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器械騎士と蛇女  作者: ティーケー
排除するリリム

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29/57

護る、思い。 護る、願い。

 ――機械解放同盟が市民団体と手を組んでレジスタンスとなった当初、彼らは管理者の居住エリアに大規模なテロ攻撃を仕掛けた事があった。 その時、球体のドローンがマジックハンドのような両手で爆弾を抱えて無差別爆撃を繰り返し、管理者達を(おびや)かしていたのだが、このドローンを飛ばしていた者はペロートであった。

 彼女が製造した球体のドローンは『M・ビナー型』――人工知能を搭載していた。 蝙蝠(こうもり)のような機械仕掛けの翼をパタパタさせて敵の攻撃を避けつつ、口角(こうかく)を上げた口からバルカン砲や火炎放射を掃射する様子は、まるで小悪魔のようであった。 ドローンはペロートから『ファルちゃん』と呼ばれていた。 おそらく、射出する銃弾がスイカの種だったり、金属製のボディがメロンやミカンのようなデザインになっていたりと、押し並べて果物のような外見であったからその名が付けられたのだろう。

 その可愛らしくも恐ろしいドローン達はダルヴァザの上空を飛び回り、管理者達に銃弾と爆弾の雨を降らせていた――


 ダルヴァザに集結した管理者達は「ライコウが地上からやって来る」と聞いて、(むか)え撃つ準備をしていた。 ところが、地上への出入口から降りて来たのはヘルートとペロート、そしてファルサだけであった。

 当初こそ、管理者達は「ライコウは少し遅れて地上からやって来るだろう」とダルヴァザに(とど)まっていたが、待てど暮らせどライコウは姿を見せなかった。 その間、ファルちゃんによって仲間達が次々と大破されるのを目の当たりにし、管理者達の間で次第に「レジスタンスに(だま)されたのではないか?」という疑心暗鬼が生じてきた。


 管理者軍はシビュラの情報によって、事前にレジスタンスがダルヴァザへ向かっている事を把握していた。 しかも、ヘルートが大げさに「ライコウと共に管理者達との最後の聖戦に(のぞ)むのだ!」などと宣言した為、管理者達はレジスタンスが全兵力をもってダルヴァザへ攻めて来るものだと思い込んだ。 彼らはアミ達が決意漲る姿でダルヴァザへ向かっている様子をドローンで確認し「やはり、レジスタンスは我々との最終決戦を望んでいる」と確信した。 そこで彼らも「望むところだ」と鼻息を荒くし、レジスタンスを返り討ちにしてやろうとダルヴァザに戦力を集中させたのだ。 その結果、管理棟には(ほとん)どゼルナーがいなくなり、ライコウはあっさりとレヴェドがいる最上階へ侵入する事が出来たのである。


 ――管理棟にいる管理者達をダルヴァザへおびき寄せる――


 彼らはヘルペロのこの策略にまんまと引っ掛かり、ライコウに管理棟への侵入を許してしまったのだ。


 「ヘルートとペロートに(だま)された!」


 彼らがそう気づいた時には、ヘルペロによって大半のゼルナーが大破してしまっていた。

遅まきながら管理棟へと撤退しようとする管理者達……。 だが、彼らは管理棟へ撤退する事が出来なかった。

 すでにダルヴァザ周辺に到着していたアミが、仲間と共に管理棟へ続く大通りを封鎖していたからだ。 ヘルペロは管理者軍がいずれ自分たちの策略(さくりゃく)に気付くだろうと予想しており、アミにダルヴァザと管理棟を結ぶ道路の封鎖を指示していたのである。

 ……だが、アミはヘルートから救援を要請(ようせい)されてダルヴァザへ向かっていたはずである。 デバイスはシュテルン粒子の影響で使用出来ないはずなのに、ヘルートはどのようにしてアミに作戦変更を指示したのであろうか?

 ドローンによる物理的な通信手段は、普段からデバイスによる通信に慣れている管理者達にとって盲点(もうてん)であった。 ドローンを単に攻撃する手段としてしか考えていなかった管理者達は、たった一機でダルヴァザを離れてパタパタ飛んで行ってしまったファルちゃんを全く警戒していなかった。 ファルちゃんは首尾よく管理者達の包囲網を抜け、ダルヴァザへ向かっていたアミと合流し、口頭(こうとう)でペロートの伝言を告げた。 こうして、アミは作戦変更の指示を聞く事が出来たのである。


 アミは100名余りの器械(バトラー)達を率いて、ダルヴァザから撤退(てったい)して来た管理者達を待ち受けていた。

 彼らが使用する武器には、以前、管理者達がハギトを攻撃した時に利用した『スペクトル・エクスィティ』というレーザー兵器があった。 ハギトに向かってホコリを()き散らしただけの、あのポンコツ兵器である。 本来、この兵器は異常な振動数の七色のレーザーを照射し、相手に振動を与えて破壊するという恐ろしい兵器であった。 ところが、ハギトを討伐する為に開発されたにもかかわらず、ハギトには全く効果が無かった事もあり、ポンコツという烙印(らくいん)を押されて廃棄処分となってしまった。 その廃棄処分されたスペクトル・エクシィティを機械解放同盟のメンバーが回収し、再び兵器として利用したのだ。


 ――スペクトル・エクシティは、ペロートが展開している『シュテルン粒子』の影響を受けずに攻撃する事ができ、しかも器械相手には絶大な威力を誇っていた。

 スペクトル・エクシティを浴びた器械は凄まじい振動で内部機器が破損して、行動不能になった。 アニマにこそ影響は無いが、体内の機器が全て故障して身動きが取れなくなるのだ。 アニマに影響が無いという事は、器械達が“死ぬ”事は無い。 故障した内部機器を修理すれば再び動き出す事が出来るので、“人道的”に見てもこの兵器は器械相手にはもってこいの兵器であった――


 ところで、アミが率いる器械達の中にディー・ディー、ネマ、ジャーベといったファルサを(した)っている者達が見当たらなかった。 三人は今回の戦闘には参加せず、ファルサの屋敷へと戻っていたのだ。 ファルサは三人には危険な目に遭わせたくないと思い、アミに頼んで「三人にはシャヤの警護を任せたい」と願い出たのである。 当初、アミはファルサの頼みに憮然(ぶぜん)とした態度を見せたが、ヘルートに「別にゼルナーでもねぇ器械が三人減ろうが増えようが、大勢に影響ねぇだろ」と(たしな)められ、不承不承(ふしょうぶしょう)、三人がファルサの屋敷に帰還する事を認めたのであった。 そして、このファルサの判断のお陰で、シャヤだけでなく三人の器械達も運よく生き延びる事が出来たのである。


 ――


 アセナはシビュラと別れた後、道路を封鎖していたアミと合流した。 そして、アミと一緒にダルヴァザから撤退して来た管理者軍と戦っていた。

 アセナが両腰に下げていた双剣(そうけん)の一本は、シビュラとの戦い時に破壊されてしまった。 だが、一本の剣でも彼の戦闘能力は(おとろ)える事なく、管理者軍を次々と切り倒していった。

 一方、アミもアセナに負けじと身体に(から)みつく白いケーブルダクトを武器にして、管理者軍をキリキリ舞にさせていた。 アミの身体に絡みつく白いダクトは、身体から離れると膨らんで毒ガスや銃弾を発射する事が出来た。 まるで生き物のようにウネウネと伸びるケーブルダクトは、アミの身体から離れるにつれて裸体が(あら)わになってしまうので余り遠くまで伸ばせなかったが、それでも数十メートル先まで伸ばす事が出来た。 ケーブルダクトは細かく分ける事も可能であり、腕に(まと)わりついていたダクトは数十本もの細いダクトに分離して、狭い塹壕(ざんごう)に隠れていた小型の機械を破壊する事が出来た。

 

 「――ほう、君はなかなか優秀なゼルナーだな!」


 ケーブルダクトを幾重(いくえ)にも伸ばし、管理者達を拘束(こうそく)していくアミに、アセナは満足そうな様子で(たた)えたが、アミは首を横に振って謙遜(けんそん)した。


 「そんな事ないの! 本来、私の能力は器械達を修理する為の治癒能力……」


 アミの言うとおり、彼女の本来の能力は器械を治癒する能力である。 彼女はダクトからミツバチ型の機械――『ティクン・マジア・マキナ』を射出して、仲間達の周囲を飛び回らせた。 仲間達が敵の攻撃で傷を追えば、すぐに蜂がやって来て傷を負った箇所と同化したり、針を刺して薬剤を注入したりして傷を修理する事が出来たのである。


 「そんな事より、貴方はファルサを助けに行くの!」


 アミの言葉を受けて、アセナはファルサの様子を確認しようとダルヴァザの方へ目を()りデバイスを起動させた。 ところが、シュテルン粒子が展開されているせいで、ダルヴァザ内の様子が把握できない……。 


 「……うむ、承知した。 それで、君はこの後どうする?」


 アセナはファルサが心配になり、この場を離れてダルヴァザまで行くことにしたが、何となくアミ達の事が気になった。


 「――私は――」


 アミがアセナの問いに答えようとした時――


 『ゴゴゴゴ――!!』


 町全体を凄まじい地震が襲い、背後に(そび)える紫色に輝く管理棟のテッペンが爆発した!


