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器械騎士と蛇女  作者: ティーケー
排除するリリム

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27/57

反抗

 管理者達の居住区は、レジスタンスによって無残に破壊された。 クリスタルガラスのような(あお)く美しい街並みは崩壊し、レジスタンスが撤退した現在でもあちこちで黒い煙を立ち上らせていた。 周囲には一人の器械バトラーの影も見えなかった。

 居住区に住む管理者達は何処(どこ)へ行ったのか? 戦火に巻き込まれて破壊された者も中にはいたが、その(ほとん)どは生き残り、レヴェドが治める『管理棟(ボニーヤード)』と呼ばれる紫色に輝く宝石のような尖塔(せんとう)に避難していた。

 

 管理棟へ続く巨大な門扉には、数百人に及ぶゼルナーが集まっていた。 ゼルナー達は皆、水のように揺らめく液体状の武器を手に持っていた。 階級の高そうなゼルナーは武器だけでなく、着用している鎧兜も水銀のような液体金属で出来ていた。

 彼らは管理棟から続々と出て来て、管理棟から西に位置する『ダルヴァザ(門)』と呼ばれる地上への出入口がある関所へ向かっていた。 街へ侵入して来る者を返り討ちにする為に……。


 ――


 管理棟の中では、以前、大聖堂でファルサと戦ったゼルナー『セヴァー』が、帽子を被った小柄なゼルナーと立ち話をしていた。

 セヴァーはファルサと戦った時とは全く異なった外見をしていた。 あの時のセヴァーは体長5メートルある巨大な青いロボットであったが、今のセヴァーは人型の器械(バトラー)であり、身長はせいぜい180センチ前後の小さい体をしていた。

 ブリキのような金属を鈍く光らせている人型の身体は、外装であるロボットの本体であった。 身体には、いたるところにロボットへ接続する為の端子が埋め込まれていた。 接続端子の(そば)には小さなランプが点灯しており、人型の時は緑色に光り、ロボットに接続されると赤く光るようであった。 また、セヴァーの顔は身体と同じく、人工皮膚で覆われていない()きだしの金属で出来ていた。 だが、前に降ろした黒い髪と、切れ長の目に宿した緑色の瞳、高い鼻と小さい口は、人工皮膚を(まと)うゼルナー達を同じく人間らしい顔であった。 両耳は付いておらず、代わりに青く光る丸型の機械がついていた。 この機械はアンテナのようなものが伸びていたので、恐らく音声を受信する機械だろうと思われた。


 セヴァーと話をしているゼルナーは女性型のゼルナーで、名を『シビュラ』と言った。 白く美しい人工皮膚で覆われた、おっとりしたタレ目のタヌキ顔であり、遠目(とおめ)から見ると若いゼルナーのようであった。 しかし、近くで見れば長年稼働した年相応に、人工皮膚に少しだけシワが出来ていた……。

 彼女は広い“つば”の有る()げ茶色のトンガリ帽子を被っていた。 帽子は柔らかい革のような素材で造られていたが、革ではなく何かの金属であった。 つばの上部には黒のリボンが巻かれてあり、紫色のコスモスの造花やラベンダーの造花が帽子の側面に飾られていた。 深く(かぶ)った帽子からは二房(ふたふさ)藍色(あいいろ)の髪が出ており、エンジ色のリボンでまとめられた髪の先端は、胸のあたりまで()かっていた。 身体には帽子と同じく焦げ茶色のクロークを羽織っており、クロークの下は小豆色(あずきいろ)のワンピースを着ていた。 膝下(ひざした)まで掛かっているワンピースは(すそ)にいくほど色が濃く、裾の辺りは髪を止めているリボンの色に近かった。 足元は帽子と同じく焦げ茶色のブーツを履いており、ブーツの側面には白いガーベラのような造花が付けられていた。

 彼女の特筆するべき特徴は、その魔術師のような服装ではなく、クロークの下に隠された左腕であった。 クロークを(ひるがえ)すと影よりも暗く、黒よりも黒い左腕が現れる。 常に腕の付け根から指の先までが炎のように揺らめいており、触れると焼き尽くされそうな恐ろしい様子であるが、意外な事に熱を持っていなかった。 だが、この暗黒の物質に触れた者は、触れただけで爆発を起こすという危険な物質であった……。

 また、彼女はこの恐ろしい左腕の他に、何の変哲の無いボロボロの鉄パイプを右手に持っていた。 所々黒ずんだ単管は彼女の服装と似つかわしくなく、異質な無骨さを放っていた。

 

 ――セヴァーは管理棟一階の廊下で偶々(たまたま)シビュラと鉢合(はちあ)わせし、兵士達と一緒に管理棟の外へ出ようとしていたシビュラを呼び止め、二人は廊下の真ん中で話し込んでいた――。


 「……お前、本当にあのライコウが此処(ここ)へ来ると思うか?」


 セヴァーは、ほんわかした様子のシビュラに向かって問いかけた。

 

 「来るみたいね……。 だから、彼をバハドゥルへ侵入させる訳には行かないから、街へ降りて来る前にダルヴァザ周辺を警戒するみたい」


 まるで他人事のようにセヴァーに応えるシビュラだが、ダルヴァザ周辺の警戒はシビュラが計画した事である。 シビュラはすでにライコウ一行がバハドゥルへ向かっている事を把握していた。 そして、レジスタンスから傍受(ぼうじゅ)した情報からライコウがバハドゥルへ到着するなり管理棟へ攻め込む計画であると知っていた。 兵士達と一緒にダルヴァザへ行こうとしていた状況から察するに、シビュラはライコウ達が到着する前に先手を取ろうと考えていたようだった。

 

 「なるほど、それは有難い!」


 シビュラの話を聞いて、セヴァーは金属の顔に満面の笑みを浮かべた。 シビュラはセヴァーの嬉しそうな様子に首を傾げた。


 「……貴方(あなた)、先手を取れる事が(うれ)しいみたい? それとも、ライコウと戦う事が嬉しいみたい?」


 シビュラの問いに、セヴァーは「――もちろん、後者だ!」とライコウと戦う事を楽しみにしていたようであった。


 「――という訳で、私もダルヴァザまで同行させてもらおう! さっ、早く――」


 気が早いセヴァーは、鉄パイプを持ったシビュラの右腕を(つか)み、強引に連れて行こうする――。


 「貴方、勘違いしているみたい……。 私は兵をダルヴァザまで先導するだけで、そのまま戻って来るみたい。 貴方が一人で行けば良い」


 右腕を引っ張られたシビュラは、そう言って腕を引っ張り返した。 その拍子に右手に持っていた鉄パイプが『カラン、カラン』と音を立てて廊下に転がった……。


 「――そうか、それなら私一人で行こう。 ところで、お前、()()()はまだ取り返していないのか?」


 セヴァーは転がった鉄パイプを拾い上げ、シビュラに手渡しながら疑問を投げた。


 ――シビュラはもともと樫木(かしのき)に似た素材で造られた杖を持っていた。 ところが、その杖は彼女の弟子(でし)によって盗まれてしまい、代わりにそこら辺に打ち捨てられていた鉄パイプを使用するようになったのである――。


 「……もう私には必要無いみたい。 あの子が使いたいなら使わせてあげたら良い」


 シビュラはそう言うと「この鉄パイプで充分だ」と言わんばかりに、鉄パイプを立てて廊下をポンと打ち付けた。

 

 「まあ……そのうち、あの子が私の(もと)へ戻って来た時に取り戻せば良いみたい」


 シビュラはそう(つぶや)くと、不肖(ふしょう)の弟子を思い出すかのように天井を見上げた……。


 ――


 地上と街を往来(おうらい)する関所であるダルヴァザは街の北西に位置していた。 関所の周りにはレンガ造りの兵舎(へいしゃ)と監視塔がいくつも建っており、石造りの門扉(もんぴ)に近づく者を厳重に監視しているという広大なエリアであった。 だが、市民は許可なく地上へ行くことが禁止されており、その為、市民にとって馴染(なじ)みの無い場所であるからか、ダルヴァザは市民から単に”出入口”とだけ呼ばれていた。

