裁きの毒
「――それが、レヴェドの破壊をライコウ殿にお願いする理由なのです……」
ファルサが話を終える頃には、いつの間にかアセナと彼の娘二人がベッドの上に座っており、ファルサの言葉に「うん、うん」と頷いていた。
「つまり、レヴェドの奴はマザー信仰を掲げながら、裏ではマザーの正体を探ろうとしていたのでマザーの逆鱗に触れたと……。 それで、マザーはライコウ殿とアラトロン嬢にレヴェドの粛清を命じたという訳か」
娘二人に囲まれながら、納得したように腕を組んで自身の見解を述べるアセナ。 アセナの見解は誤っていたが、その場にいる者達は皆アセナの言葉に同意したように頷いた。
「……まぁ、ウチも本当はマザーが何者なのか、知りたいって言えば知りたいですしぃ。
ちょっとだけ、レヴェドとかいうヤツの気持ちは分からないでもないかなぁ」
「――なっ!? コヨミ、お前は何を言ってるんだ!」
コヨミの放言にカヨミが慌ててコヨミの口を塞ごうと、アセナを押しのけてカヨミに掴みかかろうとした――。
「キャー! ウソ、ウソ! ライコウ様ぁ、お姉ちゃんがイジメるよぉ!」
まるでベッドの上でじゃれ合っているようにしか見えない二人の姉妹を、ファルサとジャーベは呆れたように口を開けて眺めている。 だが、ライコウは存外、真剣な眼差しでコヨミの言葉を受け止めていた。
「……コヨミ、それは君が知る必要は無い。 何人も彼女の正体を知る必要は無いんだ。…………以外は……」
ライコウは自分の口調の変化に気づいていないようだった。 ライコウの突然の変化にこの場にいる者は全員口をつぐみ、下を向いているライコウを見た。
「……ライコウ殿……?」
数秒の沈黙の後、黙ってテーブルを見つめるライコウにアセナが声を掛けた。
「うん――?」
ライコウはアセナの問いかけに驚いたように顔を上げ、キョトンとしているコヨミを見つめた。
「キャッ♡ ライコウ様、そんなにウチを見つめなくても、分かってますよぉ! ウチにはマザーの事なんて知る必要は無いですよねっ!」
コヨミは頬を紅潮させてパイロットジャケットの長い袖を振り乱しながらライコウの傍へと駆け寄った。
「さっきの言葉は冗談ですぅ。 だから、もう一度、ウチの名前を呼んで叱ってください♡」
コヨミは叱られるのが好きなのかどうか分からないが、常人には理解できない思考を持っている事は間違いないようだ。
ライコウは先ほど自分が口に出した言葉をすっかり忘れているようで、銀色の瞳を潤まして顔を近づけるコヨミに困惑した様子で「――なんじゃ、急に訳の分からん事を言って!」と口づけを迫るコヨミの頬を必死に押さえつけた……。
――
ディ・リターの四層にはバハドゥル・サルダールと同じく『大聖堂』と呼ばれるマザーが居る建物があった。
四層は大聖堂が存在するだけのエリアであり、他の階層よりもはるかに狭く、敷地面積は300万坪ほどであった。 とは言え、バハドゥルの大聖堂の数倍広い敷地を有しており、三カ所あるマザーの居住地の中では最大であった。
三層から四層へ行くためには、三層の西側に設置されているエレベータから下へ降りなくてはならならなかった。 エレベータは車両型器械専用のエレベータと、生物型器械専用のエレベータが分かれており、作業用機械も器械と同じエレベータを使用して四層へ移動していた。
エレベータの設置されている場所はガラス張りの神殿のような厳かな建物の中にあった。用もない一般市民は例外なく立ち入りできず、まずは建物の入口を守護するゼルナー達に四層へ行く目的がはっきり言えない者は追い返されるか、逮捕された。 目的を告げた者も守衛によるデバイスでの身体検査を受けなければならず、身体検査の結果によっては建物内へ入る事は許されなかった。
だが、四層内で仕事をする作業用機械は機械を管理するゼルナーが同伴していれば、一般器械と違って比較的スムーズに建物内へ入る事が出来た。 これは、四層が大規模な工事を行っているからであり、作業員の輸送を最優先にするようにと言うマザーの指示があったからである。
一般器械達は守衛による身体検査が終わると、訪れた目的に応じてそのまま四層に行けるかどうか判断が下された。 マザーに謁見する目的が無い器械はそのまま四層へ行くことが出来るが、マザーに用がある器械はゼルナー達による尋問が行われた。 マザーに会おうとする器械は殆どがゼルナーになろうとする器械であり、他の要件でマザーに会おうとする者はゼルナー達による尋問で拒否される事が多かった。
一般器械がゼルナーになる為には、ゼルナーから推薦を受けた性能の高い器械でなければならない。 ゼルナーから推薦を受けた器械は、器械を製造する工場である『ユータラス』でマザーが発行したデジタル許可証を取得する。 そして、推薦をしたゼルナーと共に守衛にその許可証を提示し、尋問を受けなければならなかった。 ゼルナーになる為に四層へ行く器械は、一日あたり一人いるかいないかの割合であり、一般器械にとってゼルナーになる道は非常に険しいものであった。
――こうして、守衛による検査を通過した器械と作業用機械が四層へ行くことが出来るのだが、四層へ初めて来た器械は、他の階層と全く異なる光景に瞠若して立ち竦むことだろう。
なんと、広大な敷地には絶滅したはずの動物が、穏やかな日差しを浴びて草原を跳ねまわっている姿が眼前に広がっているからだ。
……ところが、残念ながらこの楽園のような光景は、全てマザーが造り出したホログラムであった。 実際は何の舗装もされていない荒地の向こうに厳かな聖殿が見えるだけである。
――
そんな幻影の緑に囲まれた美しい敷地にイナ・フォグとラヴィの姿があった。
二人はマザーに会う為に奥に聳える大聖堂へと向かっていたのであったが、二人とも目の前に広がる光景が幻影であると分かっているようで、絶滅したはずの動物たちが走り回っている姿にも特段驚いている様子はなかった。 ラヴィは何だか苦虫をかみ潰したような渋い顔をして、イナ・フォグの後ろをトボトボと歩いていた。
「……そんなに警戒しなくても、もう、アイツはアナタを牢屋へ入れる事はしないし、身ぐるみを剥がして精密検査する事もないわ」
「――むむ、分かってるのだ!」
――イナ・フォグは、自分が何故バハドゥルへ行かなければならないのかをマザーに問い質す為、大聖堂へ向かっていた。
それは良いとして、何故、イナ・フォグと一緒にラヴィがついて来ているのか? それは、イナ・フォグがラヴィに対する指名手配を解除するようにマザーに口添えするつもりであったからだ。
ラヴィは知っての通り『ウソつきアル』として、全国に指名手配を受けている犯罪者である。 ラヴィが犯罪者となった理由は、マザーしか知り得ない情報をラヴィが知っていたからであった。 ラヴィが何故、マザーが隠蔽している過去の記録を知っているのか? マザーはその秘密を知ろうとラヴィを捕らえ、彼女のメモリに格納されている情報を全て引き出そうと企図したのである。
