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器械騎士と蛇女  作者: ティーケー
排除するリリム
18/54

機械を愛する器械

 ――崩壊(ほうかい)寸前のアイナの街で、ライコウ達がハギトと戦っている時――


 バハドゥル・サルダールの街では、デバイスの使用できない器械達の為に紙媒体の号外新聞が配布されていた……それも、密かに……。

 現体制に反対する者達が皆に真実を知ってもらおうと、管理者の目を盗んで配り歩いていたのであった。 そして、その『アオハタ』という名の新聞の見出しにはこう書いてあった――


 『ついに、ハーブリムとディ・リターの連合軍がハギトと激突! ハギトをアイナへと追い詰める!!』


 『七色の光線は役立たずである! ポンコツ兵器の為に我々の血税を無駄にするな!』


 『機械達を解放せよ! 機械達への虐待を許すな! 諸君、今こそ立ち上がれ――!』


 市民は『ハーブリムとディ・リターの連合軍がハギトと激突』という見出しにだけ興味を持ち、繰り返しその内容を読んでは、我らバハドゥルがハギトとの戦いに参加しなかった事を(なじ)り、憤慨(ふんがい)した。


 ――バハドゥルの管理者達は『監視塔イル』でハギトにケンカを売り、()(すべ)無く敗北したトラウマを抱えていた。 そして、敗北の事実は各都市の間にも知れ渡っており、バハドゥルとしては再びハギトと戦って恥の上塗りをしたくなかったのである。

 管理者達は「我々はマルアハ『ファレグ』を警戒しなければならず、ハギトのような小物(こもの)はディ・リターとハーブリムのポンコツ連中に任せておけばよいのである!」などと強がりを言って市民の批判を一蹴していた。 そればかりか、そのハギトに手も足も出ずに敗れた自分達については「ベトールが邪魔をして来たからしかなく撤退しただけだ。 ベトールさえ来なければ、我々がハギトに勝利していた事は明白であった」などと、デバイスが無い市民を(だま)すことなど造作も無いと言わんばかりに、平然とウソ話をでっち上げた。


 バハドゥルのゼルナー達は自分たちの実力を過信する虚栄心(きょえいしん)の塊のような連中であった。 特に『管理者』と言われるゼルナーの中でも都市を管理する役職を持つ特権階級は浅ましいまでに自己愛が強く、さもしいまでに利己的(りこてき)な連中であったのである。

 だが、そんな腐ったゼルナー達に対して、当然反感を持つ市民もいた。 そして、そのような市民の味方をするゼルナーも少数ながら存在していた。


 ――


 バハドゥル・サルダールは、アイナから東へ1000キロほど離れた位置にある地底都市である。 他の都市の連中からは、都市の名前が長ったらしいので『バハドゥル』と略称を付けられていた。

 バハドゥルは二層構造の地底都市であった。 面積はハーブリムよりも小さく、ナ・リディリよりも少し大きいくらいであったが、人口は20万人とハーブリムの倍であった。 それでも、ライバル視する大都市ディ・リターの人口の半分であったが、ゼルナーの数は二万人を少し下回るくらいで、ディ・リターより若干少ない程度であった。 そして、何よりも作業用機械の数が多く、100万体を超える大小様々な機械が何かしらの作業に従事していた。


 作業用機械が多い理由は、市民一人一人にまるで奴隷(どれい)のように作業用機械が複数体あてがわれているからである。 バハドゥルの市民は、作業用機械を”モノ”としか思っていなかった。 彼らを『ネクト』と呼んで、満足にメンテナンスもせずに故障するまで稼働させていた。 そして、ついに故障して動かなくなれば街の片隅にあるスクラップ場へ連れて行き、口笛を吹きながら解体をして、新たに作業用機械を創り出していたのである。


 各都市の器械達はそんなバハドゥルの作業用機械に対する扱いに反感を持っていた。 各都市の器械で作業用機械の事をネクトと呼ぶ者は殆どいなかった。 ネクトとは『奴隷』という意味合いを持つ()まわしき言葉であるという認識があるからだ。 したがって、単に機械(きかい)と呼んで、器械(きかい)達と同じ発音で呼んでいた。

 特に、エクイテスのゼルナー達はバハドゥルのこうした機械に対する扱いに猛反発しており、機械達の扱いを巡って小競り合いまで起こることも少なくなかった。 その為、エクイテスのゼルナー達は、度々ディ・リターのマザーにバハドゥルの横暴極まる行動を告発していたが、ディ・リターのマザーは、バハドゥルのマザーを介して管理者に一言、二言注意をするだけで、自らバハドゥルの内政に介入して是正(ぜせい)しようという姿勢を見せなかった。


 そもそも、マザーはなるべく器械達の自主性を尊重し、器械達の問題は彼らの中で解決するべきだと願っていた。 だが、バハドゥルに限ってはそれだけでなく――何か問題が起きても、そう簡単には器械達に介入出来ない事情もあったのだ。


 こうした特殊な事情もあって、バハドゥルでは抑止力(よくしりょく)の無い器械達が増殖(ぞうしょく)し――やがて、力を持ったゼルナーが器械を統治し始め、自分たちの利益の為に他の器械達を利用するに(いた)った。 都市が()()とし、一部のゼルナー達によって市民達が不利益を被る事態もしばしば起きた。


 そんな現状をマザーもさすがに看過(かんか)する事が出来なくなって来ていた……。


 ――

 

 バハドゥルは、一層に商業エリア、住居エリアがあり、二層には工業エリアがあった。

 一層の住居エリアは高層ビルが立ち並ぶ区画と、宗教的な建物が軒を連ねる区画に分かれていた。 高層ビルはアイナの東側に建築されていたバハドゥルからやって来たゼルナー達が居住していた建物と似ており、表面は大理石のように美しく磨き上げられていた。

 高層ビルエリアには、およそ3000人の管理者達が住んでいた。 このエリアには道路が無く、地面には青く輝く移動式の床が敷き詰められており、通行する者は歩かずとも高層ビル群の間を移動する事が出来た。 また、車両は全て反重力装置が底面に装着されており、この移動式の床を浮上して往来していた。 彼らは満足に戦う事も出来ないくせに、最新鋭の高度な記憶合金で出来た鎧を身に纏い、液体金属で出来た水のように揺らめく剣を(さや)(おさ)めていた。

 監視塔イルでハギトにケンカを売ったのは、彼ら管理者達であった。 およそ500名のゼルナーがあっけなく破壊されてしまったので責任問題へと発展したが、監視塔イルで指揮を執っていたヒゲ面のゼルナーに全ての責任を押し付け、自分たちは(すず)しい顔をして引き続き器械達を管理していた……。