 ――


 管理棟へ侵入したライコウは、シビュラと協力してレヴェドを討伐した。 ところが、レヴェドの肉塊(にくかい)からオフィエルが出現し、その巨大な体躯(たいく)で管理棟の天井を破壊した。 オフィエルが出現すると、街全体に大きな揺れが襲った。


 ――オフィエルの姿は、誰もが目を背けたくなるほど恐ろしい姿であった。 天井を破壊してなお高く伸びた巨大な体は、上半身が女性の身体(からだ)であった。 一糸まとわぬ裸体をさらけ出している上半身は、全身に紫色の(あざ)が点々と浮き出ており、一部は膨れ上がって腐敗していた。 ふくよかな乳房には魚のような目がびっしりと張り付き、灰色に(にご)った目玉をギョロギョロ動かしていた。 長く細い腕はワニのようなゴツゴツとしたウロコで覆われており、長い爪から止めどなく銀色の液体を滴り落としていた。

 下半身はまるで人間の脳みそのような肉塊(にくかい)であった。 その肉塊にはミミズのような太い触手が無数に生えていた。 触手は(おびただ)しい数の人間の顔が付着しており、どの顔も能面のような顔をしていた。 下半身の中心――ちょうど彼女の局部にあたる位置には、縦に裂けた真っ赤な大口が(とげ)のような無数の牙を張り巡らせて舌を出しており、醜悪(しゅうあく)な口からドロドロとした白い液体を垂れ流していた。

 反面、その(おぞ)ましい身体から上、首から先は銀色に輝く瞳を称えた美しい女性の顔をしていた。 だが、(りん)とした鋭い目に青白い肌を(まと)った鼻筋の通った美女は、やはり得体の知れない不気味な様相を(てい)していた。 焦点の定まっていない瞳でライコウとシビュラを見下ろし、薄気味悪い笑みを浮かべたその顔は、まるで精神が崩壊した人間のようであった――


 後ろを向いて部屋を出ようと駈け出したライコウとシビュラに無数の触手が襲い掛かる! 触手はシビュラを無視し、空気を破裂させるほどの音速でライコウに迫り、あっという間にライコウの身体に絡みついた!


 「シビュラ――!」


 凄まじい勢いで引っ張られるライコウは、シビュラの手を必死に(つか)む! シビュラはライコウの手を引っ張り、出力を全開にして触手を振りほどこうとするが、人間の顔をびっしりと浮かび上がらせた恐ろしい触手は、能面のような表情を変えずに「ケタケタ……」と不気味な笑い声を発しながら凄まじい力でシビュラの手を引き離した。


 「ライコウ――!!」


 シビュラは再びライコウの手を掴もうと悲痛な叫びを上げた。 しかし、あっという間にライコウを攫った怪物は、(おぞ)ましい牙を剥きだしにした局部を開き、ライコウを飲み込もうとした。


 だが、次の瞬間――


 『――ギィィェェェ――!!』


 耳を(つんざ)くような悲鳴が塔全体を震わせ、銀色の液体を撒き散らしながらライコウの身体に絡みついていた触手が怪物の身体から切り離された!


 「貴方(あなた)は――!」


 瞠若(どうじゃく)するシビュラの見開いた目には、ライコウを守るように怪物に立ち向かう真っ黒いヤマネコ――ミヨシがいた!


 「シャァァ――!!」


 鋭い牙をむき出しにして巨大な怪物を威嚇するミヨシ。 ライコウの身体に纏わりついていた触手は本体から切り離されると花が枯れたかのように(しな)び、悲鳴のような金切声を残して消えて行った……。

 触手の異常な力で締め付けられていたライコウは、気を失っているようだった。 白銀の鎧は所々砕け、兜は吹き飛んで金髪の素顔を(あら)わにしていた。

 

 「――何をボサッとしているんです! 早く、ライコウ様を連れて逃げて下さい!」


 全身の毛を逆立て、太い尻尾をピンと立てたミヨシがシビュラに向かって叫ぶ。 シビュラは我に返ったようにミヨシの言葉に反応し、クロークから漆黒(しっこく)の腕を(のぞ)かせながらライコウの(そば)へ駆け寄った。


 『――キィィ! 邪魔スルナ!!』


 シビュラがライコウを抱きかかえようとする。 すると、怪物は局部を切り裂いたように開いている口から不気味な怒声(どせい)を響かせ、肉塊からさらに複数の触手をウゾウゾと生み出してシビュラに襲い掛かって来た!


 「くっ、ダークマターを――!」

 

 右肩にライコウを背負いながら、真っ黒い左手を怪物に向けて突き出すシビュラ。 シビュラが左手を突き出した瞬間、シビュラの背後から幾つもの紅蓮(ぐれん)の火の玉が飛んできた。 火の玉は『ボコン、ボコン――!』と音を鳴らして触手に命中し、触手は爆発の衝撃で引っ込んだ。


 「あの触手に捕まったら終わりですよ!」

 

 ミヨシの言葉にシビュラは後ろを振り返る――。 すると、彼女は驚きと恐怖でギョッと目を見開いた。

 ミヨシの周囲に狐火(きつねび)のような火の玉が次々と()き上がり、怪物めがけて飛んで行く。 シビュラが怯えたのはその鬼火ではない。 先ほどまでフサフサな毛でおおわれていた太い尻尾がいつの間にか、毒々しいサソリの尻尾に変わっていたのだ……。

 ミヨシはその(おぞ)ましい尻尾から雨のように毒針を飛ばした。 レヴェドがライコウに向けて放った針のような髪の毛よりも太い毒針は、もはや毒針とは言えないような禍々(まがまが)しい物であった。 それは、まるで生体のようにドクドクと血液が脈打っている紫色の鋭利な物体であり、オフィエルの巨大な下半身に刺さると爆弾のように破裂し、(うみ)のようなドロドロとした髄液(ずいえき)を飛び散らせた。


 『キィィィ――!!』

 

 金切声(かなきりごえ)を上げて、醜怪(しゅうかい)な触手でミヨシに襲い掛かるオフィエル。 ミヨシは軽快な動作で触手の攻撃をかわすが、触手の一撃で床が破壊され、シビュラと共に下のフロアに落ちて行った。


 ――ガラガラと大量の瓦礫(がれき)が崩れ、管理棟が崩壊していく――

 

 「アナタ、ライコウ様をしっかり守るんですよ!」


 ミヨシは瓦礫から瓦礫へ飛び移りながら、体から飛び散る赤黒い汚物(おぶつ)(たく)みにかわしつつ、オフィエルの頭へと近づいていく。 下半身から生える無数の触手は、シビュラが背中に抱えるライコウを捕縛しようと、しつこくシビュラを追い回している。

 不安定な床を捨て、暗黒子を足に纏って空中を飛びながら触手の攻撃をいなしていくシビュラ。 シビュラの攻撃によって触手は瞬く間に凍り付き、火炎によって焼き(ただ)れる。 しかし、凍り付いた触手は皮膚をベロリと剥がして骨となり、焼き(ただ)れた赤黒い人間の顔は尚も表情を変えずに腐敗した血反吐(ちへど)を吐き、不気味な笑い声をあげてシビュラを追いかけた。

 

 「――もう、防ぎきれないみたい!」


 凄まじい爆発で触手を吹き飛ばしたシビュラ。 ところが、爆発の中からさらに触手が伸びて来た!


 「――! 避けられない!」


 「――!」


 シビュラが思わず目を(つぶ)ろうとした時『――ドドドド!』と横から火の玉が飛んできて、触手の追撃を防いでくれた!


 ――すでにミヨシは崩れ落ちる瓦礫と触手利用してオフィエルの上半身に火の玉を浴びせつつ、オフィエルの顔面へと迫っていた――


 ミヨシの身体を守るようにグルグルと回りながら浮遊する火の玉は、尻尾を振るたびに空中で『ポッ、ポッ』と灯され、その数を増やしていく。


 『――ギィィィ! キサマッ、誰ノ眷属ダ!!』


 狂ったように叫ぶオフィエルの瞳は、憎悪に(ゆが)んで(なまり)のように黒ずんでいる。 紫色の生気の無い唇は腐敗しており、口からは鼻をつく吐しゃ物を垂れ流していた。

 ミヨシの禍々(まがまが)しいまでに黒光りしたサソリの尻尾は、醜悪なオフィエルの顔を目がけて太い毒針を放った!


