナがやって来て門番達を説得したお陰で事なきを得た……。
――サクラ2号は西の壁へ向かうまでの間、終始機嫌が悪かった。 彼女の背中に乗っていたジスペケは彼女の乱暴な運転で気分が悪くなっていたようで、メイド型作業用機械のような“のっぺらぼう”の顔全体を青く光らせ、門扉の前で「ゲェ、ゲェ」とオイルを吐き散らかしていた……。
「サクラ……お主、一体どうしたんじゃ?」
様子のおかしいサクラ2号へライコウが心配そうな目を向けると、サクラ2号はライトを地面に向けてボンヤリと光らせた。 そして、微かに聞こえるアイドリングで身体を揺らしながら悄然とした様子で呟いた……。
「……い、今更、どのツラ下げてエクイテスの連中と会ったら良いか……私、分からなくって……」
サクラ2号はエクイテスのゼルナー達と再会する事が不安であった。 西の壁へ近づくにつれて不安が胸を押しつぶしそうになり、知らず知らずに感情が昂ってしまっていたのだ。 サクラ2号は地面に向けたライト薄っすら光らせたまま項垂れて、エクイテスにいた頃の自分を思い出した……。
……
サクラ2号には紅鋼という姉がいた。 アカネもバイク型の器械であり、二人は共にエクイテスで製造された。
エクイテスのゼルナーは殆どが人型であった。 車両型のボディでゼルナーになる事自体が困難であり、人型以外でゼルナーになれる者はほんの一握りの者だけだったのだ。
そんな狭き門をくぐり抜ける為、アカネは性能を強化するべく想像を絶する努力をしていた。 サクラ2号はそんな姉の事を尊敬しており、アカネほどの努力もしないでまんまとゼルナーになる人型のゼルナー達に対して、あからさまな不満を持っていた。
『アイツ等は私達がバイク型だからって、きっと馬鹿にしてるに違いないのよ!』
確かに、車両型のボディ――しかも、バイク型でゼルナーを目指す器械はエクイテスの中では非常に珍しかった。 エクイテスのゼルナー達はゼルナーになろうと努力をするアカネに対し、馬鹿にする態度は見せなかったものの『さすがにゼルナーになるのは、無理があるのではないか?』と内心思っていた。
多感な少女のサクラ2号は、そんなエクイテスの連中の感情を敏感に感じ取り、ココロの中では自分達を馬鹿にしているに違いないと思い込んで、理不尽な怒りを周囲にぶつけていた。
だが、サクラ2号の思い込みとは裏腹に、エクイテスのゼルナー達は決してアカネを馬鹿にし、蔑んでいた訳ではなかった。 逆に彼らは不断の努力でゼルナーになろうとするアカネを応援し、助けていたのだ。 その為、アカネ自身は妹と違ってエクイテスのゼルナー達に感謝しており、彼女がようやくゼルナーになった時には、仲間達から盛大なお祝いをしてもらったのであった。
ところが、ひねくれ者のサクラ2号はゼルナーとなったアカネを祝うエクイテスの仲間達に対しても『きっと、ココロの中ではお姉ちゃんがゼルナーになった事を僻んでいるに違いない』と思い込み、誰に対してもケンカ腰の態度をアカネから咎められる事が度々あったのである。
その後、周知のとおり、ゼルナーとなったアカネはラキア達と共にハーブリムへ旅立っていった。
姉がいなくなり、たった一人となったサクラ2号は周囲のゼルナー達から厄介者扱いされて、孤立していた。 ちょうどその時、彼女はディ・リターからやって来たライコウとヒツジに出会ったのである。 (ヒツジはサクラ2号と出会った時「ライコウはエクイテスで製造された器械なんだよ」と言っていた……実際はディ・リターで修理された器械であったにもかかわらず……)
サクラ2号はライコウとヒツジに出会ってから、徐々に性格が穏やかになって行った。 すると『私は何で誰に対しても反抗していたのだろう?』と自問するココロの余裕が生まれた。
(……本当は、お姉ちゃんともっと一緒にいたかった。 でも、お姉ちゃんはゼルナーになる為の特訓ばかりしていて、私の事なんて構ってくれなかった。
それで、私は……)
サクラ2号は誰かに構って欲しいという、幼い子供にありがちな不満を抱いていた。 そして、その不満を解消する為に、誰それ構わずにケンカを売っていたのである。 だが、そんな不満もライコウとヒツジに出会う事によって、徐々に解消されて行った。
――こうして、ようやくココロの落ち着きを取り戻したサクラ2号であったが、すでに彼女が犯した数々の狼藉によって、エクイテスの市民からは“鼻つまみ者”として見られていた。 そして、ついに長年に渡るサクラ2号の悪行をエクイテスの市民がマザーに告発し、サクラ2号はマザーによる聴聞にかけられる事となった――。
ディ・リターに呼び出されたサクラ2号は、一般器械としては異例の扱いでマザーのいる大聖堂へ連れて行かれた。
『性能評価:並――素行不良による問題行動多数――』
マザーは彼女の素行の悪さを重く見て、ゼルナーとして不適格であるという烙印を押した。 そして、彼女を輸送用器械としてハーブリムへ“追放”する処分を下したのであった。
ところが、サクラ2号はハーブリムへ追放された事に落ち込んでおらず、むしろ、ハーブリムを拠点として『ダカツの霧沼』を目指していたアカネと再会できると喜んだ。 ただ、一つ残念だった事は、ライコウとヒツジにしばらく会うことが出来なくなるという事であった……。
……
サクラ2号がエクイテスからハーブリムへ転籍した理由には、そんな経緯があった。 したがって、サクラ2号は「私はまだエクイテスの連中から忌み嫌われているに違いない」と思い、エクイテスのゼルナーと会う事を躊躇していたのである。
ライコウとヒツジはサクラ2号の“ぶっ飛んだ性格”をよく知っていた。 同時にハーブリムへ追放された彼女がすっかり改心し、姉の死を乗り越えて前へ進み始めている事も良く解っていた。
ライコウは不安に駆られているサクラ2号のボディを『ポンッ』と叩くと、彼女に意外な言葉を掛けた。
「――サクラ、過去というのは振り返るものじゃない。 共に……歩むものだ!」
ライコウの言葉は、サクラ2号に対する慰みでも励ましでもなかった。 ライコウは何か思いつめたような表情をして、まるで自分にも言い聞かせるかのような強い口調であった。
「……はぁ? どういう意味よ?」
サクラ2号はライコウが何を言いたいのか良く解らなかった。 すると、ライコウは先ほどとは打って変わった普段の表情に戻り、サクラ2号のボディを激しく叩いて彼女を鼓舞した。
「――それは、お主自身が考えるのじゃ! だいたい、お主は何をいつまでウジウジしておるんじゃ! エクイテスの連中はお主が思っている程、繊細な連中ではない。 お主のやった事などとうに忘れておるぞ!」
ライコウは自分が投げかけた言葉の意味を答えなかった。 ただ、サクラ2号のボディを叩きながら「やられた相手すら忘れてしまうような過ちを、何時までも引きずっているな!」とサクラ2号を手荒く励ましたのであった。
「――痛っ、痛いわね! 別にウジウジなんてしてないし!」
サクラ2号はそう言うと『ブルンッ』とエンジンを鳴らし、煩わしそうにボディを叩き続けるライコウの手を振り払おうと体を震わせた。
「――もう! 分かった、分かったわよ! 私だって、もう昔の私じゃないわ! アンタの言う通り、昔の事なんて気にしないわよ!
