対面
牢獄の出入口の前、天井を走る排水パイプの至る所からポチャポチャと茶色く濁った水が漏れ、冷たいコンクリートの床に滴り落ちている……。
その茶色い水はいつの間にかドロドロした汚泥に変わり、不気味な笑い声と共にコンクリートの床に広がっていった……。
『……何処へ行ったかと思ったら、こんな鉄クズに何の用ですか? アザリア……』
床に広がる汚泥から落ち着き払った声が漏れる……。 修道女はシャヤの手を掴み、その身にシャヤを引き寄せて独房から飛び出した。
出入口の前に広がっていた汚泥は『グチャ、グチャ……』という音を立てて沸き上がり、人のような形となって、まるで出入口を塞ぐように屹立した。
「……貴方こそ! 彼女にこんな酷い仕打ちをして、一体何を企んでいるの!」
すっかり人の形となった泥に向かって修道女が叫ぶと、今度はその泥人形の後ろから高慢な笑い声が響き渡って来た……。
「……ククク、ハハハ――!! その口ぶりですと、貴様はこのゴミの秘密を知らないようですねぇ」
レヴェドの不気味な笑い声に思わず身震いをするシャヤ……。 シャヤの怯えている様子を見た修道女はシャヤを背中に匿い、レヴェドを護るように立ちはだかる泥人形を睨みつけ、背中の十字架の端を手に取った。
「……貴様は一体何者なんです、アザリア……」
修道女をアザリアと名指ししたレヴェドは、泥人形の背後から彼女の額へ鋭い視線を刺した。
「……眷属の象徴である刻印、その刻印が貴様には無い。 そして、貴様は器械でも無い……。 まさか、ニンゲンという訳でも無いでしょう……」
レヴェドの問いに十字架の端を握りしめ、まるで剣のように欠けた先端をレヴェドに向けるアザリア。
「……その問いに答える筋合いは無いわ」
アザリアがそう言うと、レヴェドに向けた十字架の先端が眩いばかりに光輝いた。
そして、欠けていた先端から光が伸びて、十字架は神々しい槍へと姿を変えた!
「クッ、クッ、クッ……貴様が何者であろうと――
――ワタクシがマルアハの眷属である限り、貴様はワタクシには勝てません」
レヴェドはマルアハの眷属としての圧倒的な力を誇示し、どんな屈強なゼルナーでさえも自身に傷を負わす事は出来ないという自負があった。
アザリアはマルアハの眷属の驚異的な治癒能力を知っているせいか、自分の力ではレヴェドを破壊する事が出来ない事は素直に認めていた。
「――貴方を破壊する事が出来なくても、貴方を叩きのめす事ぐらいは造作も無い事。
……そうね、一か月くらいはベッドの上で寝ていてもらいましょうか」
アザリアの挑発にレヴェドの表情が変わった――。
「……キヒヒヒ! よう、言いました! 一年前はまんまと逃げられてしまいましたが、その言葉――
――そのまま、貴様に返しましょう!」
銀色の髪が逆立つほどに怒髪天を衝き、右手を上げて指を鳴らしたレヴェド。 すると、レヴェドの前で背中を見せていた泥人形からドロドロとした臭気を放つ茶色い液体が滲み出て来て、牢獄の床に瞬く間に広がって行った……。
「鍵を奪い返せ、ブッバー・ボツ――!」
レヴェドが叫ぶと同時に、茶色い液体はまるで沼地のような泥が混じった液体へと変わり、みるみる凝固しながら隆起していく――。
床に広がった泥は至る所で隆起を始め、次々とヒトのような形へと変わっていった……。 それは、全身焼け爛れた悍ましいゾンビのような姿であり、ギョロリと血走った目は見たものを呪い殺すかのような怨念を孕んでいるように見えた……。
次々と呻き声を上げながら床から這い出るように出現する泥人形は、狭い牢獄の床に何体も重なりあって、修道女とシャヤの方へヒタヒタと近づいて来た……。
「――フハハハ、バカな奴ですねぇ。 こんな狭い場所でワタクシと戦おうとするとは……」
牢獄の狭い床に犇めき合うように出現した泥人形は、お互いぶつかり合う度に汚らしい泥をまき散らし、まるで泥の壁のようになりアザリアへと迫る――。
アザリアの背後には両足が破壊されて蹲っているシャヤがおり、その後ろには何の金属で造られているか分からないが、分厚い牢獄の壁がアザリアの後退を阻んでいた。
「……ふふふ。 その言葉、そっくりそのままお返しするわ」
桜の花びらのような美しい目を細めて微笑んだアザリア――すると、クルリと後ろを振り返り、カタカタと怯えるシャヤを一瞥した。
「シャヤ、怯える事はありません。 この私が貴方を愛する者の下へ帰しましょう――」
アザリアはシャヤに向かって微笑むと、牢獄の壁に向かって十字架の槍を突き刺した!
『ドンッ――!!』
と言う鈍い音の後に轟音が鳴り響き、辺り一面に壁の破片が散らばり――モクモクと粉塵を上げた。
「――なっ、何事ですかっ!?」
レヴェドは調子に乗って泥人形を大量に出現させたせいで、粉塵に包まれたアザリアを視認する事が出来なかった。
「――キィィ、貴様ら邪魔だ! ドキナサィィ――!!」
壁のように折り重なる泥人形を手刀で切り裂きながら、慌てて奥へと駆けるレヴェド。
「――なっ!?
