招かれざる者
街の住宅街はひっそりと静まり返っていた。 市民は皆、レジスタンスと管理者達との争いに巻き込まれるのを恐れ、家の扉を固く閉ざし外出を控えていた。
道行く器械は誰もおらず、いるのは作業用機械のみであった。 彼らはいつもと変わらず金属製のブラシで道をせっせと磨いていたり、破壊された建物や乗り物を修理していたりしていた。
ゼルナーであるアミが率いる機械解放同盟のメンバーは総勢百余名――彼らは作業用機械も同じ器械として平等に扱おうとする同盟のマニフェストに賛同し、機械を奴隷のように搾取する管理者達を打倒せんと立ち上がった者達である。 普段は同盟のメンバーである事を隠し、工場や飲食店で労働に従事していた彼らは、日常生活の先々で作業用機械が虐待されている現場を目の当たりにし、ココロの奥底でズキズキと棘のように刺さる良心の呵責に耐えながら生活をしていた。 だが、いよいよライコウという英雄がこの街を管理者達の搾取から救ってくれるという“指導者”の宣言を聞いて、この命を正義の為に捧げようとレジスタンスとなって管理者達に反旗を翻したのであった。
彼らを鼓舞した機械解放同盟のリーダーは、意外な事にあの子供型ゼルナーのヘルペロ夫妻――ヘルートとペロートであった。
――
ファルサとヘルペロが地上の出入口からダルヴァザへ降りる直前――バイクに跨っているアミが包帯のように柔らかいダクトを風に靡かせて、レジスタンスのメンバーを従えて北西へ向かって街を駆けていた。 途中、煙を吐きながらも石畳を磨いている作業用機械を助け、壊れかけた機械には治療を施しながら進んでいたので予定よりも大分遅れてしまったが、すでに坂の上に聳える関所の門が遠くから視認できるまで、ダルヴァザに近づいて来ていた。
「絶対、あの子達を救ってあげるの……」
白く平べったいケーブルの下から、決意の瞳を覗かせるアミが呟いた。
『ドウカ、ミナサン、オキヲツケテ――』
アミ達に助けられた機械達は皆感情を持っていないはずであるにも関わらず、その錆だらけの体から光るライトから、何処となくアミに期待の眼差しを向けているように思われた。 そして、抑揚のない無機質な言葉に敬愛の情が向けられていると感じた。 少なくともアミは機械達にそのような“意思”を感じ取った。
「マザーが出来ない事は私達がやらないといけないの!」
――機械達への虐待は管理者達の罪である。 だが、その罪を罰せずに放任して来たのは器械達の生みの親であるマザーに他ならない。 レジスタンスの者達も、そんなマザーに対して少なからず不信感を抱いていたことがあった。
だが、結局、彼らのマザーに対する不信感は表面化しなかった。 それどころか、彼らは「何かしらの事情で管理者達の横暴を止められないマザーの為に、マザーに代わって管理者達を罰する」という大義名分すら拵えたのである。
マザーによって創造されたゼルナー達といえども、ココロの隅にマザーへの不信感が掠める時がある。 だが、そんな不信感もしばらく経つとメモリから消去され、何故かマザーに対する愛に取って代わるのだ……。 一般器械はゼルナーとは違い、マザーへの不信感を持ったまま稼働し続ける者もいれば、そもそも「マザーなど存在しない」と叫ぶ者もいた。 しかし、そのような輩は、マザーから無償の愛を授けられたゼルナー達によって容赦なく弾圧され、結局、器械達はマザーを愛し、信頼する事を強制されていたのであった――。
アミも例外ではなく、マザーの為に管理者達を殲滅させようと決意に燃えていた。 そもそも、マザーが管理者達の横暴を放置した事が原因であるにもかかわらず……。 そして、自身が愛するマザーが、実は自身が守ろうとする機械達を『モノ』として考えている事すら知る余地も無く……。
――
地上からダルヴァザへ続く出入口は、なだらかな丘陵にある巨大な金属製の機械であった。 赤茶けた大地に銀色の輝きを放つ無機質なサークル状の機械は、その表面に波状の溝が放射状に刻まれており、中心には円形の両開き式の扉が設置されていた。 機械の手前にある操作盤を作動させることによって、波状の溝から赤い光が浮き出して中心の円形の扉へエネルギーを供給し、扉を自動的に開閉させる仕組みになっているようだった。
扉が開くと赤い障壁が現れ、そのままでは下へ降りることが出来ないが、障壁越しに下をのぞき込むと、ダルヴァザの関所が遠くに見えるはずだ。 赤い障壁はマザーから許可を得たゼルナーであれば、透過する事が出来た。 許可を得たゼルナーが赤い障壁に触れると、障壁は円筒状の赤い光となって下へ伸びていき、その光に乗ってゼルナーは下に降りる事が出来た。 一度、赤い光を放射すると暫くは消えない為、マザーから許可を得たゼルナーが一人いれば、仲間の器械達は皆その光に乗って下へ降りることが出来たのであった。
その無機質な金属の出入口の前にはファルサとヘルペロ夫妻がいた。 三人はバギーを降りて、赤い障壁に隔てられた大穴から下を覗き込んでいた。
「お、おい、ヘルート……。 あんまり覗いてると下からバレるぞ」
ファルサは、障壁ギリギリまで顔を寄せて下を窺っている忍者のような恰好をした少年――ヘルートに恐る恐る注意をした。
「大丈夫よ、障壁に阻まれて下からじゃ見えないわ」
赤いランドセルを背負った少女――ペロートが、身に纏う果物の絵が描かれたワンピースを風に靡かせながら、後ろからファルサに声を掛けた。 ペロートの肩にはタカのように大きなカラスが、二人の様子に首をかしげながら見守っていた。
「……ったく、オメェはいつもいらねぇ心配ばかりしやがって。 ペロートの言う通り、バレやしねえって――」
ヘルートはそう言うと、中を覗き込みながらファルサに手招きをした。
「――ほれ、オメエもちょっとこっち来い!」
長い黒髪を後ろで結んでいるファルサは、その狼のような鋭い目を丸くしながらヘルートの隣へ行き、体を伏せて下を覗き込んだ。
「――うへぇ! なんだ、このゼルナーの数は――!?」
ファルサが下を覗くと、真下には千人以上はいるだろうゼルナーの大群が、一斉に上を見上げており、ファルサ達が降りて来るのを待ち構えていた……。
ゼルナー達は各々武器を装備しているだけでなく、ミサイルや高射砲、武装ドローンや戦車数台を待機させて、万全の体制でファルサ達を迎え撃とうとしていた。
ファルサは思わず仰け反って、後ろに控えているペロートを見た。 ファルサの顔は驚きと戸惑いの表情がありありと見て取れた。
そんなファルサの顔を見て、ペロートはしたり顔を浮かべ――
「――ふふっ、計画通りね!」
と肩に乗っているカラスに顔を寄せて、嬉しそうな様子でクチバシに口づけをした。
「な、なに訳分かんない事言ってんだよ! あんな数のゼルナー達を俺たち三人で相手に出来る訳ないだろ!」
――ファルサはヘルペロが企図した計画を知らされていなかった。 二人はライコウには作戦を伝えたが、ファルサには全く伝えていなかったのだ。 そして、二人はこの先もファルサに作戦を伝えるつもりはなかった――。
ファルサの叫びにヘルートが下を見るのを止めて、後ろを振り向いてファルサをジロッと見つめた。 ハシバミ色の瞳からは不満の色が滲んでいる……。
「オメェ、何を臆病風に吹かれてんだ? そんな体たらくでどうやってシャヤを守ろうって言うんだ?」
ヘルートはファルサの潜在能力に期待していた。 今のファルサは性能の半分も出し切れていないと思っていた。 それは、ファルサと対峙したアセナも指摘していた事だ。 アセナとヘルペロ夫妻は『旧知の仲』であった。 アセナからファルサの潜在能力の高さを聞かされたヘルートは「自分の考えが間違っていなかった」と確信していた。
ヘルートがファルサに苦言を呈すと、ファルサは、まるで「お前にはシャヤを守る事が出来ない」とヘルートに指摘されたように感じて反発した。
「――ふ、ふざけんな! 別にビビッてなんかないぜ! 三人で大量のゼルナーを相手にするのが面倒だと言っただけだ! どうしてもアイツ等全員と相手にしなきゃならないと言うなら、俺はいつでも相手してやるぜ!」
そう強がって見せたファルサであったが……ファルサの言葉を受けてヘルペロが起こした行動に自分の発言を後悔する事となった。
ヘルートはファルサの言葉に安心したように目を細め、後ろに控えていたペロートに視線を移した。
「ほう、その意気や良し! ――という事で、ペロ、準備は出来てるか?」
ヘルートの問いにペロートは「バッチリよ♡」と目くばせをして――
――小柄なペロートの数倍はあるバギーをヒョイと担ぎ上げた!