でも、もし、アイツ等が昔の事にガタガタ言ってきたら、アンタが責任持ってアイツ等に詫びなさいよ! いい、分かったわね!」
サクラ2号の言い分はとても理解出来るものではなかったが、取り敢えず彼女が元気になったのでライコウは「うむ、うむ、分かったから、はよう門の中へ入れ――」とサクラ2号とジスペケに、すでに部下達を率いて要塞へ向かっていたアセナを追いかけるよう催促した。
――この時、サクラ2号とライコウのやり取りを黙って見ていたヒツジは、ライコウの言動に対して一つの期待を抱いていた――。
(……さっきの言葉、あの様子……もしかして、ライコウは無意識の内に過去の記憶が蘇ってきているのかも知れない。
だとすれば、ボクの事を――!)
ヒツジはそう思うと、嬉しさのあまり武者震いした。 期待感で黄色く目を輝かせるヒツジは、サクラ2号がジスペケを乗せて門の中へ入って行く後ろ姿を見送ると、ライコウに甘えるようにヒシッとライコウの足にしがみ付いた。 そして「エクイテスの皆と会うのが楽しみだね!」とエクイテスのゼルナー達と会う事に抵抗を持っていたとは思えない変わり身で、早く要塞へ向かうよう促したのであった――。
――
要塞は外からでも中にいる者達が良く見える。 三階のフロアでは、ライコウがアセナとカヨミに連れられてコンテナのような小部屋へ入っていく姿があった――。
三人が入った部屋は六畳ほどの狭いリビングになっていた。 部屋の中央に大きな金属製の机が置かれており、机にはガラス製の花瓶に入った青いバラのような造花が飾られていた。 周囲の壁はコンクリートのような無機質な灰色の壁で、机に置かれた寂し気な造花以外には何もなかった。 机の奥の壁には隣の部屋へ繋がっている自動ドアがあり、時々赤い光を放ちながら無断で部屋へ入ろうとする者を警戒していた。
「――コヨミはまだ出てこないのか?」
自動ドアの前に立つカヨミにアセナが聞くと、カヨミは心配そうにアセナの方へ顔を向けて頭を振った。
「……はい。 何処か故障しているという訳ではないはずですが、いつもより随分長いですね」
――この殆ど何も置かれていない寂しい部屋は、コヨミが好んで使用している部屋であった――
周知のとおり、アセナ率いるディ・リター軍は定期的にフルと戦っていた。 勝てるはずも無い絶望的な戦いであったが、武器や車両の強度を飛躍的に向上させる鉱物『グレイプ・ニクロム』を採掘する為にはどうしてもフルのいるデモニウム・グラキエスへ行かなければならなかった。
ディ・リター軍は地上へ上がる前に、必ず要塞に一日滞在する。 コヨミは要塞へ到着すると、いつもこの小さな部屋に泊まった。 誰とも口を聞かず、誰にも会わずに出陣までの間、部屋に籠もりっきりになるのだ……。
ライコウ達がエクイテスのゼルナー達と合流して、すでに三日が経過していた……。 所用により不在であるイナ・フォグが戻ってくれば、フル討伐作戦は開始される――器械達の命運をかけた失敗の許されない戦いが始まるのである。
コヨミはプレッシャーの為か、要塞に到着してからずっと部屋に閉じこもったままであった。
そんなコヨミの状態をアセナとカヨミは心配していた。 いつもなら一日部屋へ籠もるだけで、部屋から出て来れば何事も無かったかのように笑顔を振りまくコヨミであったが、今回ばかりは様子が違っていたのだ。
「……ライコウ殿、この通りコヨミは三日の間、ずっと部屋へ閉じこもっている。 私達が声を掛けても何の反応も無いのだ……」
ライコウに向かって眉間に皺を寄せ、困ったような、怒ったような渋い表情を見せるアセナ。 カヨミはドア越しにコヨミに声を掛けているが、ドア横についているパネルから赤いレーザー光が放たれるだけで、コヨミからの応答は無かった。
「……」
カヨミはライコウに何とかして欲しいと思っているのか、黙ったまま悲し気な顔をライコウに向けていた。
「……うーむ、困ったムスメじゃのぅ」
ライコウはコヨミの奇行に振り回されるアセナとカヨミを気の毒に思い、カヨミに代わって自動ドアの前に立った。
「――これ、コヨミ! ワシじゃ、ライコウじゃ。 お主、一体何やっておるんじゃ!」
ライコウは『ドン、ドン』とドアを叩いて、中にいるはずのコヨミに呼び掛けた。 すると、部屋の中から『ゴトッ……』という何かが落ちるような音がしたかと思うと『カサカサ』と服が擦れる音が聞こえ、扉の前に気配を感じた。
自動ドアは特殊な金属で出来ているのか、デバイスによる透過機能が無効化されており、ドアの前に立っている者がコヨミかどうかは分からなかった。 だが、ライコウはドアを隔てて立ち尽くしている気配がコヨミであるに違いないと思い、テーブルの前で心配そうにライコウの様子を見つめているアセナとカヨミへ顔を向けた。
ライコウが二人に向かって目配せをすると、二人はライコウの言いたい事を理解したように頷いて、そそくさと部屋から出て行った……。
「コヨミ、聞こえてるか? もう、ワシ以外には誰もおらんから、ドアを開けて顔を見せてくれんかのぅ?」
二人が部屋から出て行った後、ライコウは再び扉越しに立っているコヨミに声を掛けた。
――すると――
スーッと音もなく自動扉が開き、パイロットスーツを脱いだコヨミの姿が現れた。
(コヨミの姿はいつもライコウが見ている快活な様子とは真逆であり、悲壮感に満ちた暗澹とした様子であった……。 普段はツインテールに纏めているはずの美しい金髪もそのまま肩まで降ろしており、しばらくオイルで洗っていないせいかボサボサの艶の無い髪になっていた。
コヨミが着ている大きめの黒いアンダーシャツには赤、青、緑の配線コードが伸びており、両腕に絡みついていた。 さらに、パイロットスーツと接続する為のプラグなのだろうか、背中とヘソの辺りに複雑な形をした金属端子が付いた太いワイヤーがダラリとぶら下っていた)
ライコウはコヨミの様子を見ると、何故か微笑を浮かべた。
「中へ入って良いかのぅ?」
優しく微笑みかけるライコウに、コヨミは躊躇した様子を見せた。 だが、穏やかなライコウの表情に少し頬を染めた少女はコクリと頷いて、ライコウを部屋の中へ案内した。
――コヨミは部屋に明かりも付けていなかった。 錆びた金属の匂いが漂うこの薄暗い部屋の中で、三日の間一人で過ごしていたのだ――
(……何の為に……?)
