子供夫婦、空を見上げる
夢見る星――この星の空は常に強風が吹き荒れており、航空機を飛ばすことはおろか、鳥や虫、ショル・アボルさえいなかった。 上空の風は常に南へと流れていた。 星の南端に直径数十キロに及ぶ巨大な大穴がポッカリと空いており、バキュームのようにこの星の大気を引き寄せるのだ。 大穴の周囲は常に大雨が降っていた。 その大雨は器械達にとって有毒であり、1時間も雨に晒されれば体中が錆びてしまった。
この上空に居座る厄介な大穴は、リリム=スカイ・ハイ――ベトールによって作り出されたものであった。 厄災が起きてから500年後の事、マザーによって造られた器械達が順調に数を増やしていた中、この未曽有の危機が起こった。
ベトールが作り出した『裏側』へと続く大穴は、地上にある全ての物と地底の器械達を全て吸い尽くそうとした。 しかし、大穴が出現してすぐに二体のマルアハによって裏側は塞がれ、星は崩壊の危機を免れた。 ところが、二体のマルアハではベトールを破壊する事まで出来なかった為、大穴は巨大な渦となって上空に留まり、あらゆる方角から空気を集めた。 その為、今日に至るまで渦へ向かう強風を発生させていたのであった。
ベトールによって作り出された裏側を塞いだ二体のマルアハは誰なのか?
その答えは誰も分からなかった。 器械達は裏側を塞いだのはマルアハではなくマザーであると思い込んでいた。 彼らは二体のマルアハがこの星を救ったという伝説が誤りであり、マザーが一人でベトールと戦い、そしてこの星を救ったのだと考えたのである。
器械達の解釈は、彼らが「マザーはマルアハではない」と考えている事に起因していた。 ベトールと同じく傍若無人で冷酷なマルアハが、この星を救うためにわざわざ裏側を塞ぐとは考えられなかったからだ。 そんな事情もあって、ベトールによって引き起こされた世界崩壊の危機はマザーによって救われたという事が、器械達の共通の認識になっていた。
そんな暴風吹き荒れる空にも拘わらず、遥か上には燦燦と輝く丸い物体が穏やかな光を大地に注いでいた。 器械達は大地に光をもたらすその物体を『太陽』と呼んでいた。 だが、それは宇宙の彼方に浮かぶ天体である太陽とは似て非なるものであった。
その物体はマナスが集束した巨大なエネルギー体であった。 つまり、イナ・フォグが創り出した月のような物体と同じ物体であったのである。 このエネルギー体は不思議な事にたとえ厚い雲に遮られていても雲を透過して大地にまばゆい光を照らし出した。 そして、数十時間経過すると活動を停止し、光を放たなくなり――夜が訪れた。
夜が訪れると、エネルギー体は大地に放射されたマナスを吸収し、吸収したマナスによってボンヤリと光る。 その様子はまるで月のようであり、こうして一日のサイクルが永遠と続いていく……はずであった……。
――
桜色をした蛇の置物と化したイナ・フォグ――彼女はコヨミの頭に乗せられて、ラヴィと共にペイル・ライダーを回収して漸く地上へ戻って来た。 その頃、バハドゥル・サルダールへと向かっていたライコウ一行は、バハドゥルまであと百キロの場所でテントを張って休息を取っていた。
上空では薄暗い雲の集団が凄まじい速度で南へ向かって駆けて行く様子が見える――だが、雲の上で星を見守る太陽は大地を遮る雲などお構いなしに、暖かな光をライコウ一行に称えていた。
ライコウは派手な“どてら”を着ているカエル型器械のジャーベと何やら楽しそうに話をしていた。 白銀の鎧をすっかり脱いだ黒いアンダーシャツ姿の金髪の騎士は、膝の上に大きな黒猫の姿をしたミヨシを乗せて、背後に停車している大型の戦車にもたれ掛かりながらジャーベが得意げに話す武勇伝(法螺話)に耳を傾けて微笑んでいた。 ジャーベはライコウの興味深そうな様子を横目で見ながら、金属製のマグカップを片手に鼻を鳴らしてひたすら架空の物語をでっち上げ……いや、紡ぎ上げていた……。
彼らが休息している場所は、ファルサとジャーベがディ・リターへ向かう際にハイエナ型のショル・アボルと遭遇した場所であった。 草木一本生えていない赤い砂の荒地には、すでにアセナとライコウが破壊したショル・アボルの残骸があちこちに散らばっており、プスプスと黒い煙を上げていた。
――そんなショル・アボルの残骸が散乱する荒地では、長い黒髪を振り乱したファルサが土埃に塗れて苦しそうに「ゼエ、ゼエ――」と息を荒くして這いつくばっていた。
「……ファルサ君、マナスを燃料と混合させればエネルギー効率が上がるぞ。 やって見ると良い……」
ファルサに声を掛けている者は、ディ・リターのゼルナー『アセナ』であった。 アセナは逆立つ黒髪を風に靡かせて、腕を組みながらファルサが立ち上がってくる事を期待しているようだった。
彫刻のような深い年輪を刻んだ顔に穏やかな笑みを浮かべて、地に這いつくばるファルサを眺めているアセナ――身に纏った司祭服は腰に巻いた銀製のベルトでしっかり押さえており、両腰には身の細い剣を佩いていた。 風に靡いた裾からは深紅の裏地が見え隠れしている。 両手には革のような素材で造られた黒いグローブを身に着けており、司祭服の袖とグローブの間からは金属製の素肌をチラチラ覗かせていた。
――アセナはファルサに稽古をつけていた。 ファルサの体が訓練によって強化出来る伸び代があると思ったからである。
ファルサは自身の性能の半分も出し切れていなかった。 彼の体とマナスとの結合が弱いからである。 燃料チューブ、さらには中央処理装置まで、器械に備わっている全ての部品はこの星のエネルギーの源であるマナスと結合させる事が出来る。 マナスと結合する事でそれぞれの部品の性能が飛躍的に向上するのだ。 だが、マナスを物質に結合させる為には触媒となる素粒子が必要である。 体内を巡る燃料とマナスを混合させる事で素粒子が生成される。 また、マナスが混ざった燃料は熱効率が格段に上がり、少ない燃料で大きなエネルギーを生み出す事が出来るようになる。 つまり、生成された素粒子を触媒とし、膨大なエネルギーを利用してマナスと各部品を結合させる事が器械を強化させる為の方法であった。
だが、本来アニマから供給されるマナスは、器械の記憶装置と中央処理装置に働きかけ、自由意志と感情をもたらす機能しか持たなかった。 単にマナスが燃料に混入したところで通常は燃料と分離した状態であり、そのまま燃料だけが体内の各部品に供給される。 マナスを燃料と混合させるには、意思を持つ器械でこそ成し得る極限の集中力と精神力の鍛錬が必要であった。 さらに、アセナやライコウのような一流のゼルナーとなる為には、マナスと混合した燃料を用いた巨大なエネルギーで自身の骨格とマナスを結合させなければならなかった。
その結合の過程は全身が破壊される程の耐え難い苦痛を伴い、殆どのゼルナーはその苦痛に耐えきれずマナスと自身の骨格を結合する強化を諦めるか、中央処理装置が破壊されて精神が崩壊するかのいずれかであった――。
ファルサは、まだ燃料とマナスを混合させることが出来なかった。 したがって、彼は出力を上げると膨大な燃料を消費してすぐに燃料切れを起こす燃費の悪い体であったのだ。
「ハァハァ……んな事言ったって、結合する燃料なんてもう無いぜ。 俺はもうガス欠だ――勘弁してくれ!」
ファルサの体内に備わっている内燃機関はすでに大量の燃料を消費していた。 今更『マナスを燃料と結合させろ』と言われても、そもそも燃料が尽きてしまっては出来るはずもない……。
アセナの拷問のような特訓に音を上げたファルサ――着ている小汚いジャケットは、土埃に塗れてさらにボロ布のようになっていた。 自慢の黒髪も灰色に乱れきっており、処理装置は熱を上げて体から白い煙がモワモワと湧き上がっているという哀れな姿を晒していた。
「――馬鹿者! そんな弱音を吐いたところで、マルアハやショル・アボルが『はい、わかりました』と見逃してくれると思っているのか!」
ファルサを叱咤したアセナは、おもむろにファルサへ近づいたかと思うと、ファルサの腹を蹴り上げた――!