 さて、そんな近未来的な街並と恰好かっこうだけは立派な管理者達の様子から一般のゼルナーや市民もさぞハイテクでサイバネティックな姿だろうと思いきや、彼らはショル・アボルから採取した人工革で造った古臭い衣服を好んで着用しており、高層ビルエリアから少し離れた丸い屋根のレンガ造りや石造りの家に住んでいた。 玉ねぎのような屋根に丸みを帯びたドーム状の家は、どことなく宗教的な雰囲気をかもし出しており、住居エリアには幾つかマザーに願いを伝える礼拝所が建立こんりゅうされていた。

 市民と同じく、一般のゼルナー達も住居エリアに住んでおり、一部のゼルナーは管理者達のように鎧姿ではあるものの、殆どのゼルナーは住民達と似たようなショル・アボルの残骸から造った人工毛で覆われた鎧や、人工革を加工して造った鎧を(まと)っていた。 また、兜もハイエナ型などの動物型のショル・アボルの頭部を兜として加工して被っている者や、動物の角に見立てた金属を人工革で覆った兜に装着している者など、市民より格段に能力の高いゼルナーらしからぬ恰好(かっこう)をしていた。

 一般のゼルナー達は大体腰巻のような布を体に巻いており、その布に大剣などを挿していた。 本来なら腰に鞘を下げて、鞘に剣を収める事が出来るのだが、バハドゥルのゼルナーの間では腰巻に剣をそのまま挿す事が流行しているようだ。

 腰巻はゼルナーによってシルバーであったり、ゴールドであったり、深紅(しんく)であったりと、個人の好みで色が異なっていた。 さらに、腰巻だけでなく肩から布を袈裟懸けにしている者や、マフラーのように首に巻いている者もおり、それぞれ自分好みの服装をしているようだった。


 ――そんな一般のゼルナーの中に、近年製造されたばかりの若いゼルナーがいた。


 赤い布を腰に巻き付け、その布に鞘がやたらに大きい小刀を差したゼルナーは、他のゼルナーと同じくショル・アボルから採取した革をなめした紺色(こんいろ)のジャケットを身に纏い、頭に鼠色(ねずみいろ)の金属繊維で出来た布を巻いていた。

 長い黒髪を後ろに束ね、オオカミのような鋭い瞳を宿し、真一文字の眉に怒りを含ませている男は自都市の作業用機械に対する扱いに義憤(ぎふん)の炎を燃え上がらせていた。

 

 彼は、意思や感情の無い機械だからと言って市民やゼルナーがモノのように機械をぞんざいに扱う事が許せなかった。 彼は度々機械への虐待を止めるように訴えたが、そんな叫びは空しく響くだけで、管理者達からは『反体制主義者』だという事で目を付けられていた。

 だが、彼は自分の主張を曲げる事はなかった。 今度はマザーに会いに行って、マザーに管理者達の横暴を訴え、機械に対する虐待を止めるように要望しようとした。


 ――


 「おい、テメェ! しつけぇんだよ!」


 バハドゥルの街の中央――大聖堂と呼ばれる一際大きなドーム状の建物の門前で、槍を持った鎧姿のゼルナーが、石畳の地面に転がっている若いゼルナーに蹴りを入れていた。

 若いゼルナーは口からオイルを出して、苦しそうに両手をついて(もだ)えている……。

 

 「マザーはベトールとの戦いでお疲れなんだよ! 誰の面会も出来ねぇと言ってんだ! とっとと帰れ、この若造が!」


 どうやら、若者を蹴り飛ばしているゼルナーは大聖堂の荘厳そうごん門扉(もんぴ)を護る守衛(しゅえい)のようだ。 さらに激しく蹴りつける守衛に、後ろから来た彼の仲間と思われる守衛も加わり、彼らは()って(たか)って若いゼルナーを袋叩きにした。 あちこちに煙を出して気を失ってしまった若いゼルナー……どうやら、オーバーヒートしてしまったようだ。

 守衛達はすでに意識の無い若者に唾を吐きかけて、再び門扉の方へと戻って行った……。


 ――『プシュー……』と煙を出して力なく横たわる若いゼルナーを、市民が怪訝(けげん)そうな顔をしながら通り過ぎて行く……。 誰も彼に手を差し伸べる者などいない……。 大聖堂を守護しているゼルナー達が怖いのだ。

 すると、道行く器械達の間を()って、一匹の金属製のカエルが二本足でペタペタとゼルナーへ駆け寄って来た。


 「――ファルサ様! ファルサ様、しっかりして下さい!」

 

 銀色の腹に光沢のあるライトグリーンが広がる背中を見せて、(やわらか)そうな水かきが付いている5本の指を広げながらユサユサとゼルナーの体を揺するカエル――大きな茶色い目を心配そうに(すぼ)めながらゼルナーに声を掛けるが、ゼルナーは完全に気を失っているようだ……。

 すると、今度は布で顔を覆った薄いピンク色をした人型の器械が二人のそばへそそくさとやって来て、カエルに代わってササっとゼルナーを起き上がらせ、ゼルナーの腕を自分の肩にかけた。


 「――ジャーべ、早く! もたもたしてると、また守衛が来るよ!」


 人型の器械がカエルに目配めくばせをしてゼルナーを抱え、小走りに駆け出した。


 「あっ、ディー・ディー! 待って――!」


 『ジャーべ』と呼ばれたカエルは、ゼルナーを抱えて風のように群衆へ(まぎ)れ込む器械を慌てて追った。


 ――


 守衛のゼルナー達にこっぴどく痛めつけられたゼルナーはその名を『ファルサ』と言った。 彼は『機械解放同盟』という秘密組織のメンバーであった。

 機械解放同盟とは、その名の通り、奴隷のような扱いを受けている機械を解放し、器械達と同じように扱う事を目指す組織であった。

 100名にも満たないごく少数の組織であり、ゲリラ的な機械の解放と、市民への啓蒙(けいもう)を目的に日夜機関紙を発行して道行く市民へ密かに配り歩いていた。


 ファルサは自分の家に組織の連中を(かくま)い、地下には機関紙を発行する為の機材を入れて、管理者にバレないように密かに活動をしていた。 ところが、最近になって「ファルサが反政府組織加担している」という噂がゼルナー達の間で広まり、管理者達はファルサに対してデバイスでの監視を強化し始めた。

 そんな不穏(ふおん)な噂を広めたのは誰であるかの見当はついていた。 ファルサは『レヴェド』という管理者のおさの右腕として都市中の作業用機械を管理している『セヴァー』という名のゼルナーだと確信していたのだ。


 管理者の長であるレヴェドは狂信的な程にマザーを愛していた。 マザーが(さず)(たも)うたアニマによって意思を持った器械こそ、無残に滅びた人間に変わってこの世界を支配する者達であり――「人間は神では無く、マザーこそ神である」という主張を声高こわだかに叫んだ。 そして、器械ではあり得ないと思うほどの強大な力をもって、バハドゥルのゼルナー、市民を支配し、マザーへの崇拝(すうはい)を強制した。