この超合金の壁に穴を……開けて……?」
泥まみれの惨めな顔に全身から臭気を漂わせるレヴェドの目には、大きく開いた深い穴が広がっていた。 その先にはヒューヒューと外気が漏れ出ており……
……アザリアとシャヤの姿は忽然と消えていた……。
……
レヴェドは壁を背にしたアザリアに対して、大量の泥人形をけし掛けて逃げ場所を失くそうと考えた。
レヴェドとしては、まさか、アザリアが超合金で出来た壁を破壊する事が出来るなどと思っていなかったのかも知れないが、相手は詳細が分からない正体不明の人物である。
能力も素性も分からない相手に警戒する事も無く、自分の力を過信して舐めてかかった結果が『鍵』であるシャヤを逃がすという失態へつながった。
「――キイィィィ、クソッタレェェ!! 貴様らのせいだ! 全部、キサマラのせいだ!」
すでに泥人形は土くれとなって全て破壊されていたにもかかわらず、空しく広がる泥に地団太を踏むレヴェド。
大きな穴から漏れ出でる風はヒューヒューと音を鳴らして、怒りに顔を赤くするレヴェドの頬を嘲笑うかのように撫でていた……。
――
シャヤはアザリアに抱えられたまま意識を失っていた。
シャヤの意識が戻った時、すでにアザリアの姿は無く、彼女は『機械解放同盟』の新たな拠点である廃倉庫のベッドの上で寝ていた……。
……
「……シャヤ――
――シャヤ、気が付いたのね!」
シャヤが目覚めると、ホッとした様子で瞳を緑色に光らせたディー・ディーの顔がカメラに映った。 シャヤの視覚カメラは解放同盟の仲間達が修理したようだった。
「良かったぁ! 一日中ずっと意識がなかったから、心配してたんだよ!」
ディー・ディーに割って入るように、シャヤの眼前に愛嬌ある蟻の子がピョコンと顔を覗かせた。
「ネマ……。 アノ……『女ノヒト』ハ……?」
「女のヒト? 何言ってるの? そんなヒトいなかったよ!」
――ディー・ディーとネマの説明では、厳重に警戒していた廃倉庫の出入り口前が、突如として眩い光に包まれ、その光が収まった時には両足が破壊されたシャヤがぐったりと横たわっていたとの事であった……。
「……カメラは壊れて、両足だって潰されていたんだからっ! 僕はもうビックリして、すぐに医務室に運んで、君をアミに頼んで修理してもらったんだ!」
アミという器械は仲間の故障を修理する民間修理士であり、およそ100名いる仲間達の中で唯一、器械の修理を行える者であった。
「――両足はまだ神経回路を繋げている最中だから動かせないけど、まあ、すぐに動かせるようになるよ!」
ネマが楽観的な事を言ってシャヤを励ますと、後ろから「――バカ言わないの!」と女性の声が響いてきた。
「両足は酷く破壊されていたから、新品に交換したの! 神経回路が繋がるまで時間がかかるの!」
ディー・ディーとネマの間に強引に割り込むようにして、シャヤの目の前に現れたのは、全身を包帯のように薄く幅の広いケーブルダクトで覆っているショートボブの赤い髪の女性『アミ』であった。
――アミの全身を覆う白いケーブルダクトは布のように柔らかかった。 彼女の透き通るような人工肌を所々露わにしながらだらしなく全身に絡みついており、顔の左半分も襷掛かったケーブルダクトに覆われて素顔を見る事が出来なかった。
その姿は小柄なミイラ少女といった様子であり、右半分の顔から覗かせた灯のような橙色の大きな瞳、そして、少し低い鼻筋とふっくらしたピンク色の唇が、ケーブルダクトの下に隠された彼女の愛くるしさを垣間見させた。
しかし、やはり彼女がれっきとした器械であるという事は、ケーブルダクトの下から見える金属製の両腕から見て取れた。
両腕はチタンのような無機質な金属が露わになっていた。 まるで人間の手のようにしなやかな動きをする機械の手は、細い五本の指先を用途に応じて換装出来た。 例えば、二本の指を刃にしてハサミとして使用したり、極小のネジを占める為にドライバーにしたりと多種多様な交換パーツが用意されてあり、腕ごと別のパーツへ付け替える事も出来た。
また、スラッとした下半身は機械の両腕とは異なり、左足だけ金属の下地が見えていたが、右足は人工肌で覆われており、蛇のように絡みついている白いケーブルダクトの間から艶めかしい太ももを露わにしていた――。
アミはファルサと同じくゼルナーであった。 しかし、皆からはファルサのように敬称を付けられていなかった。 それは、彼女がつい最近ゼルナーになったばかりで、一般器械の時から同盟の仲間達と行動を共にしていたからであった。
――アミは丸く大きな瞳をシャヤに向けながら、ネマに苦言を呈した。
「全く、ネマはいつもそうやって楽観的な事ばかり言うけど、世の中そう都合良くいくもじゃないの……」
そう言ってネマを窘めたアミは、首に下げたアイン・ネシェルを上げて顔に装着し、シャヤの状態を確かめるようにシャヤの体に金属の手を翳した。
「……それにしても、不思議なのは完全に破壊された部位以外は、故障も無く無事だったという事。
どう言う訳か、中央処理装置も温度、処理速度共に順調で、冷却装置も記憶装置もエラーが見当たらないの……」
すると、ネマがアミを茶化す様に口を挟む。
「ほら! 世の中、結構、都合良く行くもんだよ!」
「――バカ言わないの!」
アミが再びネマを窘めた。
「……両足とカメラがあれだけ酷く損壊していたのに、他の部位が無事だというのは、どうも違和感があるの。 誰かが修理した以外には考えられないの……」
アミが首を傾げると、ディー・ディーが手をポンと叩き「そうだ! たぶん、マザーが修理したんだわ!」と叫んだ。
「ファルサ様の話じゃ、マザーがシャヤを助けてくれるって言ってたじゃない! それで、マザーがシャヤを助けて、修理してくれたんじゃない?」
ディー・ディーの推理にネマが口を挟む――
「――でも、それだったら、両足も修理してくれれば良かったんじゃない?」
すると、アミがネマの言葉に頭を振った。
「いえ、両足とカメラは完全に潰されていたから、修理が出来なかったんだと思うの。 交換するしかなかったから……。 修理した者がマザーかどうかは分からないけど、パーツが無かったからそのままにせざるを得なかったんじゃないかと思うの」
――そもそも、シャヤを修理した者は本当にマザーなのか?
「……ねぇ、シャヤ。 その女のヒトと言うのはどんなヒトだったか覚えてる?」
ディー・ディーがシャヤに聞くと、シャヤは頭をプルプルと振った。
「……イエ、ワタシハ『カメラ』ガ故障シテシマッタノデ、顔ヲ確認スルコトガデキマセンデシタ……。
デモ、レヴェド様ガアノヒトを『アザリア』ト、呼ンデイタノヲ覚エテイマス……」
シャヤの答えにアミが「あんなバカに『様』なんて付ける必要無いの!」とレヴェドに敬称を付けたシャヤを諭し、言葉を継いだ。
「アザリアなんて名前、ゼルナーのデータベースにも登録されてないの。 まさか、一般器械という訳でも無いだろうし、もしかして、そのオンナが本物のマザーじゃないかと思うの」
アミの言葉にネマが「うん、うん」と同意した。
「大体、マザーなんて名前はどう考えても偽名だろうし、アザリアという女のヒトが本当のマザーだった可能性が高いよね」
――器械達もマザーという言葉の意味は知っていたので、自分達を生み出した器械の名が本当にマザーであると信じる者はいなかった。 だが、一般器械でマザーに会える者など殆どいない。 一般器械の中ではマザーの存在すら否定する者もいるくらいである。 マザーが本当に器械なのか、もしくはマルアハなのか、はたまた全く別の存在なのか、彼らには知る術が無かった。
そして、マザーと会う事の出来るゼルナーも、深海魚のようなマザーの姿を本当のマザーの姿だと思っている者はいなかったのである――。
「……そっ、それで、そのアザリアって言うヒトは、どんなヒトだったの!?」
ディー・ディーが興味深げにシャヤのベッドに両手を付いて、瞳を黄色く光らせながらシャヤの眼前へ迫った。
すると、アミがディー・ディーの肩を掴んで、シャヤから引き離す――
「――シャヤはカメラが壊れていたから姿が分からなかったと言ってるの!」
「それは分かってるけど、声はどんな声だったの?」
アミに咎められても諦めないディー・ディー……。
「ソウデスネ……空気ガスッキリスルヨウナ、透明感ノアル声デ、ステキナ歌ヲ歌ッテクダサイマシタ」
「歌――?」
「ハイ。 聞イタ事ガアルヨウナ、ナイヨウナ……何故ダカ懐カシサヲ感ジルヨウナ、ソンナステキナ歌デシタ……」
……
アザリアの正体はディー・ディー達の予想通り、マザーなのだろうか? また、もし、アザリアがマザーであるとしたら『アザリア』という名がマザーの本当の名なのだろうか?