ところが現在、ラヴィはイナ・フォグとライコウの監視下に置かれ、ライコウだけにはペラペラと淀みなく秘密を喋り倒すようになっていた。 (ライコウがあまりラヴィを詮索しないので、秘密の半分も話していないが……) もはや、マザーがラヴィを捕らえて秘密を探る必要は無かったのであった……。
……
二人が大聖堂の傍へ近づくと、美しい彫刻で装飾された巨大な門扉が見えて来た。
門扉の前には数名のゼルナーが立っており、イナ・フォグの姿を見るや否や、キビキビとした動作で敬礼をし、身分証の提示を求めずにそそくさと門扉を開き始めた……。
「――うゎ! 眩しいのだ――!」
門扉が開かれた瞬間、目も眩むほどの光が門扉から漏れ出でて、イナ・フォグとラヴィの顔を照らした。 ラヴィは思わず目を瞑り、首に下げていたアイン・ネシェルを装着した。
「――!? こ、この光景は――!」
ラヴィが驚いて目を見張った門扉の先に広がる景色は、先ほどまで二人が歩いてきた幻影の草原と同じく、美しい緑に囲まれた庭園であった……にもかかわらず、ラヴィは驚嘆してアイン・ネシェルを外し、息を飲んだ。
「……ほ、本物の植物……し、しかも……」
ラヴィが狼狽えるのも無理はなかった。 二人の目の前に映る草木は、先ほどまでのホログラムの虚像とは異なる本物の植物であった。 しかも、木々に止まって歌を歌う小鳥や、土を掘るイノシシ、草原を駆け巡るウサギなどの小動物でさえ本物の生物であり、木製の柵に囲まれた花壇に咲き誇る色とりどりの花には、蜂や蝶々と言った虫達が群がっていた。
「なっ、何故なのだ……?」
ラヴィは信じられない様子で呆然と立ち尽くした。 ラヴィが口に付いた『何故』という疑問――それは、目の前に広がる光景を疑っていたから出た言葉ではない。
(何故、これほどまでの力を持つマザーが、人間を創り出す事が出来ないのだ……)
敷地内を彩る全ての生物は、マザーが膨大なDNA配列を記したゲノムを解析して創り出したクローンである。 それ程の技術があれば、すでに人間のクローンを創り出す事も出来るはずだ。 ところが、マザーは人間のクローンを創らずに、あくまでも『保護している』と称している人間の死体を利用して人間を復活させようとしている……。
そんなマザーの考えをラヴィは理解する事が出来なかったのだ……。
……
「――さあ、モタモタしてないで、早く中に入りましょう……」
イナ・フォグは後ろを振り向き、目を丸くして立ち尽くすラヴィに一言告げると、この生命が謳歌する驚愕の光景には目もくれず、いつものような泰然とした様子で前を向いて再び歩き出した。
(アラトロンは此処へ何度も来たことがあるのか?)
イナ・フォグがあまりにも平然とした様子であったのでラヴィはそう思ったが、イナ・フォグがこの場所へ来るのは、今回が初めてであった。 承知の通り、イナ・フォグは『ダカツの霧沼』で100年以上隠れるように暮らしていたから当然だ。 だが、初めて来たからこそ、この世界で唯一動物が存在するこの場所にもっと感動してもおかしくないはずなのに、イナ・フォグはまるで何度もこの光景を見ているかのような悠然とした反応であった。
――イナ・フォグとラヴィは小鳥のさえずりが聞こえる草原を進んで行った。 だが、美しい草原もしばらく進むと徐々に赤茶けた土が露出している部分が増えてきた。 そして、さらに進んで行くと土の下には機械のような金属が露出し、一部では地面から何かの機械の表面が完全に剥き出しになっている場所もあった。
巨大な機械が露出した地面には、そこら中でブルドーザーのような工事車両が土を被せており、盛り土が終わった場所に作業用機械達が一生懸命苗木を植えていた。
マザーはこの四層をいずれ緑に囲まれた理想郷にしようと考えているのであろうか?
だが、この様子では四層全体を生物の溢れる理想郷とするには、まだまだ時間が掛かりそうである。 それに、何のためにそんな理想郷を地底に造っているのかも分からない。 いずれ、地上に生命を蘇らせるための準備のつもりなのだろうか?
マザーはここで工事を行っているゼルナー達に、自分の目的の一部を伝えた事があった。
『ここに箱舟を造るのです』と……。
マザーは何か明確な目的を持って、この四層に生命を再び蘇らせようとしているようだった。 だが、その目的はマザーの断片的な言葉では理解する事が出来ず、マザーも理解しがたい言葉でしか、自分の目的を説明しようとしなかった。
――
そこら中で工事車両が走り回る金属の大地を歩き続けたイナ・フォグとラヴィは、ようやく大聖堂の前まで辿り着いた。
大聖堂は白を基調とした四階建ての建物であり、三階の部分から伸びる空中廊下が両脇の二階建ての付属建物と繋がっているという連棟式の建物であった。 真ん中の建物の屋上は公園のように美しい花や草木が植えられており、中心には三角錐の塔屋が建てられていた。 塔屋の頂点にはラッパを吹いた天使の像が四層全体を見渡すように設置されており、不毛な地底が生命で満たされるようになるまで見守っているようであった。
聖殿内への出入口は真ん中の建物にあった。 正面の大きな両開きの扉の間には太い石柱が等間隔に設置されており、石柱と石柱の間に護衛のゼルナー達が待機していた。
ゼルナー達は入口へ近づいて来るイナ・フォグとラヴィに気付くと、両脇へ縦一列に整列して二人を出迎えた。
イナ・フォグとラヴィがゼルナー達に手厚く出迎えられて聖堂内に入ると、赤い絨毯が敷かれた大きな広間が眼前に広がった。
広間には数人のゼルナーが立ったまま何かの打ち合わせをしているようで、一生懸命、中央に設置されている巨大な二体の銅像を指さしながら話し込んでいた。
ゼルナーが指さしている二体の像は三階くらいまでの高さがある巨大なものであった。その像は青銅のような金属で造られているようで、男女の人間を模っていた。
正面右側の男性の像は全裸であり、これといった特徴が無い銅像であったが、左側の女性は丁寧に色が塗られており、バラの造形をした赤い髪飾りを桜色の髪につけ、ワンピースのようなドレスに身を纏った姿であった。 そして、女性の銅像の台座にはどこから調達してきたのか、本物のバラの花束が置いてあった。
この二体の人間像の奥には二階に上がる階段が設置されており、階段を上がると広い踊り場に出た。 階段は踊り場から左右に二手に分かれており、らせん状になって二階まで続いていた。
もちろん、イナ・フォグとラヴィは大聖堂の中へ入る事は初めてであった。 だが、イナ・フォグは庭園を歩いていた時と同じく、大聖堂内の様子にはまるで関心が無いようで、そのまま階段を上がらずに奥へと消えて行った……。
ところが、ラヴィは初めて来た大聖堂に興味津々で、イナ・フォグの様子などそっちのけで、キョロキョロと辺りを見渡しながら勝手に階段を上がり、広い踊り場まで駆けて行った。
ラヴィが向かった階段の踊り場の正面は陶磁器のような光沢のある白い壁となっており、その壁に巨大なレリーフが彫られていた。