 それだけでなく、レヴェドは「ネクトという名の通り、作業用機械はマザーに奉仕する為に造られた奴隷である」と主張した。 そして「マザーの為に製造されたネクトがマザーの為に全てを捧げ、壊れていく事は何も間違ってはおらず――むしろ、ネクトにとってはこの上なく幸福な事である」などという妄言(もうげん)を吐いた。

 バハドゥルの器械達は、このようなレヴェドの妄言を(都合よく)利用し、作業用機械への虐待行為を正当化していたのである。


 ――マザーはそんな狂信的なレヴェドに対して、ただ静観しているのみであった。

 マザーは器械達に神たる人間を復活させる為にマルアハと戦うよう命令した。 ところが、レヴェドは「私の神はマザーである」とマザーの言葉を否定した。

 レヴェドはマザーを神であると(あが)めておきながら、マザーの命令を少しも守ろうとしない。 それどころか、マザーの威光を笠に着て狼藉ろうぜきばかり繰り返していたのだ……。 その影響で、バハドゥルのゼルナーや一部の市民もマザーを無視して傍若無人に振舞うようになってしまい、バハドゥルは()()()()()都市になってしまったのである。


 何故、マザーはそんな傍若無人なレヴェドを野放しにするのか――?


 マザーにはレヴェドを破壊する事が出来ない特別な事情があったのだ。 マザーがバハドゥルの器械達に介入できない理由は、つまり、レヴェドを破壊する事が出来ない事情と共通していたのである。


 しかし、そんなマザーの事情など(つゆ)ほども知らない市民やゼルナーの間では、マザーに不信感を抱く者も少なくなかった。 自分達を生み出したマザー――器械達にとっては母であるマザーが、あろうことか子供達を選別し、いらない子供達を虐待せしめているのではないか?


 それとも、マザーにとって、意思の無い機械など子供でもなんでもなく、ただの鉄クズに過ぎないのだろうか……?


 ――ファルサは、その疑問に答えを得る為にマザーに会おうとしていた。

 ところが、レヴェドの指示でゼルナーといえども勝手にマザーに会う事が許されず、マザーがベトールとの戦いで傷を負って療養(りょうよう)しているという状況も手伝って、ファルサがマザーに接見する事は困難を極めた。

 それでも、ファルサはマザーに接見する理由を適当に拵えて、何とかマザーに会おうとしたが、マザーの居る大聖堂を守護する衛兵達を説得する事が出来ず、袋叩(ふくろだた)きの()き目に()ってしまったのであった……。


 ――


 「……う、う……ここは……俺の……」


 大聖堂の守衛に袋叩きにされたファルサは、両肩にダクトを接続されている状態で自宅のカプセルベッドで眠っていた。

 

 「アア、ゴ主人サマ! オ目覚メニナリマシタカ――!」


 たどたどしい言葉が耳元に聞こえたかと思うと、目の前にメイド服を着たロボットが両手を組んで祈るようなしぐさで、ファルサを見つめていた。

 まるでジスペケにメイド服を着せたような外観のロボット――このロボットは、バトラー(器械)ではなくネクト――つまり、意思の無い機械であった。


 「シャヤ……。 心配かけて済まなかった……」


 ファルサがベッドに横たわりながら()し目がちに機械に言う――すると、機械はブルブルと首を横に振った。


 「ソンナ……ゴ主人サマ、私ニハモッタイナイオコトバ……。 主ヲ心配スルノハ『ネクト』トシテ当然ノコトデス……」


 ファルサにシャヤと呼ばれた機械は、そう言うと『ご主人様』の額に優しく手をかざした。金属のひんやりした感触がファルサの額に伝う――。

 シャヤのタマゴのような白い顔は、薄っすら二つの青いライトが少し寂しそうにボンヤリ光っている……。 その様子は、本当に意思が無い機械なのかどうか疑わしいものがある程、自分の主人に対する愛情が感じられた。


 「シャヤ……いい加減『ご主人様』と呼ぶのは止めてくれ……。 俺の名を呼んでくれないか」


 ファルサは鋭い狼のような眼に優しさを称え、額を優しく撫でているシャヤの手に自分の手を当てて()で返した。


 「……ファルサ様……私ナドニソンナ……」


 そう言うシャヤの手は少し震えていたが、そのままファルサの額に手を当てたまま心地よさそうに白い頬を桜色に染めていた。


 ――ファルサは両肩に接続されていたダクトを外し、ベッドから起き上がる――


 「シャヤ、君のお陰で大分熱も下がった」


 ファルサの言葉にシャヤは再びブルブルと頭を横に振った。


 「イエ、『ジャーべ』サン、『ディー・ディー』サンガ、ファルサ様ヲ、オ助ケシタオ陰デス……」


 「ふふっ、まあ、良い。 君がそう言うなら二人のお陰とするよ」


 ファルサは謙遜するシャヤに目を細めて微笑みかけた。


 ――実際、シャヤの言う通りカエル型の器械『シャーベ』と人型の器械『ディー・ディー』が、守衛に打ちのめされていたファルサを助け自宅へと運んできた。

 だが、それから二日間、シャヤが付きっきりでファルサの看病をし、自分自身の燃料が底をついてまでもファルサの傍を離れなかったからこそ、ファルサはこうして元気になったのだ。 そして、ファルサも彼女の献身を良く分かっていた。

 

 「――ところで、その二人は今、どこに居るんだい?」


 麻のような薄手のシャツを着ているファルサは長い黒髪を後ろに(まと)めながらシャヤに聞いた。


 「オ二人ハ、地下ノ印刷所ニイマス」


 シャヤはそう答えると、ファルサが着ていたショル・アボルの人工革から造られた紺色のジャケットを両手に持ち、ファルサに着せてあげた。


 「そうか……。 管理者にバレないようにしなければな……」


 ファルサの言葉に、シャヤの動きが一瞬止まった……。 ファルサがシャヤの様子に気付いて、シャヤの方へと顔を向けると、シャヤは体を震わせて怖がっているようであった……。


 ――その様子を見たファルサはシャヤの手を取って、優しくシャヤを抱き寄せた。


 「シャヤ、心配はいらないよ。 奴らに君を壊させやしないさ――」


 ファルサはそう言うと、タマゴのようにツルツルとしたシャヤの頬を撫で――”のっぺらぼう”のような顔に口づけをした。

 にわかに頬が赤くなるシャヤに、ファルサはキリッとした眉を穏やかに下げて、狼のような鋭い瞳はその愛情深き微笑によってさらに細くなった。


 「ファルサ様……私ノヨウナ顔ノナイ機械ニ、ソノヨウナ慈悲(じひ)ヲ……」


 シャヤは恥ずかしそうに顔を(うつむ)かせて、何もない顔から声を響かせた。


 「顔が無い? 何を言っているんだい?