レヴェドの今までの行動を振り返ってみる限り、どうもアザリアはマザーでは無いように思える……。
レヴェドはアザリアと会った時、すでに彼女を知っており、何度か戦った事もあるようだった。 もし、アザリアがマザーであればアザリアと戦う事などするはずも無いだろう。
レヴェドはかつて、マザーの真の姿を目撃した事があった。 その時レヴェドの目に映ったマザーの姿は光に包まれてはっきりと見る事が出来なかったものの、アザリアの姿ではなかった。 レヴェドは光に包まれたマザーの姿に美しい女神の幻影を見た。 そして、その幻影を追い続けた結果、マザーへの愛を狂信的な欲望へと変貌させたのである。
また、レヴェドはマザーの本当の名を知る為に、シャヤの記録装置に格納されている暗号化されたデータを解除しようと躍起になっていた。 もし、アザリアという名がマザーの本当の名であれば、レヴェドがそんな事をする理由も無いだろう。
以上のようなレヴェドの行動から察するに、やはり、アザリアはマザーでは無さそうだ……。
残念ながら、ディー・ディー達の予想はハズレてしまった……と思いきや、アザリアが何者か分からない以上、もしかしたら、マザーがアザリアという人物に擬態しているという可能性も残されていた。
――とどのつまり、現時点ではマザーの正体がアザリアである可能性は限りなく低いが、だからと言って、完全に否定する事は出来なかったので、マザーがアザリアであるかどうかは『不明』であるという判断しかつかなかった。
……
……それから数日後、シャヤは換装された両足も無事動かせる事が出来るようになり、完全に機能が回復した。
シャヤを取り逃がしたレヴェドは血眼になってシャヤを探したが、不思議なことに『機械解放同盟』が拠点としている廃倉庫はデバイスでも検知出来ない特殊な障壁が張られ、レヴェドがいくら探しても見つける事が出来なかった。
因みに『機械解放同盟』はファルサとアミの他に子供型のゼルナーが二名いた。
アミとその子供達は、後日、大聖堂の地下で深海魚のような姿のマザーに謁見した。
その時、マザーは『シャヤを助けたのは自分の手の者であった事』――『機械解放同盟の事は陰ながら応援しており、レヴェドの悪行を糺す為にファルサをディ・リターへ派遣してライコウとアラトロンに協力を求めている事』を三人に告げた。
三人はファルサと事前に連絡を取り合っていたので、マザーの言葉はファルサの話の裏付けでしかなかったが、ファルサの話が真実であった事はこれで証明出来たので、同盟のメンバー全員を集め――「ファルサがアラトロンとライコウを連れて来るまで、目立った動きはせずに、レヴェドと管理者を警戒しながら待機するように」と意思の統一を図った。
――こうして、バハドゥルでは『機械解放同盟』の活動がパッタリと止み、それに代わって、今度は現体制への批判を展開する市民団体が台頭して来た。
彼らはハギト討伐戦にバハドゥルが参加しなかった事を『マザーへの冒涜』だと主張して、管理者達を痛烈に批判した。
『マザーの宿願であったハギト討伐をハーブリムとディ・リターにされてしまっただけでなく、あまつさえ、討伐戦すら参加しなかった事は、マザーだけでなくマザーを敬愛する我々に対する重大な裏切りである!』
市民団体は日和見主義の管理者達を糾弾し『もはや、我々バハドゥル・サルダールは、ハーブリムとディ・リターよりも格下になった』とレヴェド以下管理者達に、その責任を取らせようと繰り返しデモを行い、管理者率いるゼルナー達に度々弾圧された。
こうした反体制の風は、ファルサとジャーベがディ・リターへ到着する頃には、革命の嵐となって都市を覆い始め、バハドゥル・サルダールはいよいよ混沌とした様相を呈して来たのであった。
――
――ファルサとジャーベがバハドゥルを旅立って、二週間が経った――
「……うーん。 ねぇ、アミ、ファルサ様から連絡あった?」
退屈そうに机に両肘をついているディー・ディーは、ネマと電子チェスに興じているアミに向かって問いかけた。
「無いの……」
アミは難しい顔をして盤上を見つめており――「チェック!」と言ったなり両腕を組み、したり顔を見せた。
「――!? ムム……」
ネマは触覚をピョコピョコし、前のめりに盤上を見つめながら一言唸った後、ディー・ディーの心配に対して軽口を叩く――
「――心配しなくても、ファルサ様なら大丈夫だよ。 もしかしたら、もうディ・リターへ着いているかも知れないよ」
「そんな訳ないでしょ!」
ネマのいい加減な返事にプンプンと怒るディー・ディー。 その頃、ファルサ達が向かっているディ・リターではライコウ達が帰還し、ディ・リターの民衆から喝采を浴びていた。
「……ハギトをやっつけた連合軍がディ・リターへ帰って来たって、さっき、ニュースになってたわね」
盤上を睨みながらディー・ディーの話を聞いていたネマは、おもむろに節のような細い手を盤上へ持って行き、アミが置いた薄っすらと青く光るホログラムの駒をピンッと弾いた――。
「――なっ!? 何やってるの!」
ネマの所業にアミが驚きの声を上げるや否や、ネマは消し飛ばしたビショップの駒の代わりに先ほどアミに消されたナイトの駒を置き直し、こう言い放った――。
「……奥義『兵の帰還』……」
平然とルール違反をしてゲームを進めようとするネマ……。
「むぅぅ……バカ言わないの! そんな奥義無いの!」
体を覆ったケーブルダクトを激しく揺らしながら、席を立ってプンプンと怒るアミ……。 ディー・ディーは二人の様子を呆れた表情で見つめ「……まったく、緊張感の無いヤツ等ね……」とボヤキ、退屈そうに顔を伏せた……。
その間、ファルサとジャーベは何処で何をしていたのかと言うと――
――二人はアルマジロのようなショル・アボルの大群に追いかけられて、全速力で逃げていたのであった……。
――
ファルサとジャーベは小さなバギーに荷物を積み込み、意気揚々とバハドゥルを発った。
ファルサは相変わらず鼠色の布を頭に巻いて、紺色の古びたジャケットを身に纏い、赤い腰布に小刀を挿しているという小汚い恰好をしていた。
しかし、カエルのジャーベなんぞは、まるで旅行に行くような雰囲気で、茶色いチェック柄のチョッキを着て、頭にかぶった中折れ帽子を茶色に合わせ、赤い蝶ネクタイを胸元にあしらい、ステッキなんかを片手に持って、目を輝かせながらバギーに乗り込んでいた……。
ところが、そのバギーは1000キロ程進んだところで、三体のウサギ型のショル・アボルから発射された小型バズーカの餌食となって大破し、二人は徒歩での移動を余儀なくされた。
ウサギ型のショル・アボルはファルサが難なくやっつけたが、今度はアルマジロのようなショル・アボルの群れが、砂煙を立てながらファルサ達へ向かって来た。
「ひぇぇ! ファルサ様、助けてぇ――!!」
ボロボロになったチョッキを身に纏っているジャーベは、すでにステッキと帽子が吹き飛んで何処かへ行ってしまったようで、怯えるように両手で頭を抱えて塞ぎ込んでいた……。
すると、ファルサがジャーベの前へ飛び出し、自信に満ち溢れた様子でジャーベを護ろうとショル・アボルを迎え撃つ――。
「――ジャーベ、俺に任せろっ!」
心強い言葉と共に、腰布に佩いた小剣を抜くファルサ。
――ファルサの全身には力が漲っていた――
それも、そのはず――実は、ファルサがウサギ型のショル・アボルに襲われた時、ファルサのデバイスへアミから通信が入り、シャヤが無事救出されたという事を知ったのであった。
(マザーが約束を守ってくれた!)