そのレリーフは、龍のような怪物から逃げる人間を美しい天使達が護っている様子が描かれており、そこに描かれている天使達はそれぞれ特徴的な染料で彩られていた……。
……
……逃げ惑う人間達を護るように怪物に立ち向かう六体の天使。 レリーフを見た者は、まず、悲鳴を上げながら四散する人間達を背に、青白い剣を背中に収めた白い天使の姿が目に留まるだろう。 手前にいる仲間達を鼓舞するようにラッパを吹き鳴らしている姿は美しく、勇壮な佇まいである。
次に、その白い天使の先に、大きな翼を羽ばたかせて宙に浮いている緑色の天使の姿が目に映る。 彼女は七色の弓を引いて、怪物に狙いを定めている様子である。
そして、緑色の天使の先へ視線を移すと、今度は波のように揺らめく杖を持った青い天使が目に飛び込んでくるだろう。 青い天使は両手を大きく広げており、天使の正面には水柱が沸き上がっている。
さらにその先には、沸き上がる水柱を背にした黄金色の天使の姿が描かれている事に気づくはずだ。 彼女は地上に槍を突き刺している姿で描かれており、地上に突き刺さった槍には天から降って来たと思われる青い雷が直撃し、神々しい光を放っていた。
そして、最後には黄金色の天使の先に、炎のような剣を持つ紅の天使と、銃のような武器を構える灰色の天使が恐ろしい怪物と対峙している姿に目を奪われる。 赤い天使が振り下ろしている剣からは半円形の炎が噴き出し、白い翼の生えている漆黒の龍の口から吐き出されている炎と激しくぶつかり合っていた。
天使達の姿は鮮やかな色で塗られており、金や銀、特殊な染料も使用されているようで、贅沢で優美な外観のレリーフであった。
……
……ラヴィは目の前に広がるレリーフをしっかりとメモリに記録した。 何故、記録したのかは自分でも良く分からない。 だが、ラヴィはこの時、名状しがたい使命感に襲われ、何も考えずにこのレリーフの全てを自分の記憶に収めたであった……。
「……アル、何しているの!? 早くいらっしゃい!」
階段の下からイナ・フォグがラヴィを呼んだ。 しかし、ラヴィはイナ・フォグの呼び声が聞こえていないようで、踊り場から左側の螺旋階段を上がろうとした。 すると、後ろからイナ・フォグが待ちかねたようにラヴィの許へ駆け寄り、肩を掴んだ。
「――もう! アナタ一体何をしに此処へ来たと思っているの?」
イナ・フォグが呆れたようにラヴィを咎めると、ラヴィは「えへへ、スマンのだ」と言って、イナ・フォグに従って踵を返し、一階へと降りて行った。
「……さあ、早くアイツがいる部屋へ行きましょう」
二人が向かう先は一階にある『マザーの部屋』であった。 男女の像が立ち並ぶ背後にある大きな階段の裏――階段の幅が広すぎる為に正面からでは気付かないが、階段の奥には白い木目調の観音開きの扉がある。 マザーの部屋はその扉の奥にあった。
――イナ・フォグが扉を開けると、目の前に再び大きな空間が広がった。
まるでパーティー会場のような広間には、壁の所々に大きな絵画が飾ってあった。 飾ってある絵画は、器械が人間を真似て描いた油絵や水彩画であった。 人間の女性や男性の肖像画、風景画などが飾ってあり、中には有名画家の作品を真似た油絵なども飾ってあった。
広間の中心には木目調の大きな丸テーブルが幾つも置かれており、テーブルの周りには装飾が施された立派な椅子が据えられていた。
「――ふえ!? 此処は一体何をする部屋なのだ?」
ラヴィは壁に飾られている絵画を眺めながら目を丸くした。
「……知らないわ。 まあ、大方、器械達がアイツに器を強化してもらう為の待合室として使っている部屋じゃないかしら?」
どうやら、イナ・フォグの予想は正しかったようだ。
広間の奥には両開きの鉄のような扉があり、扉の両脇には鎧姿のゼルナーがガラスのような透明な槍を持って控えていた。 イナ・フォグとラヴィが彼らに近づくと、背筋を伸ばしてイナ・フォグに対して敬礼をし――「本日はアラトロン様がお見えになると承っておりましたので、ゼルナー昇格の儀式は中止となりました」とイナ・フォグに告げた。
二人のゼルナーは、イナ・フォグとラヴィの目の前で重そうな扉を『ズズズッ……』と引きずりながら開け放ち、イナ・フォグとラヴィに向かって畏まった様子で手を差し出して扉の奥へ入るように促した……。
……
二人が奥へ入ると、先ほどまでの優雅な雰囲気とは打って変わって、無機質な鋼鉄がむき出しとなった機械ルームへと出た。
壁には大きな液晶画面が複数埋め込まれており、何やら見慣れない文字が緑色や赤色で表示されている。 奥では青白い光と、赤い光が混合して眩い輝きを放っている。
床は透明な特殊ガラスの床であり、床の下は他の都市と同じようにキラキラと輝く白銀の水で満たされていた。
イナ・フォグとラヴィは透明な床をまっすぐ進んだ。 すると、途中に様々な3Dホログラムが出現し、人間の進化の歴史や、ある家族の幸福な生活を描いた動画が再生し始めた……。 恐らく、これらの仕掛けはゼルナーとなる為に此処へやってくる器械達の為に用意されたものだろう。
イナ・フォグはそんなホログラムの映像に冷淡な目を向けつつ、感心した様子で映像に没頭するラヴィの手を引っ張りながら奥へと進んだ。
――二人がそのまま奥へ進むと、やがて青いバリアに囲まれた大穴へと辿り着いた。
バリアの中は銀色の水に満たされており、大きな鏡面球体が浮かんでいた。 例のごとく鏡のように背景を映し出しているにも関わらず、イナ・フォグとラヴィの姿を映し出す事はなく、二人の代わりにイソギンチャクのような姿をした物体とバハドゥルの大聖堂にいる深海魚のような物体が映し出されていた。 体中に四角いランプを付けているイソギンチャクは回転しながら七色のランプを光らせ、イナ・フォグとラヴィの来訪を歓迎した。
『よくいらっしゃいましたわ、イナ・フォグ。 それと、まさかAL-617A6966も来るとはね……。 貴方達二人が並んでいる姿を見るのは少し意外だけど、知らない間に仲良くやっているようで私も嬉しいですわ』
ラヴィは怪訝そうな顔をして、イナ・フォグの後ろに隠れている……。 鏡に映る深海魚もラヴィと同じくイソギンチャクの後ろに隠れていた。
『AL、そんなに警戒する必要ありませんわ。 私はもう貴方を捕まえようとは思っていないのよ……』
イソギンチャクはそう言うと、体中のライトを回転させながらピカピカと光を放った。
「……それはそうと、アナタ、何で私とライコウをバハドゥル・サルダールへ連れて行こうとするの?」
イナ・フォグは単刀直入に此処へ来た目的の質問をマザーにぶつけた。 すると、マザーも明け透けにイナ・フォグの質問に答えた。
『イン・ケイオスの眷属を破壊して欲しいのですわ』
「――!? ケイオスに眷属が?」
マザーの言葉で目を丸くしているイナ・フォグ――彼女の後ろに隠れていたラヴィは二人の会話を聞いて考えを巡らせた。
(イン・ケイオス……? 恐らくマルアハの事だと思うけど、一体誰の事を言ってるのだ?