 君の顔は美しい。 君の(うるわ)しい声、可愛らしい仕草(しぐさ)、優しいココロが君の顔を誰よりも美しくしている――」


 ファルサはそう言うと、俯くシャヤの顔を再び撫でて顔を上げさせ――再びシャヤに口づけをした。


 「シャヤ、俺は君を愛している」


 「……」


 ファルサの言葉に応えるように、シャヤは黙って頷いた。


 (ファルサ様……私モ貴方ノ事ヲ……デモ……)


 シャヤはファルサの愛に幸福を感じると同時に、顔の無い機械である自身の不幸に言いようの無い深い悲しみを感じていた……。


 ――


 シャヤと言う名はファルサが付けた。 機械として製造されたシャヤにはそもそも名前が無く、型名である『U+0053:0068:0061-0X79:61』から取った名前であった。

 彼女は感情が無く、意思も無い機械のはずであった。 ところが、どういう訳かその動作に能動的な意思表示が見られ、その声には感情があるように思えた。

 シャヤを作業用機械として使役(しえき)していた器械は、そんなシャヤの様子に気味悪がってスクラップ場へとシャヤを運んで行き、処理工場へと放り込んだ。

 シャヤは危うく鉄クズにされそうになったところを、ファルサによって助け出された。


 シャヤを助け出したファルサは、シャヤを自宅へ連れて行き、メイドとして住まわせた。

 ファルサも、当初はシャヤに名前など付けずに「おい」とか「キミ」とか呼んでいた。 シャヤの事をただの機械だと気にも留めず、日常の雑用をやらしていただけであった。

 ところが、ある日――ファルサがシャヤの事を注意深く見ていると、彼女はまるで感情があるかのように一生懸命()き掃除をし、命令した場所でもない箇所を丁寧に吹き上げていた。 ファルサはその様子を不思議に思い、試しにシャヤに対して様々な態度を取った。

 ファルサがシャヤに気の利いた事を言うと、シャヤはツルツルした白い顔の頬の辺りがほんのりと桜色になった。 ファルサが後ろからシャヤの肩を突然叩くと、シャヤは驚いたように二つの光をピカピカと赤色に光らせた。

 ファルサが機嫌の悪いフリをすると、シャヤは二つの光をぼんやりと青く光らせて、酷く落ち込んでいる様子を見せた。 逆に、ファルサが機嫌の良いフリをすると、彼女は黄色い光を輝かせながら、楽しそうに雑用をこなしていた。


 ファルサはそんなシャヤの様子を見て疑念を抱いた――


 (この行動は人工知能によるものではない。 本当はコイツ、器械なのでは?)


 ファルサはシャヤがアニマを持った器械であると疑い、デバイスを使ってシャヤの内部構造を詳しく調べた。 しかし、シャヤの体にはアニマが見つからなかった。


 (もしかしたら、コイツ……管理者のスパイか? いや、そんな事は……)


 シャヤに対して疑心暗鬼を強めるファルサ……。


 ――そして、ついにファルサは厳しい口調でシャヤに問い詰めた。


 「君は、本当は器械なんじゃないか? 君は何故俺にウソを付くんだ?」


 シャヤはファルサの厳しい問い詰めに、申し訳なさそうに顔を伏せ、自分の気持ちを正直に吐露(とろ)した。


 「私ハ『バトラー』デハアリマセン……。 私ノヨウナ『ネクト』ヲ救ッテクダサッタ、ファルサ様ノ……オ役ニタチタイ……。 タダ、ソレダケナンデス」


 シャヤの顔から漏れる声は、たどたどしい言葉であった。 彼女は量産型の機械で顔も無く、目の位置の奥に二つの光を宿しているだけの、まるで”のっぺらぼう”のマネキンであった。

 だが、その(けが)れない誠の声は、ファルサのココロを打った。


 『器械であろうがなかろうが、その身体にアニマがあろうがなかろうが――


 ――彼女は紛れも無く意思を持った美しい女性である』


 この時から、ファルサは一人の女性として彼女に恋をした。 そして、彼女に『シャヤ』という名を与えたのであった。


 ――


 ファルサは自宅の地下でジャーベとディー・ディーという二人の仲間と再会した。 二人はファルサの傷がすっかり癒えた事を喜び、今後の方針についてファルサと話し合おうと地下に据えられた木目調の金属イスに腰を下ろした。


 ――ジャーベは街で見かけたとおり、カエルの姿をした器械であった。 彼の腹はプラチナのような白い光沢のある金属で鈍く光っており、脇から背中全体にかけてライトグリーンの鮮やかな色で塗装(とそう)されていた。

 五本の指にはゴムのように柔らかい水掻きが付いており、さながら『二本足で立つアマガエルのロボット』といった姿であった。

 対して、彼の隣に座るディー・ディーはピンク色の金属製の体を持った女性型の器械であった。 女性型のせいか少し胸が膨らんでおり、肩回りは体全体より濃いピンク色の金属で覆われていた。 顔立ちはシャヤのようにタマゴ型で整っていたが、シャヤと明確に異なる点は、目鼻立ちがはっきりしており、小さな口も付いていた事であった。 顔の中心をスッと通る鼻筋の上には、大きな楕円形のライトが切れ長の目のように左右に二つ斜めにくっついており、ヒツジやシャヤのようにライトの色によって感情を表現していた。

 彼女は服を着ていなかったが、頭には柔らかそうな白い人工毛皮の帽子を被っていた――。


 ……

 

 「……ファルサ様、大聖堂はゼルナーの数が多すぎて正面突破は無理ですよ……」


 ジャーベが椅子に座ったまま足をプラプラさせて、憂鬱(ゆううつ)そうにファルサを見ながら(つぶや)いた。

 

 「うん……。 だが、正面突破でしか大聖堂の中へ入る方法が無い。 裏手にも守衛がいるし、ドローンや監視カメラも大量にある。 デバイスでハッキングして一時的に停止させる事も出来るのだが……それも、守衛達に簡単に見破られてしまう……」


 椅子に座る二人の目の前にはボロボロの長机が置いてあり、その長机を挟んだ奥に据えられたイスにファルサが座っていた。

 机の上には小さなランプが置いてあり、薄暗い地下に三人の様子をボンヤリと照らし出していた。

 

 「打つ手無しですね……。 ファルサ様はデバイスでマザーと直接コンタクトを取れないんですか?」


 ディー・ディーがファルサに聞くと、ファルサは首を横に振り、肩を竦めた。


 「……いや、マザーとの連絡は『特定の者』でなければ取る事が出来ない……。 少なくとも、その特定の者というのはゼルナーでは無いようだ」


 ファルサの言葉にディー・ディーは驚いた様子で楕円形の目から黄色いライトをチカチカと光らせた。


 「――えっ!? じゃあ、マザーはマルアハと常にコンタクトを取っているとか?」


 ディー・ディーは特定の者という(やから)をマルアハではないかと疑った。

 言うまでも無く、マルアハは器械達にとって敵であり、マザーにとっても敵であるはずだ……。 ディー・ディーが『マザーが実はマルアハと常に連絡を取っている』と疑ったのは、ディー・ディーがもはやマザーを信用していないという証左しょうさであった。