ライコウは疑問に思いながら部屋に入る――すると、コヨミは右へ体を向けて部屋の奥へ進み、幾つもの青い光を放っている壁の手前に座った。
ライコウはコヨミの進んだ方向に顔を向ける――。
「アレは――?」
奥に見える青い光は、壁の手前に設置されている箱状の機械から放たれていた……。
――奥の壁に沿って置かれている背の低い機械には、ボンヤリと青く光る幾つもの文字が浮かび上がっていた――
『……シュアル、ドルミ……カマル……
エステル……』
浮かび上がる多くの文字は、全てコヨミの仲間達の名前であった。 コヨミに全てを託し、フルによって破壊された仲間達の名……。 彼女はこの部屋で彼らの名を呟いては、自身の過去に“懺悔”していたのである。
そして、それだけでは無い――彼女は仲間達の為にフルを破壊する事こそが、自分の生きる意味だと言い聞かせていた。
……背後から忍び寄る『死』の恐怖に耐えながら……
……
彼女はフルを破壊しようと思えば思う程、胸が苦しくなる。 アセナとカヨミの顔が目に浮かぶからである。
二人の顔が目に浮かぶと、彼女はいつも自責の念に駆られる。 そして、誰にも会いたくないとこの部屋に籠もり、機械から浮かび上がる仲間達の名前を見ながら、自分に言い聞かせ続けるのだ。
『――ウチは……怖くない……。 仲間の為にもフルを必ず破壊する。
たとえ、ウチが……死んだとしても……』
……
「――コヨミ、隣に座っても良いかのぅ?」
機械の前に座り込んでいるコヨミにライコウが声を掛けた。 床には白いタイルが張られていたが、そのタイルはコヨミが座っている箇所だけ割れており、錆び付いた鉄の下地が見えていた。 恐らく、長い間その場所で座り続けていたからだろう……。
ライコウの声に、か細い声で「はい……」と頷くコヨミ……。 ライコウはコヨミの隣へ座ると目の前の機械に向かっておもむろに手を合わせだした……。
「――? 何、やってるんですか?」
コヨミは不思議そうな顔をして、機械に向かって祈るライコウを見つめた。
「亡くなった者達の冥福を祈っているのじゃ」
「――!? どうして、“その事”を――!?」
コヨミはライコウにこの機械がフルに破壊された仲間の在りし日の姿を映し出す墓標だという説明はしていなかったはずだ。 だが、ライコウは浮かび上がったホログラムに表示されている名前の主が、すでにこの世から消えて無くなったコヨミの仲間達だと確信していたのである。
ライコウは目を丸くするコヨミを一瞥すると、再び機械の方へ顔を向けて言葉を継いだ。
「人間の言い伝えでは、亡くなった者は別次元の存在となって、霊界という場所で幸福な生活を送るそうだ。 器械が破壊され……いや、“亡くなった”時は分からないが、ワシは器械が破壊されても人間と同じく別次元の存在となって霊界で幸せに過ごすに違いないと思っている」
コヨミはライコウの言葉に黙って耳を傾けていた。
(コヨミはライコウの言っている事が本当なのか分からなかった。 だが、彼の話が本当であって欲しいと願った。 自分に全てを掛けて破壊された仲間達が、霊界という世界で幸せに暮らしていると想像するだけで、何だか自分が少し“救われた”気持ちになるような気がした)
「……この機械は仲間達の形見から微量のマナスを抽出し、マナスとウチの記録装置をリンクさせて仲間達を立体的に表示させるモノなんです……」
――ゼルナーが装備しているデバイスには、常時行動を記録する為の録画機能が備わっている。 コヨミも仲間達と一緒にフルと戦った時、戦闘の記録をデバイスに保存していたはずだった。 ところが、コヨミが気付くと、フルとの戦闘の記憶が全てデバイスから消去されていたのであった。
恐らく、フルとの戦いの過程で記憶装置が故障した影響だったのであろう……。 コヨミは仲間達の最後の言葉と彼らの姿を思い出すべく、ハーブリムからこの『記憶具現化装置』なる機械を取り寄せて、仲間達との記憶を思い出そうとしたのである。
もともと、この機械はデバイスを持たない一般器械の為に製造されている機械であった。 断片化された記憶を再構築して、映像として出力する事により、一般器械でも忘れてしまった過去の記憶を呼び戻す事が出来るという優れた機械であったのだ――。
コヨミはおもむろに立ち上がると、多くの名前が浮き上がっている中で『シュアル』という名が表示されている青い光に触れた――すると、青い光は天板の中心に刻まれている幾何学的な丸い紋様へ這うようにして伸びて行った。 そして、紋様全体が青い光に満ちると――紋様が描かれた場所からキツネ型の器械の姿が浮かび上がった……。
『――コヨミさん、オイラ達はずっと貴方に付いて行きます!』
まるでその場にいるかのようにリアルに浮かび上がったキツネ型の器械が発した言葉――その言葉はコヨミの記憶に焼き付いていた言葉であり、彼女の記憶がホログラムに言葉を紡がせたのである。
「……コヨミ」
ライコウは青い光に触れるコヨミの手が微かに震えている事に気づき、ココロを痛めた。 コヨミはシュアルの残像を表示させると、さらに中央に表示されている『エステル』と表示されている光に触れた。
――すると、機械の中央にコヨミと同じくパイロットスーツを着た女性型の器械が、必死に目を見開いて何かを叫ぶ姿が映し出された。
『貴方を――
――貴方を守ると言った私達を信じて!』
その叫びはコヨミのココロに深く刻まれたエステルの願いであった。 ボロボロになった黒いショートヘアの髪を振り乱して必死に叫ぶエステルの瞳は幻影として映し出されているにもかかわらず、命を捨てて仲間を護ろうとする揺るぎない信念が宿っていた。