ベトール、フル、ファレグ、オフィエル……
……ベトールとフルは違う名のはず……すると、ファレグかオフィエルの事か?)
ラヴィの疑問はそのままイナ・フォグとマザーに聞けば、答えてくれていたかも知れない。 だが、ラヴィは頭の中で考えを巡らせただけで、二人にその疑問を聞く事はなかった。
『――イン・ケイオスには二人の眷属がいますのよ。 一人は貴方達に破壊をお願いするバハドゥルの管理者である元ゼルナー。 そして、もう一人は私にも分かりませんの……どこかに潜んでいるとは思うんだけど……』
イソギンチャクから言葉が漏れると、イソギンチャクは体中のライトを橙色に変化させ、無数の触手をクルクルと振り回した……。
「ふん、ケイオスの眷属ごときで私とライコウの手を煩わせようなんて……。 そんな奴はミヨシに処理してもらえば良いわ」
イナ・フォグは心外な様子で少し眉間にしわを寄せながら肩を竦めた。
『――あら、そう言えば貴方、私の可愛い子を眷属にしたんですってね』
マザーはミヨシを自分の子供だと主張した。 確かに全ての器械はマザーによって創り出されているので、そう言えなくも無い……だが、イナ・フォグはそんなマザーの主張を一蹴した。
「……ふぅ、何が『私の可愛い子』よ。 アナタはメカシェファの核を利用してアニマという装置を造って器械を改造しただけじゃない。 器械を改造しただけで、その器械がアナタの子供という事になるのなら、私の核を利用したミヨシは、もはや私の子供だわ」
「……」
イナ・フォグの反論にマザーはしばし沈黙をした。 その間、イソギンチャクは体中から赤い光を放ち、明らかに不機嫌な様子を醸し出していた。
すると、そんな険悪な空気を察してか、イナ・フォグの後ろからラヴィが咳払いを一つしてからマザーへ声を掛け、話題を変えた。
「……コホン……ところで、マザー。 ワガハイ達はフルを倒す為に人間が造った『軍需工場』を目指そうとしているのだ。 アラトロンが言うには人間が造った『毒ガス兵器』があると言うんだけど、汝は何か知らないか?」
ラヴィは他の器械達とは違い、マザーに対して開けっ広げな態度を取っていたが、マザーは特段気にしていない様子で無数の触手をウネウネと動かした。
『……それは、キーテジ大陸の地下に封印されている「ペイル・ライダー」の事ですわ』
「ペイル・ライダー?」
イナ・フォグもラヴィもマザーの口から出た言葉に聞き覚えがなかった。
『貴方達が知らないのも、無理ないですわ。 人間によって製造されてから1000年以上の間、ただの一度も地上へお目見えすることなく埋もれてしまった破壊兵器ですからね』
マザーの話では、この兵器はとある国家が他国を攻撃する為に製造したものであったが、使用される事無く地下深くに埋もれたままだとの事であった。
『――ペイル・ライダーは暗黒子を媒介として、放射性物質とマナスを結合させた粒子を射出する、М・ビナー型放射性粒子射出装置ですわ』
「すると、毒ガスでは無いのか?」
ラヴィがイナ・フォグの背中から姿を現して、目を丸くした。
『毒ガスではありませんわ。 ただ、マナスと結合した放射性粒子のエネルギーによって物質の内部構造を破壊しまうのだから毒ガスよりも厄介ですわ』
マザーの言葉に今度はイナ・フォグが肩を竦めて、残念そうな顔を見せた。
「ふぅ、気体じゃなきゃフリーズ・アウトに防がれてしまうわ。 それじゃ、残念だけど『軍需工場』へ行く必要はないわね……」
イナ・フォグは物質が気体という状態でなければ、フルには全く効果が無いと思っていた。 彼女は何故、気体による攻撃がフルに有効なのかを考えず、ただ漫然と『気体以外の物質はフルに対して無効である』と記憶していただけであった。
イナ・フォグの主張をマザーはきっぱりと否定した。
『そんな事なくてよ。 気体のような粒子レベルの小さい物体をフリーズ・アウトが変化させる事が出来ないなら、それ以下の極小な物体を変化させる事など出来るはずありませんわ。
そもそも、フリーズ・アウトのスキルは粒子の大小に関係なく、固体と液体という物質の状態をいずれかに変化させるだけのもの――物質の構造そのものを変化させる訳ではありませんのよ』
だが、マザーの言葉にラヴィが口を挟む――
「でも、確かフルによって液体化した仲間達は、皆バケモノになって――」
すると、今度はマザーがラヴィの話の腰を折った。
『――それは、もともと器械がそのような形状であったからですのよ。
貴方を含め、あの子達は様々な金属部品を加工し、組み合わせて創った個体。 もし、フリーズ・アウトによって液状化した後、再度、彼女によって固体化された時には、液体となった体が器械として製造される前の金属部品へ戻ろうとする事は必然ですわ。
でも、彼女のスキルは子供達の体を液状化させるものの、アニマまでは液状化する事が出来ない。 ヒト型や動物型、車両型等に加工された子供達は、その時の記憶を自分達のアニマに残している。 再び元の金属へ凝固する時に、一つの器械であった個体へと戻ろうとするアニマの力が干渉して、結果として器械の形を一部残した状態の金属片となったり、異形の姿へと変化しまったりするんですわ……。
……そして、困る事にその過程でエントロピーがまた少し増大する……』
マザーはそう言うと、悲しそうに体中のライトを青く光らせ、ゆっくりと回転した。
イナ・フォグは暫くラヴィとマザーの会話を聞いていたが、まどろっこしくなったのか、少しイライラした様子で要点をまとめた。
「つまり、その『ペイル・ライダー』という荷電粒子砲なら、フリーズ・アウトは防ぐ事が出来ないという訳ね」
『荷電ではないけど……まあ、そう言う事ですわ。 ただし……』
マザーは体の回転を止めて、注意深く橙色のライトをゆっくりと点滅させ、言葉を続けた。
『……ペイル・ライダーはM・ビナー型兵器。 つまり『人工知能』を持った兵器ですわ』
マザーの言葉にイナ・フォグとラヴィは顔を見合わせた。
「なっ、何だと! それじゃ、地底に埋もれているペイル・ライダーは……!?」
『……製造した国家を壊滅させたから、軍需工場内へ封印されてしまいましたの。 ただ、電力を供給すれば再び動き出す……。
暴走した自我を持った兵器として……』
――『ペイル・ライダー』という兵器の名は、人間達の間で信仰されていた宗教の神話に出て来る天使が呼び出す怪物から取った名だそうだ。