 だが、ファルサはディー・ディーの疑いを否定した。


 「そんな事は無いと思う。 もし、そうであれば、今までのマザーの行動が矛盾だらけになってしまう……」


 ジャケットを脱ぎ、麻のような長シャツを腕まくりしていたファルサは人工皮膚で覆われた(たくま)しい腕を組み、悩まし気にうつむいた。


 「まあ、特定の者というヤツが誰であるかなんて事はどうでも良い事です。 それより、門番にバレずに大聖堂に入る為にはどうしたら良いか、考えるのが先でしょう」


 ジャーベの言葉に、ディー・ディーがファルサと同じく腕を組んで「うーん」と唸る――。


 「マザーとコンタクトを取る事も出来ないんじゃ……例えば、何か()()を起こして門番たちの気を逸らしている間に中へ入るとか……」


 ディー・ディーの口から出た言葉に、ファルサは組んでいた腕をほどいて、両腿(りょうもも)をパチンと叩いた。


 「――そうだな! それが、良い! 大聖堂の近くで何か事件でも起こせば、門番の奴等や、大聖堂の中にいるゼルナーも慌てて外へ飛び出してくるはずだ!」


 ディー・ディーのアイデアに興奮した様子でファルサが叫ぶ――しかし、その様子をジトッとした目で見ていたジャーベが口を挟んだ。


 「でも、ファルサ様……そんな大騒ぎになる事件を私達がどうやって起こすんですか?

 まさか、街中で大砲でもぶっ放してテロ行為をする訳にもいかないでしょう……」


 「――まさかっ! そんな事はマザーが許さないし、俺はそんな事をするつもりはないさ!」


 ファルサはジャーベの言葉を否定して、ゆっくりと立ち上がった――。


 「……まあ、取り敢えず、俺はディー・ディーの提案に賛成する。 問題はその方法だが、それは追々考えて行けば良いさ――」


 前向きなのか適当なのか分からない返事を二人にしたファルサは、そのまま奥へと歩いて行った。

 ファルサが向かった先には印刷機のような古めかしい大型の機械が二機並んで置いてあり、その脇の小さな机の上にノートパソコンが置いてあった。

 ファルサは小さな机の脇にひっくり返っていたパイプ椅子を元に戻し、パイプ椅子に座っておもむろにノートパソコンをいじり出した。


 「さて、明日の記事を書き上げないと――」


 ファルサはそう言いながらカタカタとキーボードを叩き始めた。 モニタには『監視塔イルの真実――誰もゼルナーは戻って来なかった!』という見出しが表示されていた。

 ファルサがキーボードを叩くと同時に、その見出しの下段に細かな文字が次々と表示されていった――。


 「……私達もデバイスがあれば、わざわざこんな化石みたいな装置を使う必要ないのに……」


 ファルサの背中を見つめながらジャーベが不満を()らした。

 器械にデバイスが装備されていない町は世界でもバハドゥルだけであった。 ハーブリムもディ・リターも、殆どの器械にデバイスが装備されていたのである。

 デバイスは器械を製造する特殊な工場『ユータラス』で器械全員に装備されるはずである。 ところが、マザーはバハドゥルに限って器械達にデバイスを装備させなかった。


 ――


 街の中心に位置する『大聖堂』――一般のゼルナーや市民達が住む丸屋根の家をさらに巨大にしたようなドーム状の建物は、金色の丸屋根を輝かせ、真っ白い壁に囲まれている10ヘクタールを越える広大な敷地の中にあった。


 ――かつて、大聖堂の一階には、中央の高い石台の上に立派な(ひつぎ)が置かれていた。 石台へと登る大理石のような美しい白い階段は、一段毎に金色に輝く燭台が置かれており、石台の上にある銀製の棺へ続いていた。 その楔形(くさびがた)の複雑な彫刻が(ほどこ)された棺の中に、あるメカシェファのミイラ化した遺体が安置されていた。 ゼルナー達は自由にそのメカシェファの遺体に祈りを捧げる事が出来たのだった。

 しかし、現在は棺が撤去され、大きな女神像に変わっていた。 その理由は、メカシェファの遺体が何者かによって盗難にあって、メカシェファの体の中にあった石化したトガビトノミタマを奪われてしまったからであった。


 ――現在、巨大な大聖堂の中にある物と言えば、この中央にある高い石台の上に聳える女神像しかない。 周りは青いタイルが敷き詰められた何もない床が広がるのみである。 石台の前には二人のゼルナーが守護していた。

 ゼルナーが守護する石台まで続く階段を上がり女神像の前へ行くと、何やら石像の台座に手形のような跡が刻まれている。 その手形にゼルナーの(てのひら)(かざ)すと、女神像の裏に地下へと続く階段が現れる。

 この手形はゼルナーの掌を翳さないと反応しない――つまり、一般の器械ではマザーのいる地下へ行くことが出来ないのだ。


 地下へはホログラムのように浮き上がった階段を降りて行く。 この階段は定期的に七色の光が揺らめき、辺りの壁面へと伝播(でんぱ)して行く。 階段は数千メートルあるのではないかと言うくらい長く深い地下へと繋がっており、ようやく階段を降りると、ハーブリムの地下のような広大な銀色の海の上に出る。

 透明の床に覆われて、銀色の海の上を歩くように遠くに光る七色の光に向かって進むと――


 ――銀色の球体に入った大きな緑色の魚が目に映ることだろう。


 この緑色の魚が、ゼルナー達からマザーと呼ばれている存在である。 ハーブリムのチョウチンアンコウとは異なり、体内が透けて見える程の薄い緑色の体であり、ギョロッとした大きな目は何故か頭の上に付いていて、常に上を向いていた。 口は鋭利な牙をむき出しにしており、体内からは七色の光を神々しく放っていた。


 ――ゼルナーは皆、この深海魚のような生物をマザーと呼んでおり、実際、この深海魚によってアニマの機能が強化されてゼルナーとなる。 ところが、マザーはバハドゥルの他にハーブリムとディ・リターにも存在した。


 マザーは複数いるのか、それとも、三位一体であるのか?