ペロートの肩に止まっていたカラスはその拍子に肩から飛び降りた。 そして、ペロートに向かって「カァ!」と一声鳴いた後、おもむろに操作盤へと向かって行った。
「じゃ、シュヴァルツ、お願いね!」
飄々とした様子でバギーを持ち上げているペロート。 『シュヴァルツ』という名の大型のカラスはペロートの呼びかけに再び「カァ!」と鳴くと――
――なんと、巨大なクチバシで操作盤を突き始めた!
……シュヴァルツの鋼鉄のクチバシで破壊された操作盤はバチバチと音を立てて煙を上げた。 すると、ヘルートとファルサが覗いていた大穴に張られていた赤い障壁が『ブ……ン……』と音を残して消え去った……。
「……あっ、やっぱり……」
ファルサはペロートがバギーを担ぎ上げた瞬間から“嫌な予感”がしていた……。
「じゃあ、行くわよ――!」
ファルサの予感は当たっていた……。 いつの間にか大量の爆弾を搭載されたバギーを、ペロートは片手でポイっと大穴めがけて投げ入れたのだ!
「――よし! 爆発が起きたら、俺たちも特攻するぞ!」
ヘルートが叫ぶ間、弧を描いて飛ばされたバギーが大穴へと吸い込まれて行く。 穴の下からは喧噪に紛れて高射砲の音が聞こえ――
『チュドーン――!!』
と凄まじい爆発音が聞こえたかと思うと、瞬く間に爆発は『ドカ、ドカ、ドカ』と連鎖的に広がった。
「――ペロ、ファルサ、特攻するぞ!」
ヘルートはそう叫ぶと、大きくジャンプしクルリと一回転したかと思うと、大穴の中へ消えて行った。
「ちょっ、ちょっと――!」
何の作戦も聞かされていないファルサはいきなり街へ突入したヘルートに面食らって、穴に飛び込むのを躊躇した。
「シュヴァルツ、おいで!」
戸惑うファルサをよそに、ペロートがファルサの頭を飛び越してヘルートの後を追った。 シュヴァルツはペロートの声に「クワァ!」と一声鳴いた後、隣で狼狽えているファルサの着ているジャケットの袖を大きなクチバシで咥え、おもむろにファルサを引っ張った。
「――おわぁ! ちょっと、バカ、止めろって!
わぁぁ――!!」
袖を引っ張るシュヴァルツの怪力に抗えず、ズルズルと引きずられたまま、シュヴァルツと一緒に街へ落下したファルサ……。
「――ギャァァ! ……クソッ、もう破れかぶれだ!」
――
真っ逆さまにダルヴァザへ落ちていく三人に、爆発の煙の中から大量の銃弾が向かってくる――。
『カン、カン、カン――!』
銃弾はシュヴァルツが作動させた緑色のバリアで全て防がれ、ファルサは空中で迫撃砲を下へ向かって打ち込んだ。
ペロートはランドセルの中から下へ向かって小型のミサイルを発射させている――ミサイルは発射した瞬間になぜか巨大化し、大型のミサイルとなって下で待ち構えているゼルナー達へ襲い掛かった。
「ギャァァ――!!」
ミサイルに巻き込まれて大爆発を起こすゼルナー達の悲鳴が聞こえる中、ヘルートがダルヴァザへ降り立った。 ヘルートは黒頭巾を被り、背中に背負った真っ黒い刀を抜いたかと思うと、周囲にいるゼルナー達を電光石火の速さで切り伏せていく――!
「――ファルサ、雑魚は俺たちに任せろ! お前はセヴァーを討ち取れ!」
ヘルートの移動速度に追いつけない管理者軍は、硝煙で視界が遮られている中で銃を乱射して次々と仲間に誤射して自滅して行く。
「デバイスの通信が機能しないぞ! シュテルン粒子か!?」
管理者の誰かが叫ぶ――。 管理者達はファルサ達に向かって深紅のレーザー銃を放つが、そのレーザーは銃から射出されると同時に、色を失くして消失した。
「やはり、シュテルン粒子がバラ撒かれている! ペロートを狙え! ペロートを倒して武勲を上げるぞ!」
管理者達はペロートがシュテルン粒子を放出させていると知り、大挙してペロートに襲い掛かって来た。 ペロートのランドセルからは、怪しげな紫色の粒子が湧き上がっており、周囲に飛散していた。 キラキラと輝く粒子は空気中に飛散するとすぐに溶け込み見えなくなったが、ダルヴァザ全域に拡散され、管理者軍のデバイスでの通信や赤色のレーザーを阻害していたのであった。
「――シュヴァルツ、行くよ!」
ランドセルからシュテルン粒子を飛散させているペロートは、襲い掛かる管理者達に向かって右腕を前に突き出し、突き出した右腕を左手で抑えながら両足を踏ん張った――。
「ブリッツ・マブール!」
ペロートが叫ぶと、開いた右手の平から鉄砲水のような凄まじい水圧の水が放出された! 同時に、シュヴァルツの口から烈火のような炎が吐き出された。
「ギャァァ、押し戻される――!」
凄まじい勢いで放出される水で跳ね飛ばされるゼルナー達に、シュヴァルツが吐き出した猛火が浴びせられた!
すると――
『バカン――!!』
と破裂音に近いような大爆発が起こり、ゼルナー数十名が空中へ飛び散っていった!
「……久々にあいつらの戦いを見たが、やっぱりエグイな……」
ファルサはヘルペロ夫妻の戦闘能力の高さを改めて目の当たりにして、背筋が寒くなった。
「――ファルサ! テメェ、ボサッとしてねぇで早くセヴァーを――!?」
喧噪の中、立ち止まってペロートの戦いを見ていたファルサにヘルートが一喝した瞬間、何者かの攻撃でヘルートが激しく吹き飛ばされた!
「――っく、テメェ!!」
ヘルートの目の前にはいつの間にか、体長5メートルはある蒼く輝く機械の体をしたゼルナー『セヴァー』が立ちはだかっていた!
「――久しぶりだな、ヘルート! 子供型のボディだからって容赦はせんぞ!」
セヴァーはそう叫びながら銀色に揺らめくブレードを振りかぶり、ヘルートの頭めがけて振り下ろす――。
『!注意 シュヴェルドシステム「鎌鼬」発動……真素残88 内部温度上昇抑制10……9……8』
ヘルートのデバイスから注意を促す表示がなされる――すると、なんとヘルートはそのブレードの一撃を迎撃しようと、右手に持つ細い刀で攻撃を防ごうと刀を切り上げた!