「――!? グヘェ――!」
数メートル上空へ蹴り上げられたファルサは、さすがにアセナの傍若無人な振る舞いに堪忍袋の緒が切れたのか――燃料が残り少ない事も忘れ、オオカミのような鋭い瞳を燃え上がらせて咆哮を上げた。
「――ウガァァァ!! ――クソが!」
まるでサッカーボールのように数十メートル先へ飛ばされたファルサは、唸り声にも似た怒声を上げて空中で身を翻し、地上に立った。
「――おい、オッサン! テメェ、いい加減にしろ!」
激昂したファルサは殺意の火を灯した瞳をアセナに向ける――。
「……ほぅ、やはり私の見る目は正しかった。 無意識のうちにマナスと燃料を結合させている。 やれば出来るじゃないか」
アセナは彫の深い顔に笑顔を刻ませて「その調子だ――」とまるでファルサを労うように『ポン、ポン』と手を叩いた。 だが、ファルサにとってはそんなアセナのしぐさは侮辱以外の何物でもなく、アセナを睨みつけたファルサは赤い腰布に挿した大きな柄の短剣を抜く――すると、短剣の周りに渦を巻きながら砂塵が集まり、瞬く間に竜巻のような砂嵐が短剣を纏った。
「――うむ! これは、素晴らしい!」
短剣から放たれる暴風はアセナを後退させるほどの威力であった。 アセナの後ろで戦車にもたれ掛かって雑談に花を咲かせていたライコウとジャーベも、凄まじい風が発生したことに気が付いて会話を止め、二人の様子を興味深そうに眺めていた……。
「おい、ジジイ! 俺の必殺の一撃、受け止められるモンならしてみやがれ!」
ファルサはうねりを上げて砂煙を噴き上げる剣をアセナに向かって突き出して、アセナを挑発した。
――ファルサは以前『セヴァー』というバハドゥルのゼルナーと戦った時に使った戦法を、アセナにも使おうとしていた。 挑発されたアセナがファルサの間合いに飛び込めば、ファルサの腕に仕込まれた迫撃砲によってアセナを怯ませ、隙が出来たところで暴風の刃と化した剣でアセナの体を真っ二つに切り裂こうと考えていたのであった――。
「……単純な男だ。 そんな挑発に私が乗るとでも思うのか?」
アセナはグローブをはめた指で鼻先を触れ「クスッ」とファルサを嘲笑すると、鼻先に持ってきた右手をそのまま上へ挙げる――すると、司祭服の袖がずり下がり、金属製の右腕が露わになった。
アセナの腕には幾何学的なライン状の紋様が刻まれていた。 ボンヤリと緑色の光を放っている紋様は複雑に絡み合いながら手の先まで伸びており、グローブの中まで続いていた。
(へへ、どうせ遠距離攻撃でもするつもりだろ――やってみるがいい!)
ファルサの剣はレーザーが飛んでこようが砲弾が飛んでこようが、その強風で押し返す事が出来る。 今までファルサはこの剣で防げなかった攻撃などなかった。 アセナが何か飛び道具を使う事は予想していたが、ファルサはこの剣の威力に絶対的な自信を持っていたので、回避する様子を見せなかった……。
――そんなファルサの様子をデバイス越しに見ていたライコウは、膝に乗っているミヨシを撫でながら「……うーむ」と心配そうに眉を顰めた。
「ファルサ様が本気を出しましたよ! さすがのアセナ様も、あの剣の攻撃は防げないでしょう!」
ジャーベは、ライコウが展開したデバイスのフィールドに映し出されたファルサの姿に期待を寄せて水かきのついた手に汗を握った。
「……そうは言ってものぅ。 あんな“あからさま”なカウンター狙いでは――」
ライコウが困惑した表情でジャーベを窘めようとした時、アセナが右手をゆっくり下げた。 すると、アセナの指から銃撃音と共に無数の銃弾が放たれた――!
ファルサは「予想通り――」と言った様子でしたり顔を見せて剣に力を籠めた。 すると、刀身に纏う竜巻があっという間に空高く伸び――周りの空気を吸い寄せながら、アセナが放った銃弾の軌道を変えた。
銃弾は剣が纏う竜巻に弾かれて軌道を変え、ファルサには一発も当たらなかった。
「へへっ――」
口角を上げて再度アセナにしたり顔を見せるファルサ。 だが、アセナは特段驚く様子も無く、今度は銃弾を放った右手のグローブを外し、前へ突き出して大きな金属製の手を開いた。
右腕に刻まれた幾何学的なライン上の紋様が赤色に光り、その光がラインに乗って手の平に集中する――すると、手の平から紅のエネルギー波が放たれ、ファルサへ迫った!
広範囲に横に広がりながら波のようにうねりながら迫るエネルギー波――ファルサが再び剣に力を籠めると、刀身に渦巻く暴風がさらに大きくなった。
「そんなもの、俺の剣で吹き飛ばして――!?」
ファルサは自身に迫るエネルギー波を弾き飛ばそうと剣を立てたが、アセナが放ったエネルギー波はファルサに向けてではなく――ファルサの手前の地面に向けて放ったものだった!
――エネルギー波が大地に着弾すると同時に、『ドン――!』と大きな爆発音とともに空高く砂煙が舞い上がった――。
「――クソッ!」
ファルサの視界を真っ黒な粉塵と砂煙が遮る! ファルサは慌ててデバイスを起動しようとするが――
「なっ――!?」
――すでに砂煙に紛れたアセナがファルサの背中へ移動しており、ファルサが目を見開いて驚愕するや否や、ファルサの背中に手の平を押し当てた――。
「――少し痛いぞ!」
アセナが叫ぶと、ファルサの背中に押し当てた手が緑に光った――そして、再び『ドンッ――!』という爆発音を残すと、ファルサは避ける間もなく前方へ吹き飛ばされた!
「――グァァ!」
まさか一瞬で後ろに回られるとは思わず、剣先にすべての力を集中させていたファルサは不意を突かれて前方の岩場へと吹き飛んだ!
