オゴレルモノヒサシカラズ
地底奥深くに人間が建設したという『軍需工場』――地上から4000メートルも下にあるこの施設には、未だに多くの兵器や戦闘型機械が埋もれていた。
イナ・フォグ、ラヴィ(アル)、コヨミの三人はすでに2000メートル以上も暗然とした大穴の中を進んでいた。 初めは凍える寒さだった大穴の中、蠢く地中のショル・アボルがそこかしこで土の中を移動する不気味な音が聞こえて来ている……。 ラヴィとコヨミはその音がこの世のものとも思えないような恐ろしい呻き声のように聞こえ、ゴクリと唾をのみ込みながら震える体を二人で温めながら進んでいた。
すると、1500メートル進んだあたりから、徐々に穴の中は暖かくなり、2000メートルを超えたところで、すぐそばに炎が迫っているかと思う程の凄まじい熱気が充満するようになった。 地底に生息するショル・アボルの気配は無いものの、今度は漆黒より暗い大穴の先から、地獄の亡者が叫び声を上げているような声が聞こえて来た。 その声は、恐らく何らかの原因で発生する自然現象であると思うのだが、ラヴィとコヨミは二人を地獄に引きずり込もうとする呼び声に顔を強張らせ、恐ろしさのあまり踵を返して帰ろうとさえ考えた。 しかし、もはや2000メートルもの地底を進んで来たので今更引き返す訳にも行かなかった……。
大穴の中はすでに300度を超えていた。 普通なら器械の中央処理装置が熱暴走を起こす高温であるが、ラヴィとコヨミはイナ・フォグのスキルによって身を護っていたので、処理装置が熱暴走を起こす事はなかった。
だが、それでもイナ・フォグのスキルは完全に熱を遮断する訳ではなかったので、二人は茹だるような熱気に犬のように舌を出して「ハァ、ハァ」言いながら、腰にぶら下げていた水筒を出してガブガブと水を飲み、体内の冷却水を補給していた。
――ラヴィとコヨミは大穴へ突入するにあたり、それぞれ武器を携帯して来ていた。 ラヴィの腰には、水筒の他に合成革のポシェットが掛かっていた。 ポシェットの側面からはダクトが伸びており、ラヴィが背負っているリュックサックに接続されていた。 リュックサックの中には手りゅう弾や催涙弾、炸裂弾などの爆弾が詰め込まれており、爆弾を使用する度にカバンからダクトを通ってポシェットへ弾が装てんされる仕組みであった。 リュックサックはポシェットと同じ素材で造られているようで、見た目からしても軽そうであり、実際もさほど重くなく、中に入れている爆弾も人間の女性が扱えるほど軽量であった。
対して、コヨミは途轍もなく重そうなガトリング砲を背負っており、オーバーサイズのパイロットジャケットの上から大量の弾帯を襷掛けに下げていた。 腰には小型のレーザー銃をぶら下げており見た目はかなりの重装備だったが、白いブーツに装備されている反重力装置によってさほど重さは感じていないようであった――。
「……そろそろ、大きな空洞に出る頃だと思うわ。 そこが軍需工場へ行くための正規ルートよ」
身を寄せ合って進む二人の様子とは対照的に、平然とした様子のイナ・フォグが口を開いた。 人間達は地下深くに軍需工場を造り、そこへ行く為に現在のアイナがある場所に出入口を設けた。 恐らく、人間が通る道なので、ヨルムンガントが開けたガサツな大穴よりも立派な地下通路となっているに違いない。
「ほぇぇ、やっと燃料の補給が出来そうなのだ……」
ラヴィのデバイスに表示されている燃料計は半分に差し掛かっていた。 コヨミもラヴィと同じく燃料が少なくなってきていたので、ホッとした表情でイナ・フォグの背中に声を掛けた。
「うぇぇ、もう疲れましたぁ……。 人間様が造った通路に着いたら、少し休憩しませんかぁ?」
すると、イナ・フォグは白い翼をパタパタと動かして、背中で返事を返した。
「そうね……。 たぶん、中には燃料の補給施設があるはずだわ。 地下通路に着いたら、取り敢えず補給施設まで進んで、そこで休憩しましょう」
――ラヴィとコヨミはデバイスによる暗視装置を使用しておっかなびっくり進んでいたが、暗視装置を使用しても辛うじて先へ行くイナ・フォグの白い翼がかすかに見える程度であった。 ところが、二人の前を進むイナ・フォグはデバイスが無いにもかかわらず、深淵の闇の中を躊躇なく進んでいた。
もともと『ダカツの霧沼』という仄暗い霧の中で暮らしていたイナ・フォグは、暗闇の中でも迷うことなく移動出来た。 ただ、三日月のような物体の上で無窮の孤独を抱いていたあの頃は、暗澹たる闇に蠢く背後の気配に怯える事が度々あった。
それは、孤独から沸き上がる幻影なのか、それとも、イナ・フォグ自身のココロを映し出す漆黒の影か……。
(来ないで……。 私はもう……一人にはなりなくない……)
霧に包まれた沼地を出た後も時々、その恐ろしい闇がイナ・フォグの背後を掠める時があった。 そんな時、イナ・フォグは決まってライコウを抱きしめた。 そんなイナ・フォグをライコウはいつもそっと抱きしめ返し、彼女の頭をゆっくりと撫でたのであった。
『……大丈夫、何も心配する事は無い。 ワシ等は仲間じゃ――』
そして今、彼女の後ろには二人の仲間がいた。 自分が愛しているライコウに好意を持っている二人は、イナ・フォグにとって目障りな存在であるはずだ。 しかし、二人が背後から照らす眼差しは、イナ・フォグの背後から迫る闇を掻き消してくれる。 桜色の髪に蠢く闇の影を二人の仲間が掻き消してくれるのだ。 イナ・フォグはそんな仲間達に背後から見守られながら、一抹の不安も無く暗闇を進み続ける事が出来たのであった――。
――
しばらく進むと、目の前に大きな鉄製の壁が立ちはだかった。 ヨルムンガントの開けた大穴はその壁の手前で大きく曲がり、さらに下へと続いていた。
「この壁は……?」
大壁に阻まれ立ち止まったイナ・フォグの後ろからラヴィが声を掛けた。
「……恐らくこの中が、人間が造った軍需工場へ向かう通路になっているはずだわ。 アルかコヨミのデバイスで中を調べる事は出来る?」
イナ・フォグの頼みに、コヨミがラヴィの前に躍り出てデバイスを起動させた。
彼女のデバイスは耳に当てているヘッドフォンのような機械に内蔵されている。 その機械から伸びるコネクタが耳の中の端子に接続されて、体内の処理装置とリンクするのである。
「――うわっ! 中はメチャクチャ広いですよ! 何かレールのようなモノが敷かれている……。 間違い無いですね、これが人間様の造った地下通路ですよ!」
コヨミはヘッドフォンを外しながらそう言って後ろを向き、イナ・フォグとラヴィに銀色の瞳を向けた。
「そう……。 良かったわ」
イナ・フォグは安堵の言葉を投げると、おもむろに目の前のコンクリート壁の前に立ち――
――ゆっくりと腕を振り上げ、大壁に向かって拳を打ち付けた!