 石造りの関所の奥は、幅の広い平坦な石畳(いしだたみ)が果てしなく伸びているだけであり、(はる)か上空に赤い障壁(しょうへき)が張られた出入口が浮かんでいるのが見えた。 出入口はゼルナーでなければ利用する事が出来なかった。 一般器械が関所の門を潜り出入口へ目指そうとしても、いつまで経っても石畳の道を歩き続けるのみで、上空に浮かぶ出入口に辿り着く事は不可能であった。 しかも、道には超重力が作用しており、歩くだけでも大変な出力が必要であったので、一般器械では進む事すら出来なかった。


 ――ファルサとジャーベはこの関所を通って、地上に出てディ・リターへ行った。 二人はどうやって、厳重な警備を()(くぐ)り地上の出入口まで行けたのか? それは簡単な理由であり、地上へ出る事をマザーから許可されていたからであった。

 二人はマザーから授かったデジタル許可証をまるで印籠(いんろう)のようにダルヴァザの警備兵に見せつけて、偉そうな顔をしながらバギーに乗って、堂々と関所を通過して地上へ出た。

 ダルヴァザの警備兵達は、何故、マザーが“こんな奴ら”に地上へ出る許可をしたのか、不思議でならなかった。 しかし、マザーの行動は全てにおいて、その目的が器械達に知らされる事は無い。 器械達がいくらデバイスを使用して調べようとしても、マザーの目的を知る事は出来なかったので、警備兵達は優々と赤い光に囲まれて地上を目指して浮かび上がる二人の様子を、指を(くわ)えて(なが)めているしかなかったのであった――。


 さて、そのダルヴァザの現在の状況だが、シビュラの呼びかけによって管理棟から集まって来た数百人のゼルナー達でごった返していた。 彼らはライコウが赤い障壁で囲まれた出入口から街へ降りて来る瞬間を、息を()らして待ちかねており、どんな手を使ってもライコウを破壊しようと震える手で武器を握りしめていた……。


 ……


 そんな緊迫した状況が続くダルヴァザを、地上にいるライコウ達は把握(はあく)しているのだろうか? もし、知らずにダルヴァザから街へ侵入すれば、ライコウ達は数百人のゼルナーを相手にしなければならず、レヴェドを破壊する前に燃料を大量消費してしまうだろう……。

 そんな心配をよそに、ライコウ一行は子供型のゼルナー『ヘルート』と『ペロート』夫婦に先導されて、ダルヴァザへ向かって……と思いきや、ハギトによって廃墟にされたアイナがある方角――ダルヴァザとは逆の方角である西へ向かって進んでいた。

 実はバハドゥル・サルダールにはダルヴァザの他に、もう一箇所(いっかしょ)地上を行き来できる出入口があったのだ。 厳密に言えば、それは出入口ではない――アイナとバハドゥルを(つな)ぐ、広大な地下トンネルであった。 トンネルはバハドゥルの地下二階に存在する工業エリアに入口があった。 トンネルをひたすら進めば、かつてアイナに移住したバハドゥルのゼルナー達が住んでいた居住区へ繋がっており、アイナを仕切っていた管理者達はこのトンネルからバハドゥルとアイナを往来(おうらい)していたのである。


 ――


 バハドゥルの工業エリアは、大小の機械製造工場が(ひし)めき合う雑然としたエリアであった。 そのエリアにはバハドゥルの市民は居住しておらず、工業エリアで活動している者は、殆どが感情の無い機械ネクトであった。 工業エリアの機械達は耐用年数ギリギリまでこき使われて、故障すればそのまま巨大な溶鉱炉(ようこうろ)に放り込まれて処分された。

 また、この溶鉱炉は工業エリアの機械だけでなく、上層階で故障した機械達を処分する為にも利用されていた。 真っ赤に煮えたぎる金属が流々(りゅうりゅう)とする溶鉱炉の中心には(ふた)の無い中が空洞(くうどう)である円筒状の巨大な機械が設置されており、円筒状の機械は機械解放同盟のアジトが存在する上層階の倉庫エリアへと繋がっていた。 上層階で故障した機械はこの円筒状の機械に放り込まれて地下二階まで落下し、溶岩のような液体金属によって跡形も無く溶かされるのであった……。


 そんな陰惨(いんさん)な雰囲気が漂う工業エリアの隅に、アイナへ行く為の長くて暗いトンネルがあった。 トンネルは大型の戦車も容易く通行できるほど道幅が広く、途中には給油設備等も備え付けられている立派な物であった。 ちょうど、イナ・フォグ達が地底の軍需工場へ向かう時に利用した避難通路によく似ていた。 トンネルは工業エリアの機械達が誤って入らないように入口を障壁で覆っていた。 障壁は青白いホログラムのような粒子の集合であり、機械が触れると木っ端みじんに爆発するという恐ろしい代物であった。

 この非人道的な障壁を巡って、市民団体や一部のゼルナーはマザーに対して「障壁を取り除くように管理者に働きかけるべきだ」と訴えたが、マザーは「検討しますわ」とか「遺憾(いかん)の意を表明しますわ」などと”異世界の政治家”のような言葉を並べ、何も対処しようとしなかった……。


 マザーにとって、機械(ネクト)達は『モノ』に過ぎなかった。 機械の体にアニマを接続して初めて器械(バトラー)となり、マザーの『子供』となる。 したがって、単なるモノである機械に慈悲をかける必要はない。 そんな差別意識がマザーの胸の内にあったのだ。

 ……思えば、マザーが今まで機械を救った事などなかった。 マザーはバハドゥルにおける機械虐待の現状に目を(つぶ)り、事情があるにせよレヴェドの横暴を野放しにしてきた。 ここへきて、器械同士の争いが激化し、ようやく重い腰を上げてきたのだが、それも機械への虐待を是正するという目的ではなかった。


 ――そうすると、機械であるシャヤがレヴェドに拉致された時、彼女を救出したのは本当にマザーだったのか疑問が生まれる。


 シャヤは『アザリア』という者に救出された。 たまたま、マザーがファルサに「シャヤを救い出す」と約束した後、間を置かずにアザリアがシャヤを救出したのだ。 その為、機械解放同盟のメンバーは「約束通り、マザーがシャヤを救出した」と思い込んだ。 しかし、マザーの機械に対する差別意識を知る者であれば、アザリアがマザーと同一人物であるという予想が真実かどうか疑念を抱くはずだ。 機械をモノとしてしか考えてないのであれば、いくらファルサの恋人とは言え、自らの手でシャヤを助けようとは思わないはずだと……。


 もし、マザーとアザリアが同一人物であれば、マザーは機械に対する差別意識を持ちながらも“ファルサの為”という理由でシャヤを助けたのかも知れない。 だが、仮にマザーとアザリアが別人であったとしても、マザーがファルサに「シャヤを助ける」と約束した後、すぐアザリアがシャヤを救出したという事実が偶然のタイミングだったとは思えない。 たとえ別人であったとしても、マザーとアザリアが何らかの関わりを持っていると推測するのが妥当だろう。


 ……さて、そのアザリアは、現在、何処(どこ)にいるのかと言うと――彼女はすでにバハドゥルを離れ『スネーの森』と呼ばれる燃え盛る山の(ふもと)にいた。


 ――


 こうして、ライコウ一行はバハドゥルの北側にある出入口ではなく、アイナとバハドゥルを結ぶトンネルから街へ侵入した。 ヘルートとペロート――二人が一緒の時は仲間から『ヘルペロ』と呼ばれている――が事前に地上を爆破させてトンネルに穴をあけ、その穴からトンネル内に侵入したのである。 残念ながら、今のヘルペロの力では小型車が一台入れるくらいの小さな穴しか開かなかったが、ライコウとミヨシによって戦車が侵入できるくらい大きく広げられ、ミヨシの戦車も無事トンネル内に侵入できるようになった。


 「ふぇぇ――! オメェ猫型の分際で、すげえ出力してやがんな!」


 ヘルートは超合金で造られたトンネルの外殻を難なく破壊したミヨシに、感心した様子で目を丸くした。


 「ふふん、当たり前です! アタチはこれでもフォグさんの弟子なんですよ!」


 ヘルートはミヨシの言う『フォグ』という者が何者か分からなかった。 まさか、そのフォグという者があの『アラトロン』の事であり、ミヨシがアラトロンの眷属(けんぞく)であるとは思いも寄らなかったのである……。