 『――ガァァァ――!!』


 『キャァァァ――!!』


 『――ヒィィィ……!』


 『……アン、アン、アン……』


 『……アァ、ハハハハ、アハハハハ――!!』


 毒針が顔の命中し、爆発を起こして腐肉(ふにく)が四散するたびに、オフィエルの身体全体から響く恐ろしい叫び声が響いた。 苦悶(くもん)の叫びは悲痛な叫びに変わり、そして嬌声(きょうせい)から不気味な笑い声となって、崩れゆく塔に共鳴した。


 『――ウヒアハハ――!!』


 爆発により崩壊した醜い肉塊から不気味な笑い声が響く。 すると、泥のように崩れていくオフィエルの顔が二つに裂けて、大量の牙を剥きだしにした大口へと変化した!


 ――頭と局部に醜悪(しゅうあく)な大口を広げた悪鬼(あっき)のような姿になったオフィエルは、さらにその体を巨大化させた――!


 ……もはや、管理棟は完全に崩壊した。 紫色に輝く瓦礫の中で恐ろしい咆哮(ほうこう)を放つ怪物がバハドゥルの地を踏みにじる!


 シビュラは降りかかる瓦礫を避けながら、未だ意識が戻らないライコウを抱えて、崩壊した管理棟から離れて行く。 すると、シビュラの後ろからミヨシが顔をしかめながら駆けて来た。


 「……ウェェ、気持ち悪い奴!」


 ミヨシは後ろを振り向いて地に立った巨大な怪物を一瞥(いちべつ)すると、サソリのような尻尾を巻ながらシビュラの隣へ移動した。


 「アイツはもうアタチの手に負えません! フォグさんが助けに来るまで逃げまくるのです!」


 シビュラはミヨシの赤い瞳に黙ったまま首肯(しゅこう)すると、デバイスを起動して緊急警報システムにアクセスした。 シビュラが警報システムを作動させると、けたたましいサイレンが町全体に響き渡り、初めて聞く物々しいサイレンの音に驚いた住民たちが一斉に自宅から飛び出して来た。

 その時、バハドゥルの市民は、破壊された管理棟から飛び出して来た巨大な怪物を目の当たりにし、言葉を失って立ち尽くしたのであった……。


 ――


 ――この未曽有(みぞう)惨事(さんじ)に、マザーは一体何をしているのか――


 バハドゥルの中央に位置する大聖堂の地下では、出目金のような深海魚の姿をしたマザーが狂ったように赤い目玉を点滅させて、狼狽(ろうばい)した様子で独り言を繰り返していた。

 地下に満たされている銀色の水はオフィエルが垂れ流す液体とよく似ていた。 その水はオフィエルが出現した事による地震で大きな波が立ち上り、深海魚が入っている銀色の球体に飛沫(しぶき)を浴びせていた。

 

 『……ま、まさか……イン・ケイオスが「アストラル体」になるなんて……』


 ――マザーが(つぶや)いたこの『アストラル体』という言葉は、以前ラヴィがライコウと話をしていた時に出た言葉であった。


 『マルアハがマナスを大量に消費すると、星の束縛(そくばく)から解き放たれ、過去の記憶を蘇らせてアストラル体へと姿を変えるのだ』


 ザンバラ髪の可愛らしい少女の外見をしたハギトは、イナ・フォグとの戦いでマナスを消費した結果、光り輝くトラのようなバケモノに変わった。 そのトラのようなバケモノこそアストラル体であったのだ。

 アストラル体は星の法則の外に存在する者である。 体内に宿した星のマナスが減少し、星による束縛から解放されたマルアハ達はアストラル体へ変化し、この星のマナスを放出させ、枯渇(こかつ)させようとする――夢見る星を夢から覚ます為に――。


 『なっ、何故、イン・ケイオスからマナスが……。 いえ……そんな事、今はどうでもいいですわ……』


 『……こっ、このままでは、アイナだけでなくこの街も……私が長年かけて創り上げたバハドゥル・サルダールが破壊されてしまいますわ!』


 マザーは混乱したように銀色の球体の中で深海魚のような体をグルグルと回転させ、さらに激しく目玉を七色に点滅させた。


 『……だからと言って私が()()()()()()()はもうない。 いっその事、イナ・フォグに頼むか……』


 『――いえ! イナ・フォグがもしイン・ケイオスに取り込まれでもしたら……私の計画が……』


 『うう……。 だからと言って()に頼むわけには――』


 『いえ! 奴はもうこの事態を()ぎつけてすでに街へ向かっているはず――!』


 マザーは自問自答を繰り返し、その結果、“奴”がやって来る事は仕方がないと諦めた。


 『……仕方ないですわね。 奴ならイン・ケイオスを消滅させる事が出来ないものの、再びイン・ケイオスにマナスを満たす事は出来ますわ……』


 マザーはそう呟くと、少し落ち着きを取り戻したのか、激しく点滅していた体中のライトを緑色へ変化させ、ゆっくりと点滅させ始めた……。


 『とにかく、私も行かなくてはいけませんわ。 バハドゥル・サルダールへ――』


 ――


 ――一方、道路を封鎖したアミとその仲間達、そしてアセナは、ダルヴァザから退却して来た管理者達と激しい戦闘を繰り広げていた。 ところが突然、管理棟の方から凄まじい爆発が起こり、お互い戦闘を止めて管理棟の方角へ一斉に顔を向けていた――


 「い、一体……何が起こっている?」


 この場にいた全員が突然の爆発に驚愕し、崩れ行く管理棟を見つめた。 すると、瓦礫の煙によって霞んだ塔の中に巨大な“何か”が(うごめ)いている様子が見え、その瞬間、けたたましいサイレンが町中に響き渡った!


 「……こ、これは! マルアハが襲来した時に使われる警報装置!」


 アセナがそう叫ぶと、アミは驚愕した様子でダクトの間から(のぞ)かせる瞳を見開いた。


 「えっ――!? こんな警報、私、聞いたことないの!」


 バハドゥルの管理者達や市民、そしてアミさえもこの不気味なサイレンが何を警告するものか分からなかった。 だが、ディ・リターのゼルナーであるはずのアセナが、この警報の意味を知っていたのである。


 ――アミが狼狽した声を上げた次の瞬間、この場にいる全てのゼルナー達のデバイスにヘルートの声が響き渡った――


 『――シュテルン粒子は停止させた! もう、争いは終わりだ!


 マルアハが――


 マルアハがこの街を襲撃して来やがった!』


 ヘルートの言葉に顔色を変えた管理者達は、皆、再び管理棟へ顔を向けた。 すると、崩壊した尖塔(せんとう)の中に、見る者全てを戦慄(せんりつ)させる恐ろしい怪物の姿が目に飛び込んできた!


 「ヒィィィ――! なんだ、アレは!?」


 あまりの恐ろしさに腰が抜けてその場にへたり込む管理者達。 アミも何が起こっているのか理解できず混乱した様子で呆然(ぼうぜん)と怪物を眺めている……。 すると、突然アミは誰かに腕を引っ張られた――!


 「――アミ君、すぐに市民を二層へと避難させろ! 二層からトンネルを通ってアイナへ逃げるんだ! 街が崩壊するまで、もう、時間が無いぞ!」


 醜悪な怪物の姿を目の当たりにして呆然(ぼうぜん)としていたアミは、腕を(つか)んできたアセナに目を移した時、吃驚(きっきょう)して正気を取り戻した! いつの間にかアセナの姿がオオカミのような姿に変わっていたのである。


 鬼気迫る様子のアセナに圧倒されたアミは、アセナの言葉にただ(うなず)くしかなかった。


 「皆、私と一緒に二層へ逃げるの――!!」


 引き連れて来た器械達に向けて声を張り上げるアミ。 器械達はアミの叫びに反射的に頷いた。 レジスタンスだけでなく、管理者達もアミの叫びに頷いた。 もはや敵も味方も無くなった彼らは、一斉に二層へ行くゲートがある南へと駆け出した。


 ――


 ――所変わって、ダルヴァザでも、巨大な怪物を目の当たりにしたゼルナー達が緊迫(きんぱく)した様子で一斉に避難を始めていた――


 『――もう、敵も味方もねぇぞ! お前ら、死ぬ気で逃げろ!!』


 ヘルートの声が全てのゼルナー達のデバイスから響いて来た!