ファルサは嬉々としてマザーに感謝をしつつ、マザーとの約束通り、ライコウとイナ・フォグをバハドゥルへ連れて帰ると決意新たに気合を入れた。
シャヤの愛しい姿を思い浮かべ、力を滾らせるファルサ。 襲い掛かるウサギ型のショル・アボルなど今の彼には敵ではなく、小剣から繰り出されたカマイタチのような鋭利な風であっと言う間にショル・アボル達を切り裂いたのであった。
(――へへっ! もし、ライコウとアラトロンが拒否しても、今の俺なら引きずってでもバハドゥルへ連れて行けるぜ!)
――こうして、調子に乗ったファルサは自信に満ちた様子で、砂煙と共に現れたアルマジロ型のショル・アボルを迎え撃とうとしていたのであった……
……ところが……
「――うぇ!? 何だ、この数は――!?」
砂煙と共に姿を現したアルマジロは、百体はいるのではないかという大集団で地を揺るがせながらファルサ達めがけて突進して来るではないか!
「……」
ファルサは無言でショル・アボルに背中を向けたかと思うと、ジャーベを抱えて全速力で逃げ出した……。
(いくら何でも、こりゃ無理だ!)
「ジャーベ! お前、何か策は無いのか!?」
「――ひえぇ、何にも有りません!」
ファルサの腕の中で顔を埋めて震えるジャーベ……。
ショル・アボルの大集団は、ファルサの後ろからスパイクタイヤのような針山が付いた体を回転させながら、マシンガンのような石礫を次々に飛ばして来る。
ファルサはデバイスで背中にシールドを張り『ゴン、ゴン、ゴン!』と石礫が当たる鈍い衝撃を背中に感じながら、ファルサの首にしがみ付くジャーベを抱えて遥か向こうに聳える岩山へと一目散に駆けて行った……。
(――全く、アイツ等何が「ジャーベは役に立つ」だっ! こんなんじゃ、俺が一人で行った方がまだマシだったよ!)
ファルサはディー・ディーとネマの説得に応じて、ジャーベを一緒に連れて来た事を後悔していた。 しかし、今更後悔してももう遅い……。
ディ・リターまでおよそ1500キロ……遠い、遠い道のりを、ファルサはショル・アボルに追われながら大きなアマガエルを抱えて走り続けなければならなかった。
――
――ファルサがバハドゥルを発って、三週間が経過した――
ディ・リターでは、ゼルナー達の総司令官であるアセナの屋敷にハギトと戦ったゼルナー達が集まっていた。
アセナの屋敷はディ・リターの一層に立ち並ぶ住宅エリアの一ブロックをすべて使用した、広大な敷地の上に建っていた。
屋敷の前では家政婦として雇われている作業用機械達が、金属繊維で造られたメタリックなホウキで一生懸命、人工の落ち葉を掃いていた。 屋敷の中で働く作業用機械達は、忙しそうにツルツルした金属製の体にエプロンのような布を掛けて、オイルの入ったお茶やら菓子やら置かれたワゴンを大広間へ引いていた。
――アセナの屋敷で働いている作業用機械達は、シャヤのような姿をした顔の無い量産型の機械であったが、待遇はバハドゥルの機械とは雲泥の差があった。
彼らの為に敷地内には専用の宿舎が建てられており、宿舎内には修理施設や燃料を補給する食堂、メンテナンスを円滑にする運動設備などが完備されていた。 もちろん、シャヤのように意思がある訳ではなく、全て主人であるアセナの指示で動く機械達であったが、その姿はバハドゥルの機械達と比べて、何処となく幸福そうな雰囲気をしていた。
……
機械のメイドがワゴンを押しながら大広間へ入ると、樫の木に似せた金属で造られた立派な長テーブルにハギトと戦った面々が勢揃いしており、その中にはバイク型器械のサクラ2号や、シャヤのように全身白い金属で造られているゼルナー――ジスペケもいた。 ドラム缶型器械のアロンと、全身入れ墨男のソルテスはまだ修理中でありこの場にはいなかったが、代わりに何故か、二人の仲間であるエンドルが、とんがり帽子を被ったままチョコンとイスに座っており、テーブルに置かれている茶菓子を一生懸命口に運んではモシャモシャと頬張って、嬉しそうに紫色の瞼をした切れ長の目を細めていた。
「――さて、まずはハギト討伐に尽力いただいた諸君に、ディ・リターのゼルナーを代表して再度お礼申し上げたい」
長テーブルの奥に据えられたイスに座っていた黒い司祭服を着た逆毛の男――アセナがおもむろに立ち上がった。 アセナは年輪を重ねて刻まれた掘りの深い顔に穏やかな笑顔を称えながら、ゆっくりと頭を下げた。
アセナの隣はライコウが座っており、ライコウはヒツジを膝の上に乗せて、テカテカした銅色のヒツジの頭をゆっくりと撫でていた。 ライコウの隣には、大きな黒猫を膝の上の乗せたイナ・フォグと、オリーブ色のパーカーのフードをスッポリ被ったラヴィが何やら言い争いをしながら座っていた。 そして、二人の背後ではブカブカのパイロットジャケット姿のコヨミが、イナ・フォグとライコウの間に割って入ろうと隙を覗っていた……。
「コラ、コヨミ! 大人しくこちらへ来て座ってなさい!」
父親が恭しく礼を述べている時に、金髪のツインテールの髪を振りながら、ちょこまかと動き回るコヨミ……。 そんな落ち着きのない妹を姉のカヨミが一喝すると、大広間の壁際に整列していた警備のゼルナー二名がそそくさとコヨミの両脇を抱え、嫌がるコヨミをカヨミの隣へ連れて行った……。 カヨミは妹と同じくパイロットジャケットを着ていたが、妹のように袖の長いオーバーサイズのジャケットを気崩しただらしない様子ではなく、小さめのジャケットを着ていた。 だが、彼女の大きな胸と比べるとジャケットのサイズが少し小さすぎるようで、前を閉じているジッパーが閉じ切らずに半開きになっていた……。
「……ゴホン、うむ。 カヨミとコヨミも良く頑張ってくれた。 何よりも、アラトロン嬢とライコウ殿には深く御礼申し上げ、今一度、ココロよりの感謝を申し上げたい――」
アセナがライコウとイナ・フォグに向かって再び一礼すると、壁際に整列している警備のゼルナー達とカヨミ、ジスペケが『パチ、パチ』と盛大な拍手をした。 すると、コヨミも不承不承『ポン、ポン』と拍手をし、サクラ2号は『パフ、パフ』とクラクションを鳴り響かせた。
ライコウは畏まって頭を垂らすアセナを恥ずかしそうに見遣って「――もう、礼は良いから、早くフルとの戦いに向けて戦略会議を始めようぞ」と、アセナに着席するように促した。
ライコウの隣にいるイナ・フォグは、相変わらずラヴィと話をしていたが、先ほどまで言い争いをしていた様子と違い、何やら和やかに会話を弾ませていた……。
……
「……まず、フルを倒す目的を明確にしなければならん」
ライコウに促されて、銀色の目を光らせたアセナが話を切り出すと、カヨミが姿勢を正してアセナへと視線を遣った。 他の者達は相変わらず隣の者と話をしていたり、テーブルに置かれた菓子をひたすら食べていたりと、いい加減な態度を晒していた……。
――フルを討伐する最大の目的は『アマノシロガネを石化し、回収する事』である。 全てのアマノシロガネを回収する為にはフルの他にあと三体のマルアハを討伐しなければならなかった。
「……フル、ベトール、ファレグ、オフィエル……」
本来、フルを含めた四体のマルアハのうち、最優先で討伐するべきマルアハは『ベトール』であった。 彼女が空を我が物顔で飛び回っている限り、器械達は航空機を飛ばす事が出来ないからだ。
ところが、現状ではベトールを捕縛できる手段が器械達に無く、ベトールを捕縛する為には『グレイプ・ニクロム』という非常に強度の高い鉱石が必要であった。 グレイプ・ニクロムはフルが縄張りとしている『デモニウム・グラキエス』という地域で発掘が出来る。
したがって、グレイプ・ニクロムを採掘する為に、まずフルを討伐する事が優先されるのだ。
「ベトールを討伐する為には、先にフルを倒さなければならん……。
それを踏まえた上で、フルを倒す為の方法をアラトロン嬢のお知恵を借りて、皆と協議したいと思う」
アセナの言葉で皆の視線がイナ・フォグへ集まった……。 イナ・フォグは赤い瞳を丸くし、ぷっくりとした赤い唇を窄ませながら首を傾げ「何を見ているの――?」とアセナの話をまるで聞いていない様子であった。
「……フォグ、フルを倒す為にはどうしたら良いのかのぅ?」
ライコウがフォローを入れると、イナ・フォグは「それは、アナタ達も分かっているはずだと思うわ……」と言って、隣に座るラヴィへ顔を向けた。
突然イナ・フォグから話を振られたラヴィは、慌てた様子で黛青をかいた目を白黒させて、パーカーのフードを取り、栗色のポニーテールを露わにした。
「わゎ、なっ、何なのだ! そんなの、ワガハイにもどうしたら良いか分からないのだ!