 ……


 アイナとバハドゥルを結ぶトンネル内ではミヨシが操縦する戦車が煌々(こうこう)とヘッドライトを照らしバハドゥル方面へ進んでいた。 戦車の上にはライコウとアセナ、そしてジャーベが乗っていた。 ヘルペロとファルサはライコウに同行せず、管理者達が待ち構えているダルヴァザへ向かっていた。

 今のところ、ヘルペロが計画した作戦通り、事は進んでいるようだった。


 ――ライコウはトンネルに入る前に、ヘルートから管理棟へ侵入する為に計画した作戦概要を聞いていた。

 まず、ペロートが機械解放同盟のアジトにいるアミと連絡を取り「ライコウがダルヴァザから街へ到着する予定なので、救援に来て欲しい」と要請(ようせい)した。 今頃、アミはペロートの要請を鵜呑(うの)みにして、援軍を率いてダルヴァザへ向かう準備をしている事だろう。

 現在、ヘルペロとファルサは地上へ残り、そのまま地上からダルヴァザを目指している。 ライコウ達はトンネルから街へ向かっているところだ。

 ライコウ達が都市へ侵入したら、ジャーベは機械解放同盟のアジトへ帰還する。 ライコウ、アセナ、ミヨシの三名はジャーベと別れた後、そのままレヴェドのいる管理棟へ向かう。 

 その間、ヘルペロとファルサもダルヴァザへ降りる出入口に到着しているはずだ。 出入口で待機しているヘルペロとファルサは、ライコウ達がトンネルを抜けて管理棟へ向かった事を確認したら、いよいよ街へ降りて管理者軍と戦闘を開始する。 ヘルペロとファルサの攻撃で、管理者達を三人に引き付けている間、後ろからアミが率いる援軍が管理者軍を挟み撃ちにする。

 そして、管理者軍をダルヴァザで釘付けにしている間に管理棟へ侵入したライコウ達は、レヴェドを破壊する――。


 ヘルートがライコウ達に伝えた作戦は概ねそんな内容であった。


 「……しかし、ワシ等がダルヴァザとかいう場所から街へ降りる事は、すでに敵に筒抜(つつぬ)けだったとはのぅ……。 恐ろしい事じゃ」


 ライコウがそう言って目を(つぶ)って腕を組んでいると、アセナが「いや、ヘルペロは意図的に情報をリークしたんだ」とヘルペロの(たばか)りをライコウに説明した。


 ――アセナによると、シビュラは『インターセプト』という特殊な電波を放ち、デバイスから発信される通信を傍受する事が出来るそうだ。 ヘルペロが機械解放同盟のアジトにいる間は、ペロートが背負っていた赤いランドセルから放たれる『シュテルン粒子(りゅうし)』という粒子でアジトを(おお)っていたお陰でシビュラのインターセプトは妨害(ぼうがい)され、アジトの存在はシビュラに気付かれる事はなかった。 また、アミやファルサといったゼルナー達のデバイスによる通信もシュテルン粒子のお陰で傍受される事はなかったのである。

 ところが、ペロートは、ヘルートと一緒にライコウを迎えに行こうとダルヴァザへと向かう際、シュテルン粒子を生成していたランドセルを一緒に持って行ってしまった。 その為、たちまちアジトを覆っていたシュテルン粒子が霧散(むさん)してしまい、アジトの存在がシビュラに知られる事になってしまった。

 もちろん、ペロートもそうなる事は予想していたので、シュテルン粒子の放出を停止した後、ワザとファルサと連絡を取るフリをしてデバイスの通信上から「ハギトを討伐した()()ライコウ様が、北の出入口から街へやって来る」と吹聴し「ライコウ様の目的は管理者達を一網打尽(いちもうだじん)にし、マザーの名の下に街を統治する事だ」と、まるでマザーの命令でライコウが街を支配しようとしているかのような虚言(きょげん)を吐いた。 そして「ライコウ様に協力すべく、我々レジスタンスもダルヴァザに集結し、管理者達との最終決戦に(のぞ)むのだ」と(いつわ)ったのであった。


 このペロートの通信を傍受(ぼうじゅ)したシビュラは管理者達にダルヴァザを警戒するように命じた。 シビュラはライコウに恐れをなしたのか、あろうことか管理棟にいるゼルナー全員にダルヴァザへ集結するように呼び掛けたのであった――。


 ライコウはアセナの説明を聞いて「あ奴らが何故(わっぱ)の姿でいるのか知らぬが、なかなかやりおるのぅ」とヘルペロの作戦に感心した様子で腕を組んで(うなず)いていた。 だが、アセナはライコウの様子を横目で見ながらシビュラが管理者達をダルヴァザに集結させた目的を(いぶか)しんだ。

 

 (シビュラはそれ程までにライコウ殿を警戒しているのか? 何としてでもバハドゥルの地を踏ませたくないのか……。 それとも、何か別の理由があるのではないか……)


 アセナの疑念は置いておいて、確かに管理者であるゼルナー達はライコウに恐怖していた。 その恐怖は、彼らが享受(きょうじゅ)してきた“甘い蜜”がライコウによって奪われてしまうかもしれないという不安や焦燥(しょうそう)から来る恐怖であった。 機械を奴隷のように扱い、市民との待遇の差に優越感を持っていた管理者達は、反体制派の味方をしたライコウによって全てを奪われる事に恐怖し、どんな手を尽くしてもライコウを破壊しようと焦っていた。 したがって、管理棟を守る余裕など微塵(みじん)も無く、シビュラの呼びかけに何の疑念も抱く者などいなかったのである。

 自分の地位が奪われる恐怖に(おび)えながらでダルヴァザへ向かう管理者達の姿は『利他的でありなさい』というマザーの言葉からは程遠い、己の欲望に(したが)って行動する浅ましい姿であった……。


 マザーは彼らの情けない姿を見て、何を思っているのだろうか? やはり「器械達の自主性がどうたら……」と言いながら、()()()()で彼らを見守っているのだろうか……?


 「マザーの奴は何故こんな状況になるまで街を放っておいたのじゃ? あ奴の考えている事は良く分からん……」


 ライコウはバハドゥルの市民が今の管理体制に不満を持って蜂起(ほうき)するまでの間、マザーが一度も器械達の争いに介入しなかった事を批難した。

 マザーに対してぞんざいな言葉遣いで批判するライコウに、アセナは戸惑ったが、アセナ自身もマザーの考えが良く分からなかったので、ライコウの発言に遠慮がちに(うなず)いた。

 

 「ま、まぁ……私もそう思うのだが、マザーにもいろいろ事情があるのだろう……」


 アセナはもちろんのこと、ライコウも“マザーの事情”が何なのかは分かっていなかった。 分かっていたのはイナ・フォグとラヴィ、そしてヒツジだけであったのだ。


 ――


 ライコウ達がトンネル内を通っている時、ディ・リターではイナ・フォグが(ようや)くピンク色の蛇の置物から元の体へ戻り、昨日から行方不明になっているヒツジを探していた。 ヒツジはデバイスを起動しておらず、位置情報も隠ぺいしていたので、ラヴィやコヨミでもどこにいるのか分からなかった。 ヒツジを心配したイナ・フォグはひねもす町中を捜し歩いていたが見つからず――結局、ヒツジは翌日になって何食わぬ顔をしてアセナの屋敷へ戻って来た。


 イナ・フォグはヒツジを(しか)り、今まで何処(どこ)へ行っていたのか問い(ただ)した。 ヒツジはイナ・フォグに「デモニウム・グラキエスへ行って、フルの動向を警戒していた」と答えた。 ヒツジの話では「最近、フルがデモニウム・グラキエスの外へ活動範囲を広げてきている」との事で「隣接するディ・リターやエクイテスに攻撃を仕掛けて来る兆候では無いか?」と疑い、フルの動向を警戒していたとの事であった。