地鳴りと共に大穴の天井からガラガラと岩が落ち、分厚い壁は鉄球を打ち付けたように大きな亀裂が入った。
「うわゎゎ――! おい、手加減しないと穴が崩れるのだ!」
ラヴィとコヨミは肩を寄せ合いながら両手で頭を覆って、ガラガラ落ちて来る大きな岩から身を護っている……。
「……ふぅ、これでも穴が崩れないように手加減しているつもりだわ」
イナ・フォグはそう言うと、今度は両手で亀裂の入った壁をグッと押した。 すると、壁は朽ちた板のようにボロボロと崩れ、崩れた先から薄っすらと白い光が漏れ出でた。
「――!? 電灯が付いているのか!? すると、電力はまだ……」
ラヴィが訝しんだ顔で穴の開いた壁を見つめていると、イナ・フォグとコヨミはお構いなしに穴の中に侵入し、地下通路へ入って行った……。
「あ、コラッ――! 汝ら、電力がまだ供給されているという事はだな――」
そそくさと地下通路へと侵入したイナ・フォグとコヨミの後を追って、ラヴィも地下通路へと出た。
「――ペイル・ライダーだってまだ稼働しているかも知れないのだぞ!」
ラヴィの眼前には先ほどまで下って行った大穴の倍はあろうかという地下通路が広がっていた。
すぐ先にはイナ・フォグの背中とコヨミの背中が見える。 ラヴィの忠告などどこ吹く風で、二人はずんずんと奥へ続く下り坂を降りていた。
通路内の天井には煌々と明かりが灯っている。 まるで昼間のように透明な光は恐らく発光ダイオードだろう。 ラヴィの言う通り、通路内にはまだ電気が通っていたのである。
『――Emergency! 地下通路壁面破損……地点:E-0199――』
ラヴィの耳にけたたましい警報音と共に何処からともなくアナウンスが飛び込んで来た。
「アラトロンが壁を破壊したから、警告音が鳴っているのだ……」
(これで間違いない……。 地下通路内のシステムは1000年前と同じく、今も脈々と稼働し続けており、恐らく地下通路の先にある『軍需工場』も稼働しているに違いないのだ)
ラヴィがそう確信し、二人を追いかけようと顔を上げる――
すると――
『ピシュン!!』
という放射音が聞こえたかと思うと、立て続けに『ドカンッ!』という爆発音が鳴り響いた。
「――まさかっ!」
ラヴィが急いで爆発音を辿ると、レーザー銃を手に持ったコヨミとイナ・フォグが、煙を出して転がっている小さな機械の前で屈んでいる姿があった。
「やはり! 工場内のショル・アボルはまだ生きているのだな!」
ラヴィがそう言って二人に近づいた。 コヨミは自分が破壊した機械を物珍しそうにツンツンとつついて「ふーん……」などと言って、イナ・フォグと何か話をしているようだった。
「汝ら、何をやってるのだ……」
ラヴィが後ろから二人に声を掛けた。 すると、イナ・フォグが屈みながら後ろを振り向き「これはショル・アボルじゃないわ」と言って立ち上がろうとする――と同時に、坂の下から天井や壁を這う夥しい数の機械がワラワラとこちらへ向かって来た!
「――わぁぁ! コイツらワガハイ達を攻撃するつもりだ!」
ラヴィは慌てていたせいか、向かってくる機械をデバイスで調べようともせず、腰に掛けているポシェットからゴソゴソと爆弾を取り出そうとしている――ところが、イナ・フォグは「アル、大丈夫よ!」と言って、ラヴィを制止し機械達の様子見守るように天井へと目を遣った。
「……この機械達は『ミトゥル』。 私が壊した壁を修理する為に集まって来たのよ」
“はんぺん”のような形をした鉄の胴体にゲジゲジを思わせる起毛した触手がワラワラとくっ付いている機械――天井と壁に群れを為して引っ付きながらガサガサと音を立てて、三人の目の前に迫ってきたかと思うと、イナ・フォグの言う通り三人の存在などまるで警戒する様子もなく、そのまま破壊された壁の方へ向かって行った……。
ラヴィが呆気に取られて、通り過ぎる機械達の集団を見つめていると――
「――この子達、貴方には懐かしいんじゃない? アル……」
イナ・フォグがラヴィの耳元で囁くように語り掛けた。
「――!」
ラヴィは思わずイナ・フォグの方へ顔を向けた。
クスリと微笑するイナ・フォグ……。 だが、それは嘲笑ではなく、茶目っ気のあるイタズラっぽい微笑であった。
「ふんっ、アラトロンよ、ワガハイの詮索など無用なのだ。 ワガハイはあんなキモチワルイ機械など知らないのだ……」
ラヴィはそう答えて腕を組み、ツンとした態度を見せた。
――作業用機械といわれるネクトと一見大差ないように見えるミトゥルとは、一体何なのか?
両方とも意思も感情も無い機械である事に代わりは無いが、ネクトには人工知能が搭載されており、ミトゥルには人工知能が無いという大きな違いがあった。 マザーは人工知能を搭載した機械を『M・ビナー型』といった。 つまり、作業用機械は全てM・ビナー型の機械であるのだ。
M・ビナー型ではないミトゥルは特定の作業を行わせる目的で製造された機械である。 例えば、先ほどのミトゥルは物体の補修を目的に製造された機械であり、壁を補修したり、家を修繕したりする事が出来るが、料理を作ったり、乗り物を運転する事などは出来ない。 したがって、人工知能によって多様な仕事を任せる事が出来るネクトがいる現在ではミトゥルは製造されていない。
ミトゥルが大量に製造された時期は、まだ『厄災』が起きる前の人間が繁栄していた頃であった。 人間は単純作業をミトゥルにさせて、ネクトには身の回りの世話をさせていた。 ネクトは人間により近い環境で仕事をする為、人間から奴隷のように扱われており、意思や感情が無い事もあって、しばしば理不尽な虐待をされる事も多かった。 その点、ミトゥルは人間にとって単なるモノ(装置)という位置付けであったので、人間のストレス解消の道具に使われる事は殆どなく、機械にとってはある意味幸せだったのかも知れない――。
このように過去の遺物であるはずのミトゥルが、この軍需工場へ続く広い通路には未だ大量に存在していた。 これは、人間が造った軍需工場内に電力が供給されており、ミトゥルを製造し続けているという証左に他ならない……。
ラヴィが難しい顔をして腕を組んで考え込んでいると、けたたましく鳴り響いていた警報がプツッと鳴りやんだ。 恐らくミトゥル達が壁の補修を開始したのだろう。
コヨミは楽しそうに先ほど下ったばかりの坂を再び駆け上がり、ミトゥル達を追いかけて行った。 そして、暫く経つと息せき切って戻って来て、銀色の目を輝かせながらミトゥル達が壁を修繕している様子をイナ・フォグとラヴィに報告した。
「――ほぇほぇ! あの金属みたいな体はコンクリートの塊だったみたいですね! 一斉に壁に張り付いて溶けだしたかと思うと、アッという間に同化しちゃいました! 面白いですねぇ!」
ツインテールの金髪を振り乱しながら一生懸命身振り手振りを交えて話すコヨミに、イナ・フォグはクスリと笑った。 ラヴィはコヨミの様子に目を細めながらも、二人にこれから先の道のりを警戒するように促す――。
「――だが、笑ってばかりもいられないのだ。 ミトゥルが動いているという事は電力が供給されているという証左。 これから先、恐らくショル・アボルも出没するはずなのだ。
取り敢えず、さっきみたいに勝手に進まないで、三人で固まって慎重に進んで行くのだ」
ラヴィの言葉にコヨミが「ハイ、ハイ」といい加減な返事をする中、イナ・フォグは存外反省した態度を示し――
「ゴメンなさい……。 アナタ達に『アラフェール・ライラ』の有効範囲内から離れないように言ったのは私だったのについ……。 今後は気を付けるわ」
と言って、ラヴィに目配せをした。
「分かれば良いのだ。 何せ、これから先は汝の力が絶対必要になるのだ。 『ペイル・ライダー』を持って帰るには、ワガハイとコヨミだけでは無理なのだ」