(コヨミはこの部屋に来るたびに何度も仲間達の記憶を思い出した。 そして、自分の記憶から仲間達の姿を呼び起こし、彼らに励ましてもらっていた。 その度に、“恐怖に怯える”コヨミのココロを落ち着かせ――『仲間達の期待に応えなければ!』と自分を奮い立たせた。
だが、フルとの最後の戦いが迫る中、コヨミのココロはいくら仲間達の言葉を聞いても落ち着きを取り戻す事が出来なかった。 コヨミは戦いから逃げ出したくなる自分の気持ちに抗おうと、地上へ出撃するまでの間、仲間達の声に包まれながら部屋に閉じこもっていたのである)
「ライコウ様……ウチは……。 本当は……ウチは……」
エステルの幻影から目を逸らし、肩を窄めて小刻みに震えるコヨミ……。 ライコウは彼女の様子を見て、彼女のココロの全てを理解した。
ライコウは恐怖に震えるコヨミの傍へそっと近づくと、コヨミの両肩を優しく掴み――そのままコヨミを抱き寄せた。
「……コヨミ、今まで怖かっただろう――」
「――!? ライコウ様……もしかして、ウチが……」
ライコウはイナ・フォグから聞いた話を思い出し、コヨミが何に怖がっているのか分かったのだ。
ライコウはコヨミの言葉に頷くと、優しく彼女を抱きしめた。
「――君はフルの『バグズ・マキナ』に侵されているんだね?」
コヨミはライコウの穏やかな声に思わず言葉が詰まった。 彼女は返事をする事が出来ず、ライコウの背中に両腕を回してしがみつきコクリと頷いた。
「……君はデバイスを駆使して、バグズ・マキナの感染を皆に知られないようにしていたんだね。 俺もこの部屋に入るまで気が付かなかった。
……ゴメンよ、コヨミ」
ライコウは何故かコヨミに謝罪した。 コヨミはライコウが謝罪した意味を何となく理解できた。 それは、コヨミがライコウの優しさを知っていたから……。
「死を恐れる事は恥じる事じゃない。 誰だって自分が破壊され、記憶を無くす事は恐ろしい事だ。 だから、君がどうしても怖いと言うなら、フルとの戦いを中止しよう。 そして、フォグに頼んで君の身体を蝕んでいるウィルスを消し去る方法を一緒に考えよう」
ライコウはコヨミのボサボサの頭を優しく撫でつけて綺麗に整えた。 すると、コヨミはライコウの言葉に激しく首を振って、再び髪をボサボサに乱してしまった。
「――ダメッ、ダメッ! そんな事したら――!! そんな事……ウチは仲間達を裏切ることに……」
仲間達は自身が破壊される事――すなわち“死”に対して恐れもせず、コヨミに自分達の未来を託した。
(――そんな彼らの思いを自分だけが死を恐れる事で踏みにじっている――)
コヨミは一人になるといつも暗闇の中で懊悩し、苦悶し、謝罪した。 そして、破壊される運命にある自身の体に怯懦し、自分の運命を呪っていたのである。
「……バグズ・マキナはマザーの処置によって停止しています。 だから、フルと戦っても恐らく大丈夫です。 ウチは……フルと戦わなくちゃならないんです……」
コヨミはその先の言葉を続ける事が出来ず、再びライコウにしがみ付いた。 ライコウもコヨミの苦しみは痛いほど分かっていた。 だが、今のコヨミに無責任な憐憫の言葉を吐く事は出来なかった。
――悄然としてライコウの胸に顔を埋めるコヨミ。 ライコウは彼女の乱れた後ろ髪を再び撫で付け整えながら、言葉を継いだ。
「……フルを消滅させた瞬間、君のアニマはライムと共にバグズ・マキナによって爆発するかも知れない……それでも、君はフルと戦うつもりなのか?」
ライコウの非情な言葉に、コヨミは再び小さく震えた。 ライコウはコヨミを宥めるように頭を丁寧に撫でながら、言葉を続けた。
「だが、フォグであれば君のアニマが爆発する事を防げるはず――少なくとも俺はそう信じている。
だから――
君もフォグの事を信じて諦めないで欲しい」
「……」
コヨミは返事をしなかった。 ライコウが自分を励ましてくれる事はわかっていた。 もし、イナ・フォグがバグズ・マキナを消滅する事が出来るのであれば、コヨミと同じくこの忌むべきウィルスに侵されているライムはとっくに治癒しているはずである。
(そんな事、出来る訳ない……)
コヨミはそう言葉に出したかったが、言葉に出したところでライコウの答えは分かっていた。 だが、ライコウの次の言葉にコヨミは自分の予想が過ちであったと気づいた。
「……もしかして、俺達は君を救う事が出来ないかもしれない。 君はフルが破壊されたと同時に死ぬかもしれない……。
フルを破壊する事を一旦諦めてバグズ・マキナを消滅させる方法を探すか、それとも、フォグの能力を信じて、その可能性に懸けてフルに戦いを挑むか――
――君自身が決めなければならない」
ライコウは言葉を取り繕おうとはしなかった。 本当は「俺が君を死なせはしない」などと綺麗事を言った方がコヨミは安心するのかもしれない……。 しかし、もし、コヨミを救う事が出来なかったら、彼女は死の間際でライコウの言葉に失望するだろう。
「……君が助かる可能性はゼロかもしれない。 デバイスではフルが破壊された時に君の生存確率はゼロパーセントだと表示されている。 それは君も良く分かっているはずだ」
どんな事象も起こる確率がゼロであれば、例外なくゼロである。 つまり、事象が起きない確率が100パーセントであるという意味と同じである。
「……デ、デバイスでは、フルを破壊すればウチは間違いなく破壊されると……。 ウチはそういう運命だと……」
コヨミが諦めるように呟く――すると、ライコウはコヨミを強く抱きしめた。
「――! ライコウ様?」
コヨミは驚いて顔を上げ、ライコウを見る――。 ライコウの碧い瞳はコヨミの顔を真っすぐ見つめていた。
「――コヨミ、俺は運命なんて言葉は信じない。 そんなものは自分の可能性を諦める為の言い訳に過ぎない!