 イナ・フォグはヒツジの説明を聞いて「だったら、何故、その事を私に言わないの!」と(たしな)めたが、ヒツジは「だって、あくまでボクの憶測に過ぎない事だから……憶測で言った言葉でフォグや皆が心配すると困ると思って……」と、まるで泣き出さんばかりに瞳を青く灯らせ、悲しそうな様子を見せた。 イナ・フォグはベソをかくヒツジに、これ以上何も言わずに微笑(ほほえ)んだ。 そして、ツルツルした銅色の頭を優しく()で、ヒツジを抱きしめた。 イナ・フォグの温もりがひんやりとした金属の体に伝わると、ヒツジはイナ・フォグの優しさで何だかココロがじんわり温まるような感じがした……と同時に、イナ・フォグに対して「申し訳ない」という思いが()()し、気が重くなった。


 ヒツジはイナ・フォグにウソを付いていた。 ヒツジはフルの監視などしておらず、今までディ・リターの四層にある『大聖堂』へ行っており、マザーと会っていた。 しかも、二日もの間、大聖堂に滞在していたのである。

 ヒツジがマザーと会って何をしていたのかは不明だが、イナ・フォグにウソを付いた事を考えると、イナ・フォグに言う事が出来ない目的があったのだと推測出来た。


 ――そもそも、ヒツジは器械達の中で唯一、マザーをマザーと呼ばずに『リター』と呼んでいた。 ヒツジが敢えてマザーをリターという言葉で呼ぶ意図は一体何なのか? リターという言葉は、人間が『騎士』を指す言葉として用いていたという記録がある。 ヒツジにとっては深海魚のような姿をしたマザーが騎士に見えるのであろうか? それとも、何か別の理由があるのであろうか? いずれにせよ、その理由はヒツジでなければ分からなかった。

 また、ヒツジはマザーに会った後、必ず不機嫌な様子になった。 ライコウがゼルナーとなって間もない頃、ヒツジはその事をライコウに指摘され「マザーに対してもう少し穏やかに話をしたらどうじゃ?」と(さと)され「リターなんて(まぎ)らわしい呼び方をせず、お主もマザーと呼んだらどうじゃ?」と窘められた。 ところが、ヒツジはライコウの意見を拒絶し「あんな奴、お母様じゃない!」と激昂(げきこう)した。

 恐らく、ヒツジが激昂した理由はヒツジ自身がマザーという言葉を”母親”という意味で(とら)えていたからだろう。 ヒツジにとって本当の『お母様』こそがマザーであり、深海魚のような姿をしたマザーはマザーという名であるだけで、本当の母親ではない。 本当の母親でも無い者をマザーと呼ぶことに耐え難い拒否感があり、ライコウの意見に過剰な反応を示したのではないか? ヒツジの深意(しんい)は分かりかねるが、少なくともライコウはヒツジに対してそう感じていた――。


 ヒツジが何か隠している事は、イナ・フォグも気づいていた。 ヒツジがデモニウム・グラキエスなどには行っておらず、イナ・フォグに言えない何処かへ行っていた事も……。 だが、イナ・フォグはヒツジの言葉を信じ、これ以上、何も聞く事は無かった。 ただ、イナ・フォグは()()()()()()()でありたいと願い、ヒツジを抱きしめていた……ヒツジの瞳が桜色に変わり、やがて眠りと共に消えて行くまで……。


 ――


 ライコウ達がトンネルを出ると、バハドゥルの地下二層――薄暗いスモッグが立ち込める陰気(いんき)な景色が目に飛び込んだ。 トタン張りの工場が(のき)(つら)ねる雑然とした様子は、アイナの街を再び思い出させるようだった。 だが、アイナと唯一異なる点は……(おびただ)しい数の壊れた機械が道端に転がっている光景であった。

 機械は稼働を停止して何年も放置され錆びてしまっている者もいれば、壊れて間もない様子の潤滑油がまだ表面を照らしている機械もいた。


 全ての機械が悲し気な雰囲気で稼働を永久に停止していた……。


 壁に身を持たれかけたまま(うつむ)いているボロボロの機械……。

 助けを求めるかのように天を(あお)ぎながら稼働を停止している機械……。

 鉄くずになり果てて、もはや何の機械か分からなくなっている機械からは、辛うじて瞳だと分かる部分から、赤錆(あかさび)が混じった冷却水が涙のように流れていた……。


 「……こ、これは……?」


 ライコウは凄惨(せいさん)な街の様子に言葉を失った。 ミヨシも戦車から降りて来て、周囲を恐る恐る歩きながら、沈痛(つんつう)な面持ちで鉄の塊となった機械達を見ていた。


 「……これが、この街の現実なのです……。 私達が機械達の(むくろ)を埋葬しても、次々とこのような不幸な機械達が生まれて来る……もう、私達の力では彼らを助けてあげる事が出来ないのです」


 立ち尽くすライコウの隣でジャーベが悲し気な様子で目を(すぼ)ませた。


 「アイツ……」


 ジャーベはライコウがそう(つぶや)く声を耳にし、思わず顔を上げてライコウを見た。 握りしめた拳に雷を(ほとばし)らせたライコウは、先ほどまでジャーベに見せていた穏やかな少年の笑顔はなく、怒りに満ちた戦士の顔であった。


 ――ライコウはこの悲惨な光景を見て、激しい怒りを覚えた。 この怒りは管理者達やレヴェドに対してでは無い。 こんな惨憺(さんたん)たる状況になるまで街を放置してきたマザーに対する怒り、そして自分に対する怒りであった。 さらに、ライコウは怒りと共に、名状し難い失望と嫌悪を同時に抱いた。 マザーに対する愛情も同時に沸き上がって来る事に対する自己嫌悪……。

 

 『何故、こんな酷い状況を放置するマザーを自分は愛しているのか?』


 マザーに失望しているにも関わらず、マザーを愛している自分へ嫌悪、その矛盾に(いきどお)りを感じたのである……。


 「ラ、ライコウ様……?」


 眉間に(しわ)をよせて辺りを(にら)むライコウに、ジャーベが怯えた様子で声を掛けた。 すると、ライコウはジャーベを見ずに前を見据(みす)えたまま声を張り上げた。


 「ジャーベ、君は予定通り同盟とやらの隠れ家へ戻るんだ! こんな酷い街にしたレヴェドという奴をアイツが野放しにするのなら――


 ――そんな奴、この俺が破壊してやる!!」


 ジャーベだけでなく、アセナもライコウの雰囲気が一変した事に気づいていた。 口調(くちょう)だけでなく、体から(みなぎ)るエネルギーも今までとは明らかに異なっていた……。


 (ライコウ……末恐ろしいゼルナーだ。 私と戦った時とはまるで違う雰囲気……アラトロンの助力があったとは言え、マルアハ相手に戦い抜くことが出来た理由も頷ける)


 アセナはそう思いつつ「――では、ライコウ君、私達は至急レヴェドのいる管理棟へ急ごう」とライコウに声を掛けた。 ライコウはアセナの呼びかけに大きく頷いて、ライコウからかなり離れた前方で、街の探索を行っていたミヨシを探した。


 ……薄暗い工場の排煙が漂う前方に、ヤマネコのような大きなミヨシの体が見えた。


 「ミヨシ、こっちへ来い!!」


 ライコウが大声でミヨシを呼ぶが、ミヨシはライコウの声が届いていないようで、長い尻尾をピンと立て、毛を逆立てながら何かに向かって威嚇(いかく)しているようだ……。


 「ミヨシ、何やってる――!?」


 ライコウが再び叫んだ時、薄暗い煙に巻かれたミヨシの姿が見えなくなり――ミヨシがいた場所が突然『ボンッ!』と大きな爆発を起こし、火柱を上げた。


 「――何だ!?」


 ――この一つの爆発を皮切りに『ドカ、ドカ、ドカ――!』と四方八方に爆発が発生し、爆発は連鎖的に拡大しながらライコウ達へ迫って来た。

 

 「――ジャーベ、君は早く逃げろ!」


 ライコウは、突然起こった事態に狼狽(ろうばい)して腰を抜かしているジャーベに背中を見せ、爆風を正面で受け止めた。 火炎渦巻く爆風がライコウに衝突すると、火炎はあっさりと弾き飛ばされ、(またた)く間に霧散した。

 

 「あわゎ……」


 地面にへたり込んで泡を食っているジャーベ。 ライコウのデバイスには防壁を起動したという情報が表示される――。

 