ラヴィはそう言うと、イナ・フォグの肩をポンと叩いた。
「……ふふっ、分かったわ。 私に任せて」
――イナ・フォグはライコウ、ヒツジと出会ってココロに変化が生じた。 そして、ラヴィ、コヨミと出会って二人をライバル視すると同時に、仲間意識を持つようになっていた。
イナ・フォグは自分のココロが刻一刻と変化している事に気づいていなかった。 だが、彼女の桜色の髪の先端に蠢く深い影は幾分薄くなっているようだった――。
――
壊れた壁をあっと言う間に補修したミトゥル達は再びワラワラと壁や天井に張り付いて散開し、目の前を通り過ぎて通路を下って行った。 イナ・フォグ達もミトゥル達について行くように通路を下った。
二、三キロほど歩くと通路が徐々に横へ広がり出し、三人が予想していた通り、大型の給油設備が視界に入ってきた。
「はぁぁ♡ やった! ウチ、もうガス欠になるところだったよぅ」
コヨミは歓喜の声を上げて、奥に見える大きな燃料タンクに向かって駆け出そうとした――
――すると突然、コヨミのデバイスが強制起動してフィールドが展開され、ショル・アボルの存在を警告する文字が表示された。
『注意:ショル・アボル=ポーラ 群 座標位置不明 真素極微量……』
「――あっ、やっば! ショル・アボルがいる!」
コヨミは慌てて足を止め、後ろを振り返りイナ・フォグとラヴィに目を遣った。 イナ・フォグは耳に着けている三日月のようなイヤリングに手を触れて「……そう。 私もお腹が空いていたから丁度よかったわ」と言うと、イヤリングをおもむろに外しコヨミの目の前へ投げた。
すると、イヤリングは『ポフンッ――』という音と共にみるみる大きくなり、イナ・フォグが普段乗っている三日月型の物体が姿を現した。
「へえぇ、この物体一体何なんですかぁ?」
コヨミが物珍しそうに三日月型の物体に触れると、表面はまるでゴムのように弾力があった。
「へぇ、何か面白いですねぇ、これ♪」
コヨミは調子に乗って三日月の物体をボスボス叩く――すると次の瞬間、コヨミの拳が三日月の物体を貫通し、まるで液体のようにズブズブと腕が入っていった。
「――うきゃ!!」
コヨミは仰天して手を引っ込めようとするが、何故だか急に気持ちよさそうにウットリし始めた。
「はぁぁ♡ なんか気持ちイイ♡」
コヨミは三日月型の物体に腕を突っ込んだまま、恍惚な表情を浮かべてヨダレを垂らしている……。
「これはマナスの集合体よ。 あまり中に手を入れすぎると貴方の器からマナスが溢れて爆発を起こすからそれくらいにしておきなさい」
イナ・フォグがだらしない顔をしているコヨミに忠告すると、コヨミは慌てて三日月の物体から手を出した……。
すると、今度はラヴィが「ど、どれ……ワガハイもちょっと……」と言って、三日月の物体に恐る恐る手を突っ込む――。
「――はぁぁ♡ 生き返るのだ♡」
ラヴィも恍惚の表情を浮かべて身悶えし始めた……。 ヨダレこそ垂らしていないが、その顔はライコウに見せられない程、酷くだらしない顔であった……。
イナ・フォグはラヴィの様子に呆れ顔で肩を竦めて「ほら、もういいでしょ、どきなさい」と言って、二人の間に割って入り、三日月の物体に手を突っ込んだ。
『ズズズ……』
イナ・フォグが三日月の物体から引き摺り出したのは、鎌のような刃を飲み込んでいる真っ白い大きな蛇であった……。
(これは、ハギトと戦っていた時に使っていた武器……? いや、何かが違う気がするのだ……)
ラヴィはイナ・フォグが鎌を振るってハギトと戦っていた事を覚えていた。 イナ・フォグがハギトと戦っていた時に使用していた鎌は禍々しいほどに赤く滾っている溶岩のような刃を持っていた気がしたのだが、ラヴィはイナ・フォグが持っていた鎌の細かい造形までは覚えていなかった。
イナ・フォグが掴んでいる大蛇は、鎌の様な刃を半分くらい飲み込んでおり、円らな黄色い瞳をパチパチと瞬かせていた。 大蛇は鎌を飲み込んだまま、硬そうな鱗に覆われた尾を床へだらりと垂らし、イナ・フォグはその尾を柄のように掴んでいた。
「……ふぅ、まあショル・アボルごときに武器を使うのも面倒くさいけど、今の内に出しておいた方が良いでしょ」
イナ・フォグはそう言うと、大蛇の尾を振り回し、頭上でグルリと一回転させ――蛇の頭を上に向けて大鎌を真っすぐ立てた。 蛇の体は尾を振り回されたのか硬直化しており、イナ・フォグが蛇の尾の先端を床に当てると『コツン……』という硬そうな音が響いた。
「それじゃ、アナタ達はここで待っていなさい。 私がショル・アボルを破壊するわ」
イナ・フォグは鎌を握り向こうに見える給油施設へ目を移した。
すると、ラヴィが「――ま、待つのだ!」と言って、イナ・フォグの行く手を遮った。
「……何?」
イナ・フォグが訝し気にラヴィを見ると、ラヴィは恥ずかしそうに上目遣いで「小型のショル・アボルは残してくれないか?」と言った。
「ちょっと、アータ、何でそんな事するんですかぁ。 全部ぶっ潰せば良いじゃないですか!」
コヨミはラヴィの要求に納得がいかずにラヴィを責めるが、イナ・フォグは「……まぁ、良いわ」とラヴィの頼みを聞き入れて、ショル・アボルを一匹だけ残す約束をした。
「よろしく頼むのだ。 体内の核を破壊しなければ、集積回路は破壊しても構わないのだ」
ラヴィの言葉にイナ・フォグは、ラヴィがショル・アボルの体内にあるメカシェファの核を利用した疑似アニマについて何か調べたいことがあるのかと推測した。
「分かったわ、任せなさい――」
イナ・フォグは白い翼を羽ばたかせ、宙へ浮いたかと思うと大鎌を手に持ちながら一直線に給油施設へと向かって行った。
――
ラヴィの言う通り、給油施設は熊のような外観をしたショル・アボルが巣を作っていた。 ショル・アボル達は燃料が入っている大型の貯蔵タンクに小さな穴を開け、そこから漏れだす燃料を飲み、空になった金属製の燃料タンクを細かく砕いて、その金属をバリバリと食べていた……。
熊型のショル・アボルは大きな個体が一体、小さな個体が一体確認できた。 まるで親子の機械熊といった様子であり、大きな個体は固そうな灰色の人工毛に覆われており、赤い目を光らせていた。 人工毛は所々毛が抜け落ちており、金属製の地肌が見え隠れしていた。 金属製の地肌には電気回路がむき出しになっており、電気回路についている小さなランプがピカピカと点滅を繰り返していた。
小さな個体はフサフサの人工毛で覆われており、大きな個体と比べて機械の体とは思えないような子熊らしい外見をしていた。
イナ・フォグが遠目から確認した限り、ショル・アボルはこの二体のみで他にショル・アボルがいる気配はなかった。
イナ・フォグが足音を立てずに二体の熊に近づいた。
イナ・フォグは普段裸足で歩き回っていたが、今回の任務から紫色のスエード革のブーツを履いていた。 両側面に白いポンポンが付いている可愛らしいブーツは、ライコウが「裸足のままでは怪我をする」という事でライムに頼んで作ってもらった物だった。 イナ・フォグは裸足のままでも良かったのだが、ライコウからのプレゼントであったので喜んで受け取り、用もないのにブーツを履いて外を歩き回ったりしていた。
ところが、ブーツを履いたことで歩くたびに足音がするようになった。 ショル・アボル二体は警戒心が強いのか、遠くから聞こえるその小さな足音に反応し、親熊のような個体が子熊を隠す様に前に出て、遠くに見えるイナ・フォグに向かって威嚇するように咆哮を上げた。
親熊は大きな口を開けてイナ・フォグを威嚇するが、イナ・フォグは平然と二体の熊に近づいて行く――。
すると、親熊は口の中からニョキッと大砲を飛び出させ、イナ・フォグに向かってミサイルを発射した!