『ピシュン――!!』
という音と共にセヴァーが振り下ろしたブレードがヘルートの刀によって真っ二つに折れた! 黒い刀身の刀はいつの間にエメラルド色の刀身へと変化しており、風のような速さでセヴァーのブレードをへし折ったのだ。
「――チッ! 始動が少し遅かったか!」
ブレードを折られたセヴァーは、間髪入れずに再び刀を向けるヘルートを見て、慌ててヘルートとの距離を取る為に後方へ逃げた。 この時、後ろにいたゼルナーが、後ろに下がろうとしたセヴァーの背中に勢いよく当たった。 ゼルナーは「ヒィィ――!」という言葉を残して吹き飛ばされていったが、セヴァーはゼルナーに見向きもせずに、ヘルートを見据えたまま後ろへ下がっていった……。
ヘルートのエメラルド色をした刀は、知らぬ間に元の漆黒の刀に戻っていた。 黒い頭巾をかぶったヘルートはハシバミ色の鋭い眼光をセヴァーに飛ばし、両脇から襲い掛かるゼルナーを黒刀でいなしながら、セヴァーへ再び近づこうとしていた。
「ハハハ――! 腐ってもさすがは”英雄”ヘルート! もはや、そこまでの出力は出せないかと思ったが、まだまだやるではないか!」
「へっ、バカ野郎! 褒めてんだか、貶してんだか、分からねぇ言い草だな、この青二才が!」
セヴァーの挑発に煽り返すヘルート。 セヴァーは右手を突き出すと『ボシュッ――』と勢いよく右手首を外し、砲身のような腕を露わにした。
「――ふん、“伝説”と呼ばれたお前の武勇伝はシビュラに何度も聞かされた。 だが、もはやそれも遠い昔話……。 ガキの姿となったお前など敵ではない。
それより、今の英雄であるライコウは何処にいる?」
――セヴァーの言葉はヘルートがかつて子供の姿ではなかったことを示唆していた。 いつの時代か分からないが、ヘルートは英雄と呼ばれていたようだ。 ヘルペロ夫妻が機械解放同盟のリーダーとなったのも、二人がかつて英雄と呼ばれていたことを皆が知っていたからである――。
セヴァーの問いかけにヘルートはジリジリとセヴァーとの距離を詰めながら、セヴァーの問いに茶化すような挑発を投げ返した。
「――アァ? ライコウならションベンが漏れそうだって、地上で立ちションしてからテメェをぶっ壊すってよ! 良かったじゃねーか、アイツにぶっ壊される前に、俺にぶっ壊される幸せを嚙みしめられて――」
セヴァーは存外真面目な性格をしており、下品なヘルートの挑発を受け、シールドに隠された赤いランプを激しく点滅させて不快感を隠さなかった。
「ぐぬぬ……貴様、相変わらず醜悪な口を叩きよる!」
セヴァーはこの時点で、ライコウがダルヴァザからではなく、別の出入口からバハドゥルへ侵入したと確信した。 そして、シビュラが何故ダルヴァザへ同行しなかったのか同時に理解した。
(――チッ、シビュラの奴、俺に抜け駆けしてライコウと戦うつもりだったのか……)
シビュラがライコウと単独で戦う為に自分をダルヴァザへ向かわしたと勘違いしたセヴァーは内心悔しがった。 しかし、悔しがっても後の祭り、こうなったら、ヘルペロとファルサを討ち取って、ライコウとシビュラに自分の力を誇示してやろうと考えた。
――つまり、セヴァーは管理者軍とレジスタンスの戦いなど、どうでも良かったのである。 ヘルートやペロート、ライコウと言ったビッグネームのゼルナーに勝利し、自分の力を全都市に知らしめる事が目的であったのだ――。
「貴様のその減らず口を、この俺が永遠に閉じさせてやろう!」
セヴァーは寒いセリフを吐いてヘルートを呆れさせると、右腕を怪しく光らせた。
(――!? レーザーか?)
「――へっ、このヒヨッコが!」
右腕の様子からレーザーを放とうとしていると確信したヘルートは、躊躇なくセヴァーへ向かって駆け出した!
こうしている間にもヘルートの周りには続々と管理者達が集まってきており、ヘルートに向かって銃や大砲を放ってきていた。 だが、ペロートが放つ高圧の放水砲と、爆発の煙によって管理者達のカメラにはヘルートの姿が影のようにしか見えなかった。 しかも、ヘルートが身に纏う黒装束は特殊なコーティングがされており、デバイスの位置情報を無効にする効果があった。 セヴァーも腹の辺りに装備されている三連砲でヘルートを狙っていたものの、襲い掛かる管理者達を高速で避けながら近づいて来るヘルートを捕捉する事が出来なかった。
押し寄せるゼルナー達と銃弾の雨を驚異的な反応速度でかわして、あっという間にセヴァーとの距離を詰めるヘルート。 セヴァーが右腕を突き出して何かを放出させようとした瞬間、再び、黒刀を水平に持ちセヴァーの体を両断しようと黒い刀身を赤く光らせた。
「何っ――!?」
ところが、セヴァーの右腕から放たれたのはレーザーではなく、真っ黒い煙であった!
「――これは、暗黒子!? いや、違う!」
セヴァーが放った物質はシビュラの暗黒子の塊と似ていたが、全く別の物質であった。 だが、その黒い煙はヘルートの視界を遮り、セヴァーの熱気を放ったボディだけを赤く浮き上がらせた。
「――熱感知粒子か!」
シュテルン粒子はデバイスの通信だけでなく、赤外線センサーや長い波長のレーザーを無効化する。 器械が装備しているセンサーは、シュテルン粒子が飛散している状況では使用できない為、セヴァーは熱感知が出来る粒子を放ち、ヘルートの動きを把握しようとしたのであった。
だが、この粒子の決定的な弱点は、使用者自身も熱を発する為、自分の位置が相手に“まる分かり”になる事であった。 しかも、体の内部にある熱機関の位置や仕込んでいる重火器の場所まで相手に分かってしまうという致命的な欠点がある為、この武器を使用する者は殆どいなかった。
「へっ、バカだろ、オメェ。 何しようとしているか、バレバレだぜ!」
真っ黒い煙の中でセヴァーの巨大なボディが線形に浮き出されており、右腕に内蔵しているレーザー砲と腹部に装備されている三連砲がまさに発射寸前であった。
『ダダダダダ――』という銃声と共にセヴァーの腹部が真っ赤に輝く――ヘルートは事前に予測していたので難なく銃撃をスライディングで回避して、そのまま滑り込むようにしてセヴァーの懐に入った!
ヘルートはセヴァーの体を下から上へ真っ二つに切り裂こうと、紅蓮に輝く刀を両手で持った。 しかし、その瞬間――セヴァーの左腕の方向から白銀の光がチラッと見え、ヘルートは慌てて振り上げる刀を止めて、光の先を凝視した。
「――!? もう、ブレードが回復してやがる!」
ヘルートが目を見張る先は、先ほどへし折った液体金属のブレードであった。 すでにブレードはトカゲの尻尾のように折れた刀身を再生させ、元通りの水のように揺らめく刀身を露わにしていたのであった。
――液体金属の大剣は熱感知粒子が付着せず、真暗な状況ではその存在を視認できない。 セヴァーはブレードを再生した事を悟られないようにする為に、熱感知粒子を使用して分かりやすい重火器の使用を仄めかし、ヘルートの意識を右手側に向けるよう仕向けたのであった――。
「――返り討ちにしてやるわ!」
セヴァーが繰り出した剣の一撃は、ヘルートの真っ赤に輝く刀の一閃よりも、僅かに素早かった!
(――チッ! “焔”じゃ、この一撃は防げねぇ。 たが、もう“鎌鼬”に変える時間もねぇ!)
刀を振る一瞬でヘルートはセヴァーの一撃を避ける為の思案を巡らせた。 だが、このままセヴァーとの相打ちは避けられそうも無い……。
「――何だっ!?」
すると、突然セヴァーの体が前のめりに押し出されたかと思うと、ヘルートの頭上を掠めて後方へ吹き飛んだ!
「ウガァァ――!!」
セヴァーは、ヘルートの後方でシュヴァルツの砲撃を防いでいた管理者達をなぎ飛ばしながら関所の石門へ激突し、崩れ去る門の下敷きとなった!
「ファルサ、テメェ何やってたんだ!」
ヘルートの目の前には、刀身に竜巻のような風を纏った剣を握りしめるファルサの姿があった。
「何って、管理者達と戦ってたに決まってるだろ! 遊んでた訳じゃない!」
ファルサはヘルートとセヴァーが戦い始めた時、自分も戦闘に参加しようとセヴァーに近づこうとしたが、ファルサの周りを取り囲んだ管理者軍による攻撃で動きを止められていた。 そして、漸くゼルナー達を退けた時に、薄暗い靄の中にセヴァーの巨大な背中が見えたので、背中を思い切り蹴り飛ばしたのであった。
――二人の会話に割り込むように、石門を破壊しながら吹き飛んだセヴァーは、瓦礫を勢いよく吹き飛ばしながら飛び上がった――!