 その疑問は、先日、ハギトを討伐した後の祝典(しゅくてん)の際に、ゼルナーや市民達からも湧き上がった疑問であった。 ハーブリムが存在する『ティルナング大陸』の西――『塩の台地』にて一時的にベトールを結界に閉じ込めたマザーは一部の器械達によって目撃されていた。

 器械達が目撃したマザーは、ゼルナーが慣れ親しんいる深海魚のようなマザーとは全く別の形状をしていた。 したがって、マザーは複数人いるのではないかという疑問と、実はマザーは一人であり、他のマザーは分身では無いかという疑問が湧き上がるのも当然と言えば当然であった。


 だが、今のところ、マザーが一人だけなのか、それとも、複数の結合体なのか不明であり器械達の疑問には答えられない。

 

 一つ言えることは、マザーは紛れも無くマルアハの一人である。 イナ・フォグも彼女の本当の名を知っている。 そして、ライコウとヒツジも彼女の本当の名を知っているはずである。 だが、彼女の名は三人の記憶から無くなってしまっていたのである。

 イナ・フォグが時々見る夢には、マザーの名前が出て来ているのだが、それがマザーであるとはイナ・フォグ自身も忘れてしまっていたのであった。


 ――


 広大な水銀のような海が漂う上で、鏡のような大きな球体に入っている深海魚は、七色の光を波のように頭から尻、尻から頭へ連続に光らせながら、何やら物憂(ものう)げな様子で考え事をしていた。


 (……放射線によって損傷した細胞がようやくく修復して来たようですわね)


 マザーはベトールとの戦いによって、大量の放射線を浴びて体内の細胞が損傷した。 マルアハは細胞が損傷してもDNAまで損傷しないので、順序通り修復が出来る。 但し、修復までにはそれなり時間がかかった。

 

 (やはり、レヴェドをこの都市の管理者にした事は失敗でしたわね……。 とは言え、あの子をそのまま放っておくことは出来なかったし……。


 ……やはり、イナ・フォグに『処理』させるしか……)


 マザーはレヴェドの傍若無人な振る舞いにほとほと困り果てていた。 その原因は自分がレヴェドを管理者としたからであったが、それはマザーなりの理由があっての事だった。 しかし、今はその選択を後悔しており、レヴェドを管理者から外そうと考えていたのであった。

 

 マザーはイナ・フォグに頼んで、レヴェドを消滅させようか考えていた……。

 何故、イナ・フォグに頼もうとしているのか? マザーであれば、レヴェドを破壊する事など造作もないはずであるが、マザーにはどうしてもレヴェドを破壊する事が出来ない理由があったのだ。

 そこで、マザーはイナ・フォグに頼んでレヴェドを破壊し、バハドゥルを秩序ある都市の姿へ戻そうと考えていた。


 マザーがそんな思いを巡らせていると――


 突然、地下から沸き上がるような地響きが鳴り、マザーがいるフロアを満たす銀色の海が大きく波立った!


 「――これはっ!? まさか、ア・フィアスが?」


 ――ちょうど、その時、アイナでイナ・フォグ達と戦っていたハギトが真っ白い巨大なトラへと変化し、天から流星のように青い光を降らせたのである。


 その青い光は地上に降り注ぐと同時に放射性物質を伴った巨大な爆発を起こし、復旧中であった監視塔イルを破壊し、さらに東へと迫り――監視塔イリンの手前の範囲まで至った。

 ハギトが降らした青い光の驟雨(しゅうう)は、西はオーメル草原全域まで、東は監視塔イリンの手前までの範囲に降り注ぎ、地上のあらゆるものを破壊せしめたのであった……。


 当然、監視塔イルから監視塔イリンの間の地底にあったバハドゥルもハギトが降らした青い光の影響を受けた。

 バハドゥルは、アイナと異なり地上から数千メートル下に創られた都市である。 その為、地上へ降り注ぐ青い光線が大地を貫通しバハドゥルの都市に振ってくる事は無かったが、地上からの凄まじい衝撃が地下を伝播し、立っていられない程の巨大な地震を引き起こしたのであった。


 ――かつて、バハドゥルにこれ程までに大きい地震が起こった事はなかった。 つい先日、ショル・アボル=ヨルムンガントがアイナを襲撃した時ですら、ここまで酷い地震は起きなかった。 どうやら、先日のヨルムンガント襲撃と、今回のハギトによる青い光線が、この大地震の起爆剤となったようだ。

 バハドゥルのあらゆる場所で巨大な地震が起き、管理者達の住む高層ビルは地震に耐えきれず何棟か崩壊し、一部の市民は地割れに巻き込まれて破壊された。

 地が裂けて、多くの機械達が地割れに落ちて行く様を民衆は助ける事もなく横目で見ながら我先へと都市で一番安全な場所――大聖堂を目指した。

 大聖堂の周辺にはゼルナー達が、雪崩(なだれ)を打って迫る民衆を大聖堂の敷地内に入れさせまいと制圧しようとするが、十数万もの器械の鯨波(げいは)にあっけなく飲まれてしまい、大聖堂の周辺は足の踏み場もないほどの器械の群れで埋め尽くされた……。


 けたたましい警報が鳴り響く中、足がもつれて転がるゼルナーの背中を踏みつけながら、とめどなく集まってくる民衆――その中には鼠色の布を頭に巻いたファルサの姿も見えた……。

 混沌とした大聖堂の周囲は、あまりに市民の数が多すぎて、圧迫された器械が次々と爆発を起こし始めた――。 すると、その爆発から逃げるように民衆の波が動き、制圧しようとしたゼルナーを巻き込んで再び爆発をするという阿鼻叫喚(あびきょうかん)凄惨(せいさん)様相(ようそう)(てい)した。

 そんな中、ファルサは持ち前の素早さを生かして、大聖堂の敷地内に侵入し、大爆発の連鎖が起きて大混乱になっている隙に大聖堂内へと侵入したのであった。


 ――


 バハドゥルを巨大な地震が襲った時、ファルサは屋敷の二階にあるシャヤの部屋に居た。

 シャヤの部屋は綺麗な薄いベージュの壁紙に覆われた明るい部屋であった。 木目調の金属で出来た箪笥(たんす)とベッドが並べられており、部屋の中央には小さな座卓(ざたく)がチョコンと置いてあった。

 箪笥の上には誰の写真か分からないが、美しい女性の写真がフォトフレームに収められ、飾られていた。 写真の脇にはシャヤがファルサからもらったネックレスが、大切そうにケースに保管された状態で置かれていた。

 一見すると随分簡素な部屋であるが、それでもシャヤのように部屋を使える機械などはこのバハドゥルには皆無であり、他の機械達は市民に鎖でつながれて外へ放り出されていたり、ジメジメした地下で満足にメンテナンスもしてもらえずに錆び果てた腕をギーギーと鳴らしながら(うめ)いていたりと悲惨な扱いを受けていたのであった。

 もちろん、シャヤも自分の境遇が他の機械と比べて恵まれていると感じていた。 シャヤは事ある毎にファルサに感謝の言葉を伝えていたが、ファルサはそんなシャヤの感謝の言葉をはにかんだ笑顔と共にシャヤの頭を撫でる事で受け止めていたのであった。

 

 ――二人は仲睦(なかむつ)まじく小さな座卓を囲って談笑していた――


 ところが、その平穏を打ち砕かんというばかりに大きな地震が起こり、その瞬間――ファルサはシャヤを抱き寄せて、落ちて来る照明からシャヤを護った。

 