ラヴィとコヨミの耳にも大きな砲撃の音が響き、二人の目に給油施設の方から大きな火柱が上がっている様子が映った。 凄まじい爆発が給油施設の中で起こったようで、二人は心配そうな顔を見合わせた……。
砲弾はイナ・フォグに直撃したようだった……。 ところが、炎の中から出てきたイナ・フォグは埃一つ付いておらず、何事もなかったかのようにゆっくりと二体のショル・アボルに向かって歩いていた。
イナ・フォグの体には大きな青銅色の蛇が一体、左肩から頭を出して舌をチョロチョロと出していた。 蛇の胴体はイナ・フォグの胸の谷間を伝い、グルグルと腰に巻き付いており、体からは何やら黒い霧のような気体を放っていた。
「……放射性物質をバラまいたわね」
ショル・アボルの口から放ったミサイルは超小型の核を搭載した核弾頭であった。 核弾頭は爆発と同時に周囲に放射性物質をまき散らし、凄まじいエネルギーで給油施設の一部を破壊してしまった。
「……ふぅ。 折角の燃料を燃やされるのは堪ったものじゃないわね……」
まさかショル・アボルが核弾頭を搭載しているとは思っていなかったイナ・フォグは、手に持っていた蛇に飲み込まれている鎌を振り上げて、助走をつけたかと思うと――
――あっと言う間に親熊の目の前に現れて、鎌を振り下ろした――。
だが、ショル・アボルもこの一瞬で咄嗟に太い腕で鎌の一撃を防ぎ、致命傷を免れた。 ショル・アボルの太い右腕はバチバチと電気を放電させながら、大鎌によって切り取られ、親熊の後ろにいる子熊の方へ飛んで行った――。
右腕を切り落とされたショル・アボルは怯む事無く左腕を振りかぶり、鋭い鋼鉄の爪でイナ・フォグの体を切り裂こうとするが、イナ・フォグは紫電の速さで鎌を操り、刃先で鋼鉄の爪を防いだ。 そして、そのまま鎌を押し上げてショル・アボルの左腕を弾くと、懐の開いた大熊の胸に真一文字に鎌を切りつけ、ショル・アボルの胴体を一瞬で切断したのであった。
瞬く間に親熊を一刀両断したイナ・フォグ。 切り裂いた胴体から見える白く輝く物体を瞬時に手で掴むと、白い物体はあっという間に石のようになった。 白い物体はメカシェファの組織を培養して造り出したショル・アボルの疑似アニマであり、大爆発が起きる前にイナ・フォグの手で石化する必要があったのだ。
ショル・アボルの残骸はバラバラと電流を迸らせながら地面へ転がった……。 親熊に護られていた子熊は無残な姿となった親熊の許へ駆け寄って、一生懸命鼻を鳴らしていた……。
「……まるで親子のようね。 何だかちょっと可哀そうな気がしてきたわ」
イナ・フォグはそう言って子熊を一瞥すると、破壊された親熊の傍で悲しそうに鼻を鳴らしている子熊の首根っこをおもむろに掴み上げた。 そして、威嚇する子熊の首を締め上げて呼吸器官を潰してしまい、子熊を黙らせた……。
――
イナ・フォグがショル・アボルを処分した後、ラヴィとコヨミも給油施設へと向かい、三人はショル・アボルが開けた燃料タンクから流れるオイルをコップで注いで一時の休息についていた。
イナ・フォグに喉を潰された子熊は、ラヴィの膝の上でぐったりと横たわっていた。 子熊の体には数匹の小さい蛇が纏わりついており、蛇は子熊の体に噛みついたまま身動きせずに瞬きを繰り返していた。
そして、車座になって座っている三人の真ん中には、トグロを巻いた青銅色の蛇が口から黒い靄を出しており、辺りは薄暗い靄に包まれていた。
――ショル・アボルは核弾頭を発射して辺り一面を放射性物質で汚染させた。 その為、イナ・フォグのスキルである『ナハーシュ・ネホシェット』で放射性物質を除染させる必要があった。 真ん中でトグロを巻いて黒い靄を吐き出している大蛇がそれである。
ラヴィに抱かれている子熊に纏わり付いている小さな蛇もイナ・フォグのスキルであり、イナ・フォグによって潰されて呼吸器官を修復する為に使用したものであった。
この『シェエラー・ベ・ハキーツ』というスキルは、体を修復している間に必ず夢を見る。 この子熊型のショル・アボルがどんな夢を見ているのか分からないが、ラヴィの膝の上で穏やかな顔をして眠っている様子を見ると、恐ろしい夢を見ている訳ではなさそうだった――。
「ところで、アナタ、このショル・アボルで何か実験でもするつもりなの?」
イナ・フォグは、ラヴィが子熊を破壊しないで欲しいと頼んできた目的が、子熊の体内にあるメカシェファの核で何か実験でもしようと考えているのだろうと思っていた。
ところが、ラヴィは首をゆっくりと振って、イナ・フォグの言葉を否定した。
「違うのだ……。 その……デバイスで確認したらポーラ型だと分かったので……」
ラヴィは言い辛そうに、コップに入っているオイルをグイッと飲んで、再び言葉を続けた。
「……ワガハイはこの子の集積回路を改造して、ワガハイのペットにしようと思って……」
ラヴィの告白に正面に座っているイナ・フォグは目を丸くし、隣に座っているコヨミは不審そうに声を上げた。
「――はぁ? アータ、一体何考えてるんですか? 凶暴なショル・アボルをペットになんて出来る訳ないじゃないですか」
コヨミはそう言うと、ラヴィの膝の上で穏やかに眠っている子熊に手を伸ばした。
「――ほら、こっちへ早く寄こしてください! こんな奴は破壊して食べてあげますから!」
すると、ラヴィがコヨミの手を払いのけてコヨミに背を向けて叫ぶ――
「――イヤなのだ! このクマちゃんはワガハイのモノなのだ!」
ラヴィがそう言って子熊型のショル・アボルに頬ずりをする仕草を見たイナ・フォグは、ふと自分がライコウと初めて会った時の事を思い出した。
『……ふふふ。 アナタとあの人形は私のモノ……』
ライコウの四肢を押さえつけたイナ・フォグは、ライコウとヒツジを自分のモノだと宣言した。 その時は、本当に自分のモノのように思っていたが、その考えは徐々に変わって行き、今ではライコウの事を愛し、ヒツジを自分の子供のように感じていたのであった。
――そんな事を思い出しながら、ラヴィの様子を穏やかな瞳で見つめるイナ・フォグ。
「ふふふっ……。 アナタがその子熊を愛玩するなら、構わないと思うわ。 ただ、”モノ”という考えじゃダメよ」
以外にもイナ・フォグから言葉の誤りを指摘されたラヴィは、一瞬キョトンとした顔を見せたが、恥ずかしそうに「うん……汝の言う通りなのだ」と言って、蛇に噛まれながら眠っている子熊の頭を優しく撫でた。
(……アラトロンの奴、何だか初めて会った時よりも人間らしくなっている気がするのだ)
コヨミはそんな二人の様子に不思議そうな顔をして「……まあ、アータ達がどうしてもって言うんなら、別にこんな小さいショル・アボル見逃しても構わないですけどぉ」と言って、目の前に盛られているオイルの掛かった鉄クズをポイッと口に放り込んでムシャムシャ食べ始めた……。
……
子熊はその場でラヴィに改良を施された。 親熊であったイナ・フォグが破壊したショル・アボルとの記憶は消去され、ラヴィを親として認識するデータへ差し替えられた。
その処置が倫理上正しいかどうかは分からない。 ただ、このままショル・アボルとして三人に破壊されるよりも、ラヴィに可愛がられる事でこの世界に存在し続ける事が出来るのであれば、それはそれで子熊にとっては良かったのかも知れない……それが間違っている行為であったとしても……。
――
燃料の補給を終えた三人はひたすら軍需工場を目指して地下通路を下って行った。 ラヴィの着ている白衣の下には、ピョコンと子熊型のショル・アボルが顔を出してキョロキョロと周りの景色を見渡していた。