 「市民を避難させろっ!!」


 「――ヒィィ!!」


 「二層からアイナへ逃げろ――!!」


 ダルヴァザの地は騒然となり、管理者達は雪崩を打って市街地を越えて南へと逃げようとする。


 「ヘルート、ファルちゃんを――!」


 シュヴァルツを従えたペロートがヘルートの許へ駆け寄ってきた。 町全体が大きく揺れており、先ほどまでの戦いで壊れかけていた建物が次々と崩壊していく。


 「ああ、ファルを町中に飛ばして、市民を二層へ誘導してくれ!」


 ヘルートはそう言うと、ペロートの頭をポンと叩いた。


 「うん! 愛してるわ、ヘルート」


 ペロートはそう言うと、上空で待機していたドローンを散開させる。


 「――シュヴァルツ、行くよ!」


 ヘルートに目くばせをして駈け出すペロート。 シュヴァルツは低空でペロートを追いかけながら、体から蜂の巣のような形をしたバリアを展開させた。


 (ペロ……頼んだぜ)


 ヘルートはペロートを心配しながら、震える体を落ち着かせるように背中の刀に手をやった。 すると、ヘルートのデバイスにアセナから通信が入った。


 『――ヘルート! オフィエルが襲撃して来た!』


 『馬鹿野郎! そんな事、分かってらぁ! すでにペロとシュヴァルツが市民を避難させている! テメェは今どこにいるんだ!?』


 「――ここだ!」


 ヘルートの後ろには、すでにオオカミの姿となったアセナがいた。


 「ドワァ――!! テメェ、ビビらせんな、馬鹿野郎!」


 飛び上がるヘルートを無視して、アセナは言葉を続ける。


 「ヘルート、お前はシビュラとライコウ殿を待て! 私はファルサを助けに行く!」


 「ああっ!? 何、勝手な事言ってんだ、テメェ!」


 地を揺るがす地震は少し落ち着いてきた。 だが、けたたましいサイレンは鳴り続け、巨大な怪物は街の天井をも崩壊させるほど伸びあがり、まるでタコのような触手をウネウネと周囲に()わせながら、何かを探しているようだった。

 

 「シビュラはライコウ殿と共にレヴェドと戦っていた! 恐らく、レヴェドがオフィエルに助けを求めたんだろう!」


 ヘルートが何か言いたげに口を開こうとすると、アセナはヘルートの言葉を(さえぎ)りさらに言葉を続けた。

 

 「――心配するな、二人なら必ずここへ戻って来る。 お前もシビュラの事は良く分かっているはずだ。 (たもと)を分けた私達だが、あの時の“思い”はまだ失っていないはずだろ!」


 「――!!」


 アセナの言葉に、黒頭巾(くろずきん)を被ったヘルートの瞳が大きく開く。


 「……ッチ、そんな大昔の事なんざ忘れたぜ。 だが、ライコウのアンちゃんが来るってんじゃ、俺も待たねぇ訳いかねぇな」


 アセナは「――フッ」と微笑を浮かべ、お互い黙って頷いた。 そして、二人が別れようとした時だった。


 『アァァァ――!! ヨリミツ、ヨリミツ、ヨリミツゥゥ――! 何処、どこ、ドコォォォ!?』


 腹の底から(ひび)き渡る恐ろしい声が町全体へ響き渡り、凄まじい風を巻き起こす。 そして、その声が止むと、巨大な化け物の身体から噴水のように銀色の液体があふれ出て来た……。 銀色の液体は()(えが)きながら四方八方へ降り注ぎ、地に存在する全てのモノを破壊し始めた!


 ――


 ――バハドゥルに住む市民達は、大音量で響き渡る不気味な警報とドローンから発する警告によって一斉に二層へと避難を始めていた――


 『――ヴゥゥォォォォン――!!』


 未だかつて誰も聞いたことがない不協和音の不気味なサイレンが響き渡ると、自宅にいた全ての市民が外へ飛び出し、異様な街の様子に呆然とした。 

 遥か向こうに建っていたはずの紫色の管理棟が崩壊し、巨大な怪物のような影が(うごめ)いている……。

 ファルサの屋敷に身を隠していたジャーベとネマ、ディー・ディー、そしてシャヤも外へ飛び出して、今まで経験した事の無いこの街の異常な事態に固唾(かたず)を飲んだ。


 「一体、何が起こってるの……?」


 街の住民は血相(けっそう)を変えて逃げ惑っている。 二層へ行くゲートへ続く大通りは器械の群れであふれかえり、大混雑している。 作業用機械――ネクト(奴隷)は相変わらず道路の掃除やら建物のメンテナンスをしていたが、器械達の波に飲まれて蹴とばされ、跳ね飛ばされ、ゴミのように転がっていた……。

 

 「ヒ、ヒドイ……」


 ディー・ディーの手を握っていたシャヤはその手を震わせて、誰も助けようとしないネクトの悲惨(ひさん)な姿に悲痛な言葉を上げた。 上空にはペロートのドローンが飛び回っており、大音量で市民に避難を呼びかけていた。


 『――マルアハ襲来!! 全テノ市民ハ大至急二層ヘ避難セヨ!! “スラン”ヲ抜ケテ“アイナ”ヘ避難セヨ!! 繰リ返ス――』


 「マルアハが攻めて来たぞ――! どけ、どけ、貴様ら!!」


 「キャー! 誰か助けてっ!」


 口々に悲鳴を上げながら混沌とした大通りを我先に逃げる住民達。 長年稼働した老齢の器械(バトラー)は若い器械に突き飛ばされ、側道で(うずくま)って助けを呼んでいる。 その器械の傍では散々虐待されてボロボロになったネクトが寄り添い、助けを呼んでいる老齢の器械を一生懸命修理していた。

 逃げ惑う市民は他人のことなどお構いなく、ただ自分が生き延びるために必死に二層を目指して押し合い、圧し合い、傷つけあった。


 「――シャヤ! 私達も二層へ逃げよう!」


 シャヤの震える手を握り返し、ディー・ディーが叫ぶ。 ディー・ディーの呼びかけにジャーベとネマも緊張した面持(おもも)ちで頷いた。

 ……シャヤもディー・ディーの緊迫した様子にただ頷くしかなかった……。 だが、自分の仲間であるネクトの悲惨な姿を目の当たりにし、出来れば一台でも多く彼らを助けたいと願った。


 街中が避難に殺到した市民でごった返していた。 裏路地も大通りも渋滞した乗り物や器械達で混雑し、進むこともままならなかった。


 「――もう! このままじゃ、(らち)が明かないわ!」


 イライラした様子で卵型の瞳を真っ赤に点滅させるディー・ディー。 ジャーベとネマはシャヤを間に入れて警戒をしながら、強引に人込みを押しのけるディー・ディーの後ろに従っていた。 シャヤはジャーベから借りた派手な“どてら”を頭に(かぶ)りながら、身を隠すようにジャーベとネマに護られていた。


 ――管理棟の方から見える巨大な怪物の影は、バハドゥルの市民を恐怖と混乱に(おとしい)れた。 中には現実逃避をする者や、さらに混乱を(あお)るような(やから)も現れ始め――「あの怪物を呼び出したのはネクト達だ」などと狂言(きょうげん)流布(るふ)する者まで現れた。 不安に駆られた民衆はそんな根拠の無いデタラメを信じて、いつものように道路清掃や設備メンテナンスをしていたネクト達を捕らえては無残に破壊するという蛮行(ばんこう)を繰り返した。 民衆は身に降りかかった災難を誰かのせいにする事により、自分達のココロを少しでも落ち着かせようとしていたのだ。

 シャヤは感情を持っているとは言え、ネクトであった。 一部の器械はシャヤの音声や外観を見れば、彼女がネクトである事などすぐ見分けがついた。 避難しようにもなかなか出来ない現状で感情が(たかぶ)っている市民は、目に留まったネクトに暴行を加えて溜飲(りゅういん)を下げようとする。 ジャーベ達がシャヤを守らなければ(たちま)ちシャヤは暴漢によって破壊されてしまうだろう。 それほどまでに市民の感情は不安と焦燥に満ちていたのであった――。


 「おい、早く行け、この野郎!」


 ジャーベとネマは、後ろから市民に尻を蹴り飛ばされた。


 「ネクトを見つけたら問答無用で破壊しろ! アイツらがマルアハを呼び出して、この街をメチャクチャにしたんだ!」


 レーザー銃を手に持ち不穏な事を叫び回る市民が、ネクト達を探しながら人込みをかき分けている。


 「ディー・ディー……」


 器械の群れを強引にかけ分けながら先導するディー・ディーに、ネマが不安そうな声を掛けた。


 「分かってるわ! でも、進まないと!」


 何処へ行っても群衆で埋め尽くされている街では、ただ南へ向かう波に流されて行くしかない。 途中で止まれば(たちま)ち波に飲まれてしまい、シャヤの正体がバレると同時に(たけ)り狂った大衆に襲われてしまうだろう……。


 「おい、ポンコツ野郎共が側道へ逃げたぞ――!!」


 何処からともなく住民の叫び声が聞こえると、波が一気に側道の方へ流れを変えた。


 四人も側道の方へ身体を向ける――すると、目に映ったのはネクトの集団が複数の暴漢に襲われている凄惨(せいさん)な様子であった。 ディー・ディー、ジャーベ、ネマの三人は出来れば彼らを救ってあげたかった。 だが、ここで目立ってしまうとシャヤの存在に気付かれてしまう恐れがある為、罪悪感に(さいな)まれながらもただ黙って見ているしかなかった。