……でも――」
ラヴィはそう言うと、ピンク色に染まった横髪の先を指で捻子繰りながら、話を続ける――
「――分かっている事は、フルには銃や大砲が全く効かないという事なのだ。 おまけに、デモニウム・グラキエスは強力な磁場を発生させている場所だから、レーザーも捻じ曲げられてしまうのだ」
「……フリーズ・アウトに銃や大砲が効かないのは、何で?」
イナ・フォグがわざとらしくラヴィに聞くと、ラヴィは「……汝が答えれば良いだろうに……」とブツブツ言いながら、その理由を答えた。
「フルは全ての固体を溶かし、別の物体として再び固める術を使うのだ。
つまり、銃や大砲の弾はもちろん、汝らの体までも溶かす事が出来るのだ」
ラヴィの回答にアセナが頷いて、ゆっくりと口を開く――
「――だが、私達はマザーにデバイスを改良して頂き、デバイスで障壁を張る事で液状化を防ぐことが出来るようになった。 フルと戦い始めた当初は一体何が起きたのか分からずに途方に暮れていたのだがな。 ……何せ、仲間達がその場で次々と水のように溶けてしまうのだから……。 もっと早く、マザーに相談していればあのような惨劇は起きなかったと責任を痛感している」
アセナは悲し気な様子で目を伏せて薄い唇を嚙んだ。 逆立った黒髪も何だか少し萎れているように見えた。
「……あの時の……地獄のような光景は何時までも忘れない……」
アセナが再び口を開くと、先ほどまでいい加減な態度で座っていたコヨミが姿勢を正し、テーブルをジッと見詰めた。
テーブルに置かれた菓子をモシャモシャ食べていたエンドルも、その手が止まり青い顔をしてアセナの話に聞き入った。
「……水のように溶けた仲間達は再び形をつくった……異形の怪物となってな。 そして、生き残った私達に襲い掛かってきた」
イスに座る事が出来ないサクラ2号はコヨミの後ろでスタンドを立ててアセナの話を聞いていた。
「……なっ、何で襲い掛かって来たの?」
サクラ2号がライトを青く光らせながらアセナに聞くと、イナ・フォグがアセナの代わりに答えた。
「――バグズ・マキナでヤツの眷属にしたからよ」
イナ・フォグの膝の上には黒猫のミヨシが気持ちよさそうに目を閉じて眠っていた。
「眷属――?」
席上の皆がイナ・フォグの言葉に首を傾げると、ラヴィがすかさずフォローを入れた。
「眷属というのは、簡単に言うと、マルアハの操り人形の事なのだ。
恐らく、フルはアセナの仲間達を溶かし、再び異形の怪物へと変化させた時に、その……『バグズ・マキナ』という術を使用して仲間達を操ったのだ」
ラヴィの説明で、カヨミは犠牲となった仲間達を思い出したのか、沈痛な面持ちを隠すようにして俯いた。
すると、突然――コヨミが椅子から立ち上がり、アセナへ向かってキッとした鋭い目を飛ばした。
「そんな――! そんな話はもう良いです! ……だから、どうやったらアイツを倒せるんです!?」
コヨミの怒鳴り声に場の空気は一気に張り詰めた。 コヨミはそんな雰囲気を気にも留めない様子で、怒りに身を震わせながら再び席に着いた。
「……銃や大砲も効かない。 レーザーを打てば明後日の方向へ飛んで行く。 地雷を置いても、ミサイルを打っても溶かされる! おまけにデモニウム・グラキエスは極寒の地で常に猛吹雪が吹き荒れていると来たモンよ! 火炎放射器だって凍り付いて効きやしない――!!」
興奮したコヨミはテーブルをドンッと叩いた。 仲間達の凄惨な様子を思い出してしまったのだろう……。 いつもの飄々としたコヨミの様子ではなかった。
「……コヨミ……」
怒りに身を震わせた悲壮感の漂う娘の姿に、アセナは申し訳なさそうに目を伏せた。
ライコウもコヨミの姿を悲し気な眼差しで見守っており、ヒツジの頭を撫でてていた手は知らない間に止まっていた。
すると、イナ・フォグがそんなライコウの様子を見て口を開いた。
「……フリーズ・アウトは固体を液体に、液体を固体にするスキルを使えるわ。 でも、気体を別の状態に変える事は出来ない。
つまり、気体による攻撃なら、フリーズ・アウトは防ぐことが出来ないわ」
イナ・フォグの発言に一同にわかに騒がしくなった。
「……気体……と仰いますと?」
アセナが目を見開いてイナ・フォグに問いかけた。
「毒ガスよ。 しかも、出来るだけ揮発性の高いモノ……」
イナ・フォグはそう答えると「ふぅ……」と一つ息を吐いた。 すると、ライコウの膝の上に乗ってるヒツジが「でも、器械達(ボク達)には毒ガスなんて効果ないけど……」と懸念を示す……。
イナ・フォグはヒツジの懸念に頭を振った。
「ヒツジ、それは神経性の毒ガス兵器の事じゃない? 毒ガスの種類は性質によって多種に及ぶわ。 スカイ・ハイの縄張りがある場所じゃ、器械を腐食させるびらん性の毒ガスが発生しているじゃないの……」
イナ・フォグの指摘にヒツジは「あっ、そうか! 兵器としての毒ガスばかりに気を取られていたけど、ボク達にとっても有害なガスが発生する場所は確かにいっぱいあるね」と瞳を緑色に光らせた。
フル討伐に光明が見えたと確信したアセナは居ても立ってもいられずに「――それでは、早速、有毒ガスが発生している地域を調査し、そこへ行って毒ガスを採取しに――」と腰を浮かすと、イナ・フォグが「――待ちなさい!」と気の早いアセナを窘めた。
「この世界で発生する有毒ガスなんて、せいぜい器械を腐食させる事が出来るくらいのたかが知れたものだわ」