ペイル・ライダーを製造した国家は、メカシェファの力を利用して各国に戦争を仕掛けていたヤマタという国を滅ぼす為にこの恐るべき兵器を開発した。 横暴極まるヤマタ国に対して『裁き』を与えるという目的だったのだが、人工知能を搭載したこの危険極まる兵器は製造直後に暴走し、製造した国家を壊滅させた。
周辺諸国は壊滅した国家が地底に建設した軍需工場や研究施設を封鎖し、ペイル・ライダーを軍需工場内へ閉じ込めた……。
その後、厄災によって地上の生物が根絶やしになり、軍需工場内に閉じ込められていたペイル・ライダーもやがて電力不足となって休止状態になったのである――。
「――はぁ、そんな危険な兵器、どうやって利用するのだ……」
ラヴィは半ば諦めたように溜息をついた。
ラヴィ達が軍需工場へ行き、首尾よくペイル・ライダーを見つけて稼働させる事が出来たとしても、暴走した兵器を『手懐けて』利用する事が出来るのか?
下手すれば、生みの親である国家を滅ぼしたように、稼働させた瞬間に襲い掛かってくるのではないのか……?
イナ・フォグはそんなラヴィの不安を一蹴し、泰然と答えた。
「自我を持っていると言っても、所詮、人工知能じゃないの。 マナスと結合した粒子を放射出来るだけで、兵器そのものはマナスと結合している訳では無さそうだし、人工知能を構成している部分を破壊すれば問題無いでしょ」
「……まぁ、そりゃそうだけど、その人工知能を破壊する事が難しいのではないか?」
ラヴィが顔をしかめて腕組みをすると、イナ・フォグは「それはアナタ達だけでは、無理ね――」と言って、クルクルと回転しながら光を放っているイソギンチャクの方へと顔を向けた。
「――という事だから、私とライコウはアナタの頼みを聞けないわ。 私が障壁を張らなければペイル・ライダーを無力化出来ないから。 バハドゥル・サルダールへ行くのは、軍需工場へ行った後ね……」
イナ・フォグの発言に体の回転を止めたイソギンチャクは、青い光を点滅させながらイナ・フォグに残念そうな声を出した。
「……それは困りましたわ」
「……」
しばしの沈黙の後、イナ・フォグは観念したようにマザーに代替え案を出した。
「……仕方ないわね。 なら、ミヨシをバハドゥルへ行かせるわ。 それなら、文句ないでしょ」
イナ・フォグはそう言って落とし所を提案したが、イソギンチャクは尚もピコピコと青い光を点滅させながら、イナ・フォグにもう一つ要求をした。
「ミヨシの他にライコウも連れて来て欲しいですわ」
「――イヤよ」
案の定、イナ・フォグはマザーの要求を一瞬で拒否した。
「なら、ALはどうかしら?」
ラヴィはマザーの要求に頷く素振りを見せたが、首を横に振りながら難しい顔をした。
「……むぅ、協力したいのはヤマヤマだが、ペイル・ライダーの人工知能モジュールを破壊した後、誰がペイル・ライダーを修理するのだ? モジュールだけ破壊できれば良いが、そんな兵器をピンポイントで一部だけ破壊するなんて芸当出来るとは思えないのだ。 モジュールを破壊すると同時に他の部品も一緒に破壊してしまうに決まっているのだ。
その時、ワガハイが居ないと困るだろう、ん?」
ラヴィの指摘にイナ・フォグも「確かにそうね……」と呟いたが、ラヴィの顔を横目で見ると、何だかラヴィが怪しげな薄ら笑いを浮かべていたので、慌てて首を横に振った。
「――ダメよ! アル、アナタはバハドゥルへ行きなさい!」
イナ・フォグの魂胆をラヴィはすでに気づいていた……。
「フンッ! 汝はそんな事言って、ライコウ様と二人きりになろうと企んでいるのだろう。 そうはさせないのだ!」
「それの何が悪いの! ライコウは私のモノよ――!」
……二人が顔を突き合わせて口喧嘩をしていると、呆れたように白いランプを点滅させているイソギンチャクが口を挟んだ。
『……AL、貴方はイナ・フォグの言う通り、バハドゥルへ行きなさい。 貴方が居なくてもカヨミがペイル・ライダーの修理をしますわ』
マザーはそう言うと、まるでラヴィを脅しに掛けるような言葉を加えた。
『さもないと、貴方には「媒介者」となった原因を洗いざらい白状してもらいますわ』
――もともと、マザーがラヴィを捕まえようとした理由は、ラヴィがマザーしか知り得ない情報を知っていたからだ。 ラヴィが何故、そんな情報を知っていたのか? それは、彼女が『媒介者』という『外の世界の者』の力を借りる事が出来る者であったからである。 マザーは器械であるラヴィが何故、媒介者と成る事が出来たのか、その原因を知りたかったのだ――。
マザーの脅しにラヴィは「ウッ……」と一言狼狽えて、懐に忍ばせていた本へチラッと目を移した。
「……それは、いずれ汝にも分かる事なのだ。 だから、今は言えないのだ」
まるで生き物のように鼓動する本の表紙には、相変わらず不気味な悪魔のような顔が舌なめずりしている姿が描かれていた。
『いずれ分かるからと言って、今言う事が出来ない理由にはならないと思うけど……。 まあ、細かい事はどうでも良いですわ。
とにかく、私の言う事が聞けないのであれば、貴方はバハドゥルへ行くことになるけど、それで良くて?』
「うぅ……仕方ないのだ……」
ラヴィは肩を落として、マザーの命令を受け入れた。
そんなラヴィの様子に、イナ・フォグは赤い唇を少し持ち上げ、朗らかに目を細めながら(嫌味ったらしく)ラヴィを励ました。
「ふふっ、そんなに気を落とす事は無いわ。 私がライコウと一緒にペイル・ライダーとかいう、ふざけた兵器を懲らしめてあげるわ。
だから、アナタはあのコヨミとかいう小娘と一緒に安心してバハドゥルへ行ってらっしゃい」
「な、なっ! 何でコヨミも一緒に行くことになってるのだ!」
……ラヴィが慌ててマザーに問いただすと、マザーはイソギンチャクの体をゆっくり回転させながら白いランプを光らせた。
『あら、そんな事一言も言ってませんわ。 まあ、確かに貴方とミヨシだけでは心許ないからコヨミも連れて行った方がいいかも知れませんわね……』
「ええー!! 嫌なのだ! そんな事したら、アラトロンの奴がライコウ様と二人きりで……」
ラヴィは狼狽した様子でイナ・フォグの顔を横目で見ると、イナ・フォグは満足そうにニッコリとイソギンチャクに向かって微笑んでいた……。
(くくっ! アラトロンの奴め! そんな小賢しいマネしても、ワガハイは絶対諦めないのだ!)