 『注意!……防御シールド「アパラトゥス・ムルス」起動中……真素残149……』


 ライコウの体は弱い電気のような(まく)に包まれており、次々と襲い掛かる爆発からジャーベを守っている――。


 「ジャーベ、早くしろ! 振り返らずにこの場から逃げるんだ!」


 ライコウの叫びにジャーベは何とか立ち上がり逃げようとするが、足がもつれて思うように逃げる事が出来ない……。 すると、何処からともなくミヨシが現れ、ジャーベが着ている“どてら”の上衿(うわえり)(くわ)えてジャーベを持ち上げた。

 

 「ミヨシ、無事だったか!」


 ジャーベを咥えたままのミヨシは「フガモガ――」と意味不明の言葉を発していたが、ライコウはミヨシが「大丈夫です!」と答えていると(勝手に)判断し、ミヨシにジャーベの身の安全を頼んだ。


 「――良し! そのまま、ジャーベを彼らのアジトへ連れて行ってくれ!」


 ライコウの指示にミヨシは耳をピョコピョコ動かしながら了解する様子を見せた。 そして、ライコウに尻を向けたかと思うと、ジャーベを咥えたまま後ろへ大きくジャンプして走り去った――。

 

 ――ライコウは突然の出来事で少し気が焦ったのか、ミヨシに機械解放同盟のアジトへジャーベを送った後、ライコウの(もと)へ戻るように伝え忘れた。

 

 (まあ、俺の匂いを辿(たど)ってその内戻って来るだろう……)


 ミヨシは器械の体で無くなった代わりに驚異的な嗅覚(きゅうかく)を身に付けていた。 イナ・フォグやライコウが何処にいようが、匂いを辿って付いて来る事が出来た。


 「それより、アセナは――!」


 立て続けに起こる爆発で工場から立ち上る排煙が消え去ったが、今度は爆発の砂埃(すなぼこり)で辺りが見えず、ライコウはデバイスを使って、アセナがいる位置を確認した。


 すると――


 『!注意! UNREGISTRIRT ZELNER……型名:MIZBEYEKH-SV999……真素中……座標不明:FFF01』


 ――ライコウのデバイスにはアセナとは関係の無いゼルナーの情報が表示された……。


 「なんだ、コイツは――!?」


 ライコウは驚いて周囲を見渡した。 すると、朽ち果てた機械達の残骸が横たわる工場を背にして何者かに向かって赤いレーザーを放つアセナの姿があった。 そして、レーザーが放たれた先には、焦げ茶色のトンガリ帽子を(かぶ)った女性の姿が見えた。

 彼女はクロークを(ひるがえ)し、影のように揺らめく真っ黒い左手を前に突き出して、目を瞑り何かを呟いていた……。 漆黒(しっこく)の左手から沸き上がる影から細かい粒子をアセナに向かって噴射しており、その粒子が地面に付着すると『ボボボボン……』という小さな爆発音が連鎖的に聞こえ、たちまち複数の火柱が上がった。 

 

 『――ライコウ殿、奴は「シビュラ」という厄介なゼルナーだ! この場は私に任せて、君は上層階の北にある紫色に輝く塔を目指せ! その塔の中のどこかにレヴェドがいるはずだ!』


 アセナは次々と迫る炎をいなしながら、ライコウのデバイスに通信を送った。 すると、その通信をシビュラは傍受していたのか――


 『……どうぞ、お好きなように』


 と二人のデバイスに割り込んできた。 そして、矢庭(やにわ)に攻撃を止め、ライコウの方へ顔を向けた。


 『……私は貴方の姿を一目見たかっただけみたい。 貴方がレヴェドを破壊する事が出来るなら、好きにすれば良い』


 語尾に独特の表現を入れるシビュラのクセは、何処となく彼女と同じような格好をしていたエンドルを思い出させた。


 『なんじゃ? お主はレヴェドとかいう奴の手下では無いのか?』


 先ほどまで気が立っていたライコウであったが、シビュラの意外な言葉にすっかり落ち着きを取り戻し、いつもの口調に戻った。 シビュラはライコウの言葉をデバイスで受け取り『――冗談?』と通信を送り、言葉を続けた。


 『……部下でも仲間でも無い。 マルアハと戦う時にヤツの能力が役に立つから利用していただけみたい』


 シビュラがそう言うと、ライコウは『――であれば、ワシ等への攻撃を止めて一緒にレヴェドを倒すのじゃ!』とシビュラに協力を(うなが)すが、シビュラは――


 『貴方がヤツを倒したら、協力しても良いみたい』


 などと本末転倒な返事をした……。


 『ライコウ殿、コイツと話しても時間の無駄だ! 君は早く管理棟へ――』


 ライコウとシビュラの会話に割って入るアセナ。 攻撃を止めたシビュラに向かって腰に()いた長剣を抜きながら距離を詰めた。


 「アセナ、久しぶりに会ってみれば……貴方、少しスキンのメンテナンスをした方が良いみたい」


 壮年(そうねん)のシワを顔に刻むアセナに視線を移し、少し頬を(ゆる)めてクスリと笑ったシビュラ。 長剣を片手に駆け寄るアセナに向かって右手に持っていた鉄パイプを突き出すと――鉄パイプの穴から凄まじい炎が噴射した!


 アセナが目の前に迫る炎が体を包む直前に大きくジャンプして炎を避けると、背後に建っていた工場が一瞬で炎に包まれた! アセナは工場から爆発音が聞こえたと同時に、手に持っていた長剣をシビュラの顔めがけて投げつけた。 シビュラは鋭く光る長剣を難なく避けると、長剣は背後の地面に突き刺さった。

 

 ――ライコウはアセナとシビュラが戦い始めたので、アセナにこの場を任せて自分は管理棟へ急ごうとした。


 『――アセナ、この場はお主に任せたぞ!』


 ライコウはアセナのデバイスに通信を入れて北へ向かって駆け出すと、てっきりライコウを追いかけるだろうと思われたシビュラは、走り去って行くライコウの背中を見つめたまま追いかける様子も無い……。

 

 『……お前、どういうつもりだ?』


 アセナがシビュラに向かって問いかけると、シビュラは遠くなっていくライコウの背中から視線を移し、アセナを見た。


 『……「どういうつもり」って? さっき貴方に言ったでしょう? レヴェドを倒したいなら好きにすれば良いと……。 私は、あのライコウというゼルナーが戦っている姿を映像でしか見た事がなかった。 だから、実際会ってみて雰囲気を確かめたかっただけ。 ライコウと戦おうとなんて思っていないみたい』


 ――シビュラはディ・リターとハーブリムの連合軍がマルアハ『ハギト』と戦っている時、ドローンをアイナへ飛ばして戦闘の様子を撮影していた。 その時、ライコウがハギトと戦っている姿をシビュラはカメラ越しに見ていたのである。 残念ながら、ハギトが発した青い光によって跡形も無くドローンが消し飛んでしまい、ハギトを討伐する瞬間までは記録する事が出来なかった。 だが、少なくともライコウが戦っている姿や、イナ・フォグがハギトと戦っている姿は撮影する事が出来たので、シビュラにとっては戦いの映像は貴重な研究材料になった――。


 シビュラはデバイスを使って、アセナにそう釈明した。 アセナは「……ふん、お前らしいな」とデバイスを使わずに、独り言を(つぶや)いた。

 

 『それでは、私も管理棟へ行かせてもらおう。 何もお前と戦う必要は無いからな』


 アセナが再びデバイスを使ってシビュラに声を掛けた。 シビュラとしても、レヴェドの命令を忠実に守っていた訳ではないので、アセナと戦うメリットは無いはずである。 しかし、シビュラはアセナの申し出を拒否し『レヴェドには何も借りは無い。 ただ、久しぶりに貴方と会ったのだから、少し遊んでみても良いみたい……』と、あくまでレヴェドの命令では無く“個人的な好奇心”でアセナに戦いを挑んだ。


 ――


 『……ところでお前、まだファレグを破壊しようとしているのか? いい加減、(あきら)めたのかと思っていたのだが……』


 アセナの言葉にシビュラの顔が(くも)った……。


 『……諦める?』


 シビュラの次の言葉に、今度はアセナが顔を曇らせた。


 『――フルに愛する者を破壊された貴方が、フルを破壊する事を諦める?』


 ――アセナの妻はフルに破壊された。 破壊された妻のパーツを流用して製造されたのが娘のコヨミであったのだが、コヨミが誕生してもアセナは妻を破壊したフルへの憎悪は変わらなかった。