 「――シャヤ、大丈夫か!」


 一瞬でファルサに抱き寄せられ、驚いた様子で顔を赤く光らせるシャヤ――。


 「ハ、ハイ――ファルサ様、オニゲクダサイ!」


 本当はファルサに匿ってくれたお礼を言うべきはずが、思わず口をついた言葉……。 自分の事は置いて、ファルサに逃げてもらいたいというシャヤの優しさが自然に言葉となったのだ。


 「――バカ、君を置いて俺が逃げるか!」


 ファルサはシャヤの言葉を受け入れず、シャヤを抱き上げてドアを蹴り壊し、二階の廊下へ飛び出した。

 ファルサの屋敷は鉄骨より遥かに強度の高い金属柱で造られた屋敷で、二階は厚い床が敷かれていたので、立っていられない程の揺れであっても崩れる事は無かった。

 シャヤを抱えて飛ぶように一階へと駆け下りたファルサは、地下へと続くスロープを駆け上って来たジャーベ、ディー・ディーと合流した。

 

 「――ファルサ様、大丈夫ですか!」


 ジャーベはファルサに声を掛けながら、グラグラと大きく横へ揺れる床に合わせて波のようにバランスを取っている。 隣にいるディー・ディーは少し宙に浮いており、全く揺れの影響がなかった。 彼女は背中に金属製の(あり)のような器械を抱いており、その器械はこの大地震でケガをしたのか頭部からバチバチと火花を散らして、ぐったりとしていた。


 「ファルサ様、反重力装置を着けて――!」


 ディー・ディーはそう言うと、ファルサに向かって足裏シートのような物を投げた。 ファルサはそれを片手で受け取り、素早くブーツの底にペタッと張り付けた。

 すると、ファルサの両足は床を離れ――ようやく、ファルサは揺れの影響から逃れる事が出来た。


 「ディー・ディー、済まない! ところで『ネマ』は大丈夫なのか!?」


 ファルサはディー・ディーに礼を言うと、ディー・ディーの背中でぐったりしている金属製の蟻のような器械を心配そうに見つめた。


 「ちょうど、ネマが新聞を印刷している時に地震が起きて、印刷機が倒れて来ちゃって……。 頭部が潰されて酷い損傷だけど、幸いアニマには影響ないわ」


 ディー・ディーが背負っている器械は『ネマ』という名らしい。 ディー・ディーはネマを反重力装置が稼働している床が敷かれている工場へと連れて行き、そこで応急修理をしたいとファルサに言った。

 

 「分かった、ネマを頼む! それと、ジャーベ――」


 ファルサはシャヤを抱きながらジャーベに目を遣った。 ジャーベは地震の揺れに強いのか反重力装置もつけずに激しい揺れの中で、一見硬質の鉄に見える銀色の体をゼリーのようにプルプル震わせて揺れを吸収しているようだった。

 ファルサは言葉を続けると、思いもよらない事をジャーベに頼んだ。


 「――君はシャヤと一緒に家で待機していてくれ。 この家なら崩れる事はないから大丈夫だ。 それに、仲間達も今こちらへ向かっている――」


 「――えっ!? ファルサ様は何処(どこ)へ行くんですか!?


 まさか――!?」


 ジャーベはファルサの指示に一瞬戸惑ったが、すぐにファルサの狙いに気が付いた。


 「――そうさ! この混乱に乗じて、大聖堂に侵入してマザーに会いに行く!」


 ――


 こうして、ファルサは大聖堂前の混沌とした状況をうまく利用して、群衆の波をかき分けて、ゼルナー達の背中を踏みつけながら、器械一人分くらいうっすらと開かれた門扉へと滑る様に入り込んだ。

 門扉から奥へ入ったのは、ファルサがゼルナーになる時以来であった。 ゼルナーは皆、マザーによってアニマを強化してもらうので、必ず一度はマザーに会っているのだ。

 門扉から中へ入ると、広大な石畳の通路が広がっており、正面には大きな白い石橋が見えた。 大聖堂は幅一キロほどの深い堀で囲まれていた。 外敵の侵入を防ぐ目的ではなく、恐らく外観上の理由だろう。 堀を越える石橋は門扉から真っすぐ進んだ先にある一本のみである。 大聖堂の周りは不可視(ふかし)障壁(しょうへき)が張られており、堀を泳いで渡ろうとしても、空を飛んで渡ろうとしても障壁に阻まれて大聖堂へ行くことが出来ない。 石橋から渡る事でしか、その障壁をすり抜ける事が出来なかった。

 石畳が敷かれていない両側の敷地は大きな庭になっており、液体金属で出来た草や、形状記憶合金で出来たリンゴの木などが植えてあった。 どの草木も丁寧に手入れをさてており、恐らく器械が毎日庭の手入れをしていると思われた。 だが、その庭師の器械はこの混乱に乗じてどこかへ逃げてしまったようで、地響きが鳴り草木が小刻みに揺れている庭には誰の気配もなかった。

 ファルサは念の為、頭に巻いていた鼠色の布を取り、右耳に装着しているデバイスからフィールドを展開させ、庭の隅々まで確認した。

 

 「やはり、庭には誰もいない……」


 ファルサはそう呟くと、今度は正面の石橋を越えた先に聳える大聖堂の入口へデバイスの照準を合わせた。


 「――クソッ! 障壁が張られていて中がどうなっているか分からん!


 ……しかし、このチャンスを逃したら、二度とマザーには会えないかも知れない」


 ファルサは思い切って石橋を渡り大聖堂の正面まで行くと、すぐに横へ走って壁際へ身を隠した。 そして、四方を囲む壁際を恐る恐る歩きながら、大聖堂の周囲に護衛のゼルナーがいないかどうか確認をした。 大聖堂を囲む壁は敷地を囲む外壁とは異なり、監視カメラもなければ、上空にドローンの気配も見えなかった。

 大聖堂の入口の石柱から周りを取り囲んでいる白い壁は二メートルほどの高さで、壁の表面には蒼いタイルが散りばめられて光輝いており、そのままぐるりと壁を巡ると、壁の四隅に大聖堂の丸屋根とよく似た形の擬宝珠(ぎぼし)と呼ばれる玉ねぎのような装飾が上部に付いているのが確認できた。

 

 ――ファルサは左側から壁を伝って右側まで一周したが、ゼルナーはおろか、監視カメラでさえ一台も設置されていなかった。 護衛のゼルナーが誰もいない事を確認したファルサは、いよいよ大聖堂の中へ入った。


 大聖堂の入口には門扉が無い。 楔形(くさびがた)の彫刻が施された二本の白い柱の間に10段ほどの真っ白い階段があり、その階段を上ると正面扉へと向かうテラスになっていた。

 テラスの床は幾何学模様(きかがくもよう)の青いタイルが敷かれており、天井も同じく幾何学模様の青いタイルが敷き詰められていた。 等間隔に設置されている柱は真っ白く輝いており、緩やかな階段を段々と上がって行くと、大きな正面扉が見えてくる。