 ネクト達が無残に破壊され、煙を出して転がっている中――生き残った三体のネクトが追いかけて来る暴漢から必死に逃げていた。 何故、自分達が襲われたのかも分からぬまま……。


 文鳥に似た小鳥のような姿をしたネクトは、すでに機械式の羽をもぎ取られ、細い足をピョコピョコ動かしながら一生懸命逃げていた。 その瞳からは混乱と悲しみに満ちた涙色の光を浮かべている。

 文鳥型のネクトを(かば)うようにして一緒に逃げているネクトは、六角形の箱に手足が生えたような姿をしていた。 金属製のボディであるはずだが、外見は木箱のようであり、大きな丸穴の上部には小さなランプが(おび)えるように点滅していた。

 箱型のネクトは小さい球体のネクトを抱いていた。 球体のネクトはメイド服を着た(まり)のような可愛らしい姿をしており、ワイヤーのような腕と足を伸ばして箱型のネクトにしがみ付いていた。


 理不尽な暴漢に追われ、青いライトを必死に点滅させて逃げる三体。 その光は助けを求めているのにもかかわらず、誰一人助けが来ない時に放つ人間の慟哭のような、絶望に満ちた悲壮(ひそう)な光であった。


 「この国賊(こくぞく)共が――!!」


 すでに所々漏電(ろうでん)を起こしている彼らの背後から、一人の暴漢がレーザー銃を発射した!


 「あっ、危ない! 避けて――!」


 ディー・ディーが思わず叫ぶ。 だが、ディー・ディーの悲痛な叫びも(むな)しく、文鳥型のネクトと箱型のネクトの背を、無慈悲なレーザーが貫いた。


 文鳥型のネクトは全身に火花を散らしながらドサリと倒れ、そのまま動かなくなった……。 箱型のネクトは、両手で抱えていたメイド服姿のネクトから手を放し、そのまま勢いよく転がった。


 ……背中から閃光(せんこう)(ほとばし)り、動かなくなった箱型のネクト……



 「――!!」



 だが、彼は再び動き出した。


 震える手を伸ばしながら、地を()うように進みだした。


 ――ホコリ塗れになった球体型のネクトを、再びこの手で抱きしめる為に――


 ――


 ――バハドゥル・サルダールから遠く離れた地底都市『ディ・リター』――


 ディ・リターの市民達は、バハドゥルにマルアハが襲撃して来た事を、まだ誰も知らなかった。


 街はゆっくりとした時間が流れていた。


 幸せそうな器械が道路を行き交い、商人が大声で買い物客を立ち止まらせようと商品をアピールしている。 買い物をして家路(いえじ)につく器械の耳に、我が家から子供型の器械達のじゃれ合う声が聞こえてくる。 隣には作業用機械が並んで歩いており、主人よりも先に家の扉を開けて中に入るように(うなが)すと、主人は暖かい眼差しを作業用機械に向けて「ありがとう――」と言って頭を()でた。


 ディ・リターにいる作業用機械達も、バハドゥルのネクトと変わりはない。 意思がなく、感情を表現する事が出来ないはずである。 だが、ネクト(奴隷)という言葉で呼ばれることもなく、虐待(ぎゃくたい)されることもない彼らの様子は、どことなく穏やかで満足そうに見えた。


 ラヴィとライコウに助けられた着物を着た少女型の作業用機械『市松』もまた彼らと同じだった。 人形のように無表情でありながらも、ラヴィと手を(つな)いで一緒に公園を散歩している姿は、彼女がきっと幸せだろうと思わせるような雰囲気をしていた。


 ラヴィは市松と公園のベンチに座っていた。


 地底都市の天井から降り注ぐ光は、公園に植えられた人工樹の葉を照らしており、ベンチに腰かけていたラヴィと市松の顔を優しく撫でている。 

 木漏(こも)()の心地よさにうたた寝をしてしまったラヴィと市松。 市松はラヴィの膝の上を枕にしてベンチに横になり「グゥ、グゥ……」とイビキをかいて眠っている。 ラヴィも市松の頭を撫でながらそのまま眠ってしまったようで、市松の頭に手を()えて「スヤ、スヤ」と座ったまま寝息を立てていた。


 ――ラヴィはこの時、夢を見ていた。 その夢は遠い、遠い昔の記憶――


 (ある日の午後、ラヴィは友人のクラルスと木漏れ日の中を散歩していた)


 『――なぁ、クラルス。 吾人(ごじん)は物をまるで心があるかのように扱う時があるな。 どうも、それがワガハイは不思議でならないのだ』


 『何言っているの、ラヴィニア。 物は感情を表現できる(すべ)がないだけで、心があるのよ。 それを証拠(しょうこ)に物を大切にしていれば、物は私たちの期待に応えてくれるでしょ?』


 『……ふーん。 じゃあ、クラルス、例えば言葉を話す「M・ビナー型」の機械同士だったら、お互いの感情を表現する事が出来るっていうのか? そんなの聞いたことがないのだ』


 『聞いたことが無いのは、私達の前では感情を表現しないからよ。 彼らはきっと心が通い合っているの。 いつも私達が寝静まった頃、物同士が心を通い合わせてお(しゃべ)りしているのかも知れないよ』


 『それに、そう信じる方が何だかロマンチックでしょ♪』


 『ハハハ、そうなのだ。 何事も信じる事なのだ――』


 ……


 (いつの間にか夢は切り替わり、ラヴィは暗闇の中で誰かの声を聞いていた)



 『……ふふっ、これからは僕が君の巣箱さ。 君が疲れたらいつでもおいで、休ませてあげるよ』



 『文鳥君、僕はメイドのキューちゃんが好きになってしまったんだ。 彼女に僕の思いが通じるかな?』



 『――本当!? わざわざキューちゃんに聞いてくれたんだね! 有難う、文鳥君!』



 『……文鳥君、僕はキューちゃんに告白しようと思うんだ。 もし、断られたらどうしよう……。


 ――えっ、きっと大丈夫だって? 親友の君がそう言うなら、僕は――』



 『文鳥君――! 君の言うとおり、キューちゃんも僕の事が大好きだって! 僕はきっと彼女の分まで頑張って働いて、いつかバトラーになるんだ。 もちろん、君も一緒さ!』



 『ずっと、一緒さ――』



 ……

 


 『文鳥君、僕達と一緒に逃げよう! 大丈夫、僕が必ず君を護ってみせる! だから、諦めないで!』



 ……



 『……文鳥君……ゴメンね。 僕は……君を(まも)る事が出来なかった……。


  ……でも、君と約束した通り……


  キューちゃんだけは……僕が……護って……』



 ……



 『……護って……』



 ……



 「……夢……?」


 ベンチでうたた寝をしていたラヴィが目を覚ました。 膝枕をしている市松は相変わらず気持ちよさそうに眠っている。


 「……」


 ラヴィの頬に涙が伝い、穏やかに眠る市松の頬に雫が落ちた……。


 「涙……。 誰かの願いが、ワガハイに涙を思い出させてくれたのか……?」


 ラヴィはそう言うと、(あふ)れる涙をそのままに、胸に手を当てて誰かの無事を願った――。 


 ――



 「――」



 「――ぶっ壊せ――!!」


 

 ――懸命に出力を振り絞り、メイド服のネクトの手を(つか)もうする箱型のネクト――



 ……だが、彼はその手を掴むことは出来なかった……



 『……ブ……ブ……ン……』



 悲痛な音を鳴らして壊れゆく箱型のネクト……。 彼のカメラに映るメイド服のネクトの姿が徐々に砂嵐へと変わって行った。


 ……箱型のネクトは“彼女”をもう一度抱きしめる事が出来なかった。 彼は暴漢の凶刃(きょうじん)に背中を貫かれ、稼働を永遠に停止した……


 「ひ、酷い……何て事を……」


 ディー・ディーが沈痛な面持ちで呟く中、暴漢達はその哀れなネクトの様子を見てニヤニヤ笑いながら、最後に残った球体のネクトに刃を向ける。 道行く者達は彼らの蛮行などお構いなく、破壊されたネクトの残骸を一瞥(いちべつ)するだけで通り過ぎて行った。


 シャヤはそんな悲惨な光景を見て、居ても立っても居られなくなった。 自分の仲間が襲われているからという理由だけでは無い。 ネクトだろうがバトラーだろうが、理不尽に襲われて破壊されてしまった者の悲しみが、彼女の感情を揺さぶったのだ。


 「ヤメテ――!!」


 球体のネクトに“正義の鉄槌(てっつい)”を食らわせようと、剣を振り上げる暴漢達――すると、突然、彼らの目の前にシャヤが現れ、球体のネクトに覆いかぶさった!