「グヘッ――!」
ファルサが当たった岩場はその勢いで崩れ去り、ファルサは瓦礫に押しつぶされながら苦しそうに口からオイルを吐いた。
もうファルサの燃料は尽きかけ、マナスの貯蔵量もすでに半分を切っていた……。 先ほどまで竜巻を纏っていた剣は風のバリアが搔き消され、元の短刀へと戻ってしまっていた。 ファルサはもはや反撃する余力が残されていなかった……。
「――カウンターを狙うのも戦術の内。 だが、漫然と敵の攻撃を待っているようでは戦術とは言えん。 殻に閉じこもった亀が、殻の表面を武装して獲物を待っていても、獲物は誰も近づかんだろう?」
アセナは這いつくばるファルサを見下ろして忠告をするが、ファルサの耳にはアセナのアドバイスなどすでに聞こえていなかった……。
「ファルサ様――!」
コテンパンにやられたファルサを心配して、ジャーベがピョコピョコと四つ足で飛びながらファルサへ駆け寄った。 ジャーベは二本足で走ることも出来るが、四つ足で飛びながら走った方が移動速度は速い――ファルサの事を心配して思わず四つ足で駈け出したのだ。
ジャーベの後ろからは、ライコウがミヨシを抱きながらゆっくりアセナとファルサの傍へ近づいてきた。
「ファルサ様、しっかり!」
ジャーベが心配そうにユサユサとファルサの体を揺らすと、ファルサは痛々しい煤けた顔をジャーベに向け、力なく微笑んだ。 その目はすでに牙を取られた狼のように弱弱しい子犬の目をしていた。
ライコウはファルサの様子を見て、隣で腕組みをしているアセナに向かって苦言を呈す――
「――これ、これ、アセナよ。 お主、ちょっとやり過ぎじゃないか? これでは訓練ではなく“折檻”ではないか。 まったく可哀そうに……のぅ」
ライコウはそう言うと、片腕に抱いていたミヨシの丸いお尻をペシペシと叩いて、ミヨシを起こした。
「うにゃ……ライコウ様、何ですかぁ?」
眠そうな赤い瞳をうっすら開いて、萎れていた髭をピンと伸ばした三日月の印を額に刻んだ黒猫が不満そうな声を上げた。
「ミヨシよ、お主の力でファルサの体を修理してくれぬか?」
ファルサの体からはプスプスと黒い煙が湧き出ており、おそらく体内の部品のいくつかが破損しているようだった。
ミヨシは「……うにゃ……」と気だるそうな声でライコウに返事をして、ライコウの腕からスルリと離れて地上へ降りた。 そして、ファルサの傍へと近づこうとしたが――アセナがミヨシの頭をポンと抑えてミヨシを止めた。
「ライコウ殿、お言葉ですが私は致命傷を避けようとしたつもりで出力を半分に抑えていた……。 したがって、ファルサ君に治療を施すなど甘え――」
アセナはそう言って、ファルサに自己修復機能を使って自力で修理するように促した。 ところが、ライコウは頭を振ってアセナの言葉を否定した。
「……あのなぁ、気持ちはわかるがファルサはまだマナスをうまく使いこなせておらん。 まずは己の性能を客観的に知らねばならん時期じゃ。 訓練などそれからでも遅くは無い」
ライコウは心の中で(こ奴の下についている部下はさぞ苦労している事だろう……)とアセナの部下達に同情した。
ライコウがファルサに哀れみを垂れている間、ファルサは先ほどまでの犬の目を再び狼の目に変えて歯を食いしばった。
(――クソッ! ライコウ殿に同情されるようじゃ……こんな事じゃ、俺がシャヤや皆を護る事なんて……)
ファルサは力を振り絞り、体を起き上がらせようと「グァァ――!」と気合の声を張り上げた。
「――!? あぁ、ファルサ様、無理しないで!」
苦しそうに起き上がろうとするファルサに、ジャーベは慌ててファルサ体を押さえつけて、ミヨシへ助けを求めるように狼狽した顔を向けた。
すると、ミヨシはヤマネコのような大きな体で軽やかに飛び上がり、ファルサの胸へ『――ドカッ!』と着地した。
「グヘェ――!!」
ミヨシに乗られて呻き声をあげて、再びバッタリと倒れるファルサ……。
「――ほら、大人しくして下さい!」
ミヨシはそう言うと、ファルサの胸の上で前足を踏み踏みしだした。
「――!? おお、これは――!」
ミヨシが足踏みし出すと、ファルサの胸に温かい何かが注ぎ込まれているような感じがした。 ファルサはデバイスを起動させ、自身の体の状態を確認する――すると、不思議なことに燃料が補給されており、高温により暴走していた中央処理装置も正常に戻っていた。
「――ほら! ボサッとしてないで、貴方も自己修復装置を使用して内部装置を修理するんですよ! 全く……」
ミヨシはファルサの胸を踏み踏みしながら、気持ちよさそうに目を細めるファルサを叱った。 ファルサはミヨシに燃料を補給してもらったおかけで、自己修復機能が使用できるようになり、自身でも体内の破損した部品を修理し始めた……。
そんな二人の様子をジャーベはホッとした様子で眺めており、ライコウは「やれ、やれ」と言った様子で肩を竦めてアセナへ顔を向けた。 アセナは不満そうな顔でファルサの様子をジッと眺めている――。
「……アセナよ。 お主が早くファルサを一人前のゼルナーに育てたいと思う気持ちはわかる。 だが、マナスを使いこなせていないファルサに一体何を教えると言うんじゃ。
ファルサがやらねばならん事は、燃料とマナスをうまく混合させて、基礎体力をつける事。 そして、マナスと己の体を結合させることじゃ。
それをせずにお主と特訓しても、ファルサが故障するだけで何も得るべきものはない」
ライコウの説得にアセナはファルサから視線を外さずに「うん、うん」と頷いた。 ファルサはそんな二人の様子を面目なさそうに目を窄めて眺めている……。
「うむ……。 しかし、もう少し楽しませてくれると思ったのだがな……」
アセナが残念そうに呟くと、ライコウが「……そんなに運動したいなら、ワシがお主の相手をしても良いぞ」とアセナとの立ち合いを申し出た。
ライコウの意外な申し出にアセナは目を見張ってライコウに顔を向け――そして、銀色の瞳を細めて嬉しそうに申し出を受けた。
「それは面白い! では、さっそく君の実力をこの目で確かめてみることにしよう!」
――アセナはファルサとの訓練が不満であった。 もう少しファルサに手ごたえがあればストレス解消になったのだが、ファルサが思った以上に未熟であったので、力を持て余してしまった。 そんな中、ライコウから立ち合いの申し出があったので、嬉々としてその申し出を受けたのであった――。
――
すっかり戦いの準備を整えたアセナは、一キロ先に対峙するライコウの姿を見据えていた。
ライコウは黒いアンダーシャツ姿で兜も鎧も着ていなかった。 身に着けている装備は内側から七色の光が輝く左手のグローブと右手のガントレット、両足のレガースと一体になった金属製のブーツであった。
ライコウはそんな軽装でアセナと対峙していたのである。 アセナは事前に「装備を整えたらどうだ?」とライコウに勧めたが、ライコウは「……まあ、すぐに終わるから必要ないじゃろ」と放言し、アセナを少しムッとさせた。
「……君はなかなかの自信家だな」
アセナはそう言うと(せいぜい、私を甘く見ないことだ……)とココロの中でライコウに忠告し、ライコウとの距離を詰めた。
ファルサはミヨシに袖を咥えられて引き摺られ、ジャーベと共に戦車の傍へ戻って来ていた。 ミヨシの治療のおかけですっかり元気を取り戻したファルサは、上着についた泥を払いながらアセナとライコウの様子を見ていた。
――すると、ファルサのデバイスにライコウから通信が入った。
『ファルサよ、よく見ておるのじゃ! カウンターというのは、ただ敵の攻撃を待つだけではいかんのじゃ――』
ライコウはファルサにそう言うと、剣を構えた。 対するアセナも両側の腰に佩いた双剣を引き抜いた。 二人は数百メートルの距離まで近づくと立ち止まり、真正面で向かい合った。
(俺と戦った時はあんな武器など使わなかった……)
アセナが初めて見せた漆黒の双剣は柄に赤い紐が付いたサーベルのような形をしていた。 空から降り注ぐ太陽の光に照らされて怪しく光る刀身は、その切れ味の良さを窺わせた。 ファルサは思わずその様子に息を飲んだ。
対するライコウは飄々とした様子で、青い真っすぐな瞳でアセナを見据えていた。 時折風が吹くと、目元までかかる金髪の髪を靡かせた。
ライコウは兜を被っていなかったが、デバイスを起動させていた。 ライコウのデバイスは兜のシールドではなく、彼の青い瞳がデバイスそのものであったのだ。 ライコウは瞳からフィールドを発生させ、その立体的な空間から出現した緑色の枠をした窓に表示された情報を見た。
『――!注意……超高圧発電装置「ヴァジュラ」起動開始……真素残100……』
ライコウのデバイスに情報が表示されると――左手に持つ剣から凄まじい電流が流れだした! 周りの空気が全て吹き飛び、ライコウの足元の小石が無数に浮き上がる――。
「なっ、なんだアレは!?」
ライコウの姿に驚愕して目を見張るファルサ――想像以上のライコウの出力に思わず身震いをした。
ファルサと同様にアセナもライコウの想像以上の出力に思わず剣を固く握りしめ、ライコウが初手に繰り出す攻撃を予測した。
(……この構え、ファルサ君と同じくカウンター狙いか?)