 正面扉は真っ白な壁のようであり、高さ10メートルほどの大きな扉は開閉するだけでも容易ではないように見える。 しかし、ファルサがその大きな扉を思い切り開けると――思いのほか軽く、スッと扉が開いてファルサは勢い余って前のめりに転がってしまった。


 「うわっ、(まぶ)しい――!」


 中へ転がり込んだ瞬間、ファルサの目に眩い光が飛び込んで来て、思わず目を(すぼ)めた。


 ファルサは起き上がって、周囲を見渡した――。


 天井の中心――例の玉ねぎのような形をした屋根から透過した金色の光が降り注ぎ、綺麗(きれい)な青色の床に反射して部屋の中は幽玄な青い光に満たされていた。 その青い光はテラスと同じく幾何学模様のタイルが張られた壁を白く浮き立たせている。

 丸いドーム状の天井の周囲には、何やら天使のような人物が複数体描かれていたが、経年劣化しているためか、一部が剥がれて天使の顔やどんな様子を描いたものなのか分からなかった。

 そして、ファルサが前を見据(みす)えると、部屋の中心には大きな銀色の女神像が天井から降り注ぐ光を穏やかに浴びており、その女神像の下――女神像へ続く石段へと上がる二つの燭台の前に、大型のゼルナーが立ちはだかっていた。


 ――


 ファルサがデバイスを起動させる――すると、デバイスは『起動不可……』と表示され、フィールドが展開されずに強制終了してしまった。

 女神像の下に控える大型の器械はファルサを遠目で認めるや否や、部屋中に響くほどの大声を上げた――。


 「――阿呆(あほう)が! 混乱に乗じて大聖堂に忍び込もうとするなど、私が警戒しないとでも思ったか! 貴様(きさま)のような薄汚いネズミは、この私が懲らしめてやるわ!」


 ファルサとそのゼルナーまでの直線距離はおよそ一キロあった。 だが、遠くから見てもそのゼルナーの迫力は凄まじかった。

 恐らく全長五メートル以上あろうかと思われるゼルナーの体は『青いロボット』そのものであった。 太い金属製のアームの先に装着されている大砲を向け、そして逆側のアームにはユラユラと揺らめく液体金属で出来た銀色のブレードを握りしめていた。

 胸のあたりは分厚い黒いプレートで覆われており、その黒いプレートは液晶画面のように何やら文字を表示させ、緑色のランプを点滅させていた。 腹には複数の小さな銃口が横へ連なっており、下腹部の辺りから太い腿にかけては高出力を維持する為にさらに分厚い装甲で固められていた。 腿に比べて幾分か細い足は、それでも一般の器械よりは太く逞しかった。 両足は床から少し浮きあがっており、反重力装置を装備している事が見て取れた。 踵には小型のジェットエンジンを仕込んでいるようで、エンジン音がかすかに足元から聞こえて来た。

 その巨大なゼルナーは黒いバブルシールドで顔を覆っており、素顔は確認できなかったが、口ぶりとその姿から男性型である事が推測された。 シールドから黄色いランプや青ランプが明滅しており、恐らくシールド自体がデバイスである事が(うかが)えた。

 丸い頭は太く短い首が連結され胴体と繋がっていたが、見た目は大きな丸い頭にそのまま胴体が連結されているかのように見えた。 頭には白い羽のような装飾品が両側面に付いていたが、これは単なる装飾品だろう……。

 

 ――そんな大型の器械は、ファルサの事を良く知っているようだった。


 「……ファルサ、貴様が『機械解放同盟』とかいう下らない組織に入って、チョロチョロしているのを見逃してやっているのは誰だと思っているのだ……。


 貴様にはいい加減目を覚ましてもらい、共にマザーの為に『ファレグ』と戦ってもらわんと……。 のう、ファルサよ――」


 ゼルナーはそう言うと、その太いアームの手に握りしめた水銀のようなブレードをブンッと振った。


 「フンッ、俺はお前たちの指図(さしず)は受けない! お前達が機械達の待遇を改めない限り、俺はお前たちの味方にはならない!」

 

 ファルサはゼルナーの威嚇(いかく)に物おじせず、壁を揺らすような大声を張り上げた。

 すると、ゼルナーは手に持った巨大なブレードを床に突き刺し、大きく両手を広げて肩を(すく)めた。 床に突き刺した巨大なブレードは、床に刺さってはいたが床を傷つけずにまるで床に沈んでしまったかのように自立したまま刃先を揺らめかせていた。


 「……強情な奴よ。 マザーだって機械ネクトの待遇など我々に任せている。 アニマの無い機械がいくら壊れようが、マザーにはどうでも良い事……。 混乱に乗じてセコイ真似をしてマザーに会ったところで、機械の待遇を変える事など出来やせん……」


 「――そんな事、マザーに会ってみないと分からないじゃないか! 俺はマザーの事を信じている!


 お前のようにレヴェドの犬に成り下がり、俺の事を告げ口したお前に何が分かるって言うんだ、セヴァー!!」


 大型のゼルナーは、ファルサが機械解放同盟に寝返った事をレヴェドに密告したセヴァーであった。

 セヴァーはファルサの反論にシールドから赤いランプを点滅させて苛立(いらだ)ったように、背中に装備している太い大砲が連なる装置からプシューと蒸気を出した。


 「……貴様、何を勘違いしている? 俺はレヴェドの犬になった覚えは無い。 俺だけでなく、シビュラもな……。

 

 まあ、他の管理者達はどうか知らんが……アイツのお陰で『美味(おいし)い思い』をしている連中ばかりだからな……全く、(くだ)らん連中だ……」


 セヴァーはそう言うと、床に突き刺したブレードを引き抜いて、再びファルサに向けて構えた。


 「……俺はレヴェドに命令されて此処(ここ)にいる訳ではない。 貴様の下らん戯言(ざれごと)をマザーに聞かせる事が耐えがたいんでな。 マザーに代わって貴様を矯正きょうせいする良い機会だと思っただけだ。


 お前が飼っている……”あの不細工な鉄クズ”の事など、早く忘れて共に『ファレグ』と戦おうじゃないか――」


 セヴァーの言葉にファルサの顔は一気に険しくなり、全身を震わした――!


 「――貴様っ、俺の愛するシャヤを――


 ――シャヤを馬鹿にするな!!」


 ファルサが腰に巻いている布から小剣を抜く――すると、その小剣に周りの空気が渦を巻くように集まってきて、小剣がみるみる巨大な渦を巻いた大剣へと変わっていった!


 「ふん、ようやく貴様の性能を見れたか……。 そこまで言わんと出力を上げないとはな……。 やはり、あのシャヤとかいう鉄クズを破壊してやらないと貴様は真面目に戦おうとせん訳か……」


 ファルサが激昂しても、尚も挑発を繰り返すセヴァー。 ファルサは渦を巻いた怒れる大剣を握りしめ、石火の踏み込みでセヴァーへと襲い掛かった――!


 「口を閉じろ、セヴァー!!」

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