「ファルサ! 貴様、ゼルナー同士の決闘に横やりを入れるなどとは――!」
セヴァーはゼルナー同士の決闘は、一対一でなければならないという“美学”を持っていた。
「――ゼルナー同士の闘いを邪魔するなど卑怯者のする事であり、下郎の行い……闘いの美学に反する事だぞ!」
顔を覆う黒いバブルシールドから赤いランプを光らせて激昂するセヴァーだが、彼の能書きなどヘルートとファルサには知った事ではない。
「「バカ野郎! テメェの美学なんぞ知るか!」」
ファルサとヘルートがセヴァーに向かって同時に悪態をついた。
セヴァーが放った黒い粒子はすっかり霧散して、周囲は再び重火器の煙が充満する景色へと変わった。 ヘルートとファルサの前にはセヴァーを守るように数十人のゼルナーが二人目掛けて突撃して来ていた。
「雑魚は引っ込んでろ!」
ヘルートはそう悪態をつくと、懐から“まきびし”のような尖った鉄の塊をゼルナー達に向かって投げつけた。 すると“まきびし”を踏みつけたゼルナーは大爆発を起こし『ギャー!!』と言う断末魔を残し、四散した。
ゼルナー達の爆風に巻き込まれないように後方へと飛び上がる二人――ヘルートはファルサと後方へ飛びながら、セヴァーはファルサが討伐するべきだと促した。
「ファルサ、あの木偶の坊はオメェに任せた! まだまだゼルナーが集まって来やがるから、俺はペロートとシュヴァルツをフォローする!」
ヘルートの言葉にファルサはにわかに不安になった。 ところが、ヘルートはそんなファルサの様子を見透かしているように、言葉を継いだ。
「――いいか、オメェはもっと自分に自信を持て! オメェの潜在能力は俺もペロも認めてるんだ、あのアセナだってな!」
ヘルートとファルサが後方へ着地すると、今度は後方からゼルナー達が二人に向かって近づいて来るのが見えた。 慌てて後ろを振り返るファルサに、ヘルートはファルサの肩を叩こうとした。 ところが、背が小さいので肩まで手が届かなかったせいか、咄嗟にファルサの横腹を殴った。
「馬鹿野郎! 雑魚共は俺に任せろって言っただろ! オメェはセヴァーと戦うんだ、早く行け!」
「ぐっ、痛って! ……ったく……分かった、俺に任せてくれ!」
ヘルートの一撃はファルサの腹の奥に重く響いた。 ファルサは思わずヘルートの頭を引っぱたきたくなったが、その衝動を抑え、ヘルートが自分に期待した通り、セヴァーをこの手で倒すと約束した。
「おしっ、それでこそ俺の弟子だ! じゃ、頼んだぜ――!」
ヘルートはそう言うと、剣を振り下ろして来たゼルナーの一撃をヒョイと避けて、ゼルナーの股間に蹴りを入れた。 そして、絶叫するゼルナーが腰を埋め、頭を下げた瞬間にエメラルド色に輝く刀で首を『スパンッ!』と無慈悲に切り落とした。
――器械は制御装置のある頭と胴体を切り離されれば、体内に循環するオイルや燃料、冷却水の制御が出来なくなる。 そうなると、切り落とされた首から夥しい量の燃料が噴出し、そのまま稼働を停止してしまう。
稼働を停止した器械は修理すれば再び動き出すことが出来る。 器械の核とも言われるアニマを破壊しない限りは、器械達は首が吹き飛ばされても完全に破壊される事は無いのである――。
にしても、首が跳ね飛ばされ、まるで血のような燃料を噴き出しながら崩れ落ちるゼルナーの様子は見る者を怯ませ、恐怖させる。 ヘルートを取り囲んでいた管理者軍は、疾風の速さで首を飛ばされ、崩れ落ちたゼルナーを見てヘルートの力を警戒し、一目散にその場を離れた。
(ヘルートの一撃で管理者達の包囲網が解けた!)
「セヴァー! 俺が相手になってやる!」
ファルサはヘルートから勝手に弟子呼ばわりされた事など一瞬で忘れ、ヘルートの一撃に怯えて後退した管理者達の隙をつき、崩れた門から飛び出して来たセヴァーに向かって駆け出した。
――
ファルサとヘルペロ、そしてシュヴァルツが地上からダルヴァザへ突入して管理者達との戦闘を開始していた時――ライコウはアセナから「上層階に出て北へ向かえ」と言われて、北を目指していた。 ところが、ライコウはアセナの言葉を話半分しか聞いておらず、一層に上がらないと管理棟へ行けないにもかかわらず、二層の工業エリアを延々と北へ進み、地下水が溜まる広大な貯水池へ辿り着いて立ち往生していた……。
「何じゃ、あ奴は! 北へ行けと言われたから行ったのに、ちっともムラサキの塔など見つからんではないか!」
そう怒ってはみたものの、デバイスを使用すれば塔が近くにあるかなんてすぐに判る。 ライコウがデバイスを使用すると、フィールド上の画面に巨大な紫色の尖塔が映し出された。
「ふむ……塔は上層階だったのか。 しかし、上層階へはどうやって……? まさか、またトンネル付近まで戻る訳にはいかんしのぅ……」
そう思案してデバイスから再び塔の全体を見ると、塔はライコウがいる貯水池の奥に聳える壁の向こうに位置しているようだった。 壁は崖崩れを防止する為に鋼鉄製のネットを張っているだけの岩壁であった。 岩壁は一層と二層を隔てる天井に接しており飛び越える事は出来ず、恐らくこの壁が二層の端っこだと思われた。 そうすると、ライコウが塔へ侵入する為には、やはり一層へ上がる出入口まで戻るか、この岩壁に穴をあけて一層まで掘り進むかのいずれかであろうかと思われた。
「むぅ、戻る時間はないから、この壁を掘り進んで上に出るしか無いかのぅ……」
そうは言っても、どれだけ厚いか分からない岩壁を掘り進めるのは剣呑である。 ライコウが面倒くさそうに眼を窄めて貯水池を眺めると、貯水池の至る所からポコポコと泡が出てきているのが確認出来た。
「――ん? もしや、この池の地下から空気が漏れておるのか?」
ライコウは貯水池に視線を合わせ、デバイスを起動してフィールドを展開させた。 すると、貯水池の中の映像が緑色の窓枠内に映し出され、その横に水の成分分析結果が表示された。
「――やはり、池の中に空洞があるようだのぅ。 水はPH6.5……不純物は含まれていないようじゃ」
ライコウはそう呟くと、おもむろに池の中へ飛び込んだ。 銀色の鎧と兜を纏った重装備であるが、足裏から噴出するジェットによって水中でも自由に動き回ることが出来た。
――この貯水池は、人間が入っても問題ないほど澄んだ水であった。 だが、こんな水は地上では皆無であり、地上の70パーセント近くを占める海の殆どは、器械すら入ることが出来ない程、汚染されていた――。
(地上では唯一海が汚染されていないエリアがあると聞く……)
ライコウは池に潜りながら、いつか誰かから聞いた話を思い出していた……。 誰なのかは全く思い出せない。 だが、その言葉と声は朧気ながら思い出すことが出来た……。
……
『……いつか、貴方と二人で「へーレムの門」を越えて、あの海へ行きたいわね。
「ルイク・ヤム」へ……』
(ルイク・ヤム……確か……『君』がそう言った。 君……って誰だったっけ?
俺は一体……何を……?)