途中でいくつか小さな給油設備があり、その都度三人は燃料を補給したが、ショル・アボルは初めの給油施設で姿を見せただけで、その後はちっとも姿を見せなかった。 その代わり、壁や天井、通路を補修しているミトゥルはしばしば見かけ、通路には行き倒れた白骨化した人間があちこちに横たわっている姿を目にするようになってきた。
「恐らく軍需工場で作業していた人間達の死体ね。 何かあって軍需工場から逃げ出したのは良いものの、力尽きてそのまま死んで行ったんだわ……」
通路の幅は当初12メートル程度の幅であったのだが、今や20メートルを超えていた。 大きな戦車や装甲車両などが放置されている様子も目立つようになり、人骨の多さも相まって三人が最下層に近づいて来ている事を窺わせた……。
……
「……何をしているのだ?」
朽ち果てた戦車にもたれかかる骸骨へ祈りを捧げているコヨミに、ラヴィが首を傾げた。
「……だって、人間様はウチ等の神様なんでしょ? 神様をほったらかしにしちゃ可哀そうじゃん」
コヨミは人間の骨を生まれて初めて見たようで、神妙な顔をして至る所に散らばっている人骨に対して祈りを捧げていた。
「人間が神だなんていうのはウソよ。 アナタ達がアイツに騙されているだけ……」
イナ・フォグはそう言うと、膝を折って祈りを捧げているコヨミの肩をポンと叩いた。
「ほぇほぇ? じゃあ、人間様が神様じゃないとしたら、一体誰が神様なんですか? やっぱり、マザーなんですかねぇ?」
コヨミは銀色の瞳を大きく開けてキョトンとした顔をイナ・フォグに見せる――。
イナ・フォグはコヨミの問いにゆっくりと首を振り「違うわ――」と答えると、後ろで二人の様子を見ていたラヴィへ体を向けた。
「本当の神が誰なのかは、アナタが良く知っているんじゃない?」
イナ・フォグはそう言うと、ラヴィの瞳をジッと見つめた。
「……」
ラヴィは何も言わなかった。 イナ・フォグの瞳を見返すと、目を伏せてコヨミの腕を取り「ほら、早く行こう――」と言って、コヨミを立ち上がらせた。
コヨミはラヴィに促され立ち上がったかと思うと、今度は側道に敷設されているレールの上に乗っている廃墟となった列車へ興味を移し、ラヴィを置いて一目散に駆け出した。
ラヴィはコヨミの様子を見送ると、後ろを振り向いて立ち止まっているイナ・フォグの瞳を再び見つめた。
「……汝が何処まで記憶を取り戻しているのかは分からない。 人間サマを何処まで憎んでいるのかも……。
汝の言う通り、人間サマ……いや、人間はこの星の神ではないのだ。 だが、本当の神が何者であるかは汝も良く分かっているはずだろう。 今更ワガハイが答える必要もない」
イナ・フォグはラヴィの言葉に肩を竦めた。
「私は人間を憎んでないわ。 ただ、傲り高ぶった人間がこの星の神だなんていう戯言は烏滸がましいにも程がある……そう思っているだけ。 それに本当の神が何者かなんて別に興味が無いわ。
私が本当に知りたい事は――」
イナ・フォグはトコトコと歩み出し、ラヴィの傍へと近づいた。
「――『アイツ』が何を考えて人間を神と崇めようとしているのか。 アイツだって人間を神と信じているはずが無いにも拘わらず。
まあ、何か良からぬ事を考えているんでしょうけど……。
アナタならアイツが何を考えているのか分かっているはず」
イナ・フォグの指摘にラヴィは首を横に振った。 アイツという言葉がマザーを指す言葉だという事はラヴィも良く分かっていた。
「ワガハイは長年ウソつき呼ばわりされていたが、アイツが何を企んでいるのかは分からないのだ。 信じてくれ、それは本当なのだ。 その為に……アイツが何をしたいのか知る為にワガハイはトガビトノミタマとこの身体をリンクさせ『清浄の地』へ足を踏み込んだのだ。
まあ、清浄の地に行っても汝の知っている通り、中へは入れなかったけどな」
――ラヴィの言う清浄の地とは器械達が憧れた”理想郷”の事である。 すなわち、イナ・フォグが住んでいた『ダカツの霧沼』の奥にあるあの神殿のような建物が聳える誰も侵入できない聖域であった――。
コヨミは二人がいる場所の遥か向こうで錆びついた列車を珍しそうに眺めていた。 二人はコヨミがいる場所まで歩きながら、話を続けていた。
「……ワガハイが何で清浄の地へ行ったのか? その理由を話せば長くなるから今は話せないのだ。 また、機会があったら汝とじっくり話をしようじゃないか。
だが、これだけは信じて欲しいのだ――」
ラヴィはその場で立ち止まり、再びイナ・フォグの顔をみつめた。 イナ・フォグはルビーのように赤い瞳を丸くさせ、赤い弓なりの唇を少し窄めて不思議そうな顔をラヴィに向けていた。
「汝がアイツを信用していないのと同じく、ワガハイもアイツを信用していない。 だから、ワガハイは汝らに協力するのだ」
ラヴィはそう言ったかと思うと、少し顔を紅潮させて話を続けた。
「……そして、ライコウ様の事を好きな事も汝と同じなのだ……」
イナ・フォグはラヴィの言葉に一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに悪戯っぽく微笑み、言葉を返した。
「ふふっ、ライコウは私のモノよ」
「あっ、汝はまたそのような事を! ライコウ様はモノじゃないのだ!」
ラヴィはそう言うとプンプンと怒った素振りを見せた。 そして、イナ・フォグに微笑みを返した。
ラヴィとイナ・フォグが話をしている間に、コヨミは列車に興味を失くしたのか再び二人の前へ駆け寄って「さぁ、早く行きましょう!」と天真爛漫な性格を思う存分さらけ出していた。
イナ・フォグとラヴィはそんなコヨミに引っ張られるように、さらに通路を下って行った。
――
地下通路はある地点を境に金属製の機械のような壁に変わり、壁に付けられている赤いパトランプがグルグルと狂ったように回転していた。 天井には大きな突起の付いた円形の赤いライトが直線状に続いており、そのライトからは警報音が鳴り響いていた。
「そろそろ、軍需工場へ続く出入り口があるはずなのだ……」
アイン・ネシェルを装着し、デバイスを展開させているラヴィ。 デバイスの表示では放射能濃度は若干数値が動く程度で殆ど無く、通路に充満するマナスの量、空気の量もいたって正常だった。
「――全く、何でこんなにウルサイんですかねぇ!」
コヨミが煩わしそうに首にかけていた耳当てを装着した。
「恐らく、1000年前にペイル・ライダーが暴走した時にこの出入り口から避難しようとした人間達が発した警報がそのままの状態で稼働しているのよ。
つまり――」
イナ・フォグがコヨミに答えると、ラヴィがイナ・フォグの言葉を継いだ。
「――ペイル・ライダーは今も稼働し続けており、この先の軍需工場で動き回っているという事なのだ」
――三人の会話が終わる頃、目の前に巨大な機械式の扉が立ちはだかった――
「アラフェール・ライラ」
イナ・フォグが再び紫色の霧を発生させると、服の中からニョロニョロと小さな青銅色の蛇が這い出て来て、イナ・フォグの左肩へ乗ったかと思うとそのままトグロを巻いて石のように固まってしまった。
「アラフェール・ライラはナハーシュ・ネホシェットの効果を強化させる事が出来るわ。 これでアナタ達は私から遠くへ離れない限り、放射性物質などの毒の影響を抑える事が出来る」
「アータの言葉はいちいち訳が分からないけど、それは有難いですね♪」
コヨミはイナ・フォグの言葉の半分も理解していなかったが、とにかく毒を防ぐことが出来ると聞いて喜んだ。
……それにしても、目の前に立ちはだかる巨大な門扉は、厚さ数メートルもあろうかという硬質の金属で出来ているようだった。
こんな巨大な扉を一体どうやって開けるのか?