ライコウは剣を水平に構え、まるで居合のような態勢でアセナと対峙していた。 間合いに入ったら一瞬で切り裂かれそうな威圧感を持ったライコウの構えを見たアセナは、ライコウがファルサと同じくこちらの攻撃を迎撃しようと考えているのではないかと疑った。
アセナはライコウの戦略を予想すべく、右手から緑色のレーザーを照射した。 レーザーはライコウのいる場所の少し手前で着弾し、緑色の粒子を大量にバラ撒いた……。
この緑色のレーザーは、ファルサに向けて放った赤いレーザーとはまるで別物であった。 赤いレーザーによる攻撃は単にエネルギーを凝縮させて放たれるレーザー砲であるが、緑色のレーザーは細かい粒子を大量に照射する粒子砲であった。
この粒子はデバイスのカメラ性能を著しく低下させ、周囲の索敵を困難にする効果があった。
「むっ、何じゃ、この粒子は――!? 視界が遮られるぞ!」
デバイスを展開させて360度の視界を確保していたライコウであったが、緑色の粒子がバラ撒かれた瞬間にデバイスの画像が乱れ、デバイスによる周囲の確認が困難となった……。
――アセナはライコウの次の行動によって、自身の攻撃方法を決めようとしていた。 もし、ライコウが粒子を嫌って移動するのであれば、ライコウが作った迎撃の型が崩れる事になる。 その場合、アセナは接近戦を仕掛けるつもりであった。
だが、ライコウがその場を動かなければ、ライコウがしつこくカウンターを狙っているだろうと考え、左手に持ったサーベルをライコウに向かって投げつけるつもりであった――。
ライコウはその場を動かなかった……。
「――やはり、カウンターを狙っているようだな。 迂闊に近づけばあの凄まじい出力の剣で切り裂かれそうだ……」
(もし、私がサーベルを投げれば、恐らくライコウ殿は構えを崩さぬまま横へ動いて避けるはず。 そして、私がライコウ殿に向かって飛び込んで来る瞬間を待つに違いない……)
――アセナはそう思いながら、敢えてライコウの思惑通り、サーベルを投げると同時にライコウに接近して正面から攻撃を仕掛けようとした。
アセナの機械式のサーベルには追尾機能が備わっていた。 もし、ライコウがサーベルを躱しても、サーベルはライコウの背後で自動的に転回し、ライコウの背中目掛けて鋭い刃を向ける。 サーベルを投げると同時にアセナが前に出る事により、ライコウはサーベルを避けた後も、前からの攻撃に意識を集中させて迎撃の態勢を取らざるを得ない――その瞬間、ライコウの背後からサーベルが飛んできてライコウの背中に突き刺さる……。
つまり、アセナは後ろからのサーベルによる攻撃と自身が繰り出す攻撃によって、ライコウを挟み撃ちにしようと考えたのである。 周囲の視界が悪い状況では、本能的に前方へ意識を集中しがちである。 後ろから飛んでくるサーベルの事など気付かないはずだとアセナは予想したのであった――。
「――食らえっ!!」
アセナは思わせぶりな掛け声でライコウの意識を前方へ集中させ、ライコウ目掛けてサーベルを投げつけた――!
――だが、アセナの予想に反して――
「――何っ!?」
――なんと、ライコウは一直線に迫るサーベルに向かって駆け出すと、そのままサーベルの攻撃をスライディングで掻い潜り、瞬く間にアセナへ接近して来た!
予想しなかったライコウの攻撃に一瞬戸惑ったアセナであったが、すぐにもう一本のサーベルを引き抜いて防御態勢を取る。 ところが、ライコウはアセナに近づいたかと思うと、目の前でくるりと後方へジャンプしてアセナに向かってガントレットに仕込まれた大砲を発射した!
砲弾はアセナの目の前で炸裂し、爆発音とともに砂煙を巻き起こしてアセナの視界を遮った。
「……くっ、先ほど私が仕掛けた攻撃の真似か!」
――アセナの予想は半分当たっていた。 だが、ライコウはアセナの真似をしただけではなかった。 アセナが飛ばしてきたサーベルがただのサーベルではない事に気づいていたのだ。 ライコウは、アセナがサーベルを投げると同時に前へ出ようとした動きを見て、サーベルの攻撃が囮であると瞬時に判断した。 そこで、この場に留まる事が危険であると判断したライコウは、逆にアセナの行動を封じようと正面から接近したのであった――。
アセナが先ほどライコウへ投げつけたサーベルはまるで遠隔操作でもされているかのように、空中にいるライコウの下を潜り抜け、アセナの左手へと戻って来た。
「ククク――! ライコウ殿、砂煙で視界を遮ったつもりだろうが、君の左手から放たれる光が、君の位置を教えてくれる!」
アセナはそう言うとサーベルを右手から離し、ライコウのグローブから放たれている光に向かって右手を開き、出力を上げた!
「――手加減はせん! 壊れるなよ!」
アセナが叫ぶと同時に突き出した掌が紅に光り輝き――エネルギー波のような広範囲なレーザーが放たれた!
「――あっ! アレは――!?」
二人の戦いを凝視していたファルサが思わず叫んだ――砂煙の中でアセナと思しき人影が上に向かってレーザーを照射した瞬間に、その懐に入り込もうとするもう一人の影が見えたのだ!
――その人影にアセナが気づいた時にはもう遅かった……。
アセナは突き出した右腕をライコウに取られて投げ飛ばされ、全身を激しく地面へ打ち付けられた!