……
気が付くと、ライコウは池の底から大きな洞窟に入っていた。 仄暗い洞窟はなだらかに上へ伸びており、大きな空洞へと続いていた。
「――!? ここは――?」
洞窟を抜けて池から上がったライコウは目の前に広がる光景に目を見張った。
――面積で言うと1000平米くらいの広さあろうか……。 四方を人工植物で囲った鮮やかな景色が広がっており、ライコウが立つ場所から綺麗な石畳が敷かれた通路が奥まで続いていた。 灰色の石畳は人二人分程度の幅であり、ライコウの姿が反射する程、磨かれていた。
石畳は真っすぐ奥へ続いており、突き当りに見えるのは石柱を組んだピラミッド型の建造物であった。 石畳はその少し手前で右に枝分かれしていたが、ライコウは取り敢えず右へ行かず、前に見えるピラミッド型の建造物へ向かって歩いて行った。 三段ほど緩やかな階段を上がり、石床の上に設置されている建造物の前で立ち止まったライコウ――頭上には柔らかい陽光のような光が射している。 この陽光のような光は天井の照明から注がれており、緑に囲まれた吊り下げ式の照明は、恐らく何十年もの間、片時も消えることなくこの空間を照らしていたに違いない……。
ピラミッド型のモニュメントの中心には黒く輝く石で造られた四角い台が設置されていた。 ライコウがその台の表面に目を遣ると、表面には見慣れない文字が刻まれていた。
『ubi ultimum hominis requiescit……』
「最後の……人が眠る……?」
ライコウはデバイスで文字を翻訳した。 すると、どうもこの場所に人間が埋葬されている事が分かった。
「……この石板の下に、人間の亡骸が埋葬されているというのか?」
ライコウが私選を移した先――モニュメントを越えた奥には、色鮮やかな造花に囲まれた大きな石板が建てられていた。 石板には十字の窪みがあり、恐らくそこに十字架が埋め込まれていたものと思われた。
「この花束は、本物……か……?」
石板の傍まで近づいたライコウは、石板の手前にそっと置かれている花束に目を遣った。 珍しいオレンジ色の花束であったが、ライコウには何の花か分からなかった。 だが、この花が造花ではなく、本物の花である事は分かった。
「……人間の墓が何故、こんな場所に……?」
デバイスでこの場所の情報を調べても『不明……』という表示しかされず、この場所が何時、誰によって造られたのか全く分からなかった。 だが、この場所の様子から常に何者かによって管理されているというのは分かった。
ライコウはそれこそ、しばらく此処で誰かが来るのを待ってみて、管理している者にこの墓の詳細を聞いてみたいと思ったが『レヴェドを破壊する』と言う目的があるため、後ろ髪を引かれる思いがあるものの、取り敢えず上へ行く出入口が無いか探してみた。 すると、先ほどの右へ分岐していた石畳をしばらく歩くと、周りの環境に似合わないメカニックなサークル状の機械が設置されているのが目に映った。
液晶のような黒いガラス状の丸い床の周りを金属製の機械で囲っている装置は、恐らく転送装置だろうと思われたが、装置を作動させる操作盤のような物は周りに何もなく、どのように作動させるか全くわからなかった。 ライコウは試しに、周りに植えられている人工植物の枝を切り取り、その枝を黒い床に置いてみた。
「……何も起きんのぅ……」
もしかしたら、重量が軽すぎる為機械が反応しないのかも知れないと考えたライコウは、次に石畳を引っぺがして石畳を床に置いたが、それでも何も反応しなかった。
「……取り敢えず、乗ってみるか」
ライコウが機械に足を踏み入れた瞬間――ライコウのデバイスが強制的に起動した。
『!INF ……認証要求:e9a0bce58589……O.K.……転送許可』
フィールド上に文字が表示されると、同時にライコウの意識が飛んだ……。
……
「……こ、ここは?」
ライコウは作業用機械の残骸が打ち捨てられている下水道へ転送されていた。 足元には転送装置らしき機械は無かった。 恐らく、先ほどの転送装置は特定の場所へ対象を転送させるだけの一方向の装置のようだ。
『!INF……現在位置:BONEEYAARD-B5F:-34.48917,-50.19771……』
「ボニーヤード地下五階……? 位置はアセナが言っていた管理棟の位置じゃが……」
デバイスのフィールド上には管理棟と思しき紫の尖塔の全体が映し出されており、その建物の地下五階に現在位置の表示がポイントされていたので、管理棟の内部にいる事はほぼ間違い無かった。
ジメジメとした暗い下水道を進むライコウ。 腐敗したオイルの匂いが充満するコールタールのような泥に交じって作業用機械の残骸が転がっている……。 人型や犬型、乗り物のような形をした様々な作業用機械が鉄クズと化したまま、暗く寂しい下水道に打ち捨てられていた。
ライコウはそんな彼らに悲し気な瞳を向けながら進み続ける。 すると、壁にもたれ掛かった人型の作業用機械の姿が目に飛び込んで来た。
「――!? まだ、稼働している?」
元は美しい金色のボディをしていただろう、錆果てて黒ずんだ四角い顔をした機械は、電球のような瞳をチカチカと光らせながら、一生懸命腕を動かそうとしていた。
ライコウが駆け寄ると、その機械は何やらスピーカーから雑音交じりの声を出していた。
「ガ……ガ……オ……ソウジ、カイシシマス……」
ライコウが注意深く声を聴くと、どうやら掃除をする雑用機械だという事が分かった。 すでに足が破壊されて動かない機械は、動かせる片手で何かを持とうという動作を繰り返していた。
「オソウジヲ……」
繰り返し声を出す機械は、こんな無残な姿になっているにもかかわらず、未だに掃除をしようと道具を持とうとしているようだ。 油が切れた鋼鉄のアームが『ギー、ギー』と悲しそうな音を下水道内に響かせた。
ライコウは掃除を再開しようと必死に動かしている彼の手を止めて、優しく握った。
「お疲れ様……いつも、お掃除有難う。 でも、もう君はお掃除をする必要は無いんだ。 君はもう自由なんだから」
ライコウが微笑みかけると、スピーカーから流れていた声が止まった……。 そして、電球のような瞳がピコピコと点滅し、まるでライコウの言葉に反応しているようであった。
ライコウは壁にもたれ掛かったままの機械を優しく抱き寄せた。
「怖がる必要は無い、大丈夫だ。 俺が必ず君を助けてあげよう。
だから、もう少しだけ此処で頑張ってくれるかい?」
ライコウの問いかけに作業用機械は微かに頷いたように思えた。
「いい子だ……」
ライコウはニッコリと微笑み、錆びだらけの機械の頭を撫でた。
だが……
すでに機械は何者かに打ちのめされて内部機器の損傷が激しく……もう、中央処理装置も動いていなかった。
「オ……オソウジ……ヲ」
かすかに灯っていた電球が消えると、ライコウの手を握っていた機械の手から力が抜けた……。
……
ライコウは機械の亡骸を見つめながらゆっくりと立ち上がった。 この時、もう、ライコウは普段のライコウでは無くなっていた。
――
レヴェドは管理棟の最上階で金切声を上げて、部下のゼルナーを叱り飛ばしていた。
「――キィィィ! 貴方達、何でワタクシの命令も聞かずに勝手にダルヴァザへ兵を集中させたんです!? お陰でここにはお前のようなカスしか居なくなったじゃありませんか!」
レヴェドは、シビュラの呼びかけによって勝手にダルヴァザへ出兵した管理者達に対して不満をぶちまけていた。 そして、ペコペコ謝罪をする軽鎧を着たゼルナーを引っぱたき、転げさせたと思ったら、濃紫の法衣を振り乱しながら一心不乱にそのゼルナーへ蹴りを入れた。
「――聞いてんのか、コラ! オイ! テメェ、殺すぞ、この野郎!」
ゼルナーはすでにレヴェドの最初の一撃で気を失ったようで、ダラリと力を抜けたまま、口汚い暴言の雨と暴力に晒されて煙を上げていた。
「ふぅ、ふぅ……。 何だ、もう壊れましたか……」
倒れ込んだゼルナーの体にはレヴェドの蹴りによって大きな穴が開いていた……。 その穴からはバチバチと電気が走り、アニマが爆発する兆候を示していた。
レヴェドはその様子を見ると、自身の銀色に輝く髪をムンズと掴み、何を思ったかブチッと引っこ抜いた。 そして、自らが破壊したゼルナーにパラパラと引っこ抜いた髪の毛を振りかけた。
すると、髪の毛を振りかけられたゼルナーは、まるで水のようにブヨブヨに膨れ上がり、瞬く間に銀色の水に変化して、消滅してしまった。
「忌々しいですね……。 シビュラの奴はライコウを恐れるが余り、ワタクシに内緒でダルヴァザに兵を集中させたようですが、どうもそれだけでは無さそうです……。
マザーは相変わらずワタクシとの逢瀬を拒み、お約束した『奇しきラッパ』を手に入れたらワタクシに愛を授けると……そればっかり」
――『奇しきラッパ』という物がどんな物かはレヴェドも知らなかった。 だが、その奇しきラッパは、レヴェドの主であるマルアハ『オフィエル』とマザー、そしてアザリアが必死になって探している物であった。 特にマザーとアザリアはお互いが「先にラッパを手に入れよう」と躍起になっていたが、現時点では二人とも全く手がかりを掴めずにいた。
レヴェドはマザーの事を愛しており、マザーの“真の姿”を取り戻すカギとなるラッパをマザーの為に探していたのである。 決して、自身の主であるオフィエルの為ではなく……。
マザーもレヴェドのそんな(異常な)恋愛感情を利用して、レヴェドにラッパ探しを手伝ってもらっていたのであった。
マザーがレヴェドの狼藉を放置していた理由は、彼がマルアハの眷属だから制約によって消滅出来ないという理由が一つあった。 だが、だからと言って、こんな社会悪を放置して良い理由にはならない。 彼女自身の機械に対する差別的な思想と、姦策を弄してラッパ探しをする為という理由こそ、彼女がレヴェドを放置していた最大の理由であったのだ――。
レヴェドは髪の毛をむしって出来た10円ハゲをさらけ出しながら、コツンと床を靴のかかとで叩いた。
すると、銀色の液状と化したゼルナーの亡骸が、レヴェドの足元に移動したかと思うと――
――なんと、レヴェドの体に吸収され、レヴェドの禿げ上がった頭をみるみる元の銀色の髪が生えている状態へと戻した。
「……フフフ、愛というモノは成就するハードルが高ければ高いほど、燃え上がるものですねぇ」
訳の分からない事を口走りながら、部屋の中央に仰々しく置かれている玉座へ腰を降ろし、ほくそ笑むレヴェド……。 その姿はまるでこの塔の王といった装いだが、彼はシビュラの言った通り、もともと“別の目的”で建てられたこの塔へ侵入し、勝手に居座っている居直り強盗であったのだ。
――レヴェドが椅子に腰を掛けて一息つく間もなく、まるでレヴェドに休息は与えまいというタイミングで部屋の外から管理者達の絶叫が響き渡った――。
「――!? 何事ですか!?」
レヴェドが慌てて椅子から立ち上がると、入口の観音扉が『ドカンッ――!!』という音と共に粉々に破壊された。 すると、破壊された扉から三人のゼルナーが勢いよく吹き飛ばされながら、レヴェドの座っている玉座の台へ激突した!