「……うーん。 恐らく中の毒が通路内に充満しないように強制的に閉鎖されているはずだから、壊す以外には中へ入る事が出来ないのだ。
しかし、これを壊すとなると……」
ラヴィが困惑した様子で顎に手を当てて考え込んでいると、イナ・フォグが「造作も無い事だわ――」と、手に持った大鎌で鋼鉄の扉を切りつけた。
そして、イナ・フォグはそのまま神速の手さばきで大鎌を振り続けると、徐々に扉に無数の大きな溝が出来初め――その溝が徐々に深くなったかと思うと荷重に耐えきれなくなったのか、扉が大きく音を立てて崩れ始めた。
「うわ! 危ないのだ!」
扉の瓦礫に巻き込まれないようにラヴィとコヨミは肩を寄せ合ってイナ・フォグの後ろへ避難する――。
――すると、扉が崩れた瞬間――
ラヴィとコヨミのデバイスからけたたましい警報音が鳴り響いたかと思うと、フィールド上に赤い窓枠が飛び出して、二人に注意を促した。
『!!――警告――!! 放射能濃度上昇! 防毒シールド稼働準備……残110S……』
どうやら扉が崩れたことで中の放射能が漏れだしたようだ。 ラヴィは白衣から顔を覗かせている子熊を慌てて白衣の中へ隠した。
デバイスの警告を目の当たりにした二人は一気に緊張感を高め、イナ・フォグの背中を見つめた。
「この中が――!」
ラヴィが叫ぶと、イナ・フォグが後ろを振り向き二人を見た。
「――軍需工場の内部よ」
――
数メートルはあろうかという分厚い壁をいとも簡単に崩したイナ・フォグ。 鎌を振り続ける事で何故、数メートルの厚さの壁が破壊されたのかはラヴィにも良くわからなかった。
三人はそのまま破壊された扉の瓦礫を乗り越えて、前へ進んだ。 すると、破壊された扉の奥には夥しいほどの人骨が折り重なるように積み重なっていた……。
「うえっ、これは酷いですね。 何で人間様がこんなに……」
コヨミは長い袖口を口に当てて目を見開いている……。
「恐らく、ペイル・ライダーが暴走した際に逃げようとした人間達の亡骸だと思うのだ」
ラヴィはコヨミにそう答えると、悲し気な様子で人骨を見渡した。 ラヴィの哀愁漂う瞳は神と呼ばれた人間に哀悼を持った瞳では無い。 多くの過ちを犯した結果、因果応報の炎に巻かれて滅亡した人間に対する”やるせなさ”が漂っていた。
人骨にはまだ服を着ている姿の者も何体かいた。 その中で、何やらメモ書きのような紙を握りしめている人骨もあった。
ラヴィは手に紙を握りしめている人骨からその紙を抜き取り、書いてある文字を読んでみた……。
……
『――大量の放射線に晒されながらなんとかここまでたどり着いたが、あまりの仕打ち……すでに避難通路は閉鎖され、いくら叩いても、いくら叫んでも開く事は無い。
多くの仲間が折り重なるように死んでいる……。 皆、放射線を浴びながらも必死に此処までたどり着いたのだ。 だが、奴らは俺達を見捨てて工場を閉鎖し、自分達だけさっさと逃げて行った。
……ペンを持つ手から体液が滴り落ちる。 私の周りには赤く腫れあがった遺体がそこら中に横たわり、悪臭を放っている。 もう私も間もなく彼らと同じ運命を辿るだろう。
……神よ、せめて私の妻と子に別れを言わせてください……私の声を二人にお届けください……。
……私は、二人を愛していると……』
……
メモ書きは此処で途切れており、最後の二行は走り書きのような乱雑な筆跡で解読するのに苦労した。
「フン……神か……」
(そんな者に祈って何になるのだ。 奴らが人間の願いなど聞くはずもないだろう……だって、人間は……)
ラヴィは吐き捨てるように呟いた後、苦々しい顔をしてメモ書きを握りしめた。 そして、クシャクシャに丸まったメモ書きを再び人骨の手に握らせた。
「ねぇ、アータ、今の紙に何が書いてあったんですか?」
コヨミが後ろから顔を出してラヴィに聞くと、ラヴィは「この扉を開ける為のマニュアルが書かれていたが、間に合わなかったようなのだ」とウソを言った。
「……ふーん。 すでに扉はぶっ壊れちまいましたから、今更そんなメモ見てもしょうがないですね……」
コヨミが残念そうに言葉を吐くと、奥からイナ・フォグが「私からあまり離れないで! 早くこっちへ来なさい!」と二人を呼んだ。
コヨミは人間の遺体にはすっかり興味を失くしたのか「はぁーい」と返事をして人骨を踏みつけながらイナ・フォグの背中を追いかけて行った……。
(……さっきまで死体に向かって祈りを捧げていたヤツのする事じゃないのだ……)
ラヴィはコヨミの様子に呆れた声で「ふぅ……」と立ち上がり、そこら中に積み上がっている人骨を踏まないように大きくジャンプして瓦礫の上に着地した。 そして、ジャンプを繰り返し、瓦礫の上に飛び移りながらイナ・フォグとコヨミを追いかけた。
――
三人は赤いライトが点滅する薄暗い避難通路を歩いていた。 暫く歩くと白い自動扉が三人の行く手を阻んだ。 扉の上部には『……封鎖中……』と表示された電光板が赤い文字を点滅させながら光っていた。 そして、扉の真ん中にはめ込まれたレンズのようなガラスから、何やら青いレーザーがこちらに向かって照射されていた。 ラヴィが扉の前に立ち、そのレーザーに当たると、側壁に設置されている液晶モニタに『不適格……侵入禁止』という赤文字が表示され、扉はピクリとも動かなかった……。
「うーん、工場の関係者じゃないと入れないようなのだ」
ラヴィが顎に手を当てて困った様子を見せると、後ろからイナ・フォグが「ちょっと、どいて――」と言って、ラヴィが横に退くと同時に自動扉を豪快に蹴り飛ばした。
大きく“くの字” にひしゃげた扉はそのまま勢いよく外れ、奥の壁へと激突し、さらに壁にめり込んで煙を上げた……。
「さぁ、開いたわ……中へ入りましょう」
イナ・フォグは眉一つ動かさずにラヴィとコヨミに言い放つと、スタスタと奥へ入って行った……。
扉の奥は大きな部屋になっていた。 チタンのような鋼板の壁にオイルがしみ込んだ無機質な部屋には、白衣を着た人間の白骨死体が至る所に横たわっており、工場内で生き残っていたショル・アボル達が勢いよく破壊された扉に驚いて、壁にめり込んだ扉の残骸の前に集まって来ていた。
「あっ、ショル・アボルが居ますよ!」
ショル・アボル達はコヨミの声に反応して三人の姿を視認すると、間髪入れずに咆哮を上げて三人に襲い掛かってきた――!
工場内のショル・アボルは放射能に対する耐性が強いようで、分厚い金属で覆われた装甲車のような亀型のショル・アボルや、メタリックな外見のゴリラ型のショル・アボルなど放射線が透過しにくい素材で製造されているようだった。 しかし、性能自体は地上のショル・アボルとさほど変わりがなかった為、所詮イナ・フォグ達の敵では無く、三人に襲い掛かって来たショル・アボル達はあっさりと返り討ちにされた。
――ラヴィの例の魔導書は、彼女の頭上でフワフワと浮いていた。 だが、ラヴィは魔導書を手に取って使用する事はなかった。 単に子熊がいるせいで懐に隠す事が出来なかっただけで、ショル・アボルへの攻撃は腰に掛けているポシェットから取り出した手りゅう弾を使用していた。
『アル、「外の世界の者」は召喚してはダメよ。 アナタの力は有限、フリーズ・アウトと戦う時までなるべく使わないようにね』
そうイナ・フォグから念をつかれていたので、ラヴィは今回の作戦では気味の悪い本の力を使わないと決めていたのであった。
ラヴィが術を使用せずとも、イナ・フォグによってほとんどのショル・アボルが一撃で破壊された。 イナ・フォグの攻撃を辛うじて避けたネズミのようなショル・アボルもコヨミが腰に下げていたレーザー銃によって粉々に破壊された。
コヨミのレーザー銃はハギトとの戦いでは使用出来なかったが、ディ・リターで製造されている武器の中では最高峰の攻撃力を誇っていた。 ハギトやフルといったレーザーが全く効かない敵に対しては役に立たないが、ショル・アボルに対しては無類の威力を誇り、真っ白い細身の銃身から放たれる高出力のレーザーはショル・アボルの装甲を泥のように溶かし、破壊した。
だが、コヨミがレーザー銃を使用出来るのも、比較的簡易な構造のショル・アボルのみであり、重水素なんぞを利用しているショル・アボルに高出力のレーザーなど照射しようものなら核爆発が起こりかねない。 したがって、ラヴィからこの先はレーザー銃の使用を控えるように注意され、せっかく日の目を見たコヨミのレーザー銃は再びお蔵入りとなった……。
その代わり、コヨミは背中に背負っていた重そうなガトリングガンをヒョイと手に取って、軽快な動きで亀型のショル・アボルを粉々にしていた――。
ショル・アボル共を難なく破壊した三人は、部屋の中を調べてみた。 人間の死体と破壊したショル・アボルの残骸以外は特筆すべき物は何もなく、隣へ続く扉があるだけであった。 扉はやはりレーザー認証によって開錠するタイプであり、扉を壊して隣の部屋に入ると、今度は作業所のような部屋になっていた。
奥の壁に直列して並べられている大型の機械からベルトコンベアが流れており、ベルトコンベアの上には鉄クズのような塊が乗っていた。 その塊はイナ・フォグ達の手前にあるローラー型の機械に吸い込まれ、その機械の吐出口からは次々と分厚い鉄板が吐き出されていた。
この部屋も大して重要な部屋では無さそうで、三人はさっさと別の部屋へ移動しようとしたが、壁に貼られた掲示板の中で『工場案内図』が掲示されていたのをコヨミが見つけ、ラヴィとコヨミのデバイスに案内図を記録した。 迷路のような構造の工場内部を進むためにはこの案内図は非常に有用であり、案内図を発見したコヨミはドヤ顔で胸を張っていた……。