「――グアァァ!!」
苦しそうに口からオイルを吐き出すアセナの顔に剣の切っ先が迫った――。
「――ほれ、これでワシの勝ちじゃ!」
――アセナはライコウのグローブの光を見てライコウがまだ上空にいると思い込み、意識を上へと集中し、前のめりに右腕を突き出してレーザーを放った。 レーザーは発射した時の反動が大きく、アセナは反動を少しでも和らげようと前傾姿勢になったのだ。 だが、レーザーを放った後は反動から解放され、一瞬体は前へつんのめる――その瞬間をライコウは見逃さなかった。
レーザーを照射した腕をアセナが下げる前に、ライコウは懐に入り込んでアセナの腕を取り、アセナが前へつんのめる力を利用して彼を投げ飛ばしたのであった――。
アセナは背中を激しく打ち付けられた拍子に体内の冷却装置が破損した……。 これ以上戦うとオーバーヒートを起こしてしまう為、アセナは目の前に迫るライコウの剣の切っ先を見ながら両手を上げて降参の態度を示した。
「――さすがだな、ライコウ殿。 まさか、左手を外すとは思わなかった」
ライコウは空中でグローブごと左手首を切り離し、左手を空中に残したまま砂煙に紛れて地上へ降りた。 空中に残ったグローブは光を放ち、アセナにライコウがまだ空中に留まっていると誤認させた。 もし、目視ではなくデバイスを使用してライコウの位置を確認していれば、ライコウの小細工など容易に判断出来たはずである。 ところが、アセナは自分のカメラの性能に自身を持っていたのか、デバイスを起動せずにライコウの姿を確認しようとした。
アセナはライコウの事を『自信家』だと言った。 だが、実際はアセナの方が自信家であった。 彼の自惚れによる慢心が、ライコウの単純な小細工に気付けなかった原因だったのである。
ライコウから自身の自惚れを指摘されたアセナは、ライコウから差し出された手を掴み、苦笑しながら立ち上がった。
「――ご指摘の通り、私とした事が自分の性能を過信して慎重さに欠けてしまった。 全く、弁解の余地が無い」
ライコウの手を借りて立ち上がったアセナは、ホコリ塗れの司祭服をパンパンと払いながら言葉を続けた。
「――ライコウ殿、良い刺激になった。 また、機会があれば手合わせ願いたい」
アセナがライコウに向かって微笑むと、ライコウは外した左手を装着しながら笑顔で頷いた。
――
ライコウとアセナの手合わせの後、三人と一匹は再びバハドゥルへ移動を開始した。 ファルサはミヨシが操縦する戦車のハッチに腰を降ろしながら、先ほどライコウから教えられた言葉を思い出していた……。
……
『――ファルサよ、カウンターを狙うのであれば、闇雲に敵の攻撃を待っているだけじゃいかんのじゃ。 相手のクセを知り、行動パターンを推測した上で攻撃を誘う――そうでなければ、成功するか否かは単なる可能性の問題になる』
『戦いにおいて、不確かな要素は排除するべきじゃ。 敵に勝利する蓋然性を高める為には、敵の事を知らねばならん。 だが、最も大事な事は、自分自身を良く知る事じゃ』――
ライコウは、敵の事を良く知ったとしても、自身の性能も把握できていない者が敵に挑めば一勝一負――つまり、勝ったり負けたりを繰り返すだけだとファルサに言った。 敵に勝利する為には自身の性能を理解した上で敵を良く知る事――そうすれば、100パーセント負ける事は無い。
『――己の性能と比較して敵の性能が優れているなら、詭道を弄して勝利する方法を模索する。 全く勝利できる見込みが無ければ、戦わずして逃げる。 己の事を知らん者ではそんな判断も出来ん……。
その結果、もし戦わずして逃げたとしても、そもそも戦ってもおらんので負けた事にならんじゃろ?』
ライコウはそう言って『ガハハ――』と笑った……。
……
「……俺がまずやるべきことはマナスと燃料を常時混合出来るようにして、マナスとこの体を結合させる事か」
ファルサは自信なさげに「ハァ……」とため息を漏らした。
(そうは言っても、どうやったら……。 ライコウ殿は「マナスに意識を集中するのじゃ」などと訳の分からない事を言っているし、アセナ殿に至っては「気合が足らん」と教える気が全く無い……)
ファルサが丸いハッチの上でゴロンと横になって、砲身の下を見る――すると、少年のような顔をしたライコウがスヤスヤと気持ちよさそうに眠っており、何故かその隣にはジャーベが一緒になって“どてら”から銀色の腹をさらけ出してイビキをかいて眠っていた。
そして、砲身の上にはアセナが直立不動で前を見つめており、ファルサはアセナの背中に目を遣るや否やイヤな予感が頭をよぎったので、すぐに目を逸らして寝たふりをした……。
(……もう、アセナ殿にはコリゴリだ……)
目を瞑ると愛しいシャヤの姿が脳裏に浮かんできた。
(ああ、早くシャヤに会いたい……)
……バハドゥルへ到着するまでの間、ファルサは戦車に揺られながら眠りについてしまった。
――
バハドゥル・サルダールは大規模な内戦状態となっていた。 管理者の長であるレヴェドの圧政に耐えかねて市民が蜂起し、革命派のゼルナー達と合流して反体制組織――レジスタンスがつくられた。 レジスタンスは機械解放同盟と合流し、瞬く間に管理者達を脅かす一大勢力へと拡大した。 そして、何者かが管理者達の居住区を爆破させた事が発端となり、管理者達との間で大規模な内戦へ発展したのである。
街の至る所では、多くの建物が崩壊して黒い煙を立ち上らせていた。 およそ二か月前は賑やかであった街の中心部は、今や殆ど人気が無く、静寂に包まれていた。 ひっそりとした中心部は破壊されたゼルナーの残骸や、争いに巻き込まれた市民の遺体が放置されている悲惨な有様であった。
大聖堂へ続く広場の前にも器械達の姿はなかった。 大聖堂の門は、混乱の中で無造作に開け放たれていた。 敷地内には丸い石段の上に飾ってある石板のようなモニュメントがあり、爆発によって煤を被って汚れていた。 煤を丁寧に払ってモニュメントに彫ってある文字を見ると、マザーを称賛する文字が刻まれていた。 だが一方で、その文字の横には誰が書いたか不明だが、この混沌とした現状を何ら是正しようとしないマザーに対する恨み言が小さい文字で書かれていた……。 市民の中には内戦状態となった街に介入しようとしないマザーに対し、失望し、不満を持っていた者も少なからずいたのである。
マザーは器械達が自分に対して不満を抱いている事を知っていた。 場合によってはマザーから独立しようと声を上げる器械も出て来るかも知れないという事も……。 しかし、それでもマザーは器械達の争いに介入しようとする姿勢を見せなかった。
――何故、マザーは器械に不信感を持たれても、器械達の争いに介入しようとしないのか? イナ・フォグとラヴィがマザーに会った時、マザーはその理由を二人に答えていた。
一つは争いの原因をつくったレヴェドがオフィエルの眷属であった為マザーがレヴェドを破壊する事が出来ないという理由。 もう一つは器械達の自主性を重んじるという自身の理想があるからだと……。
だが、その二つの理由は単に表向きの理由に過ぎなかった。
彼女には誰も知らない秘密があった……イナ・フォグはもちろん、ヒツジとライコウも知らない秘密が。 その秘密が原因で器械達に積極的な介入が出来なかったのである。 そして、その秘密のせいで、彼女は自身の発言と行動にしばしば矛盾が生じていたのであった。
また、彼女の秘密はライコウとヒツジに密接な関わりがあった。 特にライコウ――今の彼は過去の記憶が失われていたのでマザーの秘密に気づく事など出来なかったが、彼がマザーの“真の姿”を見た時、忘却の彼方に置いてきた彼の記憶をもしかしたら取り戻す事が出来るかも知れないだろう――。
市民の反乱がおこった当初はレジスタンスが優勢であった。 レジスタンスは管理者の居住区に侵入し、居住区ではレジスタンスと管理者達による激しい戦闘が連日行われていた。 管理者達の居住区を護るバリアはどこからともなく現れたドローンによって破壊され、バリアを失った居住区に怒りに満ちた市民たちの咆哮と管理者達の怒号が響き渡っていた。
けたたましい警報が日夜鳴り響き、その都度砲撃による爆発音が警報の音を掻き消す。 警報の音の代わりに聞こえてくるのは市民の悲鳴。 そして、管理者の水のような剣によって切り裂かれ、オイルをまき散らしその場で爆発を起こすレジスタンスの悲痛な叫び。 上空では円盤状のドローンや、チタンのような球体に細い節のような腕が付いた一つ目の機械が飛び交っており、お互い激しい銃撃戦を行っていた。
美しいガラス張りの街並みは、砲弾とレーザーの雨を浴びて粉々に崩れ、赤い炎や青い炎を上げていた。 居住区は、ガラス片と壊れた器械の鉄くずが散乱する混沌とした街並みに様変わりしてしまった。 だが唯一、破壊された建物の奥に聳え立つ紫色の水晶のような管理棟は傷一つ無く、まるで市民達の反乱を『無駄な抵抗』だと言わんばかりに怪しく光り輝いていた……。