何を諦めないのか分からないが、マザーの命令に背く事が出来ないラヴィはパーカーの袖をキュッと噛んで悔しがっていた……。
――そして、二日後の朝――
「……」
イナ・フォグとラヴィ、そしてコヨミは仏頂面でバハドゥルへ出発するライコウ一行を見送っていたのであった……。
――
ライコウはファルサとジャーベの頼みを快く引き受け、イナ・フォグと一緒にバハドゥルへ行こうと早速準備を始めようとした。
ところが、カヨミとアセナから「二人共バハドゥルへ行くとなると、軍需工場へ行く調査隊のメンバーが心許ない」と諭され、どちらか一人は軍需工場の調査に同行して欲しいと頼まれた。
コヨミは「ウチはお姉ちゃんと一緒に軍需工場の調査へ行きますから、ライコウ様はこっちに付いて来てください」とライコウを軍需工場の調査隊に同行するよう強引に決めようとした。
ところが、コヨミの意見にファルサとジャーベが反対し――
「――ライコウ殿には是非ともご一緒にバハドゥルへ同行して頂きたい!」
と頭を擦り付けてライコウに願い出た。
すると、情に脆いライコウはファルサとジャーベの頼みを聞き入れて、イナ・フォグをディ・リターに残してバハドゥルへ行こうという決心をした。
もちろん、コヨミはライコウの決断に猛反対をしたが、コヨミの頑是ない主張をアセナが一喝し、結局、コヨミはカヨミと共に軍需工場の調査隊に編入される事となった。
――マザーの箱庭から帰って来たイナ・フォグは、ライコウの決断に当然のごとく反対した。 その時のイナ・フォグの激昂ぶりはファルサとジャーベを震え上がらせ、二人はイナ・フォグに向かって必死に頭を擦りつけていた……。
コヨミはアセナの命令でディ・リターへ残る事になっていたので、ライコウの決断を受け入れざるを得なかった。 しかし、必ず反対すると思われていたラヴィが、どういう訳か、たとえライコウと一緒でもバハドゥルには行きたくないと辞退を申し出たのであった……。
……
ラヴィはファルサからバハドゥルで横暴の限りを尽くしていたレヴェドの名を聞いた途端、まるで血の気が引いたように青くなり、フラフラとソファへもたれかかった。
「なっ……アイツがまだ生きていたとは……」
ソファに顔を埋めてうつ伏せになったラヴィに、ファルサは不審そうな顔をして「貴方はレヴェドの事をご存じなんですか?」と聞くが、ラヴィはファルサに返事をせず――
「――アイツの顔を思い出すだけで、ワガハイは全身のオイルが引いたように寒気がして、吐き気を催すのだ……」
と呟きブルブルと頭を振った。
ラヴィはレヴェドの事を良く知っているようだった。 そして、レヴェドを異様なまでに毛嫌いしており、会う事はおろか、思い出したくも無い様子であった。
「……ラヴィよ、何故、そ奴の事をそこまで嫌っておるんじゃ?」
ライコウが首を傾げ、ソファに顔を埋めているラヴィに聞くと、ラヴィは「言いたくないのだ……」と回答を拒否した。
「そうか、言いたくないなら仕方ないのぅ……」
ライコウはラヴィの予想に反してアッサリと質問を止めてしまったので、ラヴィは内心慌てたようで、ソファに埋めていた顔を少し上げ、後ろを向くライコウをチラッと見ながら「アイツは……」と言いかけてライコウの気を引かせると、再びソファへ顔を埋めた。
すると、その様子を見ていたイナ・フォグが、桜色の髪を逆立てながらラヴィを怒鳴りつけた。
「ちょっと、アナタ! 何が言いたいの! 言いたい事があるなら、さっさと言いなさい!」
すると、ラヴィはソファに顔を埋めたまま、レヴェドとの関係を赤裸々に語り出した……。
「ライコウ様、ワガハイはもともとバハドゥルで生まれたのだ……」
ファルサとジャーベはラヴィの告白に驚いて顔を見合わせた。
「――それじゃ、貴方はバハドゥルのゼルナーだったんですか?」
ファルサがラヴィの背中へ再び声を掛けるが、ラヴィはパタパタと足を動かしただけでファルサを無視し、そのままライコウに向かって話を続けた。
「レヴェドのヤツはワガハイが住んでいた家の隣人だったのだ……。 初めは愛想が良く、クマちゃんの人形などをくれる気前の良い男だとしか思わなかったけど、次第にワガハイに対して嫌がらせをするようになったのだ……」
「嫌がらせ……? どんな嫌がらせじゃ?」
「うぅ……突然、イヤらしい手つきで体を触ってきたり、ワガハイが体のメンテナンスをしているところを覗き見たり、ワガハイが外出していると後ろからコソコソ付いて来たり……」
「……何かアブない奴じゃの……」
ライコウが唖然としてラヴィの話を聞いていると、ラヴィはいよいよ身悶えし始めて、ソファに据えられていたクッションを抱きしめた。
「――そうなのだ! ヤツはヘンタイなのだ! しかも、ワガハイが長年かけてようやく手に入れようとした『お宝』を横からかっさらって、それを材料にワガハイを脅してきたのだ」
ラヴィは悄然とした声でライコウに訴えた。
「……トンデモないワルよのぅ……。 それで、ラヴィになんて言って脅してきたのじゃ?」
ライコウはラヴィの言う『ヘンタイ』という言葉が良く理解出来なかった。 だが、隣でラヴィの話を聞いていたイナ・フォグは顔を赤くして「何てハレンチな男……」と呟いていた。
ライコウの問いにラヴィは身をよじっていた体をピタリと止めて、ソファに顔を埋めたまま恥ずかしそうな声でライコウに答えた。
「お宝を返して欲しければ、結婚しろと……」
「ふーん、結婚……。 ……!?