だから、コヨミ、君も自分の可能性を信じてくれ!
フルを倒し、皆と一緒に生き残るという可能性を信じてくれ!」
コヨミはライコウの瞳から目を逸らし、首を横に振った。
「……でも、そんな可能性……」
コヨミは顔を下に向け、ライコウの足元を見た。 暗がりの中でライコウのブーツがボンヤリと目に映った。
「――いや、可能性はある」
ライコウの答えにコヨミは再び顔を上げた。 ライコウはずっとコヨミを見つめたまま、言葉を続ける。
「――君はフルが破壊されると同時に、何故、バグズ・マキナに侵食されたアニマが破壊されるのか説明できるか?」
コヨミはライコウの指摘に戸惑った。
「そっ、それは……」
デバイスに何の情報も無く、イナ・フォグさえ明確な答えが出来ない事をコヨミが答えられるはずは無かった。
「……本来、マナスと結合したアニマは外的な力が加わらない限り、爆発する事はない。
フルが消滅する直前に何らかの方法でバグズ・マキナに力を加えて爆発させ、アニマを破壊するのか? それとも、外的な力によらずにバグズ・マキナ自体が爆発し、アニマを破壊するのか?
――俺は前者であると考えている」
――そもそも、器械のアニマを蝕むバグズ・マキナというウィルスは、フルの『スキル』と呼ばれる呪術から生み出されたもので、ウィルスのような振る舞いをする得体の知れないマナスの集合体である。 マナスはこの世界の至る所に存在している。 発生と消滅を繰り返しており、消滅するだけで爆発を起こす訳ではなかった。
暗黒子や光子といった粒子を触媒としたマナスは、外的な力で物質と結合する事によって膨大なエネルギーを保存する。 エネルギーが保存されたマナスに再び外的な力が加わると、力が強大であればある程マナスと物体が激しく分離してしまい――その結果、マナスに保存されていた膨大なエネルギーが放出され、爆発が起きる。 (そして、エネルギーを放出したマナスは消滅することなく、宇宙へ放出される……)
つまり、フルが消滅する時にバグズ・マキナというマナスの集合体を爆発させるには、外的な力が必要なのである。 (イナ・フォグがバグズ・マキナを除去できない理由は、まさにその外的な力が原因であった。 実は、今のイナ・フォグでもバグズ・マキナを除去するスキルを持っていた。 ところが、そのスキルはアニマからバグズ・マキナを除去する時に外的な力を用いて除去しようとする。 その結果、バグズ・マキナを除去した瞬間に大爆発が起き、スキルを用いてバグズ・マキナ除去しても何の解決にもならなかったのだ)
要するに、フルが消滅する寸前にバグズ・マキナが爆破する理由――それは、バグズ・マキナに外的な力が働く事に他ならないとライコウは考えたのである――。
「――恐らく、フルは自分が消滅する寸前に何らかの力を発生させて、バグズ・マキナにその力を加えるんだ。 ならば、フルを破壊する寸前にフォグがフルの力を無効化する呪術を使うことが出来れば、君は助かるかも知れない」
ライコウは考えた――その外的な力はフルがマナスを放出しきって消滅する直前に、自分のマナスを回収しようとバグズ・マキナを呼び寄せる力なのかも知れないと……。
ならば、その力の発生をイナ・フォグのスキルで封じてしまえば、バグズ・マキナは消滅するだけで、爆発は免れるだろうと予想したのだ。
(ちなみに、ライコウが何故、こんなにもマナスに対する知識があるのか誰もが疑問に思うかもしれない……。 それもそのはず、ライコウがマナスに対してここまで知識を得たのは最近の事であり、イナ・フォグと共にライムからある相談を受けた事が原因だったのである)
コヨミはライコウの説明を聞いて、少し自分のココロを脅かす恐怖が和らいだように感じた。
「……運命……」
コヨミはそう呟くと、ペイル・ライダーと戦っていた時のラヴィの言葉を思い出した。
『――運命は期待通りに変える事が出来るのだ――』
(……確か、お父様が言ってた……。 『ニンゲン様は器械と異なり無限の可能性を秘めている』……と)
コヨミがアセナのとの会話を思い出した時、いつかマザーが言った言葉も同時に頭の中にこだまして来た……。
『その能力に溺れて自滅したのですわ……人間は』
「……」
コヨミは沈黙したままライコウに抱き着いて顔を埋めている。 すると、ライコウは両手をコヨミの肩を優しく掴み、コヨミに離れるように促すと――少し屈んでコヨミの目線と自分の目線を真っすぐ合わせた。
「さっきも言った通り、君がフルと戦いたくないと決めるなら、俺は皆に出撃を止めさせる。 フルの呪術を消滅させる方法を一緒に見つけるまでフルと戦う事は止めよう。
……それで、いいかい?」
コヨミはライコウの言葉に迷いを見せた。
(本当ならライコウ様の言うとおり、自分の身体を蝕むこの忌むべき呪いが消滅するまでフルと戦いたくない。
……でも、もうすでにエクイテスのゼルナーも戦闘準備を終えており、ウチの我儘でディ・リターのゼルナー達の顔に泥を塗る事など到底出来ない。 それに、ライコウ様ならウチの為に嘘を付き「ワシの都合で作戦を中止する」とか言って、皆の失望と非難を一身に浴びる事を厭わないはず……)
ライコウの問いに答えを出せずに黙っているコヨミ……。
「――!?」
すると、暖かい瞳を称えるライコウの後ろに、突如として美しかった頃のエステルの姿が現れた……。
……
『……私は、この命を懸けても貴方を守ります』
エステルの隣にはアセナのような司祭服を着た大柄の戦士が穏やかな声でコヨミに語り掛ける。
『――命を懸けずして、誰の命を護れるというんだ?』
「カ、カマル……」
コヨミが思わず呟くと、カマルの幻影は微笑みを浮かべて言葉を続けた。
『コヨミ、お前だって俺達と一緒に命懸けで仲間を護ろうとしたじゃないか――』
「――!」