工場の案内図を見ると工場内はツリー構造をしていた。 地上から最も近くに位置する大部屋が複数の中部屋へ繋がっており、さらに中部屋からトンネルのような通路が複数接続され多くの小部屋へと繋がっていた。 中部屋へ接続されている小部屋は工場で勤務していた人間達の部屋になっていたようで、狭い部屋に三段式のベッドが幾つも設置されており、随分と劣悪な環境で働かされていたようだった。
中部屋は先ほどの作業所のような部屋や、食堂、食料貯蔵庫、研究室、コンピュータが大量に置かれているサーバールームなど多種多様な部屋がそれぞれの中部屋と繋がっており、数ある中部屋の内から大部屋へ行くための通路がある部屋を探さなければならなかった。
案内図によると、大部屋に繋がっている中部屋は『研究室』と『会議室』であった。 その他幾つかの部屋が大部屋へと繋がっているはずだが、案内図自体の色あせが酷く、二つの部屋が大部屋へ繋がっている事しか視認出来なかった。
三人がいる作業所からは研究室が一番近く、まずは研究室を目指すことになったのだが、作業所の扉を開けた瞬間、隣の部屋にはわんさかとショル・アボルが徘徊していたので、なるべくショル・アボルが居ない部屋を選択して研究室へ向かう事となった。
部屋と部屋を繋ぐ通路にはショル・アボルの他にミトゥルもいた。 工場内のミトゥルは地下通路にいた種類とは異なり、掃除機のような形をしたものや、そこら中に水を撒き散らす貯水槽のような形をした大型の種類など数種類のミトゥルが稼働していた。
いずれのミトゥルも終わりの無い除染作業に明け暮れており、床に粉末状の白い薬剤を塗布して1000年以上もひたすらブラシで床を磨き続けている姿を想像すると、感情の無い機械とは言え、憐憫の情を抱かずにはいられなかった。
――ミトゥルに関しては危害を与えてくる訳でも無いので、むしろ同情すら湧いて来る儚い存在であったのだが、三人にとってショル・アボルはただ邪魔な存在でしかなかった。 しかも、工場内のショル・アボルは放射能汚染されているので食料としても不適格であることが、目障りな存在として拍車をかけていた。
本来、ショル・アボルの攻撃力自体は三人にとっては全く脅威ではなかったので、発見次第殲滅しても差し支えのない存在であるはずだが、ショル・アボルは破壊されるとその都度爆発を起こす。 その爆発が厄介であり、放射能濃度が高い工場内では放射性物質が拡散してしまい、広範囲に汚染が広がってしまう。 また、爆発した場所に放射性物質などあれば甚大な被害を及ぼす可能性もあった……。
ショル・アボルを爆発させないで破壊するには、ショル・アボルの爆発の原因である体内の核をイナ・フォグが石化すれば可能であった。 だが、大量のショル・アボルを一匹ずつイナ・フォグが対処するのは現実的ではなかった。
したがって、ショル・アボルを破壊する為には多少の爆発は避けて通れなかったので、なるべくならショル・アボルとは戦わずに研究室へと向かう必要があったのだ――。
――
各部屋に蔓延るショル・アボルから逃げつつ、研究室へたどり着いた三人。 ご多分に漏れず、研究室の入口はID認証の自動ドアでロックされていた。 躊躇なく破壊して室内に侵入すると、室内は部屋の真ん中にコンピュータが置かれた二、三十台の小さな机が寄り集まって島を作っており、その島の周りに大小さまざまな機械が設置されていた。 いくつかの机の前には突っ伏したままで白骨化した白衣姿や、軍服姿の人間の遺体が放置されていた。
机が置かれている島の奥は工場の最奥である大部屋へ続く扉があり、島の右側にはガラス張りの部屋へ繋がっている扉が見えた。
ガラス張りの部屋へ続く扉には『実験室』と書かれた札が掛かっていた。 ガラス越しから部屋を見るとかなり広い部屋のようで、薬品や計器類が入っている多くのガラス棚が並べられており、流し台やエアシャワーなども設置されていた。
イナ・フォグとコヨミは、ガラス張りの実験室の扉を叩き壊して中へ入った。 イナ・フォグは棚に並べられある薬品類を興味深そうに眺めており、コヨミは奥へ行って人間が入れるくらいの大きさのカプセルベッドのような機械を物色していた。 カプセルベッドのような機械からは特段目立った発見は無く、コヨミは実験室の奥へ行った。 すると、まるで巨大な金庫室のような鋳鉄製のハンドルがついている扉があった。
「……貴金属でも保管してるんですかねぇ?」
コヨミはどうせ鍵がかかっているのかと思い、扉のハンドルをねじ切ろうと思い切り回した。 ところが、ハンドルは思いのほか簡単に回転して扉が開いた……。
室内はコンクリートの壁で塗り固められた強固な構造をしており、非常用食料や発電機、ベッドや机などが並べられていた。
「どうやら核シェルターのようね。 ロックもされてないという事は誰も使っていなかったのかしら?」
コヨミの背後からイナ・フォグが声を掛けた。
「……てことは、イスの上でシャレコウベになっている人間様は、放射能漏れが起こる前からすでに死んでいたってことですね。 放射能漏れが起こった後に死んだんなら、そもそも、シェルターに避難してないとおかしいですからねぇ」
コヨミの推測が正しいかどうかは分からない。 もし、コヨミの推測が正しければ、過酷な労働の末に机上で頓死したか、あえて核シェルターに避難せずに仲間達と運命を共にした者達なのかも知れない。
イナ・フォグとコヨミが実験室にいる間、ラヴィは机に置いてある資料やコンピュータを調べていた。
いつの間にかラヴィの懐に隠れていた子熊は、机の上に乗って興味深そうに机の上に置いてあるロボットの置物に鼻を近づけてクンクン匂いを嗅いでいた。 机の上に置いてある物は殆どが従業員の私物であり、何の価値も無いものばかりだった。 しかし、白骨化した遺体が突っ伏している机の上には、長い筒のような機械の模型が整然と置かれており、その傍らに『M・ビナー型人工知能の育成』と書かれたマニュアルのような小冊子があった。 遺体の頭蓋骨はこめかみの部分が破損しており、床には旧式の拳銃が転がっている様子を見ると、恐らくこの白骨死体は自らの手で命を絶ったのだと推測された。
軍服を着た白骨の前の机には他の机と違って大量の書類や物が堆く積み重なっており、机の上には何かの設計図や天使を象った模型に混じってマルアハに関するノートが置かれていた。
そのノートには『ハギト』『フル』『ベトール』『オフィエル』『ファレグ』の名が記されており、それぞれの外見と能力、性格等が詳しく記載されていた。 それらマルアハに関する記載の後には『アラトロン』の名が記されていたがアラトロンについては「詳細不明」としか記載されていなかった。 そして、そのアラトロンに関する記述から、さらにページを捲ると、今度は赤文字で『オク』という文字が記載されていた……。 文字が記載されている部分から下は何者かに破られており、この『オク』という文字が何を指すのか不明であった。
ラヴィは神妙な顔をしてこの『オク』という文字をしばらく見つめていたが、イナ・フォグとコヨミが実験室から出てくるとノートをパタンと閉じて、何事も無かったかのように子熊を抱いて二人の傍へと歩み寄った。
――
三人は一通り研究室を調べた後、いよいよ最奥へ続く扉を破壊し、大部屋まで向かう通路へ侵入した。
ところが、扉を破壊した瞬間、ラヴィとコヨミのデバイスから放射能濃度が異常に濃い事を警告する表示され、ラヴィは慌てて研究所へ引き返した……。
ラヴィは子熊への放射能汚染の影響を懸念して大部屋まで続く別のルートを探そうとイナ・フォグとコヨミに提案した。 ところが二人は「面倒くさい」と言う理由でラヴィの提案に反対した。
「残念だけど、これ以上ショル・アボルを連れて行くのは危険だわ。 ここへ置いて行きなさい」
「ペイル・ライダーを持って帰る時にどうせ戻って来るんだから、その時に回収すればいいじゃないですか!」
しばらく子熊を抱きしめて駄々をこねていたラヴィであったが、結局、イナ・フォグとコヨミに説得されて仕方なく子熊を研究所へ置いて行く事になった。
子熊型のショル・アボルは実験室の奥にあったシェルターへ閉じ込めておく事となり、ラヴィは「必ず戻って来るからイイ子にしているのだ」と子熊の鼻に優しく口づけをしてて別れを惜しみつつ、シェルターに外側から鍵をかけて再び大部屋まで続く通路へと向かって行った。
通路にはショル・アボルの死体が転がっているだけで、先ほどまで大量に徘徊していたショル・アボルは見る影も無かった。
「恐らく、ここにいるショル・アボルは逃げ遅れた個体だと思うのだ……」
通路に充満するガスはデバイスで調べてみると、放射性物質の他、アンモニアや硫化水素などショル・アボルにも影響が出る物質が含まれていた。 ラヴィは恐らく大部屋に何らかの原因で猛毒ガスが充満し、人間やショル・アボルが一斉に逃げ出した後、封鎖されたのであろうと推測した。 そして、逃げ遅れたショル・アボルは毒ガスの影響で死に絶え、新たに製造されたショル・アボルも封鎖された空間では活動できずに死んでしまっていると考えたのだが、通路を進むにつれて、その考えが誤りであった事が分かった。
通路をさらに奥へ進むと、ショル・アボル=ヨルムンガント型の巨大な死体が転がっていた……。 このヨルムンガントは一体どこからやって来たのであろうか? もし、工場の外から穴を掘り進みながら内部へ侵入してきたのだとすれば、大部屋で製造されたショル・アボルはその穴を伝って外へ逃げ出している可能性がある。 密閉された環境でガスが充満し続ければいずれ爆発が起こるはずだ。 ガスを逃がす穴がそこら中に開いていると考えれば爆発が起こらないのも合点がいった。
――こうして、三人は漸く工場の中心部へ到達した――。