まるで「マルアハをナメるな」と言わんばかりの口調で言い放つイナ・フォグ。 すると、イナ・フォグの言い方が気に障ったのか、サクラ2号が――
「――何を偉そうに! じゃ、どうすりゃ良いのよ!」
と、イナ・フォグの顔に煌々とライトを照らし挑発すると、ジスペケが慌ててサクラ2号を止めに入った。
イナ・フォグはサクラ2号にライトを照らされても動じる事はなく「ニンゲンが造った腐食性の強い毒ガス兵器を利用すれば良いわ――」とイスから立ち上がり、抱いていたミヨシをイスの上に置いたかと思うと、スタスタとサクラ2号の方へ向かった。
「……なっ、何よ!」
目の前のイナ・フォグにサクラ2号が若干引き気味になり、ライトを下に照らしながら戸惑っていると、ジスペケは怯えるようにイスから転がり、奥に座っていたカヨミの背後へと隠れた。
「――フリーズ・アウトに致命傷を負わすことが出来る猛毒は、かつて、人間が造った軍需工場内に隠されているはずだわ」
イナ・フォグはそう言うと、矢庭にサクラ2号のボディをペシンと引っぱたいた。
「イタッ――!!」
痛がるサクラ2号にイナ・フォグは「私はね、失礼な言葉を使う輩は嫌いなの……言葉遣いには気を付けなさい」と冷然とした態度を見せた。
「は……ハイ、スミマセンでした」
イナ・フォグにハタかれたのがよっぽど痛かったのか、サクラに2号はボディを縮こまらせるように小さく返事をした……。
……
「……ゴホン……アラトロン嬢、そのニンゲン様が造った軍需工場と言うのは何処にあるのですか?」
アセナの問いにイナ・フォグはミヨシを抱きかかえて再びイスに座った。 そして、ミヨシの頭をひと撫でした後、ゆっくりと口を開いた。
「……アイナの地下、4000メートル下に巨大な軍需工場があるはず。 人間達はそこでショル・アボルなどの生物兵器や、核兵器などを造っていたの。 もちろん、細菌兵器、毒ガスもね」
――もともと、アイナとディ・リターを跨ぐ地域には強大な国家があった。
その国は、現在アイナがある場所を地底への出入口として、地底に巨大な軍需工場を造り、他国を征服する為の大量破壊兵器を創り出していたのであった。
「先日、アイナへ攻めて来た大量のヨルムンガント……。 アイツ等はその工場で造られたショル・アボルなの」
『エエッ――!!』
――イナ・フォグの発言に皆驚きの声を上げた。
イナ・フォグが明かした事実は、ラヴィも知らなかったようで皆と共に驚愕した様子で目をパチパチと瞬かせていた。
「……では、アイナに攻め込んでたショル・アボルは、そもそも、アイナを目指していた訳じゃなく、アイナの地下にある軍需工場を目指していたというのか!?」
ラヴィの問いにイナ・フォグはコクリと頷いて話を続ける――
「そう……。 ショル・アボル=ヨルムンガント型は帰巣本能が強いわ。 周期的に自分達が製造された場所へ帰ろうとする……。 たまたま製造した時期が同じだったヨルムンガントの帰巣本能が発露して、数体同時にアイナの地下を目指してやって来たのでしょう。
……まあ、私達からすれば悪いタイミングだったわね」
――イナ・フォグは、ハギトことリリム=ア・フィアスを倒した後、一人でアイナへと戻った。 その目的は自らの手で消滅させたア・フィアスに別れを告げる為だけではなく、アイナから軍需工場へ行くための出入口を探す為であったのだ。
「――すると、アイナには軍需工場に行くための出入口があるの、フォグ?」
今度はライコウの膝の上に乗っているヒツジがイナ・フォグに聞いた。
ヒツジの問いにイナ・フォグは一度コクリと頷くと、すぐに頭を横に振った……。
「……そのはずなんだけど、この前探した時には見つからなかったの。 恐らく、1000年の時を経て出入口が深く埋もれてしまったんだと思うわ。
アイナへ来たヨルムンガントを一匹残しておけば良かったわね……」
イナ・フォグはそう言うと「ふぅ……」と残念そうな溜息をついた。
すると、ライコウがイナ・フォグを慰めるようにポンと肩を叩いた。
「そう残念がる事じゃないぞ、フォグ。 ヨルムンガントが周期的に生まれた場所へ帰ろうとするなら、今まで他のヨルムンガントが帰ろうとした形跡もあるはずじゃ」
ライコウの発言で思い出したようにアセナが合いの手を入れる――
「――そう言えば、つい最近、原発跡地にヨルムンガントが出現して地下へ潜って行ったという話を聞いたな。 もしかしたら、その跡を辿れば……その軍需工場とやらに辿り着くかも知れん……」
――ショル・アボル=ヨルムンガントは巨大な個体では胴回り5メートルを超える個体も存在する。 大型のヨルムンガントが開けた穴であれば、その穴に入って地底へと進む事が出来る。
「――それじゃ、そのヨルムンガントが開けた穴が本当に施設までつながっているか、アナタ達のデバイスという機械を使って調べてみましょう。
……アル、アナタだったら地底に何があるか調べる事ができるでしょ?」
そう言って、イナ・フォグはラヴィへ顔を向けた。
「まあ、ワガハイでなくても、穴から測定用のレーザーを照射して反射波を調べれば出来るのだ」
どうやら、ショル・アボルの穴を調べれば、地底に巨大な施設が存在しているのかどうか調べる事が出来そうだ。
――こうして、まずはフルの弱点である猛毒ガスを手に入れる為、アイナの地底深くにあるという軍需工場の存在を確認するという事になったのだが、もし、軍需工場が見つかった場合、地底の奥深くまで一体誰が行くことになるのか?