 シビュラがファレグに何をされたのかは分からない……。 だが、その口ぶりからすると、シビュラの愛する誰かがファレグによって破壊されたと推測できる。 シビュラはファレグをこの手で消滅させる為に、マルアハの眷属(けんぞく)であるレヴェドと行動を共にしていたのである――。

 

 「――お前がいくら性能を強化したところで、ファレグには誰も勝てん。 ファレグを破壊する為にはベトールを破壊せねばならん。 そして、ベトールを破壊する為にはフルを破壊せねばならない……。 お前もそんな事くらい分かっているだろう」


 アセナはシビュラの数メートル前へ近づいて、デバイスを介してではなく声を出してシビュラを窘めた。

 ベトールを破壊する前にファレグと戦っても勝てる見込みは無い――アセナはシビュラが『復讐』の為に無意味な戦いを続けている事を苦々しく思っていた。


 「……分かっているみたい、そんな事」

 

 シビュラはそう呟くと、右手に持つ鉄パイプを漆黒の左手に持ち替えた。 アセナはシビュラが攻撃を仕掛けて来る事を警戒して、右腰にぶら下げているもう片方の長剣を抜いた……。


 「あのライコウというゼルナー、彼がもしレヴェドを破壊する事が出来たら、私は貴方達に協力してフルと戦うみたい」


 シビュラはレヴェドを破壊する事など考えていなかった。 ファレグと戦う為にレヴェドを利用していたから、レヴェドと戦う理由などなかったからである。 だが、それだけではない――シビュラは自分がレヴェドと戦っても勝ち目が無い事を知っていたのである。 したがって、もし、ライコウがレヴェドを破壊する事が出来るのであれば、今度はライコウに従ってファレグを破壊しようと考えたのであった。

 

 ――シビュラはファレグ以外のマルアハにはまるで興味がなかった。 当然「マルアハを全て駆逐しなさい」というマザーの命令にも興味がなかった。


 『ファレグを破壊する事こそ、器械として生まれた私の「宿命」だから……』


 シビュラは復讐という目的を内に秘め、そう思い込む事で自分の感情を押さえつけていたのである――。


 「――その前に――」


 シビュラの脳裏に過去の記憶が蘇った。


 「――貴方の性能が劣化していないかどうか、私が確かめてあげたいみたい。


 貴方と共にファレグと戦ったあの時と同じか、それ以上になっているかどうか――」


 シビュラはそう言うと、左手に持つ鉄パイプを再びアセナに向かって突き出した。 鉄パイプは左手の影に侵食されて黒い炎のような瘴気(しょうき)に包まれている……。

 アセナはシビュラが鉄パイプを突き出すと同時に後ろへ下がり、距離を取った。

 

 ――アセナは先ほど右手で投げつけた遠隔操作が出来る長剣を密かにシビュラの背後に移動させていた……。 背後の動きをシビュラに悟られないように、アセナはもう一方の長剣を抜いて攻撃する構えを見せてシビュラに近づいた。 その為、シビュラはより一層、前方のアセナだけに意識を集中させてしまった。 シビュラが鉄パイプを向けて攻撃しようとすれば、アセナは必然的に後ろへ下がって距離を取る。 シビュラはアセナが予想通りの動きをしたことで背後の事など気に留めていなかった――。


 「……暗黒子の集合体と結合したマナスは、空気中の物質の触媒となり――」


 シビュラが呟くと――鉄パイプの穴から勢いよく炎が噴き出して、アセナに襲い掛かった!


 「――あらゆる状態に変化させることが出来る」


 シビュラが話終わる前に、アセナは炎を真横に移動してかろうじて炎を避けた。 だが、思った以上に勢いが激しく、アセナが纏う司祭服の裾を焦がした。

 

 「……暗黒子を増幅させる左腕の装置『ダークマター』。 すでに、左腕は暗黒子によって消滅したものと見える……」


 アセナの指摘通り、シビュラの左腕はマナスと物質を結合させる触媒である暗黒子を増幅させる装置であった。 だが、その左腕は増幅し過ぎた暗黒子に侵食されてしまい、すでに機械の腕ではなくなってしまっていた。


 「心配無用……。 左腕が暗黒子に取り込まれても、自分の意思で動かせるみたい」


 シビュラは横へ避けたアセナへ再び鉄パイプから吹き出す火炎を浴びせかける――。


 「――これ以上、私の一張羅(いっちょうら)を焦がされては(たま)らん!」


 アセナは右手を前に突き出して手を開き、緑色のレーザーを炎に向かって照射した! レーザーは炎を消し飛ばし、シビュラに向かって迫るが……残念ながらシビュラの手前で威力が衰え、彼女へ当たる事はなかった。


 「ふふふ……。 やっぱり貴方、出力が衰えているみたい」


 シビュラはこの距離なら炎の威力でレーザーを無効化出来ると分かり、一定の距離を保ちながらアセナに火炎を打ち続ける――反対にアセナは五指(ごし)から銃弾を放ってシビュラを威嚇(いかく)しながら、炎が届かない位置まで後退した。


 「どこまで逃げ続けられる?」


 シビュラは火炎放射を止めると、今度は鉄パイプから暗黒子の(かたまり)を放った。 こぶし大の黒い塊は火炎放射より射程が長く、砲弾のように弧を描いてアセナへ向かって飛んで来た。 アセナが暗黒子の塊を避けると、背後の工場や地面へ着弾し、その瞬間大爆発を起こした。 そして、さらに周囲へ暗黒子を放射状に飛散させ、細かく飛び散った暗黒子の塊が再び建物や地面へ着弾すると、さらに爆発が起きて周囲を火の海にした。

 アセナは四方八方迫る爆発を避けながら、それでもシビュラに近づく様子を見せずに、シビュラが次の攻撃に移るタイミングを待っているようだった。

 シビュラとしては、近づく様子のないアセナにそのまま遠距離で攻撃を続けていれば、やがて、アセナが(しび)れを切らして近寄って来るはずだと考えていた。 ところが、アセナは一向に近寄る様子が無い――。


 「私に攻撃をさせ続けて、マナスを消費させるみたい? 相変わらず姑息(こそく)な手を使う……」


 マナスを纏った暗黒子の塊は、物質に付着すると大爆発を起こす。 その威力は大きい反面、暗黒子とマナスを結合させる為に膨大なエネルギーを消費する。 しかも、そのエネルギーを生み出すためにもマナスを使用するので、結果的に体内のマナスを大量に消費してしまうのである。 シビュラは他のゼルナーと比べてマナスの許容量が多く、マナスが枯渇する状況ではなかったが、一向に攻撃を仕掛けてこないアセナに少しイライラしたのか、アセナが避けられないような広範囲の攻撃をしようと、暗黒子の塊の砲撃を止めた。


 「もう、遊びは終わり――」


 漆黒の腕の形をした影は、手に持っている鉄パイプを再びアセナに向け、今度は凄まじい冷気のガスを噴射した! 空気を瞬く間に凍らせるガスは半径50キロにも拡大し、シビュラ以外の全ての物体を凍らせる。 ガスは空気を凍らせてキラキラと輝きながら、瞬く間にアセナの周りにも広がった――。

 

 シビュラはアセナを凍り付かせて動きを止め、接近して攻撃しようとしていた。 アセナはシビュラの思った通り、徐々に体が凍り付いていく――。

 ところが、アセナの体は凍結に強く、さらに“特殊装置”を起動させることにより、絶対零度の空間を移動する事さえできたのである。

 

 (――チャンス! 凍結ガスか!)


 瞬く間に全身が氷に覆われたアセナ……。 シビュラはその姿を確認すると満足そうにアセナへと近づいてきた。 シビュラがアセナに近づくと、凍結を免れた長剣がシビュラの後ろからゆっくりと接近してきた……。

 

 「勿体(もったい)付けずに、早く“あの姿”に戻っていればよかったみたい……」


 シビュラはそう言って「クスッ」と笑うと、暗黒子を(まと)った黒い鉄パイプを振り上げて、アセナを叩き壊そうと、大きく振りかぶった。


 「――!?」


 ところが、その時――アセナを覆う氷が音を立てて崩れ、アセナの様子が一変した!