 「なっ、なんだコイツは――!?」


 暴漢達は一瞬戸惑ったが、すぐにシャヤがネクトであると気づき、今度はシャヤに剣を向けて、その凶暴な敵意をむき出しにした。


 「このガラクタがぁ、どけぇぇ!!」


 「シャヤ、危ない! 逃げて――!!」


 突然、飛び出して行ったシャヤを追いかけた三人であったが、群衆に邪魔されてシャヤに近づくことが出来ない!


 「――止めて! シャヤを壊さないで!」


 ディー・ディーの悲痛な叫びも空しく、暴漢達はシャヤの周りを取り囲み、一斉に剣を振るった。


 (ファルサ様――!!)


 球体のネクトを抱きしめるシャヤの脳裏に、ファルサの笑顔が浮かび上がった。


 すると――


 次の瞬間、暴漢達が『ドサ、ドサ』と音を立てて地面に倒れ伏した……。


 「ア……アナタハ……?」


 シャヤの目の前に、いつの間にか修道女のような姿をした女性が立っていた。


 「あのヒトは一体――?」


 突然の出来事で民衆の波が一瞬止まり、道行く器械が一斉に側道へ目を向けた。 その隙に三人はシャヤの(そば)へ駆け寄った。

 シャヤはメイド服姿のネクトを抱いたまま座り込んでいた。 修道女はシャヤに向かって手を差し伸べながら立ち上がる様に(うなが)すと、微笑を浮かべながらこう言った。


 「シャヤ、間に合って良かった。 この先、私が貴方を護りましょう――」


 シャヤは修道女の手を握って立ち上がる。 ディー・ディー、ジャーベ、ネマの三人も彼女の傍へやって来た。


 「シャヤを助けてくれてありがとう!」


 ディー・ディーがジャーベとネマを代表して修道女に礼を言うと、修道女は彼方に見える怪物の影を(にら)みながら、言葉を続けようとした。


 「それよりも――」


 修道女が何か言いかけた時、突然、怪物から地から沸き上がるような叫喚(きょうかん)が響き渡って来た。


 「――何だ、この恐ろしい声は!?」


 器械達は突然の叫び声に狼狽(うろた)えて、立ち止まり怪物の方を見た。 すると、怪物は益々(ますます)巨大化して(おぞ)ましい姿を民衆に晒すと、体中から大量の液体を飛び散らせ始めた。


 「何か飛んでくるぞ――!」


 市民が口々に叫ぶ中、銀色の液体は巨大な塊となってこちらへ迫って来た!


「くっ、もう時間が無いですわ!」


 修道女は思わず言葉遣いを変えて叫んだ。 そして、背中に背負った十字架を手にかけて何かを呟き出した……。


 ――


 ――時は戻って、アセナがアミと合流した頃――


 ファルサはダルヴァザの中心から南へ離れた場所で、セヴァーと戦っていた。 ファルサは管理者達の猛攻を避けながら、途中でヘルートによって大破されたゼルナーが持っていた機関銃を拝借しつつ関所を出た。 そして、兵舎が軒を連ね、入り組んだ路地が迷路のように走っている宿場町(しゅくばまち)までセヴァーを誘き寄せた。

 ファルサを追ってきたセヴァーは兵舎を破壊しながら消極的なファルサの戦法を(なじ)った。 だが、ファルサはセヴァーの文句など耳を貸さずに兵舎の影に隠れながら、隙を見てセヴァーの背後から攻撃しようと機会を(うかが)っていた。

 ファルサはまともに戦ってもセヴァーには勝てないと考えていた。 事実、性能ではセヴァーが圧倒的に有利であった。 セヴァーの腹から突き出る厳つい三連砲(さんれんほう)や右腕から発射されるレーザー、肩に装着されているショットガン等、どれもマナスによって強度を上げていないファルサの体では一撃で重傷を負ってしまう。 ところが、セヴァーは挑発に乗りやすい単純な性格だったので、ファルサがヘルートのマネをして口汚く罵れば、その言葉に激昂して分かりやすい攻撃を繰り出してきた。

 逃げ続ける相手を苦手とするセヴァーは、持ち前の短気を遺憾(いかん)なく発揮して無暗(むやみ)に攻撃を続け、体力を消耗していた。


 「キサマッ! 逃げてばかりいないで正々堂々と戦え! それでも、ゼルナーか!」


 二階建てや三階建てといった石造りの兵舎は、セヴァーによって(ことごと)く破壊された。 ファルサは建物の間を縫うようにして細い路地を逃げ回る。 ファルサがセヴァーの攻撃を避けるたびに瓦礫の山が増えて行き、土煙(つちけむり)を上げて周囲の視界を遮った。


 「うるせぇ、この木偶(でく)(ぼう)! いくら逃げようが、勝てば官軍だ!」


 セヴァーの後ろに回り込んだファルサが、竜巻のような風を(まと)う剣を振るった。 ファルサの叫びに気づいて後ろを振り向いたセヴァーの目の前に、瓦礫を巻き上げた竜巻が迫る――。


 「ぐっ――! クソッ、風のせいで周りが良く見えん!」


 ペロートが放ったシュテルン粒子はダルヴァザ全域を覆っており、セヴァーはデバイスでファルサの位置を把握できなかった。 「それならば」とヘルートに使用した熱感知粒子を放ってファルサの位置を知ろうとしたが、ファルサの剣に(まと)わりつく猛然とした竜巻が粒子を霧散(むさん)させ、姑息(こそく)に隠れるファルサの位置を正確に知る事が出来なかった。

 目視でなければファルサの位置を確認出来ないセヴァーのとって、周囲の(ちり)(ほこり)を巻き込んで真っ黒い渦となった風は、想像以上に厄介だった。 その間、ファルサは再びセヴァーの後ろに回り込み、セヴァーの背中めがけて手りゅう弾を投げ込んだ。


 セヴァーは暴風を操るファルサの攻撃に翻弄(ほんろう)され、相手の見えない中で当てずっぽうに銃を乱射してマナスと燃料を消費し続けた。 そして、次第に左手に持つ液状に揺らめく剣もその輝きが鈍ってきて、徐々に硬化して来た……。

 セヴァーの持つ液体金属の剣は、絶えずエネルギーを消費しなければ液状のまま維持する事は出来ない。 マナスを使用してエネルギー効率を上げていたにしても、燃料を大量に消費する攻撃を何度も繰り返して来たセヴァーにとって、もう剣の形状を維持できる程のエネルギーを体内で生み出すことが出来なくなってきていた。


 (そろそろ、セヴァーの息も上がって来た頃か――?)


 ファルサはただ逃げ回るだけでなく、先日アセナと戦った時の事を思い出し、自身のマナスと燃料を結合させようと集中力を高めていた。 体内に接続されたアニマに意識を集中させて、マナスが体内に(めぐ)るイメージを繰り返しながら、セヴァーの苛烈(かれつ)な攻撃を避け続けていた。

 そのお陰でファルサは燃費が格段に向上していた。 セヴァーの攻撃を防御システムで防ぎながらも、燃料はまだ半分以上残っていた。


「セヴァーの出力がダウンした時を狙って一気に攻撃を仕掛ける」


 燃料を温存させ、出力を最大限まで高めていたファルサとは反対に、燃料を無駄に消費し、出力を低下させていたセヴァー。 ファルサはそのチャンスを見逃さず、一気に攻勢へ出た。


 つむじ風のような小型の竜巻は、セヴァーに大した傷を負わせなかった。 しかし、瓦礫と粉塵(ふんじん)が舞い上がり、視界を(さえぎ)られたセヴァーは背後から駆け寄るファルサに気が付かず、ファルサの剣を背中へ浴びた。


 「ウガァァ――!!」


 切っ先鋭い真空派のようなファルサの剣が、セヴァーの鎧を切り裂いた! セヴァーは前に転がりながらファルサから離れ、視界を確保して態勢を整えようとする――。


 「逃がすかっ!」


 先ほどまでセヴァーから逃げ続けていたファルサが、今度はセヴァーを追いかける。 セヴァーはファルサを(むか)え撃とうと、左手に握っていたブレードに力を込めた。

 

 「――むぅ! ブレードが硬化して――!」


 セヴァーが握るブレードは、先ほどまでの水のように揺らめいた液体金属のそれではなく、銀色に鈍く光ったよくある大剣へと変わっていた。

 セヴァーはファルサの剣を受け止めようと、とっさに大剣を前へ出す――。


 『パキィィン――!』


 鋭い音が響き、セヴァーの大剣は真っ二つに折れた! もはや、ヘルートと戦った時のように再生する事は(かな)わない。 それでも、セヴァーは折れた大剣でファルサを袈裟切(けさぎ)りにしようとするが、出力を一気に解放したファルサのスピードに間に合わず、次に繰り出したファルサの剣に今度は首を切り裂かれた。


 「グォォ――!」


 バブルシールドに隠された顔は恐らく苦悶(くもん)(ゆが)んでいるだろう……。 セヴァーはシールドの奥に光る赤いランプを急速に点滅させながら、ファルサから再び離れようと、足裏のジェットエンジンを起動させた。


 『ドヒュン――!』


 爆風と共に一気にファルサから距離を離すセヴァー。 ファルサは最後の一撃が押し込めずにセヴァーを取り逃がしてしまった!