カマルの言葉に、コヨミはマルアハ『ハギト』と戦っていた時の事を思い出した。
コヨミは危機に瀕していたサクラ2号達を救う為に、命懸けでハギトの眷属達と戦った。 その時、コヨミは自分の保身など全く考えていなかった。
――ただ、一心に仲間達を救う事だけを考えていた――。
「……そう、ウチはあの時確かに命懸けで皆を護ろうと……」
……
「――コヨミ?」
ライコウが呆然とするコヨミに心配そうに声を掛けた。 コヨミの耳にライコウの声が響くと、ライコウの背後にいた二人の幻影はスッと消えてしまった……。
(……ありがとう、エステル、カマル、皆――ウチ、もう少し頑張れそうな気がするよ)
困惑しているライコウの顔をコヨミが見つめる。 彼女の瞳は先ほどの恐怖に濁った灰色の瞳ではなく、いつもの美しく輝く銀色の瞳であった。
「ライコウ様、ウチは皆の為に戦いたい!」
ライコウはコヨミの言葉に一瞬驚いたように目を開いたが、すぐにコヨミの真っすぐな瞳を見つめて頷いた。
「コヨミ、ありがとう。 俺とフォグは最後の最後まで諦めない。 たとえフルを倒しても、必ず君を救う手段を見つけ出す!」
コヨミはライコウの力強い言葉にニッコリと微笑んだ。
「もう、ライコウ様はいつも“アラッチ”の名前ばかり出しますね! ……まあ、それはそれで仕方ないんですけど……ウチはライコウ様に一つ約束して欲しい事があるんです」
コヨミはそう言うと、再びライコウを強く抱きしめた。
「もし、フルを破壊した時に――」
「ウチが……」
(……ウチが死んだら……)
コヨミはそう言葉に出そうとしたが、首を振って言葉を変えた。
「……いえ……ウチが無事だったなら、ウチにチューしてくれますか♡」
突拍子もない事を言うコヨミにライコウは目を丸くした。
「……まっ、まあ……君が望むなら構わないが……」
口づけとは人間の間でお互いの深い愛情を表現する為の行為だという事はライコウも知っていた。 ライコウはコヨミに口づけなどするつもりはなかったが、コヨミに同意する事で彼女が元気になってくれればそれで良いと思ったので、彼女に口づけをする事を約束した。
「――ヤッタ! ウチ、絶対生き残りますから! ライコウ様もウチとチューする為にもアラッチと一緒にウチを救う方法、考えて下さいね!」
コヨミはライコウから離れると元気よく叫び、仲間達の幻影が浮かぶ機械の方へ顔を向けた。
「ああ、分かった! 俺達は必ず君を救う!」
ライコウの力強い返事はコヨミの耳に届いていないようだった。 仲間達の幻影から聞こえて来る声に耳を傾けていたから……。
フサフサした黄色い毛を靡かせたキツネ型器械――シュアルが叫ぶ。
『コヨミさん、最後まで諦めちゃダメです!』
シュアルの隣では、赤い目を光らせたタヌキ型器械『ドルミ』が黙ってシュアルの言葉に頷いている。 そして、ドルミの隣には彼の丸い肩に手を添えて優しく微笑むエステルの姿があった。
『コヨミ、私達は貴方を信じています。 きっと、フルを倒してディ・リターの英雄になる事を――』
少しタレ目の可愛らしい目を細め、コヨミに語り掛けるエステル。 彼女の後ろにはコヨミを慕っていた大勢の仲間達の幻影が浮かんでいた。
『――コヨミ、頑張れ――!』
巨大なハンマーを担いだ司祭服姿のカマルが後ろにいる仲間達と一緒にコヨミを励ました。
「……皆、ありがとう――最後までウチ、諦めないから」
コヨミはそう呟くと、ライコウの方へ顔を向き直し、再び突拍子の無い事を口走る――
「――ライコウ様、ウチは部屋を出る前にお風呂入らないといけないんで、一緒に入りましょう!」
「――イヤじゃ!」
コヨミの突然の申し出をあっさりと断るライコウ。 ライコウはコヨミが元気そうに軽口を叩き始めた事に安心したのか、自然と自分の口調もいつもの調子に変わっていた。
「それでは、コヨミ――お主はメンテナンスをしっかりした後、アセナとカヨミの傍へ行ってやると良い。 二人もお主の事を心配しておったぞ」
「……お姉ちゃんとお父様は心配性なんですよぉ」
コヨミは呆れたように顔を上げ、コヨミに向かって微笑んでいる二人の姿を思い浮かべた。
――コヨミはペイル・ライダーとの戦いで危機に瀕した時、咄嗟にアセナとカヨミの顔を思い出した。 仲間の事を真っ先に想わずに家族の姿を思い浮かべたのである。 その事実にコヨミは覚えも知らず深い自己嫌悪に苛まれた。
だが、今となっては、あの時自分が何故自己嫌悪に陥ったのか良く解った。
(そうか……あの時、ウチは死ぬのが怖かったんだ。 それを認めたくなかったから自分の事が嫌いになった)
『まだ、死にたくない――』
コヨミはそう願ったからこそ、現世へ残していくかも知れない家族の顔を思い浮かべたのであった――。
「ライコウ様、ウチはもう大丈夫ですよぉ! 明日にはアラッチが戻って来るでしょうから、いつでも出撃出来るようにバッチリ準備しておきますからぁ!」
コヨミはいつもの調子に戻って、ライコウに向かって茶目っ気のある敬礼をした。
「――うむ、その意気じゃ! だが、戻って来たフォグを少し休ませなきゃならん。 出撃は明日ではなく、明後日じゃ」
ライコウはイナ・フォグが何処へ行ったのか知っているようだった。
「ハイ、ハイ、隊長! 承知しました! それじゃ、ウチは明日までにお化粧をして準備しておきますね♡」
「ハハハ! 化粧はいらんじゃろ? まあ、アセナとカヨミが心配しておるから、明日は二人の部屋でゆっくり休むと良い」
――ライコウが居なくなった部屋に明かりが灯る――
コヨミは迷いを消し去った。 死の恐怖は未だココロの奥底に揺らめいていた。 だが、彼女はハギトと戦った時の、仲間を救う為に命懸けで戦ったあの時の力を思い出した。
(今は……ただ、生きる事だけを……たとえ可能性がゼロでも、ウチは仲間達を救うために戦う!)