管理者達はレヴェドによって強力な性能を誇る武器や防具を貸与されており、抵抗する市民を悉く破壊した。 そして、レジスタンスに味方するゼルナーも、彼らの使用する水銀のような液状の武器に為すすべなく破壊された。
――そんな中、管理者達を苦しめたのが機械解放同盟のメンバーである二人のゼルナーによる攻撃であった。 二人のゼルナーは管理者達のデバイスにも察知されることなく行動する事が出来た。 しかも、二人が製造した特殊なドローンは管理者達が身に纏う堅固な鎧を管理者もろとも一瞬で破壊した。 武力と物量で圧倒的に優位な管理者達に一か月以上も抵抗することが出来たのは、二人のゼルナーの力が大きかった。
だが、そんな二人のゼルナーだけでは、レヴェドの側近であるセヴァーやシビュラといったゼルナー、高性能な武器を装備する管理者達に太刀打ち出来ず、レジスタンスは徐々に劣勢になっていき、ついには彼らの拠点であった都市の南端にある廃倉庫へ撤退を余儀なくされた……。
今や、彼らはゲリラ的にドローンを使った空爆や管理者の居住区を狙ったテロ行為などの姑息な手段を使わざるを得ない状況まで追い詰められていたのであった――。
――
街の南端にある古びた倉庫や工場が立ち並ぶ地区――そこには使い古した多くの機械が打ち捨てられていた。
ファルサの恋人であったシャヤもかつてこの地区の解体作業場へ捨てられ、ファルサに助けられた。 壊れた機械は解体作業場にて解体された後、廃棄物処理施設に集められた。 地下をさらに掘り下げて造った地獄の釜のような処理施設へ投げ込まれた機械は、隣に建設されている巨大な溶鉱炉にて鉄片残さず溶かされる。 跡形も無くこの世から消滅する時を待っている機械の残骸からは、時折『――ヒィ、ヒィ――』という悲し気な音が聞こえて来た……。 この音は錆び果てて穴が開いた機械に換気風が吹く事によって起こる共鳴であったが、管理者達は町のはずれにあるこの処理施設から響く音を『悪魔の声』だと恐怖し、近寄ろうとしなかった。
機械解放同盟のアジトはこの処理施設に隣接した廃倉庫であった。 管理者達が気味悪がって近づかない場所だという理由からこの廃倉庫がアジトとなったのだが、いくら人目のつかないところにアジトを作っても、市民の行動を監視できる管理者達には容易に発見されてしまう。 そこで、機械解放同盟は管理者の目を盗み、管理者に気づかれないように行動する為に二人のゼルナーの能力を使って、廃倉庫を遮蔽したのであった。
二人のゼルナーは特殊な装置を製造し、管理者達に気づかれないように行動する事が出来た。 そして、その装置は二人だけでなく、仲間達や建物にも使用することが可能であり、機械解放同盟の本部である倉庫を隠すのに一役買っていたのである。
――
機械解放同盟のアジトでは、包帯のように白く平べったいダクトを全身に巻いたゼルナー『アミ』が忙しそうに走り回っていた。 彼女は寝る間も惜しんで負傷した仲間を修理していた。
倉庫内では夥しい数の負傷した仲間や市民が収容されていた。 破壊された腕からオイルを垂れ流して呻き声をあげている者や、処理装置が暴走して冷却装置に入ったまま微動だにしない者、そして、すでにアニマに傷を負い機能を停止した器械――死亡した器械は爆発の被害を防ぐため、核シェルターのような部屋に厳重に保管されていた。
ファルサと常に行動を共にしていたディー・ディーとネマは、幸い故障無く元気であった。 半数近くの器械達は正常な状態であったが、故障した器械を修理する事に忙殺されて、管理者を攻撃するどころでは無かった。
「――アミ、ファルサ様から何か連絡はあった!?」
卵のような丸い顔に付いた楕円形の二つの目をチカチカと光らせ、アミの方へ顔を向けるディー・ディー。 彼女の傍では蟻のような外見をしたネマが、煙を出して床に横たわっているブリキのロボットのような器械に、冷却水を浸したシートを被せていた。
「まだ、何の連絡もないの! そんな事より、私達はファルサが来る間に出来るだけ皆を助けるの!」
アミの返事に、ディー・ディーは不満そうにライトを赤く点滅させて、何も言わずにネマの方へ顔を向けた。 ネマは同盟のメンバー達と共に、苦しそうに横たわる負傷者に次々と冷却シート被せており、ディー・ディーがこちらを見ている事に気づいていないようだった。 黒い触覚をピコピコと動かしながら無我夢中で器械達を助けようと必死になっているネマの姿を見ると、ディー・ディーは黙って冷たい液体の入ったタライのような機械に浸されている冷却シートを取り出し、ネマ達と一緒に横たわる器械達を介抱し出した。
――ディー・ディーやネマはゼルナーではなく、一般の器械であった。 したがって、ゼルナーであるアミとは違いデバイスを装備しておらず、ファルサと連絡が取れなかった。 アミや仲間のゼルナーはファルサと自由に連絡を取ることが出来たのであったが、彼女達は内戦が始まって以来、一度もファルサと連絡を取っていなかった。
当初こそ管理者の居住区へ侵攻し、レヴェドのいる管理棟へ迫る勢いだったレジスタンスは、もはや管理棟から出撃してきた高性能のゼルナー達の力に押し返され、撤退を余儀なくされた。 その過程で戦力の三分の一を失う甚大な被害を受け、負傷者の手当に忙殺されて、再び管理者エリアへ侵攻する余力などなかった。
しかし、それでもレジスタンスのゼルナー達はファルサに助けを求める連絡をしなかった。 何故、彼らはファルサに連絡をしなかったのか?
それは、レヴェドと行動を共にする『シビュラ』というゼルナーの存在があったからである。 シビュラは特殊な電波をバハドゥルの町全域に張り巡らせて、バハドゥル内から発信されるデバイスの通信を傍受する事が出来たのであった。
つい先日まで、シビュラは監視塔『イリン』に滞在し、マルアハ『ファレグ』の動向を監視していた。 ファルサがアミから「レヴェドの手からシャヤを救い出した」という報告を聞いた時、シビュラはまだイリンにいた。 ところが暴動が起こり、内戦が始まるとシビュラはレヴェドに呼ばれてバハドゥルへ戻って来たのである。
シビュラがバハドゥルへ戻ると、デバイスで連絡を取り合っていたレジスタンスのゼルナー達の会話は悉く傍受され、作戦が筒抜けになった。 したがって、デバイスで連絡を取り合う事が不可能となり、レジスタンスのアジトはシビュラからの盗聴を防ぐ為、子供型の二人のゼルナーによって製造された障壁をアジトへ張り巡らせた。
障壁を張れば内部の通信は遮断され、外部へ連絡を取る事が出来なくなる。 アミ達は通信の傍受から身を護る代わりに、ファルサと連絡を取る事が出来なくなってしまったのである。
だが、ファルサから発信する外部からの通信は障壁を通過してアジトにいるゼルナー達に届いた。 シビュラといえど、外部から入って来た暗号化された通信を容易に解除する事が出来なかったからである――。
「――ところでディー・ディー、ヘルートとペロートは何処へ行ったの? 昨日から見かけないけど、貴方何か知ってる?」
アミはディー・ディーに問いかけながら、両腕が切断されている三角の目を持つ丸顔の器械に、数百本もの非常に細いワイヤーを通した新しい腕を繋げる作業をしていた。 切断された腕の断面に新たな腕を接続すると、極細のワイヤーがまるで寄生虫のようにワラワラ伸びて接続部分に入り込み、新しい腕を固定していった。
ディー・ディーはアミに顔を向ける事無く、故障者の手当てをしながらアミの問いに答えた。
「……二人はファルサ様を迎えに行こうと、地上へ出て行ったわ」
ディー・ディー予想外の返事にアミは思わず手を止めて、ディー・ディーに顔を向けた。
「――えっ!? 何、勝手なことやってるの!?」
白いダクトの間から見えるアミの瞳は大きく見開いており、まるでディー・ディーを責めるような口調で言葉を続けた。
「――あの子達がいないと、アジトに張り巡らせた障壁が機能しないの! それじゃ、いつシビュラに発見されるか分からないの! あの子達は自分たちの立場が分かってるの!?」
アミはカプセルに横たわる器械の修理を止めてディー・ディーを睨みつけた。 ディー・ディーはアミの視線に見向きもせず、苦しそうに白煙を上げる器械に冷却シートを被せながらアミの言葉を否定した。
「――ちょっとの間なら大丈夫よ! それに、もうファルサ様はすぐ近くまで来ているわ。 ペロートがそう言ってたんだもん!」
「――なっ!? まさか、あの子達……私達に内緒でファルサと連絡を取っていたの?」
ディー・ディーの言葉にアミは驚愕した。 ディー・ディーはアミの様子にお構いなく話を続ける――
「――大体、ファルサ様がバハドゥルを発って二か月弱、本当ならファルサ様が私達に状況報告くらいしてくれたって良いのに、一度もする事もなく“なしのつぶて”でさ――そりゃ、ヘルートとペロートも心配するよ!