 「――クソッ! あとちょっとで、首を切り落とせたものを!」


 ファルサはすぐさまセヴァーを追いかけようとするが、セヴァーはショットガンと三連砲を乱れ打ち、ファルサの接近を防いだ。


 「――グハッ……フフフ。 私の出力低下を待って一気に攻勢に出るとは、なかなか忍耐強い男だ。 だが、お前の戦略に私が気付かない訳ないだろう……」


 ――そう強がりを言っているセヴァーだが、途中までファルサの戦術に気づかなかった事は事実である……。 セヴァーは散々ファルサに挑発されて頭に血が上り、ファルサを追いかけまわして兵舎が建ち並ぶ不利な場所へ誘導されたのである。 だが、さすがに単純なセヴァーも、ファルサが(ろく)な攻撃もせずに逃げ回っていれば、ファルサが何かを企んでいる事くらいは気が付いた――。


 セヴァーは燃料が残り少ないはずであるにもかかわらず、再び体内のエネルギーを充填(じゅうてん)させた。


 「予備燃料――!? し、しかし……そんなはずは……」


 セヴァーの左手に握られた銀色のブレードは、再び水のように揺らめきだして液体金属へと変化した。 そして、セヴァーの身体から「プシュー!」と蒸気が湧き上がり、今までよりもさらに出力が上がっているかのようにさえ見えた。

 ファルサは信じられない様子で目を白黒させ、凄まじい熱で(ゆが)んで見えるセヴァーに呆然(ぼうぜん)とした。


 「……ハハハ、馬鹿め。 俺の身体は出力の半分しか出さないように制御装置を設けている。 出力を最大まで出そうとするとメインタンクが解放されて燃料を最大まで使用する事が出来るのだ。


 ――つまり、先程までは予備タンクを使用していたという事だ」


 なんと、セヴァーは今まで予備燃料を使用しており、予備燃料が尽きかかったタイミングでメインタンクへと繋いで、燃料を最大まで使用できるようにしたというのである。

 ファルサはセヴァーの正体に気づいていないが、セヴァーはもともと人型の器械である。 今、ファルサの前に立ちはだかっている巨大な青いロボットはセヴァーのパワードスーツであり、内部で接続されている人型の本体の外装に過ぎないのだ。

 本体が人型の器械であれば、当然、本体にも燃料タンクが装備されているはずである。 セヴァーは普段、外装側の予備燃料を使用していた。 出力を最大まで上げる場合に限って、本体の燃料を使用したのだ。


 「そんな、バカな……!」


 セヴァーの圧倒的な出力を前に戦意を喪失し、狼狽(ろうばい)するファルサ……。 セヴァーが出力を上げていくと、太い金属の右腕から蒸気を放ちながら回転するタービンのような機械が出現した。 機械は回転によって体内のエネルギーを増幅しているようだった。 金属製の腕の中に見える炎は、らせん状に腕の中をグルグル移動しながら右拳を紅蓮(ぐれん)に染めた。


 「ハッ、ハッ、ハッ――! ファルサよ、この私を(あなど)ったな!」


 セヴァーはそう言うと、赤く(たぎ)った右拳で地底の大地を思い切り打ち付けた!


 『ゴゴゴゴ――!!』


 と周りに地鳴りが響きファルサの足元を大きく揺らす――。 ファルサはバランスを崩して思わず四つん這いになった。 すると、ファルサが力なく地に(ひざ)をついた様子を見たセヴァーは、ファルサを鼓舞(こぶ)するように言葉を投げた。


 「――ファルサ! 貴様、これからが本番だと言うのに、地面に這いつくばって何をしている!


 ――立て! 立って、もう一度私に先ほどの一撃を放って見せろ!」


 蒸気を放つ巨大な体を震えさせて言葉を続けるセヴァー。 ファルサはまだ余力があったものの、セヴァーの力を目の当たりにしてすっかり戦意を失ってしまった。


 (……俺は、コイツには勝てない……。


 そう、俺はライコウ様のようにはなれないんだ。


 ……俺は……俺は、弱いんだ)


 悄然(しょうぜん)として地に伏したままのファルサ。 ファルサの様子を見つめていたセヴァーは、ボソッと――まるで(うわ)(そら)のような様子で誰かの名前を口にした。


 「……サリード、私はまた同じ過ちを繰り返そうとしているのか……」


 セヴァーの目に映っていた者はファルサではなく、過去の幻影であった。


 ……


 『――セヴァー様、この度、新たにゼルナーとなった「サリード」と申します』


 セヴァーの脳裏(のうり)に少年の声が響いてきた。 彼にとっては懐かしい声である。


 『えっ、“様”なんて付ける必要はない!?


 ……分かりました。 それでは、貴方の事を“兄さん”と呼ばせていただきます。


 えっ、そんな呼び方ではダメですって? じゃあ、どうやって呼べば良いのですか!?』


 セヴァーは少年から『兄さん』と呼ばれ、気恥ずかしさに戸惑(とまど)った。 一度は兄さんという呼び方を拒絶した彼だったが、サリードと名乗った少年が困り果ててしまっていたので、仕方なく兄さんと呼ばせるようにした。 セヴァーは兄さんと呼ばれる事にくすぐったさを感じたが、同時に心地よくも感じていた。


 ……


 『……さん……兄さん! 俺はきっと貴方を超えてマルアハを討伐してみせます!』


 いつしかサリードはセヴァーの右腕となって、その能力を開花させていた。 セヴァーはサリードの頼もしい言葉に目を細めた。


 ……


 『兄さん、俺はもうダメです……。 俺は貴方のようにはなれない……。


 ……どうせ、俺は……弱いんです』


 セヴァーによる厳しい訓練に根を上げたサリードは弱音を吐いた。 だが、セヴァーはそんなサリードを叱咤激励(しったげきれい)し、嫌がるサリードをファレグ討伐隊へ無理やり編入させた。


 (私は……お前となら、ファレグを討伐出来るはずだと思っていた……。 だが、それは私の思い上がりに過ぎなかった……)


 セヴァーはサリードを連れて、ついにファレグの縄張りへと攻め込んだ。 だが、その結果は凄惨(せいさん)な有様であった。 セヴァー以外の全てのゼルナーはファレグによってあっけなく破壊されてしまったのであった……。


 ……


 『……お前、まだ壊れてないの? 頑丈な人形ねぇ……』


 セヴァーの耳に(あき)れたような少女の声が聞こえて来た。 少女は猫のような可愛らしい声をしていたが、その声は何処となく鼻が詰まったような、くぐもった声であった。

 セヴァーの身体はピクリとも動かなかった。 少女によって一瞬で破壊された身体は、四肢(しし)の全てが切断されてしまっていた。


 身動きの取れないセヴァーは、まるで地獄の釜の中で拘束されたまま、愛する者が鬼に切り刻まれる様を見続けなければならないという拷問(ごうもん)を受けている心境だったに違いない。


 ……首すら動かすことが出来ない彼は、隣に横たわる業火(ごうか)に包まれたサリードから目を背ける事が出来なかった……


 少女によってアニマを(えぐ)り取られたサリードは、自爆する事も出来なかった。 業火に焼かれながら助けを求めるように、セヴァーに向かって手を差し伸べたまま永久に稼働を停止していた。


 (……サリード、私は……お前を護れなかった……)


 『……アタシはね、人間を壊す事以外に興味は無いの。 それをお前、弱いくせにアタシにチョッカイ出してくるからこんな事になるのよ……分かる?』


 薄れ行く意識の中で少女の声を聞いていたセヴァー。 少女は自分の声が聞こえるように、わざわざセヴァーの前で膝を屈ませ、耳元で言葉を続けた。


 『そこに転がっている人形は、お前のせいで壊れたの。 お前のせいでこうなったの、お前が弱いせいで――分かる?』


 少女はセヴァーの耳元で辛辣(しんらつ)な言葉を吐いた。


 (……ああ、そうだ。 私のせいで……私が……弱いせいで……)

 

 その瞬間、セヴァーは自分の身体が急に軽くなり、まるで宙に浮いたような感覚に陥った。


 『……このままお前を壊してしまおうかと思ったけど……まあ、いいわ、可哀そうだから許してあげる♡ これに懲りて、もうアタシに喧嘩を売らない事ね』


 少女は片手でセヴァーを持ち上げたままそう言うと、セヴァーを思い切り投げ飛ばした――。


 ……


 セヴァーはシビュラが指摘したような好戦的なゼルナーではなかった。 彼が無暗に他のゼルナーに戦いを挑む理由――それは、自分より強いゼルナーと共にファレグを討伐する事を願っていたからであった。