――なぬ、結婚じゃと!?」
ライコウが吃驚して飛び上がると、イナ・フォグとコヨミもお互いに顔を見合わせて呆然と口を開けた……。
――
ラヴィの話を整理すると、レヴェドは隣人のラヴィに一方的な恋心を抱き、ラヴィに数々のストーカー行為とセクハラ行為を行っていたようだった。
そして、どうやって知ったのか分からないが、ラヴィが欲しがっていた『お宝』なる物を盗み出し、そのお宝を材料にしてラヴィに結婚を迫ったというのだ……。
もちろん、ラヴィはレヴェドの脅しには屈せず、レヴェドを返り討ちにしようとお宝を強奪しにかかった。
ラヴィは当時からエリートゼルナーであり、同じくゼルナーであったレヴェドよりも遥かに性能が上であった。 レヴェドは愛するラヴィにケチョンケチョンにやられながらも、命からがら地上へ飛び出して『希望岬』という場所まで遥々逃げて行った。
ラヴィもレヴェドを追って希望岬へ向かったのだが、レヴェドの逃げ足の速さに後れを取ったラヴィは、レヴェドが希望岬へ到着した数時間後にようやく希望岬へ着いた。
ラヴィは焦燥した目を凝らしながら、レヴェドの行方を捜した。
……ところが、レヴェドの姿は何処にも無く、岬の岩礁に残したお宝だけがゆらゆらと海面に揺れていた。 ラヴィはそのお宝を回収し『レヴェドは恐らく自分の愚かさに絶望して、海へ飛び込んで自死したのだろう……』と思い込み、希望岬を後にした……。
その後、ラヴィはハドゥルへ戻ろうとしたが、街への出入り口周辺はラヴィを追ってきたゼルナー達が警戒していた為、バハドゥルには戻らずにそのままアイナへ移動した。
アイナに潜り込んで暫く修理屋を営んでいたラヴィはアイム、ライム親子と知り合い、アイムに自身が開発したアイン・ネシェルの試作品を渡した。
アイムは後にラキア達と共にイナ・フォグを討伐する為、ダカツの霧沼へ旅に出るのであるが、ラヴィは彼らがダカツの霧沼へ向かう前に、すでにアイナからダカツの霧沼の先――『理想郷』へと向かっていたのであった。
――
ラヴィの告白を聞いたファルサはレヴェドに対して怒りの拳を握りしめた。
「――な、何ていうヤツだ! 口では『マザーを愛している』なんて言ってるクセに、マザーを欲望の道具に使っているだけじゃないか!」
ファルサの怒声にライコウが「……道具?」と首を傾げると、ファルサは言葉の真意を説明しし出した……。
「アイツは人間様に代わってマザーを神とする信仰を俺達に強制しようとしているのです! 俺達はマザーによって生まれたので、当然、皆マザーを愛している。
だが、マザーを神だなんて思った事は一度もなく、マザーの名の通り、彼女を『母親』だと思っているのです!」
ファルサの説明にライコウ達は皆、同意したように頷いた。 ファルサは皆の様子をチラッと見て満足したように自身もコクリと頷いて、言葉を続ける――
「――レヴェドはバハドゥルのゼルナーの中では最強……。 レヴェドに敵うゼルナーなどバハドゥルには居ません。
したがって、レヴェドの主張に反対する者は弾圧され、次第にマザーを神とする新しい信仰が広まって行きました。 そして、ついにレヴェドは管理者の長となって絶大な権力を握るようになったのです」
ファルサがここまで話すと、今度はジャーベがファルサの言葉を継いだ。
「――ファルサ様と私は、レヴェド達管理者に反旗を翻しているレジスタンスです。 レヴェドは絶大な権力をほしいままにし、女性型の器械を囲っては日々酒池肉林に狂っていると聞いております。
つまり、レヴェドが強制する『マザー信仰』なんてモノは、自分の欲望を満足させる為の手段でしかなく、ヤツの本当の目的は管理者の長となって女性達を手籠めにする為なのです!
ラヴィさんのお話を聞いて、私達は確信しましたよ!」
――ファルサとジャーベの主張が正しいかどうかは分からないが、ラヴィのレヴェドに対するトラウマは強烈であった。 レヴェドの記憶をメモリから消去しようにも、データの断片がメモリ内にあると思うだけでこの身が穢される思いがする程であった。
人間と同じく、器械もいくらメモリから記憶を消去しても過去のトラウマはクラスタという断片となってメモリ内にこびりつき、ふとした時にその断片が表面化して蘇ってくるのだ。 恐らく、過去のイヤな経験というのは、強いストレスによってそのデータがフラグメンテーション化するので、断片化した記憶となっていつまでもメモリに内にこびりつくのだろう……。
二人の話を聞いていたラヴィはソファに顔を埋めながらコク、コクと頷いた。
「……うぅ、もうあんな変態の顔は二度と見たくないのだ……。 だから、ライコウ様もバハドゥルへ行かないで、ワガハイと一緒にディ・リターへ残るのだ」
ドサクサに紛れて、自分勝手な事を言うラヴィ……。 当然、ライコウはラヴィの頼みをやんわりと断った。
「しかし、そんな奴を野放しにはしておけん。 それに、女性型の器械に執着するような輩ではフォグやコヨミにも何をするか分からんから、ワシがバハドゥルへ行くしか無いじゃろう」
ファルサとジャーベの主張は、ライコウがバハドゥルへ行く為の格好の理由となった。 イナ・フォグもラヴィの話を聞いて、さすがにレヴェドに会いたくないと思ったのか、渋い顔をして「むぅ……仕方ないわね」と呟き、ライコウがバハドゥルへ行くことを了承した。
――
こうして、ライコウはバハドゥルへ行くことになり、イナ・フォグと女性型器械の面々はディ・リターへ残る事になったのだが、女の子型であるミヨシはイナ・フォグの命令でライコウと一緒にバハドゥルへ行くことになった。
「アタチも女の子なんですよ! そんなヘンタイにイヤラシイ事されるのはイヤです!」
ミヨシは駄々をこねたが、イナ・フォグが「そいつが好きなのはヒト型の器械だと聞いているから安心しなさい」と説得し、ミヨシは不承不承イナ・フォグの命令を受け入れたのであった。
また、アセナもディ・リターへ残らずにライコウと一緒にバハドゥルへ行くことになった。
「久々にアイツ等と遊ぼうか……」
嬉しそうにほくそ笑むアセナに、ファルサは酷く緊張した様子であった。
「……ディ・リター最強のゼルナー『アセナ』……。 その性能は『セヴァー』をも凌駕すると聞く……」
ファルサがアセナを見つめていると、アセナはファルサが見ている事に気が付いていたようで、下を向きながらファルサをさらに委縮させる言葉を吐いた。