コヨミは過去の仲間達の為、そして、今の仲間達の為に戦う事だけを考えた。
コヨミはしっかりとした足取りで、機械の前に立った。 そして、失った仲間達の幻影を映し出す機械の電源を切った。
「こんな機械がなくても、ウチのココロには皆の姿が鮮明に記録されている……。 もし、この身体が壊れても、ウチのココロは絶対に皆を忘れないから……」
コヨミはそう言うと機械に向かって穏やかな笑みを浮かべた。 そして、部屋を出てリビングへと向かって行った――。
――
イナ・フォグが何処へ行ったのか知っている者は、ライコウとアセナ、エクイテス軍のリーダーであるレグルス、そして――イナ・フォグと共に行動しているシビュラの四人だけであった。
イナ・フォグとシビュラは一足先に地上へ出て、デモニウム・グラキエスへ行っていた。 もちろん、フルと戦うためではない。 フルと戦うための下準備をフルに見つからないように秘密裏に行っていたのだ。
――要塞の二階にある小部屋では、ソルテスとアロン、そしてエンドルが、スーツ姿の数人のゼルナーに囲まれてデバイスのフィールド上に映し出されているハギトとの戦いの記録を息を飲んで見つめていた。
彼らが見ている映像はライコウが記録していたものであった。 ハギト戦に参加していたソルテスとアロンは戦いの途中で重傷を負って戦線離脱し、エンドルはそもそもハギトとの戦いに参加していなかったので、記録映像をデバイスを経由してライコウに転送してもらったのだ――。
デバイスのフィールド上に展開されている映像には、アストラル体に変化したハギトの恐ろしい姿が映し出されていた。
「……オイ、オイ、聞いて無いっスよ。 まさか、マルアハの正体がこんなバケモンだったなんて」
イグアナのような姿をしたゼルナーが肩を窄めて、エンドルの方へ顔を向けた。
(彼はエクイテスのゼルナーで名を『ヤシュ』と言った。 灰色の身体に濃い緑色のスーツを着た姿で、スーツの下には白いドレスシャツ、首元にはお洒落な赤い蝶ネクタイを付けていた)
エンドルは眼を見張るヤシュを横目に、何故か得意そうに「ふふん――」と鼻を鳴らし――
「――こんなバケモンでも『お師匠様』から授かったこの魔法の杖でチョチョイのチョイだったわん! そもそも、この杖はね――」
と膝の上に置いていた樫の木のような杖を手に取って、目の前に広がる映像に向かってドヤ顔で杖を突き出しながら、杖の有難い性能をペラペラと喋り出した……。
――この場にいる皆は白けた視線をエンドルへ向けていた。 映像を見る限り、エンドルの姿など何処にも見えないからだ……。 しかし、エンドルは映像に残っていないだけで自分もハギトとの戦いに参加していたのだと主張していた――。
エンドルは皆から白い眼を向けられていることなど気にも留めずに、誰も聞いてない杖について延々と語り出した。 すると、エンドルの無駄口を遮るかのように、彼女が持っている杖についてあらぬ疑問を投げかける声が聞こえて来た……。
「……さっきから偉そうな事言うてはりますが、それって盗んだんとちゃうんですか? シビュラはんから……。
盗んだ杖の性能をペラペラ喋くっても、誰も褒めてはくれへんとちゃいまっか?」
ヤシュの後ろ映像を見ていたロボット型のゼルナーが、偉そうに講釈を垂れるエンドルに辛辣な突っ込みを入れた。
(ロボットの名は『ZZZ』と言った。 ZZZはずんぐりとした胴体でありながら、一応、他のエクイテスのゼルナーと同じく黒いジャケットを着ていた。 だが、黒いジャケットはまるで学生服のようであり、他のゼルナー達のようなスーツ姿とは少し異なっていた。
金ボタンで前を留め、丸いドーム状の大きな頭に小さい学生帽のような帽子を置いて、肩から斜めに鞄を掛けている姿は”学生ロボ”とでも言うような出で立ちであった)
「――はぁ!? 何言ってるんのよん、このスットコドッコイ! この間、お師匠様から『この杖はもう貴方のものみたい』と言われて、私のモノになったんだからん」
エンドルはシビュラの言葉遣いを真似たかと思うと、気色ばんで窃盗を否定した。 すると、今度はアロンがエンドルの言葉に反駁した。
「――嘘つけ! “ゼット”の言うとおり、前に自分が『師匠から杖をパクった』って言ってたじゃん! この間貰ったからって、過去に杖をパクった事実は変わりないだろ!」
ドラム缶のような胴体をした少年であるアロンは、同じく筒のような胴体の上にドーム状の頭を付けたメタリックな外見のZZZに親近感があるのか、彼を擁護してエンドルを非難した。
(ZZZは名前が長ったらしいせいなのか、仲間からはゼットと呼ばれていた。 アロンは砦でZZZと初めて出会ったのだが、すぐに仲良くなり、エクイテスのゼルナー達と同じく彼をゼットと呼んでいたのであった)
「――チッ、このクソガキ……ちょっと、借りてただけよん……」
エンドルはかつて自分が言った言葉を、いやらしくもメモリに記録していたアロンに舌打ちして言い訳をほざいた。 そして、目の前に広がるハギトと戦っている時の映像に目を遣って、仏頂面をして大人しく映像を眺め出した。
――映像はハギトを討伐し、意気揚々とディ・リターへ帰還するゼルナー達の姿まで記録されていた。 ハギトを討伐した時には興奮して拍手喝采していた面々も、兵士たちが帰還している映像をダラダラと見続けているうちに段々退屈になって来たようで、ついには欠伸をする者まで現れた。
エンドルはというと……彼女はすでに夢の中であり、邪魔者扱いされて後ろへと運ばれて部屋の隅でイビキをかきながらシビュラと再会した時の夢を見ていたのであった――。
シビュラはイナ・フォグと一緒に地上へ出る前に、愛弟子であるエンドルと再会した。 エンドルはシビュラと会いたくなかった。 どうせ、シビュラの目を盗んで拝借した杖の事で叱られるだろうと恐れていたからである。
……要塞の最上階、アセナとカヨミが滞在する大部屋の隣に共用の応接間があった。 その応接間でエンドルはシビュラと再会し、シビュラから思いも寄らぬ言葉を掛けられたのであった……。
……
『お、お師匠様……お久しぶりですわん♪ 貴方が来るなんて♪』
どこかで聞いたことのある歌を口ずさみ場を和ませようとするエンドル……。 しかし、シビュラはクスリともせずに、金属製の椅子に座ってエンドルを見据えている……。 エンドルもすでにテーブルを挟んで向かいの椅子に座っており、シビュラが来るまでしばらく待っていたのか、テーブルの上にはネジのようなお菓子が散らかっていた。
『……エンドル、貴方が私の下から突然居なくなったことを咎めるつもりはないみたい。 貴方なりきに何か考えがあっての事でしょうし――』