 シビュラやヘルートといったゼルナーはセヴァーよりも強かったが、彼らだけではファレグを討伐する事が出来なかった。 しかも、彼らはすでに長期にわたって稼働し続けている老齢(ろうれい)のゼルナーである。 

 セヴァーはバハドゥル・サルダールにいる全てのゼルナーと戦った。 だが、結局セヴァーより強いゼルナーは一人もおらず、結局、シビュラ、ヘルート、ペロートの三人の力を借りなければファレグと戦う事すら出来なかった。 しかも、ヘルートとペロートはシビュラと袂を分かち『機械解放同盟』などという組織を立ち上げ、バハドゥルの管理体制を批判し始めた……。 ヘルートとペロートはセヴァーを機械解放同盟に誘ったが、セヴァーは機械の事など興味もなく、二人の申し出を断った。

 そんな事情もあって、セヴァーはレヴェドに従った。 レヴェドは“嫌な奴”ではあるが、どのゼルナーよりも強く、ファレグとの戦いでも一歩も引けを取らなかった。 ((もっと)も、ファレグはレヴェドとの戦いを『遊び』としか考えていなかったが……)

 

 (レヴェドに頼らずに、バハドゥルのゼルナーだけでファレグを倒せないものか……)


 セヴァーはそう考えて、若手の育成に力を入れた。 ところが、彼の育て方は旧態依然(きゅうたいいぜん)としたスパルタ式の教育方法であったので若手の反感を買った。 レヴェドによって“甘い汁”を吸い続けて腐敗したゼルナー達がセヴァーの訓練について行けるはずもなく、結局、バハドゥルのゼルナーは、エクイテスのゼルナーに(おく)れをとった。

 セヴァーの焦りは、彼を兄のように(した)っていたサリードを犠牲にした。 サリードに無茶な訓練をさせ、嫌がるサリードを自らが編成したファレグ討伐隊へ編入させた。 セヴァーはそれ程サリードの潜在能力に惚れ込んでおり、自分さえサリードをフォローしてやればきっと上手く戦ってくれるに違いないと思っていたのだ。

 ところが、セヴァーの考えは間違っていただけでなく、セヴァー自身も己の性能を過信するあまり、ファレグの恐ろしさをすっかり失念してしまっていた……。


 自身の過ちにより可愛がっていたサリードを失ったセヴァーは、再びファレグを討伐する事が出来る若いゼルナーを探し始めた。 そして、それと並行して自身の性能も強化しようとあらゆる改造を身体に施し、パワードスーツとの親和性を高めて性能の向上に成功した。

 

 そんなセヴァーの目に留まったのがファルサであった。


 ファルサはセヴァーが可愛がっていたサリードと何処となく雰囲気が似ていた。 セヴァーは自分のせいでファレグに破壊されてしまったサリードの二の舞にならないよう、ファルサに厳しい訓練をしようとした。

 ところが、ファルサはサリードと同じくセヴァーの訓練を放棄して遁走(とんそう)した。 それどころか作業用機械に熱を上げ、ヘルペロが組織した『機械解放同盟』に加わり、師匠であるセヴァーに反旗(はんき)(ひるがえ)したのであった。


 今やファルサはセヴァーの敵となった。 しかし、セヴァーはファルサを敵としては見ていなかった。


 ……


 戦意を喪失したファルサの姿は、()りし日のサリードのようだった……。


 (私はサリードだけでなく、ファルサすら失ってしまうのか……)


 セヴァーが言いようも無い喪失感に襲われていた時、バハドゥルを未曽有(みぞう)惨事(さんじ)が襲ったのであった。


 ――


 「――!? なんだ――!?」


 地に伏したファルサは突然の地鳴りに目を丸くした。 地鳴りはすぐに巨大な地震となり、ファルサの前に立つセヴァーを驚かせた。


 「……こっ、これは……?」


 「――!!」


 混乱している二人の耳に、突然、けたたましいサイレンが響き渡って来た!


 『――ヴゥゥォォォォン――!!』


 不協和音の不気味なサイレンが耳を劈くほどの大音量で町中に響き渡る――。


 「……ま、まさか……この警報は……」


 もちろん、ファルサはこんな警報を今まで聞いたことがなかった。 だが、セヴァーはこの警報を良く知っていた。


 「――ファルサ!! マルアハが、マルアハがこの街を攻撃してくるぞ!!」


 セヴァーが叫ぶや否や、管理棟の方から凄まじい爆発音が聞こえて来た! 二人は慌てて崩れ行く尖塔の方へと顔を向けた。

 すると、崩れ去った瓦礫(がれき)が立ち上らせる(ちり)(ほこり)(まぎ)れ、うっすらと巨大な物体が(うごめ)いているのが目に飛び込んだ!


 「なっ、何だアレは!?」


 二人は思わず呆気に取られて、立ち(すく)んだ。 呆然とする二人の目に映る巨大な物体を取り巻く粉塵(ふんじん)が晴れてきた。 そして、二人を慄然(りつぜん)たらしめる醜悪な怪物が姿を現した!


 「なっ……なん……だ? あのバケモノは……」


 ファルサはあまりの恐ろしさに、息が詰まったまま(すく)み上がってしまった。


 「――馬鹿者! ボサッとしないで、早く逃げろ!」


 我に返ったセヴァーがファルサの手を引くが、ファルサは呆然(ぼうぜん)としたままピクリとも動かない……。


 「――チィ! 貴様、しっかりしろ!!」


 ファルサの両肩を掴み激しく揺さぶりながら、怒鳴るセヴァー。 だが、恐怖のあまりガチガチと歯を鳴らして、(おび)えた表情を浮かべるファルサにセヴァーの声は届いていなかった。


 「クソッ! このままでは――」


 セヴァーは仕方なく、ファルサを強引に抱きかかえた。


 ――ファルサを抱えたまま出力をブーストさせて全速力で走るセヴァー。 セヴァーは嫌な予感がしていた。 管理棟から見える巨大なマルアハは、少なくともファレグではない事は分かった。 だが、一体誰なのかまでは特定できず、ただファレグのような恐ろしい力を持っている事だけは感じ取った――。


 大混雑している住宅街を避け、もぬけに空になっていた場末の路地裏の建物を豪快に破壊しながら強引に南へと疾走(しっそう)するセヴァー。

 

 「――んっ? あれはペロートの……?」


すると、上空からレモンのような形をしたファルちゃんがパタパタと翼をはためかして飛んでくる様子が見えた。

 ファルちゃんはバハドゥルの全住民に二層からアイナへ避難するよう呼び掛けていた。


 「なるほど、もはやこの街を捨てねばならんか……」


 セヴァーもファルちゃんの呼びかけに応じて二層へと急ごうとした。


 ――ところが、遠く離れていく怪物の影から突然、地鳴りのような怨嗟(えんさ)の声が響いて来て、セヴァーを立ち止まらせた――!


 『アァァァ――!! ヨリミツ、ヨリミツ、ヨリミツゥゥ――! 何処、どこ、ドコォォォ!?』


 悍ましい声を響き渡らせた怪物は、その身体から噴水のような銀色の水しぶきを上げた!

 

 「――マズイ!」


 セヴァーは、その水しぶきに当たればただでは済まない事を本能的に悟った。 だが、一滴一滴がまるで岩のような大きさである銀色の液体の塊は、二人を逃がさんとばかりに凄まじい速さで襲い掛かって来た!

 ファルサはセヴァーに抱えられたまま、恐怖で気が動転しており、ただ茫然(ぼうぜん)と銀色の液体がこちらへ向かって来る様を見ていた。


 (――もう、間に合わん! 私は――!)


 「――サリード! 私は、お前を守る!!」


 ファルサの耳元にセヴァーの叫び声が聞こえた! すると次の瞬間、ファルサの目の前が真っ暗になった……。


 ――


 ――ディ・リターでは、未だバハドゥルが未曽有の危機に瀕していることなど誰も知らず、平和な時が流れていた……イナ・フォグ以外は――


 マザーはイナ・フォグに助けを求める事をしなかった。 だが、マザーが助けを呼ぶまでもなく、イナ・フォグはバハドゥルに降りかかった危機にいち早く気が付いた。

 イナ・フォグは眷属(けんぞく)であるミヨシの身体(からだ)が変化すると、何処(どこ)にいようがミヨシの変化を察知する事が出来た。 ミヨシの身体が変化する事は強大な敵が迫っている事を意味し、ライコウの危険を意味していた。

 

 「――ライコウ――!!」


 アセナの屋敷でくつろいでいたイナ・フォグは突然立ち上がり、驚くヒツジを尻目に燃えるような赤い瞳でバハドゥルの方角を(にら)みつけた。 そして、呆気にとられるコヨミの目の前で屋敷の天井を突き破り、そのまま一目散に地上へと出て、凄まじい速さでバハドゥルへ飛んで行ったのであった。


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