「フガモモモ……」
鎧姿のゼルナー達は言葉にならない呻き声を上げ、泡となった冷却水を口から吐き出して気絶していた……。
「――なっ、誰ですか!?」
レヴェドが破壊された扉に目を遣ったその時――
「――!!――」
突然、凄まじい衝撃がレヴェドを襲い、粉々に壊れた玉座の破片と共に後方の壁に激突した!
『ベコン――!!』
レヴェドが壁に激突すると、超合金で造られた壁はレヴェドの身体を受け止めきれずに大きく凹み、身体の形を壁に残した。
「――グヘェ! ガハッ――!!」
何が起こったのか分からず混乱するレヴェドは銀色の髪を乱して、四つん這いになり白い液体を嘔吐した……。
「ハァ、ハァ……」
苦悶の表情を浮かべて再び扉の方に顔を上げたレヴェドの目に映ったのは、金色に輝く騎士の姿であった。
――
ライコウの身体は雷のような凄まじい電流に包まれていた。 『バチバチ――』という音と『――ゴロゴロ』という音が部屋に響いており、まるでこの部屋に雷雲が存在するかのようであった。 ライコウが身に纏っていた白銀の鎧兜は黄金に輝き、兜から見える怒りに満ちた青い瞳が、反吐を吐くレヴェドを睨みつけていた。
あまりの電圧でライコウの周囲は空気が歪んでいるように見え、その様子は機械達をモノのように扱い、無残に破壊したレヴェドに対する憤怒に震える様を体現しているよう思えた。
「キ……キサ――」
レヴェドは睨みつけるライコウを逆に睨み返して言葉を吐こうとするが、ライコウがレヴェドの言葉を遮った。
「――貴様がレヴェドか? 何の落ち度もない機械達を破壊し、都市の秩序を乱し、器械達を唆したクズ……。 アイツが許してもこの俺が許さん――」
――ライコウは警備のゼルナーを薙ぎ払い、扉を破壊した瞬間に、玉座にふんぞり返っていたレヴェドを見た。 激しい怒りに満ちていたライコウはレヴェドを見るや否や、神速の速さで駆け寄って、レヴェドを玉座ごと蹴り飛ばしたのである――。
レヴェドはライコウの動きが全く見えなかった。 しかも、何人も傷つける事が出来ない自身の身体をいとも簡単に蹴り飛ばしたライコウの能力に混乱した。
(ワタクシの目の前にいるこの騎士は器械なのか? それとも、ワタクシと同じ眷属なのか……? 何故、私の身体を――?)
ライコウの凄まじい力に狼狽しているレヴェドは、身動きが取れず四つん這いのまま、ライコウの次の言葉を聞いた。
「……立て。 もはや、一分、一秒も貴様の顔など見たくない」
冷然と放つライコウの言葉に、レヴェドは「……フフフッ」と不敵な笑みを浮かべ、ヨロヨロと立ち上がった……。
「……成程、雷の力か……。 すると、キサマがライコウですか。 随分、動画の印象とは違う気がしますが……まあ、威勢の良いガラクタという事だけは想像通りでしたね」
レヴェドの言葉にライコウは返事もせず、背中に背負った大剣を抜いた。 大剣は紫電の光を纏っており、身体を覆う雷に交じって激しい雷鳴を轟かせた。
「……女性達は何処だ?」
ライコウが剣を構えながらレヴェドの問うと、レヴェドは「女性達ぃ?」不審そうな顔をライコウに見せた。
「貴様が侍らせているという、女性型の器械達だ。 貴様は女性型の器械達を脅して慰み者にしているのだろう?」
予想だにしなかったライコウの言葉に、レヴェドは目を丸くして呆然とした。
「――はぁ? 何ですか、それ?」
レヴェドの態度に作為的な様子は見られなかった。 ライコウの目から見ても、レヴェドは全く身に覚えが無い事を聞かれて、呆気に取られているようだった。
「……」
(ラヴィの奴、この俺に嘘を付いたな……)
レヴェドは、突拍子も無い言葉を投げておきながら押し黙っているライコウに対して銀色の髪を逆立てて激昂した。
「――キサマ! 何を訳分からない事をほざいてる! 私が愛する女性はただ一人――
――マザーだ! 鉄クズ共に欲情などするはずがねぇだろ、このバーカ!!」
――レヴェドはそう叫んで、ライコウの言葉を否定したが、実はラヴィの言っていた事が全くの作り話だったという訳ではなかった。
レヴェドは当時、ラヴィに恋心を抱いており、何かにつけてストーカー行為をしていた事は事実であった。 愛するラヴィに完膚なきまで叩きのめされ失恋した結果、マザーの母なる愛に惹かれて、逞しい想像力を働かせて妄想を肥大化させたのである――。
「……そうか。 だが、いずれにせよ、貴様は救えん奴だ」
誤りを謝罪する訳でも無く、さらりと流してレヴェドに剣を向けるライコウ。
「ふざけやがって……」
反吐を吐いた後の汚れた口を手で拭うレヴェド。 床の吐しゃ物はいつの間にか汚らしい茶色い液体と化して、ジワジワと広がっていた。
「他のガラクタ共と多少違うだけで、このワタクシにケンカを売るとは……。 貴様などは“泥人形”に破壊されるが良い……」
レヴェドが呟くと、床に広がった茶色い液体からウゾウゾと泥のような物体が次々沸き上がってきた。 物体はすぐに奇怪な人型となり、皮膚の垂れ下がったゾンビのように体中の泥を床にビチャビチャ垂らしながら、呻き声を上げてライコウに歩み寄ってきた。
(遅鈍な動き……。 だが……)
恐らく、近接で攻撃すれば爆発を起こすか、何か不穏な物質を撒き散らすようなバケモノだろうとライコウは推測した。 緩慢な動作で、肉壁にも成り得ない脆弱な強度のようであったからだ。
ライコウは念の為、距離を保って破壊しようと剣を水平に構えた。 そして、バチバチと紫色に輝く電流が纏う剣を真一文字に振り抜いた。 すると、同時に――
『――ピシャン――!』
という雷の音が鳴り響き、横へ広がった人型の泥人形達が一瞬で崩壊し、床にヘドロを撒き散らした。
泥人形に護られるように後ろにいたレヴェドは、稲妻の一閃を両手で受け止めたのか、バチバチと電流が迸る両手を付きだして不敵な笑みを浮かべていた……。
「馬鹿め――!」
崩壊した泥人形から飛び出した腐臭漂う黒い水が急速に床へ広がっていく――先ほどまでの泥人形の動きとは異なり、ライコウが気付いた時にはすでにライコウの足元を濡らす程の速さであっという間に部屋全体を覆い尽くした。
「アクラエ・ニグラ……貴様のマナスを吸い尽くしてやる!」
「何っ――!?」
黒い水はライコウの両足を覆うレガースまで浸食し、まるで溺れた者が助けを求めて水中から手を伸ばしているような黒い痕跡をレガースに刻み付けた。
『!!警告 出力減少:30パーセント……出力減少回復中 出力制限解除装置「インドラ」:起動中……出力増幅装置「※※ジ※リ」未接続 真素残80……減少原因不明 エラー番号:EE03F:1100E:10000:EF002:11111』
ライコウのデバイスに警告が表示される――マナスが減少した影響で急激に出力が減少し、補助電源を用いて出力を回復し始めているようだ。
レヴェドはライコウの身体性能が大幅に低下したと予想していた。 リミッターを解除したライコウの身体を覆う電流が弱くなっているように見えたからだ。 レヴェドはこのチャンスを逃すまいと、イヤらしい笑みを浮かべて濃紫の法衣の下に隠していた両腕を出した。
レヴェドの両腕は透明な水のような膜で覆われており、歪んで見えた。 そして、彼の五本の指から生える白銀の爪はまるで液体のように揺らめいており、刃のように鋭かった。
「キィィィ――!!」
矢庭に奇声を発したかと思うと、消えるような素早さでライコウへ迫ったレヴェド。 両腕を無暗に振り回し、ライコウを切り裂こうとした。
『――キン、キン、キン』と甲高い金属音が高速で響く――。 この連続した金属音を聞けば、レヴェドの動きがいかに素早いか驚愕する程であるが、それよりも吃驚する事は、ライコウがこの恐るべき爪の攻撃を、重そうな大剣で全て防いでいたという事だ。
「――イィィィ! 何故、当たらん!?」
レヴェドは怒りと焦燥に顔をしかめて、尚もライコウに攻撃を続けるが、瞬き一つせずに兜の中から蒼い瞳を光らすライコウは、上から振り下ろされたレヴェドの鋭い爪を大剣で弾き飛ばすと、すぐに大剣の柄でレヴェドの額を付いてレヴェドを後方へ吹き飛ばした!