それに、ヘルートはこう言ってたわ――
『――ファルサと合流したら、あのハギトをいとも簡単に破壊したライコウ様と一緒に、そのまま管理棟へ洒落こんでやる』ってね! 私たちにそう言ってから、ヘルートはデバイスを使ってまた同じことを言ってたわ。 てっきりアミに伝わっていると思ってたけど……」
ディー・ディーの話では、ヘルートというゼルナーはライコウ一行と合流した後、そのままレヴェドのいる管理棟へ攻め込むつもりだと言うのだ……。 そして、その事をわざわざ仲間達に公言したのである。
「――バカな事言わないの! ファルサと合流したらココへ戻って来て、作戦を立て直すのが先じゃないの!」
アミはヘルートの無謀な主張を聞いて激昂し、体に纏わりつくダクトをワラワラと浮き上がらせて怒りを体現した。 彼女はすぐにヘルートと連絡を取るべくデバイスを起動させ、目の前にフィールドを展開させた。
「――ヘルート! 貴方達、ファルサを見つけたらすぐにコッチへ戻って来るの! バカな事しないの! 分かった?」
デバイスからアミがヘルートに言葉を投げる――すると数秒後、アミのデバイスにヘルートの声と思われる少年の声が聞こえて来た。
「……うるせぇ、ババア……
……
……プツッ……ツー……ツー……」
「……」
一方的に暴言を吐かれ、通信を切られたアミは、隠していた裸体が露わになるほどにダクトを浮かび上がらせて激怒した。
「――もぅ! 全く、いつもそう! あの子達は私の言うことを聞かないでバカな事ばかり! もうあの子達に何があっても修理してあげないの!」
アミがそう叫んで地団太を踏むと、カプセルベッドで治療を受けていた器械が「ううぅ……」と呻き声をあげた。
「――ああ、ゴメンね! 私とした事がつい興奮して……腕は繋がったみたいだから、今度は足を繋げるの」
治療をしていた器械をほったらかして激怒したアミは、器械の呻き声で我を取り戻し――ダクトの隙間から覗かせる橙色の瞳に慈愛の光を浮かべて器械に微笑みかけた。
ディー・ディーは相変わらずネマと一緒に負傷した器械達の世話をしながら、ファルサに同行しているライコウの姿を想像し、期待を寄せていた。
(あの恐ろしいマルアハをやっつけたというライコウ……一体どんなヒトなんだろう? 本当に、彼ならこの街を救ってくれるのかしら……?)
――
「――ねぇ、本当に彼ならこの街を救ってくれるの?」
バハドゥルから地上へ出て、数キロ歩いた崖の上――二人の小さなゼルナーが寄り添いながら渦を巻くように走り去る雲を眺めていた。
一人はまるで忍者のような服装をしていた。 背中には刀を背負っており、頭巾を外して大空を見つめていた。
もう一人は少女のようであった。 イチゴやレモン、オレンジといったフルーツの絵が描かれた白色のワンピースを着ており、背中には何やらアンテナらしき棒が伸びた赤いランドセル型の機械を背負っていた。 彼女の肩には鷹のように大きな黒い鳥が止まっており、少女が発した疑問の返事を催促するように少年の方を見て「カァ――」と一声鳴き声を上げた。
「……俺もわかんねぇ。 でも、ハギトをぶっ壊したっていうゼルナーだ。 あのクソ生意気なレヴェドなんぞケチョンケチョンにしてくれるに決まってるさ――」
そう言って隣の少女へ肩を回す黒装束姿の幼い少年――彼はヘーゼル色の大きな瞳で空を見据えると、そのまま視線を崖の下へと移した。
少年は顔半分を金属製のフェイスマスクで覆っていた。 フェイスマスクには一本の太いダクトが伸びており、ダクトは腰に装着した箱型の機械へ接続されていた。 黒く、太い髪はまるでアセナの髪を彷彿とさせたが、アセナのように逆立っておらず、目にかかる程のざんばら髪をそのまま下ろして風に靡かせていた。
「うん、そうだと良いね。 でも、レヴェドをやっつけても『シュヴァルツ』が空を飛べる事は無い……ベトールをやっつけない限り……」
空を見上げたまま呟く少女――彼女は空色の髪をお団子のように二つに纏めており、瞼には薄いピンク色のアイシャドーがキラキラ光っていた。 ライコウのような大きな杏眼をパチクリさせながら空を見上げる少女の姿は、隣の少年と同年齢か少し幼いくらいの体のようであった。
「――心配するな、ペロート! 俺がお前とシュヴァルツを必ず空へ連れて行ってやる!」
少年からペロートと呼ばれた少女はゆっくりと頷くと、少年の肩にもたれかかる――。
「うん、ヘルート……有難う、愛しているわ」
少女からヘルートと呼ばれた少年は、照れ笑いを浮かべながら頭を掻いた。
「――へへ、その為にはまずは俺たちの街を何とかしねぇと!」
ヘルートがそう言って、崖の上から荒涼とした大地に再び目を遣ると、ペロートも一緒に下を見つめた――すると、遠くからモクモクと土煙が上がっているのが見え、土煙の中から微かなエンジン音が聞こえて来た。
「あっ、やっと来やがったか! あんにゃろう――!」
土煙の中からミヨシの戦車が見えて来ると、ヘルートはペロートを抱きかかえ、フェイスマスクに付いているボタンをポチッと押した――。
――
ライコウ一行はようやくバハドゥルへの出入口付近まで辿り着いた。 バハドゥルとディ・リター間の往復にしては比較的早く到着した方であった。
しかし、バハドゥルが内戦状態にあった事とファルサの連絡が悪かった事もあって、ヘルートとペロートがディー・ディーやネマに責められて、仕方なくファルサを迎えに来た……。
……
戦車の上で胡坐をかいていたライコウがふと気づくと、前方から鷹のような大きな鳥がパタパタと地を這うように飛んで来た。 「カァ、カァ」と声を鳴らして飛んできているところを見るとカラスのようであったが、その体はカラスよりも一回り大きく、黒光りした人工毛に覆われた機械の体をしていた。
地面すれすれの低空で迫ってくるカラス――恐らく高く飛ぶとベトールに見つかってしまうからだろう。 戦車の前まで近づくと急上昇してライコウの目の前に迫ってきた。 ライコウは特段驚きもせずにカラスの様子を見つめていると、カラスはライコウの顔を掠めて、後ろで寝ていたファルサへと向かって行った……。
そして、だらしなく仰向けで寝ているファルサの腹へ『――ドンッ』と着地したと思うと、長く鋭いクチバシでファルサの顔を高速でツンツン突っつきだした……。
「イテテテ――! ウギャァ!! やめろ、ヤメテー!!」
ファルサが叫び声を上げて両手で顔を隠すのもお構いなく、一心不乱にファルサを突っつくカラス……。 ライコウは一瞬呆気に取られたが、すぐに正気を取り戻し「――コラ、コラ、何やっておる! この鳥めっ!」とファルサからカラスを引き離そうと立ち上がろうとした――ところが、ライコウは何者かに腕を取られてペタンと戦車の上に尻もちをついた……。