「――うわゎ! 何この部屋! メチャクチャ広いじゃないですか!」
悪臭漂う通路を抜けた三人は、実験室のような部屋へ出た。 三人の目にまず飛び込んだのは、床一面に広がる壊れたガラス管であった。
もともと、このガラス管は床の上に直立している四角い箱型の機械の上に接続されていたようだったが、この謎の機械の殆どが破壊されていたり、倒れていたりして破損していた。 錆び果てたスチールのような金属製の床は、先ほどの通路と同じく腐敗したドロドロのオイルや液体に塗れており、そこら中に転がっている割れたガラス管は液体に侵食されて、ドロドロに溶けて床と同化しているかの様であった。
そんな悲惨な状態の中、かろうじて三つのガラス管は銀色の液体で満たされたまま太いダクトで機械に繋がれており、現在も稼働しているようであった。
5階建てのビルくらいある高さの天井には“あみだくじ”のように鉄骨が組まれており、マジックハンドのような鉄製のアームがレールのように鉄骨の溝に滑車を滑らせて走っていた。
天井を走るアームは複数稼働しており、三つのガラス管から真珠のような白く光る物体を取り出して再び天井まで上昇すると、鉄骨を伝って隣の部屋へと移動していた。
「あれはショル・アボルの核――つまり、メカシェファの核を培養した疑似アニマを造り出す装置なのだ」
ラヴィが口を開くと、イナ・フォグは分かっているように頷いた。 コヨミは全く理解できないようで首を傾げている……。
――銀の液体で満たされたガラス管の中にはショル・アボルの器である疑似アニマが培養されており、疑似アニマが完成するとガラス管の下部にある操作盤の緑色のランプが点灯する。 すると、ガラス管の上部が水蒸気を放出してプシューと開き、天井に敷かれた鉄骨を伝ってUFOキャッチャーのような四本指のアームが長いワイヤーを伸ばしてガラス管の中にある疑似アニマを掴み、再びワイヤーを収縮させて隣の部屋へ運んで行くのだ――。
「……恐らく向こうの部屋に器を処理する装置があるはずだわ」
イナ・フォグが顔を向けた先にはボルトで固定された錆びだらけの高い鉄壁が聳え立っていた。 壁は12、3メートル程の高さであり、天井を這うアームは鉄壁を越えてそのまま奥に見える塔のような機械に向かっていた。
隣の部屋はガラス管のある部屋よりも数倍広かった。 部屋を囲む鉄壁には高さ5メートルくらいの間隔で二段の足場が設置されており、足場の上から中央に設置されている直径20メートル程の巨大なサークル状の機械を見下ろす事が出来た。 サークル状の機械の奥には放射状に床を走る複数の太いパイプが接続された高楼の煙突状の機械が設置されており、隣の部屋からアームによって運ばれてくる疑似アニマがその著大な機械の中へ放り込まれた。
――煙突状の機械に疑似アニマが放り込まれると、機械の下部に設置されているアナログメーターが動き出し、機械の表面に赤いランプが灯り、バーグラフのように下から上へと段々上がって行く――。 そして、けたたましいアラームが鳴ると、赤いランプは緑色のランプへ替り、緑色のランプは再び段々とレベルダウンして行った。 煙突状の機械の表面が緑色のランプへ切り替わると、手前のサークル状の装置がピカピカと輝きながら回転し、蒼白い光の輪が湧き出てくる。 その中から新たなショル・アボルが出現するのであった――。
ショル・アボルはこの部屋の地下で製造されていた。 だが、地下への出入口は何処にも見当たらず、サークル状の装置をいくら操作しても地下へ行くことは出来なかったので、ショル・アボルの製造を止める為には煙突状の機械を破壊するしか方法はなかった。
イナ・フォグを先頭に三人は鉄壁を飛び越えて、隣の部屋へと侵入した。 床に設置されているサークル上の機械には青い光が湧き出ており、奥に見える煙突状の機械は緑色に点灯していた。
「――あれは?」
イナ・フォグが首を傾げて煙突状の機械を見つめる――。 右手には白蛇の鎌を握っていた。
「ショル・アボルを運搬する機械のようなのだ。 恐らく、地下にショル・アボルを製造する機械があり、そこにペイル・ライダーがいるに違いないのだ……」
ラヴィは緊張した様子でポシェットの中に手を入れて、爆弾の数を手の感触で確かめているようだった。 コヨミは背中に背負っていたガトリングガンを構えてサークル状の機械に向かって狙いを定めている。
ラヴィとコヨミはデバイスを起動させており、二人共アイン・ネシェルを目に装着して、いつペイル・ライダーが襲ってきても良いように臨戦態勢に入っていた。
「……」
三人はサークルを睨みつけていたが、五分経っても何も出てくる気配は無い……。 ただ『ブーン……』という機械の稼働音だけが不気味に響き渡っている。
「……何も起きませんねぇ」
コヨミはサークルを睨みつけていた目を外し、サークルへ近づこうと足を一歩踏み出した。
その瞬間だった――
――突然デバイスが強制起動し、コヨミの前に真っ赤なフィールドが展開された!
「キャッ、何――!?」
血のような深紅の画面がどす黒い文字で埋め尽くされる――
11000010101110 11000010101010 11000011110011 死 11000011100111 11000010100110 11000010111000 11000011100011 11000011001110 11000010101011 11000011001101 11000011001110 11000010110011 11000010101000 11000000000000 死 11000011100111 11000010101110 11000011100111 11000010100110 11000011100000 11000010111000 11000011100111 11000010100110 11000011001110 11000011010010 11000011010011 11000010101101 11000010100010 11000011101010 11000000000000 死 11000011100011 11000011101001 11000010111101 11000010100110 11000010111000 11000011100101 11000011001110 11000011001111 11000011001010 11000011001110 11000010100100 11000011101101 11000000000000 11000010111000 11000011100111 11000010100110 死 11000011100011 11000011010010 11000011000011 11000010111001 11000010100100 11000011001110 11000010110011 11000011001000 11000011101111 11000011101010 11000011110010 11000010100010 11000011101001 11000011101111 11000010111001 11000000000000 11000010101010 11000010110100 11000011101100 11000011101011 11000011010010 11000011001000 11000011100010 11000011010010 11000010110101 死 11000010101011 11000011101001 11000010111010 11000000000000 11000010111111 11000011000000 11000011001111 11000011101011 11000011001110 11000011101000 11000011001110 11000011100110 11000011100001 11000011001110 11000010110100 11000011001000 死 11000000000000 11000010111111 11000010110001 11000010101101 11000011100010 11000011001110 11000011100010 11000011000100 11000010100100 11000011001011 11000011001111 滅 11000011010011 11000011001100 11000000000000 11000011010010 11000011001000 11000010101000 11000011001011 11000010101011 11000010111100 11000011001110 11000011011110 11000010101000 11000011001110 塵 11000011001011 11000010101010 11000011001010 11000010111000
「――なっ!? デバイスがハッキングされた!?」
『……アは母は……あハハhaは……227 129 175……U+306F……11000001101111 11000011001111』
「――アル、コヨミ! どうしたの――!?」
二人の狼狽した様子を見てイナ・フォグが叫んだ!
すると、けたたましい警報音が鳴り響き、サークルを取り巻く青い光が柱のように長く伸び――
――中から五体の奇妙な機械が現れた!