「ギエエァ――!」
剣から迸る電流がレヴェドの額から全身に走り、レヴェドは感電しながら再び超合金の壁に激突した。 だが、レヴェドも大したダメージを負っておらず、めり込んだ壁から離れて、今度はライコウに向かって人差し指を突き出した。
「――シタフォン・ベゼック!」
レヴェドは指からレーザーのような高圧の水を射出した。 ライコウがその一撃を横へサッと避けると、レヴェドは逃がすまいと両手の指で水を連射した。
『ピュン、ピュン!』と矢のような水がライコウの体を貫こうとするが、ライコウは大剣で水の矢を弾き飛ばしながら、レヴェドを袈裟切りにせんと剣を振り上げた!
「舐めるな、クズが――!」
レヴェドは濃紫の法衣を翻しながら後方へジャンプしてライコウの一撃を避けると、空中で指を鳴らす――すると、再び黒い水の中から泥人形がウゾウゾと湧いて来て、ライコウを取り囲んだ!
ライコウは何度も同じ手を使うレヴェドに嫌気がさしたのか「……ふん」と一言呟くと、大剣を床へ突き刺した。 そして、左手に力を込めると白いグローブから青色の稲妻が放たれて、あっという間に刀身に伝播し、床へビリビリと広がった。
高圧の電流で大量の泥人形は粉々に崩れ、元の黒い水へと再び戻って行く……。
ところが、レヴェドはライコウが床に剣を突き刺した瞬間を見逃さず、すぐさま銀色の髪を引き抜いて、ライコウに向かって投げた。 すると、一瞬フワフワと空中を漂った髪の毛が瞬く間に針金のようにピンと伸びて、鋭い針となってライコウ目掛けて飛んで行った。
「――むっ!」
ライコウが襲い掛かる針千本に気付いた時には剣を取る余裕が無く、右腕に装着されているガントレットで針を弾こうとした。 ところが、針は弾くことが出来ずに鋼鉄のガントレットに次々と突き刺さり、銀色の液体と化して右腕に纏わりついた。
「――イヒヒヒ! バーカ! これで貴様はもう終わりだ! 毒はすぐに体全体へ侵食してお前のアニマを破壊するぜぇ!」
血色の悪い青い舌を出して、したり顔で喚くレヴェド。 しかし、その意地悪い顔もライコウが行った次の行動で神妙な顔つきに変わった……。
「ふん、だからどうした――」
ライコウは顔色を変えずにグローブを嵌めた左手で右腕の付け根を掴んだ。
『――ブチブチブチ――!!』
なんと、ライコウは自ら右腕を引きちぎり、毒の侵食を防いだ! 『バチバチ』と火花が散っている右腕の付け根からは、大量のワイヤーやダクトが見え、血のような燃料が滴り落ちると同時に、パチンコ玉くらいの銃弾がバラバラと床に散らばった。
――ライコウの右手には『指弾』と言って、指先から銃弾を射出する装置が内蔵されていた。 この銃弾は特殊な金属で出来ており、強度の高い合金でも貫通する事が出来た。 また、使用する火薬も通常の火薬ではなく、マナスを結合した強力な火薬であり、銃弾が敵に当たると爆発を起こした。
つまり、小型の銃弾は敵に当たると貫通せずにまるで炸裂弾のように爆発し、敵の外装を抉り、四散した金属の破片を敵の体内へ取り残す代物であった――。
さらに、ライコウは唖然とするレヴェドに向かって、引きちぎった自分の右腕を投げつけた!
「――!? うへぇ! 気持ちワル!」
ビチャビチャと血のような燃料をまき散らしながら飛んできた右腕に顔をしかめて避けるレヴェド――ライコウはその隙に床に散らばり泥水に浸かった大量の銃弾を救い上げ、右腕に気を取られていたレヴェドに向かって投げつけた!
「――!?」
レヴェドは避ける間もなくライコウが投げた銃弾を浴びた! ライコウが銃弾を投げる速度は銃撃の速度かそれ以上であったが、銃弾は爆発する事なくまるで水溜まりに当たったかのように『ポチャン、ポチャン』と音を残して、一発残らず消えていった……。
「あー? 今、キサマなんかやったんですかぁ?」
イヤらしい顔を浮かべ、茶化すようにライコウに問うレヴェド。 ライコウは特に驚く風もなく「ふんっ」と一言レヴェドの問いに反応した。
――
ライコウがレヴェドと戦い始めてすでに小一時間が経過していた。 その間、シビュラが二層から管理棟へ到着し、天井の下からライコウとレヴェドの戦いを見守っていた。 ライコウとレヴェドが戦っている最上階の部屋は天井がかなり高く、天井には幾重にも梁が張られており、シビュラは太い金属製の梁の上に乗って二人の戦いを観察していた。
シビュラはライコウの姿を見て驚愕した。 ハギトと戦っていたライコウとは全く様子が違っており、彼の出力が大幅に上がっていたからである。
(何故、ハギトと戦っていた時にこの力を出さなかった?)
シビュラはライコウを見た瞬間そう考えたが、すぐに自分の考えが誤りだと気づいた。
(いえ、彼は元の性能を取り戻しつつあるだけみたい……)
シビュラはライコウを見て何故そう思ったのか? それは、彼女がライコウの過去を、自身が世話になっている『墓守』から聞かされていたからである。 とはいえ、その墓守もシビュラにライコウの過去の全てを話した訳では無かった。 シビュラが知っている事といえば、ライコウはその性能の大半を失ってしまっており、性能を取り戻すには『増幅装置』が必要だという事――そして、墓守はその増幅装置を手に入れようとマザーに抵抗しているという事であった。
――ライコウがデバイスでシビュラの存在を確認した時、シビュラは『UNREGISTRIRT ZELNER』つまり『未登録ゼルナー』という表示がされていた。 この表示はマザーのデータベースに存在しないゼルナーであるという警告である。
当然ながら、マザーは自身の子供である全てのゼルナーをデータベースに登録していた。 ところが、唯一シビュラだけはデータベースに登録されていないのだ。 だが、シビュラがゼルナーとなった当初は、間違いなくマザーのデータベースには登録されていた。 型名が表示されているのがその証左である。
つまり、何者かがシビュラのデータをマザーのデータベースから消去したのである。
マザーのデータベースから消去されたシビュラは、マザーがゼルナー達にプログラミングした制約を受けない。
『全てのゼルナーは例外なくマザーの言葉を信頼し、マザーに攻撃する事は出来ない』
この制約をシビュラは受けていないのである。
そして、シビュラから制約を外した者は、想像通り、シビュラが世話になっているという墓守であった――。
墓守という者が、何故マザーに抵抗してまでライコウの性能を取り戻す増幅装置を手に入れようとしているのかは、シビュラにも分からなかった。 また、シビュラもその疑問をあえて墓守にはぶつけなかった。
シビュラが分かっている事は、今のライコウが全盛期の出力の半分しか使用できない事と、ライコウがその半分の出力を出し切るにも、怒りや悲しみといった感情でリミッターを解除する必要があるという事だった。
(性能の半分を引き出すだけで、この出力……。 彼は一体――?)