「なっ、誰じゃ――!?」
ライコウが慌てて引っ張られた腕の先に目を遣ると、小さな少女が「――待って!」と一言ライコウに言葉を投げてライコウの腕を両手で引っ張っていた。
「な、なんじゃ、このムスメは……?」
ライコウは突然現れた少女に目を瞬かせた――すると、今度は黒装束を着た少年が少女の後ろから現れて、ファルサへ駆け寄って行った。
「……お主ら……一体?」
ライコウは腕を取る少女の手を強引に振りほどこうか迷った……。 だが、少女の瞳を見たライコウはデバイスを起動せずとも彼女に敵意が無い事が分かり、そのまま少女に腕を掴まれながらおもむろに立ち上がった。
戦車の横ではバギーが並走していた。 そのバギーはファルサとジャーベがディ・リターへ行くときに乗っていたバギーで、ショル・アボルに無残にも破壊されたものであった。 バハドゥルへ戻る途中で偶然、この破壊されたバギーを発見したので、ミヨシが修理して再び動かす事が出来るようになったのだ。
バギーにはアセナとジャーベが乗っていた。 アセナはハンドルも持たずに腕を組んだままバギーを走らせており、前も見ないで騒がしい戦車の上へ顔を向けていた。 ジャーベは助手席でアセナの威圧感に身を窄ませながら、金属製の体から噴き出す汗をテカテカと光らせながら萎縮していた。 ところが、戦車の上に見覚えのある少年と少女が現れたので、ジャーベは慌てて助手席から立ち上がり大声で二人の名を叫んだ。
「――ヘルート、ペロート! どうして君達が――!?」
ジャーベの叫びは二人の子供の耳に届いているはずだった。 だが、二人は不機嫌そうに”ふくれっ面”をしており、ジャーベの呼び掛けに全く反応しなかった。
大きな鳥に突かれて「ひぶー!」と情けない声を上げているファルサ――ヘルートがファルサの傍まで近づくと、カラスのような鋼鉄の怪鳥はファルサを突くのを止めてバサバサと大きな翼をはためかせ、ヒョイとヘルートの肩へと乗った。
「うぅ……な、何で俺が……」
鳥に突かれてボロボロになったファルサ――自分が何故こんな目に遭わされたのか見当もつかず、混乱した様子でヘルートを見上げた。
「……『何で?』じゃねぇよ、バカ野郎。 シャヤの無事をこっちから連絡して以来、テメェからはちっとも連絡寄こさねぇで――」
ヘルートはそう言うと、ファルサの前でしゃがみ込み、ファルサの頭をぶっきらぼうに『ペチン』と叩いた……。
「――イテッ! だって、お前達からも何の連絡も無かったから! それに、この間、お前から連絡が来た時に俺はちゃんと『あと数日でバハドゥルに着く』って言ったじゃないか!」
ファルサがヘルートに反論すると、ヘルートはファルサの言葉を遮るように再びファルサの頭を『パチン』と叩いた。
「――馬鹿野郎、あたりめぇだ、この野郎。 その連絡が遅ぇってんだよ。 大体、俺が連絡する前に、何でオメェから連絡して来ねぇんだ、うん? ディー・ディーやネマ達がどれだけオメェの事を心配していたと思ってるんだ、うん?」
ヘルートがファルサに説教をしていると、ペロートがライコウと手を繋ぎながらヘルートの傍へやって来て、ヘルートの説教に合いの手を打った。
「――そうよ! 今、バハドゥルでは内戦が起こって大変な騒ぎになってるのよ! そんな事も知らずにアンタとジャーベはのうのうとディ・リターで遊び惚けて!!」
大声でファルサと共に名指しで批判されたジャーベは、いつの間にか戦車の上へ飛び乗ってきており、憮然とした様子でペロートに反論する――
「――何言ってるんだよ! 私とファルサ様はこうしてライコウ様を連れて来たじゃないか!」
そして「全く、失礼な!」と腕を組み、ドッカリ座って胡坐をかいた。
「……それは、それは、ライコウ様を連れて来るのに私達がどれだけ苦労してきたか……。 ハァ――忘れもしない、あの凶悪なショル・アボルとの戦い――あの時私は――」
派手などてらを腕まくりしてライコウと会うまでの冒険譚を語り出すジャーベ……。 ヘルートとペロートは、遠い目をしてペラペラと話し出すジャーベを白けた顔で一瞥すると、再びファルサの方へ顔を向けた……。
ファルサはペロートの口から出た『内戦』という言葉に動揺しているようで、ヘルートが身に纏う黒装束の襟をつかんでバハドゥルの状況をヘルートに聞こうとした。
「――ヘルート、シャヤは……皆は無事なんだろうな!?」
ファルサの焦燥した様子にヘルートは「――無事じゃなかったら、俺がオメェの事ぶっ壊してらぁ」と言い放ち――襟をつかむファルサの手をほどくと、三度ファルサの頭を叩いた。
「――痛てっ! じゃ、じゃぁ……皆は……」
ファルサはヘルートに叩かれた勢いで尻もちを付きながら目を白黒させた。
「なに、俺らがいるんだ。 そう簡単にゃ、くたばらねぇさ。 だが、困ったことにシビュラのババアがイリンから帰って来やがった」
ヘルートはそう言って立ち上がり、尻もちを付いたままのファルサを見下ろした。 そして、言葉を続けようとしたところでペロートの声がヘルートの背中から響いて来た。
「ヘルート、ライコウ様にご挨拶を――」
ペロートはヘルートの背中へ声をかけるなり、ライコウの手を放し――ヘルートの傍へ歩み寄った。
「うん? ――おお!」
口の悪い子供忍者はペロートの呼びかけに振り返り、ライコウの顔に榛色の瞳を向けた。
「おう、アンタがライコウのアンちゃんですかい!」
流石にぞんざいな口の利き方はマズイと思ったのか、ファルサと話をしている時よりも若干マイルドな言葉遣いでライコウに笑顔を向けるヘルート。 ペロートはヘルートに抱き寄せられてピッタリと身を寄せ合い、仲睦まじい様子であった。
「……確かに、ワシがライコウじゃが……お主らはファルサの仲間か?」
ライコウは二人がカヨミとコヨミのようにオイルを分けた兄妹だと思っていたが、それにしても仲が良すぎるように感じて訝しんだ目で二人を見ていた。
ヘルートはそんなライコウの様子を単に自分達を警戒していると勘違いしたようで――
「――そう、そう、俺らはファルサの仲間さ、決して怪しいもんじゃありませんぜ」
とペロートの背中をポンと押して言葉を継がせた。 すると、ペロートは恭しくライコウにお辞儀をし、自己紹介を始めた。
「――申し遅れましたが、私はペロートと申します。 そして、この隣にいる口の悪いゼルナーが私の“夫”――ヘルートと申します」
ペロートの発言にライコウは目を丸くした。
「なぬっ、夫とな!? すると、お主たちは――」
「――はい、私達は夫婦です」