「ファルサ君……と言ったか? 君はなかなか見どころのあるゼルナーだ。
バハドゥルまでの道中は長い。 その間、ショル・アボル相手に少し君に稽古をつけてあげるから楽しみにしておいてくれたまえ」
アセナの言葉に、ジャーベは不安そうにファルサの顔を見た。 すると、青い顔をしたファルサもジャーベの顔を見ながら「はっ、ハイ。 宜しく……お願いします」と力なく返事をした……。
……
ジャーベはバハドゥルを出発した際に着ていたお洒落なチョッキがショル・アボルによってボロボロにされてしまい、新しい服を欲しがっていた。
そんなジャーベにミヨシが「バッちゃんなら、カッコいい服を作ってくれますよ!」と言って、ライムが住む自宅へとジャーベを連れて行った。
ライムはディ・リターの郊外に、かつてライコウとラヴィに助けられた『市松』という意思を持つ作業用機械と一緒に住んでいた。
ミヨシはもはやイナ・フォグの眷属であったので、殆どライムの自宅へ戻る事がなかったが、市松がいるお陰でライムも寂しくなかったようだ。
ジャーベはライムに暖かく迎えられ、ライムは早速ジャーベの為に上着を見繕ってやろうとしたが、市松がライムの手を煩わせまいと『自分が服を作る』と主張して、奥の部屋へ閉じこもり、まるで鶴のように「絶対ニ開ケテチャダメナノデス!」と言って、小一時の後に一枚の『どてら』を編み上げた。
早速、どてらを着てミヨシとファルサに披露するジャーベ……。 ジャーベの横では市松が「ドウデスカ! カッコ良イデショウ!」とエヘンと胸を張っていた。
「……こっ、これはダサい……」
ドヤ顔をしている市松をよそに、ファルサとミヨシは口を揃えて悪態をついた……。
悪趣味な赤い生地と黒い襟のどてらにはピンク色の椿のような花柄が散りばめられており、お世辞にもカッコ良いとは言えず、赤とピンクのコントラストは光沢のあるグリーンのカエルが着るには似つかわしくない派手な色であった……。
だが、ライムは市松が一生懸命作ったモノだからなのか「なかなか、似合ってますよ」などと言って、老猫の優しい眼差しをジャーベに向けていた。
「……あ、アリガトウ……ございます」
ライムの善意にジャーベは文句を言う事も出来ず、ケタケタ笑うファルサとミヨシを睨みつつ、ドカッと畳のような床へ座り込んだかと思うと、円卓に置かれていた湯呑に入っていたオイルをガブリと一飲みし、フンッと腕を組んだ。
――
バハドゥルへ向かう者達は、ライコウ、ミヨシ、アセナ、そして、ファルサとジャーベに決まった。 そして、ディ・リターへ残る者は、イナ・フォグ、ヒツジ、ラヴィ、コヨミ、カヨミとなった。
ディ・リターへ残る者の中でイナ・フォグとラヴィ、そしてコヨミはヨルムンガントの穴から軍需工場を目指す事となり、ヒツジとカヨミはフルを警戒してディ・リターへ留まる事となった。 フルを警戒するメンバーはその他、サクラ2号とジスペケがおり、アロンとソルテスも数日のうちに復帰する予定であった。
因みにエンドルはディ・リターのゼルナー達から不評を買っていた事もあり、ディ・リターの居酒屋からホワイトガソリンを盗んだという濡れ衣を着せられハーブリムへ強制送還されてしまった……。
――イナ・フォグ達ディ・リターへ残った面々は、バハドゥルへ向かう者達を見送った後、それぞれの行動を開始した。
まずはラヴィとカヨミが、ヨルムンガントが地底に開けた大穴を調査し、その穴から地底奥深くにあるという軍需工場へ繋がっているかどうか確認した。
その結果、ヨルムンガントの開けた大穴が巨大な空洞へ繋がっている事が確認でき、その空洞内は高濃度の放射性物質で汚染されている事が分かった。
こうして、軍需工場は間違いなく地底に存在する事が分かり、予定通りイナ・フォグ、ラヴィ、コヨミの三人が軍需工場へ行く事となった。 そして、残された者達は皆、器械の砦でエクイテスのゼルナーと合流し、引き続きフルの警戒を行う事となったのだった。
――
ディ・リターの西、地上に聳える器械の砦の手前にポッカリと開いた幅五メートルはあろうかという巨大な大穴の前で、イナ・フォグ、ラヴィ、コヨミが立っていた。
「アラフェール・ライラ……」
イナ・フォグが呟くと、三人を隠すように濃い紫色の霧が立ち込めた。
「アナタ達が私から離れていても、この霧はアナタ達の周りに残ってアナタ達を保護するけど、数分で消えてしまうわ。 だから、私の傍をなるべく離れないことね」
イナ・フォグの忠告に二人は頷いて、真っ黒い大穴の奥に目を遣った。
「まあ、大丈夫でしょ。 一応、ウチらもデバイスの防壁はバッチリですしぃ、とっとと人間サマが造った『毒ガス兵器』を奪いに行きましょうか!」
コヨミはあっけらかんとした様子で首から下げていたヘッドフォンのような機械を耳に当て、額に上げていたアイン・ネシェルを下げて目を覆った。
「……全く、相変わらず汝は緊張感の無い奴なのだ」
久しぶりにパーカーの上に白衣を着ているラヴィはコヨミの様子に呆れながら、自分も首から下げていたアイン・ネシェルを上げた。 すると、その拍子に白衣の中から例の不気味な本が飛び出して来て、ラヴィの頭上をクルクルと旋回した。
(……『死者の書』……。 この外の世界に存在するはずの物体を扱えるのは『媒介者』だけ。 そして、この物体がアルの体の一部だとすれば、彼女は間違いなく媒介者であるはず……)
イナ・フォグはラヴィを横目で見ながら考えた。
(アルはアイツからアニマとかいう『器』を与えられた器械の体なのは間違いない。 でも、媒介者は生物――つまり、人間でなければならないはず……。
……!
ひょっとして、アルは――)
「――ちょっと、アータ!」
「――!?」
イナ・フォグがラヴィを見つめながら物思いに耽っていると、突然コヨミに背中を押され、イナ・フォグは思わず驚いて背中の翼をバタつかせた。
「何、ボサッとしてるんですかぁ! 早く行きましょう――!」
コヨミはそう言って、自分が前に行かずにイナ・フォグの背中を押して先に行かせようとした……。
「ちょっと、何するの……」
「アータが先に行ってください……」
イナ・フォグは「ふぅ……」と呆れたように溜息をつき、コヨミに背中を押されながらラヴィと一緒共に暗闇が蠢く大穴へと入って行った……。