この時点でシビュラは、もはやレヴェドとライコウを天秤にかけようという考えは無くなっていた。
『彼の力を借りなければ、ファレグを倒す事は出来ない』
シビュラはそう確信し、二人の戦いを見守りながら、ライコウに従おうと決心した。
――
シビュラが天井から二人の戦いを見守る中、ライコウが投げつけた銃弾を取り込んだレヴェドは意気揚々と自身の髪の毛を毟ってはライコウに針のような髪の毛を飛ばし続け、レヴェドの頭は殆ど禿げ上がってしまっていた……。
ライコウは襲い掛かる大量の髪の毛を体中に展開した防壁と、紫電を纏う大剣で防いでいた。 レヴェドはいよいよ髪の毛も無くなり、マルハゲになった頭を光らせながら、焦燥した声を張り上げた。
「――キ、キサマ! 何故マナスが急速に減少しない!?」
ライコウは『アクラエ・ニグラ』というヘドロのような黒い水に浸かってマナスが減少したが、レヴェドが想像していたよりも減少量が少なかった。 マナスが減少した事によって確かに出力が低下したが、それも、補助電源を用いて回復し始めており、レヴェドの予想よりもライコウの身体への影響は少なかったのである。
ライコウは、次の手に移ろうと髪の毛による攻撃を止めたレヴェドの隙を狙い、左手に持っていた大剣を床に突き刺すと、腰に佩いていた刀を抜いた。
「――!? ただの鉄の刀をどうしようと……!?」
天井からライコウの様子を見守っていたシビュラは思わず叫び、ライコウの行動に不審の目を向けた。 ライコウは上から見守るシビュラに気付いていない様子で、そのまま鉄の刀をレヴェドに向かって投げつけた。
――その時――
『シビュラ! 君の能力で奴を凍らせてくれ――!!』
ライコウから突如としてシビュラのデバイスに通信が入った!
『なっ、何を言って――!』
ライコウはシビュラの存在に気が付いていたのだ! そして、何を思ったのか、シビュラの能力でレヴェドを凍らせるように頼んだ。
シビュラはライコウの頼みに一瞬狼狽えたが、すぐにライコウが何を考えているのか理解した。
『――! そうか、貴方はこの為にさっき銃弾を!』
シビュラはクロークを翻し、隠れた暗黒の左手を突き出した。 そして、左手から黒い粒子を放出すると、黒い粒子は周囲の空気を凍らせながら真っすぐレヴェドの頭上へ向かって行った!
その間、レヴェドは再びヘドロの中から泥人形を造り出そうとしていたが、不意に鉄の刀を投げつけられたので、刀へ目を向けてライコウを蔑んだ。
「――ひゃあはは! 馬鹿が! こんな鉄クズ投げつけたところで――!」
すっかり丸坊主になったレヴェドは嘲笑を浮かべながら、自身の腹に向かって飛んで来る鉄の刀を無防備に受け止めた。
鉄の刀はまるでゼリーのような軟体生物を突き刺したように『プスッ!』とレヴェドの腹に刺さると、刺さった勢いで柄の部分がポキッと折れて鉄の刀身を露わにさせた。
「ハハハ、バーカ! 水の女神の眷属であるワタクシにこんなモノ効くはずないだろう、このボンクラが!」
レヴェドは頭上へ迫る暗黒の粒子に全く気が付く様子もなく、ライコウを罵倒した。
「ボンクラは貴様だ!」
ライコウがレヴェドに向かって叫ぶと――ついに暗黒粒子がレヴェドの禿げ頭に降り注いだ!
「――なっ!? 何事……?」
レヴェドを包み込んだ暗黒子は、レヴェドの身体を急速に凍結させていく――! レヴェドは凍りゆく首を辛うじて動かして天井を見上げた。
「ガッ……!? シビュラ、キ……キサマ!」
シビュラの裏切りに気づいたレヴェド。 だが、気づいた時には全身が凍り付いてしまい、宙に浮いていた体は黒い泥水が張られた床へボチャンと落ちた。
「これで、ようやく貴様の汚いツラを見なくてすみそうだ……」
ライコウはそう言うと、床に突き刺した剣を左手で掴んだ。 そして「フン――!!」と力を籠めると、青く輝く電流がバチバチと音を鳴らして床を伝い――
――レヴェドの腹に刺さった鉄の刀へ向かって行った!
『――バゴン――!!』
レヴェドは凄まじい爆発音と共に破裂し、凍り付いた肉片を四散させた!!
――
「シビュラ、助かった! 有難う」
シビュラは泥水浸る床の上に降り立ち、握手を求めて来たライコウの左手を握った。
「……これで、一つ貸しが出来たみたい。 この貸しは貴方がファレグを討伐する事で返してもらう」
「……ファレグ?」
ライコウは、兜から覗く青い瞳を丸くしてシビュラに問いかけた。
「ふふっ、いずれ貴方に話すみたい……私とファレグの――」
シビュラが俯き加減に微笑みながらライコウに答えようとした時――
『――ヒャハハ、バーカ!! こんな程度でワタクシが倒せると思ってるのか!!』
散らばっている凍り付いた肉片から不気味な声が響き渡って来た……。
「しつこい奴っ!」
シビュラが肉片を睨みつけると、ヘドロに塗れた肉片はカタカタと音を鳴らしシビュラに罵声を浴びせた。
『シビュラァァ――!! キサマ、このワタクシを裏切りやがって! テメェ、ぶっ殺してやる!』
本性をむき出しにして口汚く罵るレヴェドに、ライコウが再び剣を構えて、シビュラと共に肉片を睨みつけた。
……しかし、二人はすぐにレヴェドの様子がおかしい事に気づいた……。
『……フヘヘヘヘ……ハ……? ヒャァァ――!? あ、主が……や、止め……』
訳の分からない事を口走ったレヴェドはそのままプツリと言葉を止めたかと思うと、再び叫び声をあげた。 だが、その叫びは先ほどの声とは違い、聞くに堪えない恍惚の叫び声であった……。
『……ああ、ア主ぃ……気持ぢ良いぃぃ!! オ、オン、オン、オン♡ イグ、ワタクシ、もう、イッチャウゥゥ――!!』
悍ましいヨガリ声に二人は驚愕し、思わず顔を見合わせた。
「……」
すると、そんな醜悪な声から一転、今度は不気味な女の声が響いてきた……。
『……』
『……見ぃつけた♡』
その声はライコウとシビュラの頭の中から聞こえて来るような恐ろしい声であった。 そう、それはイナ・フォグと初めてライコウが対峙した時に聞いた時と同じ聞こえた方であったのだ!
「なっ、誰だ――!?」
ライコウが叫びながらシビュラの顔に目を移す――すると、シビュラは全身が大きく震えて怯える様子でライコウに呟いた。
「……ま、まさか……こ……こんな、事が……」
シビュラはライコウの手を握り締めた。
「逃げて――!! 早く、この都市から! 出来るだけ遠くへ――!」
シビュラが叫び、ライコウの左手を強引に引っ張ろうとした瞬間――
『――アァァァ!! ヨリミツ、ヨリミツ、ヨリミツ――!! 会いたかった、会いたかった、会いたかった、アイタカッタ!!
アン、アン、アン♡ ヨリミツ、ワタシノモノォォア!』
雄叫びのような恐ろしい女の嬌声が聞こえて来ると、床一面に広がったヘドロのような水が渦を巻きながら一点に集中し――
――中からウロコの生えた女の手が現れた!
「――コイツは、一体――!?」
ライコウは悍ましい怪物の腕に慄然とした……。 シビュラは「早く――!!」と立ち止まるライコウの腕を怯懦に震える手で引っ張りながら、破壊された扉へと向かった!
「――奴はマルアハ『オフィエル』!! この都市は、もう――
――終わりだわ!!」