 『警告!……メタモルフォーゼ「月狼」起動……真素残70 出力上昇……極大:225パーセント……フレーム耐久度減少:-30……アクセレレータ起動……残150S……149……148 内部温度上昇 冷却装置起動開始……1……2――』


 アセナのデバイスが展開しているフィールド上に赤い窓が表示され、多くの文字が流れて来た。


 「……懐かしい……」


 そう呟くシビュラの目の前には、銀狼のような獣へと変わったアセナの姿があった! 獣の姿に変わったアセナは瞬く間に身体を覆う氷を破壊し、振り下ろされた鉄パイプの一撃を(かわ)した。


 すると、その時――


 「――痛っ!?」


 背後から忍び寄っていた長剣がシビュラの背中に切りかかり、シビュラは身を怯ませた!

 

 「――衰えたな、シビュラ!」


 アセナはその隙を見逃さず、銀色に輝く毛に覆われた太い腕で繰り出した鋭い爪をシビュラに向けた。

 アセナは電光石火の一撃をシビュラに見舞ったが、シビュラはとっさに鉄パイプでアセナの攻撃を受け止める――すると、鉄パイプから閃光が発し――


 『――ドカンッ――』


 と大爆発が起こり、シビュラとアセナはお互い吹き飛ばされた!

 シビュラは爆発の勢いで後方へ吹き飛ばされ、背後に建っていた工場の壁に激突した。 壁はガラガラと音を立てて崩れ、工場からけたたましい警報音が鳴り響いてきた。


 「っく……ふふふ……確かに油断したみたい」

 

 誰もいない工場は排煙をモクモクと煙突から吹き出しながら、(むな)しく警報音を響かせている――。 シビュラは崩れた壁から起き上がり、アセナを見た。

 アセナはシビュラと一緒に吹き飛ばされたが、空中で身を翻し、ところどころ破れた司祭服以外は無傷のようであった。


 「――シビュラ、もう満足しただろう?」


 アセナはこれ以上、シビュラとの戦いを続けたくなかった。 これ以上戦えば、お互い深手を負うことは明白であったからだ。


 「お前は相変わらず、不器用な奴だ。 目の前の敵に集中すると、周りの事などお構いなしだ……」


 シビュラはアセナの指摘に何も言わずに、起き上がりアセナを見た。 銀狼の姿のアセナは腕を組んで得意そうに話を続けた。


 「先ほど、お前の背後に忍ばせておいた剣だがな、あれと同じような戦法をライコウ殿にやってみたのだが、ライコウ殿には気づかれてしまった」


 アセナはそう言うと、銀狼の姿からヒト型へと戻っていった……。 そして、深いしわを刻ませた頬を緩めるとシビュラに向かって笑顔を向けた。

 シビュラは微笑みながら近づいてくるアセナに呆れたように「――あんな姑息な戦法、誰でも分かるみたい……」と言って、左手に持っていた鉄パイプを地面に置いた。

 

 「――ハハハ! そんな姑息な戦法に、お前はまんまと引っかかったな!」


 アセナがシビュラに近づいて手を差し伸べる。 シビュラは埃塗れになったクロークを右手でパン、パンと払いながら、差し伸べたアセナの手を見つめると「ふふ……」と口角(こうかく)を上げて目を細めた。


 「貴方、昔と変わらないみたい……」


 シビュラはそう言うと、アセナが差し出した手を右手で(つか)んだ。


 ――


 アセナはシビュラに一緒にレヴェドを倒してバハドゥルを救おうと説得した。 ところが、シビュラはアセナの説得を受け入れなかった。


 「レヴェドは私達では倒せない。 たとえ、貴方と私が協力したとしても」

 

 アセナは何も二人でレヴェドと倒そうとは思っていなかった。 すでにレヴェドを倒すために管理棟へ向かっていたライコウの助力をしようとシビュラに言った。 ところが、シビュラはその提案にも首を縦に振らなかった。


 「……別にレヴェドに味方するつもりはないみたい。 でも、私が貴方達に協力する義理もないみたい。

 それに、さっきの黒い猫型の生き物――恐らくアイツはレヴェドと同じ、マルアハの眷属みたい? アイツとライコウなら、二人でレヴェドを破壊する事が出来る」


 シビュラはミヨシがイナ・フォグの眷属である事を知らなかった。 だが、ミヨシが凄まじい力を内包しており、レヴェドと同じく”器械ではない”という事は分かっていた。


 「貴方はライコウを助けようとする前に、あの”半人前のゼルナー”のお()りをした方が良い」


 「……ファルサ君の事か?」


 シビュラはアセナの問いにゆっくり頷いた。


 「あの少年が破壊されてしまうと、私も困ってしまうみたい……」


 何故、ファルサが破壊されるとシビュラが困るのか良くわからないが、シビュラはアセナにファルサを助けに行くべきだと主張した。


 「うむ……。 確かにファルサ君ではセヴァーを倒す事はまだ厳しいからな……」


 アセナの口からセヴァーの名が出ると、シビュラは思い出したようにアセナへ(ことづけ)をした。


 「あっ、それと――もし、貴方があの子を助けてセヴァーと戦うなら、セヴァーを破壊してはならない。 彼はマルアハとの戦いで必要な人材だから――」


 シビュラはそう言いうと、右手に持った鉄パイプをアセナの肩に当ててポン、ポンと肩を叩いた。


 「貴方なら分かっていると思うけど、念のため言っておくみたい」


 アセナはシビュラの託に(うなず)いて「その前にファルサ君達がセヴァーを破壊しているかも知れんぞ?」と肩を叩く鉄パイプを(わずら)わしそうに振りほどいた。

 

 「ふふ……それは無いみたい。 貴方がいなければ、セヴァー率いる管理者軍を四人のゼルナーだけで勝利する事は難しいみたい。 さっきのカエルのような器械が何匹いようと数の内に入らないから……」


 シビュラは悪戯(いたずら)っぽく微笑んだ。 アセナはシビュラの様子を見て肩を(すく)ませて(あき)れたように言葉を投げた。


 「――ふん、私がセヴァーを屈服させたとしても、奴が私達の味方になるとは限らんだろう?」


 アセナの言葉にシビュラは首を横に振った。


 「セヴァーもレヴェドの事を仲間だとは思っていやしない。 彼はただ強い器械と戦いたいだけの戦闘マニア……。 本当はライコウと戦いたがっていたようだけど、私がセヴァーをライコウから遠ざけたみたい。 ライコウにはレヴェドを破壊して欲しかったから、”あの子達”の策略にあえて乗ってあげてね」


 ――あの子達とは恐らくヘルペロの事だろう……。 ヘルペロはライコウがダルヴァザから街へ侵入して来ると吹聴(ふいちょう)し、管理棟の戦力を手薄にしようという策略を(ろう)した。 ところが、シビュラは二人の策略を見抜いており、逆に二人の策略を利用して、セヴァーを管理棟からダルヴァザへ向かわせたのであった。

 シビュラはレヴェドを裏切るつもりはなかった。 ライコウがレヴェドと戦い、レヴェドを破壊できるかどうか見たかったのである。 もし、レヴェドがライコウに勝利すれば、シビュラはレヴェドに従い、引き続きレヴェドと共にファレグと戦うつもりであったのだ――。


 「……ライコウがレヴェドを破壊すれば、セヴァーはライコウに従うみたい。 彼は強い者と行動を共にしたがるから」


 シビュラの言葉にアセナが口を挟む――


 「――だが、もしレヴェドがライコウ殿に勝利したらどうする? お前もセヴァーもレヴェドにつくのか?」


 アセナの問いにシビュラは平然と頷いた。


 「……当たり前。 ライコウよりレヴェドが強ければ、貴方がレヴェドに頭を(こす)り付けてフルの討伐をレヴェドに願い出るべき」


 冷然と言い放つシビュラにアセナは「それなら、猶更(なおさら)私がライコウ殿に協力しなければならん」と言うと、シビュラは「それは私が許さないみたい」と反発し、影のような左腕の瘴気(しょうき)を揺らめかせた。