「……うへへ、私はなんか頭が悪く……間違えた……痛くなったから、残念だけど行けないわん」
開口一番、エンドルが施設調査の辞退を申し出たが、そもそも、エンドルには聞いて無い……。
「誰がアータになんて頼みますか! ウチがライコウ様と行きます!」
コヨミはエンドルに冷たい視線を投げるや否や、ライコウの傍へ近づこうとする――。
……ところが、コヨミの前にイナ・フォグとラヴィが立ちはだかった。
「――何、勝手な事言ってるのだ! ワガハイが調査するのだから、ワガハイがライコウ様と一緒に行くのが道理ではないか!」
すると、今度はラヴィの言葉にイナ・フォグが反応した。
「……アナタ達のような軟弱者とはライコウを一緒に連れて行けないわ。
私とヒツジと……そうね、アナタが一緒について来なさい――」
イナ・フォグの視線の先には、困った様子のアセナの姿があった……。
イナ・フォグはミヨシについては何も言わなかったが、彼女にとってミヨシは一緒にいる事が当たり前で、数の内に入っていないようだった。 ミヨシもイナ・フォグについて行くことが当たり前だと思っているのか、特に気にしている様子もなくイナ・フォグに抱かれたまま一生懸命顔を洗っていた。
――三人がギャーギャー喚き散らして口ゲンカに興じていると、両開きの扉から『ドン、ドン!』とノックの音が響き渡った。
「ん――?」
ノックの音に皆一斉にドアに目を遣り、三人の口ゲンカもピタリと止んだ……。
……
警備のゼルナーが扉を開けると、アセナの部下である鎖帷子を着たゼルナーが緊張した面持ちで一礼をした後、アセナの下へ駆け寄って来た。
「……どうした、何かあったのか?」
三人のイザコザが止まって内心ホッとしていたアセナが、眉を下げてオニギリのような三角形の顔をしたゼルナーへ顔を向けた。
すると、オニギリ頭のゼルナーはパイロットランプのような小さな目を光らせながら「ハッ!」と敬礼をし――
「――昨日、器械の砦とエリア6の渓谷の間で行き倒れていた男性型のゼルナーとカエル型の器械を発見致しました!」
とハキハキとした口調でアセナに報告をした。
「ゼルナーだと?」
「ハイ! 二人とも冷却装置が故障しておりましたが、アニマには影響が無く、中央処理装置の損傷も見受けられませんでしたので、恐らく冷却装置の故障によりサーモスタットが働いて緊急停止したものと思われます。
尚、二人とも検査の結果、バハドゥルの器械だと判明致しました!」
部下の報告にアセナは「バハドゥルの――?」と目を丸くすると、カヨミがおもむろに席を立ち、アセナの傍へやって来た。
「そのバハドゥルの器械は二体ともゼルナーなのか?」
そう問いただすカヨミに背筋を伸ばして「――いえ、お嬢様! お供と思われるカエル型の器械はゼルナーではありませんでした」と返事をする鎖帷子姿のゼルナー。
「むぅ、発見された場所から想像すると、エクイテスかディ・リターへ潜入しようとしていたのかも知れんな……。
それで、その二体は今、どうしてるんだ?」
バハドゥルはディ・リターとエクイテスの両都市と仲たがいしている。 もしかしたら、バハドゥルの管理者がディ・リターかエクイテスを監視する為にゼルナーを派遣したのではないかと、カヨミは疑ったのだ。
「ハイ! カエル型の器械と共に我々が保護し、先程まで精密検査を実施していました……」
アセナの部下は先ほどのハキハキした様子から、急に声のトーンが落ち、何やら言い辛そうにカヨミから目を逸らした。
すると、その様子に気づいたカヨミが鋭い眼光を飛ばしてアセナの部下を問い詰める――
「――それで、ソイツ等を検査した結果はどうだったんだ?」
カヨミが問い詰めるとオニギリ頭のゼルナーは顔を下げたまま、チラリとライコウの方へ視線を移した。
「は、はい……。 男の装備しているデバイスを調べたところ、なんと、その男はマザーから指示を受けてディ・リターへ向かっていた事が分かったのです……」
「――何っ、マザーだと!?」
マザーから直々に命令されるゼルナーは、余程性能の高いゼルナーか、特別な能力があるゼルナー以外にはいない……。
アセナの部下の報告に興味を持って、周りの者もアセナの傍へ集まってきた……。
「アータ、それホントなんですかぁ? マザーから直接指示を受けるなんて余程の事じゃない限り無いんですよ?」
コヨミが不審そうに銀色の瞳をパチクリさせてアセナの部下を問い詰めると、突然出しゃばって来たコヨミをアセナが制止し、穏やかな口調で部下に質問を続ける――。
「――それで、そのマザーの命令とやらが何なのか解析出来たのか?」
皆に取り囲まれて狼狽えている鎖帷子を着たゼルナーは、アセナの問いに「ハイ、ハイ――」と二度返事をし、動揺を隠せずにパイロットランプのような眼をチカチカと点滅させた。
「……そ、それが驚く事に、アラトロン様とライコウ様をバハドゥルへ連れて来るように……との命令でして……」
オニギリ頭はそう言うと、再びチラッとライコウの顔を覗い、それからイナ・フォグへ視線を送ろうとしたが……慌てて視線を逸らして、再びライコウの顔へ視線を戻した。
「「何だって――!?」」
オニギリ頭のゼルナーの言葉に一同仰天し、皆もライコウの顔に視線を集中させた……。
「――な、何じゃ!? お主ら、何でワシばかり見るんじゃ!」
全員に見つめられて恥ずかしかったのか、顔を赤くしたライコウは皆の視線を逸らし、同じくライコウを見つめていたイナ・フォグへ体を向けた。
「……ふふっ、アナタが一緒に行くと言うのなら、私は何処へ行っても構わないわ」
イナ・フォグはそう言って微笑むと、唖然とした様子のラヴィとコヨミを一瞥し、ライコウの体に身を摺り寄せた。
「な、なっ、汝は何を言ってるのだ!」
「そうですよ! アータ、お父様の部下のクセに、ウチらにウソついて!」
再びギャーギャーと喚き出した二人は、オニギリ頭のゼルナーを責め立てた……。 ただ報告に来ただけのゼルナーは哀れなことに二人に小突かれて「ひぃ――!」と頭を抱えて蹲ってしまった……。
「コラ、コラ! 止めるんじゃ!」
ライコウが二人の蛮行を慌てて止める……。
「……とにかく、何故、ワシ等がバハドゥルへ行かねばならんのか、マザーに聞いてみん事には始まらん」
ライコウは腕に纏わりつくイナ・フォグに、少し離れるよう目配せをしながら言葉を継いだ。
「フォグ、ワシはマザーに会いに行って、本当にそんな事を言ったのか聞いてみる。 お主はバハドゥルから来たというそのゼルナーに会って真偽を確認してくれんか?」
ライコウの頼みにイナ・フォグは「――イヤ!」と即答で拒否し――
「――私がアイツに会いに行くわ。 ライコウがそのゼルナーに会って聞けば良いわ」
と言って、ライコウがマザーと会うことに難色を示した。
「うむ……まあ、それでも構わんが……」
ライコウがマザーと会ったのは、ハーブリムでゼルナーとなった時が最後であった。どうせなら、久しぶりにマザーの様子を確認したいと思っていたのだが、イナ・フォグが強く反発するので、仕方なく今回はイナ・フォグに任せ、自分はバハドゥルのゼルナーに会いに行く事にした。
……しかし、この時のイナ・フォグの反応で、ライコウは近いうちに必ずマザーと会わなければならないと考えた……イナ・フォグには内緒で。
――
ファルサはアルマジロ型のショル・アボルの大群に追われて、ジャーベを抱えて1000キロ以上走り続けた。 もともと耐久力の無い体であったファルサは出力に耐え切れずオーバーヒートを起こし、体内の冷却水が空になってしまって意識を失った。
ジャーベは自分の体内から冷却水を取り出してファルサに飲ませたが、ファルサの意識は戻らずに、自分も水不足に陥ってしまい――結局、二人共荒涼とした大地で気を失ってしまったのであった。
すると、運の良い事に、偶然アセナの部下達が地上のショル・アボルを哨戒しながらファルサ達が倒れていた付近を通りかかり、二人を発見した。