シビュラはそう言うと、カヨミに指示してエンドルから回収していた樫の木のような杖をテーブルの上にポンッと置いた。 すると、エンドルはギクリと肩を窄めて、アタフタと言い訳を考えだした。
『――あっ、いや、これはお師匠様程の性能だったら「もういらないのかなぁ」って思ってお借りしただけだったんですわん!』
何の釈明にもならない言い訳で、その場しのぎをしようとするエンドル。 だが、シビュラは存外泰然とした様子でエンドルの言い訳を受け流し、言葉を継いだ。
『……貴方、何言っているの? それは、もう貴方のモノ。 貴方がこの杖を使いこなせるように私が改良してあげたから、返してあげるみたい』
『――えっ? か、改良……? (改悪の間違いじゃ……)』
シビュラの思わぬ言葉に唖然とするエンドル……。 シビュラは目を丸くするエンドルを見て、ようやく微笑んで言葉を続けた。
『ふふっ……そう、改良。 貴方はまだアニマに無駄なマナスをため込んでいるみたい。 マナスと体内の各パーツを結合させる粒子が足らないから。
本来なら、体内エネルギーで人工粒子を生成し、マナスとパーツを結合させれば良いんだけど、今の貴方にはそれが出来る出力が足りないみたい。
――そこで私が貴方の為に、この杖に暗黒子を貯蔵する事が出来る装置を内蔵したの。
今まではこの杖自体で微量な人工粒子を造り出してマナスを物体と結合させていた。 まあ、それでも気体となっている大気中の元素と結合して炎やら氷を発生させる事は出来たけど、威力も射程も心もとないものだったみたい。
気体とマナスが結合すると、気体の状態を固体や液体、プラズマへ変化させる事が出来るのは、私が貴方に教えた事だからよく覚えているみたい――?』
エンドルはシビュラの講義などすっかり忘れてしまっていたが、取り敢えず「ハイ」と頷いた……。 シビュラはそんな不肖な弟子に穏やかな顔を向けながら、話を続けた。
『――だから、暗黒子をあらかじめ貯蔵しておき、その暗黒子を纏ったマナスを放出させるようにしたの。
そうすれば、気体だけでなく、あらゆる物質と瞬時に結合する事ができ、膨大なエネルギーを発生させることが出来る』
エンドルはシビュラの話を聞いていく内に、なんだかシビュラを裏切って杖を盗んで行方をくらました事が申し訳なく思ってきた。
『……なんで、私にそんなことまで……』
エンドルはトンガリ帽子を深く被り直し、上目遣いでシビュラに視線を送った。
『……私はお師匠様を裏切って、アラトロンを捕らえてゼルナーになる為にお師匠様の杖を盗んだわん……。
しかも、バハドゥルの器械だとバレるのがイヤだったから、ハーブリムの出身だとウソついて……。
お師匠様はこんな出来の悪い弟子に、何故、怒らないの……?
盗んだ杖を返してくれるだけでなく、改造までしてくれて……』
エンドルは盗み癖や食い意地がはるものの、そこまで悪辣とした性格ではなかった。 自分が悪い事をしているという事は分かっており、ココロの中ではシビュラに対して申し訳なく思っていたのである。
シビュラは項垂れるエンドルを見つめながら、再びクスリと微笑んだ。
『……ふふっ、ようやく貴方、私の下から離れた理由を言ったみたい。
「ゼルナーになりたいから」
まあ、私の下で修業をしていれば、いずれ私が貴方をゼルナーにさせていたでしょうけど、貴方自身の意思でそう思う事こそ大切。
――想いは必ず実現するものだから――
だから、貴方が私の下を離れて行った時も、きっと貴方が何か自分の想いを実現しようと思っているからこその行動だと容認したの。
……ただ、志半ばで戻ってきたらお仕置きしようと思っていたけどね』
シビュラの“お仕置き”がどんなものか分からないが、エンドルがギクリと背筋を伸ばして青い顔をしているところを見ると、お仕置きと言うよりも折檻に近いようなものだろう……。
エンドルの狼狽している様子がシビュラには愉快だったのか――シビュラは無表情が続いて皺がついた顔を崩してニッコリと笑った。
『うふふっ、でも貴方は自分の想いを実現し、こうしてゼルナーになって戻って来た』
シビュラはそう言うとテーブルの上に置いた杖を手に取って立ち上がり、エンドルへ歩み寄った。
『私が貴方に貸していた杖は、カヨミから受け取った。 だから、貴方が後ろめたい思いをする必要なないみたい。
――そして、この杖は私から貴方へのプレゼント――ゼルナーになったお祝いにね』
シビュラから差し出された杖を受け取ったエンドルは、瞳を潤ませて感動する素振りを見せた。
『うう……お師匠様……それじゃ、私はこの杖を有難く受け取って――』
『――質屋に入れてはダメよ』
すかさずエンドルの言葉に横やりを入れるシビュラ。 エンドルはシビュラに本音を付かれたのか分からないが、目を見開いて首を振りながら「そ、そんな事しないわん!」と一瞬慌てた様子を見せたが、すぐにふくれっ面をしてシビュラを詰った。
『お師匠様ったら、私をそんな風に見てるんですか? お師匠様から頂いたこの杖であのクソ忌々しいマルアハをぶちのめしてやりますわん!
お師匠様は成長した私の活躍を、後ろで見ていてください!』
エンドルは本気かどうかわからない啖呵を切って、シビュラの疑いを否定した。 すると、シビュラは満足そうに頷いて、後ろを振り向いてガラス張りのエレベータへと向かって行った。
『ちょっ、お師匠様ん――何処へ行かれるんです?』
シビュラはエンドルの声を背中に受けたまま、エレベータの操作盤を押した。
『私はアラトロンと一緒にデモニウム・グラキエスへ向かうみたい』
『ええっ――!? 何でそんな所に――!』
エンドルが飛び上がり、シビュラの傍へ駆け寄ろうとしたが、丁度、エレベータが下からあがって来て、扉が開いた。
『……二人で先にフルを倒そうだなんて思ってないみたい。 事前にやる事があるからしばらくは戻れない。 貴方はその間、杖の使い方を覚えてフルとの戦いに備えなさい』
シビュラはそう言いながらエレベータの扉を閉じ、エンドルが駆け寄って来た時にはエレベータは下へ降りて行ってしまった……。
『……な、何をするつもりなのかしらん……』
エンドルは不審そうにガラス状のパイプの中を滑るように落ちて行くエレベータを見て呟いた……。
……
エンドルが目を覚ますと、目の前に広がっていたハギトとの戦いの記録映像は終了しており、一緒に映像を見ていた皆はすでに居なくなっていた。
「なんか、居眠りしていたみたいだわん……。 お師匠様はいつ帰って来るのかしらん……」
エンドルがそう呟くと、要塞全体から不気味なサイレンが響き渡った――。