 「……ファレグに手も足も出ないレヴェドに負けるようなら、ライコウなど私には必要ないみたい。 貴方がライコウを助けてはライコウの本当の実力が分からない。 だから、貴方は()()()()()ファルサを助けに行くべき」


 シビュラの意見にアセナは妙に納得した様子を見せて、シビュラの肩を叩いた。


 「……成程、お前はあくまでもファレグを破壊する事しか考えていないんだな。 だが、お前の想像よりも遥かにライコウ殿は強いぞ。 ハギトを討伐したのはアラトロン嬢の力があったからこそだが、そのアラトロン嬢を従えているのはライコウ殿だという事を忘れてはなるまい」


 すると、今度はシビュラが煩わしそうにアセナの手を払った。


 「……ふん。 アラトロンの力にだけ頼っているようでは、ファレグやベトールには勝てないみたい。 もちろん、ハギトを討伐した功績は認めるけど、それだけでライコウに従う気はない」


 シビュラはそう言うと、後ろを振り向いて一層へ続く大穴を見た。


 「――さあ、そろそろレジスタンスの集団がダルヴァザへ到着する頃。 貴方が早く助けに行かないと、管理者軍にたちまち全滅させられる」


 シビュラがそう言うと、左腕の黒い影がうっすらとシビュラの全身を(まと)う――すると、シビュラの体がゆっくりと浮き上がった。


 「――待て! お前は何処へ行くつもりだ?」


 一層へ続く大穴に向かって飛び立とうとするシビュラをアセナが呼び止める。 シビュラはアセナをジッと見つめて「お墓へ行くみたい」と言って、アセナの反論を待たずに言葉を続けた――。


 「――心配しなくても、ライコウとレヴェドの戦いに横やりを入れる事はしないみたい。貴方が()れ込んだライコウがどれ程強いのか、この目で確かめたいだけ」


 シビュラはそう言うと「クスッ」と微笑んで、さらに言葉を継いだ。


 「私が貴方に嘘をついた事はないみたい。 私の弟子は息を吐くように嘘を付くのにね」


 シビュラの言う『お墓』とは管理棟の事である。 何故、シビュラが管理棟をお墓と呼ぶのかは分からないが、アセナはその理由を知っているようだった。 アセナはシビュラを管理棟へ行かせまいと思ったが、シビュラが矢継(やつ)(ばや)に言葉を続けてアセナの反論を封じたので、アセナは反論する機会を失って不承不承(ふしょうぶしょう)シビュラの言葉に従った。


 「うむ……。 お前がレヴェドに助太刀をするとは思えんし、お前の言葉を信じる事にしよう」


 とはいえ、アセナは先ほどシビュラが言った言葉は否定せずにはいられなかった。


 「だが、お前は私に嘘をついている。 つい先ほども私に嘘を付いたじゃないか」


 アセナが腕を組みながら目線を上げてシビュラを見上げた。 シビュラはアセナが見つめている事を分かっていたが、目を合わせずに北へ視線を()らした。


 「……レヴェドは管理棟に居座っているが、管理棟の本当の姿を知らない……。 お前はレヴェドに管理棟の本当の姿を知られたくないから、レヴェドを監視しているのだろう?」


 アセナの問いにシビュラは答えをはぐらかした。


 「――貴方、女性を下から覗き込むような真似をしてはダメみたい」


 シビュラがそう窘めると、アセナは顔を赤くして俯いた。


 「ふふっ、貴方は本当に昔と変わっていないみたい」


 アセナの慌てた様子を見て、シビュラは茶目(ちゃめ)()のある笑顔を見せた。


 だが――


 「私はファレグを消滅させる為だけに存在している……。 レヴェドだろうがライコウだろうが、ファレグを消滅させる事が出来る者に従う。

 それに、管理棟の本当の姿はレヴェドには知る由も無い――マザーがレヴェドに言わない限りはね……。 もちろん、マザーは何も言わないでしょうから、アイツは何も知らずに勝手に居座っていれば良い。 管理棟の本当の姿は、私と貴方、そして”あの子達”が知っていれば良い事……」


 そう言葉を続けたシビュラは先ほどとは打って変わって、悲壮感の漂う(さび)しげな表情であった。


 「……シビュラ……」


 アセナがシビュラの言葉に再び顔を上げると、シビュラの悲し気な横顔がアセナの瞳に映った……。


 ――シビュラはそのままブーツの底から小さな爆発を起こし、上層で壊れた機械達を廃棄する為に造られた大穴を目指して飛んで行った……。

 その時、アセナはシビュラと共にファレグと戦った昔の事を思い出していた。


 「シビュラ……。 私と同じ愛する者を失った者……。 その憎しみはファレグを破壊せねば消えないと言うのか……


 ……我々器械は()()()()のように涙でココロを洗うことが出来ない。 だが、ニンゲンと同じく、ココロに憎しみを宿(やど)す事が出来る……消える事のない憎しみを……」


 アセナは恨めしそうに崩れた工場の(そば)に横たわる機械の残骸へ目を移した。


 「マザーは我々を創造し(たも)うた。 感情を授け、ニンゲンと同じように我々に愛を授けた。


 だが、ニンゲンが犯した(あやま)ちを、私達に繰り返させようとしている……」


 無残に破壊された機械を見つめながら呟いたアセナ……。 マザーへの不信感が垣間見える発言は、一部の器械達の言葉を代弁しているようであった。


 ――


 マザーは人間と同じような結末を器械に辿(たど)らせるつもりは無かった。 むしろ、利己的な欲望で自滅した人間を反面教師として、器械達には利他的な精神を醸成(じょうせい)させようとした。 だが、その方法が誤っていたのである。

 マザーは器械達を放任していた。 (ほとん)ど全ての決定を器械達に任せ、器械達の自由意志を尊重した。 母親が子供を野放しにしていれば、どうなる事か火を見るより明らかである。 しかし、マザーはそうは思っていなかった。 マザーは器械を製造した時、器械にこの世界の歴史や、倫理観などの知識を学習させていた。 したがって「人間の過ちを学習した器械達は、人間のようにはならない」と信じていたのだ。 それどころか、人間を復活させた(あかつき)には器械達に人間の教育を任せようとさえ思っていた。 器械の別名である『バトラー』という言葉には『執事』という意味がある。 すなわち、マザーは器械達が人間に寄り添い、人間が再び過ちを犯さないように正しい道へ導くサポートをする役割を期待していたのである。

 ところが、そんなマザーの期待に反し、器械達は人間が犯した過ちの事など「神による遠い世界の話」だと忘れ去り、かつての人間のように自分勝手に跳梁(ちょうりょう)するようになった。 何の抑止力も無い子供が利己的に振舞うようになるのは当然の事であるが、マザーにとっては予想外の結果であった。 まさか、人間の過ちを学習した器械達が、人間と同じ過ちを辿ろうとしているとは思っても見なかったのである……。


 マザーは器械に対しての接し方が間違っていたと認めていた。 だが、彼女はいくら器械達から不満や不信の声が聞こえて来ても自分の過ちを(ただ)そうとはしなかった。 器械達の政治に殆ど介入しようとせず、それどころか「器械達の中から自分が理想とする者を選別すれば良い」と開き直った。 表向きには機械を奴隷扱いする事に(あわ)れみを垂れるような事を口走るマザーであるが、その実、機械に対して何の同情も持っていないマザーを知れば、彼女が器械達から自分の考えに適した者を選別するなどと言う非情な側面を持っている事も納得するだろう。


 そもそも、彼女が人間を復活させ、再びこの星に人間を繁栄させようという目的は、本当に彼女が望んでいる願いなのだろうか?

 すでに多くのマナスが消費され、資源が枯渇しつつあるこの星に、いまさら人間を繁栄させる行動は愚行(ぐこう)であると思わざるを得ないのだが、彼女は本当にそのような愚行を夢見ているのだろうか?


 今までのマザーの発言を(かんが)みるに、彼女がそのような愚行を犯すようには思えない。


 すると、マザーが人間を復活させたい本当の理由は一体何なのか?


 その目的を知る為には、アザリアの正体を知る必要があった。 だが、アザリアの正体を知る為には、少なくともベトールを消滅させ『()しきラッパ』を手に入れなければ誰も知る事が出来なかったのである。

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