アセナの部下達はファルサの服装を見て、二人がバハドゥルの器械であると確信した。 さらに、一般器械の立ち入りが禁じられている地上で倒れていたことから、二人共ゼルナーであると見誤った。 そして、二人が何の目的で地上を移動していたのか詳しく調査する為、ディ・リターの病院(修理工場)へと連れて行った。
ディ・リターの病院で二人の体を検査すると、ジャーベが一般器械である事と、ファルサが予想通りバハドゥルのゼルナーである事が判った。 しかも、ファルサのデバイスの記録を読み出すと、なんと、二人が地上を移動していた理由がマザーの命令によるものだったと言う事が判ったのだ。
『マザーとの約束通り、ライコウとアラトロンをバハドゥル・サルダールへ連れて来る』
ファルサが装備していたデバイスのタスクリストを閲覧したアセナの部下達は吃驚して飛び上がり、取り敢えず、アセナへ報告する事にしたのであった……。
……
ファルサとジャーベはアセナの部下達に助けられ冷却装置の修理をしてもらった後、すぐに機能が回復して意識を取り戻した。
アセナの部下達は、彼らがバハドゥルから来た者達という事もあり警戒を怠らず、二人はデバイスの通信を遮る事が出来る特殊な壁に囲まれた病室に軟禁されていた。
「……ファルサ様、私達はどうなってしまうんですかね……」
無骨なパイプで造られたベッドに座って足をブラブラさせているジャーベが、丸テーブルの前に座ってデジタル新聞を読みふけっているファルサに声を掛けた。
「うん――?」
不安そうな眼差して瞳を窄めるジャーベに対し、ファルサはデジタル新聞が表示されているペラペラの液晶をテーブルの上に置いて、ジャーベを励ました。
「そんな不安になるもんじゃないさ、ジャーベ。
俺達が来た目的がマザーに指示された事だと分かれば、俺達に対してぞんざいな扱いはしないはずさ」
不安がるジャーベとは対称的に、ファルサは心地よい緊張感に包まれていた。
(今や世界で一番有名なゼルナーであるライコウ。 画像や動画でしか見た事の無い彼を、いよいよ間近に見る事が出来る――)
ファルサは期待に胸を膨らませながら、ソワソワと部屋を歩き回った。
ジャーベは相変わらず憂鬱そうな瞳でファルサを眺めながら、ベッドの上で膝を抱えて体育座りをしていた。
――すると、鋼鉄の扉の奥からガチャガチャと閂を外す音が聞こえた……。
ジャーベは音に驚いて、ベッドの上で正座をして緊張した面持ちで扉をまっすぐ見つめた。
『ズズズ……』と重そうな扉が開き――
――部屋の中へ入って来たのは、鎖帷子を着たオニギリ頭のゼルナーであった。
「おい、お前達! ライコウ様をお連れしたぞ!」
ゼルナーの言葉にファルサとジャーベは一気に緊張が走り、扉の奥から魔物でも出てくるかのように息を飲んだ……。
……
……だが、扉の奥から現れたゼルナーは金色の髪を靡かせた浅黒い少年であった。
胸に立派な唐草模様の装飾が施された銀色の鎧に身を纏い、兜を片手に持った少年は二人の姿をみると透き通るような蒼い杏眼を細めて微笑んだ。
(この少年が、あの『アラトロン』を服従させたと言う……?
な、なんというか……美しい……)
ファルサは少年の姿に目を見張った。 ジャーベは口をポカンと開けたまま、銀色の腹を突き出して、だらしなくベッドに座っている……。
すると――
「――お主等がバハドゥルから来たというゼルナーか?」
と少年はニッコリと笑い、奇妙な言葉遣いで二人に問いかけた。
「はっ、はい……。 貴方が……ライコウ……殿?」
少年の声色はファルサのイメージ通り、淀んだ空気を澄み渡らせるような屈託の無い声であった。 しかし、言葉遣いが外見とあまりにも似合っておらず、ファルサは戸惑いの表情を浮かべた。
「おう、ワシがライコウじゃ! お主等の名は――?」
ライコウはそう言うと、小脇に抱えた兜をオニギリ頭のゼルナーへ手渡した。 そして、ズンズンと部屋へと入り、机の前に座っているファルサへ近づいて右手を差し伸べた。
「お、俺はファルサ……。 ベッドにいるのはジャーベ……と申します」
ファルサが緊張した面持ちで差し出された右手に握手をした。 すると、だらしなく口を開けていたジャーベも正気に戻ったようにベッドの上で屹立して「ハッ――!」などと声を上げ、背筋を伸ばして敬礼した。
「――ワハハ! そんな緊張する必要は無い! ワシ等は仲間じゃないか」
「へっ……仲間?」
ジャーベはライコウの発言に呆気にとられたように口を開けた。
「そうじゃ! お主達はマザーに頼まれてワシに会いに来たんじゃろう。 マザーに頼まれて来たという事なら、ワシ等は仲間という事じゃ」
二人はライコウの理屈が良く分からなかった。 ただ、何となく、そう言われてみるとライコウに対して親近感が湧いてきたように思えた。
そう思うと、ジャーベは緊張が一気にほぐれたと見えて、ベッドからピョンと飛び降りてライコウへと近づき、水掻きの付いた湿った右手を自ら差し出してライコウに握手を求めた。
「私はジャーベと申します。 そこにいるファルサと共に、貴方とアラトロン様をバハドゥルにお連れする為にはるばる此処へ参りました――」
ジャーベはそう言うと、堰を切ったように、ディ・リターへ辿り着くまでの苦労を滔々と語り出した……。
……
「――その時でした! 迫りくる凶悪なショル・アボルにファルサの足がもつれ、私は咄嗟にファルサの手を握りました。
そして、私はファルサに「諦めるな!」と鼓舞し、ファルサを護る為に全てのマナスを使い切る悲愴な覚悟を持って、切っ先鋭い正義の剣を悪鬼のようなショル・アボルに向けたのです!」
……ジャーベは床にペッタリと腰を降ろし、ライコウを見上げながら得意げに物語を紡ぎ上げて行く。
(やれ、やれ……よくも、まあ、そんな作り話を延々と……)
ジャーベの武勇伝を呆れた様子で聞いていたファルサであったが、ライコウが「うん、うん」とか「ほぉ、それは凄いのぅ……」などとジャーベの英雄譚を受け流している様子を見て、ライコウがジャーベの話を信用していない事が分かったので、そのままジャーベの言いたいように言わせていた……。
……
「――そうか、そうか! それは、遥々大変じゃったのぅ。 それでは、ワシとアラトロンがお主等とバハドゥルへ行かねばならん理由を教えてもらおうか」
ライコウはちょうどジャーベの話が次の話に移ろうとしたタイミングで、ジャーベの話を遮ってファルサの顔へ視線を移した。
「あっ、ハイ……。 端的に申し上げますと『レヴェド』というゼルナーをお二人に破壊して欲しいのです」
「ゼルナー? 何故、ゼルナーを破壊する為にアラトロンの力が必要なんじゃ?
ワシに手伝って欲しいと言うのは分かるが……」
ゼルナー一人を破壊するのにイナ・フォグの力まで必要であるはずは無い。 このバハドゥルのゼルナーだって、イナ・フォグと会った事は無くてもマルアハという存在がどれだけ強大な力を持っているのか分かっているはずである。
ファルサはライコウの質問の意図を分かっているかのように頷いた。
「はい、それには深い訳がありまして……。 少し話が長くなりますが、ご説明して宜しいでしょうか?」
ファルサが畏まってライコウに告げると、ライコウは扉の前で待機していたオニギリ頭のゼルナーに目配せをした。 すると、オニギリ頭は「ハッ――!」と一言返事をして恭しく一礼すると、踵を返して部屋から退出し、アセナの許へと戻って行った……。
――ライコウが案内役のゼルナーを帰した事で、ファルサは彼が自分の説明を聞く意思を表明したと看做した。
ファルサとジャーベは丸テーブルの前の椅子に座り直し、丸テーブルを挟んでライコウと相対した。 そして、バハドゥルの現状とレヴェドの悪行、それと、何故イナ・フォグが必要なのかをライコウに語り出したのであった――。




